経済産業省
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産業遺産活用委員会(平成20年度第3回)-議事録

日時:平成20年11月12日(水)10:00~12:00
場所:虎ノ門パストラルホテル新館6階ヴィオレ

議題

  1. ストーリー及び構成遺産(案)について
  2. その他

出席者

西村座長、赤崎委員、清水(慶)委員、清水(愼)委員、丁野委員、西木委員、藤井委員、堀井委員、松尾委員、村橋委員

議事概要

  • 事務局松井

    本日は、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。ただいまより、平成20年度第三回産業遺産活用委員会を開催します。開催に先立ち、経済産業省の大塚大臣官房審議官からごあいさつをいただきます。

  • 経済産業省大塚審議官

    皆さん、おはようございます。前回は、大変貴重な意見をいただきありがとうございました。それに基づいた追加・補正をしています。今日は、さらによく審議をしていただきたいと思っています。

    前回以降、委員とわれわれも含めて、東北と北海道に視察に行き知見を深めました。ありがとうございました。私が大変うれしかったのは、昨年の認定で喜多方の蔵を認定しましたが、その蔵の前にものすごく大きな石の立派な台を作ってプレートを張っていました。プレートの10倍ぐらいの値段がすると思いますが、大事にしてもらっている気がして大変うれしく思いました。12月にもう1回ありますので、そこで最終的に詰めることになりますが、今日は、「続33ストーリー」の大枠を固めていただきたいと思います。よろしくお願いします。

  • 事務局松井

    本日は、小風委員、布施委員、松平委員の3名が欠席です。丁野委員は、11時20分ごろに中座されますのでご了解ください。議事に入る前に資料の確認をします。議事次第、名簿、座席表、「資料1」、「資料1の付属資料」、「資料2」、「資料3」です。議事進行は、西村委員長にお願いします。

  • 西村委員長

    大塚審議官の話にもありましたように、「今日で大枠を決めたい」ということです。現実的には、一つ一つの物件にOKをしてもらえるかどうかというアプローチを始めているところもあります。アプローチをしているものに、「ストーリーがなくなりました」とは言えないので、ストーリーを統合することはあるかもしれませんが、全体としてはこれを前提に議論をしたいと思います。

    「議事1、ストーリー及び構成遺産(案)について」、事務局から説明をお願いします。経済産業省から、今回の委員会の位置付けと議論のポイントについての説明をお願いしてから、具体的な中身に入りたいと思います。よろしくお願いします。

  • 経済産業省能瀬企画官

    経済産業省の能瀬です。前回の委員会でご指摘、あるいはご教授をいただいたものについて、例えば水道、灯台、技術教育などはストーリーを追加し、個別の遺産についても、極力取り込んでいます。

    今回の資料の準備と並行して、経済産業省から認定をすることについて、個別の遺産の管理者または使用者に対して同意を取り付けつつあり、3分の2程度の同意を既にもらっているような状況です。

    本日の委員会では、「続33選」のストーリーと構成遺産について集中的にご審議をいただき、次回12月の委員会では、同意の確認の状況を報告するとともに最終的な確認をする。「本日の委員会でそこまで持っていきたい」と事務局としては考えております。よろしくお願いします。

  • 西村委員長

    今回で実質的な議論を集結させて、次回は活用の議論をやりたいということです。ストーリー及び構成遺産案についての説明は、「1」から「16」までと、「17」から「33」までの2回に分けて行い、それぞれの回ごとに討議時間を設けますのでよろしくお願いします。

  • 事務局河島

    「資料1」を使って説明をします。「資料1(付属資料)」の黄色に着色している部分は、前回の委員会の結果を踏まえて新しく作ったストーリーや、内容等を大幅に追加して枠組みが大きく変わったものを示しています。「資料2」は、各委員のご指摘をどのように反映させたかをリストでまとめています。

    「資料3」は、ストーリー作成の考え方を示しています。昨年度の「33ストーリー」と、今年度の「続33ストーリー」を合わせて、どのような部分をカバーしているのかを改めて整理したものです。黒字が昨年度のストーリー、赤字が今年度のストーリー案です。横軸に産業の分類等を示し、縦軸に全国ストーリーと特定地域ストーリーをクロスさせるかたちで示しています。

    全国ストーリーと特定地域ストーリーの振り分けの考え方についてですが、全国ストーリーは、国家政策や社会背景を踏まえて技術やノウハウの革新が行われ、国や生活水準の向上に寄与した分野です。特定地域ストーリーは、各地域の資源、気候・風土、伝統等に立脚して独自の発展を遂げ、地域の発展に寄与した分野を取り上げています。

    取り上げる分野の考え方としては、経済分野については、公募や委員意見があった近代の経済活動について積極的に取り上げ、かなりの分野をカバーできています。そのほかの社会、生活、文化等については、近代の経済活動の基盤となった分野ということで社会資本、例えば教育、近代産業の萌芽となった黎明期の幕末の動き等について取り上げています。

    「1番」の内燃機関のストーリーは、大きな内容は変わっていませんが、清水愼一委員の意見を踏まえて蒸気機関車の国産化、「蒸気機関の発達の中では蒸気機関車の役割が非常に大きい」ということで、この内容を加えています。西木委員から、「木炭エンジンついて触れてほしい」という意見がありましたので、その記述を加えています。右のリスト部分は、旧戸畑鋳物について松尾委員から意見がありましたので、遺産として加えています。

    「2番」の工作機械・精密器械のストーリーは、もともと工作機械のみのストーリーでしたが、丁野委員、松尾委員から、「精密器械も、わが国の産業近代化を語るうえで重要だ」という意見があり、その内容を取り上げています。例えばマイクロメーター等の精密測定器械、歯車式計算機について紹介をしています。

    「3番」の自動車のストーリーは、以前のタイトルには「生産・販売」という言葉が入っていましたが、布施委員から、「この内容からするとそういうことではなくて、自動車産業そのものの歩みである」ということで、タイトルを変えています。右のリストは、以前はトヨタと日産のものをもっぱら取り上げていましたが、清水慶一委員から、「ほかにもいろんな自動車メーカーが戦前から自動車を造っている」という指摘があり、各自動車メーカー等について、遺産を当たることにしています。

    「4番」の航空機のストーリーは、ストーリー本文とリスト自体に変更はありませんが、松尾委員から、「飛行船・艇の事をぜひ」ということで、今後コラムを執筆し、次の委員会で報告をしたいと思っています。

    「5番」の耐火レンガのストーリーは、大きな変更はありません。「6番」も大きな指摘はありませんでした。内容としても以前のものとほぼ同じで、細かい字句の修正等にとどまっています。「7番」も指摘等はありませんでしたので、そのまま生かすかたちで進めています。

    「8番」の森林鉄道のストーリーは、ストーリー自体はマイナーチェンジにとどまっていますが、右のリストの丸瀬布、遠軽の森林鉄道について、「もっと探せば遺産があるのではないか」という指摘がありましたが、戦前のものとしては、機関車の「雨宮21号」しか残っていないことを確認しましたので、そのままにしています。

    「9番」のストーリーは、「横浜のテニスの発祥に関してストーリーの記述と遺産を加える」という指摘があり、山手公園にテニスコートが設置され、わが国の近代テニス発祥の地となったことについて紹介するとともに、右のリストに「横浜山手・テニス発祥記念館の所蔵物群」を追加しています。

    「10番」の大衆レジャーのストーリーは、大きな指摘はありませんでした。ただ、当初は演劇もこの中で取り扱っていましたが、あとで出てくる都市生活文化のストーリーのほうに内容を移しました。ここで取り上げているのは、遊園地、動物園、社寺参詣目的の交通手段が鉄道に変わり、日帰りで参詣できるようになったという話になっています。

    「11番」は大きく変わっています。もともとは可動橋のストーリーとして執筆していましたが、可動橋だけでなく、鉄橋・鋼橋に範囲を拡大して記述をしています。最初の部分から真ん中やや下の「一方、前記のような」で始まる段落の前までが新しく加わった部分です。

    加えた内容としては、江戸時代以前はわが国にはほとんど永久橋はありませんでした。その中で、明治に入ると中央集権国家の建設、とりわけ交通網の整備という流れの中で、鉄橋が積極的に導入され、例えばわが国初の鉄橋、現存最古の鉄橋、国産一号鉄橋等をまず紹介し、一方、鉄道の橋について、初期の東海道線等に設置された輸入鉄橋が、初期に用いられたあとも各地に移設され、今なお現役で使用されています。前回の委員会で意見のあった山形鉄道の最上川橋梁等を紹介しています。

    その後、輸入から鋼橋建設の自立化に向けた動きが始まり、人材が育ち、一方、素材としても鋼材の国産化が可能になり、どんどん進展していったということで、隅田川橋梁群、大阪の橋梁群等を紹介しています。可動橋に関する記載は、以前のものを少し凝縮するかたちで示しています。

    「12番」は、もともとトンネルと連絡船を含めて記載をしていましたが、清水愼一委員から、「別にするほうがいい」という指摘があり、それぞれ分けています。ここは主にトンネル、一部に峠越えのスイッチバックや碓氷峠のものが入っていますが、基本的に「トンネル等」ということで、内容を絞り込んで書いています。

    「13番」は、かつてのトンネル・連絡船から分離した連絡船のストーリーです。わが国で最初の連絡船として琵琶湖等、内水面の連絡船がありましたが、そのあと、本州と北海道、四国、九州、本土四島間を結ぶ鉄道連絡船が徐々に整備され始め、関門海峡の連絡船、本土四国間の航路、青函航路等が順次できあがり、全国交通ネットワークの発展に寄与したという話を紹介しています。その中で、技術的な側面としては、「鉄道車両をそのまま積んで自走式で運べるような鉄道構想」という技術が発達したことを紹介しています。

    「14番」の鉄道・私鉄のストーリーは、内容的には大きく変わっていませんが、取り上げる個別の要素として、「跨線橋、高架橋や立体交差、危険品庫等についても重要ではないか」という意見があり、その辺をストーリーの記述の中で適宜加えています。個別の遺産についても調査をして、存在が確認できて、なおかつ所有者の同意が得られれば、積極的に加えていきます。

    「15番」の灯台のストーリーは、松尾委員、小風委員などから指摘があり、新たに作ったストーリーです。洋式灯台の建設の動機として、幕末開国後に国際的な要請として、「海に明るい灯台が必要だった」ということと、明治時代に入り、「殖産興業のために海運の振興が急務だった」ということがあり、莫大な国費を投入して灯台建設が推進されました。初期においては、ヴェルニーやブラントンのようなお雇い外国人が大きな役割を果たしました。

    技術的には、灯台の建築部分が日本の技術史上で果たした役割が大きいことを紹介しています。立地については、最初は大型船舶の航路に当たっていた太平洋沿岸、瀬戸内海等で集中的に整備されましたが、その後、わが国の海運業が発展するに伴い、全国各地に洋式灯台が広がっていきました。小風委員から、灯台に関係するものとして、「灯台巡視船『明治丸』が非常に重要である」という指摘があり、その辺の記載をしています。

    「16番」も新しい水道のストーリーです。江戸時代以前のわが国の上水道は自然流下式であり、衛生面ではそれほど十分な機能を果たすものではありませんでした。一方、居留地に外国人が住むようになると、自らの国にあるような衛生面で優れた近代水道の設置を求めるようになりましたが、上水道には莫大なお金がかかるため、なかなか進みませんでした。

    そうした中で、お雇い外国人の動きや各都市の努力もあり、横浜で近代水道の第一号が実現しました。そのあと、函館でも実現し、このような地域の努力が水道条令の制定につながり、その後、長崎、大阪、東京、広島、神戸等で順次都市の近代水道が整備されたことを示しています。以上で、前半部分の説明を終わります。

  • 西村委員長

    自由に意見をいただきたいと思います。松尾委員、どうぞ。

  • 松尾委員

    「7番」に廣井勇さんの小樽港の話がありますが、小樽運河の辺りにいろいろ残っているものがあると思います。あれは必要だと思います。

  • 西村委員長

    ものとして、「小樽運河」ということですね。

  • 松尾委員

    廣井さんが港を作ったために運河ができて、そこをきちんと保存しています。今年の日本建築学会賞をもらっていますので、記念すべきことではないかと思います。

  • 西村委員長

    その意味で、運河関係は小樽運河だけでいいのでしょうか。

  • 松尾委員

    運河であれば、もっとあると思います。

  • 西村委員長

    運河のところを、もう少し入れる方向で確認をしてほしいということですね。例として小樽運河があるということですね。

  • 松尾委員

    堀川運河は去年出ましたが、他にもあるような気がします。

  • 西村委員

    それは確認をしてください。

  • 松尾委員

    「12番」に、「下関市関門鉄道トンネル」と書いていますが、北九州側にも若干資料があるはずです。あそこの工事をした人たちの記録とか映画なども作って、かなり一生懸命保存をしようとしていますので、そちらからも情報を取るといいと思います。

  • 西村委員

    門司港側ですね。和布刈公園という公園があるので、確かそういうところに何かあったような気がします。

  • 松尾委員

    「15番」は、下から七つ目に「北九州市の部埼灯台」と書いていますが、これ以外に白州灯台というのがあって、むしろこちらのほうが大事な灯台だと思います。こちらは玄界灘で、部埼は関門海峡です。両方とも難所でしたが、玄界灘はもっと難所だったと思います。そこを通過できるように灯台をほとんど個人の努力で造り、最後はブラントンが完成させますが、岩松助左衛門の功績をたたえて小倉城の中に模型を置いています。そういう意味で、岩松助左衛門の功績は非常に大きいと思います。

    「16番」の水道の件ですが、北九州の門司港が国際貿易港として栄えますが、その当時コレラが流行ったために門司港の存在価値が薄れてきました。浄水場を造らなければいけないということで、今の門司駅のそばの小森江に小森江浄水場を造り、それは「近代水道百選」の一つに入っていると思います。

    余談ですが、北九州の下水の問題は、火野葦平の「糞尿譚」に面白く書いています。要するに、昔の糞尿の始末の問題で、若松の辺が大騒ぎをしたという話です。

  • 西村委員長

    今のところで、何かありますか。

  • 事務局河島

    運河については、小樽運河はご指摘の通り廣井勇先生の取り組みと非常に関連が深いものなので当たりたいと思いますが、運河を全国的に拾い上げるとなると港湾技術との関係がどうか。このストーリーは、港湾技術ということで人にも焦点を当てて書いていますので、その辺はこちらで判断をさせていただきたいと思います。

    灯台については、あとから新しくストーリーを作ったこともあり、全国的な調査が既になされていて、その中の「Aランク灯台」を中心に取り上げています。ご承知かと思いますが、「現役の灯台は海上保安庁が持っている」ということでその辺の折衝の関係もあります。白州灯台については改めて調査をして、取り扱いについては後日相談をさせていただくことになると思います。

  • 松尾委員

    先ほどの小樽港の話ですが、廣井先生が100年もつテストピースをたくさん残しています。歴史的な価値がものすごく大きいと思うし、いまだに残っています。

  • 西村委員長

    テストピースそのものですね。

  • 松尾委員

    コンクリートのブロックを100年分残しました。

  • 西村委員長

    当時はどれぐらい保つかわからなかったので、テストピースを100年分作りそれが残っているという事ですね。

  • 事務局松井

    100年分、ついこの間100年後が終わったらしいです。

  • 西村委員長

    それも大事な話です。堀井委員、どうぞ。

  • 堀井委員

    ネーミングはこれから詰めると思いますが、どこかが決めたというだけでなく、市民が共有する、共感を呼ばなくてはいけないという意味で、「3番」の「軍需優先の中で戦後の大衆車量産の基礎を築いた」というのは、分かりにくいです。中身としては正しいのですが、何も「軍需優先の中で」と言わなくてもいいのではないか、余計なことは取ってはどうかという話です。ぱっと知らない人が見ると、軍事産業のことを言うのかなと思うが実はそうではないので、要らないのではないかと思います。

    「10番」の「大衆レジャー産業発展を物語る」って何だろうと思って中身を見ると、動物園、遊園地、海水浴、高野山、琴平です。「高野山、琴平が大衆レジャーか」という何となく無理なくくり方をしているので、ここのネーミングをもう少しわかりやすくしたほうがいいと思います。少し無理があるし、私鉄沿線、生活文化との混乱も起きるので、もう少し中身にフィットした表題にしたほうがいいと思います。

    三つ目は、私も自信はありませんが、デレーケが大阪港の築港をやっています。何が残っているかですが、赤レンガ倉庫とかではなくて、確か治山治水で淀川と大和川が流れ込んでくる辺りの土砂の処理をやっていて、何か残っているはずなので、調べて資料があればのちほどお届けします。

  • 事務局松井

    今の大阪の件は、治山治水の方に入れていますので港湾からは外しています。

  • 事務局河島

    レジャー産業のことですが、タイトルについては工夫をします。ここに動植物園とともに琴平、高野山が入ってしまった背景的なことですが、琴平電鉄関係の公募で挙がってきました。地元が非常に熱心に、「今回はぜひ取り上げてほしい」ということで挙がってきたこともあり、確かに多少かみ合わせが悪いところはあると思いますが、地元の熱意にこたえて取り上げています。

  • 西村委員長

    ネーミングは工夫をするということですね。

  • 事務局松井

    ネーミングの工夫をします。丁野先生にもお知恵を借りて、何かいいネーミングをお願いします。

  • 西村委員長

    確かに、「大衆レジャー産業」だともっと広い話なのでこれがわかるように、「軍需産業」のほうも変えるということですね。

  • 事務局松井

    そこは取ります。

  • 西村委員長

    丁野委員、どうぞ。

  • 丁野委員

    「9」、「10」と来て、先の話ですが「18」でまた別のレジャーが出てきます。特に「10」と「18」を細かく分ける必要があるのかどうか。もちろん、分けようと思えばいくらでも分かれますが、「33選」の中にレジャー関係が三つ出ているのはありがたいことですが、「もう少し大くくりにしてもいい」という逆の感じもしています。

    分け方が非常に難しいのですが、都市にたくさんの人が集まり、そこで「余暇」という言葉が生まれ、それに伴う都市型レジャーのさまざまなものが生まれ、映画だけでなく雑誌とか、例えば、旅雑誌が最初に生まれた時期でもあります。そういう全体像をざっくりとらえることがむしろ大事な感じがしています。「18番と10番の関係をどうするか」というのが、悩ましいところです。

    前回、電源開発の話をしましたが、特に沼田から猪苗代第一、第二の送電技術は、長距離送電ができることにより、首都圏にエネルギーを供給することができました。送電技術としては画期的なものですので、その辺の話を取り上げてほしいのですが、第一集の中に収まるかどうか。特に沼田、猪苗代第一、第二の記述が抜けていますので、そこの扱いをどうするかというのが二点目です。

    三点目は、恐らく現物がないのでしょうがないのですが、時計です。精密器械の中に入っていますが、「時計」という記述が出てこないので全くイメージがわきませんが、取り上げられるべきものがないということですか。

  • 事務局松井

    時計に関しては、もともと木材加工からのスタートで、木材加工のストーリーの中で柱時計、ボンボン時計等、最初の部分を少し取り上げていますが、ものがありません。赤崎委員にも苦労を掛けて探していただいています。

  • 西村委員長

    送電技術はどうですか。

  • 事務局河島

    後半で説明をする「23番」の東北のストーリーで意見を反映しています。

  • 西村委員長

    「18番」は、「18番」の説明を聞いてから議論をしましょう。清水愼一委員、どうぞ。

  • 清水愼委員

    「10番」には、私も堀井さんと同じように違和感を覚えます。「大衆レジャー」ともう一つ、「大衆観光」という言葉を入れてはどうでしょうか。1910年代の鉄道は、一つは軍事用、もう一つはこういった参詣とか、あるいはレジャーと関連したものがかなり開設されています。例えば信仰をベースにした大衆観光とか、観光の大衆化が行われた時代ですから、そんなかたちで、大衆レジャーだけでなく、「大衆観光」みたいな言葉を入れるといいと思います。

    ちなみに、「各私鉄が競うように」というのは事実ですが、当時の私鉄の名称はこの名称ではありません。例えばこの中に西武は落ちていますが、西武園の辺の貯水池の周りは武蔵野鉄道だし、あるいは多摩湖鉄道です。あるいは京王も落ちていますが、京王は京王電気軌道です。京王閣を作り稲田堤の花見の宣伝を徹底的にしたというのがあります。いわば、当時の大衆化の先駆けをやっていますから、そんなところを文章としてよく練るといいのではないかというのが一つです。

    二つ目は、後段の地域別の産業遺産との関連です。例えば喜多方の一ノ戸川橋梁は、後段の東北の遺産の中では公募のかたちで挙がっていますが、「11番」の橋梁の部分ではその他になっています。分け方で、どちらを主として入れるかだと思いますが、野蒜港の扱いも両方で出ています。地域の産業遺産と、いわゆる個別のストーリーに基づく産業遺産の両方で掲げてもいいと思いますが、そこは少し整理をしたほうがいいような感じがします。

    「13番」の連絡船の関係では、稚内~樺太航路は戦前の大きな柱でした。北海道の地域ストーリーの中でドームの話が出ていますが、それをこの連絡船のほうにも入れるか、入れないかということです。

    「14番」は、非常に多岐にわたって取り上げていますが、一つお願いしたいのは危険品庫です。宇治の近くの稲荷駅の危険品庫は、1879年にできた日本最古のものです。文化財に指定されていると思いますが、産業遺産の重みみたいなものも載せておくといいと思います。

    跨線橋についても、大屋駅には跨線橋も入っていると思いますが、鶴田駅とか、河瀬駅とか、金光駅とかがあるかと思います。汽車会社を含めてそれぞれメーカーが違いますから、見ていただければと思います。

    万世橋の高架橋を「14番」に入れるか、首都圏のインフラ整備の中に入れるか。この辺は東京駅の延長上で入れるのであれば後者に入ればいいし、議論をすればいいと思います。

  • 西村委員長

    今のところで、何かありますか。

  • 事務局河島

    複数のストーリーで重複して取り上げることについては、昨年度も、例えば碓氷峠の鉄道施設が三つか四つのストーリーで挙がっています。地元の人と話をする中で、こちらが「二つの観点から」という問いかけをしても、「うちはこちらだけで結構です」と言う場合もあります。調整上の事情もありますが、こちらとしては、なるべく積極的に多面的に価値を評価したいと考えています。

  • 西村委員長

    村橋委員、どうぞ。

  • 村橋委員

    「3番」のタイトルですが、「軍需優先」だけを取ってしまうと戦後から始まってしまいますが、日本の車造りは第一次大戦後のトラック造りから始まりましたので、ここだけを取ると変なので言葉を少し換えてはどうかと思います。乗用車は確かに第二次大戦後ですが、そこを支えたのが第一次大戦後のトラック製造でした。全部を取って「自動車産業」から始まると短くなりすぎるので、何か言葉を換えたほうがいいと思います。

    前回は出席をしませんでしたが、「化学工業のところに、『内藤記念くすり博物館』を入れたらどうか」と言いましたが、これはどうでしょうか。

  • 事務局河島

    リストの下から2番目に入っています。ちょうど話を進めている最中ですので、結果については報告します。

  • 村橋委員

    先ほど、「時計はものがない」と言っていましたが、「セイコー時計資料館」というのがあるはずです。

  • 丁野委員

    今は東向島にあります。

  • 西村委員

    一応確認をしてください。「3番」のネーミングは、次回までにうまい名前を提案していただくということですね。

  • 事務局松井

    考えてみます。

  • 西村委員長

    清水慶一委員、どうぞ。

  • 清水慶委員

    「13番」に、「北九州市門司港関連の遺産群」がありますが、反対側の下関も考慮をしたほうがいいと思います。両方をつないでいますし、割合地元も熱心にやっています。

    「14番」は、適当かどうかわかりませんが、桑名に「日本最後の軽便鉄道」と言われている三岐鉄道があります。地元がどうなっているのかわかりませんが、まだ一応走っていますので、考慮をしてはどうかと思います。

    「15番」は、昔、海上保安庁で灯台の保全委員会があって、そこの委員をやっていたことがありますが、海上保安庁には、「自分たちが明治以来ずっと灯台を保守してきた」という思いがあります。これを見てみると、和田岬以外はみんな実態的には保安庁の管理施設です。事務局に、「全部同意を取ってきてくださいね」と言ったときに、相当大変だと思います。ここら辺りは余裕を持たせておいてほうがいいような気がしています。

    「16番」の水道施設は、「近代水道百選」という有名なものがありますので、それも考慮をしたほうがいいと思います。

  • 西村委員長

    いかがでしょうか。

  • 事務局松井

    「13番」の下関側については確認をします。軽便鉄道はたくさんあるもので、一応東北のストーリーで2カ所ほど入れています。鉄道のほうにそれだけを入れるのは厳しい感じがしています。

  • 能瀬企画官

    灯台を近代化産業遺産に入れることについて、海上保安庁と事務的に調整をしています。事務方のレベルではポジティブな回答をもらっていますので、今のところは大丈夫だと思っています。

  • 清水愼委員

    三岐鉄道は戦前の貨車を保存しています。どこで取り上げるかは難しいところですが、あそこの社長は保存には非常に熱心で、しかも活用をしていますから、私は検討をすればいいと思います。

  • 事務局河島

    まず水道の件ですが、「近代水道百選」は我々も承知をしています。その辺との重複等の処理が課題だと認識をしていますが、こちらでは、「明治時代の割と初期にできた画期的な都市水道」ということを基本に、それプラス地域から公募がいくつか来ていますので、そこでどうしてもというところを取り上げる方針で作業を進めています。

  • 西村委員長

    貨車はチェックをするということですね。

  • 事務局酒井

    ご指摘の鉄道関係のストーリーは、一応柱としては、「全国ネットを形成した」ということを中心に進めていますので、ここに一地方施設をぽつりと入れるのはなかなか難しいと思います。その辺りは、場合によってはコラムにするなど、そういう点も含めて、今後検討したいと思います。

  • 西村委員長

    西木委員、どうぞ。

  • 西木委員

    確認ですが、「資料2、前回委員会意見を受けた修正等について」で、私が言った「13番」の鉄道土木に、「対馬海峡トンネル(雁ノ巣飛行場跡)」とあり、コラムに記載されるはありがたいことですが、「遺産は現存せず」というのは、対馬海峡トンネルは現存しないのは当たり前ですが、雁ノ巣飛行場跡も現存せずということですか。カマボコなんかはまだ残っていますが、私が言っているのは数年前の話なので、その後の都市計画やその他でなくなっている可能性はありますが、その辺りのことを確認してほしいです。

    同じくくりで、「10番」の居住地レジャー、「山下町121番地に耐火煉瓦工場」とあり、新規ストーリーに載ることはありがたいことですが、「121番地」という番地は、私の記憶ではレンガ工場の跡地の番地ではなくて、孫文が日本に亡命していたときに住んでいた家の番地のような感じがします。

  • 西村委員長

    いかがでしょうか。

  • 事務局松井

    確認します。

  • 西村委員長

    対馬海峡トンネル関連はどうですか。「トンネルの遺跡としては現存しない」ということですか。

  • 事務局酒井

    対馬海峡トンネル工事関係の遺構ということで調べた限りでは、「地質調査等を行った程度」ということしかわかりませんでした。

  • 西木委員

    それは残ってないと思います。戦前や戦時中、あちこちにいろんな飛行場がありました。例えば日米交渉の末期に、野村吉三郎を助けるために来栖三郎という大使が日本から急遽飛びましたが、金沢文庫の追浜から飛んでいます。追浜飛行場という大きな飛行場があって、海軍航空隊が香港のそばまで飛んでいます。そんなわけで、日本中にばらばらありますので、これを探し回るのもストーリー的には面白いかもしれません。

  • 事務局酒井

    いわゆる海底トンネルではなくて、「大陸と日本間の交通手段に関係する」ということですね。

  • 西木委員

    戦前は各地に飛行場がたくさんあったということなので、産業遺産登録のテーマとして面白いと思います。

  • 事務局酒井

    コラム執筆のときに、大陸間の輸送という観点で若干触れたいと思います。

  • 西村委員長

    コラムがどのようになるかというのは、今日のどこかで出てきますか。

  • 事務局松井

    コラムに関しては、今日の委員会の結果を踏まえてコラム扱いを決めて、次回までに。

  • 西村委員長

    堀井委員、どうぞ。

  • 堀井委員

    亀岡と京都を結ぶトロッコ列車の話はどこかで出ていますか。活用という面から言うと、今はものすごい観光になっています。もともとは材木を運ぶトロッコが、今は観光客を乗せて大繁盛していて、産業遺産の活用というと、あれがないと違和感を感じる人がいると思います。ハロウィンの時期には車内にお化けの仮装をした人が乗ってきたり、すごく面白いです。

  • 事務局酒井

    勉強不足ですが、保津峡のトロッコは旧山陰本線のトンネル付け替えの旧線を活用しているんですよね。

  • 清水愼委員

    旧山陰本線です。もともとはあそこがいろんな輸送をやっていました。昔の遺構はよく残っています。

  • 事務局酒井

    調べて、現在トロッコして活用している区間に戦前の遺構としてはっきり残っているものがあれば、とりあげたいと思います。

  • 堀井委員

    今は、NPOみたいなかたちでやっています。

  • 事務局酒井

    旧線自体は、まだJRの所有かどうかというのはわかりますか。

  • 清水愼委員

    あれはJRの子会社でやっていて、社長が非常に熱心ですから、言えばすぐに申請をするかもしれません。

  • 西木委員

    鉄道のところで、沖縄のサトウキビ運搬の鉄道の話をしましたが、あれはどうなりましたか。

  • 事務局松井

    昨年度の沖縄のストーリーの中で扱えるものは扱っています。なかなか同意が得られず入れられなかった物件もあります。

  • 西木委員

    本島のほうは、昭和天皇が大正10年に皇族として初めてヨーロッパ訪問にいらっしゃったとき?に、その鉄道に乗っています。そんなことで、沖縄では誇りにしているもので、まだ遺跡があるはずです。「記載できない」というのは、ほかに所有地の問題とかその他で事情があるのでしょうか。

  • 事務局松井

    調べてもらいましたが、戦争中にほとんど崩壊をしています。壷川公園にあったものは、公園の工事の際に出てきたものを保存していますが、公園の管理の問題なども有るようです。

  • 西村委員長

    私から確認ですが、いくつか構成資産リストの少ないものがあります。例えば「9番」の旧居留地とか、「13番」の鉄道連絡船ですが、構成資産リストの数にかかわらず、「ストーリーとしてきちんと立っているからやる」という方針で行くということですね。

    もう一点は、これもネーミングですが、「12番」は、基本的にはトンネル関係が中心だとすれば、そういうことがわかるような表現があったほうがいいのではないかと思います。「土木技術」というと非常に広いので、若干の工夫が必要だと思います。

    もう一点は、「10番」の大衆レジャーのところに、動植物園関連と参宮鉄道みたいなものがあります。参宮鉄道みたいなものを入れるとすると、かなりいろいろ出てくる可能性があります。宇治山田駅みたいなものとか、出雲大社に行く大社線の駅が付け替わったとかがあるので、どうするかを決めて、どこまでやるかという確認をしたいと思います。

  • 事務局松井

    参宮関係に関しては、公募が出てきたところは地域の声として可能な限り取り上げるという観点からここに含めております。よって、収まりがつかないところは確かにあるのかもしれません。「挙げるならもっとあるでしょう」という指摘もその通りだと思います。

  • 丁野委員

    芝居小屋とか、そういうレジャー関連が、金比羅山の場合は公募にはなかったのですか。駅舎ばかりが出ていますが、沿線開発ですからいろんなものが全部セットであります。本来ここのレジャーで言うと、そっちのほうだと思います。

  • 事務局松井

    それを入れていくと、本来出てくるべきさまざまなものを入れていくことになり、それだけでまさに清水委員の言う「観光の大衆化」という側面で1本立つことはあると思いますが、公募がもともとなかった分野で苦慮しているという状況です。

  • 西村委員長

    赤崎委員、どうぞ。

  • 赤崎委員

    この事業の継続性にもかかわると思いますが、事業を継続していくとすると、今できあがったこのストーリーには、確かに構成遺産リストが少ないものもありますが、こういうものが世に出ると、「実はうちもこういうものを持ってるんだよ」というのがきっと出てきます。そういうものを追加していって、ストーリーを少しずつ拡充をしたり、修正をしたりして、広げていくという考えがあるのかどうか、その辺をお聞きしたいと思います。

  • 西村委員長

    その点について、お答えください。

  • 能瀬企画官

    今の質問については、まさに委員の言った通りに考えています。昨年度の「33選」と、今回の「続33選」の公募を、どの程度PRをしてやるかというのは別にして、少なくとも追加の遺産、取り漏れ、あるいは会社によっては個別の交渉をしているときに、「近々博物館を作るから今の時点ではPRをしたくない」とか、個別の事情もありますので、遺産の不備・修正、あるいは必要に応じたストーリーの追加は、今後もやっていかなくてはいけないと考えています。

    そういう観点から言うと、「今の時点では構成遺産が少なくてもストーリーとしては立てておく」というのが、発展性の観点からメリットがあると考えています。

  • 西村委員長

    そういうことですから、若干将来の改定も見込んでオープンエンドで議論ができて、そういうものとしてリストも考えるということでよろしいですね。その意味で言うと、拘束が延びるかもしれません。決める仕組みが必要になることもありますので、それもどこかで議論をしなければいけないかもしれません。次に進みます。「17番」から「33番」までをお願いします。

  • 松井委員

    丁野委員に、後半のストーリーで既にお気付きの点があればいただいておきたいと思います。

  • 丁野委員

    個々の話は、「10番と18番の整理をする」ということで、事務局の判断に任せます。先ほど、清水慶一委員から指摘がありましたが、今、地域がいろんなかたちで、「一緒に地域の資源を生かそう」という動きがあるので、そういうところに配慮をしなければいけないところがたくさんあるような気がしています。たまたまですが、この間日光から足尾を回って、桐生へ回ってきました。あそこにはバス便がありませんが、あれがつながるとあの一帯が変わってきます。それぞれの遺産がそれぞれの関連付けを持たせて、ある事業でそこをつなげようとしています。そういうところがたくさんあります。

    将来の話になると思いますが、「33選」で選んだものを最終的に組み立てていくときに、今の段階でどこまで地元から出ているものをそこの想定の中に組み込んでいけるかという辺りが、戦略的には大事だと思います。ここの議論を超える議論になって、次回の議論になるかもしれませんが、そういう感じがしています。

    「産業技術」というところで、第二集は主として今まで出ていたものを取り上げてきましたが、いわゆる静脈技術というか、環境とか、公害対策とか、下水道とか、廃棄物とか、レアメタルの回収とか、今につながるような話がどこかに1本欲しい。つまり、動脈系のものと静脈系のものです。

    特に、公害対策の技術の延長線上に次から次に新しい技術が生まれてくるという歴史の繰り返しですから、そういうものの初期のもの。排煙脱硫の初期の施設とか、そこから環境産業が生まれてくるようなものを探してみたいと思っています。私もまだ準備はできていませんが、この「33」の中にそういう視点が一つあると面白いと思っています。今日の基本的なフレームを否定するものではなくて、これを認めたうえでの話です。

  • 西村委員長

    今の点で、何かありますか。

  • 事務局松井

    足尾もそうですが、昨年度は鉱山関係で公害のものが結構含まれています。まさに個々の産業だけでなく、縦芯に静脈系のものを拾い上げていくと、それはそれで一つのストーリーができると思います。今回の流れの中で近いのは、最後に紹介する技術者教育の部分はまさに串刺しを1本作った一つの例としてやっています。

    このあとのつながりの中で、まず横軸での整理をしたうえで、縦軸のストーリー化も今後の展開としては非常に面白いと思います。一つのモデルを今回の「33番」でやって、今後考えていただければと思います。

  • 西村委員長

    次年度以降の課題みたいなものもどこかでまとめて、次で議論をすることにしましょう。それでは、「17番」からお願いします。

  • 事務局河島

    「17番」は、治水・砂防の新規のストーリーです。デレーケの動きとして、先ほど堀井委員からも話のあった、大阪における淀川の治水計画と実行の話。それが沖野忠雄に引き継がれて、わが国最初の本格的治水工事が完成します。

    続いて、木曽三川のことを書いています。さらに常願寺川の県営砂防工事に関与して、それがのちに国の直轄事業になり、「砂防の父」と呼ばれる赤木正雄が努力して取り組みを進めていきました。次の段落では、松尾委員から指摘のあった青山士などによる大河津分水路工事のことを書いています。

    「18番」は、都市生活文化のストーリーです。前半部分は、エンターテインメント的なところで、歌舞伎の話、歌舞伎に代わって新しくできた演劇等の舞台として公会堂が利用されたという話、映画のことについて書いています。後半部分は、都市の消費文化ということで百貨店について紹介をして、最後のほうでは商店街等にも触れています。

    「19番」は、電気通信技術の新規のストーリーです。江戸時代から近代を迎え、情報の質・量を飛躍的に拡大させた電気通信技術です。国際通信に関しては、グレート・ノーザン通信という海外資本のもとに置かれ、一方、「国内だけでも何とか」ということで、わが国に電信網ができあがりました。その後、外国資本に支配されていた国際通信を自立化させようということで、軍部が独自の海底線を引いたり、無線通信技術に着目して開発をしたりという中で、技術開発、インフラ整備が進み、その甲斐あって国際通信の分野でも徐々に自立化が進んでいったことを記載しています。

    要素技術開発の面では、「分割陽極型マグネトロン」の話とか、「八木・宇田アンテナ」の話。無線通信がより発展し、放送技術についてはラジオ・テレビ放送について紹介をしています。

    「20番」は以前からあったものです。以前は「大衆家電」という書き方をしていましたが、近代においてはまだまだ家電はぜいたく品ということで、「大衆」という言葉は、ストーリーの中身からもタイトルからも取りました。

    以前は、パナソニック等をはじめとして関西の電機メーカーについてのみ記載をしていましたが、例えば藤岡市助から東芝への流れや日立製作所の話等を含めて、全国の近代の家電製造のストーリーにしています。

    「21番」は、北海道のレンガのストーリーです。大きな変更はありませんが、ここはストーリーの骨格はできあがっていますが、もう少し地元から情報を集めながらストーリーの詳細化を図っていこうと考えています。

    「22番」は、道北・道東の開拓のストーリーです。以前は別々のストーリーになっていましたが、歴史的な流れ、「点」的な開発から鉄道等の交通機関の「線」で結ばれ、都市においては「面」に発展していくという流れに共通するところがありますので、一つのストーリーにまとめました。

    上半分は道東のことを取り上げ、下半分は道北のことを取り上げています。細かい内容に関しては、清水愼一委員から、「殖民軌道について」という話があり、ストーリーの内容で触れるとともに、歌登の殖民軌道について、歌登町と話を進めています。

    「23番」は、東北開発のストーリーです。丁野委員がらご指摘があった会津の電源開発についての記載を加えています。「山形のまちづくり・都市計画について、ぜひ紹介してほしい」という意見があり、「県都としての山形の計画的な官庁街をはじめ」という記述を加えています。「松山の人車鉄道を加えてほしい」という意見があり、記載を加えるとともにリストにも追加をしています。

    「24番」は、東京の都市計画のストーリーです。大きく変更した部分としては、松平委員の指摘を踏まえて、地下鉄に関する記述を加え、リストにも地下鉄のものを加えています。

    「25番」は、東海地方の木材加工業のストーリーです。赤崎委員の指摘を踏まえて新規のストーリーを立てました。内容に関しては、東海地方は古くから木材の生産地であり、山で切った木材を川で輸送するため、川が重要な交通手段であり、近代になると百々貯木場のような木材搬送の施設ができました。

    一方、下流の中部地域にはもともと指物師や木挽師等の技術師集団がいて、林業と技術者集団の要素が一体となり、木材加工業が近代この地で盛んになっていきました。具体的なものとしては、柱時計(ボンボン時計)や日本車両製造が車両を造り、楽器の鈴木バイオリン、ヤマハ等、国産合板の製造等、多彩な木材加工業に展開していったことを紹介しています。

    「26番」は、中部・近畿の食品製造業のストーリーです。もともとは中部地方の食品製造のストーリーがありましたが、それに関西の食に関するものを加えました。前半部分のミツカン、八丁味噌、カゴメ等は以前からの内容です。後半部分は大阪の食について紹介をしています。主にサントリー、江崎グリコについて記載をしています。

    「27番」は、近代産業の導入と都市計画のストーリーです。大きな変更はありません。

    「28番」は、私鉄沿線生活文化圏のストーリーです。以前は阪急のデパートの話で、「生活文化のストーリーと記述が重複するのではないか」という指摘がありました。この部分では百貨店の話は簡略化をして、大きくは都市生活文化のほうで取り上げ、それ以外の沿線開発について取り上げています。阪急だけではなくて、関東の東急・西武についても取り上げ、東西を含めてストーリーを組み立てています。

    「29番」は、関西の都市間高速電車のストーリーです。大きな変更はありません。

    「30番」は、瀬戸内海沿岸の潅漑設備整備のストーリーです。大きな変更はありません。

    「31番」は、瀬戸内海沿岸の製塩業・食品醸造業のストーリーです。公募の結果を踏まえて新規で立てたストーリーです。まず製塩業について紹介をしています。もともと瀬戸内は、江戸時代からの重要な塩の産地でしたが、海外から製品が入ってくるなどいろいろありました。国策として合理化等が進められる中で技術開発等が進み、産地が集約されていったという流れを示しています。

    真ん中部分は、醤油の醸造を取り上げています。小豆島、兵庫県の龍野で生産者の統合や技術改良が進み、昨年度のストーリーで取り上げた千葉の野田・銚子とともに全国四大醤油生産地になるに至ったことを記載しています。

    下の部分は日本酒の醸造について、特に広島で水の特性等を踏まえた新しい醸造法ができたこと等を紹介しています。この部分も、昨年度取り上げた灘・伏見と並び称される日本三大銘醸地の一つに成長したことを記載しています。

    「32番」は、九州の窯業近代化のストーリーです。大きくは変わっていませんが、松尾委員から指摘のあった鉱滓レンガについて紹介をしています。地元と話を進めていますが、取り上げることが可能であればこの文章はそのまま生かすことで考えています。

    「33番」は、技術者教育のストーリーを新たに作成しました。山尾庸三の着想と努力により、「工部大学校」ができて、海外でも見られなかったような個性的な教育を行い、東大工学部に発展していきます。そこから、相次いで各帝大に工学部が設置されたり、工業系単科大学ができたり、こういう場で上級技術者が育成されていきました。

    現場の職工長クラスの中級技術者の育成は、旧制専門学校の一種である「高等工業学校」が各地に設立され、当初は例えば繊維産業等の地場産業になっていましたが、日本の重化学工業化の流れの中で、機械や電気分野の人材育成に重きが置かれていくという流れについて紹介をしています。

    現場の職工として従事する技術者の育成は、実業学校の一種である「工業学校」や、各種学校の一種である「工業各種学校」が各地に設立されたことを紹介しています。

    リストで紹介しているものは、各地の大学になっている旧工業系の高等工業学校や大学関係のものです。旧高等工業学校等については、文部科学省を通じて相当たくさんの学校にご協力いただけることになり、リストも充実したものになっています。説明は以上です。

  • 西村委員長

    赤崎委員、どうぞ。

  • 赤崎委員

    「19番」ですが、最後のほうに「世界初のブラウン管による電送・受像に成功し」とありますが、静岡大学には高柳記念館がありますのでそれを入れるといいと思います。

    「25番」の木材加工業は、少し苦労をしています。JR東海の方に調べてもらって、「モハ1型木製車両」が伊那松島の運輸区構内に残っていることがわかりましたが、よくよく調べると、首都圏で活躍したそうです。大正期のものですが、造ったのは汽車製造株式会社で東京です。首都圏で活躍したあと、飯田線で動いていて、昭和27年に廃車されたあと、大井川鉄道で保管されていたのを名古屋工場で復元したものですが、「東京で造っていた」というのはここには当てはまらないかなと思いつつ、資料を持ってきました。

    ブラザーも、戦後のものは現存していますが、「それ以前のものは空襲で焼けてしまっています」ということで、今回は当てはまらないようです。

    合板については調べきれなかったのですが、新木場に合板資料館があるそうです。中部エリアの企業も関与しているようなので、そこに何らか残っているかを調べるといいと思います。

  • 西村委員長

    貴重な情報ですね。松尾委員、どうぞ。

  • 松尾委員

    「17番」ですが、青山士を取り上げていただいたのはありがたいのですが、青山さんの非常に大事な仕事は荒川放水路を造ったことです。赤羽岩淵に水門がありますが、水門と一緒に青山さんを書いた記念碑があります。非常に歴史的な価値が高いし、「東京を大洪水から救った」という意味では、青山さんの功績はそこで評価されるべきだと思います。

    「19番」ですが、長崎は大陸のほうから電信が来ましたが、門司には東京から海底電線で電信が来ます。門司に電気通信館のような記念品を集めたところがありますので調べるといいと思います。

    「24番」ですが、大変突飛な話ですが、国会議事堂は非常に大事な建物だと思います。大正の末期から昭和11年までをかけて造られましたが、「すべて国産品で賄う」ということで、国産の最上級のものを集めています。骨組みは八幡製鉄の鉄骨です。今は鉄骨で造っているところは見えませんが、1万トンの鉄が使われています。TOTOの話が出ていますが、TOTOの陶器もあります。外壁も瀬戸内海の石材を運んできて造っています。

    すべて国産の最上級のもので造っていますから、ある意味では、本当の産業遺産ではないかと思います。コラムでもいいので、「国会議事堂はそういうものだ」ということを知ってもらうといいと思います。建築様式にしても、東京タワーを造った内藤多仲さんの設計でSRC構造になっています。いろんな意味で特徴のある産業遺産だと思います。

    「32番」に安田工場の話がありますが、辰野金吾が造った非常に立派な建物です。これ以外にも鉱滓レンガで造ったものがあると思いますが、このあと、浅野総一郎が鉱滓レンガから高炉セメントの方向に行きます。これも一種のリサイクルですから、そういうことで評価をしてほしいと思います。

    「33番」は、まだいくつかあると思います。例えば熊本大学の五高記念館にいろんな記念品が置いています。高等学校で言うと、小倉工業高校は明治のころに教育が発展していく過程で、日本で何番目かにできた高等学校です。そういうことで、まだいくつかあると思います。余談ですが、ここの坂を下りていった虎ノ門三丁目というバス停の真ん前に工部大学校跡の碑があります。

  • 西村委員長

    いろいろ出ましたが、いかがですか。

  • 事務局松井

    青山さんの荒川放水路についてと、門司の電気通信館については確認をします。「24番」の国会議事堂は、実はいろんなところで出てきます。実はヤマハの家具も、参議院の議長席周りはヤマハが納めたということです。TOTOの場合は、既にTOTOの資料館に保管をしてあるので、今回の認定物件になっていますが、現存しているそのものはなかなか難しいのでコラム辺りで紹介ができるようにしたいと思います。

    「32番」の鉱滓レンガについては、文章の中ではこういうものが製鉄技術の資源の再利用化の流れを生んでいるということで、少し紹介をしています。

  • 事務局河島

    ご指摘の通り、高等工業学校等は非常に沢山ありますが、それを網羅的に取り上げることは難しい状況です。

    熊本大学については、リストからは漏れていましたが、五高記念館はもとより工作機械類がたくさん保存されていますので、こちらから当たります。

  • 西村委員長

    清水愼一委員、どうぞ。

  • 清水愼委員

    「17番」はこれで完結すると思いますが、産業観光の別のかたちで、「国土観光」というのがあります。その一番最たるものが庄内の防風林です。あそこに防風林を長い間作っていますが、あれが一つの象徴的な事例で、あれを一つの素材にしながら、「国土観光をやろう」という動きがあります。議論が始まったばかりで、地元の人たちはまだ十分認識をしてないところがあります。地元からで挙がってこないとどうしようもありませんが、防風林も一つあると思います。

    ついでに言うと、鉄道防風林で一番古いのは野辺地駅にありますが、JR東日本が一生懸命保存に着手をしています。国土の概念をもう少し広げていくこともあり得ると思います。このストーリーで完結するのであれば、東北のほうにまとめる意味で、所在地の自治体に当たってみるといいと思います。

    「21番」の北海道の赤レンガの中で、岩見沢のレールセンターは昨年認定しましたね。

  • 事務局河島

    はい。

  • 清水愼委員

    あれも一つの事例です。最後の技術者教育の中で、なかなか残っていませんがいわゆる企業内教育、鉄道で言うと鉄道学校がかなりの職人を養成しているはずです。NTTで言うと逓信学校とか、企業内学校でかなり職人を輩出しているはずです。なかなか遺構が残ってないので、ストーリーの中で言及だけでもしておくと、もしかすると、このストーリーを見て、「実は」と手が挙がってくる可能性もあるのでお願いします。

  • 西村委員長

    いかがですか。

  • 事務局松井

    防風林はなかなか難しいかもしれません。企業内学校については、記述を考えてみたいと思います。

  • 西村委員長

    西木委員、どうぞ。

  • 西木委員

    お話ししようと思っていたら、「高等学校は避けてくれ」と釘を刺されたので言いにくいのですが、福岡の修猷館は明治時代の建物を現役で利用しています。修猷館は、歴史的に大物をたくさん輩出しています。緒方竹虎とか、広田弘毅とか、大川周明とか、とにかく戦前・戦後を通じて歴史に名前を残している人たちが、総理大臣クラスでもぞろぞろ出ています。

    修猷館は、江戸時代の藩校から続いている学校で、「高校は勘弁してくれ」ということですが、あえて言うのは、本当に当時の建物がそのまま残っています。非常に高校としても有名な高校ですので、いろいろ問題はあるのでしょうが、私としては入れてもらえればうれしいと思います。「高校が難しい」という理由は何ですか。

  • 事務局河島

    修猷館については、技術者教育という観点なので工業系の高校を取り上げていますが、修猷館は普通の高校です。まずそこが一つあります。私も建物自体はよく知っています。

    正式なルートで話を通したものに限って、今回は当たっているという状況です。

  • 西木委員

    よくわかりました。

  • 西村委員長

    堀井委員、どうぞ。

  • 堀井委員

    「28番」の本文には甲子園のことが書いてありますが、右側の遺産リストに甲子園が入っていません。池田文庫の「豊中運動場資料」と併せて、もし戦前当時のものであれば甲子園のツタの絡んでいるレンガの壁を取り上げられれば、認定についてのニュース性というところから言うと、認定されれば話題になり、きっと記事になりますので、調べていただければと思います。

  • 西村委員長

    何かありますか。

  • 事務局河島

    「甲子園球場自体が近代建築物である」というのは言われる通りです。ただ、諸事情により、今回の事業で取り上げることは困難な状況です。

  • 堀井委員

    そういう事情があるわけですね。

  • 西村委員長

    清水慶一委員、どうぞ。

  • 清水慶委員

    北海道開拓のときの幌内鉄道とか、北海道の西のほうの鉄道のことは、ほかのところで触れていましたか。小樽から最初に敷かれた鉄道です。

  • 事務局河島

    小樽と幌内は、昨年度のストーリーで認定をしています。

  • 清水慶委員

    東北の書きぶりですが、東北は幕末に戊辰戦争があって、向こうには向こうの理屈があります。これを読んでいると、「遅れたところを明治政府が開発していったのが善である」という雰囲気があります。そこをどのように書けばいいのか、ぱっとは出てこないのですが、少なくとも、「不平士族授産のため」とか、「東北地方の慰撫とされる」とか、東北の人が不快感を抱く印象があります。

    「26番」の伝統食品の近代化ということで、大阪府からグリコとサントリーが出ていますが、塩昆布とか、北前船で運んできて作っているものも近代化のような気がします。例えば三輪そうめんの近代化とか、そういうものもあるように思いました。

  • 西村委員長

    何かありますか。

  • 事務局松井

    東北のストーリーに関しては、小風委員からの指摘を紹介すると、人車鉄道のことに少し触れていますが、「鉄道の歴史的価値にもう少し触れるべきではないか」ということで、「歴史館等もあるのでもう少し事実確認をしてほしい」ということと、「貞山堀が文章には入っているけれども、認定対象に挙がっていないのでそこを少し補足してほしい」という意見がありました。

    今のストーリーの骨格は、小風委員から、「大久保利通を中心とした政府の流れで、不平藩士を治めていく一つの国家の流れを基軸に書いてはどうか」という指摘が最初にあり、それをベースにストーリーを組み立てたことで、少し片寄り過ぎている部分があると思います。文章を見直ししたいと思います。

  • 西村委員長

    村橋委員、どうぞ。

  • 村橋委員

    教育のところで思い出しましたが、大阪の「適塾」は、江戸時代にできましたが医学の教育をやっていて、いつまで機能していたかはわかりませんが、今も建物が残っています。もし、明治時代もやっていたのであれば認定すればどうかと思います。

  • 西村委員長

    どうですか。

  • 事務局河島

    ものとして残っていますし、時代としては今回の近代化産業遺産の範囲に入ると思いますが、「技術者教育の範囲をどこまで見るか」というのも非常に難しいところがあります。今回は「工学」という範囲にとどめたいと考えています。

  • 西村委員長

    将来の課題ですね。松尾委員、どうぞ。

  • 松尾委員

    「3番」のところで、苅田の鋳物記念館も取り上げることができると思いますがどのような状況でしょうか。

  • 事務局酒井

    鋳物記念館については、「1番」の動力機関のストーリーで、エンジンとして取り上げたいということで、現在、鋳物記念館に連絡をしていますが、「当時の製品としてのものは恐らくないのではないか」という回答をもらっています。

  • 松尾委員

    まだ、あると思います。鮎川義介の遺品とか、ゴーハムが造ったエンジンとか、そういうものが少なくとも5年前まではありました。

  • 事務局酒井

    話をさせていただいたところでは、「鮎川義介の当時の書類とか指示書などの書類類はたくさんあるけれども、生産設備とか、生み出された製品は恐らくないのではないか」ということで、まだ正式な回答はいただいていませんが、今後も調査を続けて、もしエンジンとしてものが残っているのであれば、ぜひとも認定をしたいと思います。

  • 松尾委員

    多分、横浜のエンジン記念館にも行っていると思います。「3番」は日産がほとんどかかわっていません。トヨタだけで少し不公平な感じがするので、何か一言触れておいたほうがいいと思います。

    「軍需の問題から」という話がありましたが、鮎川さんがやったことは、「アメリカのフォードの圧力をはねのけて国産のほうに持ってきた」という話です。それをはねのけて、乗用車を造ることはできなかったけれどもトラックを造ったという話になると思います。そういう意味では、「軍需」というよりも、外圧をはねのけて、日本の自動車産業を自立させることをやったわけです。

  • 西村委員長

    書きぶりを工夫することにしたいと思います。大塚審議官、どうぞ。

  • 大塚審議官

    清水慶一委員の発言で、昨年も松平委員から発言がありましたが、差別的な用語、あるいは使うのは好ましくない言葉は、次回に向けてチェックをしてください。

  • 西村委員長

    堀井委員、どうぞ。

  • 堀井委員

    先ほどの食品工業で三輪そうめんを入れるなら、粉をひかないとそうめんにはなりません。粉は、水車動力で石臼を回して粉をひいていました。その水車がいくつか残っていて、実はわが家にもあります。私の家は、先祖が粉ひきをやっていて、三輪そうめんの粉で三輪そうめんができた遺構が残っていますので、もし入れるなら協力いたします。

  • 西村委員長

    水車を入れると、大変増えそうな感じですね。

  • 事務局松井

    そうですね。

  • 西村委員長

    私から二三、一つは「24番」の首都の計画ですが、どこまでを挙げるかだと思います。大阪のほうでは御堂筋とか地下鉄が入っていますが、そのバランスで行くとすると、こちらも主要な幹線とか、地下鉄路線が必要になってくるかもしれません。少なくとも、靖国通りとか昭和通りとか。

    もう一つは、震災復興の小学校が入っているので公園も入ればいいと思います。そうすると、一番いいのは文京区にある元町公園です。これだけは唯一きちんとしたものが残っています。それと旧元町小学校です。震災復興の小学校は、ある程度はまだあるので確認をしてほしいと思います。例えば九段小学校とか、旧四谷第五小学校とか、結構ユニークなものがありますが、やり始めるときりがないので、どの辺までをやるのかというガイドラインを決めて、特に大阪とのバランスを気にしてほしいと思います。

    もう一つは、「28番」の私鉄沿線です。今はJRですが、例えば国立とか一橋学園は、もともとは私鉄沿線です。こういうものをどうするのか、どこかに入るのかというのが二点目です。

    もう一つは、最後の「33番」の教育のところですが、高等学校のところで割合動産がたくさん挙がっています。非常にいいと思いますが、バランスから言うと大学にもたくさんあるはずです。模型とか、教材としてのいろんなものがあったり、銅像があったりするので、その辺のバランスをどう取るのか、お考えを聞かせてください。

  • 事務局河島

    技術者教育関係の動産については、高校はたまたま以前、「全国工業高等学校長協会」というところが調査をした詳細な資料があったものを参考にしています。大学のほうは、今まさに内容を詰めている最中ですので、そこで挙がってくるものと考えています。

    私鉄沿線開発の国立は、私たちもわかる範囲で調べましたが、先日駅が撤去されて、建物関係がなかなか残っているのがわからなくて、今は地割ぐらいしか残っていないような状況で、何を認定すればいいのか、難しいところがあります。

    道路に関しては、大阪で御堂筋だけをシンボリックなものとして取り上げていますが、東京で取り上げるとなると、どれをどこまでという線引きが非常に難しいので、持ち帰って検討します。

  • 西村委員長

    少なくとも、東西の靖国通りと南北の昭和通りが骨格になってあのグリッドができあがっているので、2本を入れると一番の骨組みをやったと言えると思います。

    次に進みます。その他で何かありますか。村橋委員、どうぞ。

  • 村橋委員

    公募というのは、どのレベルに、具体的にどのように呼びかけているのでしょうか。例えば、二つ以上の市にまたがるようなものがあった場合に、「うちじゃないな」といってやめてしまっているのがあるみたいです。どのレベルに、どのようにしているのか、お聞かせください。

  • 能瀬企画官

    事務的に、公募をどのようにやるのかというのは非常に難しい問題です。実態を言うと、公募をやるにあたりホームページに載せることはもとより、都道府県東京事務所職員や本庁から担当を集めて、「こういう公募をやるからよろしくお願いします」と言って、各自治体の判断でございますが、管内の市町村に流してもらうかたちを取っています。

    よって、県から市町村に必ずしも下りていない場合もあります。そういう場合は、特に先生から指摘のあった重要な物件については、関係する市町村に働き掛けをして、公募をしてもらいます。それを「公募」と言うのか、「一本釣り」と言うのか、よくわかりませんが、いずれにしても、公募を促すとともに、注意喚起をして進めています。

  • 西村委員長

    藤井委員、どうぞ。

  • 藤井委員

    今回は百貨店の認定が結構多いようですが、認定をするときに、例えば建物はあと何年壊さないとか、そういうことはありますか。この夏に北区の印刷会社に立ち会っていましたが、一方は東書文庫として文化財指定されているので壊さないけれども、もう一方の印刷の実態のところは壊してしまうということで、すてきな建物ですが、「文化財指定もされてないし壊します」と言っていて、いろんないきさつもあると思いますが、今は平気で壊されたりしますので、何か条件を付けているのか、お聞かせください。

  • 能瀬企画官

    公募をするにあたり、「近々壊される予定があるからといって、公募を辞退する必要はありません」と言っています。「近々」という時間の幅が結構あって、社会的な常識からいって、具体的な資金繰りがついて、改造計画があるようなものについては断る場合が多いと思いますが、非常に困るのは、近々壊すかもしれないとか、プランがあるとか、漠然としたところで辞退をされると、遺産自体が集まらなくなってしまうので、私たちが会社の人や自治体の人とやり取りをする際には、「この事業は地域の活性化のための事業で、保存のための補助金を出すことはしませんが、保存や変更に係る規定もありません。こういう趣旨の制度です」という前提で公募をお願いしています。

    ただ、実態上、近々壊す予定があるということで公募を見合わせたいという会社が存在するのは事実です。

  • 西村委員長

    事務局で何かありますか。

  • 事務局宇野

    次回の第四回の委員会は、12月12日に今日と同じこの場所で、今日と同じ10時から12時で開催します。もう少し先になりますが、今年度の近代化産業遺産認定事業の認定式兼シンポジウムを、来年の2月23日に大阪の中央公会堂で開催します。昨年度の認定式同様、委員の皆さんにもぜひご出席いただきたいと考えています。以上です。

  • 西村委員長

    今日の意見を踏まえて、次回の第四回では構成遺産認定の同意の状況を報告し、それを基に最終確認をするとともに、主に活用についての議論をしたいと思いますのでよろしくお願いします。平成20年度第三回産業遺産活用委員会を閉会します。ありがとうございました。

以上

 
 
最終更新日:2008年12月18日
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