二十一世紀の日韓経済関係はいかにあるべきか
山澤逸平●日本貿易振興会・アジア経済研究所・所長
(早稲田大学アジア太平洋研究センター教授)

日韓自由貿易協定共同研究発足の経緯

 一九六五年の国交正常化以来、日韓間の貿易・投資・人的交流は飛躍的に増大したが、韓国の対日貿易収支赤字の拡大をめぐる摩擦等もあって、一九九〇年代を通じアジア経済危機にかけて日韓両国間の貿易・投資は停滞し、両国関係はやや疎遠になった。しかし、一九九七年夏の通貨危機が韓国へも波及し、深刻な経済停滞に陥った。日本は一九九二年以来の長期不況から抜け出せず、一九九八年は両国ともマイナス成長率を記録した。そこからの回復プロセスで日韓関係の見直しの機運が双方で高まった。
 十月の訪日時に金大中大統領は、「二十世紀の問題は二十世紀中に解決して、二十一世紀の韓日パートナーシップを築こう」と発言して、日本人に深い感銘を与えた。一九九九年三月の訪韓で、小渕総理(当時)は「日韓経済アジェンダ21」で、これまでの経済協力の枠を超えた日韓関係強化を提案した。
 これを挟んで大臣会合や日韓閣僚懇談会、日韓官民合同投資促進協議会等がもたれ、日韓経済関係を緊密化する道が模索された。そのなかで通商担当大臣会合において、日韓双方の民間レベルで日韓自由貿易協定を含めた日韓経済関係緊密化のための方策を研究することが提案され、アジア研とKIEP(Korea Institute for International Economic Policy)が共同研究に取り組んだわけである。日韓それぞれが自国語で別個の報告書を作成したが、日韓自由貿易協定推進では共通のメッセージを伝えている。以下日本側報告の骨子を簡潔に要約し、それが日韓両国国民および第三国の人々にどのように受け取られたかをお伝えしたい。

日韓自由貿易協定とはどのようなものか

(注)韓国の輸出、輸入、対内投資の総額に占める日本の割合
(出所) National Statistical Office, Major Statistics of Korean Economy 2000.

(出所)(貿易収支)Source: National Statistical Office, Major Statistics of Korean Economy 2000.
(サービス収支)大蔵省。

  GATT/WTOでは、無差別・最恵国待遇原則の例外として、世界大の自由化への第一歩として自由貿易協定、すなわち関税・非関税障壁の相互撤廃を認めている。ただしその結果第三国との貿易障壁を引き上げてはならず、実質上すべての分野を含み、ほぼ一〇年間で達成することが条件とされている。日韓両国は世界の主要貿易国としてこれを遵守しなければならない。
 二国間自由貿易協定は日韓双方にとってはじめての試みである。日本も韓国も、これまでもっぱら多国間通商システムの下での自由化を推進してきた。しかし今や自由貿易協定はEU(欧州連合)、NAFTA(北米自由貿易協定)をはじめ、多数の国々が近隣国同士の経済統合を進める手段として採用し、多国間通商システムの下での自由化を達成する現実的な方途と見なされるようになっている。日韓自由貿易協定が締結されれば、日韓間に残存している関税・非関税措置を取り除く以上に、投資促進・貿易円滑化や両国の基準認証の共通化を含めた幅広い市場一体化の効果が期待できる。

どのような効果が期待できるか


 日韓自由貿易協定はどのような効果をもたらすだろうか。まず関税・非関税措置撤廃による貿易の拡大があげられる。日韓の比較優位がはっきりしている分野で輸入品の国内価格が低下し、輸入量が拡大する。日韓間では韓国から、日本で比較的高い関税が残っている衣類や雑貨品、水産物の対日輸出が増加し、日本からは精緻な機械や金属製品の対韓輸出が増加するであろう。韓国の対日平均関税率は七・九%なのに、日本の対韓平均関税率は二・九%と低いから、韓国の対日輸出増より日本の対韓輸出増のほうが上回り、韓国の対日貿易収支赤字が拡大しよう。
 しかし、果たしてこれだけが日韓自由貿易協定の効果だろうか。日韓間では低級品・高級品や部品・完成品を相互輸出入し合う産業内分業型の貿易が拡大してきており、旅客・運輸・建設・通信・金融等のサービス貿易もそのなかに含まれる。これらの分野では関税・非関税障壁はゼロか低率ないし小さく、上述の静態的分析では捕捉されない。日韓市場合わせて人口一億七〇〇〇万、約五兆ドルの規模の市場が出現する。それはアメリカのほぼ三分の二に当たる。自由貿易協定でこのような日韓市場の一体化が進むと、これら産業内分業の分野では日韓企業間での競争が激化する一方、日韓企業間での戦略的提携も進み、さらに欧米企業も参入して、生産性上昇、価格低下を通じて世界的に競争力のある企業が育っていく。これこそが自由貿易協定の動態的効果であり、上述の静態的効果を上回ると推定される。
 この動態的効果は基本的には市場メカニズムを通じて実現される。しかし日韓市場の真の一体化を実現するためには、租税条約、投資協定、通関手続き、その他の貿易円滑化措置、政府調達、基準認証、知的所有権等幅広い分野での日韓標準化・共通化を進めて、日韓間での商品・サービス・資金・人的交流を活発化させる必要がある。このような円滑化措置が日韓双方の企業に相互にビジネス・コンフィデンスを改善する効果をもつことは疑いない。これらの多くは日韓経済アジェンダ21に含まれ、両国間で交渉されることになっている。すでに租税条約は昨年十一月に発効し、投資協定は交渉中である。

日韓自由貿易協定への道筋

 これに加えて官民レベルでの産業技術協力もいっそう拡充される必要がある。一九九二年に発足した日韓産業技術協力財団は、韓国中小企業の産業技術・人材育成・生産性向上面で地道な成果を積み重ねてきている。これらの努力が上述の産業内分業分野にも拡充されることが望まれる。また漁業においても、日韓の共通資源の共同管理と利用面での協力の余地が大きい。他方、日韓商品・サービス市場の統合化に合わせた日韓の金融・資本市場の統合努力もなされなければならない。それなしでは日韓相互乗り入れによる競争促進も不十分に終わろうし、日韓企業提携も抑制される。さらに、円・ウォン相場を安定させるような通貨面での協力も当然促進されるべきであろう。  現在日韓間で広範な円滑化措置や制度整備に係る協調が始まっているが、自由貿易協定は、これらすべてを包括する制度的枠組みであると同時に、個々の取り組みの最終目標を明示して努力を促し、日韓関係緊密化のモーメンタムを維持するためのビジョンである。それによって個別協定交渉が円滑に進むケースが期待される。このような観点に立てば、個々の取り組みと並行して自由貿易協定交渉を進め、早期に合意に達して、自由貿易協定の枠組みを提示することが望ましい。個別協定には、それまでに交渉が完了しないものがあろうが、それらはこの枠組みにおいて交渉の基礎が与えられ、さらに交渉が加速されよう。

われわれの共同提案への反応

 五月末、共同声明の発表と同時に、私たちはソウルで共同のシンポジウムをもち、それぞれの報告書を発表した。日本ではマスコミをはじめ自由貿易協定の動態効果を支持してくださったが、韓国側パネリストの反応をまとめると、次のようになる。
(a)対日貿易赤字拡大は困る
(b)自由競争下では日本企業に圧倒されてしまう
(c)日本市場の閉鎖性、日本システムへの不信
(d)日韓より日・中・韓協力を
 日中韓協力はけっこうだが、中国は今WTO加盟準備で大わらわであり、とうてい自由貿易協定への取り組みなど無理だというのだが、彼らは意見を変えない。結局韓国の学者、ビジネスマン、聴衆からも積極的支持は聞こえなかった。
 幸い九月二十八日に東京で開いた第二回の合同シンポジウムでは、日韓双方のパネリストが自由貿易協定は不可欠だと認識した。さらに日韓の外交専門家のパネリストが揃って、北東アジア地域の安全保障上からも日韓自由貿易協定締結が必要だと指摘された。これは五月以降の南北融和の動きを反映していよう。また韓国パネリストの一人は、日韓自由貿易協定は第二の国交正常化であり、苦しくても乗り越えなくてはならないと述べた。ただ韓国側からは、自由貿易協定は短期的には韓国側にマイナスの効果があり、それを乗り越えても締結するよう韓国側の対日観を改めるようにするには、日本側が何らかの「事前措置」をとってほしいという指摘があった。具体的には日韓間の航空便の増便や日本入国ビザ免除などがあるという。自由貿易協定などとんでもないという意見まで出たソウルシンポジウムに比べると、一歩前進したと思う。
 ただ「自由貿易協定は長期的には日韓両国にとってプラスだが、短期的には韓国にマイナスに働く」というのは正しくないと指摘しておきたい。短期的効果とは関税撤廃の効果で、長期的効果とは市場一体化によって企業が相互乗り入れし、競争激化の効果である。
 では、具体的に自由貿易協定が締結されればどうか。楽観的かもしれないが、二〇〇二年に日韓がサッカーW杯を共同主催するが、両国緊密化のモーメンタムが確実に高まる時期である。そのときまで日韓両国政府が自由貿易協定交渉をまとめ、一〇年かけて、つまり二〇一二年までに関税を撤廃し、同時に補完的な措置をとっていくと声明するとしよう。関税撤廃の効果は二〇一二年までかかって出るが、企業はそれを待って動き出すわけではない。そんなことをしていると他の企業に遅れをとってしまうので、二〇一二年に日韓市場が一体化するというビジョンに惹かれてすぐにも動き出す。動態的効果のほうが先に出て、関税撤廃効果のほうが後からくる。

アジア太平洋、世界のなかでの日韓関係

 日韓以外の第三国の人々の反応はどうか。ソウルシンポジウムの直後にブルネイで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)研究センター会議にも、さらに七月のAPEC経済展望会議にも招かれて、他のAPECメンバーの人々に説明した。日韓自由貿易協定研究提案には、アジア太平洋地域諸国をはじめとして多くの国々が関心を寄せた。グローバル化のなかでは、自身地域統合にかかわりながらも他国の動きにセンシティブになるのである。そこでの反応は、次の三点にまとめられる。
日韓自由貿易協定の貿易・投資の転換効果を懸念
日韓等二国間FTA(自由貿易協定)の活発化はWTO自由化を抑制するおそれ
日韓自由貿易協定日中韓協力が内向きの東アジア協力に進みかねないと懸念
 私は、日韓自由貿易協定は日韓経済緊密化を進める枠組みとして実施するものであり、日韓両国の経済を活性化し、アジア太平洋諸国・地域経済の活性化に直接貢献する、自由貿易協定は両国の自由化努力を強め、アジア太平洋地域の貿易自由化および多国間通商システムの下での自由化への日韓のイニシアチブを強化しようと説明した。

日本のとるべき道

 このような討議を踏まえて、私は次のように提言したい。
@日韓経済緊密化は日韓それぞれにとってグローバル化世界を生き抜くために必要である。それは双方が競争力をもつ分野で相互参入する産業内分業が中核になるべきであり、その方向へ市場メカニズムを導くには自由貿易協定締結以外にない。
Aその過程で日韓貿易不均衡は長期的に解消していくが、現在韓国側になお残る赤字懸念、日本との競争への恐れ、日本市場やシステムへの不信感を緩和するような、目に見える手段を講ずる必要があろう。政府レベルでは投資協定の成立がそれになろうし、民間主体の日韓協力推進組織(新しいコンセプトをもった)ができないだろうか。
B日韓自由貿易協定にせよ、日中韓協力強化にせよ、ロシア等を含めた北東アジア経済協力強化にせよ、さらに広域の東アジア経済協力強化にせよ、日本はあくまで「開かれた地域協力」で進めることを明言する。
CWTO自由化促進やAPEC協力強化に強いイニシアチブを発揮して、地域協力も世界大の協力も並行して進めていくことを身をもって示す必要があろう。
 最後に東京シンポジウムと前後して、自由貿易協定に向けて力強いイニシアチブが打ち出されたことを報告したい。それは九月二十三日、熱海市で行われた森・金大中会談で次のような合意がなされた。そこでは日韓関係のいっそうの緊密化の必要が確認された後で、
・日韓投資協定交渉の早期妥結
・日韓情報技術協力の推進
・日韓自由貿易協定締結に向けて民間対話の推進
 等の具体的な当面の行動が合意された。これらは上記のAで述べた方向がすでに盛り込まれている。この日韓ビジネスフォーラムの場で、他の三点も含めてさらに日韓間が深く検討されることを祈って、私の報告を終えたい。

この座談会及び関連寄稿論文は、通産省広報誌「通産ジャーナル」に掲載されたものを転載したものです。なお、ここに掲載された論文等のうち、意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りしておきます。
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