| 「電子商取引等に関する準則」への期待 | |||||
|
中山信弘●東京大学法学部教授 |
|||||
|
法令は、それが制定・改正された当時において予測できた事実を前提としている。このため、新たな技術の登場は、法令の規定が前提としていた紛争実態などの事実に変化をもたらす場合も少なくない。このようなときには、技術の進歩に応じた柔軟な法解釈が求められるが、法解釈にはおのずと限界があるため、こうした解釈では対応できない場合には新たな法令の制定・改正が求められることとなる。 インターネットの登場は、電子商取引をはじめとして、従来われわれが経験したこともないような新たな経済行為を生み出している。ところが、明治三十一年に施行された民法をはじめとする現行法の大半はこうした新たな技術を前提とせずに制定されているため、電子商取引について、現行法がどのように適用・解釈されるのか、という点は必ずしも明確とは言い難く、当事者が安心して電子商取引に参加できる法的な環境にあるとはいえない。 本来であるならば、現行法の適用・解釈に関して不明確な点があれば、判例の積み重ねによって合理的なルールが自ずと明らかになるのである。しかしわが国の司法制度のあり方については、新しい時代の要請に即した司法制度改革の議論が始まったばかりであり、当面、現行司法制度のもとでの判例の積み重ねが迅速に進むことにのみ期待することは難しい。また、民間においても、電子商取引等に関するさまざまな法的問題点について広く各層の意見をとり入れた合理的な法解釈を横断的に示すという取り組みは、残念ながら現在のところ行われていない。 このような状況にかんがみ、電子商取引等に関するさまざまな法的問題点に関する現行法の解釈について、まず一つの考え方を提示し、それをもとに各方面における議論を喚起するということが有効な手段となりうるであろう。そこで従来には見られない新しい政策手法が提案されることとなった。それが、本年三月に策定・公表された「電子商取引等に関する準則」である。
また、この準則は、電子商取引をめぐるさまざまな論点について、学識経験者の委員を中心に、日本消費者協会、電子商取引推進協議会(ECOM)、国民生活センターや、内閣府・法務省・公正取引委員会・文化庁など関係府省からのオブザーバーの方々の助言をいただきながら、産業構造審議会情報経済分科会ルール整備小委員会において取りまとめた提言を踏まえ、経済産業省が現行法の解釈についての一つの考え方を提示するものであり、今後、電子商取引をめぐる法解釈の指針として機能することを期待している。 具体的には、この準則によって、たとえば次のような効果を期待している。まず、事業者にとっては、リーガルリスクの存在を明らかにすることにより、それを回避するための適切なビジネスモデルを自主的に検討してもらうことができるようになる。また、消費者にとっては、リーガルな問題の存在を明らかにすることにより、消費者啓蒙の一助となる。さらに、現行法における解釈の限界を明らかにすることにより、立法政策の検討課題を明確にする。 なお、この準則は、電子商取引をめぐる取引の実務、それに関する技術の動向、国際的なルールメイクの状況に応じて、柔軟に改正されるべきである。また、基本的な考え方を示すとともに、具体的事例における考え方も示すことが有用である。そのために、準則の取りまとめに際してはすでにパブリックコメントを求めてはいるが、実際に電子商取引に関わっている事業者や消費者等から、具体的な事例について今後も継続的に、考え方を広く募っていく必要がある。 最後に、この準則の公表を契機として、民間のさまざまなフォーラムにおいて電子商取引に関する法的問題点についての議論が深まり、市場が自主的なルール形成機能を担う方向に進むことを期待して結びとしたい。 |
|||||
|
|
|||||
|
|||||