座談会【転機を迎えるWTOドーハラウンド――WTOカンクン閣僚会議を振り返る】


カンクン失敗の要因は何か

 田中 ドーハのディベロプメント・ラウンドは、カンクンで中間レビューを迎えたわけですが、残念ながらうまくまとまりませんでした。なぜそういう結果になったのかについては、サブスタンス、つまり交渉の内容において、対決が鮮明過ぎたためという議論が一つあります。
 最初の大きな対立は農業にありました。農業については、八月末に米欧でつくった妥協案がWTOに提示され、これをベースに合意がなされると、だれもが思っていました。ところが、インドとブラジルが中心になってG21という二十一カ国連合をつくり、その妥協案に対決姿勢を示しました。それで結局、当初の想定と大きな違いが出てしまいました。
 そこでまず山下さんから、農業問題でどのような対決があったのか、それが結果としてなぜうまくまとまらなかったのか、この辺りについて簡単に解説をお願いします。

 山下 アメリカとEUに大きなミステークがあったのだと思います。
 一つは、二〇〇二年に制定されたアメリカの農業法の評判の悪さです。かつてアメリカには国内の目標価格と市場価格の差を不足払いにする制度があって、これが輸出に回ると輸出補助金とほとんど変わらない性格を持つということで、世界から貿易歪曲的な制度だと不評でした。しかし、ウルグアイ・ラウンドでは米欧はこれを削減対象外の青の政策とすることで合意しました。アメリカはこの不払い制度を二〇〇二年に復活させたのです。
 前の不足払い制度は生産制限が条件でしたが、新しい農業法では生産制限が条件ではなくなり、より貿易歪曲的なものとなりました。このため、農業協定の青の政策の要件から生産制限の要件を取るという米欧合意になったわけです。各国の保護の水準を削減しようと交渉しているにもかかわらず、逆行するようなことを米・欧で合意したわけです。
 もう一つは、あれほどアメリカが輸出補助金はけしからんと撤廃を叫びながら、みずからの輸出信用を保護するため、EUの輸出補助金も撤廃でなく削減でもいいということで合意してしまったことです。
 さらにもう一つの問題は、ブラジルのような純輸出農産物途上国に対して途上国への特別かつ差別的待遇を与えないという項目を米欧合意のなかに入れたわけです。これから味方を増やそうとする時にわざわざ敵をつくるような条項を入れてしまったのです。これが決定的にブラジルを怒らせました。それでブラジルをしてG21といった途上国連合に突き進ませてしまいました。私は、これが大きな問題だったと思います。

 田中 日本の農業に対するスタンスは、どのようなものだったのですか。日本はもう少しリーダーシップを発揮すべきだったとよく言われるのですけれども、その点についてはどう思われますか。

 山下 基本的に農業交渉に日本は防御的な態度で臨んでいるのは間違いないのですけど、多面的機能という主張は同じでも、それで交渉上得ようとするものがEUと日本で食い違っていることが今回の米・欧合意で顕在化した。EUはよくても、日本としては上限関税率の設定は受け入れられない。従って、ここを最重要課題として防御せざるを得なかったということだと思います。

 田中 シンガポールでの閣僚会議のときに提起された、いわゆる新しいルールの問題、投資、競争、貿易の円滑化、政府調達の透明性の四つのテーマが、交渉として立ち上がるかどうかが日本の関心事でした。特に投資は経済界にとって最も重要なイシューだと思いますが、今回は投資について交渉化ができませんでした。團野さんは世界中を回って投資の重要性を訴えてこられたのですが、結果としてうまくまとまらなかった背景についてどうお考えですか。

 團野 WTOの変質が一つあるのではないでしょうか。従来、WTOを補う形でFTAがあったのが、今やFTAがあればWTOはいらないというような国々が出てきた。その辺の事態の変化にどう対応していくかという問題を深く突っ込んで考える契機にできないかと思っております。
 ジュネーブでは、農業交渉で自分たちの主張が通らない限りニューイシューには取り組みたくないという途上国の意思が非常に強かった、という印象を受けて帰ってきました。カンクンではブラジルにしても、インドにしても、先進国に対峙する形で途上国を糾合した。つまり貿易の問題を政治問題化することによって力を誇示し得たというところがあった。そういうことでシンガポール・イシューが決裂の引き金になりましたが、根本はやはり農業問題であったと思います。

 田中 非農産品の関税交渉について、今回はジラールという、非農産品交渉をやっている議長が考え出したフォーミュラに基づいて交渉が行われました。このフォーミュラというのは、われわれから見るとあまりにも途上国寄りです。平均関税率を組み込むことによって、すべての国に別のフォーミュラが生まれてしまう。平均関税率が非常に高いインドのような国については、日本と比べて関税削減の程度が非常に小さくなってしまうという大きな問題がありました。
 残念ながら途上国と先進国のフォーミュラをめぐる対決は、最後までなかなか解けていないのですが、これは一体どうすればうまく解けるのか。うまく解けなかった背景も含めて、小寺先生はどのようにお考えですか。

 小寺 今回のラウンドはあえてドーハ開発アジェンダとよばれているように、WTO体制において途上国をどのような形で位置づけるかが最大の問題となっています。途上国への対応は、従来は援助の問題という形で行われてきましたが、最近では、先進国のマーケットを途上国に対してどれだけ開くのか、つまりマーケットアクセスの確保が、大きなアジェンダになってきています。ジラール・フォーミュラは、南北という文脈のなかで、北のマーケットを南に対してどれだけ開放するかという形で問題を設定していると捉えることができると思います。今回の農業問題と同じ文脈といえるでしょう。
 他方、WTOには南と北という角度は入れないで、国際経済の全体的な自由化を図っていこうという強い理念があると思います。この考えからは、南も北と同じようにマーケットを開いていくべきだという主張が出てきます。二つの異なる哲学がぶつかっているのです。
 今回は農業交渉の場面で対立が顕在化したのですけれども、農業問題が解決できればそれでこの問題が終わるわけではなく、その後には当然、非農産品の関税問題、さらには、日本政府また産業界にとっても非常に重要なサービス交渉が控えています。これらの交渉の中で南のアクセスを北との関係でどう位置づけていくのかということが再度出てくることは間違いないとみています。
 今後幾つも幾つも波を越えていかなければ交渉は終結しないでしょう。途上国をWTOのなかでどのように位置づけていくのかが、今ラウンド、そして将来のWTOを考える上で極めて重大な問題だという認識が必要だと思います。

 田中 途上国を巻き込む場合に、マーケットアクセスのところとルールというのは別と考えるべきなのでしょうか。

 小寺 今回の会議では、途上国が非常に強い力を発揮したという印象が生まれ、WTOの国連化というような議論が出てきていますが、私はWTOと国連は基本的に違うと考えています。WTOではマーケットアクセスの交渉が絡んでいることが国連との決定的な違いです。
 カンクンでは途上国が政治的に大きな力を持っていることを誇示できたように一見みえますが、途上国の行動によって先進国のマーケットアクセスが改善されたわけではありません。彼らにとっても何らかの形で合意をしていかなければ実利をえることはできないのです。それが分かっているから、G21はカンクンが終わるとすぐに解体しました。
 今後の一つのシナリオとしては、先進国が途上国に対するマーケットアクセスを広げることによって、いわばそれをてこにして国際的なルールメーキングをリードしていくという方向が考えられます。もちろん、その場合も、さまざまな配慮を途上国にした上でルールメーキングをリードしていくことになると思います。
 ルールメーキングだけで途上国と先進国がぶつかったら、ルールメーキングのしようがありません。マーケットアクセスと絡んでいるところにこそWTOの妙味があるのです。その妙味をどうやってうまくハンドリングしていくかという課題が、突きつけられることも認識しておくべきでしょう。

途上国連合は何を求めたのか

 田中 ブラジル・インド連合に中国も加わった途上国連合が、カンクンを大きく彩りましたが、山下さんは彼らはそれによって何を得ようとし、今はそれについてどう評価しているとお考えですか。結果として、途上国は今回の失敗で得をしなかったというのが世界の世論の趨勢だと思うのですけれども。

 山下 途上国連合としては、ディプロマティック・ビクトリーではあったのでしょうけれども、エンプティー・ハンディッドでうちに帰ったわけです。先進国でも、アメリカ、日本、EU、スイス、みんなそれぞれ利益が違うわけです。途上国といっても、みんな同じような利益を持っているわけではなくて、さまざまです。
 G21は、途上国として利益が一致しているかどうか危うかったところを、ブラジルが政治力を活用し、ムードで糾合した。したがって、時間がたつとその連合の危うさが露呈すると思うし、いくつかの国はもうG21から脱退しています。将来的にG21以外の、例えば純食料輸入途上国が果たしてどういう態度をとるのか。結局、ブラジルが糾合したのは、ケアンズ的な純輸出途上国などの限られた国に限るのではないかという感じがしないでもないので、そこら辺の動きに今後注目したいと思っています。

 田中 タクティクスの中で非常に注目しているのはNGOの存在です。小寺先生、これから南北の意見を調整していくとき、NGOの役割が今後大きな位置を占める可能性があるのではありませんか。

 小寺 WTOとの関係、もう少し広く国際経済組織との関係では、今回と同様に、NGOはそれらの行動に反対するという形で動いてきました。NGOの声は、一言で言えば反グローバリゼーションです。グローバリゼイションによってマイナスの側面が出ている。これ以上今のままのグローバリゼーションを続ければ、マイナス(影)の部分がもっと大きくなるので、グローバリゼイションを促進する動きに反対するということです。グローバリゼイションに強い影の部分があり、それへの対処が必要だという雰囲気が出てきたのは、NGOのプラスの部分です。
 影の部分というのは二種類あって、一つは国内における貧富の拡大、もう一つは国際社会における南北の格差増大です。今回は南の諸国にNGOが相当働きかけ、その参謀役を務めたと聞いています。その結果、交渉の進行という観点からするとマイナスに働きました。他方で、この失敗が、もう一度途上国の位置づけを考え直してみようという気運を醸成したことや、自由化を今後進めていくのはそう簡単ではないという認識を深めたということからすると、長いスパンでみればプラスという評価もできると思います。
 一九九九年のシアトルで交渉の立ち上げに失敗し、二〇〇一年のドーハでやっと立ち上げたわけですが、名前もドーハ開発アジェンダになったように、二年間で問題点がクリヤーになったのです。立ち上げが二年おくれたことが、マイナスだったと考えるのか、それとも交渉の方向づけができたということでプラスと考えるのか。今回の失敗も同じことでしょう。この点をどう考えるかによって、NGOの評価自体も変わってきます。
 私は、そもそも三年間でこの種の交渉がほんとうに終わるのかという感じが当初からしていました。立ち上げに二年かかったのに交渉が三年で終わるというのは、あまりにもオプティミスティックだという見方もできるわけです。
 NGOというときに、産業界の国際連携も忘れてはいけない観点だと思います。この観点から見ると、今回の失敗がどう見えてくるのかというのは興味深い論点です。今回のラウンドについて、多国籍企業対市民という構図で捉えるべきだという見方が出てきています。国を超えた産業界の国際連携という観点から見た場合、今回はおそらくうまく行かなかったという評価になるのでしょうが、なぜ力を発揮できなかったのか、さらには今後どうやっていくのかという問題を教えていただければありがたいと思います。

 田中 その辺は團野さん、いかがですか。

 團野 経団連は賛成派のNGOですが、小寺先生がおっしゃったように、大部分は反対派のNGOだと思います。確かにNGOの力は無視できませんが、活動が多国間の連携でグローバル化しているだけに、国の中での対応はなかなか難しいです。
 ですから、国内のNGOとはそれぞれの国において十分に対話を交わし、NGOの意見を吸収し、あるいは説得に当たることは重要かもしれません。しかし、力を持っているのはほんとうにグローバル化したNGOで、これについてはWTOそのものもグローバルなNGOに対する対応を考えなければいけないところにきています。
 ウルグアイラウンド後、いろんな諸統計を見ますと、途上国のほうが先進国より貿易量においてもGDPにおいてもうんと伸びています。ウルグアイラウンドが途上国のほうに利益をもたらしたという面もあるのですから、そういうことをきちんと説明していく仕組みが必要ではないかと思います。
 また、小寺先生が指摘された多国籍企業対市民という問題は大変難しい問題です。率直に言って、私ども米欧の産業界とは話し合っていますが、多国籍企業間の連携動作はまだできていません。日本の場合には九〇年以降、急速に多国籍化への流れが出てきており、これは今後の課題だと考えます。

まさに国の力が問われる時代に入った

 田中 今後のWTOにおけるルールづくり、システム改革について先生はどのようにお考えですか。

 小寺 システムをどうつくっていけばいいかということは、結局どういう形の決定にみんなが納得していくのかという問題だと思います。今回の農業のイシューについて言えば、アメリカ、EU、そして途上国のブラジル、インド、中国の五カ国で最終的な話し合いがなされたと聞いております。今回の農業問題では、この五カ国がキープレイヤーなのでしょう。しかし、イシューが農業ではなく、ダンピングだとすれば、日本も加わって当然キープレイヤーの顔ぶれは変わります。つまり、現在のWTOでは、イシューごとにキープレーヤーが変わるわけです。今回のような農業補助金の問題で日本がキー・プレーヤーとして出ていくことは、ちょっと考えられないと思います。このような状況を踏まえますと現段階で組織改革をして、現在とは別の、新たな意思決定手続に移行すべきだと言うのは、まだ時期尚早かなという気がします。
 ただ、今回、グリーンルームに対する批判は、前のような形では出なかったわけです。これはシアトルの経験を踏まえて、グリーンルームの仕組みが改善された成果だと思います。
 WTOのよさはプラグマティズムであって、設計図をきちんと引いてそれをもとに新たな組織を作るというような発想をしない方がいいような気がします。WTOはできてまだ一〇年も経っていないのです。組織に限らず、一般原則をどこまでも貫徹させるという考え方をしない方がいいという意味では、投資ルールも、すべての国加入を要求しないプルリのものを作り、投資ルールを受け入れた国にそのことのよさが実際に出てくるのを待ち、それをてこにして投資ルールに加わる国を増やしていくというような柔軟なアプローチも、今後は考えてもいいのではないかと思います。

 田中 農業の関係で言いますと、例の農業交渉と絡んで平和条項が今年末に切れるという問題があります。切れてしまいますと、山下さん、今後は農業関係の紛争が多発するのでしょうか。

 山下 ブラジルは、決裂しても平和条項が切れるので、いずれアメリカやEUも交渉のテーブルに戻ってこざるを得ないという発言をしているようです。ただ、今の平和条項自体も完全な平和ではなくて、あれは相殺関税が打たれるような状況になれば、打つことができるわけですから、平和条項が消滅したら紛争処理がどんどん起きて、アメリカ、EUが悲鳴を上げるということには必ずしもならないのではないか。
 ただ、EUは輸出補助金や補助金協定上は補助金に当たる価格支持政策を持っているので他の国に訴えられやすい。だから、EUは平和条項の延長に固執しているのだと思います。

 田中 農業以外の分野でも、アンチダンピングの分野とか、鉄鋼についてはこの秋にアメリカのとったセーフガード措置について上級審の結果が出ます。その場合に、日本はバランス回復措置、一種報復措置を発動する権利が生じるわけで、こういったことからも、WTOの現在のルールを使った紛争解決は、やるべきものはどんどんやっていったらいいのではないか。例えばアンチダンピングをもっと使う。新しいルールのみならず、それを使って、必要な場合には不公正な貿易措置がある場合に打っていったらいいと思うのですが、産業界の目からその点はいかがですか。

 團野 既存のルールを最大限に活用するというのも一つの考え方です。将来はプルリもあり得るとは思うのですけれども、当面はWTOが国際通商システムの根幹です。一四八カ国のコンセンサスが難しいとすれば、意思決定のメカニズムそのものは何か工夫する必要があるかもしれませんが、一四八カ国の加盟という事実と、貿易の基本ルールと精緻な紛争処理のシステムが整備されているという意味でWTOの価値は非常に大きなものがあります。これを弱体化しない方向で努力することが重要だと思います。事業環境の安定性と透明性と予見可能性をマルチで確保したい。

 田中 カンクンの失敗の結果として、バイのFTAのほうへ世の中が流れてしまうのではないか。また、地域的なリージョナル・トレード・アグリーメントの世界へ流れてしまうのではないかと懸念する方が多い。小寺先生、こういうバイラテラルな動きがマルチの世界を弱めてしまうのではないかという懸念についてはどうお考えですか。

 小寺 バイ、リージョナルとマルチをどのように使うかという問題は、それぞれの時代、また各国をめぐる状況に応じて変わると思います。また地域主義的な動きがWTOの交渉を促進したという側面もありました。そういう意味で、バイ、リージョナルとマルチといっても、基本的には、まずWTOの枠組みがあって、その制約の中でバイ、もしくはリージョナルな協定が結ばれるわけでありますから、両者をあまり対立的にとらえないことが必要だと思います。
 さらにWTO、バイそしてリージョナルでできること、できないこと等々、それぞれに特色があります。例えば、東アジア諸国とかメキシコとの関係で日本が現在抱えている問題を解決しようとしたら、これはWTOの場では解決できず、FTAを結んで対処していかざるを得ない。相手国ごとに、また対象分野ごとに対応を変えなければいけないのです。状況に応じて、バイとマルチ、リージョナルな協定を縦横に使い分けていかなければいけないという状況は今後当分の間変わらないと思います。
 ただ、そうなると、それをどうやって使い分けていくかということが大変な問題になってきて、ここで国の力が問われてくるのです。これらを縦横に駆使できる国の企業は非常にいい環境で対外的に活動できる。しかし、そういうことができない国の企業は非常に困った状況に陥ってしまうことになります。今後は、国の力、それも軍事力といったハードな力でなくて、構想力・交渉力といったソフトな力が問われる、そういう厳しい時代に入ったということが、今回まさにはっきりしたと思います。

 團野 やはり事態はずいぶん動いていると思います。かつて、日本が多国間協定主義を貫いてきたのは、それなりの意義があった。大国の論理をかわすことができたとか、関税引き下げとルール化が相俟って、通商立国の立場を強くしたとか、あるいは地域ブロック化に対する牽制効果があったとか、そういう意味はあったと思うのです。ただ、九〇年以降、様子がすっかり変わってしまいました。
 これにはNAFTAの成立とか、要因はいろいろございますが、今や一八五件もFTAがあるという状況です。FTAには二国間の貿易を促進するという貿易創造効果と同時に、締結国以外の国に対しては貿易を難しくする、差別するという意味での貿易拡散効果があると言われておりますが、やがては差別が差別を生むような格好で混乱が拡がるとしても、当面、FTA加速の動きは避けられないということですから、それへの対応は、ぜひお願いしたいと思います。日本経団連は四年前から要請し続けて来ております。
 FTAがないことによって、実害がどんどん出てきております。メキシコがその最たるものでありますけれども、こういう国だけではなく、地政学的にも実質的な経済水準でも近い韓国とのFTAは、早くまとめられることを望むという立場でございます。また今、ようやくアジアの国々が日本とFTAをやろうと言ってきてくれているわけですから、このチャンスを逃してはいけない。ぜひ、その取り組みを強化していただきたいと思います。また、その場合、輸入抑制のために、一部産品の高関税をかたくなに守る姿勢は見直す必要があります。
 ユニテラリズムでみずから市場を開いて経済を活性化してきた、または、高い経済成長率をエンジョイしているオーストラリアとかチリといった国の事例は、もう少し研究をしていただく必要があるのではないか。こういうところと取り組むことによって、投資や人の移動、農業を含めて、包括的で質の高い協定モデルが短時日にできるのではないか、そんな点もこれから考えていただきたいと思います。

 山下 FTAかWTOかというのではなくて、基本はWTOのルールの中で自分のところの難しい産品をどうやっていくかを考えながらFTAに対応していくべきではないかと思っています。
 国内政策としてどうするかというと、WTOでは、日本はEUと連携してきたわけです。しかし、多面的機能、非貿易的関心事項という主張では一致したのですけど、それによって交渉上守ろうとしている政策が、日本は関税を守りたい、EUは直接支払いを守りたいということで、初めから違っていたわけです。これが今回、露呈した。
 もし日本がEUと今後とも連携を続けようとするのなら、私が三年前から言い続けていることですが、国内の政策も関税に依存するよりは、直接支払いに立脚する方向に転換していくべきです。OECD諸国の中でも、日本の農政は関税によって高い農産物価格を維持する消費者負担型で特殊なものといわれています。これをアメリカやEUのように、財政負担型で、ターゲットを絞った、より国民負担の少なく、透明性の高い農政に変えていく。これによって、日本農業の競争力もかなりついてくるだろうと思います。

マルチ、バイの交渉通じて構造改革を推進

 田中 最後に、今回の総括、反省をそれぞれ簡単に述べていただきたいと思います。

 團野 ネゴシエーションというのは、譲り合うことで妥協が成立するのに、日本はネゴシエーションの相手になってないのではないかという声を聞きました。また、日本は、自由化の牽引役としての役割を果たしていないという失望の声を、さんざん聞かされました。やはり、自由化への協力の姿勢を示しながら、守るところは守るようなタクティクスがあってしかるべきだと思います。
 今後の問題ですが、通商交渉の重要局面では、わが国が影響力を発揮することによっていい条件をとっていけると思います。これを縦割りの対応ではなくて、単一の通商交渉の司令塔をつくっていただく。そして、国全体の利益、総体的な国益を考えて、国として一枚岩の統一ポジションで交渉に臨んでいただく。そういう体制をぜひ整備していただきたいと思います。そして、米欧並に交渉団への民間アドバイザーの参加という考え方も、ぜひ検討していただきたいと思います。

 山下 アメリカの農業法は二〇〇二年から二〇〇七年までを対象にしています。アメリカのファスト・トラックの交渉期限が二〇〇六年末まである。少なくともアメリカのファスト・トラックの期限が切れる二〇〇六年ぐらいまでは交渉は延びるのではないか。
 農業問題が今後とも中心的な課題になるとすれば、アメリカの農業法が二〇〇七年に切れるわけで、そこで、冒頭に申し上げた新しい不足払いの扱いがどうなっていくのか。その議論が二〇〇六年ぐらいからアメリカでなされてくると思いますので、そこの議論がジュネーブのほうにフィードバックされていくのではないかと見ています。さらに、ウルグアイ・ラウンドの時のように、次期農業法との関係で、ファスト・トラックが、さらに一年ぐらい延ばされて二〇〇七年末ぐらいの決着というのもあり得るシナリオかもしれません。
 そのときに、日本として、今回の失敗を踏まえて、どういうふうに対応するか。農政の転換も必要でしょう。さらに、途上国とNGOがクローズアップされました。NGOに対しては小手先の対応ではなく、グローバル化反対として彼らが主張している環境等の非貿易的価値を、どうWTOの中にインコーポレートしていくかが今後の大きな課題だと思います。
 途上国への対応としては、一方的に日本として、こういうのが世界のルールでいいのだという抽象的な話ではなくて、途上国の経済にとって、どれだけ投資のルール化がメリットがあるのか、そういう説得の仕方が重要で、途上国をテーブルにつかせる重要なファクターだと思うのです。そういう説得の仕方をどれだけできるか。これが今後の通商交渉にかかってくると思います。

 小寺 今回の失敗について、日本政府に反省すべきところがあるのではないかという議論がありますが、私は、日本政府は非常によくやったと思っています。ダンピングの交渉にしろ、投資ルールの作成作業にしろ、強いリーダーシップを発揮して、積極的に貢献されたと思います。
 農業の問題で日本の姿勢が固かったという批判はあったのですが、カンクンで問題になったのは補助金の問題であって、日本がかかわりようのないイシューで決裂したのですから、失敗について日本政府に何の責任もないと思います。
 今回日本にとって重要な問題は投資ルールでした。先ほど申し上げたように、マルチとバイは別に対立的ではないのですから、バイの投資協定も積極的にどんどんつくっていくべきです。そして投資協定をつくった国に対して日本企業が投資をして、それによって、その国の経済が成長したというような実績を作ることが必要だろうと思います。FTAをつくるのは相当難しいですから、それとあわせて、投資協定もつくって投資ルールの補完をしていくというアプローチを考えていただいたらどうでしょう。
 さまざまな条約を作成するという点では、私は、日本政府部内で、人員配置や作成手続の面で大きな問題があると思います。政府部内における協定の作成手続を正文の英語だけでやるとか、人員を大幅に増やすとか、省庁ごとに重複作業をやらないようにするとか、効率化を図る必要があります。
 農業については、数年前にはメキシコとFTAを結べるなどということは、ほとんどの人は考えていなかったわけです。ところが、今は、FTA交渉の最終段階にきていて、非常に争点も絞られてきています。農政は静かではあるが着実に転換してきていると思います。FTAとの関係で、農業を保護するコストが相当に高いことへの認識が深まったためです。私は、農業政策の着実な方向転換を評価し、応援したいと思います。

 田中 マルチの交渉、バイの交渉を通じて国内の構造改革を進めていくのは、ある意味で、大きな経済政策の目的だと考えます。中国がWTOに加盟することによって、国内改革を進めたというのは周知の事実です。日本もいろいろな国際戦略を進めるなかで、どう国内の制度を改革していくか。このことが経済政策の根幹にあるのと思います。
 きょうは、有益なサジェスチョンをいただきありがとうございました。

この座談会及び関連寄稿論文は、経済省広報誌「経済産業ジャーナル」に掲載されたものを転載したものです。なお、ここに掲載された論文等のうち、意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りしておきます。
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