2.自由な能力発揮の場を与える機会を提供する開業
開業には雇用機会の提供、イノベーションの促進などという側面があるほか、自由な能力の発揮の機会を提供するという側面がある。すなわち既存の職場では因習等により十分な能力を発揮する場を与えられていない者でも、自営業ではそれを発揮することができるわけである。
「アメリカ中小企業白書(1997)」ではこうした観点から開業の意義の1つとして、女性の能力発揮の場としての役割を挙げている。ここでは特に女性の社会進出という観点から開業についてのアプローチを試みることとしよう。
(1)緩やかに変化する我が国女性起業家像
@発展途上にある女性の創業状況
総務省「就業構造基本調査」により、女性の創業に関する状況を見ると(第2-1-41図)、女性創業者(注48))及び女性社長(自営業主のうち雇人のある業主)(注49)の数は共に長期的には微増基調にあったが、1990年代に入ってからは若干減少が見られる(注50)。一方、1987年まで比較的順調に増加してきた女性創業希望者は、1992年に一度減少したものの、1997年にはわずかながら再び増加しており、女性の創業意欲の高まりは依然として健在であることがうかがえる。
女性の就業状況の長期的推移を見ると(第2-1-42図)、女性有業者数の伸びが女性総数の伸びと同レベルにとどまる中で、女性社長の数はこれらを上回って伸びてきたことが分かる。また、経営者(社長+会社役員)に占める女性の割合は着実に増えてきており、より高い地位への女性の社会進出はめざましい(第2-1-43図)。
こうした背景には、社会意識や産業構造が変化し、女性の社会参加や高学歴化が進むなか、仕事を通じて自己実現や経済的自立を図りたいという女性の意識がますます高まってきていることがある。実際、中小企業庁「創業環境に関する実態調査」における創業者の創業動機を見ると(第2-1-44図)、「自己実現を図りたい」「自分の裁量で仕事がしたい」といった動機は、男女に変わりなく上位に挙げられている。
ところが、「年齢に関係なく働きたい」ことは女性創業者の方が上位に挙げる者の割合が高い。つまり、女性がその能力を十分に活かし、長く働き続けたいと考えたとしても、現状の企業社会では難しい。これは、1つには、既存企業社会では、組織の中枢を担う立場での女性の登用が遅れ(注51)、女性がその能力を十分に活かせないことがある。加えて、育児・出産などの理由で休職することでキャリア形成に支障が生じたり、あるいはいったん就業を断念した場合に、一段落して再就職しようとしても年齢制限の壁に阻まれることもある(注52)。それならばと、自ら事業を起こして経営者となる道を選ぶ女性が増え、女性の選択肢の1つとして定着してきたのではないか(注53)。
では、果たして女性起業家とはどのような人であり、どのような企業を起こしているのか。上記2つの調査から詳しく見ていくことにより、女性の創業についての実態や、その意義、また障害や問題点を併せて考察することとしたい。
A小規模、業種の偏在−その背後にあるもの
初めに女性企業(注54)について見ていこう。女性企業の開業業種を見ると(第2-1-45図(1))、サービス業が56.4%、卸売・小売業、飲食店が37.0%でほとんどを占めており、男性と比較して業種の多様性に乏しい。さらに1987年からの推移を見ると(第2-1-45図(2))、業種構成に若干の変化は見られるものの、アメリカに比べると変化は小幅にとどまっている(注55)。
女性企業は比較的規模が小さい(第2-1-46図)。開業時の従業者数、資本金額とも男性と比較して小さく始めている。こうした規模の小ささは、1つには女性企業に多い業種の特徴に由来する要因が考えられる(注56)。つまり、さほど多額の資本を必要とせず、従業員もパート・アルバイトを効果的に活用することができると考えられる業種の割合が非常に大きいということである。
ただ、女性企業は小規模ながらも、業績は一概に男性にひけをとるとはいえない。例えば開業後の黒字転換までの期間を見ても(第2-1-47図)、性別でほとんど差は見られない。女性企業はまだその数や規模に占める割合は小さいものの、少なくともただ単に自己満足のためだけではなく、経済の担い手として機能していることを示している。確かに、重厚長大産業に従事する女性の割合を見ても、男性と比較して多くはなく、こうした事業分野で事業機会を発見するチャンスは、どちらかといえば男性より少ないのかもしれない。しかし、サービス経済化や少子高齢化など社会環境の変化が進行するなか、より付加価値の高い、多様なサービスが求められている。そして、こうした新たなニーズは女性の方がとらえやすい。そうしたことから、女性は持ち前のアイデアや感性が活かせる分野、より家庭や生活に近い分野で事業機会を見つけて起業するのであろう。
B女性起業家の多様な経歴
次に女性創業者の人的属性を見ていこう。創業時の年齢で最も多いのは30代で3割弱を占めており、次に20代、40代の順にそれぞれ2割強の割合である(第2-1-48図)。
また、就職した経験のある者は89.6%に上り、平均すると2.3回の転職経験を有している。自らの能力を発揮する場を求めて模索する女性起業家の姿がうかがえる。さらに前職を見ると(第2-1-49図)、会社員が41.1%で最も多い。会社役員は16.9%と男性の約半分に過ぎないが、自営業主等と合わせると36.3%が何らかの形で経営に携わっていたことになる。一方では、8.9%と少数ながらも専業主婦であった者も存在するなど、男性と比較して多様である。
学歴では男性と同様に高卒が半数近くを占め、短大卒以上となると36%とむしろ男性を超えているが、大卒・大学院卒に限るとその割合は15.3%と男性より10%近く低くなる(第2-1-50図)。
女性の高学歴化や企業社会への進出が進んでいるように見えても、必ずしも専門的な技術やビジネス社会での幅広い経験を身に付ける機会は多くないようである。こうしたことが、女性の創業を難しくする要因となる場合もあるのではないか。以下では、女性起業家の意識面に焦点を当てたい。
第2-1-41図 女性の創業に関する状況の推移〜創業希望の順調な増加と、創業実現の緩やかな伸び〜
第2-1-42図 女性の就業状況の推移〜仕事を持つ女性全体を上回る勢いで増える女性社長〜
第2-1-43図 企業経営者に占める女性割合〜時代の変化と共に着実に存在感を増してきた女性経営陣〜
第2-1-44図 創業者の創業動機(創業者の性別)〜年齢に関係なく働きたいという動機に表れる男女差〜
第2-1-45図(1) 新規開業企業の開業業種(創業者の性別)〜男性と比べて偏りが大きい女性の開業業種〜
第2-1-45図(2) 女性の開業業種割合の推移〜女性の業種の偏在はここ10年でさほど変化していない〜
第2-1-46図 創業時の企業規模(従業者数・資本金額)(創業者の性別)〜女性企業は小規模な開業が多い〜
第2-1-47図 黒字転換までの期間(創業者の性別)〜企業の業績に男女差はみられない〜
第2-1-48図 創業者の開業時年齢(創業者の性別)〜女性は30代が創業への大きな転機〜
第2-1-49図 創業者の開業直前の職業(創業者の性別)〜会社役員出身は多くないが、女性起業家の前身は多岐に渡る〜
第2-1-50図 創業者の学歴(創業者の性別)〜大卒以上の学歴を持つ女性社長は男性社長より少ない〜
(2)女性の開業が持つ意義
@女性に特有の創業の困難性
創業者に創業準備中に感じた困難を尋ねたところ、女性に特徴的なのは、「経営全般に必要な知識・ノウハウの修得」や「財務・法務等の知識の修得」といった割合が高い点であった(第2-1-51図)。さらに10.3%の女性が、「専門家のアドバイスを得ること」が困難だったと答えている。
こうした結果は、創業や事業経営に必要な知識・ノウハウは、創業前の職業経験を通じて身に付けることが多いものであるが、その機会は従来男女均等に持てるものではなかったことを裏付けている。
また、「専門的な技術・知識」や、「創業までの人脈が活かせる」ことを理由に開業する事業分野を選ぶ者の割合は大きく(第2-1-52図)、前者は男女共に過半数を超えるが、男性の方がやはり高い。持てる資産を活かして創業することが多いことは当然のことながら、この点で男性の方がチャンスに恵まれてきたことは想像に難くない。
とはいえ、「成長性のある」ことを理由に事業分野を選択した女性は42.4%と、男性の31.9%を上回って存在していることもあり、女性起業家の方が、それまでの経験や既成概念にとらわれることなく、新しく成長性の高い分野に挑戦しているとも考えられる。
一方、「家事・育児・介護等との両立が可能である」事業分野を選ぶ女性は7%存在する。男性はどうかというと、0.6%に過ぎない。ところが、家庭を持つ者の割合はむしろ逆である。女性起業家における有配偶者割合は58.1%、世帯主である者は31.6%、扶養家族がある者は33.5%であるところ、男性においてはそれぞれ91.3%、91.1%、76.8%であった。これは、多くの男性がいわゆる内助の功を得ているのに対し、女性の場合はかえって家庭か仕事かの選択を迫られたり、両立に苦労することが多いことを表わしている。
この傾向は、企業に勤める女性においても、同様である。女性総合職が仕事を継続する上でも仕事と育児・介護を両立していくための制度が不十分であることが障害となったり(注57)、女性は家庭的責任があるので責任ある仕事には就けられないことを理由に管理職に登用することをためらったりする企業も存在する(注58)など、家庭的責任の多くを女性が担っている現状が、女性の就業を依然として困難たらしめていることが分かる。
自営業となることは、被雇用者に比べて、労働時間に対する自己の裁量の幅が増すことによって、家事労働との両立を可能とする一面もある。
A独り立ちすることで得られる高い満足度
このように、女性には様々な社会的制約があり、創業時にも、その後の事業の運営上においても、男性にはない多くの困難を伴っている。
では、実際のところ、女性起業家は自らの開業をどのように評価しているのであろうか。創業者の創業後の満足度を見るとおおむね高い満足度を示しており(第2-1-53図)、女性と男性とで比較しても、女性の方がわずかながらも高い満足を得ている。事業を起こし、企業を経営していく上では、必ずしも順風満帆にいくとは限らず、責任重大で、体力的・精神的に、まして生活的にも決して楽ではないかもしれない。しかしながら、一国一城の主として自由に行きたい方向に船を漕いでいく楽しさは何ごとにも代え難いものであろう。既存社会では得難いそうした経験を求めて創業した結果、女性起業家は高い満足を実現しているものと考えられる。
また、女性の創業は、自己実現機会の獲得にとどまらず、多くの雇用機会をも生み出していることも事実である。厚生労働省「女性の起業支援に関する調査」(1996)(注59)によると、女性企業において実際に事業に携わっている者のうち、9割が女性で占められていた(注60)。これは、もちろん女性経営者が女性の雇用に積極的なこともあろうが、女性企業に多い業種は、比較的人手を要し、またもともと女性の就業比率が高いこともある(注61)。女性を中心に様々な雇用形態での就業機会をもたらすことは、貴重な人的資本の有効活用にもつながる。また業績において男女で相違ないことは前述のとおりであり、今後、女性企業が増加していけば、その影響はますます大きくなるものと思われる。
上記観点からすると、女性の創業環境を整備することは、我が国経済全体においても大きな意義を有しているのである。現在、国、地方公共団体及び民間企業等によって、女性起業家(及び創業を希望する女性)を対象とした支援が活発化してきたことは、こうした認識が定着してきたことを示すものであろう。
第2-1-51図 創業の困難性(創業者の性別)〜男性と比べて、経営知識・ノウハウや専門家のアドバイスを得にくい状況にある女性起業家〜
第2-1-52図 開業分野の決定事由(創業者の性別)〜男性と比べて、創業前に専門技術・知識や人脈を養いにくい状況にある女性起業家〜
第2-1-53図 創業者の満足度(収入・仕事・生活)(創業者の性別)〜おおむね高い満足を得ている女性起業家〜