第3節 国際通貨制度をめぐる世界の動き

1.国際通貨体制の現状

(1)1971年末のスミソニアン合意の骨子は,国際間経済取引の拡大には固定為
替相場制度が望ましいという大枠のコンセンサスの下に,一応の均衡相場と 思われる水準で米ドルに各国通貨をリンクさせ,撹乱的要因には変動幅上下 限各2.25%のワイダーバンドで対処するというものであった。
しかし,この合意は,米ドルに各国通貨をリンクさせ為替相湯関係を維持 しようとしても本来交換性のないドルについてどの程度まで基軸通貨として の役割を期待しうるか疑問であるという点で本質的に脆弱な性格をもってい た。
それにもかかわらず,ポンドのフロート移行に続く主要市場の−時的閉鎖 という異常事態を除けば,1972年を通じて,国際通貨情勢がしばらくの間小 康を保ち得たのは,現実の為替相場関係を安定的な体系として維持したいと いう各国間の強い願望を背景に,比較的緊密な金融協調が図られてきたこと および為替管理の強化が図られてきたことが,多国間の通貨調整とあいまっ て効果をあげたものと考えられる。

(2)しかし,73年に入ると西ヨーロッパ各国通貨に対する熾烈な投機が波状的
に繰返され,世界は再び通貨危機の渦にまきこまれることとなった。この結 果,戦後四半世紀余にわたって維持されてきたプレトンウッズ体制は重大な 危機に直面し,円の変動相場制への移行,EC6カ国の共同フロ−トの決定 等にみられるように世界の主要通貨は一斉にフロートすることとなった。
このような国際通貨体制の現状は,既存のIMF体制の枠内で為替レート 調整を繰返しても通貨の安定は期待し難い段階に立ち至っていることを示し ているものと判断される。
すなわち,現状においては,従来の金・ドル本位制と調翠可能な平価制を 根幹とする国際通貨体制が,次の理由により,十分機能し難くなっている状 況にあると考えられる。すなわち, @ 金・ドル本位制は,金・ドルを等価とし,各国通貨をこれにリンクして
定め,各国政府の決済手段と準備資産の大部分をドルに依存していたが, これはアメリカの長期にわたる経済的優位が維持されることをその存立の 前提とするものであったこと。
← A 調整可純な平価制度については,その実際の運用面においてアメリカの
平価調整が不可能と考えられたことや,各国の調整予が遅れがちになり,不 均衡是正に即応できない欠点を有していたこと等である。
したがって,今や国際通貨制度そのものを再建することが焦眉の急であ ることが認識されている。他方,このような状況をもふまえて,特定の状 況のもとではフロート制も有効であるとの考え方が出はじめている点も注 目される。
2.国際通貨体制改革の方向とわが国の態度 このような状況下で世界各国の関心は国際通貨体制そのものの改革に向けら れている。国際通貨体制改革についての考え方とその現実的可能性を判断する について,1972年9月に発表されたIMF理事会の報告「国際通貨制度の改 革」はその問題把握の深さと広範さにおいて多くの示唆に富むものであった。
その内容は広範にわたるが,このうち特に重要なテーマは従来の国際通貨体制 の2本の柱であり,目下再検討を要請されている@調整可能な平価制度の運 用と,A金・ドル本位制(特に交換性)に関するものであろう。そこで以下で はこの点に関する同報告の概要をみることにより問題点の所在をさぐってみた い。


(1) IMF理事会報告の概要
今回の報告は,71年のIMF年次総合において総務会が理事会に対し「国際 通貨制度の改善,改革に必要ないし望ましい諸措置を検討し,その結果を遅滞 なく総務会に報告すること」を求める決議を採択したことに答えて発表された ものである。従ってこの報告書は国際通貨制度について一つのまとまった結論 なり方向づけを行なうことを目的としたものではなく,改革について考えられ る種々の選択を示すことを目的とした中間報告という性格を有している。
この報告書は,新しい国際通貨体制を形成するにあたって「平価調整の対称 性」,「資産決済」,「集団圧力」等新しい概念を取り入れ積極的な改革の方向を 示している点に斬新さが認められる。他方,1970年の理事会報告の「一般的な 為替相場制度としては,固定平価制度が最も適当なものである」との結論をふ まえ,基本的には,「効率的な機能を期待するため」調整可能な平価制度を基 礎として「最適といい難いような各国の政策をも許容しうる」ようにこれに一 層の弾力性を加えようという改革の方向を示した点に特徴が認められる。
しかしながら,同時に「加盟国の引続く協力なしには,体制改善のみこみも 個々の改革提案の信頼も著しく損ねられるであろう」との指摘にもみられるよ うに,このような改革の実現は各国の一層の努力と協調に依存するところがき わめて大きいことを再確認している点が注目される。

(イ)改革の必要性
報告書はまず,プレトンウッズ体制の機能が有効に働かなかった理由として 次の4点をあげている。
@ 平価決定に関してアメリカが受動的役割しか持ち得なかったこと,すなわ
ちレート変更のイニシアティブがアメリカ以外の国に委ねられ,基本的な不 均術を除去するに十分なレート調整が行なわれにくかったこと。
A 金価格が不変に保たれたため,新産金とIMFファシリティー利用のみで
は必要な流動性供給が十分に行なわれず,準備増加の大部分はドル保有増加 の形でまかなわれてきたが,これはアメリカの国際収支が赤字を出している 限りにおいてのみ存続し得るものであったこと。
B 国内経済対策として金融政策が頻繁に用いられた結果,国際収支対策とし
ての金融政策の利用が不十分であったこと。
C 平価調整が遅れがちであったため,撹乱的資本移動が生じたこと.

(ロ)為替レート調革のメカニズム
まず為替レート調整のメカニズムの改革の方向としては,上述の反省に基づ き,プレトンクツズ体制の当初の目的であった切下げ競争(平価の不当な下方 調整)の防止のみならず,過小評価となった通貨の調整が適切に行なわれるよ うに「対称的」な平価決定原則を取り入れる方向を示している。すなわち, 「基確的不均衡」がない場合は変更を行なってはならないことはもちろん「基 礎的不均衡がある場合には必ず調整を行なう」という形での対象性を志向する ことの必要性を指摘している。さらに, @ 調整の必要性を示す根拠がきわめて明白になる以前に調整を行なうこと。
A 一時的資本移動による混乱を防ぐため必要な手段を講ずること。
の2つの条件も平価調整の満足な機能を期待するために必要であるとしている. なお,上記の@を適切に行なうためには以下の諸問題を検討する必要がある としている。

(i)どの程度の不均衡が生じた堺合に,どの程度のレート修正が考慮されるべ
きか。
(ii)為替レート調整が必要か否かを検討する手続をどうするか。
(iii)レート調整を行なう湯合,赤字国・黒字国の責任をどうするか。
その他調整メカニズム全般にわたる問題としては,@IMFの法的権限の範 囲,A為替相場変動幅の範囲,B平価からの一時的離脱等をあげている。

(ハ) 交換性と国際収支不均衡決済

(a)資産決済の意義  、
将来においても固定平価制に基礎をおいた国際通貨体制が円滑に機能するこ とを期待するとすれば,それは何らかの形で交換佐の確保に基礎を置くもので なければならない.スミソニアン体制が短期間で崩壊したのも,ドルの交換性 が欠如したままで固定相場制が続けられたという矛盾に起因しているといえ る。したがって新しい国際通貨体制は平価制を志向する限り,新しい交換性メ カニズムをつくりだす必要がある。
同報告は,従来の国際収支尻決済のメカニズムの最大の欠点をアメリカとそ の他の国との決済の仕方の差異にあるとしている。
すなわち,アメリカ以外の国はその国にとって資産にあたる金,SDR,ドル を受け渡しの手段としていたのに対しアメリカのみはその他に負債,すなわち 自国通貨の受け渡しによっても決済し得たため,アメリカに国際収支節度遵守 の負担を軽減させることとなり,ドル残高の累積,ひいては国際通貨制度の崩 嬢をもたらすこととなったことを指摘している。
このような視点からすれば,新しい交換性のメカニズムは,当然アメリカに も決済を資産(ここでは他国通貨も含む)の受け渡しのみで行なうことを要求 するものでなければならない。これが同報告に示された「資産決済」の意義で ある.

(b)資産決済への接近
同報告は,以上のような資産決済制度を導入するとしても,さらにその実現 のためには以下の条件が満たされなければならないとしている。
まず,準備通貨国(アメリカ)においては, @ 今後のアメリカの国際収支および対外準備の強化,
A 国際収支メカニズムが適切かつ強固であること,
B とくに短資移動などによる一時的不均衡に対する措置につき適切な取極め
が存在すること, が満たされるべき条件とされている。
また,資産決済の導入に関連して,膨大なドル残高をいかに処理するかの問 題がある。この問題の解決方法として,同報告は, @ 準備通貨国に公的保有に係わる自国通貨残高の純増額につき資産決済を行
なわせる方法, A 各国別にドル保有水準を設定し,その水準を上回った分について資産決済
を行なわせることとする方法, B IMFにドルをSDRに置き換えるための代替勘定を設置し,ドルとSD
Rとの交換については各国の自発性を尊重する方法, をあげている。

(c)SDRの役割
さらに,資産決済や旧ドル残高のSDRへの置換えが行なわれれば,SDR は主要な準備資産となるが,そのためにはSDRの性格を変えていかなければ ならない。これについては, @ 受入義務限度額の見直しを行なう,
A 現在限定されているSDR取引の範囲を拡げる,
B 一般勘定の取引において金または通貨に代えて使用できる場合をふやす,
C 贈与,貸与,担保等にも使えるようにする,
などの問題があるとしている。
他方SDRを魅力ある資産にしていくことが必要であるがこれについては, 遠い将来の問題として民間での使用も考慮する等の使用の面での改良や,通貨 調整との関連におけるSDRの将来価値の碓持,および金利についての検討等 が必要であるとしている。

(2)変動相場制の特徹と可能性
以上は平価制度をより弾力化するという視点からの「IMF理事会報告」の 概要であるが,一方で調整可能な平価制度よりは変動相場制の方が望ましいと する立場,あるいは平価制の方が望ましいとしてもその実現は困難であるとす る立場からは,世界的変動相場制を長期に継続してはどうかという考え方もな いわけではない。このような考え方からは, @ 国内経済政策を中心に考えるためには,変動相場によって国際収支が自動
調整される形の方が他国からの政策介入がないので好ましい。
A ドルの信認の問題といっても,それはレートが不適切であったからで,変
動相湯制により実弊レートが表面に出れば,アメリカの国際収支は均衡し全 く問題とならない。
B 固定レート下で国際収支調整を図るためには,国内景気政策のほか,為替
管理の強化,湯合によっては貿易制限を行なわなければならないので,変動 相場にして国際収支調整の大部分を為替レートに委ねた方がよい。
等の主張が行なわれている。
しかし,これに対しては反論もあり,その理由としては,変動相場制のもと においては為替相場が不安定,不確定になり,経常取引に好ましくない影響を 与えること等があげられている。

(3)わが国の対応の方向
′ 以上弾力的な平価制度と変動相場制の二つの考え方は,かなり対照的である
が,従来のいわば長期固定相揚制と比較すると共通の側面も持っている。
それ時,いずれの老え方も,長期的には,為替レートを経済の実勢に応じて 変更させることとしている点である。実質的には,前者の考え方は,短期固 定,長期断続変動相場制であり,後者の考え方は,長期連続変動相場制である といった方が実態にあっているかもしれない。
わが国としては,安定的な国際貿易活動の維持のために長期固定相場制が実 現可能であれば,それが最も好ましいと考えられる。しかしながら,経済成長 率が異なり,生産性上昇率に格差のある世界各国通貨間のレートを合理的に調 整していくためには,現在のところIMF報告の改革案の方向にそった形の効 率的機能を有した体制をつくることが現実的な問題解決の方法と考えられる。
しかし,そのような体制を形成していくためには,前述のIMF報告にみた ように,各国の絶えざる努力に基づく国際協調の維持が必須の条件である。
わが国としては,IMF報告で打出された諸改革案について,国際経済の長 期的発展,わが国の福祉志向型経済運営の両面からその得失を慎重に検討した 上で,緊急に国内のコンセンサスを固めこれに基づき長期的安定的なフレーム ・ワークの形成のために各国と協調しつつ最大限の頁献を図って行く必要があ ると考えられる。しかし,そのような改革の実現のためには,当然のことなが らわが国自身に課せられた課題も多々あることを銘記しておかなければならな いであろう。たとえば,準備通貨国がその赤字部分を本来の準備資産によって 決済するような体制を実現するためには,現在の国際収支不均衡がかなり早期 に均衡状態に近づくことがその前提であり,このためには均衡回復のため貿易 上の諸措置をとることもやむを得ない等の主張がなされる可能性もあることを 配慮しておく必要があろう。
なお,より長期的にはわが国の円も国際的に重要な役割を果たしていく可能 性もあり,その際の国内経済に及ぼす影響等を十分に検討していく必要があろ う。
現在,72年7月に設立された「国際通貨制度の改革およびその関連事項に関 する総務会委員会(C-20)」の場において,報告書を中心に通貨問題のあら、 ゆる側面の問題について精力的な論議が進められているが,すでに改革論議自 体も包括的折衝の段階に入ってきており,不安定な通貨情勢を背景に中・長期 的通貨改革問題に解決の糸口を見出すことが各国にとっても焦眉の急となって いることから,政治的ハイレベルでの決断の時期が迫っているといえる。

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