第1節 激動する世界経済
前章までにおいて見たように,自由無差別を基本とするIMf・GATT体制の下で順調に発展してきた戦後世界経済は,その内外にわたる諸問題の発生により激しく動揺しているが,73年初頭から行われた主要国通貨の総フロートは,固定相場制を基礎としたIMF体制を完全に崩壊させるものであった。そして,このフロートの下で,73年の世界経済は,物価の高騰と年央以降の景気のスローダウンという局面を迎えていたわけであるが,こうした中で発生した石油問題は,第U部第1章第1節で見たような世界的かつ広範囲の影響を与え,各国経済の困難な局面を一層悪化させるものと懸念されている。そこで,本節においては,まず,フロート及びオイル・マネー問題につき,その世界経済に与えた,また与えるであろう影響とその対応策について検討することとする。
1.フロート下の世界経済,貿易国際通貨制度は,71年12月のスミソニアン合意による多国間通貨調整を経て固定相場制に復帰し,その後,72年においては一時的な安定を得ていた。しかし73年に入って以降,アメリカの国際収支の回復の遅れ,交換性を失ったドルへの不信等により大きく動揺し,2月のドル10%切下げ,円,イタリア・リラのフロート及び3月のEC共同フロートの発足を経て,主要国通貨の総フロートを迎えるに至り,ここに固定相場制は再び崩壊するに至った。こうして,長期間のかつ広範囲にわたるフロートの状態が姶まった。
フロートは,理論的には次のような効果を生ずるものと考えられている。
すなわち,第1には,固定相場制の下では,為替レートの変更が機動性を欠くため,その前後において多額の投機的資金移動が生じ,為替レートの大幅な変更を余儀なくされるのに対し,フロートの下では,為替レートが小刻みに調整され,固定相場制における攪乱的な投機がある程度抑制されるため,為替相場が相対的に安定する。第2には,フロートによって為替レートが小刻みに変化するため,他の国内的措置を用いることなく,貿易収支等の国際叔支の均衡が達成しやすい。第3には,固定相場制の下における対内均衡と対外均衡との矛盾から解放される結果,対内均衡のための経済政策の自由度が上昇するなどである。
しかし,このような効果が典型的に生ずるのは,いわば純粋のフロートの場合であって,現実には,フロート下においても,EC共同フロートにおける域内固定相場制の併用,為替管理制度の存在,通貨当局による市場介入等が伴っていたことに注意する必要がある。
なお,フロート下においても,固定相場制下において切上げが行われた場合と同様,一方では,実質切上げ国に対する価格安定効果を生ずるとともに,他方,実質切下げ国に対しては,輸入物価の上昇を通じたインフレ促進要因として働くこととなる。
以下では,これらの点に留意しつつ,フロートが世界経済,貿易の面でどのように機能したかを通貨,国際収支及び貿易,物価並びに経済政策のそれぞれの動向に即して検討してみよう。
(1)フロート下の通貨動向
既に,第T部第1章で見たように,73年の主要国通貨の対ドルレートは,カナダ・ドルを除き,大きく上下し,特にEC共同フロート参加通貨の変動幅は大きかった。これは,(イ)大量の過剰ドルが引き続き存在していたこと,(ロ)交換性を失ったドル,ひいては通貨システム全体に対する不信が強かったこと,(ハ)年末には石油問題が発生し,各国通貨の価値に対する評価が大きく変動したこと,(ニ)
EC域内のみが固定相場制をとったことから短資の投機対象となりやすかったこと,(ホ)5月から7月にかけてのEC共同フロートの対ドル,フロート・アップ,石油問題発生時のフロート・ダウン,74年1月以降のフロート・アップの例に見られるように,投機が心理的要因によって増幅されたこと等によるものと思われる。しかし,フロートによる短資流入抑制効果は,ある程度,評価しうるものと考えられる。
その例として,西ドイツの短資の投機的移動について見てみよう。第II-3-1図は,西ドイツの資本収支の月別推移を示したものであるが,フロート以降においても引き続き通貨動揺時における投機的資金流入が見られるが,フロート以前に比較し,その規模は縮小していることがわかる。これは共同フロートの制約から投機的資金の流入は避けられなかったものの,対ドル・フロートは,為替管理の強化とも相まって流入規模の縮小に効果があったことを示しているものであろう。
(2)フロート下の貿易,国際収支動向
年の世界経済が好況局面にあったことが大きいが,先物市場の利用等により輸出入業者のフロートに対する対応が進んでいることにもよるものと考えられる。この意味でフロートが為替相場の小刻みかつ頻繁な変動により貿易拡大の阻害になるという懸念は,これまでのところ顕在化しなかったと言えよう。
貿易,国際収支動向を国別に見ると,赤字不均祷因では,アメリカが不均衡を改善したが,イギリスでは国際収支の改善が見られたものの貿易収支はむしろ大幅に悪化し,他方,黒字不均衡国では,日本の国際収支が大幅に悪化した一方,西ドイツの黒字幅の拡大は著しいなど,フロートの効果の現われ方は一様ではなかった。そこで,以下においては,各国の貿易,国際収支の動向を検討し,このような現われ方の差異の要因を見てみよう。
(イ)ア メ リ カ
73年の貿易収支は,7億ドルの黒字(国際収支ペース,速報値)となり,前年の69億ドルの赤字から大きな改善を示した。この要因としては,第T部第1章で見たように,@ 農産物輸出の大幅な増加,
A 累次の通貨調整の効果による工業製品を中心とした競争力の回復をあげることができる。ここで
は,フロートの効果を見るために工業製品の輸出入動向を見てみよう。73年の工業製品輸入金額の前年比増加率は18.6%で,72年の同24.2%増を下回った。73年の実質成長率が5.9%と,ほぼ前年(6.1%)並みであったことから考えると,累次の通貨調整による輸入数量抑制効果が現われていると見ることができよう。すなわち,輸入物価の卸売物価に対する相対価格は,71年第4四半期以降一貫して上昇し,また数量の増加率も,72年においてはアメリカの景気上昇が他国に先行したため大幅な輸入増を招いたものの,73年に入って以降,顕著に低下している(第II-3-2図)。このような低下は,@累次の通貨調整により,アメリカの国内産業が輸入品に対する競争力を強めたこと,A73年における世界的需給ひっ迫がアメリカ向け輸出の伸びを抑えたこと,B所得政策により国内物価が人為的に低く抑えられたことなどによるものであろう。
一方,73年の工業製品輸出金額は前年比32.4%増と,72年の同10.9%増を大きく上回った。これは,ドルの実質切下げにもかかわらず輸出物価の上昇が見られたこともあるが,主として数量の増加によるものである。
73年(1〜9月)の輸出数量の前年同期比増加率は22.4%で,72年の前年比8.5%増及び71年の同1.3%増を大きく上回っている。第II-3-1表によってこのような輸出数量の増加要因を見ると,73年においては,相対価格の改善による増加率及び世界輸入の増大による増加率がいずれも72年を上回っていることがわかる。これは,@スミソニアン合意による調整幅が対世界実効切下げ率で見た場合,比較的小さかったこと(第II-3-2表),Aしかも,72年においては,通貨調整の効果がタイム・ラグを伴ったと見られる一方,73年においては,累次の通貨調整の効果が相乗的に現われたと見られること,B73年においては,同時的かつ急速な世界経済の拡大が生じたこと等によるものであろう。
このように,アメリカにおけるフロートの効果は,内外の要因に左右されながらも,73年の輸出入動向に顕著に現われたと見ることができよう。
(ロ) 西 ド イ ツ
73年の貿易収支は,330億マルクの黒字(国際収支ペース,ただし,FOB-CIF)となり,72年の203億マルクの黒字を大幅に上回った。この要因を輸出入数量により見てみよう。まず,輸入数量の73年(1〜9月)の前年同期比増加率は72年並みにとどまったが,これは,第II-3-3表に見られるように,73年においては,相対価格の変化による輸入増加が見られたものの,その増加率は小さく,むしろ72年より低下したほどであり,一方,国内生産の拡大による増加率が上昇したものの,その上昇幅は比較的小幅にとどまったためである。その要因としては,@西ドイツの国内物価が世界的なインフレの高進の中で相対的に安定していたため,マルクの実質切上げによる輸入数量の増加効果が減殺されたこと,A73年の西ドイツ経済が実質成長率5.3%(72年3.0%)と安定した成長にとどまったことから,国内生産の拡大による輸入数量の増加が比較的小さかったことがあげられよう。次に,輸出数量の73年(1〜9月)の前年同期比増加率は19.8%と,72年の増加率のほぼ2倍に達したが,これは,第II-8-4表に見られるように,相対価格の変化による減少率が小幅にとどまったのに対し,世界輸入の増大による増加率が大幅であったためである。その要因としては,まず,相対価格面については,@西ドイツの輸出は,品質及び販売力等の非価格面の優位性に依存する面が強いため,輸出の価格弾力性が小さいこと,A対ドル実質切上げ率は大幅なものとなったが,輸出先別シェアで46%を占めるEC共同フロートにより,対西ヨーロッパ通貨切上げ率は,相対的に小さかったこと(前出第II-3-2表参照),B他国に比し国内物価が安定していたこと等により,マルク建輸出物価の上昇幅が小さかったことがあげられる。また,世界輸入の増大の面については,同時的かつ急速な世界経済の拡大に伴い,輸入需要が比較的供給余力のあった西ドイツに集中したことがあげられる。この点は,製造業の内外売上高の動向に端的に現われている。
すなわち,第II-3-3図に見られるように,73年においては,製造業の国内売上高が比較的安定した増加にとどまっていたのとは対風的に,対外売上高は著しい増加を示し,総売上高に対する増加寄与率も大幅に高まっている。
このようにマルクの実質切上げの効果は若干現われてはいるものの,内外の要因によって相殺され,不均衡を縮小させるには至らず,むしろ逆に貿易収支の黒字幅が大きく拡大する結果となっている。
(ハ) イ ギ リ ス
実質的な切下げ国であるイギリスの73年の貿易収支(国際収支べ−ス)は,2,375百万ポンドの赤字となり,72年の677百万ポンドの赤字を大幅に上回った。これは,ポンドの実質的な切下げによる自国通貨建輸入物価の上昇に加えて,一次産品価格が高騰したことにより交易条件が大幅に悪化したことが大きく影響している(第II-3-4図)。73年の輸入数量は,前年比15.8%増(72年,同10.8%増)
と大幅な上昇を示し,実質切下げによる数量抑制効果はそれ程見られなかった。これは,@73年の実質成長率が5.9%(72年2.0%)と景気拡大テンポが異例に高かったこと,A従来,イギリスの成長パターンが消費主導型であり,投資の盛り上がりが比較的小さい上に,73年には労働不安が引き続いたこと等により需給のひっ迫が強まったこと.及びB一次産品の海外依存度が高いこと等が反映しているものと考えられる。
一方,輸出数量は,前年比18.8%増(72年2.2%増)と近年にない大幅な増加を示したことから見て,実質切下げに伴う輸出数量の増加効果はかなり大きかったものと見られる。しかし,第四半期の輸出数量は,国内における供給制約の強まり,労働不安等によって,前期比2.7%の減少となっている。
このように,ポンドの実質切下げの効果は見られるものの,その輸出入面における現われ方は,主に国内面における要因によって著しく制約されたと言えよう。
(3)フロート下の物価の動向
フロートは,(イ)固定相場制の下における投機的短資の流入→国内流動性の増加というパターンを通じて生ずるレンフレ促進要因を演じ(前出,通貨動向の項参府),また,(ロ)実質的な切上げ国である日本及び西ドイツにおいては,自国通貨建輸入物価の上昇をある程度抑制する効果をもたらしたと考えられるが,一方,実質的な切下げ国であるアメリカ及びイギリスにおいては,自国通貨建輸入物価の上昇を加速することにより,インフレ促進要因として働いたものと見られる。
ここで,第II-3-6図によって,各国別の輸出入物価の動向を見てみよう。
まず,実質切下げ国であるアメリカ及びイギリスでは輸入物価の上昇が著しいが,これは,実質切下げに伴う輸入物価の上昇が一次産品価格の高騰と相まって,国内物価を押し上げる要因となったものと考えられる。また,輸出物価の上昇も著しく,しかも卸売物価の上昇を上回ったことは,所得政策により国内物価が規制されたことの影響に加えて,輸出業者が世界的な需給ひっ迫を背景に実質切下げに伴って相対価格が有利となった一部を輸出価格に上乗せしたことの現われであると考えられる。
一方,実質切上げ国である西ドイツ及び日本の73年の輸出入物価は,実質切下げ国に比し相対的に安定していたものの,それぞれ72年の上昇率を上回り,特に,日本における上昇率は,かなり高いものとなった。第II-1-6図によって,73年の西ドイツの輸出入物価の動向を過去の為替レートの変更時と比較してみると,73年の輸出入物価の上昇は,マルクの大幅な実質切上げにもかかわらず,過去の上昇に比べて高かったことがわかる。73年の輸入物価の上昇が著しかった理由は,(イ)輸入一次産品価格が高騰したこと,(ロ)実質切上げの効果が輸出国側における価格引上げにより減殺されたと見られることなどであると考えられる。一方,西ドイツヘの輸入需要の集中は,輸出物価の引上げ要因となり,更に国内物価を上昇させる一つの要因となったものと考えられる。
以上見てきたように,フロートは,外国為替市場を通ずる過剰流動性の増加に対しては効果があったものの,実質切上げ国において期待された価格引下げ効果は,内外の要因により著しく減殺され,他方,実質切下げ国においてはインフレ加速要因となったということができよう。更に,フロートが基軸通貨の実質切下げを伴ったことは,(イ)ドル及びポンド建一次産品価格を押し上げる一つの要因となり,(ロ)通貨システムに対する不信を換起し,換物買い等に見られるインフレ心理を助長させることとなった面も否定しえないところである。
(4)フロート下の経済政策の動向
フロート下においては,各国について経済政策の自由度の高まりが顕著に見られたが,ここでは,特にイギリス及び西ドイツを取り上げて見てみよう。
イギリスは,72年6月にフロートに移行した後,積極的な景気拡大政策を続けた。これは,60年代以降,国際収支面の制約からいわゆるストップ・ゴー政策を続けざるを得なかったこと,また,かつてのポンド切下げ時には,国内引締め政策を取らざるをえなかったことと比敢し,大きな変化であった。
一方,西ドイツにおいても,戦後,最も厳しい引締め政策を取ることを可能とする一つの背景となった。すなわち,3月の共同フロートヘの移行及びマルクの切上げ(3%)は,対外面の制約を緩和し,物価安定を目的とした厳しい金融引締め政策を取ることを可能とする一つの背景となった。
このような例に見られるように,フロートは対外的な制約から免れ,国内経済政策の自由度を上昇させる効果をもたらしたが,他方,それには限界があったことにも留意する必要がある。
すなわち,イギリスでは,昨夏以降内外金利差が縮小したため,短資の流出を市来したが,これは貿易収支の悪化と相まってポンドをフロートダウンさせることとなった。このようなポンドの実質切上げによる対外収支均衡効果は,現実には,タイム・ラグをもって生ずるため,短期的には,輸入物価の上昇,交易条件の悪化を生じ国際収支の一時的悪化,インフレの加速化を招来した。このため,イギリスは,7月には高金利政策に転換し,また市場への介入もしばしば行うようになった。
一方,西ドイツにおいても,国内金利の高騰が短資の流入を生じた結果,市場への介入,マルクの5.5%の切上げ,更に為替管理の一層の強化等の措置が必要となった。
フロートは,全体として見れば,73年の世界経済,貿易が順調な発展を示したことからある程度円滑に機能し,評価されるべき効果があったと言うことができよう。しかし,以上見てきたように,たこと,第2に,(イ)フロートは,現実に現われたフロートが完全なフロートではなく,種々の制約を伴っていたこと,(ロ)フロートによる調整機能は,タイム・ラグを伴うこと,(ハ)市場における為替レートは,その決定が心理的な要因による投機によっても影響されることから,必ずしも合理的水準を表わしているとは言えないこと等大きな限界があったことも事実である。
また現実に世界通貨としてのドルに大きく依存し,かつ大量の過剰ドルが存在していることは,ドル不信の高まりによって通貨システムそのものに対する不信を生じ,固定相場制を崩壊させる直接の契機となったが,フロー・ト下においてもそのような影響の全てをしゃ断することはできなかったと言えよう。
世界的なインフレの跛行的高進及び石油問題の発生により,フロートは今後長期間継続するものと予想されている。フロートは,基本的には,これらの要因によって生ずる程々の変化をある程度吸収する機能を有しており,世界経済としても,当面,その効果に期待するところが大きいが,フロートが適正な形で効果的に機能しうるよう,各国の努力及び国際的な協力を進めることが必要である。
2.世界経済,貿易の動揺とオイル・マネー既に述べたように,戦後の世界経済,貿易は,主要国通貨の総フロートへの移行という情勢の下で新たな展開を示していたが,石油問題の勃発は,世界及び各国経済に大きな衝撃を与え,世界経済全体は大きく動揺するに至っている。
石油問題の発生が世界経済,貿易にいかに広範な影響を与えているかについては,既に第U部第1章第1節において検討したところである。そこで,本節では,石油価格の高騰によって生ずる巨額のオイル・マネーが世界のマネー・フロー,各国の国際収支,ひいては世界経済,貿易に与える影響とその対処の方向について検討してみることとする。
(1)巨額のオイル・マネーの発生とマネー・フローの変化
(イ)オイル・マネーの巨大化
産油国は,石油価格の大幅な引上げにより,巨額の収入増を得るものと予想されている。その額の推定は非常に困難であり,種々の予測も一様ではないが,一例として,OECD-DACの試算によれば,74年の収入増は632億ドルに達するものと見込まれている(第II-1-6表参照)。
しかし,このような巨額の収入増にもかかわらず,産油国は,一般的に人口が少なく,需要の小さい国が多いことから,前に見たように工業化計画を進めるとしても非産油国に対する輸入需要の増大として還流する部分は,その収入増の一部分にとどまるものと見られ,巨額の外貨が産油国に累積するものと考えられる。
産油国も,累増した外貨を短期あるいは長期の資産として国外で運用するものと見られるが,当面,多くの部分が短期かつ流動的資産として運用されるであろう。その背景としては,@産油国は実物資産への投資の経験が浅いことからこれらへの投資は限られたものになると見られること,A産油国は,今後,国内経済開発を意欲的に進めるであろうが,そのための資金として短期的な運用を因ると見られること,B現在のフロートという状況から,為替リスクを回避するため,短期かつ流動的な資産として運用すると見られること等があげられよう。
この結果,累増した外貨の大部分がユーロ市場あるいはニューヨーク市場において運用されるものと見込まれるが,なかでも,これまでの投資態度から推して,その多くの部分がいわゆるオイル・マネーとしてユーロ市場に流入するものと思われる。
(ロ)非産油国の貿易収支の悪化とマネー・フローの変化
一方,非産油国においては,石油価格の高騰により,貿易収支の悪化が生ずることが予想される。その推定は困難であるが,0ECDの試算によれば,74年のOECD諸国合計の貿易収支の赤字額は360億ドル,同じく経常収支では400億ドルの赤字(73年においては,それぞれ95億ドル,37.5億ドルの黒字であった、。)と推定されている。
非産油発展途上国においても,石油代金の支払増加,工業製品輸入物価の上昇等により,貿易収支の赤字幅が拡大するものと見込まれる。
このような非産油国の貿易収支の悪化は,従来のマネー・フローに大きな変化を与えることとなる。
の黒字により,発展途上国への援助及び民間投資を進めるというパターン,一方,非産油発展途上国も,貿易及び貿易外収支の赤字を先進国からの援助及び資本流入によって補填するというパターンを示している。これが石油価格の高騰により,先進国は貿易収支の赤字,資本収支の黒字というパターンに変化すると思われる。また,非産油発展途上国は,貿易収支赤字の拡大に加えて,先進国の援助能力が低下することにより,購買力が一層減少することが懸念されている。
なかでも,非資源保有発展途上国は,資源価格の上昇による輸出増の可能性もなく,最も困難な状態に陥ることとなると考えられる。他方,産油国は,国内需要が小さいことから,従来の貿易収支の黒字,資本収支の赤字という傾向を一層強めることになると思われる。
上述のように,先進国は資本の取入れによって収支全体としてはバランスすることになると考えられるが,各国個別に見た場合には,種々の要因によって格差が生ずることも予想される。すなわち,まず第1には,73年においても各国の貿易収支には不均衡があったことから,同じ悪化であっても,その深刻の度合が異なること,第2には,第U部らの資本取入れ能力も各国間に格差があると見られること等である。
いずれにしても,貿易収支の悪化に悩む非産油国は,ユーロ市場及び対外投融資規制の撤廃等によって復活が予想されるニューヨーク市場において資本取入れを進めることになると思われるが,その場合,上述のような各国間の格差が平均化され,通貨,貿易面の摩擦の発生が回避されるためには,国際金融市場が円滑に機能することが必要とされる。そこで,次にその中心的な役割が期待されるユーロ市場について見てみよう。
(ハ) ユ ー ロ 市 場
ユーロ市場は,カレンシー市場とポンド市場とに大別される。ユーロ・カレソシー市場は,ロンドンを初めとする西ヨーロッパ主要国の国際金融市場の総称であるが,なかでもロンドン市場のウェイトが高い(国際決済銀行によれば,72年末の西ヨーロッパ8カ国の外貨建対外債権の43%,対外債務の46%をイギリスが占めている。)。また,使用される通貨は,ドルが74%(西ヨーロッパ8カ国の外貨建対外債権に占めるドル建のシェア)と,圧倒的なシェアを有している。
市場規模は,実質的な外貨建信用残高で見て,72年には910億ドルの規模に達しているものと推定され,69年の440億ドルから急速な成長を遂げている(第II-3-7図)。このほかに,国際債及び外債の発行市場であるユーロ・ポンド市場があり,72年において市場に流れた新規資金の規模は65億ドルと推定されている。
このようなユーロ市場の成長は,この市場が国内金融に比べて制約が少ないこと及び各国の為替の自由化が進んだことを背景としているが,更に,次のような要因があげられる。すなわち,@アメリカの国際収支の大幅な赤字によるドルの流出から大量の流動性が存在していること,A金利平衡税,対外直接投融資規制等のアメリカの国際収支対策に伴い,アメリカ企業の国外における資金調達需要が増加していること,B69〜70年にかけて,米銀による大量のユーロ・ダラーの取入れが行われたことなどが指摘できよう。
次に地域別構成を見ると(第II-3-7図),西ヨーロッパ域内のウェイトが高いものの,アメリカを除くその他の地域のウェイトが増大してきていることがわかる。これは,発展途上国の市場への参加によるところが大きい。発展途上国は,近時,国内開発資金及び輸入資金をこの市場から長期資金として取り入れる傾向が強まりつつある。その他の世界(主に発展途上国)が取り手と同時に出し手としてのウェイトを増大させていることは,これら諸国が取り入れた外貨を市場で短期資金として運用していることを示している。中東諸国は,72年末で16億ドルの資金を取り入れている一方,80億ドルの資金を市場に供給しており,ユーロ市場の有力な出し手となりつつあるが,この傾向は石油価格の引上げにより一層強まるものと考えられる。
次に,ユーロ市場の機能について見てみよう。同市場の仕組みは,ユーロ・バンクが仲介となって,各国の中央銀行,企業,銀行及び個人から預金を受入れ,多国籍企業を中心とした企業,国内貸出資金を必要とする他の銀行及び政府,全企業体へ貸し付けるようになっている。この市場の利用を主体別に見ると,銀行が72年末における債権,債務残高のそれぞれ80.0%,88.3%を占め圧倒的なシェアを有している。このように銀行間取引が大きいことは,先に見た地域的な広がりと相まって,この市場が世界の金融市場を結びつける役割を果たしていることを示している。すなわち,世界的規模において流動性を完全に利用するための媒介の役割を果たしていると言えよう。なお,この働きによって,相対的に低金利の国から高金利の国へと資金が移動する結果,ユーロ市場の成長は,第II-3-8図に見られるような各国金利の平準化をもたらした一因となっていると考えられる。
更に,ユーロ市場は,短期資金を長期資金へと転換する機能を有している。第II-3-6表はこの機能をロンドン市場について見たものであるが,短期資金を調達し,長期資金として運用する傾向が示されている。特に,銀行以外との取引では,期間の転換横能が顕著に見られる。このような短期借りの長期貸しという傾向は,近時長期資金の需要の増大により一層強まりつつある。
しかしながら,このようなユーロ市場の成長により,租々の問題が生じてきている。
各国が国内経済の要請からする独自の金融政策を進めることをますます困難なものとしている。
市場の成長に伴い,為替差益を求める資金移動は,ますます大きなものとなったため,各国は,為替レートの変更,為替管理の強化あるいは金利水準の変更という措置をしばしばとらざるを得なくなっている。
常,アメリカの短期金利と密接な関連を持っているが,通貨動揺時には大幅なかい離を生じている(第II-3-9図)。例えば,ドル不安時には,投機のためのドル裔要が市場に殺到することによって,ユーロ・ダラー金利は,高騰を示すことになる。
借りの長期貸しという傾向の強まりによって財務構成が悪化しつつあることに端的に見られる。
以上見てきたように,ユーロ市場は国際金融市場として大きく成長してきた。そして石油問題の発生によるマネー・フローの変化が与える影響を吸収する機能をある程度果たしうることが期待される。しかし,そこには先に見えたような度々の弊害があり,更に,将来予想される大規模なオイル・マネーの流入をユーロ市場が円滑に処理しうるかどうかについては一層の検討が必要とされる。
各国はその点に留意し,できるだけそれらの弊害を少なくする方向に努力していくべきであろう。
(2)世界経済,貿易に与える影響と対応策
これまで,石油価格の高騰が産油国へのドルの集中を生み出し,非産油国の国際収支を悪化させることによって世界のマネー・フローを変えること,また,ユーロ市場はその変化による影響を吸収する機能を持ちながらも,その市場拡大が各国金融為替政策に影響を与え,また,市場自体が種々の問題を抱えていることを見てきた。次かく,その世界経済,貿易に対する影響とその対応策を見てみよう。
(イ)先進諸国の国際収支対策とその影響
石油価格の高騰により,先進諸国は,一様に国際収支が悪化することから,その対策を強化する必要に迫られている。しかし,先に触れたように,石油価格高騰の各国国際収支に与える影響は一様ではないことから,国によっては深刻な事態を迎える可能性もあり,国際収支対策の強化の度合もおのずから異なってくることが考えられる。
国際収支対策は,まず第1に,貿易収支対策として現われてくるであろう。具体的には,@輸出促進,輸入縮小のため,引締め政策を強化すること,更に進んでは,A為替レートの切下げあるいはフロート・ダウン,直接的な輸入制限等が考えられる。前者は,現在のフロートという状態では,効果が減殺されることが予想されるが,為替レートヘの政策的介入を併用することによって,その効果を強めることが考えられよう。しかし,各国がそろってこのような政策をとることは,過度に世界経済を冷却させる恐れがある。後者は,対抗的な為替レートの切下げ,輸入制限を生じ,世界貿易,通貨を混乱させる懸念がある。このような弊害のみならず,石油危機による国際収支対策としての貿易収支対策は,非産油国が軒並み貿易収支の悪化に悩んでいるため,自国の赤字を他国に押しつけることともなり,非産油国全体の解決にはならないことに留意する必要がある。
このように,各国が貿易収支対策に大きく依存することは,望ましくないと言えよう。
流入制限的な為替管理政策の緩和及び高金利政策の維持,A中長期資本の取入れ,具体的には,ユーロ市場及びニューヨーク市場からの取入れ,IMF,世銀等からの信用供与及び二国間,多国間の資金協力等,B資本流出の規制,具体的には援助額の削減,民間資本の流出規制等が考えられる。先に見た貿易収支対策への依存は,世界経済,貿易に与える影響が大きいこと,高金利政策,援助額の削減等は,全世界的見地から望ましくないことを考えると,基本的には,国際金融市場からの資本取入れに依存することがより望ましいと言えよう。
この点において,先に見たようにユーロ市場は,その金融機能を通じて,産油国に偏在する国際流動性をかなりの程度非産油国に還流する機能を有していると言える。更に,アメリカの対外投融資規制の撤廃によってその復活が予想されるニューヨーク市場も還流の促進に有用であると考えられる。このように,非産油国の貿易収支の赤字は,全体として捉えた場合には,かなりの部分がこれら国際金融市場を通じて補填されるものと見込まれる。
しかし,そこには,なお多くの問題が残されている。第1には,各国への資本の流入は,これら市場が,市場メカニズムによって動いていることから,おのずと偏在性を伴うことがあげられる。すなわち,各国の市場からの資本取入れ能力に格差があることが問題となろう。各国の取入れ能力は,その債務残高,外貨準備高,国際収支動向及び成長力等の信用力の差異によって格差が生じるであろう。
このことから,各国が競って資本取入れを進めた場合には,大幅な国際収支の赤字に悩む国の資本取入れが順調に進まないことが予想される。
流動他の移動及び金利の平準化をもたらし,国内金融政策の制約となっていることを見たが,更に,各国が資本取入れを促進するために高金利政策を維持した場合には,各国の国内金融政策の自由度が一層低下するものと考えられ,現在,停滞局面に入りつつあると見られる各国経済にとって,新たな制約となってくることが懸念される。
下においても撹乱的短資の移動が為替レートを大きく上下させたのであるが,今後,このような短資の源泉の増大は,各国通貨の為替レートを過度に変動させ,ひいては通貨システムに対する不安定要因となることが懸念される。
られる。これは市場の混乱と高金利を生じて,先に述べた資本取入れ能力の格差を助長し,また国内金融政策の制約を高めることにもなろう。
このように市場を通ずる還流も程々の問題があり,@国際機関を通ずる安定的資金還流システムの確立,A市場における秩序ある資本取入れの促進等について国際的な協力を進めることが必要となることも考えられる。
(ロ)非産油発展途上団への影響とその対応策
次に,非産油発展途上国への影響とその対応策について検討してみよう。
石油価格高騰の発展途上国への影響は,第U部第1章第1節で見たように,直接には石油及び工業製品の輸入物価の上昇によって国際収支への圧迫要因となることである。国際収支の悪化は,開発資材等の輸入の制約となり,ひいては工業化,経済開発の停滞要因となることが考えられ,更に,石油関連資材である肥料の大幅な価格上昇は,農業開発を進める上で障害となることが懸念される。
また,石油問題の顕在化が先に見たような過程で先進国の景気後退要因となることも考えられることから,これが発展途上国の輸出停滞を通じて発展途上国経済の障害となることが懸念される。
このように,発展途上国は,深刻な影響をこうむることが予想されるが,この事態の下で,国際収支の悪化を防ぎ,国内経済開発を進めていく方途としては,一つには輸出の増進であり,他には積極的な外資の導入であろう。
よう。しかし,短期的には,先進国経済のスローダウンが見込まれ,中長期的にも代替品開発の促進,一次産品価格の上昇に伴う工業製品価格の上昇等により必ずしも有効な解決とはならないと考えられる。更に,一次産品価格の上昇は,資源に恵まれない発展途上国に多大の影響を与え,南の中の格差を一層拡大することになる。発展途上国の輸出増進の方途としては,前章で見たように,工業化を進め,自国の所有する資源の付加価値を高めて瞼出するという方向を地道に進めていくべきであろう。
次に,外資の導入について見れば,先進国の政府開発援助,民間直接投資の拡大,ユーロ市場からの資本取入れ等の方法が考えられる。政府,民間ペースの援助については,先進国において,国際収支改善のために資本流出を防止しようとする傾向も見られることから,その大幅な拡大は困難であると言えよう。
こうした中で,ユーロ市場からの資本取入れが注目されている。73年には,流動他の供給過剰傾向もあって,発展途上国の中長期ローンの取入れが急増した。しかし,今後は,先進国の取入れ需要も強まるものと見られ,このため一般的に取入れ能力が劣ると考えられる発展途上国は,ユーロ市場からの資本取入れがスムーズに進まなないことが予想される。また,市場への需要の急増が金利の高騰を生ずることも考えられ,これが発展途上国の債務累積問題を一層悪化させることが懸念される。
このような発展途上国への深刻な影響を緩和するために,安定的オイル・マネー還流システムが必要であるとの観点にのっとり,現在,世銀,IMF等国際機関によって種々の方式が検討されている。更に,OPEC諸国の「特別開発基金」構想,イランの「緊急開発基金」梼想,クウェイトの「社会経済開発基金」案等,産油国の側からも独自の方法によって検討が進められている。これらは,国際的な機関が介在することによって,オイル・マネーの発展途上国への還流を促進することに寄与しようが,発展途上国の困難な状況が懸念される現在,国際協力の観点から,これら計画が可及的速やかに具体化されることが望まれる。
(ハ)国際協調の必要性
以上見てきたように,石油価格の高騰とオイル・マネー問題は,世界経済,貿易の上に広範かつ大きな問題を提起するに至っている。
しかし,これまでのところ,こうした問題は懸念されたはど表面化してはいない。その背景としては,@現在,国際収支の悪化に悩む国は,輸出促進,輸入制限等の措置に頼るよりは,積極的な資本取入れ,為替管理の緩和(流入促進策)等資本収支対策に多く依存していること,Aユーロ市場を通ずる資本の取入れも,これまでのところ順調に進んでいると見られること,B引締め政策の強化も,各国において完全雇用が第一義とされていることから,おのずと限界があると思われること,C意図的な為替レート切下げ,フロート・ダウンは,国内インフレ対策上好ましくないとして採用されず,また為替切下げ競争も見られないこと,D一部には,輸入制限措置を講じた国もあるが,対抗的な輸入制限の広がりは見られないこと,Eアメリカの対外投融資規制の撤廃によって,ニューヨーク市場が復活し,その先行きにある程度の期待がもたれていること,F国際的な協力の進展とその気運の高まりが見られること等をあげることができよう。
今後,世界経済の混乱を避け,その円滑な発展を因っていくためには,何よりも国際的な協調が必要とされる。現在,幸いにして,各国経済が緊密化し相互の依存度を高めていること,また石油問題の影響が広範であるため,国別の対策では解決が困難であるということについて各国の認識が強まっていることを背景として,国際協調の気運が高まっており,更に,産油国も,世界経済の安定の基盤の上にみずからの繁栄もあるという認識を強めている。
そして,現実に,世銀,IMFによる安定的な資金還流メカニズムの創出と国際収支悪化国に対する信用供与の検討,OPECによる特別開発基金構想,各国ベースによる安定的な資金還流システムの検討などの国際的な努力が進められている。
しかし,石油価格の高騰による大きな影響の可能性を考慮すると,各国が,@安定的な資金還流の促進,A特に困難な状況が予想される発展途上国への配慮,B為替切下げ競争,対抗的な輸入制限措置の回避,C秩序ある資本取入れの促進,D世界経済の過度の停滞を防くため,各国の経済政策の協調を因ることなどの点において努力し,また,国際的な協力を進めることが強く望まれる。更に,以上見てきたような世界経済,貿易の動揺の中で,従来のIMF・GATT体制は,現状にそぐわなくなっている面もあるが,それが国際協力の大枠を与える側面があったこともまた否定しえない。この意味で,通貨,貿易秩序の動揺は,今後の国際協力の推進にとって支障となるであろう。もちろん,総合的な通貨,貿易秩序の早急な再建は望むべくもないが,石油問題の重要性にかんがみ,早急に合意しうる範囲での合意づくりを推進する必要があろう。
このような観点から,OECD及びIMF等の場においてフロートのガイドラインの設定,国際収支対策としての貿易制限の排除等について各国の努力が続けられていることは,高く評価されるところである。