第3節 国際収支均衡への道

@ 主要国通貨が変動相場制に移行してから5年が経過した。この間,為替相場
は各国間の物価上昇率を相殺する方向に変動することにより,国際収支の不均 衡調整に−つの役割を果たしてきたと考えられる。
A しかしながら,為替相場変動による不均衡調整効果には,(イ)相場の変動に
伴う輸入価格の変動を通じる国内コストの変化は,価格競争力上,相場の上昇 国には有利に,下落国には不利な方向に作用するため,調整効果はこの面から 減殺されること,(ロ)相場が変動しても輸出入数量はすぐには変化しないの で,短期的には不均衡の額がむしろ増大する場合もあること,(ハ)相場変動に よる価格効果は内外の景気局面を通じる所得効果によって相殺されてしまう可 能性のあること,など限界もある。このため,変動相場制の調整効果を活かす べく,各国は適切な国内需要管理政策等を併用しつつ,調整過程が円滑にいく ように協調して対応することが必要である。
B 石油危機後,世界の国際収支構造が大きく変化し,景気回復がはかばかしく
ない世界経済の現状において,大幅な経常収支黒字の継続は望ましくない。こ のようななかで,我が国は今後とも,インフレ再燃をもたらさない範囲内での 着実な景気回復策,市場開放策等を講じ,経常収支の縮小に努め,あわせて, 海外投資,経済協力等,長期資本の外への流れの拡大を図り,世界経済の安定 的発展に寄与していくベきである。

1.変動相場制の国際収支調整効果

(1) 変動相場制,過去の経験
戦後のブレトン・ウッズ体制の下で,金と交換可能な米ドルに各国通貨がぺッ グする形で運用されることにより維持された固定相場制度は,71年8月の金・ ドル交換性停止を骨子とするニクソン声明によって事実上崩壊したが,その背景 には各国間における国際収支の不均衡があった。この意味で各国間の国際収支の 調整過程が円滑に行われることが,安定的な国際通貨制度維持のために不可欠な 要素の一つであるといえよう。
ニクソン声明の直後から,71年12月のスミソニアン会議において各国通貨の 相場がセントラル・レートの上下2.25%の拡大変動幅の範囲内に再び固定され るまで,我が国を含め主要国によって一時的に変動相場制が採用されたのち,73 年初めには,主要国通貨はいっせいに変動相場制に移行した。このように主要 各国が変動相場制に移行したのは,国際収支の継続する不均衡に直面して,当面 変動相場制を採用する以外に外国為替市場にかかる投機的圧力を回避する道がな かったという事情もあったが,一面,変動相場制の採用が国際収支の不均衡解消 に資することも期待された。
それでは満5年を経過し,6年目に入ったフロート体制の下で,各国の国際収 支はどのような動きをみせただろうか。第U-2-11図は政府移転収支を除いた 主要国の経常収支(IMFベース)と実効為替レートの動きをみたものである。こ れによれば,主要通貨が変動相場制に移行した73年以降も,各国間の国際収支 の不均衡が継続していることが示されている。
(物価上昇率と為替相場)
しかしながら,主要国通貨がいっせいに変動相場制に移行した73年第1四半期 から昨年第3四半期までの,比較的長期にわたる各国の実効為替レートの変化率 と卸売物価の上昇率との関係を第U-2-12図によってみると,卸売物価の上昇率 の高い国ほど実効為替レートの下落率が大きく,卸売物価の上昇率の低い国ほど 実効為替レートの上昇率が大きくなっている。すなわち,変動相場制に移行して 以降,各国通貨の実効為替レート は,外貨表示でみた各国の卸売物 価の上昇率をおおむね平準化する 方向に変化してきたことがわか る。
物価上昇率の相違(インフレ格 差)は生産コストの相違となって, 価格面での国際競争力の大小を決 定する一つの大きな要素であると 考えられる。長期的にみてフロー ト体制下の為替相場は,各国の物 価上昇率を反映し,インフレ格差 を相殺する方向に動いたことによ り,各国間の国際競争力格差を緩 和し,国際収支不均衡がより大き なものとなることに一定の歯止め をかける役割を果たしてきたといえよう。

(2) 変動相場制の国際収支調整効果
以上のように,フロート体制の下での為替相場の変動は,各国のインフレ格差 を平準化したという意味で,国際収支不均衡の調整に一つの役割を果たしてきた とみられるものの,国際収支の不均衡が継続し,国際収支の調整が期待されたほ ど円滑に行われなかったのは何故だろうか。そのいくつかの背景を以下で考えて みよう。

(イ) 輸出価格形成過程の相違
一つには,貿易依存度の高い開放経済体制の国においては,為替相場が物価 上昇率を反映して動くとともに,輸出入価格への影響を通じ物価上昇率に対し て独立した効果を及ぼしたとみられることである。すなわち,物価上昇率が高 く,かつ賃金が物価水準に連動して調整される傾向が強く,またその傾向が国内 の拡張的需要管理政策に支えられているような国は,為替相場が他国に比べて相 対的に高い物価上昇率を反映して下落しても,自国通貨表示輸入価格の上昇を通 じて,卸売物価や消費者物価ひいては賃金の騰貴を招く。同時に,これら国内コ ストの上昇と,相場下落下で価格安定圧力が緩和されることから輸出価格も上昇 し,この結果,一層為替相場が下落するという「悪循環」となりやすい。一方, インフレ対策が重視され,物価上昇率の相対的に低い国では,為替相場が上昇 する結果,自国通貨表示輸入価格の下落を通じて国内インフレが一層鈍化し, それが自国通貨表示輸出価格の低落を助けるという「好循環」がもたらされること になる。第U-2-12図に示されるように,イギリス,イタリア等,高い物価上 昇率を反映して為替相場が大幅に下落した国では輸入価格(自国通貨表示)が大き く上昇している一方,西ドイツ,スイス等,為替相場が上昇した国の輸入価格の 上昇率は低い伸びにとどまって著しい対照をみせていることも,この間の事情を 裏付けている。
(輸出価格と為替相場)
為替相場の変化が各国の輸出価格の形成に及ぼす影響をみるために,輸出価格 が国内費用(卸売物価)と競合団の輸出価格水準(先進国輸出価格)によって決定 されると仮定して試算した結果が第U-2-13表である。試算結果によれば,我 が国の輪出価格の先進国輸出価格に対する弾性値は0.6強とかなり大きく,我が 国の輸出価格が世界市場における競合国の輸出価格水準に左右される度合が大き いことを示している。他の条件を一定にして円相場が10%上昇した時を想定す ると,相場上昇に伴う価格競争力の不利化を弱めようとする力が大きく働き,円 表示輸出価格は5%以上下落する結果,ドル表示の輸出価格の上昇率は5%程度 にとどまることになる。また,同じく先進国輸出価格に対する弾性値の大きいフ ランスは,フラン相場が10%下落したと仮定すると,価格競争力上の有利化に応 じ,その許容範囲内において輸出価格を引き上げようとする力が強く働き,フラン 表示輸出価格は8%上昇する結果,ドル表示輸出価格は2%低下するにすぎない。
しかしながら,国内費用自体が輸入価格の水準を通じて為替相場の変動の影響 を受けるので,その影響の大きさをみるために,国内費用の変動要因として賃金 コストと輸入価格を選び試算した結果が第U-2-14表である。同表によれば, 日本,アメリカ,西ドイツ,イタリアの輸入価格が国内費用に与える影響度はほ ぼ同程度となっている。
そこで,各国の輸出価格形成に為替相場の変動が与える総合効果を試算すると (第U-2-15表),各国とも為替相場の変動が輸出価格に与える影響はかなり大き い。試算結果に従えば,例えば我が国の場合,他の条件を一定にして為替相場 が10%上昇したとすると,@競合国間における価格競争力上の不利化を回避す るための価格引下げが図られる,A円表示輸入価格の下落を通じて生産コストが 低減される,という二つの経路を通じて,円表示輸出価格は7%近く下落し,ド ル表示輸出価格は3%ほど上昇するにすぎない。一方,イタリアを例にとれば, 為替相場が10%下落しても,ドル表示輸出価格の低落からくる競争力上の有利 化のため輸出価格の引上げが図られるほかに,輸入価格の上昇を通じて国内費用 が増加する効果が大きく働き,リラ表示輸出価格は7%以上増加し,ドル表示の 輸出価格は3%以下の下落にとどまることになる。
以上述べた方法により,輸出価格(自国通貨表示)変動の要因分析をした結果に よれば(第U-2-13図),為替相場の上昇は自国通貨表示輸出価格を低落させ, 逆に相場の下落は同輸出価格を上昇させる大きな要因となっている。為替相場が 基調的に上昇を続けた西ドイツの比較的低い輸出価格の上昇,逆に為替相場が下 落を続けたイギリス,イタリアの輸出価格の高い上昇と,対照的な動きをみせて いる原因には,賃金コストの上昇率の相違等もあるが,為替相場の変動による影響 も見逃せない。我が国についてみると,76年から77年の初めにかけて輸出価格 は大きく上昇したものの,77年に入ってからの四半期ごとの動きをみると,期 を追うごとに上昇率が低落しているが,円相場の急上昇がこの大きな要因となっ ている。
このように為替相場の変動には,各国通貨表示の輸出価格を,相場が上昇した 場合には低落させ,逆に相場が下落した場合には上昇させるようなメカニズムも 内包されているので,為替相場の変動による対外収支調整効果はこの面から減殺 されることになる。

(ロ) 調整の遅れ
また一つには,為替相場が変動してからそれが相対価格を変化させることを 通じて輸出入量の増減をもたらすまでに一定の時間がかかることである。価格変 化によって輸出入量がすぐ変化しないのは,財の需給が品質やアフター・サービ スの良さ,納期の確実さ等非価格要因によって強く影響されているような場合を 除いても,@為替相場が変化する以前の旧相場の下でなされた輸出入既契約分が あること,A需要者側,供給者側の為替相場の変化に対する対応の遅れが現実に は不可避であること等の理由による。
このため,為替相場が上昇した場合を考えると,輸出業者が自国通貨表示の輸 出価格の引下げを図らないと仮定すれば,外貨表示の輸出額は相場の上昇分だけ 増加し,外貨表示貿易収支の黒字はそれだけ増えることになる。相場の上昇に よって自国通貨表示の輸入価格は即座に下落し,自国通貨表示の輸出価格に変化 がないとすれば,交易条件は相場の上昇分だけ良化するので,自国通貨表示でみ ても貿易収支は輸入価格の下落分だけ増加する。実際には,すでにみたように, 輸出業者が為替相場の上昇分を全て外貨表示輸出価格の上昇に転嫁せず,自国通 貨表示の輸出価格の引下げを図るので以上の効果は低減されるが,このように, 為替相場の変化による交易条件の変化が徐々にしか進まない輸出入数量の変化を 相殺してしまい,為替相場の変動が当初,貿易収支を本来期待される方向とは逆 の方向に変化させてしまう効果はしばしば「Jカーブ効果」と呼ばれる。
(調整の遅れの事例)
輸出入価格と輸出入数量の組合せから,為替相場の変動と貿易収支の関係をみ たのが第U-2-14図である。同図によれば,価格交易条件は概して為替相場の動 きを密接に反映した変化をみせている一方,数量交易条件(輸出数量指数÷輸入 数量指数)の動きは,国によって大きな相違が認められるものの,数四半期にわ たるタイム・ラグを伴いながら,総じて為替相場と逆相関が認められ,Jカーブ 効果の存在をある程度裏付けている。
77年以降の我が国の場合についてみると,年初来円相場は急上昇を続けた。
この間,貿易収支率は一貫して上昇を続け,特に第3四半期以降黒字化のテンポ が早まっているが,その理由の一端は次のように説明できる。
まず,この間の輸出入数量の動きをみると,円相場の上昇にもかかわらず第3 四半期に至るまでは輸出数量の増加が続き,他方,輸入数量は減少して数量交易 条件はむしろ良化を示していた。ところが第4四半期に入って以降,輸出数量は 横ばいとなった一方,輸入数量は増加に転じ,この結果数量交易条件は悪化し始 めた。これは,為替相場の変動がやや時間をおいて輸出入数量に影響を及ぼした とみることもできよう。
一方,輸出入価格の動きをみると,円表示輸入価格は円相場の上昇を反映して 一本調子の下落を続け,78年第1四半期までに16.6%と大きな下落率を示し た。円表示輸出価格は,円相場の急上昇による競争力悪化を緩和しようとする価 格引下げの動きのため,77年第2四半期から第3四半期にかけて大きく下落し たが,第4四半期には下げ止まり,78年に入ると上昇に転じた。このため価格 交易条件は77年第2四半期から第3四半期にかけてわずかに悪化したほかは基 調的な良化を示し,特に77年第3四半期以降急速に良化した。
以上のような輸出入数量と輸出入価格の組合せから,この間の貿易収支動向を みると,77年第3四半期までは円表示輸出価格の低落のため価格交易条件は 目立った変化をみせなかったものの,円相場の上昇にもかかわらず輸出数量の増 加,輸入数量の減少が続いたので,数量交易条件はむしろ良化し,このため貿易 収支黒字は増大したとみられる。その後,第3四半期以降の局面では,数量交易 条件は悪化に転じたが,輸出価格が上昇し始め価格交易条件が大きく良化に向っ たので,この価格交易条件の良化による効果が数量交易条件の悪化による効果を 相殺して余りあったため,円相場の上昇にもかかわらず貿易収支は大きく黒字幅 増大の方向に変化したということができる。
(為替相場の変化と不均衡の増幅)
このような対応の遅れが輸出・輸入の両面にあり,輸出入数量が為替相場の変 動に一定期間を経過してからでないと反応しないとすると,変動相場制の下では 次のような困難な事態が生じる可能性もある。為替相場がある方向に変化したと しよう。例えば,国際収支の黒字を反映して相場が上昇した時のことを考える と,すでに述べた交易条件効果が働くため黒字幅が短期的には増大してしま う。このことは相場が将来いっそう上昇するだろうとの予想を招き,輸出業者 が将来の自国通貨建て手取りの減少を防ぐため輸出を急ごうとする動きや逆に 輸入を遅らせる動きが起こり,他方では資産選好に基づく資本流入が起こるな ど,黒字幅が一層増大するので,このためまた相場は上昇する。このような動き は,為替相場の過大評価がだれの目にも明らかになって資本の流入が止まり,将 来の相場の下落を見越して資本が流出し始めたり,先程とは逆に輸出を遅らせ 輸入を急ぐ動きがみえ始めるまで続くことになろう。我が国の場合にも,77 年以降円相場が急騰した局面で,こうした過程がある程度みられたと考えられ る。
(対応の遅れの計量化)
ちなみに対応の遅れを取り入れて各国の輸出関数を試算した結果が第U-2-16 表である。同表によれば,対応の遅れのため各国とも輸出数量の短期の価格弾性 値は極めて小さく,為替相場の変動が相対輸出価格の変化を通じて輸出数量を変 化させる効果は,少なくとも短期的には極めて限られていることを示唆している。
我が国の場合,輸出数量の長期の価格弾性値は0.95と大きく,為替相場の変動が 輸出数量に及ぼす影響は他国に比べ相対的に大きいものの,対応の遅れを示す調 整速度が0.3と他国に比べ小さいので,短期的には為替相場の変動が輸出数量の 変化となってあらわれる効果が出にくい結果となっている。
同様に各国の輸入関数を試算した結果を示したのが第U-2-17表である。輸 入の調整速度は輸出におけるよりも大きい傾向があるものの,各国の輸入量の価 格弾性値は輸出における価格弾性値よりも総じて小さく,やはり短期の価格弾力 性は低い。

(ハ) 各国の総需要管理政策の相違
両表を通じてみると,各国とも輸出入の両面において,価格弾性値よりも所得 弾性値の方が総じて大きい。この傾向は輸入の場合に特に顕著である。このこ とは,各国の輸出入数量が為替相場の変動を通じる相対価格の変化よりも,輸出 の場合は世界輸入数量すなわち他の諸国の景気状況,輸入の場合は国内の経済成 長率の大小によって影響される度合が強く,貿易収支の動向は内外の景気局面に 大きく影響されることを示唆している。この結果,相場変動を通じる価格効果 は,内外の景気局面を通じる所得効果によって大きく相殺されてしまう可能性が あることになる。
このように,各国の輸出入量が内外の景気局面に大きく左右されるところか ら,経常収支の動向は各国の総需要管理政策によっても影響を受けることにな る。第U-2-11図に示された主要国のうち,石油危機後,抑制的な需要管理政 策を続け,二桁インフレの抑制に成功を収めた我が国は,74年から76年にかけ て経常収支の顕著な改善を示した。また同じく,73年から74年にかけ景気抑 制策を採っていた西ドイツ,アメリカ,スイス等も黒字が続いた。一方,イタリ ア,イギリス等引締め政策に入るのが遅く,インフレ収束に成功しなかった国 は,74年から76年にかけて経常収支の悪化を経験した。これらの国は76年に入 り景気引締め政策に転換してから,77年になると経常収支の改善傾向がみえ始 めている。為替相場が下落し続けたにもかかわらず,経常収支の悪化が続いたこ れらの国は,比較的緩やかな総需要管理政策が先に述べた悪循環を起こしやすく する背景を提供したとみられ,経常収支の赤字化は適切な国内政策が採られな かったことによる面が大きい。持続的物価上昇と為替相場の大幅下落を経験した これらの国が,76年に入って所得政策を厳しい引蹄め策と併用したのはこのよう な認識が背景になっている。

(3) 今後の対応
以上みてきたように,為替相場の変動が国際収支の調整に及ぼす効果には,@ 相場の変動自体が輸入価格の変化による生産費効果等を通じて調整効果を減殺す る機能をも内包していること,A相場の変動は各国間の相対価格を変化させるこ とによって輸出入量を変化させるが,対応の遅れがあるためその効果は短期的に は小さいこと,Bまた効果が出尽しても,相場変動による価格変化が輸出入量に 及ぼす効果は内外の景気局面を通じる所得効果の大きさに及ばないこと,など限 界もあり,為替相場の変動がすぐに国際収支の調整に結びつくわけでないことも 認識する必要がある。
しかしながら,この限界が強調されすぎてはならない。フロート体制下におい て,為替相場は各国間の物価上昇率の相違を相殺する方向に変動することによ り,各国間により大きな国際収支の不均衡が発生することの阻止に大きな機能を 果たしてきたと考えられるからである。各国がそれぞれの国内事情に応じて異な る目標をめざした経済政策をとり,その結果として各国間に大きなインフレ率の 相違がある以上,為替相場の変動の持つインフレ格差の是正機能に依拠しない限 り,各国間に大きな国際収支の不均衡が発生することは不可避であり,限界をよ く認識した上で,各国が協調して変動相場制の調整機能を最大限に活かすような 対応が必要である。
すでに述べたように,輸出入量に及ぼす内外景気局面の影響は大きく,相場変 動の望ましい調整効果が発揮されるためには,各国で適切な総需要管理政策が行 われる必要がある。為替相場の上昇は,輸入の増大,輸出の減退を通じて国内需 要を抑制する効果を持ち,国内需要の減退は輸入減少効果を持つため,もしこの 効果が景気刺激策によって相殺されないと,望ましい国際収支調整は達成されな いおそれがある。逆に相場下落による国内需要刺激効果は,景気抑制策によって 相殺されない限り輸入の増大を招き,一層の相場下落を招くだけに終る可能性が ある。また,黒字不均衡に陥っている国が積極的な需要拡大策をとることは,赤 字国の調整過程にかかる負担を軽減する効果も期待できる。
こうしたなかで,我が国はフロート体制の下で為替相場の持つ調整機能及びそ の限界を認識しつつ,適切な総需要管理政策を用い,世界経済の円滑な同復に寄 与する観点からも不均衡の解消に努めるべきである。あわせて,安定的な国際通 貨制度実現のための国際協調に積極的な役割を果たしていくべきであろう。
2.国際収支均衡への道 77年中,我が国の経常収支は109億ドルと史上空前の黒字を記録し,これに 伴い,我が国の黒字の増大に対し諸外国から近時その削減を求める声が高まって いる。我が国に黒字削減を求める声の背景には,石油価格急騰後の世界の国際 収支構造の大きな変化と世界景気の低迷があると考えられ,我が国が今後とも, 国際経済社会の一員として各国と協調しながら世界経済の安定的発展に寄与して いくためには,そのような背景を理解しつつ,我が国としての相応の対応をと ることが必要である。ここでは,現下の我が国の国際収支の大幅黒字が世界経済 の中で持つ意味と,これに対する我が国の望ましい対応のあり方を考えてみよ う。

(1) 世界の国際収支構造の変化と今後の対応
(「赤字分担論」)
価格の大幅値上げを契機として世界の国際収支構造は大きく変化した。1950年代 の初め以来,先進諸国の経常収支は全体としてみると黒字,発展途上諸国は赤字 であり,その赤字は先進諸国からの資本流入でまかなわれるという形が長い間定 着していた。ところが石油価格急騰後,先進諸国全体としての経常収支はそれま での大幅黒字から赤字となった一方,OPEC諸国の経常収支が毎年大きな黒字 を示す形に一変した。このOPEC諸国の黒字は徐々に減少するとしても,OP EC諸国の輸入吸収力に限界があるため,ここ当分は解消しないとみられている。
OPEC諸国の膨大な経常収支の黒字は,それに対応する石油輸入国全体とし ての経常赤字(石油赤字)を不可避にするので,何らかの基準の下に各国は石油赤 字を分担し合い,各国が赤字減少策をとることによってもたらされると予想され る相互破壊的な影響から世界経済を守ろうという議論が,石油危機の直後からな された。これが石油赤字分担論である。
経常収支の赤字は必ずファイナンスされる必要があるので,経常収支の赤字増 大と表裏の閑係にある増大する債務に着目すると,石油赤字分担論は次のように もいえる。すなわち,事後的には資本の流入は対外純資産の減少をもたらし,経 常収支の赤字を相殺するが,市場を通じる自律的な資本の流入が経常収支の赤字 幅と一致する保証はない。このため,市場を通じる資本の流れを補完する国際機 関や各国政府を通じる公的資本の拡充が要請されるが,同時に各国が経常収支の 黒字化策をとると,赤字が他の国にしわ寄せされて,債務返済能力の低い非産油 発展途上諸国や一部の小工業諸国の経常収支赤字を,自律的な資本流入によって まかなえない程に増大させる可能性がある。そこで,各国は石油赤字を応分に負 担すべきだとするのが石油赤字分担論の他面の主張である。
こうした石油赤字分担論には,@赤字国の国際収支調整のための国内政策の節 度を失わせ,国際的な国際収支調整を遅らせるおそれがあること,A石油赤字の 範囲の決定,定義が必ずしも容易でないこと,B石油価格急騰による経済的影響 が各国まちまちに働くことにより,時間の経過とともに石油赤字の概念があいま いになること,C各国の赤字分担基準として,GNPの大きさ,潜在経済成長 力,OPEC諸国に対する潜在輸出能力等どれを選んだとしても一長一短がある こと,などの問題点が当初から指摘されていた。
ところで,国際収支項目の中でも特に経常収支(財,サービス取引の対外収支)
が問題になるのは,@一つには,経常収支が国民所得水準と密接に結びついてい ることによる。事後的には,経常収支が黒字になれば国民所得はその分だけ大き くなり,赤字になれば国民所得はその分だけ減少する。国内需要の高まりは輸入 需要の増大を通じて経常収支の黒字を縮小あるいは赤字を拡大させる一方,経常 収支の変化は国内需要管理政策によってその効果が相殺されない限り必ず経済成 長率に影響を及ぼすなど,経常収支は一国の経済活動水準及び需要管理政策に とって重要な経済指標だからである。Aさらには,経常収支の黒字は定義により 民間及び公的対外純資産の増加と一致し,赤字は対外純資産の減少を意味するこ とである。この結果,経常収支の赤字が継続するとその国の対外支払い能力が疑 われ,赤字の埋め合わせに十分な資本が流入しなくなるような不健全な事態にな るおそれがあることにもよる。
(今後の対応)
石油危機後,世界の国際収支構造は大きく変化し,また世界景気の回復がはか ばかしくない。こうしたなかで多くの国がインフレの昂進と失業の増大,経常収 支の赤字増大という経済的困難から十分な立直りをみせていない。これらの国の 中には,為替相場の下落によって経常収支の不均衡に対処しようとすると,輸出 入物価(自国通貨表示)の上昇が一般物価水準の上昇を招き,インフレが一層悪化 するという困難に直面している国もみられる。
また,国内経済開発の目的のため実物資源の輸入を必要とする国にとっては,む しろ多くの場合経常収支の赤字が常態である。しかしながら,国内景気の回復を 図ろうとしている国にとって,景気回復の目的で総需要拡大策をとると輸入が増 大する結果,経常収支の赤字幅が借入れ能力以上に増大するおそれも生じてくる。
こうした国について経済運営の節度のなさからもたらされる経常収支の赤字 は,世界の国際収支構造の変化によっても合理化されることはないであろう。し かしながら他方,不況の中から比較的早く立ち直り,インフレ収束に成功し,経 常収支も黒字となっている相対的に経済運営の順調な国がインフレ再燃をもたら さない範囲内で景気拡大策をとって輸入を拡大することは,経済的困難に直面し ている弱い国が過度の為替相場の下落に頼ることなく,安定化政策に成功しやす くする環境を整えるものであるといえよう。
いずれにしても,世界の国際収支構造が大きく変化し,景気回復がはかばかし くない現状において,一国が余りに大きい黒字を出すことは,他の石油輸入国の 赤字額がそれだけ増加することを意味し,その結果ある国々の景気回復をより困 難にしたり,返済能力以上の対外負債の増加を招きやすくすることになることは 留意しなけれぼならない。この意味から,各国が国際協調の観点に立って経済運 営を行っていくことが望まれる。

(2) 我が国の対応
こうしたなかで我が国は,昨年9月,事業規模約2兆円の公共投資追加,対外 経済政策の推進等を含む7項目の「総合経済対策」を決定し,同時に公定歩合の 0.75%引下げが行われた。これは景気の着実な回復を図り,雇用の安定を確保す るとともに,対外均衡にも資するためのものであった。対外経済政策については 同9月,我が国の姿勢をより明確にするため,東京ラウンドヘの積極的取組み, 原油・非鉄金属・ウラン鉱石等の輸入促進,輸出面の措置,円建て外債の発行促 進,経済協力の促進,為替管理の簡素化の検討等を内容とする「対外経済対策」が 関係閣僚間で確認された。
ところが,10月から11月にかけて円相場は上昇の足を早め1ドル=240円台 に急騰する一方,経常収支の黒字の増勢が続いた。
そこで,経常収支の大幅な黒字を縮小する課題を一層推進していくため,経済 対策閣僚会議において,12月,8項目からなる「対外経済対策」が決定され,輸 入関税の東京ラウンド交渉妥結に先立つ一部前倒し引下げ,残存輸入制限の一部 自由化及び輸入砕鉱大,輸入標準決済制度の改善,政府調達物資の公開入札制度 の拡充等,明確な市場開放策が打ち出された。このほか同対策において,日本輸 出入銀行に対する外貨貸し制度の創設等による輸入金融の拡充,備蓄及び前払輸 入の促進,経済協力の促進等が決定された。
一方,引き続く景気回復の遅れとそれが不均衡をさらに拡大させるおそれがあ ることにかんがみ,政府は一層の景気刺激策を盛り込んだ総額5,622億円の第2 次補正予算案と78年度予算案(一般会計34兆2,950億円)を同時に年内編成し, いわゆる「15か月予算」の考え方の下に,公共事業等につきその規模を積極的に 拡大しその切れ目ない執行を図ることとした。78年度予算案では国債発行額は 10兆9,850億円にのぼり,一般会計の国債依存度は32%(実質的には約37%)
と,当初予算としては,はじめて3割を超えるなど,景気浮場と対外不均衡解消 に対して強力な姿勢が示された。
本年3月には,公定歩合をさらに引き下げ3.5%として一層の景気浮揚を図 るとともに,公共事業等の推進,対外取引の円滑化等などからなる7項目の景気 対策が経済対策閣僚会議で決定された。3月には関税の前倒し引下げが実施さ れ,また4月には為替管理が大幅に緩和されるなど市場開放策も進展している。
一方,4月の前半に1ドル=220円を割り込むなど,依然,円の騰勢が続くなか で輸出額の増勢がやまず,それが一層円高を呼ぶなどの動向にかんがみ,同4月, 輸出に占める比率が大きく,その輸出動向が全体の輸出に及ぼす影響の大きい自 動車,鉄鋼,テレビ等の輸出動向を監視するとともに,実情に応じ数量面での自 粛を求める措置がとられた。
日米の貿易収支不均衡問題を中心とする日米通商交渉は,77年9月の日米準閣 僚会議から,11月のリバース通商交渉特別代表部(STR)法律顧問の来日, 12月の牛場対外経済担当相の訪米を経て本年1月にストラウスSTR代表が来 日し,「日米共同声明」で一応の結着をみた。同声明では,日米とも失業の増大と 保護主義を回避することで一致し,インフレなき経済成長の達成をめざすことに 同意した。また双方とも,現下の国際情勢においては,大幅な経常収支黒字の累 積は適当でないことに意見の一致をみた。我が国は経常収支の一層の縮小を図る ための全ての合理的な努力を続け,たとえ赤字が生じてもそれを受容する考えを 示した一方,アメリカは輸入石油の依存度低下,輸出の増大措置等を通じて,国 際収支ポジションを改善する意向であることを示した。我が国は同声明におい て,製品輸入の増大のための適当な方策,関税の前倒し引下げ,残存輸入制限の 一部自由化及び輸入枠拡大,外為管理制度の全面見直し及び「原則自由」の新制度 の検討等を通じて,輸入増大の措置をとっている旨述べた。また,我が国の経済 協力における政府開発援助の増額,アンタイ化の促進の基本方針を確認した。
「日米共同声明」にあい前後して,EC側の申し出により続けられていた対EC 協議は,3月に「日・EC共同声明」で合意に達し,我が国はここでも内需の拡大 と経常収支黒字幅の縮小及び市場開放策に積極的な意向を示した。
すでに述べたように,OPEC諸国による石油価格の大幅値上げを契機として 世界の国際収支構造が大きく変化し,その後の世界景気の回復がはかばかしくな い現下の状況においては,経常収支の黒字が大幅に生じたり,それが長期的に継 続することは望ましくない。
我が国は今後とも,インフレの再燃をもたらさない範囲内での着実な景気拡大 策や市場開放策を講じ輸入の拡大を通じて,経常収支の黒字幅を縮小する努力が 必要である。
また,海外投資,経済協力等を通じて,長期資本の外への流れを拡大すること も,相手国の雇用,生産力の増大やインフラストラクチュアの整備等により,そ の経済発展を促進し,ひいては世界経済の安定的発展に貢献を及ぼすものであ る(第V部第2章参照)。経常収支黒字の縮小努力とあわせて,引き続きこれらの 積極的推進にも努めるべきであろう。


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