2.上昇に転じた円相場とその影響
(1)円と米ドル相場の動向
80年は、日本経済に第2次石油危機の影響が大きく影を落としたが,国際収
支面では,前に見たように他の主要先進国と比べて,顕著な改善傾向を示した。
円相場の動向も,我が国の経済と国際収支情勢を反映して大きな変動を示した
が,80年の推移を概観すれば,79年初以来の円安傾向が80年4月初まで続いた
後は,概ね円高傾向をたどったと言うことができる(第3-1-3図)。更に円相場
を米ドル実効レートとの関連でより詳しく見ると,第一に,年初から4月初旬ま
でのドル高円安局面,第二に,4月から6月にかけてのドル安円高局面,第三
に,7月から年末までのドル回復の中の変動を示しながらの円高局面の三局面に
分けることができる。そこで次に各局面における相場変動の背景を見てみよう。
79年は米ドルが堅調を示す中で,円が独歩安となった年であった。
80年に入ってのドル高局面は,ソ連のアフガニスタン軍事介入による東西緊張
の下におけるアメリカへの信頼の高まりによるほか,より直接的には,アメリカ
の公定歩合引上げ,総合インフレ対策等の一連の引締め政策の強化と,それに伴
うアメリカ短期金利の高騰が原因となったものと考えられる。その反面円相場は
国際収支の大幅赤字,物価の急騰等から軟調に推移したが,日銀はこうした事態に
対し,2月19日,3月19日と公定歩合を引き上げたほか,政府は円相場安定策(3
月2日),物価問題関係閣僚会議(3月19日)等において,物価の安定,円相場の
安定に向けて確固たる姿勢を明らかにした。
4月に入ってのドルの軟化は,イラン情勢の悪化とアメリカ国内経済の後退に
伴う短期金利の下落によってもたらされた。この中で円相場は,内外金利差の鉱
大による外国資本の流入等により急上昇を示した。
続く7月以降は,アメリカの景気回復,金利上昇等を背景にドルは上昇基調に
あったが,円相場は,我が国経済のファンダメンタルズへの信頼に支えられての外
国資本流入の本格化に伴い,変動を示しながらも円高傾向をたどった。なおこの
間,6月から8月初までと,10月から11月にかけて円安局面が現出したが,6
月から8月初についてはアメリカ短期金利の下げ止まりと反騰,及び我が国短期
金利の低下等が,また10月から11月については,アメリカの引締め政策の強化
の一方で,我が国の公定歩合引下げ等が背景となって,円安傾向になったものと
考えられる。
以上のように80年の円相場は,変動を示しながらも4月以降上昇傾向をたど
り,しかも下降を示したヨーロッパ主要国通貨と比較しても,79年とは様変わ
りの様相を呈した(前掲第2-3-13図参照)。これは,我が国の経常収支が赤字
を示した一方で,証券投資を中心として大規模に資本が流入したことによる面が
大きいが,こうした資本流入の背景には,第一に物価や年央からの貿易収支の改善
等に示されるように相対的に良好な我が国経済のパフォーマンス,第二に機動的
な政策運営,第三に特に欧州通貨との対比ではポーランド情勢の緊迫化による欧
州通貨の軟化傾向といった要因等により円高期待が形成された面もあったと考え
られる。
(2)円レート変動の影響
為替相場の変動はまた他の経済活動に対してさまざまな影響を与える。以下で
は物価,輸出における対外的な競争力,輸出入金額に及ぼす影響を見ることとす
る。
(物価への影響)
80年の卸売物価は前年比17.8%の上昇と高騰を示した。その推移を見ると,
年前半は石油等海外原燃料価格の上昇や円安傾向等から前年比20%前後の上昇
率が続いたが,年央以降
は,海外原燃料価格の落
ち着き,円高傾向,国内需
給緩和等により極めて安
定的に推移し,前年比上
昇率も期を追って低下し
た。特に円相場の上昇は
輸入品卸売物価の安定化
を通じて国内品及び輸出
品卸売物価をも鎮静化さ
せるのに加え,円高によ
る価格競争力の低下をあ
る程度くい止めるために
企業が円建輸出価格を引
き下げる等,いくつかの
ルートを通じて卸売物価
を鎮静化させる。80年
は円レート変動の卸売物
価への寄与度は第2四半
期以降マイナスとなって
いた(第3-1-4図)が,
通年では,輸入品卸売物価の前年比上昇率が47.7%であった一方,国内品,輸
出品卸売物価上昇率がそれぞれ15.0%,8.2%と相対的に低い伸びであったこと
を見れば,昨年中の円レートの上昇に加えて,生産性,賃金,政府の政策運営等
の国内面での良好な対応が海外インフレを遮断したことがわかる
(対外的な競争力への影響)
為替レートの上昇は非価格競争力の弱い商品を輸出する企業にとっては,販路
の縮小あるいは収益率の悪化を招来し易い。しかし,相対的に国内物価上昇率が
低い国の場合,価格競争力は物価上昇率の差の分だけ確保される。この考えをもと
に,実効レートを実効相対比価(先進国卸売物価と我が国卸売物価の変化率の比)
でデフレートしたのが総合的な競争力を示す実質実効レートである(第3-1-
5図)。我が国の場合,相対比価が趨勢的に有利化していることから,実効レート
の不利化を相殺して,実質実効レートは中長期的には100前後(73年上期基準)
で推移している。
しかし短期的に見ると,昨年の円高局面では実効相対比価は有利化の方向へは
作用しなかったので,価格競争力はほぼ円相場の上昇分だけ低下したものと考え
られる。
それでは,こうした局面での企業の受け止め方はどうであったか。当省調査
(付表3参照)によると,80年3月時点に比べての81年2月の各業種の輸出採算
レートは一部を除き上昇を示している。特に電気,精密機械等の加工・組立産業
の採算レートは200円前後と,国際競争力の高さを裏付けているが,一部素材産
業では,昨年後半来の円高は企業にとって厳しいものであったことを窺わせる。
(輸出入金額への影響)
一般に,円相場の上昇は円建輸入価格の安定化とドル建輸出価格の上昇をもた
らすことから中期的には数量面で貿易収支を赤字化させ,円安時には反対に貿易
収支を黒字化させる。しかし短期的には,円高は外貨建輸出価格上昇の効果が数
量面の収支赤字化効果を凌駕して貿易収支の黒字をふやす方向に働き,反対に円
安時には赤字をふやす方向に働く(Jカーブ効果,付注7参照)。
80年は,前述のように円安から円高への移行期となったため,79年初来の円
安傾向の数量面からの収支黒字化効果と,80年4月以降の円高傾向の価格面か
らの収支黒字化効果が同時に働いて,貿易収支の改善に大きな役割を果したもの
と考えられる。