3.自由貿易秩序の発展と国際協調


(強まる保護貿易主義圧力とその背景)
戦後の世界貿易は,自由,多角・無差別,互恵主義を基本原則とするGATT 体制の下で,順調な発展をみせた。とりわけ60年代以降は,各国経済の発展と 相互依存関係の深まりを反映した工業品貿易の拡大が著しく,世界貿易の伸び (輸出数量ベース)は,73年の石油危機に至る10年間に年平均8.7%と総生産の 伸びを上回るものとなっている(第4-3-19表)。
しかしここ数年,2度の石油危機の影響を受けて,世界貿易及び総生産の伸び が鈍化する中で,保護貿易主義的圧力が徐々に強まってきている。保護主義的な 動きには様々な形態が見られるが,例えば日本,アメリカ,EC間を中心とした自 動車をめぐる輸入制限,輸出自主規制要求の動き,あるいは,工作機械等の輸入 監視制度の導入(EC)などの動きとなって現われている。
こうした保護貿易主義的圧力の高まりの基本的な背景としては,以下の点が考 えられる。
それは,欧米先進国を中心に世界経済が停滞をみせていることである。73年 の石油危機への各国経済の構造的対応がいまだ十分に行われていない段階での第 2次石油危機の到来は,インフレシーションと貿易収支の赤字幅を拡大させ,国内 生産活動の低迷と失業の増大をもたらすこととなった。とりわけ,EC諸国経済の 停滞は深刻であり,加えてポーランド情勢の悪化等東西緊張の高まりと,その貿 易面などに与える影響への懸念は,共産圏との相互依存関係の深いEC諸国の経 済情勢を一層不安定なものにしている。
こうした状況の下で,停滞する国内産業を輸入品の急増から保護するために,各 国の産業界,労働界を中心とする保護主義的圧力が一段と高まりをみせている。
回復が遅れ,また生産性の伸びが鈍く需要構造の変化に適応できずに競争力が低 下している産業部門では,国内の保護主義圧力が強く,失業問題と併せて重大な 社会的・政治的問題に発展しつつある。
(保護貿易の不利益)
各国が貿易制限的措置を安易に導入し保護貿易に向かうことは,短期的には国 内生産者の利益となりえても,長期的には一国全体の損失となり,また,中進工 業国あるいは発展途上国の経済発展を貿易面から阻害し,結果的に世界経済全体 の発展を損なうものとなる。
世界貿易(輸入数量ベース)と鉱工業生産の伸び率の推移をみると(第4-3-20 図),極めて密接な動きを示している。またOECD諸国の実質GDP成長率 も,貿易の拡大とともに順調な伸びを示しており,世界経済の安定的な発展のた めには,開放的な貿易体制を通じた世界貿易の拡大が必要であることが分かる。
そこで,具体的に保護貿易がどのような不利益をもたらすかを考えると以下の 三点に要約されよう。
る産業において,競争を通じた生産技術の向上やより効率的な生産工程の開発努 力を失わせるとともに,生産性の高い産業部門への資本や労働の円滑な移動を阻 害し,経済全体の活力をも低下させることになる。例えば,貿易の自由化が産業 の規模と競争力とを拡大した一例として,日本の半導体集積回路の自由化が挙げ られよう(第4-3-21図)。輸入量の拡大とともに,新技術の開発・導入等を通じ て,競争力と生産性を高めた結果,生産量,輸出量とも増加し,規模の経済のメ リットを受け生産単価も低下している。このことが,我が国の産業に幅広くエレ クトロニクス化が浸透し,産業の国際競争力を強めた一因となっている。
国が直面しているインフレ問題の解決を一層困難にするとともに,消費者は,よ り安価で良質な商品を求める選択機会を失うことになる。特に関税については, 主に国内産業の保護を目的とし,また,ECの農産物輸入課徴金や域外共通関税 の一部にみられるように,併せて財政収入を目的としたものもあり,こうした関 税の賦課が安易に導入された場合, 輸入品価格の上昇を通じて国内消費 者の負担をもたらす。
措置の導入は,多角的な貿易関係の 下にあって他国の報復的措置を呼ぶ ことは必至であり,世界貿易全体の 縮小を招く。その結果,市場と購買 力の喪失を通じて,世界経済の急激 な縮小を招くことになろう。
1929年の世界恐慌後の不況局面 にあって,各国の相次ぐ為替切下 げが実施されるとともに,アメリカ のホーレイ・スムート高率関税法 の設定(1930年)が各国の関税引上 げ競争を激化させ,またフランスの 輸入割当制の導入(1931年)が各国 の報復的措置を招いた結果,貿易額 は大幅に縮小し,景気の低迷を長期 化させる一因となった。そして,ついには主要国を中心としたブロック経済化が 進み,市場を求めての各国の争いを引き起す重要な原因ともなった(第4-3-22 表)。相互依存関係が世界的レベルでより一層深まっている今日,このような保 護主義の導入は,世界経済へより迅速かつ破壊的な影響を及ぼすであろう。
(自由貿易の再確認と国際協調の必要性)
保護貿易を排除し,自由貿易体制を維持・強化するための努力は,自由貿易の 枠組が大きく動揺をみせた70年代初め頃から各国の協調の下で続けられた。特 に,第1次石油危機後の74〜75年の世界的な不況局面にあって,各国が種々の国 内経済問題を抱えながらも国際経済の動揺を防ぐために積極的に自由貿易の再確 認のために協調した意義は大きい。例えば,74年のOECD(経済協力開発機構)
による貿易宣言の採択,75年から始まった先進国首脳会議(サミット),更には73 年9月以来のGATTによる多角的貿易交渉(MTN)・東京ラウンドの継続であ る。そして,このような努力こそ,世界経済がその困難を徐々に克服し,回復の 方向に向かってきた最大の理由であった。
現在,再び第2次石油危機の影響が,世界経済に大きく影を落としているなか で,先進各国がこれまで発揮したような英知と勇気をもって,再び自由貿易の原 則を守り得るであろうか。インフレーションや経済停滞が深刻であればあるほ ど,保護貿易は世界経済の回復のための脅威であり,世界貿易の拡大のための自 由貿易への努力は,一層協力に推進されなければならない。
以下では,自由貿易秩序の維持・強化のための最近の動きを概観してみること にする。
とである(79年4月)。
東京ラウンドは,ケネディ・ラウンド関税交渉(64年5月〜67年6月)に引き続 くものとして,99か国の参加の下に交渉が実施され,関税引下げと並んで非関税 障壁の軽減・撤廃及び国際的規律の作成等についての合意が得られた。これに よって,80年1月から関税引下げが実施されており,今後は,この交渉成果の 確実な実施とセーフガード問題等の残された問題の早期解決が必要である(東京 ラウンドの経緯,交渉成果,協定内容については昭和55年版通商白書112ペー ジ以下参照)。
全実施と自由多角的な世界貿易の発展を目的とする「新貿易宣言」が採択されたこ とである(80年6月)。この宣言には,既に78年に各国の合意をみた積極的調整 政策(PAP)の考え方が盛り込まれている。これは,@世界の需要構造及び比較 優位構造の変化に対応して,競争力が相対的に低下した産業の老朽設備の廃棄や 円滑な労働力の移動を図りつつ,積極的な産業構造調整を進め,A政府介入等に よる保護主義を防ぐことによって,長期的な経済の生産性,効率性の向上とイン フレ体質の除去とを目的としたものである。
実際に,主要先進国では,繊維,鉄鋼等の産業部門でこのような積極的な調整 政策が既に進展しつつある。その一例として,西ドイツを見て見よう(第4-3- 23表)。
西ドイツは,ECの中核的存在として,自由貿易を堅持し国際競争力を強めて きた。そして,機械等の投資財部門に特化する一方,中進国等の発展に伴って輸 入比率が高まり競争力の低下しつつある繊維産業では,雇用調整及び規模の縮小 が進められている。また,先進国間での競争が激化している鉄鋼業では,雇用の 調整とともに,新しい生産方法や技術開発による生産性の向上が図られている。
が開催され,自由貿易原則の再確認が力強く謳いあげられたことである(80年6 月)。
ここでは,欧米先進国の不況が深刻化しつつある中で,エネルギー問題への各 国の対応策とともに,開放的な世界貿易体制の強化と保護主義圧力への対抗とい う点での合意がなされ,更に,こうした目標を実現させるために国際協調が重要 であることが指摘されている。ヴェニス・サミット後に,先進国の経済的困難は ますます深刻化しつつあるが,このような先進国の自由貿易と国際協調に対する 確信は,現在の世界経済の難局を乗り切る上での自信と信頼を与えるものであ る。特に,従来,国際政治経済の場で主導的役割を担ってきたアメリカの経済的 優位性が相対的に後退し,先進各国それぞれの責任が一層大きくなっている今 日,協調的行動の宣言の意義は大き い。もちろん,アメリカの経済的優 位性の相対的後退は,必ずしもアメ リカの潜在的経済力そのものの低下 を意味するものではないが,例えば, 主要先進国の世界貿易に占めるシェ アをみても(第4-3-24図)。アメ リカが15%台から12%台ヘシェア を低めつつあるなかで,各国のシェ アが徐々に接近している。相互依存 関係が深化するなかで,安定的な世 界経済と貿易の秩序を維持するため には,先進各国が責任ある協調的行 動の下で,共同してその役割を果た すことが,ますます重要になってき ていることを示しているといえよ う。
こうした国際的な協調努力の要請される現在,日本は今後どのような役割を果 さなければならないのだろうか。
(我が国の貢献と役割)
我が国は,1960年6月の「貿易為替自由化計画大綱」策定以後,強力に自由化 を推進しつつ,我が国経済の国際化を図ってきた。残存輸入制限品目について も,度重なる撤廃により27品目(鉱工業品5品目,農産品22品目)にまで縮小し ており,主要先進国と比べてもそん色のないものとなっている(第4-3-25図)。
そして,現在では世界の先進工業国の一員として経済的地位にふさわしし国際的 責務と積極的な役割の遂行が求められている。
前項で述べたように,我が国としては経済協力やエネルギー資源問題への積極 的な貢献を行うとともに,自由貿易秩序の維持と強化のための一層の努力が必要 となろう。
実な実施と開放的な貿易体制 維持・強化のための努力であ る。我が国はこの交渉で,鉱 工業品約2,400品目,農産品 紛200品目について関税を譲 許するとともに,東京ラウン ドの成果を促進するために, 78年には「関税前倒し引下げ」 を実施している。その結果, 引下げ後の鉱工業品の平均関 税率は,日本が3%前後とな り,アメリカ(同4%強), EC(同5%弱)と比較して も,極めて低いものになると試算されている(第4-3-26表)。
また,MTNの合意に基づく非関税障壁の軽減・撤廃についても,諸協定の趣 旨に沿った形で,関税定率法の改正,輸入許可手続きの簡素化,工業標準化法の 改正等がなされている。
(80年12月1日)。この改正で,従来,対外取引についての「原則禁止」の建前 が,開放経済を目指す我が国の基本姿勢を反映して,「原則自由」に改められた。
また,資本取引,対内直接投資の面でも実質的な自由化が大きく前進するととも に,貿易手続面でも,輸出認証及び輸入届出制度の廃止や承認手続の大幅な簡素 化が図られた(第4-3-27表)。
我が国は,効率的な生産体制を背景に,高品質かつ需要に適応した製品を生産 することで国際競争力を強めてきた。しかし輸出が特定国に対し急激に増加する ことは,相手国に産業の転換・調整に必要な時間を与えず,かえって保護主義圧 力を強めることにもなる。こうした観点から,中長期的に自由貿易秩序を維持す るために,我が国は,輸出地域の多角化とともに,節度ある輸出に努め,製品の 品質・性能の一層の高度化,個性化を図っていく必要がある。
製品輸入は,我が国の種々の輸入促進策とともに,輸入手続の改善・簡素化が 実施されており,堅調な拡大を示していることは,第3章第3節で述べたとおり である。
ては,「中小企業転換対策臨時措置法」(76年11月公布),「特定不況産業安定臨 時措置法」(78年5月公布)等に基づき,不況を深めている素材産業等の過剰設備 処理などを着実に進めている。
以上のようなこれまでの我が国の開放的貿易体制の維持・強化の努力は,今後 一層着実に進める必要がある。更に今後は,我が国独自の技術力及び高い品質管 理能力を生かした技術協力や,現在電気機械産業や自動車産業などで進展しつつ ある現地生産等の対外直接投資を通じた産業協力を一層促進する必要がある(第 3章第4節参照)。また国内面では,内需の振興と安定的な成長・雇用を維持し つつ,積極的な産業調整を進め,より一層の産業の高度化及び知識集約化を図る とともに,創造的自主技術に基づく産業の新しいフロンティアの拡大を図ること が必要である。
動揺する世界情勢の中で,こうした我が国の中長期にわたる積極的な頁献の方 向は,保護貿易主義の回避につながり,先進国,発展途上国との間の世界的なレベ ルでの新しい国際分業体制を確立するであろう。深化する多角的な相互依存関係 の中にあって,我が国は,「経済大国」としての国際的責任を認識しつつ,各国と の国際協調の下で,開放的な貿易秩序を維持し当面の世界経済の停滞の克服と世 界貿易の安定的な発展のために,主導的役割を発揮しなければならない。

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