第3節 揺れ動く国際通貨・金融情勢
主要通貨が変動相場制に移行して9年を経過したが,この間,主要通貨は様々
な動きをみせてきた。世界経済の多極化と相互依存関係の進展のなかで,景気の
国際波及度が高まりをみせており,変動相場制が当初期待されたような,たとえ
ぼ,国際収支の調整機能等を効果的かつ着実に現実化させ,国際通貨情勢を安定
させていくためには,先進各国はこれまで以上に節度ある政策運営と協調が求め
られている。
一方,2度にわたる石油危機は,世界の国際収支構造を一変させた。最近の石
油需給の緩和や原油価格の軟化のなかで,OPEC諸国の経常収支黒字幅は急速
に縮小しているが,非産油発展途上国は大幅な赤字を続けており,非産油発展途
上国の債務累積問題は依然深刻である。
本節では変動相場制下の主要通貨の動向を概観し,為替レートの変動要因をみ
た後,国際通貨安定への展望に触れてみたい。次に,オイルマネーの現状,発展
途上国およびソ連・東欧の債務累積増大の問題点を探り,国際金融市場における
安定的資金還流の必要性を検討してみる。
1.国際通貨情勢の動向
(1)変動相場制下における主要通貨の動向
71年8月の金・ドル交換停止のニクソン声明に端を発し,その後の多国間通
貨調整を経て,73年3月以降,主要先進国通貨は変動相場制に移行した(発展途
上国の多くは,依然固定相場制下にある)。
最近の主要通貨の動向を概観すると(第1−3−1図),78年11月1日のアメリ
カのドル防衛策まで,アメリカ国内のインフレと経常収支赤字を原因として・ド
ルは他の主要通貨に対して下落を続けてきた(ただし,イギリス・ポンドに対し
ては77年に入ってから下落)。その後,79年中は,欧州通貨はドルに対して強
含みで堆移したのに対し,日本・円だけは円安となった。これは,@我が国の貿
易収支が,原油価格上昇により年後半に赤字に転じたこと,Aイラン情勢等石油
供給情勢が不安定化し,輸入石油依存度の高い日本・円に対する信認が薄らいだ
こと,B日米金利差が拡大したこと等が作用したと考えられる。
80年初,アフガニスタンヘのソ連の軍事介入等東西緊張の高まりの下で,ア
メリカへの信認の高まりとアメリカの金利上昇を受けて,ドルが全面高となっ
た。その後は,アメリカの金利動向に対応して各国通貨が上下したが,このなか
で,日本・円とイギリス・ポンドだけが,80年末までドルに対し高騰を続けた。
これは,日本・円の場合には,経済成長,相対的に低いインフレ率,経常収支の
改善等のファンダメンタルズが相対的に良好であったこと,イギリス・ポンドの
場合には,北海油田生産の本格化によるところが大きい。
81年の主要通貨の動向をみると,アメリカの金利動向とポーランド情勢が大
きな影響を与えた。8月までは,ドルの全面高が続いたが,この原因としては,
アメリカの高金利の持続,レーガン大統領の経済政策に対する期待,ポーランド
情勢の緊迫化,欧州諸国の経常収支の引き続く悪化,石油需給の緩和を受けた北
海原油の値下げ(約4ドル/バーレル),等が挙げられる。その後,アメリカの金
利が低下したことに伴い,経常収支の改善してきた西ドイツ・マルクおよび9月に
公定歩合を引き上げたスイス・フランが反騰した。日本・円もドルに対し上昇し
たものの,西ドイツ・マルクおよびスイス・フランに対しては弱含みであった。
一方,フランス・フラン,イギリス・ポンドは相場の回復がはかばかしくなく,
EMS参加国通貨間の乖離も拡大したため,10月4日EC蔵相会議において,
西ドイツ・マルクとオランダ・ギルダーの5.5%切上げ,フランス・フランとイ
タリア・リラの3%切下げが決定された。12月に入ると,アメリカの金利が再
び反発したのに加え,12月13日のポーランド戒厳令公布も相場混乱要因とな
り,「有事に強いドル」に対し,主要通貨は一斉に軟化した。その後,毎週発表さ
れるアメリカのマネーサプライの増減に対し,為替相場が過剰に反応しているも
のの,一般的にはドル高傾向が続いている。
(2)為替レート変動の要因
(為替レートの意義とその決定要因)
為替レートは内外経済活動の接点であり,変動相場制の下では,その変動は国
内価格と輸出入価格の相対関係を変化させ,一国の商品の国際競争力にも影響を
及ぼすこととなる。また,生産要素の価格体系の変化を通じ,産業活動や貿易・
産業構造の形成にも大きな影響をもつものである。
為替レートは,経済的な要因のほかに,外国為替市場での心理的要因,政治情
勢等にも影響されて変動する。こうした為替レートの変動に関し,種々の考え方
が主張されており確立された学説はないが,代表的な考え方は第1−3−2表のと
おりである。
(購買力平価で試算した為替レート)
物価(あるいは通貨の購買力)によって,為替レートが決まるという購買力平価
説に基づき,73年第1四半期を基準とした計算値と現実の為替レートの推移を見
てみよう(第1−3−3図)。この試算によると,各通貨とも長期的にみれば,購買
力平価への収束傾向があると言えよう。しかし,購買力平価と現実の為替レート
の問に,ある期間にわたって乖離が続いていることもあり,このような期間につ
いては為替レート変動に関して物価以外の要因が強く働いていることが考えられ
る。
(3)変動相場制とその効果
(変動相場制の効果)
為替レートは,変動相場制下では,各国の国際収支,物価等の経済の基礎的条
件,金利の動向およびこれらに対する見通しや政治的動揺によって著しく変動
しており,また,逆に為替レートが各国経済にも影響を与えるという関係にあ
る。
変動相場制の固定相場制に比べた効果としては,その運営形態によっても異な
るが,一般には,@国際収支調整機能を通じた内外均衡の同時達成,A外貨準備
の節約,Bインフレ波及の遮断,C為替相場設定の恣意的裁量の排除,D資源の
適正配分,E投機の抑制等が挙げられる.
これに対し,変動相場制の問題点としては,@将来の為替相場が不確定であ
るため,貿易取引や長期的な対外投資が阻害される,A国際収支の制約による
歯止めがなくなり,国内経済政策が放漫になるおそれがある等が挙げられてい
る。
当然のことながら,変動相場制の効果にはタイム・ラグが伴うものであり,ま
た,前述のような機能が効果的かつ着実に実現化するためには,各国の節度ある
政策運営の協調や自由な国際取引の下で,為替レートの変動を含め内外環境の変
化に対応して,産業構造
の転換が円滑に進行する
ことが前提とされている
と言えよう。
以下においては,変動
相場制に移行して9年を
経た今日,変動相場制の
効果として大きな期待を
かけられた為替レートの
輸出入数量調整機能につ
いて見てみよう。
(為替レートと輸出入
数量の動き)
為替レートの変動は,
外貨建輸出価格,邦貨建
輸入価格の変化をもたら
すことにより,他国の財
と自国の財との相対的な
関係(相対価格)に変化を
与える。すなわち,自国
通貨が高騰した場合(他
の条件は不変として),輸出面では,外貨建輸出価格が上昇し,他国の財との相
対価格が悪化する結果,輸出数量は減少する。輸入面では,邦貨建輸入価格が低
下することによって輸入数量は増大する(輸出入とも,この変化は時間的遅れを
伴い,自国通貨が下落した場合は逆の変化をもたらす)。ただ,現実には,よく
知られている為替レート変動がタイム・ラグを伴って輸出入数量に変化を与え
る「Jカーブ効果」等も短期的には収支不均衡拡大をもたらすこともある。変動相
場制の持つ輸出入数量調整効果には,このような制約があることを認識すべきで
あろう。
いずれにせよ変動相場制を円滑に機能させていくことが,世界経済にとって重
要である。そのためには,世界経済の相互依存関係が深まっている今日,各国は
他国の経済に対する影響に配慮しつつ,節度ある経済運営を実施することが必要
である。
(4)国際通貨の多様化
(公的準備に占める外貨の増大)
国際通貨問題の一つとして,決済通貨の多様化・準備通貨の多様化が挙げられ
る。貿易等の対外取引を円滑に進め,国際収支赤字の際の支払準備とし,あるい
は為替相場の乱高下に対し適切な対応を行うためには,各国とも国際流動性を保
有する必要がある。世界の公的準備(IMFでは金,SDR,IMFリザーブ・
ポジション,外貨に分類)は,70年代に入り著しく増大してきたが,これは金額
べ−スでみた世界貿易の急速な拡大と軌を一にしている。資産別推移をみると,
公的準備に占める外貨準備の比率は,70年末の48.7%から、81年末には81.0%
に上昇している(第1−3−4図)。
この外貨準備の増加要因は,国によりかなり異なるが,おもに,@貿易取引等
による外貨収入,A通貨当局による
対外借入れである。これらの要因は
世界の経常収支の不均衡によって生
じてきたものである。すなわち,石
油輸出国が経常収支の黒字を外貨準
備の増加という形で吸収する一方,
非産油発展途上国においても経常収
支の赤字をファイナンスする際に,
国際金融市場の貸出し条件が緩い場
合には,赤字ファイナンス需要額を
上回る借入れを行い,将来の支払
準備として外貨準備を積み増すと
いう行動をとることもあるためであ
る。
(外貨保有の多様化)
公的準備のうち外貨の保有が増大しているなかで,各通貨の構成はどのように
なっているかを見てみよう。まず,貿易取引面を見てみると,アメリカの経済的
地位の相対的低下からドルも国際通貨上の地位を低下させており,我が国の貿易
に占めるドル建比率は輸入取引では9割以上であるが,輸出取引では円建比率が
70年の1%弱から81年には81.8%にまで上昇している。また,西欧諸国にお
いては,自国通貨の使用比率はさらに高く,西ドイツの場合,輸出取引の82.3%
が自国通貨建である。(第1−3−5表)。
また,日本・円,西ドイツ・マルク等は世界に占める準備通貨としての役割も
増す方向にある。IMF推計による世界の外貨準備の通貨別構成比では,ドルが
80年73.1%(ドル預託の見返りに発行されたECUをドル準備に加え,金預託の
見返りに発行されたECUを合計額から控除した場合の構成比)と依然中心的地
位にあるものの,73年の84.5%に比較し,その地位を低下させている。これと
対照的に,相対的に強い通貨である西ドイツ・マルク(73年6.7%,80年14.0%)
等の地位が上昇している。
以上の外貨準備に占め
る各通貨の椅成比は,各
年末のSDR建表示であ
るため,対SDRレート
の変動の影響な受ける。
そこで,レート変動を除
去した実質的な外貨保有
動向を見てみると,その
場合でもドルの地位の低
下,西ドイツ・マルク,日
本・円等の地位の上昇が
明らかである。さらに,外
貨の実質保有動向と各通
貨の強弱の関係を見てみ
ると(第1−3−6図),相
対的に強い通貨の場合,
その通貨の実質保有が増
大するという相関があ
る。ドルの準備通貨とし
ての地位の低下は,他の
通貨に比較して相対的に
ドルが弱くなったためと
言えよう。また,この準備通貨の多様化は,79年以降急速に進展しており,実
質ベースでのドルの構成比は,78年87.1%,79年84.4%,80年78.6%であ
り,西ドイツ・マルクは,同7.2%,7.7%,10.9%となっている。
(5)通貨安定のための努力
(国際協調の必要性)
変動相場制の下で保有外貨全体の価値保全を図る等のため,外貨準備の多様化
が進展している。こうした準備通貨の複数化は,資金移動により,為替相場をか
く乱させ,国際通貨情勢
を不安定にさせるおそれ
もはらんでいる。世界貿
易の安定的発展のため
に,国際通貨の安定が不
可欠である。変動相場制
の下で国際通貨の安定を
図るためには,以上のよ
うな最近の情勢も踏ま
え,@先進各国は,それ
ぞれ安定的な経済運営に
努めることによって,経済の信認を高めること,A国際的にも,準備通貨国相互
間の金融政策・為替政策の協調を推進すること,B8DRの役割向上等国際通貨
制度面の改善すること等が要請されている。
ここでは,通貨面からの国際協調について,過去の事例を見てみよう。
れは,ドルの急落に対応して採られたものであり,アメリカ通貨当局が公定歩合の
引上げ等国内金融引締めを図る一方,日本,西ドイツ,スイスの各国通貨当局と
協調してドル下落を防止するため市場介入を行い,またこうした協調介入を実効
あるものとするため,介入資金をIMF引出し,SDR売却,日本,西ドイツ,
スイス各国通貨当局とのスワップ枠の拡大,外貨建債券(カーターボンド)発行に
よって調達した。この結果,ドル防衛策を境にドルは安定し,堅調に推移した
(1−3−7図)。
れは,円相場の安定確保が不可欠であるという観点から採られたものであり,ア
メリカによるドル防衛策と同様に,日本,アメリカ,西ドイツ,スイスの各国通
貨当局が協調して,為替相場安定のための措置を講ずるものであった。
アメリカの連邦準備制度(FRB)は各国中央銀行と為替市場介入に備えて互い
の通貨を預け合う協定(スワップ協定)を結んでいるが(第1−3−8表),現在アメ
リカの為替市場に対する姿勢は,「市場秩序が混乱した時には介入する」というも
のである。しかし,前に述べたような過去の例に示されるように,適切な協調介
人体制は為替相場のかく乱抑制,信
頼回復に寄与するものである。今後
とも,通貨当局問においての連絡を
密にするとともに,適宜適切な協調
体制の維持・強化に努めることが,
安定的な通貨体制の整備を進めてい
くために重要であろう。
(EMSの試み)
その他の通貨安定への試みとし
て,欧州におけるEMS(欧州通貨
制度)を考えてみよう。協調介入体
制が変動相場制内での通貨安定をめ
ざしたものであるのに対し,79年3
月18日に発足したEMSは欧州に
おける通貨安定圏(一種の域内固定
制)につながる通貨協力という性格を持つ。EMSは,@為替市場への介入メカ
ニズム,A介入資金の決済メカニズム,B信用供与メカニズムの3つから構成さ
れている。そして,参加国通貨には,通貨相互間の基準レートの上下2.25%の
変動幅を維持することが求められており,介入点に達した場合には,義務的かつ
無制限の介入を行うことになっている。この介入資金ファイナンスのために,各
国中央銀行相互に金額無制限の信用供与がなされる(また,介入点に達する前の
警報指標として,ECU基準レートに対する最大乖離幅の75%を「乖離の敷居」
とし,この点に達すると予備的な市場介入や国内金融政策の変更等の措置を採る
ことが期待され,必要に応じて当局間の政策協議が開始される)。
EC諸国は地理的・歴史的な理由から経済の相互依存関係がきわめて高いため,
域内通貨安定は,その経済の安定的発展を前提としたECの経済統合に必要不可
欠の条件であったと言えよう。最近の動向をみると,81年10月にEMS発足以来2
度目の多角調整が行われた後,本年2月にベルギー・フラン(ルクセンブルグ・フラ
ン)の8.5%,デンマーク・クローネの3%の各切下げが行われた。このように各通
貨問のレート調整は比較的弾力的に行われているが,EC諸国間のインフレ率等
の経済格差は縮小せず,EMS参加国全体の中央銀行ともいうべき欧州通貨基金
(EMF)創設(当初,本年3月創設予定)も延期され,EMS参加国通貨・経済統合
の面では,いまだ期待される成果を挙げるにいたっていないというのが現実であ
る。
以上みたように,現在まで国際通貨安定のための努力が行われてきているが,
世界経済の相互依存関係の深まっている今日,一国の経済情勢は他国のそれから
無関係ではない。国際協調に配慮しつつ各国が自国通貨の信認を高めるよう節
度ある政策運営を行っていくことが要請されよう。