2.10年を経過した変動相場制
主要先進国が,変動相場制に移行して以来10年の期間が経過した。この間,
変動相場制は,二度にわたる石油危機のインパクト等に対し緩衝機能を果たして
きたが,当初変動相場制に指摘された機能は,必ずしも十分に発揮されなかった
面もあったようにみうけられる。
また,近年変動相場制下の為替相場の乱高下が,企業活動や貿易面へ及ぼす悪
影響も懸念されている。以下,変動相場制移行への経緯と現状および貿易の安定
的拡大のための為替レート安定化の方途等について検討することとする。
(固定相場制から変動相場制へ)
旧IMF体制は,世界で圧倒的な優位を保っていたアメリカ経済を背景に金ド
ル本位制と固定相場制から成り立っていた。アメリカの優位は,ベトナム戦争等
によるドルの流出や,第2章第1節でみたような貿易における国際競争力の相対
的低下を主因として次第に崩れ,60年代には,国際収支赤字拡大と金の保有量の
減少を通じドルへの信認が次第に失われることとなった。70年には,金融緩和
を契機に,短期資本がアメリカから大量に流出し,これが翌年にかけて,盛んな
金交換請求としてあらわれた。このため,アメリカはスワップ発動等ドル防衛に
努めたが,71年8月15日に金・ドルの交換停止と・輸入課徴金の実施等の措
置(いわゆる「ニクソンショック」)をとり,主要各国は,やむなく変動相場制へ移
行した。その後,12月のスミソニアン多角通貨調整により,一時固定相場制に
復帰したものの,為替レートの変動幅が不十分だったこと,アメリカの物価上
昇,国際収支の赤字が続いたこと等もあって,一年余りの短期間で崩壊した。ま
ず,72年6月にポンドがフロートに移行し,ついで,73年1月のイタリアの二
重相場制導入に端を発した通貨不安により,主要通貨はふたたび変動相場制に
移行し,現在にいたっている。
(変動相場制の現状)
変動相場制移行により,世界経済のパフォーマンスが向上したのか否かとの議
論がある。変動相場制移行後の,78〜81年の期間における実質GNP(GDP)
と卸売物価の伸び率をみてみると,固定相場制下の60〜73年に比較し悪化して
いる。
しかし,これを経年的に眺めれぼ,その悪化は石油危機の時期に集中してお
り,変動相場割に移行したためというよりも,二回の石油危機の影響によるとこ
ろが大きいといえる(第2−2−6図)。本来・固定相場制のもとでは,平価変更は,
国際収支の基礎的不均衡に基づいてのみ行われうることとなっていた。しかし,
@現実に生じている国際収支の不均衡が,基礎的原因によるのか否かの判断が難
しく,かつ,平価変更は往々にして政治問題化しやすい,A平価変更に際して
も,均衡平価を事前に判断することは困難である等の理由から,固定相場制下で
は機動的な為替レートの変更は遅延し,最終的にかなり大幅の平価変更を余儀な
くされるという状況が散見された0これに対して,変動相場制下では為替レート
の変更が為替市場を通じて柔軟になされた0このように,変動相場制は,二回の
石油危機等を経て主要国の経済パフォーマンスに大きな相違が生じたなか,国際
通貨体制の安定をもたらす一種のショック・アブソーバーとしての機能を果たし
てきたといえよう。
一方,変動相場制の固定相場制に比べた機能として,当初幾つかのものが指摘
されていたが,為替レートの弾力的変動による経常収支調整機能に関しては,短
期的には「Jカーブ効果」等により阻害される面があり,財政金融政策の自由度
が増すという機能も,一国の経済政策が他国に影響を及ぼす場合がみられるよう
に,必ずしもうまく機能してはいない。また,海外のインフレ遮断機能や,投機
の抑制機能も十分に働いているとはいえない面がある。
なお,変動相場制下における,為替レートの動さを追ってみると,短期的には
金利差等に影響を受け変動するものの,長期的には購買力平価に収束する傾向が
みられることが指摘できる。
このように,10年にわたる変動相場制を通じた効果は,諸々の要因により制
約を受けつつも,国際通貨体制の混乱を回避する一種のショック・アブソーバーと
して比較的良好に機能してきたという積極的な面は評価しうるものの,最近各国
の為替レートの変動幅が大きなものとなっており(第2−2−7図),これが貿易・
経済に及ぼす影響が大きな問題となっている。82年についても,日本・円,イギ
リス・ポンド,フランス・フランはいずれも20%前後も変動しており,輸出入
に従事する企業のコスト削減努力が打ち消される結果となっている。ちなみに,
日本の輸入産業は10%の為替レートの下落により,銅地金の6.99%のコスト上
昇を最高に,軒並み大きな影響を受けることがわかる(第2−2−8表)。為替レー
トの大幅な変動は,輸出入価格の変動による取引きの不安定性の増大や先行き不
透明感による企業の設備投資意欲の減退を招き,長期的にみると合理的資源配分
を阻害して,世界貿易拡大にも悪影響を与えかねない。このような為替変動に対
し,日本の企業は,@為替の先物予約の縮給,A輸出入契約の円連化の促進,
B輸入金融の円シフト,C外貨債権に対するインパクト・ローン等の外貨債務の
導入など,為替リスク対策に努めているが,種々の制約があり必ずしもうまく対
応しているとはいえない面がある。
こうした状況下,各国で貿易を安定的に拡大させるため,為替相場の変動をい
かにして小さなものにしていくかが大きな問題とされるようになってきている。
(為替相場の安定化に向けて)
各国経済の基礎的条件に依然隔たりがあること,70年代を通じて,一般的に
は各国の規制の及ぼないユーロ市場が10倍以上に拡大し,しかも,現在世界の
為替取引の大きな部分が資本関係の取引であるといわれていること等を勘案する
と,現時点で固定相場制への復帰を考えることは現実的とはいえない。
相場安定の試みとしての欧州通貨制度(EMS)は,ある程度成功しているとの
見方もあるが,EC内における経済政策の協調が容易でないこと等から,発足以
来4年間ですでにセントラル・レートを7回にわたゥて調整することを余儀なく
されている。
また,ターゲット・ゾーン制度などが為替の大幅変動を防ぐため論議されたが,
為替相場水準の確定に各国の合意を得ることが難しく,また,投機の標的を市
場関孫者に与えることになり,さらには,経済政策の調整や協調介入の実施につ
いて主要国間で意見が必ずしも一致しているわけではない点も考えあわせれば,
今のところ,ただちにこういう制度を採用することは困難である。このため,変
動相場制の長所を活用しながら,相場の過度の乱高下をいかに防ぐかという問題
こそが重要といえよう。前述のように,為替相場の安定化は,世界貿易の安定的
拡大のために必要不可決な条件である。また,各国相互の依存関係は日々深化し
ており,さらに,一般的には各国の規制の及ぼないユーロ市瘍の存在等を考える
と,各国の協調なしに為替相場の安定化はありえないといえよう。
最近,必ずしも各国のファンダメンタルズを反映しない為替相場が出現して
いることにかんがみ,各国が協調してマクロ経済運営を行い,その結果として,
為替相場がファンダメンタルズを反映するようになることが望ましい。為替相場
を安定化させるためには,中期的な観点から各国が経済政策の調和を図り,ファ
ンダメンタルズの格差を締小していくことが必要である。そのためには,各国が
今後とも,インフレなき持続的成長の達成をめざしていかなければならない。
また,各国の経済実体を必ずしも反映しない相場の乱高下や行き過ぎに対して
は,各国通貨当局が単独で,または必要に応じ他国と協調して為替市場に介入す
ることも必要である。為替市場への介入については,サミット参加7か国の大蔵
省,中央銀行の専門家からなる作業部会の報告書が83年4月29日に公表され
た。同報告書の公表に際し,サミット参加国の蔵相,中央銀行総裁およびEC代
表により,「介入スタディについての共同声明」が採択されたが,同共同声明にお
いては,短期的介入の有効性,および限定的ではあるが合意が得られた際の協調
介入の実施の可能性につき合意が得られた。また,5月上旬のOECD閣僚理事
会では各国間に強力な経済的リンケージがあるため国際的な貿易,通貨金融体制
を強化するための政策形成において各国は共同責任を有していることが認識され
た。このように,貿易と金融の連携の重要性が高まるなか,OECD閣僚理事会
に引き続き,初の貿易・大蔵大臣会合が開かれたことは評価されよう。これらを
受けて,6月下句のウィリアムズバーグ・サミットでは,各国の経済情勢の調和
と為替相場の安定のため,為替市場に影響を与える諸政策や市場の状況に閑し密
接な協議を行い,各国の個別行動の自由を保持しつつ,有益であろうと合意され
た場合にすすんで協調介入を行う用意があることが宣言されている。