3.円安に推移した為替レートとその影響


以上のように,経常収支が大幅な黒字を計上したにもかかわらず,米国高金 利等を反映したドルの独歩高,内外金利差を反映した長期資本収支の大幅赤字 等を背景に,82年中の円対ドルレートは,ほぼ一貫して下落し,年中平均レー トは248.26円となった。
以下では,82年中の為替レートの動向とその背景および為替レートが国内経 済,貿易・国際収支等マクロ経済に与えた影響についてみることとする。

(1)為替レートの動向
82年の円相場は,年初の1ドル218.20円(東京インターバンク市場直物中心 レート)からほぼ一貫して下落を続け,11月1日には277.65円と約5年半ぶりの 安値を記録した。その後,円相場は,11,12月と急速な回復を示し,結局1ド ル235.00円で越年した。なお,83年以降は,おおむね230円台で推移している (第3−1−13図). 以下では,こうした円相場の動向を,@米国金利の高止まりによる大幅な内外 金利差を背景として円安が続いた6月までの局面,A米国金利の低下等による内 外金利差縮小にもかかわらザ,円安が続いた7月以降11月初までの局面,B11 月初以降の円高局面の3つに分けてみることとする。
@82年初以降6月末にかけての円相場は,4月央から5月央にかけての米国 金利の軟化を受けて一時的に回復を示したものの,ほぼ一文して下落した。こ れは,(i)米国金利の高止まりにより内外金利差が依然大幅であったこと,(A)1 月末のアメリカ予算教書における財政赤字が一層拡大するとの見通しが,米国 金利先高感をもたらしたこと,(B)内外金利差を背景としてわが国の長期資本収 支の赤字幅が拡大したこと等によるところが大きいものと考えられる。
こうした状況下,通貨当局は,円安に対処する観点から,矩期金融市場にお けるきつ目の調節および機動的な円買い,ドル売り介入を行った。
A その後,7月から11月初にかけては,5回にわたるアメリカ公定歩合の引
下げ等により,米国金利が6月下旬をピークに低下した一方,国内金利が安 定的に推移したため,内外金利差は縮小傾向をたどった。しかしながら,円相 場は,こうした内外金利差の縮小にもかかわらず引き続き低下を示し,11月 1日には,277.66円と77年6月以来約5年半ぶりの安値を記録した.この 背景としては,(i)長期金利格差は,縮小したとはいえなお大幅であったこと,

(A)7月30日にアメリカ政府が財政赤字が一層拡大するとの見通しを発表し(前
掲第1−1−16表参照),その後の米国金利の動向に対する不透明感が強まった こと,(B)なお大幅な内外金利差等を反映して,わが国の長期資本収支の赤字が 依然続いたこと,(C)メキシコなどの中南米諸国の債務累積問題の顕在化等国際 金融情勢に対する不安感から,「有事に強いドル」が選好されたこと等によるも のと考えられる。
B11月に入ると円相場は急速な回復を示したが,これは,(i)内外金利差が著し い縮小を示したこと,(ii)FRBが,第6次および第7次の公定歩合引下げ(11 月22日,12月14日)の背景説明に「経済活動の停滞への配慮」をあげたこと等 により,米国金利先安感が強まったこと,(B))わが国株式市況の回復等を背景 に,82年9月以降,わが国の長期資本収支の赤字幅が急速に縮小し,11月に は1年ぷりの黒字を計上したこと,(C)アメリカの経常収支が,貿易収支の悪化 により,第3,4四半期には大幅な赤字を計上したこと(前掲第1−1−3表参 照)等によるものと考えられる。こうした円高局面は,88年1月央まで続いた ものの,その後は,おおむね230円台で一進一退の動きとなっている。

(2)為替レート変動の特徴
以上のように,82年中の為替レートは,80,81年に引き続き,基本的には米 国高金利等による内外金利差,長期資本収支の動向等を反映した動きを示した。
ここで,今回の円安局面(81年第1四半期〜82年第4四半期)を過去2回の円安 局面(73年第3四半期〜75年第4四半期および78年第4四半期〜80年第1四半 期)と比較すると,前2回の円安局面が,二度の石油危機を契機とした大幅な経常 収支の赤字によりもたらされたのに対し,今回の経常収支黒字下の円安局面は, 米国高金利を反映したドルの独歩高,内外金利差の拡大を背景とした長期資本収 支の大幅な赤字等によりもたらされたものであると考えられる(第3−1−14図)。
為替レートが,このように経常収支の動向よりも内外金利差,資本収支の動向 等に相対的に敏感に反応したのは,@F又Bが新金融調節方式に移行して以来, 米国金利が大幅な変動をみせながら高水準に推移し,これが内外金利差を拡大し たこと,Aオイルマネーの増大等を背景に国際金融市場が拡大し,それにともな い世界的に資本取引規模が拡大するなかで,80年の対日証券投資の増大にみられ るように,わが国をめぐる資本取引も活発化したこと,B国際政治経済情勢の動 きが流動的とみられたこと,Cわが国の資本自由化が着実に進展し,80年12月 の「外国為替及び外国貿易管理法」施行により,資本取引が原則自由となったこと 等があげられよう。

(3)為替レート変動の影響
82年中の円レートは,米国高金利によるドルの独歩高および内外金利差を反映 した長期資本収支の動きを反映したものとなったため,貿易・経常収支を均衡さ せる水準よりも過小評価された水準を示した.第3−1−16図は,75年第1四半 期を100とする実質実効レートの推移をみたものであるが,82年初以降,円レー トは過小評価されていることがわかる。世界経済の回復傾向がなお緩やかなもの にとどまっている現状で,わが国が摩擦を回避し,調和ある国際経済関係を構築 していくためには,外需依存の経済成長を避けることが至上の課題であるが, このようななかで,為替レートの下落は,交易条件の悪化により実質所得の海 外流出をもたらし,ひいては, 内需の回復を遅らせ,景気の回 復を阻害することとなる。さら に,今回の円安局面のように, 貿易・経常収支黒字の下で,円 の過小評価が続く場合には,為 替レートの下落は,貿易収支の 黒字幅の一層の拡大をもたら し,対外経済関係にもさまぎま な問題をもたらすこととなろ う。
以下では,今回の円安が,国 内経済,貿易等に与えた影響に ついてみることとする。

(交易条件の悪化,実質所得
の減少)
為替レートの下落は,基本的 には,円建輸入価格の上昇をも たらし,交易条件を悪化させ る。さらにこうした交易条件の 悪化は,実質所得の海外への流 出をもたらし,個人消費を中心 き に国内民間需要を減少させるこ
ととなる。
82年においては,交易条件 は,海外一次産品市況の軟化等 により若干の改善を示し,結果 的には,実質所得を増加させる 方向に働いたものの(前掲第3− 1−8図),円安による交易条件引下げ効果が大きく,これが,個人消費回復を緩 やかなものにとどめた一つの要因であったといえよう(第3−1−16図)。
(貿易収支の黒字化)
為替レートの下落は,国内需要を減少させる一方,短期的にはドル建輸出価格 の低下により輸出額を減少させ,貿易収支を赤字化させるものの,中長期的にほ ドル建輸出価格の低下,円建輸入価格の上昇を通じて輸出量の増加,輸入量の減 少をもたらし,数量面から貿易収支を黒字化させる。
82年において,為替レート変動が貿易に与えた影響をみると,81年第4四半 期の円高による数量面からの収支悪化効果と,82年第1,第2四半期の円安に よる価格面からの収支悪化効果から,年央には円レート変動は貿易収支赤字化の 方向に働いたが,その後は,黒字幅拡大の方向に働いている。
なお,為替レート下落にともなう輸入価格の上昇は,国内物価を押し上げる効 果をもつが,82年においては,前にも述べたように円安により輸入物価が前年 比7.9%上昇したにもかかわらず,需給ギャップの拡大等により,結果的に,国 内物価は落ち着いた動きを示した。
(金融政策に対する制約)
以上のように,基礎的諸条件から乖離した為替レートの下落は,国内物価を押 し上げるとともに,内需の減少,外需の増加を通じて外需依存の経済構造をもた らし,貿易収支の黒字幅を拡大させる方向に働くこととなる。こうした観点か ら,金融当局は,82年3月から夏場にかけて,短期金利の高め誘導を行い適度 の円安防止に努めたが,一方で,このように,金融政策が対外要因に制約された ことが民間住宅投資や民間設備投資の停滞に一部影響を与えているものと考えら れる。
前述のように,わが国経済は,現在,国内景気が総じて弱含みに推移し,また, 大幅な貿易黒字を計上するなどさまざまな問題に直面しているが,こうした情勢 下では,対外的にも対内的にも,円高方向での為替相場の安定が実現されること が,金融政策の機動的運営を通じ,内需拡大および調和ある対外経済バランスを 達成するうえでも,望ましいといえよう。

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