2.円相場の変動要因
先に見たとおり,85年9月のプラザ合意以来,我が国は急速な円高を経験し
た。ここでは,このような為替レート変動をもたらした要因について,為替相場
の決定理論の一つとして考えられ得るアセット・アプローチの立場から検討して
みたい。
80年代に入り,各国間の資本取引が活発化し,国際金融・資本市場の規模が拡
大する中で,ストックとしての内外金融資産の予想収益率が等しくなるように
内外資産を保有しようとする市場参加者の資産選択行動の影響を強く受け,為替
レートが少なくとも短期的には外貨建て資産の需給関係に大きく左右される傾向
にある。
内外金融資産の予想収益率は,基本的には内外金利差及び外貨価値を表わす為
替レートが将来どれだけ変化するか(為替レートの予想変化率)によって決まると
考えられる。つまり,相対的に外貨建て資産の金利が低下すれば,外貨連て資産
に対する需要が減少して外貨安(円高)となる。また,将来の為替レートに対する
予想が外貨安(円高)となれぼ,将来の外貨建て資産価値が減少することから現在
の外貨建て資産に対する需要が減少し,現在の為替レートが外貨安(円高)となろ
う。こうして,外貨建て資産の需要と供給が均衡する水準に為替レートが決定さ
れるという見方が考えられる。
なお,外貨を保有することには為替リスクが伴うことから,外貨立て資産の需
給が均衡するためには,為替リスクを負担することに対する報酬(リスク・プレミ
アム)分だけ現在の外貨価値が低下
していなけれはならない。したがっ
て,我が国の経常黒字の累積による
外貨建て資産最高の増大,為替レー
トの変動幅の増大等は,為替リスク
を拡大させ,外貨安(円高)要因とし
て働くと考えられる。
このような考え方に基づいて,プ
ラザ合意を境に大きな変化を見せた
80年代の円相場の変動要因を分析
してみよう(第1−5−6図)。まず,
市場参加者の為替レートに対する長
期的な予想の一つの基準になると
考えられる長期均衡レートとしての
購買力平価に関しては,我が国の物
価がアメリカの物価に比べて相対的
に安定していたことから,一貫して
若干の円高要因となっている。ま
た,我が国の累積経常収支で表わさ
れる外貨建て資産残高は,近年の巨額の経常収支黒字の継続により増加してお
り,総じて円高に寄与している。これに対して,内外金利差(アメリカの金利−
我が国の金利)は,84年半ばまで,金利差の拡大傾向を反映して円安要因として
働いた後,85年半ばからは,金利差の縮小を反映してかなりの円高要因になっ
たものと思われる。さらに,経常収支赤字体質の定着,経済成長率の低下等アメ
リカ経済のファンダメンタルズが変化する中で,プラザ合意を機に市場参加者の
為替レート予想が大きく円高に変化したこと,及び,プラザ合意以降の為替レー
ト変動が外貨立て資産の保有に伴う為替リスクを再認識させたことは,外国為替
市場に強い円高圧力をもたらしたものと考えられる。
経済の基礎的な諸条件が徐々に変化していく限り,長期的には為替レートもそ
れに応じて変化するであろう。しかしながら,経済ファンダメンタルズに関する
ニュースや通貨当局者の発言等により,市場参加者の為替レート水準に対する予
想が短期的に大きく変化すれは,為替レートの乱高下が生じることになる。今
後,為替レートの安定を定着させていくには,こうした市場参加者の予想の振れ
を極力排除することが必要であり,そのためにも各国の政策協調の推進と,着実
な不均衡の是正が不可欠であると言えよう。