ネット関連ビジネスにおけるADR(裁判外紛争処理)について

 

●「ADR」という言葉をご存じですか? これは Alternative Dispute Resolution の略で、我が国では「裁判外紛争処理」という訳語が充てられています。

*英語では "Out-of-Court Dispute Resolution" (法廷外紛争処理)という用語が用いられる場合もありますが、厳密に言えば、法廷(裁判所)においても「裁判」という形でない紛争処理の判断は行われていますので、ここでは「裁判外紛争処理」という言葉を用います。

●ネット通販(オンライン・ショッピング)で、消費者が何らかの不満を有した場合には、どうすればよいでしょうか? 不満の内容にも拠りますが、まずはその取引の相手方である事業者(オンライン・ショップ)が消費者の苦情に誠実に対応することが必要になります。

・ 消費者から支持されるオンライン・ショップを実現するためには、リアルの店舗以上に顧客からの質問・苦情に対して迅速かつ丁寧に対応する必要がある、という指摘も多くなされています。

・ しかしながら、コミュニケーションの行き違いや、取引ルールが十分に定着していないことから、思わぬトラブルに発展したり、嫌気のさした消費者がネット通販から遠ざかったり、あるいは事業者がいわゆる「クレイマー被害」に遭ったり、という可能性もあります。

●これまで、消費者取引に関わる苦情処理については、事業者との直接のやりとり以外にも、業界団体や消費者センター等による「消費者相談」が実施してきました。トラブルが深刻化してしまった場合には、どうすれば解決できるのでしょうか?

・ 消費者取引は、大部分がいわゆる少額取引ですし、消費者には十分な法律の知識はありません。また、わざわざ法廷の訴訟プロセスでこれを処理するのは、時間的にもコスト的にも現実的ではありませんし、法律的知識の乏しい消費者にとっては精神的な負担(「敷居」の高さ)も気になります。

・ ネット通販に限らず、近年、消費者関連トラブルの解決に有効であると期待されているのがADRです。

・ 諸外国では、既に中立的・専門的な立場の第3者が双方当事者の間に立って、双方の主張をよく聞きながら解決案を提示したり、拘束力のある判断を下したり、といった活動が行われており、これをネット通販の世界にも応用しようという試みが広がっています。

●昨年末に公表されたOECDの「電子商取引に関する消費者保護ガイドライン」においても、消費者向け電子商取引におけるADRの有効性とその構築の重要性が指摘されています。

 

《参考1》 「電子商取引に関する消費者保護ガイドライン(OECD)」
             (関連項目抜粋)

・Consumers should be provided meaningful access to fair and timely alternative dispute resolution and redress without undue cost or burden.

・(仮訳) 消費者にとって、不当な費用や負担を伴うことなく、公正かつ迅速な裁判外紛争処理・救済への意味あるアクセスが提供されるべきである。

 

●ADRは、いわゆる裁判による紛争処理と比較して、以下のメリットがあるとの指摘がなされています(勿論、ADRであれば全てが以下のメリットを有する訳ではなく、これらを満たすメカニズムの構築が可能、ということです)。

@低コストで迅速な解決が可能
A対立的でなく相互の合意に基づく解決が可能
Bプロセスを対外的に開示しないので個人情報の保護が可能
C法律のみならず、様々な状況を反映した解決が可能
D法律家のみならず、当該分野に関する専門家の参画が可能
E国境をまたぐトラブルについても、適切なルールを設定することにより適切な処理が可能

・ また、ADRという「事後的」なトラブル解決・救済の手段が充実すれば、厳しい「事前規制」を課することなく消費者の保護が達成されることになります。これは技術進歩の早いネット通販等の分野では大きなメリットと言える、との指摘もなされています。

・ さらに、ADRによる事例(経験)の蓄積と公開により、事業者・消費者への啓蒙と紛争の未然防止が実現されるとともに、将来へのルール構築の「基礎」となることも期待されます。

●本年6月6日(火)・7日(水)、米国政府(公正取引委員会:FTC(Fair Trade Commission)及び商務省:DOC(Department of Commerce))主催の「ボーダーレス・オンライン市場での消費者取引におけるADRに関するワークショップ」が開催され、通産省からも、担当者がパネリストとして参加しました。そこでの議論や、ADRに関する現時点での国際的な議論の概要について、以下に紹介します。

http://www.ecommerce.gov/adr

 

(1) ADRとは何か? なぜ電子商取引(特に国際越境取引)で有効か?

●「訴訟以外のプロセスによる民事紛争解決手段」をADRと呼び、企業(販売事業者等)内部の苦情処理システムから、第3者による斡旋、調停、仲裁まで多様な形態を含む。

 

《参考2》
・斡旋・・・一般には、うまく進むように間に入って世話をし、とりもつこと。

・調停・・・種々の紛争について第3者が当事者間を仲介し、その紛争の解
              決を図ること。当事者が合意に達することによって解決が図られ
              る。和解や示談と異なり、公平中立の公的機関がその仲介を行
              う。仲裁と異なり、調停案は当事者を拘束しない。

・仲裁・・・一般には、当事者の合意に基づき第3者の判断によってその当
             事者間の紛争を解決すること。調停と異なり第3者の判断が当事
      者を拘束する。

*「法律用語辞典(有斐閣)」より抜粋。なお、これらの用語については、法律によって特別な規定がおかれる場合もあり、また、国によっても異なる解釈がなされることが多い。

●ADRが電子商取引(特に国際越境取引)において注目されている主な理由は、以下のとおり。

@国際越境取引に係る紛争についても現実的な処理が可能
A法廷外で行われるため、迅速で低コストの解決が可能
B個別当事者のプライバシーの保護が可能
C法律家以外の専門家の参画が可能。また、現実的で当事者双方の合意に拠る解決(非対立的)が可能。

(注 : ABCは、電子商取引分野に限らず一般的なADRのメリットであるが、自主規制やオンラインマークが広く利用される電子商取引の分野では、それらの実効性を高める上でADRは有効との考え方を示す見方が相当数ある。@については、特に国際越境取引の場合においては準拠法や裁判管轄の問題がある、訴訟が現実的な解決手段となりにくいことからADRが有効との考え方を示す見方が相当数ある。)

 

(2) 既存のADRの実例

●BBB Autoline(自動車保険関係:米国BBBが実施)

・ 年間3万2千件の紛争を処理。
・ プロセスは以下のとおり(8割は調停までのプロセスで解決)。
  −消費者の苦情を受付け、まずは電話での斡旋を実施。
 −斡旋で解決しない場合、調停人が調停プロセスを開始。
 −調停が不調の場合、仲裁者を選定し、BBB地方支所でヒアリングを実
     施。必要に応じて、技術的検査や実地検査も実施。
 −仲裁判断を提示。消費者が受け入れた場合(本制度の下では、消費者
      が仲裁判断に従うかどうかは任意)、当事者双方を拘束。
・ 調停人/仲裁人は、有識者等からBBBが選定し、プール。

 

《参考3》 我が国におけるADRの具体例・・・(財)交通事故紛争処理セン
      ターの実施している交通事故紛争に係るADR

・交通事故当事者を対象(全体の85%が被害者側の利用)。
・同センターが、当事者の依頼に基づき、相談・斡旋(嘱託弁護士による)及び裁定(相談・斡旋での示談が成立しない場合。審査員による)を実施。
・自賠責保険の保険料運用益で運営。利用は無料。
・損害算定基準・過失相殺基準等の蓄積が豊富で、迅速な解決が可能。

《参考4》 我が国におけるADRの類型

@司法型・・・・民事調停、家事調停
A行政型・・・・公害等調整委員会、都消費者被害救済委員会等
(行政関与型)国民生活センター、消費者センター、PLセンター等

B民間型
   a.中立型・・・・弁護士会仲裁センター、交通事故紛争処理センター、
                      国際商事仲裁協会等
   b.業界団体型・・業界別PLセンター、日本商品先物取引協会、
                          日本通信販売協会等

(注)この分類は、一般的に使われているもののひとつであり、この考え方以外の分類もありうる。

 

(3) 消費者向け電子商取引におけるADRへの取組

●BBB Online(インターネット通販関係:米国BBBが実施)
・ "Online Privacy Program" (プライバシー保護)及び "Online Reliability Program" (消費者の信頼構築)の2種類のシール・プログラム(オンラインマーク制度)及びその一環としてのADRを実施。
・ いずれのマーク制度も、BBBの設定したガイドラインを遵守する企業にオンライン・マークの表示を認可。
・ マーク取得企業について、消費者からの苦情に基づき、BBB Autolineと同様のプロセスで紛争を処理するADRを運用。

●クレジット・カード事業者によるチャージバック・メカニズム
・ 消費者からの申し出に基づき、事業者からの return of atransactionをカード発行会社が行うもの。
・ 米国等においては、いわゆる「50$ルール(カードの不正使用の場合に、カード名義人の負担額は50$を上限とする)」を法制により担保 (Truth Lending Act, Electronic Fund Transfer Act)。

●紛争解決ビジネスによるオンラインADR
・ 様々な企業が、インターネット接続プロバイダーやオンライン・オークション事業者と契約して、消費者取引の紛争解決を実施。
・ 多くは、独自のガイドラインを設定し、そのガイドラインの遵守を行う事業者にオンライン・マークの使用を認可。
・ 紛争の際に、第3者による調停・仲裁を実施する(調停・仲裁のための当事者とのやりとりは、オンラインとオフライン(電話・対面)を併用。また、一部では調停・仲裁案の提示を自動化しているものもある)。

●我が国においても、(社)日本通信販売協会及び日本商工会議所が実施している「オンライン・ショッピング・トラストマーク」制度の中で、消費者からの苦情処理を実施。内容は、消費者からの苦情を事業者に伝えるとともに事業者の説明を消費者に伝えるもので、調停案の提示や仲裁といった活動は行わないが、これもADRの一形態。

 

《参考5》 「オンライン・ショッピング・トラストマーク」制度の中で提供さ
            れているADR

・上記マーク付与の審査基準の一つとして「消費者相談窓口の設置と開示」が挙げられており、事業者は、マーク使用契約に基づきマーク審査機関((社)日本通信販売協会・日本商工会議所)による紛争処理に応じる義務を負う。
・消費者からの苦情に適切に対応しない事業者は、上記契約に基づき、マークの使用の権利を失うことがある。

 

(4) 消費者向け電子商取引におけるADRの課題

●FTC/DOCワークショップの場においては、適切なADRメカニズムを構築するためには、以下の課題をクリアすることが必要ではないかとの指摘が多方面よりなされた。

《消費者にとってのアクセス容易性》

・ 消費者が簡単に当該ADRプログラムの存在を認識し、利用に際して容易にアクセスできることが重要。
(ADRは、オンラインマーク制度の実効性を高める手段として有効であると同時に、マークは、ADRの利用可能性を消費者に判りやすい形でアピールするためにも有効である。)

《低廉なコストと迅速な解決》

・ 消費者にとっては、無料ないしは極めて低廉なコストで利用できることが重要。(オンライン消費者取引は少額取引)
・ 短期間での解決が可能なことが重要。

《ADR実施機関の独立性と判断の中立性》

・ ADR実施機関は、その判断の中立性を維持するために、双方当事者から独立であることが重要。(ただし、ADR利用に係る消費者のコスト負担をゼロないしは極めて低廉なものとするためには、ビジネス側からのコスト徴収が必要となり、中立性と如何にして両立させるかが課題。)

《公正性及び調停・仲裁人の能力》

・ 調停・仲裁の判断は、公正かつ衡平に行われることが重要。
・ 経験豊かで、能力が高く、公正な調停・仲裁人が必要。

《ディスクロージャーと予見可能性》

・ ADRプロセスの内容、過去の紛争解決の事例、利用に際しての条件等が、消費者に対して判りやすい形で、事前に情報開示されていることが重要。

《実効性の担保》

・ 調停・仲裁判断が確実に実施されることが重要(特に国際越境取引の場合にこれを担保することが必要)。

《言語・文化の相違への対応》

・ 特に国際越境取引に係るADRの場合、言語や文化の相違への十分な配慮がなされることが重要。

《オンラインかオフラインか》

・ 定型的なトラブルを迅速・低コストで解決するためには、調停・仲裁のやりとりをオンラインで行えるようにすることが有効。ただし、当事者の主張をよく把握するためには、対面や電話等のオフラインのやりとりも必要。

《訴訟プロセスとの関係等》

・ ADRの活用を任意のものとするか、義務付けるか、また、ADRによる判断を binding(拘束力有り)なものとするか、裁判の前置プロセスとしてADRを不可欠と条件付けるか、等の点で様々な議論あり。

●事業者・消費者・政府の役割

・上記の条件を満たすADRメカニズムの構築を実現するため、適切なガイドラインの設定等が必要ではないか、また、進んで法制・制度面の整備も必要ではないか、との議論あり。

 

(5) 今後の国際的な議論の展開

●今年7月のAPECの電子商取引消費者保護ワークショップ、今年9月のOECD消費者政策部会での議論(OECDガイドラインのフォローアップ)、GBDe会合、12月のハーグ国際私法会議・ICC(国際商工会議所)・OECD共催のADRワークショップ等の機会を通じて、今後とも国際的な議論が継続される見通し。

 

《参考文献》

・ FTC/DOCワークショップの概要(英文)
  (http://www.ecommerce.gov/adr

・ NBL689号・690号(商事法務研究会)
  「インターネット社会とADR(上・下)」
 ・・・・・・亜細亜大学助教授 町村泰貴

・ 知的財産研究所「知的財産分野における裁判外紛争処理のあり方
   についての調査研究報告書(1999)」175頁 『情報ネットワーク上
   のADR』・・・・・・澤井啓

・ JCAジャーナル45巻10号56頁(1998)
 「インターネットと仲裁」・・・・早川吉尚

・ JCAジャーナル44巻8号2頁(1997)
 「インターネットを巡る紛争の解決」・・・・澤井啓

・ JCAジャーナル47巻3号28頁(2000)
  「国際仲裁における『仲裁地』の虚構性について」・・中村達也

 

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