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産業技術メールマガジン/技術のおもて側、生活のうら側 第88号
◆技術のおもて側、生活のうら側 2015年10月29日 第88号
こんにちは。ご愛読いただき、心より感謝いたします。
このメルマガでは、身近な生活シーンから、社会生活に密着した産業技術を生活者の目線で紹介していきます。私たちの暮らしを支える産業技術を身近に感じていただければ幸いです。
磨きの「技能」と「計測」の力で宇宙の謎に迫る
横浜、京浜東北線根岸駅から徒歩10分程度、川岸の釣り宿のそばの住宅街の中に、その会社はある。有限会社岡本光学加工所(神奈川県横浜市磯子区)、社員数65名。
事業内容は、レーザー光学装置や半導体装置等の心臓部となる、ガラス製超精密光学素子の加工である。光を精確に操るために必要な「平面」「平行」を限りなく追究し、歪みのない面形状を磨き上げていく。曲面も扱うが微細な部分に着目すると平面の応用のようなものなのだとか。
すばる望遠鏡(ハワイ、マウナ・ケア山)や小惑星探査機「はやぶさ」にも、岡本光学加工所が加工した光学部品が採用されたそうだ。
単結晶シリコンから1キログラムの真球(に限りなく近いもの)を作るといった仕事もしている。国内では同社のみが作成可能という。
中核となっているのが、「磨き」の技術だ。
「磨き」自体は、回転する軸の上に研磨盤をセットし、研磨剤を加えた液体を流し、削りたい素材を押し当てて削っていくというシンプルな作業である。職人が小さな部品を手で削ろうが、自動制御の直径4m以上の研磨装置の上で1辺が1m位ある四角い素材を削ろうが、基本的な仕組みは同じである。
研磨盤は、ピッチという粘弾性のある物質であり、同社内で、磨かれる素材等に合わせて調製(融解-固化-整形)される。表面には格子状の溝が刻まれる。ピッチの組成や表面の模様の微調整などには、職人の経験に基づく「こつ」が盛り込まれている。研磨板への素材の当て方、圧力のかけ方も職人の感覚に基づく。
同社は、「技能」を磨き上げ「職人」を育成することを重視している。岡本代表取締役によると、「技術」は文字による記録が可能だが、「技能」はそれぞれの職人が自らの能力で編み出した「こつ」を積み上げたものであり、継承できなければ途絶えてしまう。だから、「技能」を継承していくためには、師匠のもとで習得するか、見て、感じて、盗むしかない。
「技能」を継承するには、動機付けが重要なのだと岡本代表取締役は言う。この部品の平面が何に使われるのかを知り、なぜその性能が求められるのかを理解すると、達成に向け工夫する意欲が生まれる。ここから「こつ」が生まれ、会社の資産に加えられていく。作業は、基本的にベテランと若手のペアで行われる。20~30歳代前半と思われる若い社員が多かったのが印象的であった。
しかし、大企業も含めて光学系の高い技術を持つ会社が国内に多数ある中で、同社が活躍している理由は他にもありそうだ。
同社の設立は昭和17年。前身は、木材商だったそうだ。他分野からの参入であり、自由な発想で「やってみよう」というのが当初からの社風であったという。
創業時は当時の海軍指定工場として「六分儀」と呼ばれる航海計器の光学部品の製造から始まった。昔は、職人の手で、ガラス、セラミックや金属などを磨いて、レンズをはじめとした様々な部品に加工していたそうだ。例えば、ビデオカメラがアナログで、真空管(真空撮像管)を使って光を電気信号に変えていたころ、画像を電気信号に変換する膜を蒸着するための受光部ガラス面の研磨を行っていた。傷や歪みがあると画像に影響し製品の性能に直結する。
一方で、固いもの、もろいもの、傷が付き易いもの、磨きにくい形状のものなど、フラットな面を出すのが難しい素材、他社が引き受けなかったものなどの研磨を、単発で受注してきた。
次第に、大量生産から、難しいものに取り組む方向へ、レーザー技術の開発、宇宙用の光学機器、核融合技術開発向けの実験装置など、いわば1点ものの加工を受注する方向へ転換してきた。
その根幹を支えているのが、昭和35年頃から始まった大阪大学のレーザー研究との協力関係である。
これにより、世界の光学系の研究開発や技術開発動向の情報が得られるようになっただけでなく、最先端の「計測」技術が導入できた。
同社の計測技術は、世界最高レベルの研究を行っている大阪大学のお墨付きである。表面の滑らかさの程度が高くなるほど、計測が難しく誤差も大きくなり、その精確さを科学的に証明するのが困難になる。大阪大学との連携を通じて、同社の検査技術は高度に保たれ、その数値は、世界に通用する。
さらに、関係分野の国際学会に社員を派遣したり、海外のメーカーと組んで情報収集したりと、国内ばかりでなく海外も念頭に事業展開を行っている。
2014年から、日本、アメリカ、カナダ、中国、インドの5カ国共同プロジェクトとして、ハワイ、マウナ・ケア山頂にTMT(30m光学赤外線・次世代超大型望遠鏡)の建設が開始された。492枚の六角形の鏡を組み合わせて有効径30mの望遠鏡が形成される。
同社は、国際協力事業の一部として鏡を整形する作業を担当し、素材となる特殊なガラスから、それぞれの鏡の形を削り出す作業を行っている。作業効率を上げるために、加工しながら形状や各部の厚さを測ることができる加工計測装置を新たに開発し、順次、加工を進めているところだ。
TMTの完成は、2020年代の予定だが、完成すると、ハッブル宇宙望遠鏡を10倍以上上回る解像度を実現するという。太陽系外惑星の探索や宇宙初期の天体の成り立ちの解明などが期待されているそうだ。宇宙の謎の解明に向けて、同社の「技能」と「計測」の力を存分に発揮してもらうことを期待したい。
取材協力
有限会社 岡本光学加工所 代表取締役 岡本 隆幸
技術のおもて側、生活のうら側について
発行:経済産業省産業技術環境局産業技術政策課 担当/執筆:藤河、木村、田部井
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