100選運営委員・サポーターに聞く!
~ダイバーシティ経営の実践~

対談最終回のゲストは、『ダイバーシティ経営企業100選』運営委員で早稲田大学大学院商学研究科教授の谷口真美氏と、(株)ニッチモ代表取締役であり雇用ジャーナリストでもある海老原嗣生氏。ダイバーシティ経営を推進している日本企業が抱える問題点と、その処方箋となり得る企業の仕組みづくりのポイントをお聞きしました。

ダイバーシティ経営は
社会貢献や福祉目的の施策ではない

――お二方とも、今の日本企業においてダイバーシティ経営の根本的な考え方に誤解があるとお考えのようですが、それはどういった部分なのでしょうか?

谷口
私が危惧しているのは、ダイバーシティ経営が社会貢献や福祉目的のためのものという誤解です。家庭の事情がある、時間的な制約がある、外国人だ、障がいがある――。そのために、日本企業の多数を占めている、日本人の男性正社員と同様に働くことが難しい人たちを対象とした社会貢献または福祉施策だと一部では考えられているのでは、と感じています。
海老原
経営戦略ではないと。
谷口
はい。企業の社会貢献という意味合いで考えて、倫理的に「やらなければならないからやる」という意識になってしまっている。そうした発想の企業では、人材活用の方法が量的拡大だけに向かってしまうんです。

――採用人数を増やそうとするということですか?

谷口
はい。さまざまな福利厚生制度を設けたり、働きやすい環境を作ったり。それ自体は悪いことではありません。ただ、量的拡大を進めるあまり、ダイバーシティ経営本来の目的である“人材の質的活用”ができなくなってしまうことが問題なんです。

――例えば「本当は男性がよいけれど、女性も働かせなければ」という考え方では、その人材の能力を活用できないということですね。

谷口
ダイバーシティ経営には、自社ビジネスの見直しや新規市場へのアプローチ、あるいは変化するビジネス環境への対応という視点があるべきです。多様な人材を活用することで新しい視点が加わり、その結果新しい市場が開拓できる。それがダイバーシティ経営の醍醐味なのです。しかし、そこまで理解したうえでダイバーシティを推進している日本企業は多くありません。日本企業はまず発想の転換をしなければいけないでしょう。

――では障がい者に関してはどうでしょうか。

海老原
障がい者雇用に関しては、量的拡大はしているのですが、中身はともなっていません。例えば法定の障害者雇用率の未達成企業率は、40%を切る程度の漸減にとどまっています。雇用率は改定前目標の1.8%にまだ届いていません。こうした数字面もさることながら、本当に彼らを戦力化しようと考えている企業はまだ少ない。つまり中身の部分はもっと問題です。
たとえば、障がいの種類別の新規雇用では、精神障がい者の割合が年々高まっている。障がい者団体や事情通に取材すると、その中身は、すでに勤続している社員で発病した人を、継続雇用している、という形で雇用率アップ、雇用者増としているケースも多い。身体障がい者や知的障がい者の場合だと、雇用者に占める重度者の割合は3割程度とそこそこ高い。しかしその中身は、重度なのに自律的に勤務できる、俗にいう“軽度な重度者”を優先雇用することがまま見られる。つまり、本気で戦力化をするのではなく、なるべく持ち出しは少なくして、雇用率だけは何とか整えよう、という考えが透けて見えます。谷口さんがおっしゃるように社会貢献、福祉目的のダイバーシティ推進という発想だから、こうした傾向が現れていると言えます。企業が彼らを「人材として本気で活用する」という発想に転換しない限り、こうした状況は続くでしょう。
谷口
それは高齢者についても同様ですね。高齢者雇用の問題で定年延長の流れがありますが、公的年金の支給開始年齢の引き上げ等、社会的に定年とすべき年齢が上昇したから、仕方なく定年を延長します、といった例も一部で見られています。

日本企業に根付く“悪平等”を脱却して、
“優しい格差”のある雇用に転換すべき

――社会貢献や福祉目的で、ダイバーシティを推進するという発想から脱却、転換するために、企業側には何が求められるのでしょうか。

海老原
これまで日本だけでなく欧米の企業をいくつも見てきた経験から言うと、企業構造、仕組みを転換すべき点があると思います。例えば日本企業は、みんなが必死に働いて、みんなが年齢と共に役職や給与が上がるという“厳しい平等”です。
対して欧米企業は、昇進する人はどんどん昇進するけれど、昇進しない人は何年在職しても、何歳になってもずっと昇進しない。役職者はひと握りでほとんどがヒラ社員という仕組みです。その代わり多くのヒラ社員は、必死になって企業に滅私奉公をせずにワークライフバランスがとれている。結局、役職者と平社員がそれぞれに異なる立場で、それぞれの生活を充実させるという“優しい格差社会”なんです。僕は、日本企業もこの“優しい格差社会”にシフトしていくべきだと思います。
谷口
確かに日本企業には、同じ入社年度とか同じ入社年齢の社員に差をつけるのは気が引ける、といった発想があります。でもそれは“悪平等”です。アメリカなどでは、日本と違って学歴間格差が大きい。卒業大学や大学院、所属していた研究室、大学のGPA(所定の計算式で算出した成績評価制度)などによって、入社時点で差がついてしまいます。一方日本企業は学歴間の格差が小さい。だから差ができなくて、かえって能力での区分が難しくなっているのです。
海老原
日本企業のように、みんな必死で働いて40歳になったら全員課長、そうならない人は落ちこぼれ、という仕組みだと、家庭より仕事を重視する男性もしくは独身女性しか働けなくなります。たとえば、男性でもそんな階段を外れて、緩く家庭と仕事を両立できる道を作る。一方で、本気で昇進を目指す女性は、家庭より仕事を重視してバリバリ働くのもOK。欧米でもエリート女性は家庭より仕事を重視して働いています。その分、家事育児はアウトソースするケースが多い。こういう、“目指す方向によって人それぞれ”という優しい格差社会に少しずつ移行すべきかな、と感じています。

今のように、“誰でも階段を上って”役職者になるのは、社会の高齢化にも対応できないですよ。

――階段を上って高みにいれば、いつかはその席を後進に譲らなければならないですからね。それが俗にいう役職定年で、その後に、現場に復帰したときに問題が生まれる、と。

海老原
例えば55歳で定年になってヒラ社員として再雇用されたとしても、それまで管理指導的立場でブランクが長ければ、もう実務は難しいでしょう。これが雇用延長で65歳定年になったため、役職定年後、ヒラにもどって10年も実務に従事することになる。腕が錆びた状態で10年も会社は雇用継続できません。欧米型なら、役職者になるのはひと握りで、それ以外はずっと現場で実務を担っている。だから多くの社員が55歳だろうが65歳だろうが実戦力で働けるのです。そうした高齢者雇用の面からも、“熟年までみんな一緒に階段を上る”という日本の従来の雇用の仕組みを変えるべきだと思います。
谷口
これからの日本企業にとって、学歴間格差や能力間格差など“ある程度の格差”は必要でしょう。現実問題としてすべてにおいて平等という仕組みでは、もう企業は機能しないと思います。

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