経済産業省
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新時代の挑戦と日本シンガポール自由貿易協定
(シンガポールにおける平沼通商産業大臣スピーチ)

2000年10月9日

はじめに

シンガポールにおける平沼通商産業大臣スピーチ 本日は、日シンガポール関係に深い理解をもち、その強化に貢献されてきた皆様の前でお話しする機会を与えられたことを、大変光栄に思います。

私は、今回久しぶりにシンガポールを訪問いたしました。空港から市内にいたる整然とした街並み、シンガポール港の高度な施設などを拝見し、アジアで最も効率的な都市に来たのだと、あらためて実感しました。在シンガポール日系企業の方々からも、シンガポールの発展戦略についてお話をうかがいました。明確な目標を掲げ、断固としてそれを実現していく緊張感のある国づくりに、いつもながら深い感銘を受けます。

本日は、両国関係において最大の懸案であり、わが国通商政策にとって大きな転機となります日本シンガポール自由貿易協定構想についてお話ししたいと思います。これに関連して、この協定が検討された際のキーワードであった「新時代」がもたらす挑戦と、そのなかでの政府の役割をどのように考えているかについても、お話ししたいと思います。

シンガポールにおける平沼通商産業大臣スピーチ


新時代の挑戦

世界経済は、人類史上かつてない速度で変化しています。企業は、業種も国境も超えた合併や提携により、刻々とその姿を変えています。世界の金融市場は情報ネットワークで結ばれ、二四時間眠ることがありません。データ端末としての携帯電話は、わが国でも一九カ月で一二〇〇万台というこれまでの耐久消費財にない速さで普及し、インターネット利用をさらに身近なものにしました。また、家電メーカーが三年後の市場を想定して開発したモデルハウスは、あらゆる家電がネットワーク化されており、生活情報の総合管理拠点となっています。

このような変化の推進力は、グローバル化とIT(情報技術)革命です。情報技術は、迅速な情報共有によって経営資源の組み合わせを抜本的に変えることを可能にしました。そして、グローバル化された世界では、あらゆる経営資源がその価値を最大化できる環境を求め、国境を超えて移動します。これらがまさに新時代の特徴だと私は考えています。

このような新時代では、富の源泉は、どのような資源を保有しているかではなく、これをいかに組み合わせて新しい価値を生み出すかという、知的付加価値にあります。知的付加価値を生むのは、人材であり、創造的なアイデアです。そしてこれを事業化に導く効率的で柔軟な市場が必要です。同時に、国境を超える事業活動が円滑に営まれるよう、水際の障壁が削減されるとともに、各国の国内制度が国際的に調和されることが必要です。

新時代においては、適応能力の違いにより、経済格差が拡大する可能性があります。アメリカの長期の景気拡大も、アジア諸国の輸出主導の回復も、グローバル化とIT革命の恩恵を受けたセクターに支えられています。

他方で、そうした恩恵を必ずしも十分に受けていない人々もあります。新時代の変化のスピードは、社会の適応能力を超えているのではないか、グローバル化のなかで各国の環境や労働基準、あるいは伝統的な文化や価値観などは守られるのか、といった不安が表明されることもまれではありませんし、こうした不安にも十分な配慮を払う必要があります。

本年七月の沖繩サミットで採択された「グローバルな情報社会に関する沖繩憲章」は、国内および各国間の情報格差(デジタル・デバイド)の解消を強く呼びかけています。世界全体への裨益を促進するためには、各国ごとの努力とともに相互の協力が必要です。

グローバルシステムにおける地域システムの役割

世界各国は、グローバル化と情報ネットワーク化によって一体化しつつ、急速に変化する世界経済に適合した新たな地域協力のあり方を模索しています。

変化の速い新時代においては、企業は、製造技術のライフサイクルの短期化に対応して製品開発から出荷までのリードタイムを短くするため、世界の主要市場で生産・開発もあわせて行っています。彼らは各地域で直面する新しい問題が迅速に解決されることを望みます。しかし、環境変化があまりに急速になったため、WTO(世界貿易機関)が十分対応して新たなルールを迅速に形成することが困難となっています。これを補完する地域内の取り組みは、グローバルなシステムの安定性を高める重要なサブ・システムとなっています。

グローバル化が進んだ今日、地域経済統合が第二次大戦前に見られたような閉鎖的なブロックとして存立する余地は、もはやありません。歴史的に見ても、世界の自由化に熱心な国々はまた、二国間あるいは地域内の自由貿易協定のネットワークを強化する努力もしてきました。これは、マルチの枠組みに先駆けて時代の変化に対応しようとする努力であり、その成果は逐次マルチの枠組みに取り入れられ、世界貿易の発展に貢献してきました。

アジアの国々は、政治、文化、経済発展段階ともに多様で、北米やヨーロッパのような地域統合をただちに実現できる実態はありません。しかし、IT関連産業のめざましい発展は、各国を結ぶ生産ネットワークを急速に緊密化していますし、環境やエネルギーなど、安定的な経済発展の基礎となる分野も各国共通の関心事項です。活力溢れるこの地域が、今後いっそう世界の経済成長を牽引するとともに、主体的な問題解決能力を備え、グローバルシステムに貢献できるように発展することが私の願いです。

新時代の自由貿易協定

わが国とシンガポールは、この新時代の挑戦に応えるべく、先例のない新たな自由貿易協定を模索してきました。優れたビジネスインフラを整備し、錚々たるグローバル企業の拠点となっているシンガポールは、検討段階からわが国にさまざまな刺激を与えており、わが国が新時代の自由貿易協定をともに構想し最初に締結する相手として、理想的な国だと思います。

しかし、残念ながら、両国には一つだけ不利な要素もあることを発見しました。地球上では、適度な時差と情報ネットワークの組み合わせによって、知的生産についても二四時間体制が確立されています。勤務時間を終えた者は、遠隔地で朝を迎えた同僚にバトンタッチするわけです。ところが、日本とシンガポールの間にほとんど時差がなかったことは、実際に作業を行った人々にとって不幸なことでした。彼らはリアルタイムのやりとりを日夜寝食を忘れて続けたのです。両国が既存の自由貿易協定の概念を大きく超える新たなモデルを構想できたのは、両国関係者のこのような苦労の成果であり、敬意と祝意を表したいと思います。

両国が構想した新時代の自由貿易協定とは、財の取引だけではなく、人、資本、情報の移動など、経済活動を広く捉えて促進し、柔軟で魅力ある事業環境を国境を超えて整備しようとするものです。これは、各国が経済活性化のために取り組んでいる構造改革とめざすところは同じです。

その対象は、関税撤廃のような伝統的要素だけではありません。投資ルール、サービス貿易自由化、競争政策における協調は、自国企業が相手国市場において、内国民待遇で、かつ、反競争的行為に阻まれることなく活動できることを保証します。また、基準認証の相互承認(MRA)を通じて、検査の重複を回避し、取引コストを低減させます。紛争解決メカニズムも整備し、協定の円滑な運用を確保します。

以上の措置は、既存の自由貿易協定に例がありますが、日本シンガポール自由貿易協定においては、さらに新たな要素を開拓しようとしています。

第一に、電子商取引分野です。日シンガポール両国のサイバースペースの一体化をめざし、各種制度の調和を実現します。まず、両国の電子署名の認証機関の相互承認から具体化することになると思います。今後、両国でそれぞれ国内法制についての検討が進むにつれ、制度の調和に向けた取り組みはさらに具体化するでしょう。これらは、他のアジア諸国にとっても大いに参考になる基礎を提供できると思います。また、民間機関がプライバシー政策を適切に実施している組織に使用を認めている「プライバシー・マーク」の相互承認も、民間機関同士の協力ではありますが、この協定を契機に促進されることを期待しています。

第二に、情報技術を活用した貿易手続きのいっそうの迅速化です。両国の各種関係当局から要求されるデータを一括して提出できる国境を超えたワンストップ・サービスの実現が、その究極の姿です。通商産業省は、輸出入の承認を行っている貿易管理オープンネットワークシステム(JETRAS)を、二〇〇二年度までに大蔵省の通関情報処理システムに接続させたいと思います。シンガポールはこの分野において非常に進んだシステムを有しており、これを日本側としても参考にしつつ必要な改善を行ったうえで、両国の間で切れ目のないネットワークを整備できればと考えています。

第三に、入国管理手続きのいっそうの合理化等を通じて、人の移動の円滑化を進めることも検討課題です。

第四に、取引の促進に資する協力です。たとえば、JETRO(日本貿易振興会)とシンガポール貿易開発庁による、貿易・投資ミッションやビジネスセミナーの共同開催、データベース共有等の協力が考えられます。また、日本と東南アジアの中小企業の協力を促進するため、たとえば、中小企業ビジネス・サポート・センターをシンガポールに設立することとしています。

このように、日本シンガポール自由貿易協定は、伝統的な自由貿易協定を超えて、経済活動全般にわたる連携を強化しようとするものですので、「経済連携協定」と呼ぶのがふさわしいと考えています。


石油市場の安定に向けた協力

皆様。ここまで二十一世紀の世界を形づくる新時代のダイナミズムについてお話ししました。しかし世界にはなお、今世紀から二十一世紀にもち越さざるをえない大きな問題があります。それは、経済成長とエネルギー安定供給と環境保全をどう調和させるか、という問題です。

とりわけ現在焦点となっているのは、石油価格の高騰です。

今日、われわれはIEA(国際エネルギー機関)における米欧との政策協調やAPEC(アジア太平洋経済協力会議)のような地域協力の枠組みを得ており、三〇年近く前の石油危機当時よりもこの問題に的確に対処する能力を高めています。先週もIEAが私の提案により臨時理事会を開催し、石油市場の安定にとって効果的なメッセージを発出できたところです。

声明は、石油市場の短期的な逼迫を緩和するため、特に在庫水準が低く地域的に需給の不均衡がある暖房油を国際市場に供給するよう、石油会社および精製会社に呼びかけています。わが国としても、供給余力のある軽油の輸出を拡大する用意があります。

さらに、著しい経済発展にともない石油消費を増やしてきたアジア諸国にとっては、エネルギー問題はますます重要であり、共同行動の必要性が高まっています。このため、私は、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国の経済閣僚と協力して、以下の対応をとりたいと思います。

第一に、産油国に対し、石油市場の安定化に貢献する行動をとるよう日ASEANの経済閣僚が一致して要請することです。来月には、サウジアラビアにおいて国際エネルギーフォーラムの開催が予定されていますが、こうしたハイレベルの機会をとらえて、産油国と消費国が認識を共有する努力が必要です(私自身、国会日程が許せばぜひ参加したいと思います)。

第二に、エネルギーセキュリティー向上の観点から、ASEAN諸国が石油の備蓄体制を強化するための取り組みに対して、各国の要請に応じ、わが国から専門家派遣等を通じた技術協力を行うことです。

第三に、ASEAN諸国の省エネルギーの推進、エネルギー源の多様化を図るための協力の推進です。たとえば、建物の省エネルギー管理に関する技術協力や、バイオマス発電分野の研究協力などが考えられます。

今後は、日ASEANの場にとどまらず、さまざまな場で他のアジア諸国との協調も強めていきたいと考えています。

国内経済構造改革への取り組み


皆様。ここで最後に、わが国自身のことについてお話ししたいと思います。日本の九〇年代は「失われた一〇年」であり、今なお改革が進展していないのではないかといった論調があります。しかし私は、日本の将来について楽観的です。リー・クアンユー上級相も、近刊された回想録において、「日本は五年から一〇年以内に力強く復活するだろう」と書いておられます。私もそう考えておりますし、また、わが国がこの期待を裏切ることのないよう、自分としても力を尽くしたいと考えています。

戦後の経済発展を支えた日本の経済社会システムは、現在、IT革命とグローバル化のなかで、かつての力を失っています。九〇年代に激化したシステム間競争のなかで、わが国は特にITの活用において大きく遅れました。

しかし、わが国は底流において着実に変化しています。九〇年代半ばから、政府による規制改革の取り組みが本格化しました。企業の資金調達における直接金融市場の比重が高まるにつれ、企業経営は収益率を重視したものに変わってきました。外国からの直接投資も増加し、メーンバンク、系列取引や年功序列型賃金に象徴されていた日本の経営システムも大きく変化しています。私は、わが国には新しい時代にも合うシステムをつくる能力があると確信しています。

私は、通商産業大臣という経済構造改革の推進について責任を担う閣僚として、特に三つの視点から制度の見直しに取り組みたいと考えています。第一に、企業経営の自由度を高めるとともに、人々の働き方や能力開発の選択肢を拡大することです。第二に、経済のあらゆる分野でITの活用を促進することです。第三に、少子高齢化、環境問題を克服し、新たな活力に結びつけることです。

今後取り組むべき課題のなかには難しい問題もありますが、今できることはすべてやる、その変化が新たな変化を可能にする、という努力の積み重ねによって新たな展望を切り拓くほかありません。同時に、改革は時間との競争であることも強く認識しております。改革を迅速に遂行できる環境を整備するためにも、「困難な努力を続ければ、一時的には痛みをともなっても将来は明るい」というビジョンを国民に対して提示していくことが、政治家としての私の使命だと思います。

おわりに

世界各国は、新時代の挑戦に直面し、新たな地域協力のあり方を模索するとともに、国内の構造改革に懸命に取り組んでいます。これらの取り組みは、柔軟で魅力的な事業環境を国境を超えて整備することを主体的にめざすという点で共通しています。そして、国内の改革を進めるためには、将来に不安を抱いている人々と対話し、改革の成果を彼らに裨益し、さらなる変革について納得を得ることが必要です。これと同様に、相手を選んで先進的な取り決めを行う自由貿易協定の成果を多国間の枠組みに高めていくためには、世界各国間の経済格差を縮小し、世界全体としての変革に対する受容性を高めることが必要です。この課題に協力して取り組むことが、各国の世界経済に対する責任だと考えています。

ご静聴ありがとうございました。

文中の写真は「通産ジャーナル」2000年11月号に掲載されたものを転載いたしました。

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