トップページ > 審議会・研究会・報告書 > 外因性物質のホルモン様作用に関する調査研究
1.最近数年にわたって欧米を中心に化学物質の内分泌系撹乱作用が広範な議論の対象に なってきている。すなわち、1950年初頭以降のDDTをはじめとする有機塩素殺虫剤の広範 な自然環境への分布と、食物連鎖を通じた生物濃縮、肉食性鳥類の卵殻の薄化と次世代繁 殖への障害がその嚆矢であったが、次第に全世界的に多くの生物種における生殖・繁殖の 異常、免疫不全や脳の発育不良を疑わせる異常の出現との関連を論じる報告が出されるよ うなった。 一方人間集団においても男性精子数の減少と劣化,停留睾丸や尿道下裂などの男性性器 の発育異常・遅延、前立腺がんの増加、女性における乳がんの増加、子宮内膜症の増加と 不妊などが報告されるようになった。このような人間から野生生物種における異常の原因 が、当該環境下に見出されるDDT、PCB、TCDDなどの残留性有機塩素系化合物のもつ動物に おける内分泌系撹乱作用と関連していると次第に論じられるようになった。 近年に至り、以上のような残留性有機塩素系化合物にとどまらず、Nonylphenol類、Bis phenol A、Phthalate estersのような汎用化学物質、Atrazine、Vinclozolinをはじめと するいくつかの農薬を含んだ数十に達する各種化合物に内分泌系に影響を与える可能性が 指摘されるにおよび、このような化学物質の内分泌系に対する悪影響は、地球上の全生物 種の将来を危うくするものと主張されるに至っている。
2.このような現況にかんがみ、(社)日本化学工業協会は、通商産業省から化学物質国際 規制対策推進など(総合安全管理の体制整備など)に関する調査委託を受け、その一環とし て平成8年9月(社)日本化学物質安全・情報センター(JET0C)に対し、本問題に関する専門 的検討を再委託した。その主要な目的は、科学的な観点からの現状把握と評価、およびこ れに基づくわが国環境下における今後の研究・調査項目の抽出である。また、これらの評 価、判断をもとに、本問題の国際的対応の一環として欧米化学工業界との協調のための科 学的プログラムを提案するとともに、国内関係業界、企業に対し本問題への取り組みの科 学的基盤を提示することにあった。 本調査研究においては、ホルモン系の変動(modulation)と撹乱(disruption)との区別を 明確に示すことは現在では必ずしも容易ではないとの認識に立って、双方を含む意味で 「外因性物質のホルモン様作用」をその対象とし、原則として公表文献を用いてホルモン様 作用が疑われている若干の化合物に関する有害性の確認を個別に行うことを優先させるこ とにした。したがって、人間集団ないし野外生態系で報告されている極めて複雑かつ多面 的な現象の科学的妥当性に関する解析を直ちに行うことは避けることにした。このやり方 の方が最終的な本問題の本質へのアプローチにとってより適切と判断したからである。 より詳細にいえは、DBCP、DDT、Dieldrin、Dioxins、Nonylphenolおよびその誘導体、P CBs、Atrazine、Tributyltin化合物、VincIozolin、Bisphenol A、Phthalate estersにつ いて、各種ホルモンレセプターへの作用、発がん性、生殖・発生毒性、免疫毒性、神経毒 性などの毒性とそのメカニズム、人間集団の健康に及ぼす影響に関する疫学的研究、環境 挙動と生態影響に関する各種報告例を批判的に検討した。
3.最近次第に明らかになったように性ホルモンや甲状腺ホルモンは細胞質内に存在する おのおのに固有のレセプターにリガンドとして結合後、これが核内標的遺伝子のプロモー ター領域にあるホルモン応答配列に二量体となって結合し、下流遺伝子の転写を制御する。 一般的にはこの際下流遺伝子の転写を活性化し、ホルモン作用発現に必要なタンパクを合 成する。外因性ホルモン様物質は一般的にはレセプターのアゴニストもしくはアンタゴニ ストとして機能する。 本調査報告で論じた各化合物のホルモンレセプターに対する作用は以下のように要約で きるであろう。 エストロゲン作用:DDT(o,p'-DDT)、Dieldrin、Aldrin、Nonylphenol、PCBs、Bispheno l A、Phthalates、抗エストロゲン作用:TCDD、Atrazine、抗アンドロゲン作用:p,p'-DD E、Vinclozolin(とくに代謝体M2が強い)。 これ以外にDioxins(TCDD)やPCBsはAhレセプタ ーに結合し、Ahレセプターの制御を受けている薬物代謝酵素たとえばCYP1A1、CYP1A2の誘 導などを通じてエストラジオールのC2水酸化、それによる弱い抗エストロゲン作用の発現、 甲状腺ホルモンの代謝の変動、EGFレセプター、インターロイキン1ベータなどの制御にかかわっ ている。 さらにDDE(o,p'-, p,p'-)、o,p'-DDTやAtrazineはエストラジオールの16アルファ位の酸化を 促進し、この16α-OH体はDNAを直接損傷することが知られている。Dioxinsの示す発がん プロモーター作用、奇形誘発作用、免疫抑制活性、上皮過形成、肝臓毒性、体重減少など の生理作用はいずれもAhレセプターを仲介していると考えられている。さらにいわゆるPh ytoestrogensに属する化合物にもエストロゲン作用、抗エストロゲン作用などが報告され ている。これらに対しDBCPやTributyltinsの生理作用におけるホルモンレセプターの介在 は未だ明確ではない。
4.これらの化合物はその化学構造から見て一括して哺乳動物の代謝パターンを論ずるこ とは困難である。 しかしながらいわゆる有機塩素系化合物に属するものはいずれも脂溶性が高く(logPow 値5〜7)、動物体内からの排泄はゆるやかであり、脂肪、肝臓などへの貯留傾向を示す。 概して芳香環に結合した塩素原子の脱離はおこりにくい。このような意味でこれらは今や、 POPsの中に含まれ、その環境挙動と相まって世界的に規制の対象となりつつある。それに 対しNonylphenol類、Biophenol A、PhthalatesやAtrazine、Simazine、Vinclozolinなど は、概してlog Powも有機塩素系化合物に比し小さく、化学構造に応じて種々の酸化やエ ステル統合の開裂、抱合(脱抱合)などによって代謝され、動物では易分解かつ見るべき蓄 積はない。 一般の代謝研究と同様この場合にも代謝産物の生理作用には注目しておく必要がある が、すべてにわたってこの点の精査は未だ行われていない。DDTよりのDDE、Vinclozolin の代謝物M2の生成はこれらのホルモン様作用からみて重要であり、またDBCPよりの脱ハロ ゲン化に続く工ポキシド生成はDBCPの毒性発現の本態をなすと考えられる。
5.マウス、ラットにおける発がん性試験でいくつかの外因性ホルモン様物質に発がん性 が認められた。DDT(肝臓胞腫、白血病、肺がん、乳腺腫瘍)、Dieldrin(肝細胞がん、マウ スのみ)、Dioxins(TCDD) (甲状腺腺腫、肝細胞がん)、PCBs(肝細胞腫、肝細胞がん)、At razine(乳腺腫瘍、繊維腺腫)、Tributyltin(下垂体腫瘍、副腎皮質腫)、Bisphenol A(白 血病、精巣間細胞腫、ただし証拠必ずしも十分ならず)、Diethylhexyl phthalate(肝細胞 腫)、Vinclozolin(肝細胞がん、精巣間細胞腫)、DBCP(扁平上皮がん(胃)、乳腺がん、肝 細胞腫、乳頭腫)などである。NonyIphenol類に関する発がん性試験結果は見出せなかった。 以上の発がん性がホルモン様作用とどのように結びつくかは必ずしもあきらかでなく、む しろ明らかにその結びつきが認められたものの方が少ない(たとえはAtrazine)。これらの うちIARCによるヒトにおける発がん性評価では次のように結論されている。2B(DDT、DBCP、 Dioxins、PCBs、Atrazine、Diethylhexyl phthalate)、3(Dieldrin、BisphenoI A)。
6.各化合物のホルモン様作用の細部は必ずしも同一ではないと考えられるが、エストロ ゲン作用を有するものが多いこともあって、やや共通して成熟動物では精巣をはじめとす る生殖器の萎縮、精子形成能の低下、精子の運動性減少が観察され、雌における妊娠率の 低下も認められた。サルにおける子宮内膜症はTCDDの極低用量で発生することが報告され ている。子宮内曝露を含む幼若動物における影響としては胎児もしくは出生児の生存率の 低下、体重低値、雄性生殖器の発育遅延、雌性化が広く認められたほか学習能力の低下(P CBs、Dioxins)、外生殖器の形態異常(Dioxins)、性周期などの異常(DDT)なども見出され ている。 免疫毒性に関しては詳細な検討が必ずしも行われていないが、TCDD、PCBs、Tributylti nには胸腺萎縮、コロニー(CFU-GM)形成能低下などの作用があり、T細胞 B細胞双方の形 成過程に関与して免疫抑制活性をもつと推定される。DDT、Atrazine、Phthalatesと免疫 系との関わりは軽微であり、DBCP、Vinclozolin、BisphenoI A、Nonylphenolについては 免疫毒性の報告は見出せなかった。
7.DDTやDieldrinはもともと節足動物に対する神経毒性を有する殺虫剤として使用されて きたものであり、哺乳動物におけるこれら化合物の神経毒性も基本的に同様のメカ二ズム によると考えられる。その主な作用機構は前者が神経細胞軸策中のナトリウムイオンチャ ンネルの不活性化、後者は同じく神経系における塩素イオンの流出入に関するGABAレセプ ターへの拮抗阻概にある。 TributyItinは中枢神経系に作用して種々の神経症状を引き起こし、また筋力の低下や 運動の不活発化を生ずる。神経細胞の膜への作用が推定されているが明確な結論を出すに は至っていない。 TCDDやPCBsは甲状腺ホルモン輸送タンパク、甲状腺ホルモンレセプターと相互作用をも つことにより甲状腺ホルモンの作用を阻害し、中枢神経の正常な発達を妨害し、児の学習 能力の低下を招来すると推定されている。ヒトでは胎児期にPCBs(およびDioxins)に(母体 の中毒によって)被爆した場合出生後の運動能力や学習能力に障害があったと報告されて いるが未だこのような因果関係を広く確定するには至っていない。
8.人間集団において外因性ホルモン様物質の悪影響として指摘されている事象には次の ようなものがある。
男性: 精子数減少と劣化、生殖器の発育遅延と異常(停留睾丸、尿道下裂など)、前立腺 がん増加、睾丸腫瘍増加など
女性: 乳がん増加、子宮内膜症増加と不妊など
公表文献を精査する限り、精子数減少と劣化、男性生殖器の異常などのように所見そのも のに相反する報告が多いものもある。また、前立腺がんや乳がん、子宮内膜症やいくつか の先天異常と外因性ホルモン様物質との関連に関しても、関連の一致性という条件は必ず しも満たされておらず、現時点ではこれらの化合物が人間集団に強く影響を及ぼしている といえるほどの疫学研究結果はほとんどなかった。一方、わが国においては前立腺がん、 を除く男性の生殖器がん、女性の子宮がんの減少が認められるとともに、前立腺がん、乳 がん、卵巣がんの増加傾向がみられる。しかしながら、外因性ホルモン様物質の影響につ いての情報は極めて少なく、仮説設定の糸口を探っている域を出ない。
9.外因性ホルモン様物質も他の化合物同様自らの物化性状とその置かれた環境条件によっ てその挙動が定まってくる。極めて概括的に言えばいわゆる有機塩素系化合物は適度な蒸 気圧と大きな脂溶性、非生物学的および生物学的安定性などの特性のゆえに発生個所から 遠距離の地点まで移動するとともに食物連鎖の上位の生物種へ濃縮される傾向をもつ。こ れらが、POPsと呼ばれる所以である。一方自然環境下では浮遊粒子や水系の底質などへの 吸着による化合物の局在化やある環境系からの離脱、光分解や微生物分解などの要因が最 終的な化合物の濃度を決定する。本調査研究で採り上げたPOPsに属さない化合物はその化 学構造と物化性状からみて前者よりは環境下で不安定であり、生物濃縮性も低いか、無視 できる程度のものが多い。とりわけAtrazine,SimazineやVinclozolinなどはわが国で農薬 に要請される環境データは整備されていると考えてよく、Simazineが一昨年水質汚濁性農 薬に指定されたのを見ても必要な規制措置はとられていると考えてよい。 世界各地の自然環境下で野生生物相にいくつかの変化が起こっているが、その原因物質 の特定された例は意外に少ない。巻貝類雌のインポセックス(TBT)、多くの鳥類の産卵異 常(DDT、DDE)、カワウソ、ミンクの繁殖激減(PCBs)、ミシシッピーワ二のペニス短小化、 精巣発育不全(DDT、Dicofolなど)などを数えるにとどまる。実験質的に因果関係が確定し ている場合でも野外生態系における生物種の変化と特定汚染物質の存在のみでは因果関係 を証明するには必ずしも十分でない場合もあると考えられるからである。 Nonylphenol類、BisphcnoI A、Phthalatesに起因すると思われる野外生態系の変動は、 これを確定するには至らなかった。
10.本調査研究で採り上げた化合物のうち、DBCP、DDT、Aldrin、Dieldrin、Endrin、Chl ordane、Heptachlor、PCBsがわが国で全面使用禁止になってから最低10年を経過した。こ のような使用の実態といくつかの環境庁、厚生省関連機関による環境試料の徴量分析に基 づけばこれらの化合物のホルモン様作用に起因した人体や野生生物への悪影響を懸念すべ き材料は見当たらない。ただし、有機スズ化合物に起因すると考えられる巻貝類のインポ セックスの被害は全国的に発生の報告があり今後の調査・研究の必要性が認められる。Di cofol、Atrazine、Simazine、Vinclozolinの4農薬についても特に今後現行の農薬取締法 を超えて問題視すべき点が生ずるとは余り考えられない。これに対しNonylphenol類、Bis phenoI A、Phthalatesは生産(使用)量が多いのに比して、Life cycle analysisが必ずし も十分でなく、また、生殖・発生毒性や免疫毒性のいくつかのデータがまだ充分取得され ているとは言い難い。
11.これらの化合物に対しTCDDをはじめとするDioxinsはわが国環境条件下で特異な地位 を占める。それらの発生源の主要なものはごみ焼却施設、製鋼・金属産業、自動車からの 排出ガス、紙パルプ工場であるとされており、今日でもその発生が未だ続いている。 TCDDおよび類縁化合物は抗エストロゲン活性をもつが、エストロゲンレセプターには結 合せずAhレセプターに結合し、CYP1A1、CYP1A2ほかの薬物代謝酵素などの転写活性を促進 し、EGFレセプター、インターロイキン-1βなどの遺伝子の制御にもあずかっている。動 物に対する急性毒性は極めて強く(TCDDはモルモット雄では600 ng/kgのLD50値を示す)、 体内での代謝は緩徐であり、排泄されにくく、脂肪、肝臓に蓄積が認められる。TCDDに曝 露された人間では体重減少、胸腺の萎縮、肝代謝障害、性ホルモンや甲状腺ホルモンの代 謝異常が見出されている。また塩素ざ瘡、学習能力の低下、中枢神経症状が報告されてい るが、疫学的に充分論証されてはいない。 TDD はマウスやラットで肝細胞腫、甲状腺腫を惹き起こすがそれ自身に変異原性はなく、 発がんプロモーターの作用を有することが知られている。雄ラットにおける単回投与で性 行動の雌性化、精嚢、前立腺、精巣などの重量低下、アンドロゲンレベルの低下が報告さ れており、雌では子宮の萎縮、黄体の減少が観察されている。子宮内曝露で雄の出生児の 雌性化(たとえば,肛門尿道口間距離の減少)、雌の出生児においては外生殖器の形態異常 や性成熟の遅延がみられる。サルへの投与によって子宮内膜症の発現率上昇や学習能力へ の影響(上昇/低下)も見られる。さらに動物、人間において広範な免疫毒性を示す。この ような広範なDioxinsの生理作用を考慮し、環境庁ダイオキシンリスク評価検討会(平成8 年12月、中間報告)では、ラットに見出される肝腫瘍発生のNOAELを基準にヒトへの健康リ スク評価指針値として5pg/kg/dayを設定した。 また、同検討会はわが国における人間集 団の曝露状況を最大3.53pg/kg/dayと推定した。本調査研究においてもこのような同上検 討会の結論をほぼ妥当なものとみなしている。
12.上述のごとき本調査研究の結果に基づけば若干の例外(上述10のような)を除いて、現 在のわが国環境下で外因性物質のホルモン様作用の関連で緊急に対応策を講ずべき事態が 生じているとは考えられない。しかしながら,天然物を含め化学物質の示す内分泌系との 相互作用の拡がりと強度の全体に関する分子レベルでの理解と、それらの化合物の示すリ スクのキャラクタリゼーションの把握は広く世界の科学者が解決すべき今後の課題である。 それらには以下のものが含まれるべきてある。
1) ホルモン様作用の多様な側面を理解できる作用機構研究の推進
2) ホルモン様作用におけるQSAR
3) ホルモン様作用のリスクに関する判断基準の確率
4) ホルモン様作用に関する比較生物学的検討
5) 化合物のホルモン様作用検索システムの確立
6) 野外生態系、人間集団における化学物質のホルモン様作用確定のための方法論の確立とその実施
7) 上記1)〜6)を含む今後の課題遂行のための国際協調ルールの設定と緊急課題の着手。
最終更新日:2009年12月28日
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