第5章 国際経済機構 第1節 世界貿易機関(WTO)  1.ガットからWTOへ(1995年1月発足)  ガット成立の背景として、大恐慌に続く1930年代の報復関税の競争的値上げ、保護主義的地域ブロック化によってもたらされた貿易の大幅な縮小、世界経済の停滞に対する反省から、第2次世界大戦後米国の主導により、戦後経済体制の三本柱の一つとして、IMF(国際通貨基金)、IBRD(国際復興開発銀行、いわゆる世界銀行)とともに自由・無差別的・多角主義を基盤とする野心的なITO(国際貿易機関)の設立が企図され、その設立協定である「国際貿易機関のためのハヴァナ憲章」が1948年作成された。  この間、関税引下げ交渉が進展したことから、ITOの発足に先立ち、同憲章の一部を抜き出して「ガット(GATT:The General Agreement on Tariffs and Trade)」と名付け、交渉参加国はこれを適用することとした。もっとも、法的にはガット自体が発効しているのではなく「関税及び貿易に関する一般協定の暫定適用に関する議定書」に各国が署名して適用されている形となっている。他方、ITO設立は米国等の批准が得られず頓挫し、以後ガットが発効40年以上も暫定適用的性格をもったまま存続することとなった。  ガットにおいては、1947年から1979年まで多角的貿易交渉(ラウンド)が7回開かれ各国の関税の引下げ、貿易障壁の低減等多くの成果をもたらしてきた。その後、1986年にウルグァイ・ラウンドが開始され足掛け8年にも及ぶ交渉の末、1994年4月マラケシュ閣僚会議で終結。各国の国内手続きを経て1995年1月1日WTO(世界貿易機関)が発足した。  2.ウルグァイ・ラウンド交渉の成果とWTO協定の概要  (1)市場アクセス交渉(関税交渉が中心)  鉱工業品の市場アクセスについては、一連の四極閣僚会合等を通じて、我が国としても積極的に取り組んだ結果、先進国間では平均4割近い関税引き下げが達成され、加えて相当数の分野での関税の相互撤廃、関税率の平準化が行われることとなった。なお、我が国は平均関税率で(譲許税率)61%(実行関税では44%)の削減を約束している。 (参考)「四極の鉱工業品の関税率、引下率」  (2)WTO協定の概要  WTO協定は、世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(本体)と附属書1〜4からなる。うち、附属書1〜3は、ウルグァイ・ラウンド交渉の結果作成される諸協定を収録するものであり、WTO設立協定本体と不可分一体のものとして一括受諾が義務づけられている。 従って、WTOに加盟する国・地域全てが一律にこれらの協定(附属書1〜3)を一括して受け入れることとなる。この点は、受諾できるか否かを選択できた東京ラウンドの協定とは全く異なっている。 各協定の概要は次のとおり。  1) 世界貿易機関を設立するマラケシュ協定  世界貿易機関の任務、組織、地位等を規定。閣僚会議が少なくとも2年に1度開催されるとともに、物品の貿易、サービスの貿易、知的所有権の貿易に関連する側面に関する理事会、各種委員会が設けられることとされている。  2) 1994年の関税及び貿易に関する一般協定(1994年のガット)  (i)1947年のガットに相当する規定(WTO協定発効前に効力を発生した法的文書により改正等が行われた規定を含む)、(ii)WTO協定発効前に1947年のガットの下において発効した関税譲許議定書、確認書、加入議定書等の法的文書、及び(iii)1994年のガットの不可分の一部とされる第2条1項(b)、第17条等6つの了解等から成る。  3) 農業に関する協定  輸入制限、国内助成措置、輸出補助金等についてのガット上の規律強化の観点から、農業貿易を改善するために、各国が市場アクセス、国内助成、輸出競争の3分野における具体的かつ拘束力のある約束を作成し、6年間の実施期間にこれを実施すること及びこれらの約束の実施に関する規律を定めている。  4) 衛生植物検疫措置(SPS:Sanitary and Phytosanitary Measures)の適用に関する協定  衛生植物検疫措置が、恣意的若しくは不当な差別の手段や国際貿易に対する偽装した制限とならないようにし、当該措置の貿易に対する悪影響を最小にするため、当該措置の企画、採用及び実施の指針となる規則及び規律の多角的な枠組みの確立について定めたものである。  5) 繊維及び繊維製品(衣類を含む)に関する協定  繊維貿易分野は、1974年以来繊維製品の国際貿易に関する取極(MFA:Multi-Fiber Arrangement)の規律に服してきたが、輸入制限等によりガットの原則から大きく乖離していたため、10年間の経過期間をかけて段階的にガットの規律の下に統合し、繊維貿易の自由化を図ることを規定している。  6) 貿易の技術的障害(TBT:Technical Barriers to Trade)に関する協定  工業標準や安全・環境面の規制など、産品の規格及び規格適合性を評価する手続(認証)が、国際貿易に不必要な障害をもたらすことがないようにするため、これらの透明性の確保や可能な限り国際規格などへの整合化を図ることなどを定めたものである。  7) 貿易に関連する投資措置(TRIM:Trade-Related Investment Measures)協定  貿易に関連した投資措置であって、1994年のガットの内国民待遇違反及び数量制限の一般的禁止の規定に反するものの撤廃を規定。ローカルコンテント要求や輸出入均衡要求が明示的に禁止された。  8) 1994年の関税及び貿易に関する一般協定第6条の実施に関する協定(アンチ・ダンピング協定)  アンチ・ダンピング措置が国内産業保護のための手段として恣意的に濫用されたり、誤用されたりすることを防止するために、ダンピングマージンの計算方法、ダンピング調査手続等に関して規律の厳格化・明確化を図るものである。  9) 1994年の関税及び貿易に関する一般協定第7条の実施に関する協定(関税評価に関する協定)  ガット第7条(関税評価)の実施に一層の一貫性、確実性を与えるために、同条の適用のための規則を詳細に定め、恣意的な評価制度を排除し、関税評価制度を国際的に統一することを目的とするものである。  10) 船積み前検査(PSI:Preshipment Inspection)に関する協定  船積み前検査(PSI)の透明性を確保するとともに、船積み前検査機関と輸出者との間の紛争解決メカニズムを提供することを目的としている。  (注)船積み前検査  輸入国(主に開発途上国)から指定を受けた船積み前検査会社が、輸入国の税関当局に代わって商品の船積み前において輸出国の領域内で商品の品質、数量、価格、関税分類、関税評価等について検査を行い、証明書を発給する制度。  11) 原産地規則に関する協定  非特恵分野に適用される原産地規則を調和するための作業計画を規定するとともに、規則の制定・運用にあたって遵守すべき規律、原産地規則委員会等の設置、紛争解決手続等を規定している。協定上の作業計画では、作業開始後3年以内(1998年7月)に完了するものとされているが、現在も原産地規則の調和作業が推進されている。  12) 輸入許可手続に関する協定  各国の輸入許可手続が不必要な貿易障害にならないように行政上の手続を簡素化し、かつ、これら手続の公正な運用を確保することを目的とするものである。  13) 補助金及び相殺措置に関する協定  補助金に係る規律の強化・明確化の観点から、定義の明確化、類型別の規律の強化(禁止補助金の範囲の拡大等)、相殺関税の発動手続の強化・明確化等を図ったものである。  14) セーフガードに関する協定  ガット第19条のセーフガード措置(緊急輸入制限措置)の適用につき、発動要件・手続及び措置の内容等につき規律の明確化を行ったものである。  15) サービスの貿易に関する一般協定(GATS:General Agreement on Trade in Services)  サービスに係る155の業種を対象に、通商の基本原則である最恵国待遇、内国民待遇の原則が確立された。ただし、最恵国待遇については、例外登録が認められ、また、内国民待遇の付与義務及び市場参入規制の撤廃についても具体的個別約束を通して決められる。  16) 知的所有権の貿易関連の側面(TRIPS:Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)に関する協定  工業所有権の保護に関するパリ条約、著作権の保護に関するベルヌ条約等に定められた知的財産の保護の水準を引き上げ、これらをすべてのWTO加盟国が遵守することを確保するとともに、最恵国待遇、内国民待遇を規定。さらに、権利の実現のための国内的権利行使手続(司法手続及び行政手続)の整備を義務づけた。  17) 紛争解決に係る規則及び手続に関する了解(DSU:Understanding on Rules and Procedures Governing the Settlement of Disputes)  WTO協定に係る紛争の解決に関する共通の規則及び手続を規定するものであり、一方的措置の禁止、紛争解決のための小委員会(パネル)の設置及びパネル報告の採択の自動性、紛争解決に係る時間的枠組、上級委員会の設置等により紛争解決手続の一層の強化が図られている。  18) 貿易政策検討制度(TPRM:Trade Policy Review Mechanism)  WTO加盟国の貿易政策を定期的にレビューし、多角的貿易体制の強化を図るもの。  3.WTOの発足後の主な動きと現況  (1)WTOの発足後の主な動き  WTOは1995年に76の国・地域の参加を得て発足したが、その後の加盟国の増加を受け、2001年2月末時点で、140の国・地域が参加している。  1996年12月には、第1回閣僚会議がシンガポールで開催され、1)WTO協定の実施状況の点検、2)今後のWTOの作業に係る方向づけ(貿易と投資、貿易と競争等に関する作業部会の設置など)、3)ITA(情報技術分野の関税撤廃)の大枠の合意、といった成果を得ることができ、自由貿易体制の強化と新たな通商課題に対する対応が図られた。  1998年5月には、第2回閣僚会議及びガット創設50周年記念会合がジュネーブにて開催され、2000年からの次期交渉を念頭においた準備作業の開始等が合意された。また、記念合意には、クリントン米大統領(当時)をはじめブレア英首相、カストロ・キューバ首相等各国の首脳が講演を行った。  (2)シアトル閣僚会議  1999年11月30日から12月3日まで、シアトルにて第3回閣僚会議が開催された。我が国は、幅広い交渉項目を含む包括的な新ラウンドの立ち上げを目指して尽力したが、1)様々な分野において加盟国間の主張が埋まらなかったこと、及び2)ウルグァイ・ラウンドによって、十分な利益を享受できなかったとして不満を持つ途上国や、反グローバリズムを掲げるNGOの活動が激しかったこと、によって閣僚宣言を採択するには至らず、目標としていた新ラウンド交渉を立ち上げるには至らなかった。  (3)最近の主な紛争案件  WTOが発足した1995年から2000年末までに、WTOの紛争解決手続に付された紛争案件は、220件にのぼり、同手続は活発に利用されている。 近年、我が国が申し立てた案件では、米国の1916年アンチダンピング法について日本の主張を認めるパネル・上級委員会報告書が採択され、2001年7月までに、米国が協定整合化措置をとることとなっている。また、米国の日本製熱延鋼板に対するアンチダンピング措置に関しても、日本の主要な論点を容認するパネル報告書が発出された。  また、米国1930年関税法改正条項(バード修正条項)について、我が国はEC、韓国、豪州等8か国と共に、米国に対して協議申請を行っている。  他方、近年日本が被申し立て国となった案件では、農産物の輸入検疫制度についてWTO協定違反とするパネル・上級委員会の判断が下され、1999年末までに、我が国は協定整合化措置をとった。また、皮革にかかる関税割当制度及び補助金については、EUから協議申請がなされている。 4.今後の課題  (1)加盟国の拡大  現在、29の加盟申請国・地域があり、中国、ロシア、ヴィエトナム、台湾、サウジアラビア等の加盟交渉が引き続き行われている。特に中国については、加盟条件を規定する加盟議定書等法的文書を確定する作業が多国間で行われ、最終段階を迎えている。なお、2000年中に新たに正式に加盟国となったのは、ジョルダン、グルジア、オマーン、クロアチアの5か国である。  (2)第4回WTO閣僚会議の開催と新ラウンドの立ち上げ  2001年11月、カタールにおいて第4回WTO閣僚会議が開催されることが決定した。1999年のシアトル閣僚会議の失敗により損なわれたWTO体制への信頼を維持し、多角的貿易体制に基づく自由化から得られる利益を守るためにも、カタールにおけるWTO新ラウンド交渉の立ち上げを図ることが必要である。新ラウンドにおいては、電子商取引、投資に関するルール策定及び、アンチダンピングに関する規律強化など、世界的に迅速な対応が求められている諸課題について交渉を行うことが重要である。