(2)「グレート・モデレーション」(「超安定化」)
このような世界経済のグローバル化の進展と並行してマクロ経済メカニズムにも変化が観察されている。G7を中心とした主要先進国ではここ数十年間GDP成長率の短期的な変動幅が縮小する傾向が観察されており、同時に観察されているディスインフレ2基調と併せて「グレート・モデレーション」(「超安定化」)と呼ばれる。かつてGDPの過度な変動とインフレーションの抑制がマクロ経済運営の一義的な目標であったことからする命名である。この現象については当初米国経済に見られる変化として着目されたが、近年では主要先進国に広がっている現象としてとらえる見方が多くなっている3。
2 本書では、「平成11年度世界経済白書」に倣い、ディスインフレを「物価上昇率が低下する現象」とする。
3 Dalsgaard, Elmeskov and Park(2002)p.5-7、Stock and Watson(2003)p.4-9、Blanchard and Simon(2000)p.15-17.
「グレート・モデレーション」の状況について、ここでは第1-1-2表にあるようにStock and Watson(2003)のデータを使ってその傾向を見てみよう。同表は、先進7か国における1人当たり実質GDP成長率(四半期)について、1960〜1983年と1984〜2002年の2期の標準偏差を算出し、GDP成長率のちらばり度合いの変化を見たものであり、カナダを除く6か国(フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国)では、1984〜2002年の標準偏差は1960〜1983年の4分の3以下へ縮小し、また、GDP成長率の分散は20〜50%にまで縮小したことが示されている4。このように、G7のうちカナダを除く6か国では四半期ごとのGDP成長率の変動の縮小が明らかに見られる。
4 ここで1984年を「グレート・モデレーション」の転換期としたのは米国のケース(Kim and Nelson(1999)、Ahmed, Levin and Wilson(2002))に揃えたためである。厳密に言えば、マクロ経済の変動の開始時期や縮小度合い等は各国で異なることから、一国ごとに分析の上、適切な期間を当てはめるのが望ましいが、米国以外の研究結果が十分に得られていないことに加え、紙面の制約もあることから、ここでは便宜的に1984年と設定した。
第1-1-2表 1人当たり実質GDP(四半期)の標準偏差と分散の変化
一方、GDPの変動だけでなく、物価上昇率についても類似した状況が見られ、多くの国・地域で物価上昇率が低位かつ安定的に推移していることが確認される5。第1-1-3図は1971〜2002年までの消費者物価指数の変化率を表したものであるが、これを見ると1971〜1980年半ば頃までは大きな変動を繰り返していたが、1980年半ばを過ぎた辺りからほぼ各国とも変動の範囲は10%以内に収まり、また、2000年以降は5%以内で推移するようになったことがわかる。
5 アウトプットの変動幅とインフレーションの変動幅の動きに強い関連があると指摘する研究者は多い(Blanchard and Simon(2000)、Dalsgaard, Elmeskov and Park(2002)、Stock and Watson(2003)、Bernanke(2004))。
第1-1-3図 世界の消費者物価指数の推移
「グレート・モデレーション」がなぜ先進国間で一般化しつつあるのかについて様々な議論・分析が行われているが、要因として挙げられているものは多岐にわたる。以下においては、これらのうち主なものを、マクロ的な現象に起因するとするもの、ミクロ的な構造変化に起因するとするもの、に大きく分けた上で簡単に紹介するが、これらの要因のうちいずれかが単独で「グレート・モデレーション」を発生させたのではなく、複数の要因が重なって新たな景気循環パターンの傾向をもたらしたとする見方が一般的である。
〔1〕マクロ的な現象
まず、マクロ政策に起因するとする見方がある。先進国の金融政策運営手法が改善され、その成功によって物価・GDP変化率の変動が抑制されることとなったという考え方である。これに対してむしろマクロ的な「僥倖」を重視する考え方もある。つまり1980年半ば以降は、石油ショックのような大規模な供給ショックが起きなかったため、マクロ経済の大きな変動が生じなかったとする考え方である
6。
6 外部ショックには石油ショックのほかに、増税等による財政的ショック、生産性に関わるショック、石油以外の財の価格に関するショックがある(Stock and Watson (2002)p.31-34)。ただし、中東における緊張の高まり等は石油ショックと同程度の影響を有し、外部ショックが存在しなかったとは言い切れないという意見もある(Bernenke(2004))。
〔2〕ミクロ的な構造変化
これは「グレート・モデレーション」がミクロ的な市場構造と企業行動の変化に起因するとする見方である。例えば、IT等の影響によって生産管理技術が向上し、需要の変動に速やかに生産を調整することが可能になった結果、在庫保有量を削減することができるようになり、在庫循環が景気循環に与える影響力を弱めたとする説
7や規制緩和等を通じて商品市場・資本市場における様々な障壁が取り除かれた結果、企業活動の自由度が増加し、経済環境の変化に対して迅速に対応できるようになったとする説等がある。こうした企業活動の自由度を増やす要因の1つが国境における障壁の低下、すなわち、グローバル経済化であることは言うまでもない。
7 McCarthy and Zakrajsek(2002)p.29-33、McConnell and Quiros(2000)p.16-25.