1.資産価格の中期変動
(1)資産価格の中期変動と銀行システム危機
前節までで見てきたように、ここ数十年間におけるグローバル化・IT化の進展は、GDP成長率の短期的な変動幅の縮小傾向や物価の低位安定化の傾向(ディスインフレ)等、マクロ経済の安定(「グレート・モデレーション」)をもたらしてきた。しかし、同じくこの数十年間において、資産価格の中期変動の拡大が多くの国で観察されており、後述するように、場合によってこれらが銀行システム危機につながる可能性のあることが指摘されている。
〔1〕資産価格の中期変動と信用量の変動
国際決済銀行(BIS)のエコノミストであるボリオとホワイト
2によれば、世界各国の資産価格は、1970年代初期から中期、1980年代中期から1990年代初中期、1990年代後半から現在と、1970年代以降3つのサイクルを描いており、また、年代が経過するに従ってサイクルの長さと振幅が徐々に拡大しているとしている(第1-4-1図)。さらに、この資産価格の変動は、各国の信用量の対GDP比と正の相関関係にあり、この相関関係は、景気拡大期に強く表れ、また、金融の自由化が進むにつれてより密接になってきていると指摘している(第1-4-2図)。ただし、我が国の場合には1980年代における急激な資産価格の上昇が、1990年代を通して調整される過程にあったことから、資産価格は継続的に下落傾向で推移しており、1990年代以降、中期的な変動のパターンは他の国々と様相が異なっている。
2 Borio and White (2004).
第1-4-1図 各国の実質総合資産価格指数の推移
第1-4-2図 各国の実質総合資産価格指数と信用量の推移
まず、資産価格の変動について見ると、一般に資産価格がファンダメンタルズと見合った水準にあれば、各種の資産は実体経済と整合的なかたちで効率的に利用されていることになり、資産価格の変動が問題となることはない。しかし、資産価格は、様々な理由でファンダメンタルズから乖離し、いわゆるバブルが発生し得る。また、翁、白塚(2001)3によれば、バブル的な要素を含む資産価格の過度な上昇・下落は、主として、〔1〕資産効果による消費への影響、〔2〕担保価値・純資産価値の変動に伴う外部資金調達プレミアムの変化を通じた投資への影響、というルートから実体経済活動に影響を及ぼすとされる。
3 翁、白塚(2001)。
他方、信用量の変動について見ると、内藤(2003)4によれば、銀行による信用創造機能は元来、好況期には自らの利益が上がり資本も充実し、また、貸出先企業の内容も好転するために貸出を積極化させる。逆に不況期にはこれと反対方向のメカニズムが働き、貸出先企業の業績悪化により貸出を消極化すると、銀行の収益の低下につながり更に貸出姿勢を消極化させる。つまり、銀行の信用創造機能は、景気変動を増幅させ不安定化させる効果(pro-cyclicality)を潜在的に有しているのである。この効果が、資産価格インフレないし資産価格インフレ期待に伴って発現されると、銀行はそれらが続く限り信用拡大に向かうバイアスがかかり、景気を一層持ち上げ、逆に資産価格が下落に転じると、信用を縮小させるバイアスがかかり、企業債務の過剰化、企業信用力の低下を伴い更に信用を収縮させ、景気を下押しすることとなるのである。
4 内藤(2003)。
このようなメカニズムは、個別の金融機関行動の是非の問題ではなく、各金融機関が期待を形成する過程において共通して直面する様々な要因により、経済メカニズムの中で影響を拡大し、加速化するという点に特徴がある。仮に、金融自由化の進展を通じてこうした要因に対する反応が大きくなった場合(例えば同じ期待レベルの下でのリスク許容度が高くなった場合)には、こうした中期的な景気変動を拡大する可能性がある。
第1節で述べたような規制緩和等を通じて財市場における障壁が低くなること等を通じたディスインフレや短期的なGDPの変動幅の縮小と、資産価格の中期変動に起因する経済の中期的な変動の拡大とは、共存することがあり得るということである。
〔2〕資産価格の中期変動と銀行システム危機
先述の国際決済銀行のボリオとホワイトによると、資産価格の急激な上昇と信用量の急激な増加が銀行危機の発生に先行して確認されており、自由化した金融環境において銀行システム危機発生のリスクがより高まったのではないか、という指摘がなされている。これまで紹介したように、資産価格は、ユーフォリア(期待の過度の強気化)期には金融機関の信用膨張を伴いながらかさ上げされ、期待が過度に弱気化する時期には、金融機関のバランスシートの毀損や信用供与機能を低下させて下落し、マクロ経済にも大きな影響を及ぼすことがあり得る
5。白塚(2000)
6では、資産価格変動のマクロ経済へ与える影響は、実体経済に直接的に、あるいは金融システムへのダメージを経由して間接的に及び、特に崩壊期における影響は生成期に比べ非対称的に大きいとも指摘している
7。
5 山口(2000)。
6 白塚(2000)。
7 翁、白塚(2001)では、企業と金融機関の間に情報の非対称性が存在し、企業の経営実態が正確には把握できない中で、資産価格バブルの生成・崩壊に伴う企業の純資産価値の変動が担保価値を上昇・下落させ、信用拡張・収縮を増幅させるというメカニズムが金融システム全体として景気変動を増幅する方向に作用し、特に崩壊期の影響を深刻なものにする、とも指摘している。
世界銀行のカプリオとクリングベール8は、1970年代後半以降の93か国における117の銀行システム危機(対象国の大多数の銀行またはすべての銀行の資本が枯渇し、銀行システム全体が債務超過に陥った状態)について整理している9。この117の銀行システム危機について、1970年代後半以降を5年ごとに区切った上でその期間における発生件数を比べてみると、1970年代後半に12件、1980年代前半に14件、1980年代後半に29件、1990年代前半に46件、1990年代後半に22件という結果になった。金融の自由化が先進国から世界へと進展していくのに合わせて、1970年代後半以降、1990年代の前半まで徐々に発生件数を増加させていったと考えられる。また、先進国の資産価格と信用量の中期変動(第1-4-3図)に合わせてみると、銀行危機の発生は、「山」の形成過程(1980年代後半)において増加を見せ始め、崩壊過程(1990年代前半)には更に一層の増加を見せたことがわかり、先述のボリオとホワイトによる指摘にも整合的である10。
8 Caprio and Klingebiel(2003).
9 小林(2002)、小林(2003)p.181-246.
10 Caprio and Klingebiel(2003)によれば、銀行システム危機の発生は全世界を対象としている。他方、G10+の対象は先進国となっており、銀行システム危機の発生と資産価格と信用量の変動の対象地域の違いは考慮していない。また、各国別で、銀行システム危機の発生と資産価格の変動の関係を観察したものでもない。
第1-4-3図 G10+の実質総合資産価格指数と信用量の推移
金融自由化の進展に伴い、資産価格の中期変動はその振幅を拡大させ、また、信用量がその変動に連動するようになり、場合によっては、銀行システム危機の発生に至る可能性のあることが推察される。