(3)家計部門について
米国において、ITバブル崩壊後の景気を下支えし、同時多発テロ事件後の景気の落ち込みを防いだのは、堅調な個人消費や旺盛な住宅購入等の家計部門における需要の拡大であった(第1-4-11図)。GDPの約7割を占める個人消費は、住宅価格の上昇と低金利を背景とした住宅ローンの借換え(以下、「リファイナンス」とする)によるキャッシュ・アウト24や住宅担保ローン(以下、「ホーム・エクイティ・ローン」とする)25等を通じた借入れや、減税による可処分所得の増加によって賄われている。
24 住宅ローンの借換えに際して、住宅担保評価額の上昇分を利用した増額借換えを行い、その一部を現金化する(キャッシュ・アウト)方法が近年普及している。
25 ホーム・エクイティ・ローンとは、保有する住宅資産価値が既存のローン残高を上回る部分を担保に行う借入れのこと。担保付ローンであることから、消費者ローンと比較して低金利であることや、10万ドルまでの借入れに対しては、使途が自由かつ利子が所得控除の対象となる等の利点がある。
第1-4-11図 米国の実質GDP需要項目別寄与度の推移
〔1〕堅調な個人消費を支える住宅ローンの借換え
住宅ローンのリファイナンスに関しては、FRB(米国連邦準備制度理事会)が1998年から1999年初めに行った調査
26によれば、その間にリファイナンスを行った家計のうち35%はキャッシュ・アウトを行っており、1件当たりの平均的なキャッシュ・アウト額は18,240ドルで、これを基にFRBが推計したマクロ的なキャッシュ・アウトの額は545億ドルとなっている。このキャッシュ・アウトの推計額は、1998年中に行われた消費者ローンの増加額(750億ドル)と比較しても小さくない金額であるとの指摘がなされている
27。また、2001年及び2002年の上半期においては、住宅ローンの総額の半分以上をリファイナンスが占めており
28、FRBが2002年の上半期に行った調査
29によれば、2001年から2002年上半期の間のリファイナンスの総額のうち16%が消費に回されており、1件当たりの平均的なキャッシュ・アウト額は26,723ドルとされている。ホーム・エクイティ・ローンに関しては、住宅価格の上昇に伴って、1995年以降、堅調に増加を続けており、2003年の残高は、1995年の約7.5倍にまで増加している(第1-4-12図)。以上のように、住宅ローンの借換え等が家計部門の消費支出にプラス効果として働いている。
26 Brady,P.J.,G.B.Canner and Maki(2000).
27 峰岸、石橋(2002)。
28 米国抵当銀行協会(Mortgage Bankers Association)のWebサイト。
29 Canner, G.,K. Dynan and W.Passmore(2002).
第1-4-12図 米国の住宅ローンと住宅価格上昇率の推移
〔2〕大型減税の効果
減税に関しては、米国史上第3位の大規模な減税法
30が2003年5月に成立・執行され、家計部門の消費を力強く押し上げるような減税(所得税率の引き下げ、最低所得税率対象者の拡大、児童扶養税控除の拡大及び共働き世帯向けの減税等)が既に実施され、米国政府の試算によると、2003会計年度は約309億ドルの減税効果が見込まれている
31。
30 減税の名称は「2003年雇用と成長のための減税調整法(”Jobs and Growth Tax Relief Reconciliation Act of 2003”)」で、2003年5月28日に成立。2003年から2013年の11年間で総額3,500億ドルの減税を行う大規模なもの。米国史上最大の減税はレーガン減税(1981年総額1.51兆ドル)、第2位は現ブッシュ政権による2001年の減税(総額1.35兆ドル)。
31 Joint Committee on Taxation, U.S. Congress(2003).
〔3〕今後の懸念要因
家計部門における今後の懸念要因としては、以下が挙げられる。
(住宅ローン借換えと減税効果の不安定要因)
住宅ローンの借換えによる消費拡大効果に関しては、住宅価格や金利に左右されやすく不安定となり得ることが懸念される。また、減税に関しては、所得税減税の恒久化が議論されているものの、財政赤字全体の動向との関係でその持続可能性については注視する必要がある。
(家計部門における債務の増加と貯蓄率の低下)
家計部門においては、債務の急激な増加及び貯蓄率の低下といった懸念要因も存在する。家計部門における債務はこれまで一貫して増加してきているが、住宅ローンと消費者信用を合わせた家計の債務残高の可処分所得に対する比率は、2000年以降、特に上昇テンポが加速している(第1-4-13図)。
第1-4-13図 米国の家計部門における債務残高の対可処分所得比率の推移
さらに、家計部門の貯蓄率も低下を続けている。米国の家計貯蓄率は、大恐慌に見舞われた1930年代にマイナスに陥り、その後第二次世界大戦時に20%を超える水準にまで急上昇したものの、1950年代以降は8〜10%近辺で安定して推移していた。1990年代に入ると急激に低下し、2001年には1930年代以来の低水準にまで低下した。ただし、2001年7月に開始された大型減税によって、2002年には上昇の兆しを見せている。他方、非営利部門を除く家計部門のみの貯蓄率は一層低い水準で推移している、との米国商務省による試算もある32(第1-4-14図)。家計部門の金融資産及び負債の増減額の推移を見ると、負債の増加のテンポが金融資産の増加のテンポを上回り、家計部門は過去5年間、資金不足の状態が続いていることがわかる33(第1-4-15図)。
32 Mead, C.I., C.P. McCully and M.B. Reinsdorf(2003).
33 三菱証券株式会社経済調査部(2003)。
第1-4-14図 日米の家計部門の貯蓄率の推移
第1-4-15図 米国の家計部門における金融資産・負債の増減額(対GDP比)
以上のように、米国の経常収支不均衡の拡大は、米国経済が世界経済をけん引してきた1つの結果であることは疑いないものの、その持続性に関しては、政府部門においては、足許の財政収支の赤字幅の拡大に加えて、1980年代と比較すると今後の高齢化の進展により相当の負担が予想されること、家計部門においても債務残高の増加、貯蓄率の低下が進んだ結果、政府部門と家計部門の資金不足を海外マネーがファイナンスする形になっていること、等の点も考慮に入れる必要がある。もとより、世界経済のバランスのとれた成長を実現していくためには、米国のみならず我が国を含めた世界各国が、前節までで述べた世界経済メカニズムの変化を考慮に入れつつ、生産性を向上させ、雇用を増加させるための構造改革等を通じて内需主導の成長を目指し、強靱な経済構造をつくっていくことが必要である。