第2章 東アジアの持続的・自律的成長の胎動〜東アジアのビジネスチャンスとリスク〜 |
(2)中国の消費実態
上記に見たように、中国は東アジアの中でも特に成長が著しく、今後とも13億人の巨大消費市場が拡大していくと期待する向きも多い。しかし、同時に所得の格差が拡大しており、それが消費拡大の抑制要因になり得るとの懸念もある。ここでは、中国に焦点を当てて、まず、成長の中心といわれる都市部での消費動向を見た後に、都市部・農村部の相違、都市部の中での所得階層別消費実態等の詳細を見ていくこととする。
[1]中国の都市部での高い消費動向
中国の高い経済成長を支えているのは製造業を中心とした沿岸都市部の成長であると言われている。著しい高成長を背景に、沿岸都市の中には購買力平価ベースで既にNIEsと同程度の経済水準を有する都市(上海や北京等)が現れている(第2-1-62図)。
消費財小売総額の推移を見ても、消費全体に占める都市部の割合は上昇を続け、足下では65%にまで達している(第2-1-63図)。また、都市部(平均)の耐久消費財の普及状況を見ると、カラーテレビ、洗濯機、冷蔵庫といった基本的な家庭用耐久消費財は、ほぼすべての世帯に普及しており、パソコン、ビデオや携帯電話等の娯楽用耐久消費財への消費にシフトする段階に来ていると考えられる。注目すべきは、携帯電話の普及度であり、1999年にわずか7.1%だったのが、わずか4年でほぼ全世帯に爆発的に普及している。他方、乗用車の普及度合いは都市部全体で見ればわずか1%にすぎず、依然として一般庶民にとっては所得水準に対して高額なため、購買層は一部の高所得者層に限られていると推測される(第2-1-64表)。
次に、都市部世帯の消費支出構成の変化を見てみると
21、1990年代前半までは所得と消費支出額が増加したにもかかわらず、消費パターンにはあまり変化が見られなかった(第2-1-65、66図)。これは、消費支出の約3分の2が生活に不可欠な「食料」及び「衣料」に回されており、家計にとって他の費目への配分を増やす余裕がなかったためと推測される。しかし、1996年以降、家計の可処分所得の大幅な伸びに合わせるように(第2-1-67図)、消費パターンに変化が見られる。これまで消費支出の大部分を占めていた「食料費」(−12.8%)及び「衣類費」(−3.8%)が大きく低下する一方で、シェアが上昇したのは、「交通・通信費」(+6.2%)、「教育・娯楽費」(+5.5%)、「医療・保健費」(+4.2%)及び「住居費」(+3.7%)である(第2-1-68表)。この背景には、所得の増加によって生活をより豊かにするための選択的な消費を増やす余裕ができたためと考えられる。しかし、上記4費目の支出増加の背景には、市場経済化が進む過程において、教育改革による大学学費の有料化やその引上げ、政府の持ち家奨励策による家賃の引上げや住宅購入に伴う内装工事費の増加、医療制度改革による個人の医療費負担増加等、政策的要因によって義務的負担が増加したことにも起因しており、本来の意味での選択的消費の拡大は限定的であるとの指摘もある
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第2-1-62図 日本の1人当たりGDPの推移と各国・都市との比較
第2-1-63図 消費財小売額の推移
第2-1-64表 都市部(平均)における耐久消費財の保有度(2003年)
第2-1-65図 中国都市部世帯の消費支出構成の変化(1)
第2-1-66図 中国都市部世帯の消費支出構成の変化(2)
第2-1-67図 都市部1人当たり可処分所得と消費支出の実質伸び率
第2-1-68表 中国都市部世帯の消費支出構成の変化割合
[2]都市部と農村部における消費実態の相違
上記で見たように中国都市部では消費が拡大しているが、中国経済全体の中に占める家計消費の位置づけを見てみたい。
第1章でも見たように中国ではGDPが高い成長を遂げる中で、固定資産投資、家計消費、政府支出等の需要項目別の支出も拡大している。しかし、固定資産投資が高成長率でGDP全体の成長をけん引する一方で、個人消費の伸び率が相対的に低く、GDPにおける構成比の推移を見ると、固定資産投資が上昇を続けているのとは対照的に、家計消費は低下傾向にある(第2-1-69図(再掲第1-2-11図))。
本項目では、中国全体の消費が緩やかな伸びにとどまっている背景を見ていく。まず、特筆すべき第一の要因としては、都市部と農村部の相違が挙げられる。都市部の堅調な所得の増加及び消費の高度化等によって消費が下支えされる一方で、農村の所得の伸び悩みにより消費が低迷する等全人口の4割の都市部人口が個人消費全体の6割を占めるという歪んだ構造になっている(第2-1-70、71、72図)。具体的に、都市部と農村部の消費支出構成を見てみると、農村部のエンゲル係数は都市部に比べて8.5ポイントも高く、消費支出全体のおよそ半分を占めている(第2-1-73図)。その一方で、「医療・保健費」及び「教育・娯楽費」が都市部と同程度に高く、これは社会保障制度や義務教育制度が整備されていないために、医療・教育費負担が農民の生活を圧迫している可能性が大きい。また、公共インフラ整備が不足しているために、電気・水道料金が都市部よりも相対的に高いことが「住居費」のシェアを大きくしている要因であると考えられる。また、耐久消費財の普及度合いを見ても低所得やインフラ不足を背景に、一部の財を除くと普及の遅れが目立つ(第2-1-74、75図)。このように、農村の生活環境は、所得の伸び悩みやインフラ整備不足、義務的支出の負担等を背景に、都市部に比して厳しく、消費拡大の阻害要因となっている。
他方、消費をけん引している都市部においても社会保障制度の未整備や雇用不安に加え、個人所得税制度の不備や、国有資産の私的流用等不正手段による所得増加等が、所得格差の拡大を生み出す等、消費を抑制させる不安定要素を抱えていることにも留意が必要である。
第2-1-69図 中国の家計消費及び固定資本形成の対名目GDP比(再掲 第1-2-11図)
第2-1-70図 都市/農村家計消費の対名目GDP比
第2-1-71図 都市と農村の1人当たり可処分所得実質伸び率の推移
第2-1-72図 都市部と農村部の所得格差
第2-1-73図 中国都市部及び農村部の消費支出構成(2003年)
第2-1-74図 中国の耐久消費財普及の推移
第2-1-75図 都市部と農村部の耐久消費財保有台数の格差(2003年)
[3]都市部内の所得階層別に見た消費実態の違い
民間消費が緩やかな伸びにとどまっている第二の要因としては、都市内部の所得階層別の消費の違いが挙げられる。都市部においては堅調な所得の増加により消費の拡大及び高度化が進んでいるように見受けられるが、都市内部での所得階層別により詳細に見てみると、都市部においては所得の格差が1990代後半以降急速に拡大しており、所得階層によって消費パターンに大きな相違が見られる。はじめに、所得階層別の可処分所得の実質伸び率を見てみると、上位20%の階層が大きく増加している一方、下位20%の階層世帯は伸びが減少、特に、下位10%においては直近の3年間においてマイナスとなっている。所得の伸びの増加(又は減少)に比例するように、消費支出の伸びも同様の変化を示している(第2-1-76、77図)。また、都市部全体の消費支出額に占める構成変化を見ても、上位20%の階層世帯が消費シェアを拡大させ、それとは対照的に下位20%の階層のシェアは減少している。2000〜2003年の消費支出額の増加に占める上位20%の階層世帯の寄与は4割を超えている(第2-1-78図)。ちなみに、日本の高度成長期(1955─70年)における所得階層別の可処分所得の実質伸び率と比較してみると、日本では1955年から1962年までが年平均で下位20%:5.7%増、中位20%:5.7%増、上位20%:6.3%増だったのに対して、1963年から1970年までが下位20%:7.5%増、中位20%:5.7%増、上位20%:4.2%増と、低所得者層の伸びが高所得者層のそれを上回り、低所得者層の所得の底上げが進んでいた。所得格差が拡大している現在の中国とは対照的である。
次に、所得階層別の消費支出構成の変化を見てみると、所得階層に比例する形で一様に必需的な「食料費」や「被服・履物費」が低下し、「交通・通信費」及び「教育・娯楽費」等選択的な消費が増加する割合が増えている印象を受ける(第2-1-79図)。しかしながら、各消費支出の内訳を更に細かく見てみると、所得階層によってその消費内容の違いが浮き彫りになる(第2-1-80表)。森(2005)が指摘しているように、「住居」及び「医療・保健」については各階層ともその支出シェアはそれほど変わらないものの、下位10%及び中位20%の階層においては光熱・水道費が大きな割合を占め家計を圧迫している可能性があるのに対し、上位10%は住居のシェアのほうが高く、住宅購入に伴う内装工事費
23の増加を反映したものと考えられる。また、「教育・娯楽費」においても下位10%及び中位20%の階層においては、教育費が大部分を占め家計の負担になっている様子がうかがえるのに対して、上位10%の階層では、テレビ・ビデオ等の娯楽用耐久消費財や娯楽サービスの支出割合が高まっている。さらに、上位10%においては「交通・通信費」が大きく伸びており、自動車の購入や携帯電話・インターネット利用の普及を反映したものと考えられる。つまり、前述したように、上位10%の所得階層は所得の増加によって、より快適な生活を過ごすための選択的な消費ができるようになった可能性が高いのに対し、低所得者は所得の伸びが低下する中で、食料費を切り詰めることによって教育費・光熱費・医療費等その他の費目に充てており、これらの義務的支出の負担増が家計を圧迫している可能性がある
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第2-1-76図 都市部の所得階層別1人当たり可処分所得の実質年平均伸び率の推移
第2-1-77図 都市部の所得階層別1人当たり消費支出の実質年平均伸び率の推移
第2-1-78図 都市部の所得階層別消費支出割合の変化
第2-1-79図 都市部の所得階層別消費支出構成の変化
第2-1-80表 都市部の所得階層別の消費支出費目の内訳
[4]地域別消費実態
(地域別消費実態)
民間消費の伸びが緩やかな第三の要因としては、地域別の消費動向の相違が挙げられる。地域別の所得・消費実態を見てみると、都市部及び農村部とも、可処分所得は、経済発展の恩恵を享受している沿岸部の方が内陸部よりも相対的に高くなっている(第2-1-81図)。特に、上海を含む華東地域の都市部可処分所得は突出している。このような所得の格差は消費面にも現れており、沿岸部地域がこれまで消費の拡大をけん引し、東北・内陸地域は相対的に遅れをとってきたことが分かる(第2-1-82、83図)。また、耐久消費財の普及率や「交通・通信」及び「教育・娯楽」等のサービス支出について見てみても沿岸部(特に華北・華東・華南)の方が相対的に高くなっている(第2-1-84、85図)。
(地域/所得階層別消費実態)
以上、地域別消費の差異が見られることを指摘したが、さらに、詳細に地域の都市内部での所得階層別の消費実態を見てみると、消費をけん引する高所得消費者層の規模は異なるものの、沿岸部だけでなく、内陸・東北地域においても高い消費動向が見られることには注意を要する。
i)沿岸部地域の消費実態
国務院発展研究センターによると、消費の担い手として期待される所得階層(世帯月収が大都市で6,000元以上、中規模都市で4,000元以上)は都市部全体の10%前後を占めるとしている
25。中国国家統計局による所得階層別の家計調査データの上位10%の高所得者層(世帯月収4,242元、1人当たり年可処分所得18,996元(2002年))を消費の担い手層と仮定してその規模を推計してみると
26、2002年において都市部人口5億人(1.6億世帯)のうちの約4,400万人(1,65万世帯)がそれに該当すると考えられる(第2-1-86表)。さらに、上位10%の高所得者層に該当する4,400万人の地域分布状況について各省・市別統計年鑑を用いて推計してみると、上海に約220万人、江蘇省・浙江省を加えた長江デルタで約880万人、広東省に約890万人、北京・天津に約230万人となり、全国の約半数(45.6%)を占める約2,000万人が主要沿岸3地域に集中していることになる(第2-1-87図)。また、上記3エリア内の主要地方都市(地級市以上)の1人当たりGDP(2002年)を見ると、3大沿岸都市(上海(4.1万元)、北京(2.8万元)、広州(4.2万元))と肩を並べるまでに急速に経済成長を遂げている地方都市が台頭してきており(「江蘇省」:無錫(3.6万元)・蘇州(3.6万元)、「浙江省」:杭州(2.8万元)・寧波(2.8万元)、「広東省」:深(4.6万元)・東莞(4.3万元)・佛山(3.5万元)・珠海(3.3万元)・中山(3.1万元))、これらの地域において、外資系企業をはじめとした企業の販売ターゲットとなり得る高所得者層が幅広く分布し、中国国内向け販売(内販)のビジネスチャンスが生まれていることを示唆している。
次に、現在消費をけん引している購買層が多くいると思われる上海、北京、広東省の上位10%の高所得者層の消費支出パターン(2003年時点)を見てみたい(第2-1-88表)。まず、注目すべきは3地域ともエンゲル係数が30%を下回っていることである。特に、2003年の北京のそれは22.9%と、同年の日本(22.0%)と同水準となっている。また、居住費についても都市部平均では「住居費」よりも「光熱・水道費」の支出が大きいのに対して、どの地域の高所得者層とも「住居費」のほうが高い。これは北京における「建築用資材費」の7.3%が示すように、近年活発化している住宅購入に伴う内装工事費に多くが費やされていることが推測される。また、選択的な消費支出の割合が各都市とも45%を超え、全国都市部平均に比して10%以上高く、北京市では必需的消費と選択的消費がほぼ拮抗するレベルにまで達している。具体的には、「交通・通信費」では交通費の割合が高く、2003年の高所得者層の自動車保有率が6.6台と都市平均(1.4台)に比して高いことからも分かるように、自動車購入が可能な世帯が増えていることが考えられる。また、「教育・娯楽費」においても都市部平均に比べて、高所得者層はテレビ・ビデオ等教養娯楽耐久財や映画・旅行等教養娯楽サービスの支出が高く、正に自らの余暇を充実させるために支出するだけの資金的余裕があることがうかがえる。
ii)内陸・東北地域の消費実態
さらに、相対的に経済発展の遅れていると言われる内陸・東北地域についても見てみたい。前述したように地域平均で見てみると、1人当たり可処分所得は約7,000元程度の低水準にとどまっているが、代表的な地域を例にして所得階層別の世帯規模を上述の方法で推計してみると、例えば重慶市においても都市部上位10%の高所得者層と同水準の世帯は約50万世帯(約130万人)、また、遼寧省においても同上高所得者層と同水準の世帯は約50万世帯(約130万人)が存在していると推測される(第2-1-89表及び前掲第2-1-87図)。具体的に、2002年時点の重慶市、遼寧省及び湖北省の高所得者層の消費支出構成を例にとって見てみても(第2-1-90表)、エンゲル係数は既に30%を切っており、上海や北京の高所得者層と比べても遜色ないレベルに達している。また、遼寧省及び湖北省においては食費のうち各々約20%、26%を外食費に充てている。その他の消費支出費目においても沿岸部の高所得者層と同様の消費配分を示している。特に注目すべきは、重慶市において「教育・娯楽費」のシェアが高く、そのうち過半を「教養娯楽耐久財及びサービス」に支出していることである。
さらに、中国主要都市の20〜30代高所得者層(全国平均年収:29,412元)を対象とした消費実態アンケート調査(複数回答)
27を見ても、これら内陸・東北地域において、洗濯機等の基本的な耐久消費財のみならず、携帯電話・パソコン・大型テレビ等の娯楽用耐久財も沿岸大都市に劣らず高い普及率を有している(第2-1-91図)。また、現時点においてビデオカメラ・デジタルカメラ・乗用車は、他の消費財に比して全般的に保有率が低いものの、今後の購入意欲は沿岸大都市と同様に旺盛であり、これら内陸地域における、平均値では測れない消費ポテンシャルの大きさを実感できる(第2-1-92図)。なお、乗用車については最も普及しているといわれる北京(23.4%)に次いで、成都(16.8%)が高い保有率を有しているのは注目される。
第2-1-81図 中国の地域別可処分所得(2003年)
第2-1-82図 中国の地域別1人当たり実質家計消費の推移
第2-1-83図 中国の地域別実質家計消費(2003年)
第2-1-84図 地域別都市部世帯における耐久消費財保有台数(2003年)
第2-1-85図 主要省・市別都市部世帯の消費支出構成の変化
第2-1-86表 主要沿岸地域別の所得階層別収入状況(2002年)
第2-1-87図 消費をけん引する高所得者層の主な地域分布状況(2002年)
第2-1-88表 主要沿岸都市部の高所得者層の消費支出構成(2003年)
第2-1-89表 主要内陸・東北地域別の所得階層別収入状況(2002年)
第2-1-90表 主要内陸・東北地域の高所得者層の消費支出構成(2002年)
第2-1-91図 主要都市における高所得者層の主な耐久消費財の保有状況
第2-1-92図 主要都市高所得者層の間で現在保有率は低いものの、今後購入意向のある製品
[5]中国における消費けん引役としての新たな社会階層「新中間層」の萌芽
中国においては、近年の急速な経済成長による所得水準の向上に伴い、社会階層の変化が起こりつつあり、中国国内においてもそうした社会の変化を背景に2000年頃から社会階層をめぐる議論が活発化している。その中でも「新中間層」といわれる新たな階層の形成が注目されている。こうした新しい階層の出現及び動向は、中国の社会、政治等の分野に影響を及ぼすだけでなく、今後の中国国内の消費市場の行方を左右する上でも重要な要素であるため、中国国内のみならず、外資系中国進出企業等からも大きな関心が寄せられている。ここでは、2004年7月に中国社会科学院が報告した「当代中国社会流動」を中心に、その議論の一端を紹介したい。
(新中間層の概念)
「当代中国社会流動」(以下「当該報告」という。) によれば、「新中間層」という概念は工業革命初期に形成した農民、自営業者等「旧中間層」に対して新たに作られた言葉であり、研究者によってその言葉の定義・概念が異なるものの、共通に認識されている特性を取り上げてみると、以下の通りである。
[1]主に知的労働者である。
[2]比較的学歴が高く、専門的な教育訓練を受けたことがある。
[3]給料、報酬で生活している。
[4]仕事上での決定権をある程度持っており、社会公共事業に対しある程度の発言権及び影響力を持つ。
[5]政治上の態度は温和、保守であり、積極的に民主、平等を求め、ある程度、社会意識を左右する。
[6]生活様式・行動・教養は上層社会に同調し、格調、品位を重んずる。
[7]価値観では自己達成、自己実現を重視する。
[8]先進国中流階層程度の生活ができる私有財産、休暇時間及び消費能力(例えば自家用車、私有住宅、家族旅行・休暇等)を持つ。
当該報告では、上記のような特徴をもつ階層の具体的職業として、経営管理者、エンジニア、会計士、弁護士、デザイナー、外資系企業若しくは金融・情報関連産業等に勤務するホワイトカラー層等を挙げている。ここで注意すべきは「中間層」とは、必ずしも所得水準が一国全体の中で「中間」であることを意味するのではなく、その所得及び消費水準が相対的に高いことである。
(新中間層の形成の背景)
こうした新中間層の形成の背景には、主に3つの要因があるとしている。まず、1978年の改革開放以降、中国においても先進国同様に、都市部を中心にサービス産業化が進みつつあり、こうした産業構造の変化の中で職業構造にも変化が生じ、例えば専門的・技術的な職業をはじめとするホワイトカラー職種に対する労働力需要が拡大してきている。その中でも専門的・技術的職業従事者は、その育成に時間がかかり労働市場における需給関係が逼迫傾向になりやすいため、一般的にその所得水準が高く、また、社会的ステータスも高いことから、新たな階層を形成する土壌を提供したことが背景の一つである。第二に、このような人々は都市部に居住していることが多く、都市化の急速な進展と合わせて、生活スタイルや価値観も変化させ、新しい情報受容も旺盛で都市部における新たな消費需要の担い手として様々な消費市場の拡大に寄与している。現段階の中国の都市化率は平均で1978年の17.9%から2002年の39.1%になっており、こうした都市化の急速な発展が中間階層の形成に有利な社会環境を作り出したと指摘している。第三に、私有財産権の承認と民間企業、外資系企業等非国有企業が生み出した新たな資源分配システムの定着が指摘されている。具体的には、国有企業とは異なり、一般的に外資系企業や民間企業では、成果主義の下でボーナス等現金収入が増加するといった仕組みが定着しつつあり、その収入の増加が新しい消費の担い手を台頭させていることが挙げられている。
当該報告は、以上の背景の中で、市場経済化が大きく進展し、富を蓄える新たな階層を形成する環境を整えたとしている。
(新中間層の規模)
また、当該報告では、その中で実施した社会アンケート調査によって10の階層分類がなされており(第2-1-93図)、その10分類から上述した特性に合致すると思われる「新中間層」に対応する階層を見てみると、経営管理者、専門技術者、事務員及び商業・サービス業従業員の一部が該当すると考えられ、その規模は人口の9.4%(約1億人)に上ると推測される。しかしながら、現時点ではこの9.4%に該当する階層の中には所得水準にバラツキがあると考えられ、これらの階層に含まれるすべての人々が現在の都市部を中心とした旺盛な消費拡大を担うような、同一の高度な消費水準・行動を有するとは想定し難く、その一部が該当するにすぎないが、将来の所得向上に伴う「新中間層」の拡大及びそれに伴う消費市場の拡大を担う可能性を含む階層であると考えられる。また、当該報告が指摘しているように
28、こうした「新中間層」の存在は、現時点では中国全体から見れば一部にすぎないが、これらの階層の成長・拡大は、中国消費市場の更なる拡大、消費を中心とした持続的な成長に寄与するのみならず、中国社会が直面している貧富格差を緩和させ、社会の安定化、ひいては公正かつ公平な市民社会の実現に不可欠な要素であり、今後ともこうした社会階層の形成に影響を与え得る様々な社会的・制度的要因(戸籍制度、教育・就業環境等)の動向について注視していく必要がある。
第2-1-93図 中国社会科学院が実施した社会調査による10階層分類
[6]中国市場における企業の多様なマーケティング戦略の事例
近年の高い経済成長を背景とした急速な個人所得の増加及び生活水準の向上に伴い、中国市場は巨大な消費市場として変貌しつつある。そしてこのような中国市場をめぐり、外資系企業のマーケティング戦略にも変化が生じつつある。1990年代の後半ごろまで、日本企業を含む外資企業にとっての中国の国内消費市場における成功パターンは、いわゆる「上位5%戦略」といわれるような、沿岸大都市の一部の富裕者層をターゲットとした、高級品市場に特化したニッチ戦略であったと言われている。しかしながら、前述のように、近年の経済発展の恩恵は沿岸大都市にかぎらず、その周辺中小都市や更に内陸地域にも高所得者層を生んでおり、また、都市部の中でも富裕者層に次ぐ「新中間層」と呼ばれるような購買力のある消費者層の形成を促す等、中国市場は地域的な広がりに加えて、消費者の裾野という観点からも広がりを見せつつあり、富裕層以外の消費者層や沿海大都市以外の地方都市にも無視できない消費市場が現れつつある
29。こうした中国市場をめぐる事業環境の変化の中で、日欧米の大型小売店やチェーンストアにおける急速な全国的店舗展開の例にとどまらず、化粧品、食品、IT製品等幅広い分野において、外資系企業、中国企業を問わず、企業は、多様化する中国市場に合わせた様々なマーケティング戦略を展開している。例えば、高価格帯の高級品から中価格帯や低価格帯の大衆品へとブランドを拡大したり、地方都市への販売・サービスネットワークを拡大する等の試みが見られる。また、広告宣伝や企業イメージ作りもブランドイメージを損なわずに大衆層への浸透を図ったものになっている。
本節では、変化の激しくかつ多様化する中国市場獲得をめぐる企業のマーケット攻略の4つの具体的事例を通じて、統計では測ることのできない中国市場の実態について見てみたい。
(ケース1:化粧品会社A社の事例
30)〜3高マーケティング戦略、市場の拡大・多様化に応じた対象顧客・地域・販売チャネルを明確化した商品戦略、地域社会との長期的信頼関係構築等を通じた企業ブランド価値の向上〜
高級化粧品販売におけるニッチマーケット戦略「1%マーケティング」で成功し、地域社会への社会貢献にも積極的に取り組む等中国での企業ブランド価値を高めて成功を収めているのがA社である。同社の海外マーケティング戦略の基本は、1957年の海外初進出から45年間一貫して「3高マーケティング」つまり、「高品質(high quality)」、「高形象(high image)」、「高服務(high service)」に基づいており、これにより世界に高く支持されるブランド力を構築している。中国事業も例外ではなく、3高マーケティング戦略に基づいて市場開拓を進め、中国オリジナル高級ブランドをはじめとするA社の製品は、いまや中国女性の憧れのブランドとして定着しており、例えば中国全土の高級百貨店での高級オリジナルブランド取扱店(約380店舗)の約9割でインストアシェア1位を維持している。
A社の中国事業は、1981年に北京の有名ホテルや百貨店等で化粧品等の輸入販売を実施したことから始まり、1983年には北京市からの要望で現地企業への技術供与による化粧品生産・販売を開始する等、1980年代はA社にとって北京市政府・地元企業等地域社会との信頼関係の構築や中国化粧品市場への徹底的な研究分析等、次なるステップへの足がかりを築く重要な時期であった。その後、1991年に北京に合弁会社を設立、1992年に輸入品の販売による販売網構築への着手、1993年に現地工場設立を経て、1994年に現地生産による中国発専用ブランドの販売を開始した。本オリジナルブランドは、平均単価100元のプレステージ(高級)商品としてスタートした。この高級品への参入は超プレステージ商品である輸入化粧品とミドル・マスクラスの国内商品の間にあった空白地帯を狙ったものであった。販売ターゲットの中心は外資系企業に勤務するOLを想定したが、1990年代初頭における都市部1人当たり所得500元、1人当たり化粧品消費額が年間平均5元であったことを考えると、100元という価格設定(日本の感覚では1商品4万円相当)はかなり強気なものであった。しかしながらA社は、事前の市場調査によって北京等沿海部大都市では化粧品を含めファッションに敏感な女性が非常に多く、高級輸入化粧品も予想を上回る売れ行きを見せていたこと等を背景に、あえて高価格帯のまま、ターゲットを絞った「1%マーケティング」を進めていった。本高級オリジナルブランド発売当時、ターゲットとなり得る外資系企業に勤務するOLのような高所得者層は女性人口の1%(約600万人)にすぎなかったが、このニッチマーケット戦略がA社ブランドの希少性を高め、高級ブランドイメージを形成することによって、A社商品を中国女性の憧れの存在にしたのである。その後、経済成長とともにA社の高級ブランドの顧客領域は1990年代後半に中国女性の3%(約1,800万人)、現在では同5%(約3,000万人)へと拡大し、現在の日本の女性化粧品購買人口3,000〜4,000万人とほぼ同じ規模にまで成長している。
こうしたA社の成功は、その希少性や有名俳優等を起用したプロモーション効果、中国女性の感性を組み込んだデザインやコピーワーキング広告等による「高いブランドイメージ(high image)」を中心としたマーケット戦略だけでもたらされたものではなく、「高品質(high quality)」や「質の高いサービス(high service)」面での徹底した追求による成果でもある。まず、高品質の面においては、本ブランドに加え、男性化粧品の新ブランドといった高級商品を中国の消費者専用に開発した点が挙げられる。例えば、本ブランドは商品開発の過程で中国女性の肌の悩みであった「乾燥」に着目し、中国の気候や中国女性の肌タイプ・嗜好を徹底的に調査することによって、「欧米製品とは違う自分たちの肌に合った初めての化粧品」という消費者からの高い評価を獲得した。また、男性用新ブランドについて、中国でも男性のおしゃれ意識が急速に高まりつつある中で、当時女性化粧品を代用していた30歳前後のビジネスエリートを中心とする、中国男性のスキンケア・ヘアケア製品に対するニーズ及び嗜好に応える製品を開発したこと等が、顧客層からの多くの支持を得た理由であった。さらに、A社は2002年には北京に研究開発センターを設立し、中国内外のマーケットを対象とした中医学(漢方)を活用した化粧品の研究開発を進め、2004年11月には本高級オリジナルブランド誕生10周年に合わせる形で、日中のA社研究所が共同で開発した高機能クリームを発売するに至っている。
また、質の高いサービスの面については、ビューティコンサルタント(BC)が顧客ひとりひとりの肌に合った化粧品をカウンセリング販売していることに代表される。現在、A社の現地BCは中国全土に1,600人ほどおり、彼女達は日本から派遣された美容指導員から厳しい教育・指導を受けることによって、肌に関する専門的知識及び高度な化粧技術に加え、礼儀・顧客への応対等日本流のきめ細かな接客マナーを取得することで、「単に商品や肌の知識が豊富なだけでなく、『気持ちよく買っていただく』という点で差別化が図られている。」との顧客の評判につながっている
31。また、BCの業績を毎月、お手入れ件数や会員獲得数及び応対能力等によって厳格に評価する体制を構築することによって、百貨店店舗の店頭において他社ブランドよりも質の高いサービスを提供するとともに、販売力の強化にもつなげているのである。こうしたA社の地道な「3高マーケティング」戦略の実践によって、本高級オリジナルブランドは着実に愛用者を増やしており、2000年のシドニーオリンピックに引き続き、2004年のアテネオリンピックでも中国選手団の公式化粧品に認定される等、正に「中国国民ブランド」としての確固たる地位を築いている。
他方、近年の経済成長による消費者の急速な購買力の拡大を背景に、中国化粧品市場も拡大を続けるとともに市場獲得を目指したグローバル競争も一層激しくなっており、A社の中国戦略は更に進化している。まず、本高級化粧品ブランドの更なる売上げ拡大のために、都市部高級百貨店に限定していた従来の販売チャネルを拡充し、2004年3月より直営のオリジナルブランド専門店の展開を開始、主に高級百貨店未進出の中小地方都市を中心に出店を計画している。これらの直営店では、これまでの高品質の商品・サービスの提供に加え、有料のフェイシャルマッサージが受けられるキャビンを併設する等顧客サービスへの更なる付加価値の向上を目指しており、今後全国規模での展開を加速化することにより、2008年度末までに本高級オリジナルブランド事業全体で約300億円の売上げを目指している
32。
また、経済水準の向上とともに増加する中間所得層のニーズに対応するべく、用途・年代・性別ごとに対象顧客を明確化させた中低価格帯化粧品の新たなブランドを次々と投入し、より幅広いミドル・マス市場への攻略も着実に進めている。こうした化粧品市場の裾野や消費者ニーズの広がりにつれて個人経営の化粧品店が急速に増加している流れの中で、A社はこれまで日本で培ってきたチェーンストア運営のノウハウを活用した、新たな「A社化粧品専門店」ビジネスを2003年9月から展開している。具体的には、A社は高級百貨店未進出の地方都市における個人経営化粧品店とチェーンストア契約を結び、そこで主に百貨店で扱っていない中価格帯商品を販売することに加え、商品知識から接客方法やカウンセリングによる美容相談の手法、販売促進策、店舗運営等様々なノウハウを提供することにより、良質のサービス提供による顧客満足度の向上、それによる個人化粧品店の繁栄、さらには、中国女性の美と健康づくりへの貢献等を通じて中国でのA社スタイル及びブランドの一層の浸透を目指している。A社では、急速に拡大しているミドル市場開拓に向けた、この新たなビジネスモデルを中国事業の大きな柱に据えており、事業開始から1年余りの2004年には既に7省・100を超える専門店を展開させ、2008年度には中国全土に5,000店規模へ拡大していく計画である。このように、A社は中国の化粧品市場の拡大及び多様化に合わせて、高級からミドル・マス領域まで導入ブランドを充実化させ、それらのブランドを中国全土にわたる「専門店網」と「百貨店」とを両輪とする事業展開によって、より多くの消費者に浸透させようとしている。こうした中国における事業展開及び経営資源の配置を効率化させるために、2003年には上海に持株会社を設立するとともに、2004年には執行役員を中国総代表として現地に配置し、中国事業を一元的に総括・迅速な意志決定を可能とする体制を構築する等、中国市場を最も重要な市場と位置づけている同社の積極姿勢がうかがえる。
中国化粧品市場は、2010年には現在の日本の化粧品市場規模に迫る約1兆2,000億円にまで拡大すると言われており、今後益々競争が激化することが予想される中で、同社は中国への事業展開にあたり、単に売上げ・利益だけを追求するのではなく、地域社会への社会貢献活動
33にも積極的に参加し、消費者や関係企業・機関等当該地域社会との幅広い信頼関係・ネットワーク作りを長期的に構築していくことを通じて中国社会の活性化、生活文化の向上に貢献することが重要であるとしている
34。こうしたA社の基本理念でもある「地域に根付いた生活創造カンパニー」への標榜及び積極的取組が同社の製品・サービス自体のブランド力を向上させるだけでなく、企業ブランドそのものの価値向上にも大きく寄与しているものと考えられる。
(ケース2:ビール会社B社の事例)〜消費者セグメントの嗜好を敏感にとらえた多様な製品投入、地場企業M&A、環境・社会貢献への取組を通じたブランド力の構築〜
1991年から合弁会社、江蘇省江蘇B食品で高級品ブランドと、大衆品ブランドの2つのブランドでビールの製造・販売を行っていたB社が、本格的にビール事業を展開したのは1995年に中国上海に合弁会社「上海Bビール有限公司」を設立してからである
35。上海に進出した理由は、中国最先端の流行発信地である上海で、「新鮮、斬新、品質」というビールに対する新しい考えを浸透させて企業ブランドを確立し、成功すれば中国全土で高いブランド評価を獲得できると考え、豊かな上海地域に的を絞ったことである。近年の中国におけるB社の戦略の特徴は、[1]様々な消費者の嗜好に対応したきめ細かなセグメントごとのブランドの投入、[2]自社にない低価格帯マーケットでブランド力を持つ地場ビールメーカーのM&A、そして、[3]多様化する消費者に訴えかける斬新な広告宣伝、の3点に集約できる。
B社のマーケティングの第一の特徴は、現地の消費者の消費習慣及び好みに合わせてタイムリーかつ多様な製品投入を行っている点である。B社は外国人や高所得層向けのビールブランド(6元、640ml)で高級感のあるブランドとしてのイメージを確保するとともに、一般の上海人が日常選択する中価格帯(2〜3元)に的を絞り、地元の上海人の嗜好に対する徹底的な市場調査及び商品開発を行った後、1996年に新しいブランドのビール(2.6元、640ml)を投入した。上海人の好みである爽快で澄んだ味わいと手頃な価格というこのブランドの特徴は、上海の消費者に広く支持され、その人気は徐々に拡大し、2003年にはこの中価格帯で70%を超えるマーケットシェアを獲得した。これは中国の伝統的なアルコール飲料やそれまでのビールになかったソフト飲料のような軽い飲み口が、元々さっぱりとした飲料への嗜好がある上海人の間で好評を呼びヒットしたものである。さらに、こうした上海人の味覚をベースに、「清爽口味(アルコール度数3.4%以上、2.8元)」、「超爽型(アルコール度数3.6%以上、5.2元)」等の「爽快シリーズ」を次々と投入し、きめ細かに消費者のニーズに対応している。また、業務用においても上海周辺の主要な飲食店等で初めての生ビールの販売を行う等、積極的な製品の投入を行っている。
こうした競争の激しい中国市場におけるB社のトップシェア獲得の成功の裏には、有能な現地中国人スタッフによる販売ネットワークの構築、偽造ブランドへの徹底的な対策、地元政府との交渉等、地道な努力が大きく貢献したと言われている
36。2001年には、上海の周辺地域にもB社の販売ターゲットとなり得る購買力のある消費者層が育ちつつあることを背景に、上海市の近郊にある昆山市に工場を建設した。工場建設により生産量を拡大して、B社のビール製品を上海市及び近接する江蘇省、浙江省等にも販売範囲を拡大することが可能となった。
同社のマーケティングの第二の特徴は、地場企業買収による低価格帯市場への参入である。B社は2005年に入り、地元の小規模メーカーが乱立し、利益が出にくく、外資系はもちろん大手地場ビール会社も攻略しきれていない低価格帯(2元以下)市場に進出した。具体的には、低価格帯ビール市場の4割のシェアをもつ地元ビール会社の買収である。同社は2005年3月に現地法人を通じてこの会社の発行済み株式総数の74%を取得し、これによって、同じく低価格帯市場を攻め出した地場大手ビール会社や外資系ビール会社との競争を開始することになった。低価格帯市場への参入は、同じ日系でも高価格帯製品に販売の重点を置く他のビール会社とは対照的なマーケティング戦略となっている。同社は低価格帯市場に進出し、より幅広い消費者のニーズに対応した商品を総合的にカバーすることによって、現在外資系ビールを選択しないような消費者が、将来豊かになった際にもB社ブランドの高価格製品を嗜好するように、囲い込み戦略を行っているものと考えられる。
こうした、言わば「B社ファン」を育て消費者の囲い込みをするブランド戦略を下支えしているのが、斬新な広告宣伝である。具体的には、バドミントンのB社冠公式試合の開催、飛行船を用いたユニークなプロモーション、旅行を景品とした販売促進等がある。これらの広告宣伝活動は、新しもの好きの上海市民にB社ブランドを強くアピールする効果があったものと推測される。また、社会貢献を積極的に行っていく企業としての姿勢も強く打ち出しており、日系企業及びビールメーカーとして初めてSARS対策の寄付として上海市政府及び江蘇省政府にそれぞれ100万元を寄付した。さらに、同社は偽造を防ぎ、消費者に安心感を与えるために、B社ビール専用のビンを採用し、中国初の「専用瓶回収システム」を導入した。これは保証金制度により、小売店及び消費者の協力で専用瓶を、指定回収所から専用流通ルートで回収するシステムである。これにより、2010年に万博を控え、急速に経済発展しつつある上海市及びその周辺地域の消費者に対して、偽造防止及び環境保護に積極的に取り組む先進的企業というブランドイメージをアピールすることができた。
このように、同社は中国の幅広い消費者の嗜好の変化を敏感にとらえつつ、各セグメントの多様なニーズに合わせた商品を開発・販売し、市場の拡大に合わせて幅広い消費者の支持を確実に獲得するとともに、偽造防止や環境保護への積極的取組を通じてブランドイメージを確立し、他社との差別化を図ろうとしている。
(ケース3:総合スーパー成都C社事例
37)〜内陸地域でのマーケット戦略成功事例〜
ここでは、一般的には消費レベルがあまり高くないと思われている内陸地域で成功した事例(C社)を紹介する。
C社は1995年頃から中国への進出について検討を始めた。当時、沿海部の消費水準は高いものの、内陸部はそれほどでもないと考えられ、日系企業の進出は沿海部が中心だった(例えば、1995年の1人当たり平均消費は北京:約2,500元、四川省:約1,300元)。同社も当初は中国での全国展開の足がかりとして北京への出店を計画していたが、成都市政府からの強い要望もあり1996年に成都に会社を設立、1997年に第1号店をオープンした。成都を選んだ理由は、まず、第一に成都市より中心街への立地を打診されたこと、第二に同市のマーケット規模(2003年:450万人)の魅力、第三に競合相手が少ないと考えられたこと(当時高所得者のみをターゲットにした国営又は台湾・マレーシア系百貨店はあったものの、今後拡大が予想される中間所得者層を念頭に置いた、衣食住関連商品を同時に兼ね備えた総合スーパーとしての「小売り」の百貨店はなかった
38。)、そして、第四に日本のノウハウを持ち込むことで成都の潜在的消費需要を掘り起こすことが可能と考えたこと等である。
しかし、当初は、知名度の低さのため出店準備段階から、商品仕入(特に生鮮食品)の取引先確保、テナント誘致、接客サービスに対する社員教育等多くの問題に直面し、オープン後も消費者ニーズの酌み取りが不十分で来店客数が伸び悩んだ。そこで、再度顧客からの生の声を聞き、取引先からの意見も取り入れ、サービスレベル向上のための社員教育のやり直しという基本の修正を行ったという。そうした試行錯誤を繰り返す中で、売上げ上昇の手応えの変化があったのは開店後8か月目であった。そのきっかけの一つが「あんぱん」のヒットである。値段を1個1元(約13円)に抑え、しかも成都消費者の口に合うような味の開発に試行錯誤を繰り返しながら取り組んだところ、「安くて美味しい」という評判が口コミで広がり、連日長蛇の行列ができるほどの大ヒット商品(1日最高販売記録は約9,000個)となった。
また、同社は当時成都では見られなかった新しい手法も導入した。例えば、「折り込みチラシ」の開発である。日本では当たり前の折り込みチラシや新聞宅配は当時成都にはなく、チラシが販促の手段であるという考え方さえなかった。そこで、同社自ら新聞社と共同で折り込みチラシ入りの新聞宅配を開始し、その利便性が広まると瞬く間に他の百貨店も追随し、現在は月に3〜4回、1回当たり30万部の折り込み広告を入れている。また、当時どこの百貨店も実施していなかったクリスマスやバレンタインデー等の「イベント仕掛け」も積極的に展開し、期間中の関連商品販売の好調が売上げ増に大きく貢献するとともに、現在では消費者にも普通の行事として受け入れられているという。さらに、競合相手となる他の百貨店はテナントによる売上げが100%で、どこの百貨店でも品揃えが同じになるため、同社は他社との差別化を図るため、中〜上流所得者層をターゲットに置いた、オリジナル商品開発(衣料品の流行カラー/スタイルの提案、独自ブランドの強化、現地消費者の体型に合わせた衣料品のサイズ変更、季節・天候変化に合わせた商品企画・商品替え、食品の味・辛さを成都風にアレンジ等)に力を入れている。こうした差別化戦略により、どこよりも早く流行や季節の変わり目の商品を提供することで、消費者に強いインパクトを与えることができるという。
これらに加え、POSを通じた徹底した製品・在庫管理や、教育訓練・インセンティブを通じた接客サービス向上
39等日本で培ったノウハウが現地の経営管理にもいかされており、その結果、取引先や顧客からの信頼を獲得し、商品単価及び客単価も伸び続け、年間店舗売上高も6〜7億元に達するまで成長している。さらに、2003年には、近年内外資が入り乱れた全国有数の商業激戦区であるとも言われる成都市郊外に、中国の同社店舗最大の売り場面積(25,000m
2)を誇る2号店を開店させ、500台収容の駐車場が常に不足し、1号店の売上げを超えるほどの盛況を維持している(年間来客数950万人)。
沿岸大都市に比べ新しい食・生活文化の流入が相対的には遅いものの、その購買意欲や新しいモノへの関心が高い内陸地域において、単に地域消費者のニーズに受動的に合わせるだけでなく、同社のように消費者の潜在的需要を掘り起こす積極的な取組が、これまで見てきたような統計では表れてこない、成都における高い消費水準の潜在的需要とうまく結びつき、成功に導いたものと考えられる。また、同社の量より質、価格より価値・品質・サービスを重視する経営理念や、POSを通じて市場の変化を敏感にとらえ、的確に生産・販売活動に反映させる単品管理を軸とした店舗運営ノウハウが、中国での事業展開でも首尾一貫して貫かれており、それが低価格訴求戦略を採る欧米の同業他社に対しても差別化を可能にし、競争優位性を維持しているものと考えられる
40。
成都市の潜在的顧客は、市街だけでなく郊外にも広がりつつあり、同社は、将来的には周辺衛星都市やインフラ整備が進んでいる農村部にまでマーケット範囲を拡大させる計画を模索している等、中国市場の新たなフロンティアでもある内陸地域の消費ポテンシャル獲得に向けた同社の挑戦は続いている。
(ケース4:地場PHS企業D社
41)〜地方都市マーケット獲得に向けた戦略事例〜
最後に、潜在的需要が存在し今後拡大が予想される中国の地方都市マーケットを狙った中国人ベンチャー企業の成功事例(低価格と巧妙な販売戦略で一般消費者の巨大市場を切り開いたPHSメーカーD社)を紹介する。
D社は、2人の中国人米国留学生が1995年に設立した米国ベンチャー企業である。同社は2002年に中国PHS市場で成功し、中国通信業界において最も有望な企業の一つとなった。当時、既に米国、日本では古い技術として忘れ去られ、中国でも大都市部からは駆逐されつつあったPHSの技術を応用し、従来のPHSのような独自のネットワークを構築するのではなく、既存の固定電話網のネットワークを利用するという新しい戦略発想によって、PAS(Personal Access System)という中国版PHS(小霊通)を実現させた
42。PASは中国では固定通信サービス事業者にだけに認められた事業であるため、携帯電話(移動通信)とは分類されずに、「無線市内電話」として位置づけられ、固定電話サービスの代替若しくは延長と認識されている。
D社は、国の政策により移動通信事業のライセンスを許可されず、加入者を失いつつあった固定通信サービス事業者
43の1社の地方局と連携して、相対的に所得水準の低い地方中小都市の一般大衆層を中心としたニッチなマーケットから事業を展開していった。PASは携帯電話と比べ、技術的な制約(通話エリアの限定、高速移動中の通話ができない等)があるものの、その価格優位性(通話料金は携帯電話の4分の1程度
44、端末価格は携帯電話の5分の1〜半分以下
45)と利便性等
46が、これまで高価な携帯電話を持つことができなかった地方都市の一般大衆のニーズをとらえたのである。1997年に浙江省の余杭で試験サービスが開始されて、西安、杭州、昆明等各地方都市へと次第にサービスエリアが拡大する中で、大幅に製品の販売台数を伸ばしていった
47。同社は「PASでマクドナルドやウオルマートのような大衆化市場を狙う」
48という基本的な戦略を持ちつつも、小型・軽量化とともにデザイン性を重視した製品の発売を並行して進めることによって、安さに加えてファッションセンスを大事にする若者層の間に急速に広まった。また、販売戦略も巧妙であった。例えば、固定通信サービス事業者と連携して、大学、郵便局、フリーマーケット等へ常設、非常設の販売店を設置し、それぞれの場所に集まるユーザーの特性に合わせたサービスを展開したことも人気が出た要因であった。すなわち、大学での販売店では安い大学生価格で販売、郵便局では季節ごとのプロモーションでパッケージ料金と組み合わせた経済的な機種を販売、フリーマーケットや電話サービスで接客した顧客には、販売スタッフが指定の場所や顧客の自宅に訪問して販売と加入手続きをとる等である。また、市中の商業地域の販売店ではファッショナブルなデザインの比較的価格の高い機種の品揃えで販売する等、固定通信サービス事業者との連携で、販売TPOに合わせた柔軟な戦略をとって販売増加を実現したのである。なお、D社のほかにもPAS端末を生産・販売している地場メーカーがあるが、D社は、これら競合他社が当初、広大な全国市場への展開を躊躇している隙を狙って、早くも2002年までにPASと関連製品の販売・メンテナンスから固定通信会社への手続きまでを一括して実施するワンストップサービス・ステーションを全国31箇所に設置しており、全国展開の面でもその経営判断・実行力の速さで差をつけている。
このように、同社は既存の技術を固定電話の補完という新しい発想によって事業化し、また、ローカル市場(地方中小都市の低所得者層)に照準を合わせるとともに、携帯電話と競合するのではなく共存できるようなマーケティング戦略をとることによって潜在的な消費需要を掘り起こし、この分野でのリーディングカンパニー(シェア65%)として巨大市場を切り開くことに成功した。同社は次なる戦略として、既存のPASに加えて、第3世代の携帯電話システムであるCDMAシステムの研究開発にも着手しており、携帯電話端末を生産販売する方針を打ち出している。これは、これまで同社が獲得している多数のPHS保有者の携帯電話への買い替え需要という強みをいかすこともできるため、同社の動きは中国の携帯電話市場に大きな影響を与えると見られており、その動向が注目されている。
このように、上記の4事例を見ると、各社とも拡大かつ多様化しつつある中国市場の潜在的需要を獲得するために、販売ターゲットとなる顧客層及び地域を明確化し、ターゲットセグメントごとのニーズに応じた製品開発・販売サービスを提供することで、他社との差別化を図っていることが分かる(第2-1-94図)。また、留意すべきは各社の多種多様な戦略の中には、中国市場を攻略する上で参考に値する多くの重要な要素
49が含まれていることである。すなわち、
[1]市場の変化に適応し得る経営の迅速性・柔軟性
(化粧品会社A社、地場PHS企業D社)
[2]部品調達、製品/技術開発、販売、組織/意志決定、人材等経営の現地化
(化粧品会社A社、ビール会社B社、総合スーパーC社、地場PHS企業D社)
[3]消費者の信頼を勝ち取るブランド戦略の重要性
(化粧品会社A社、ビール会社B社、総合スーパーC社)
[4]自社で不足する経営資源(販路・人材・技術等)を補完するための地場企業との戦略的提携
(ビール会社B社)
[5]自社の強みを最大限に活用した未開拓・ニッチ分野での潜在需要の掘り起こし
(化粧品会社A社、ビール会社B社、総合スーパーC社、地場PHS企業D社)
[6]特定地域・分野での経営資源の集中及びその成功経験・ノウハウに基づく他地域・分野への拡大(化粧品会社A社、ビール会社B社、地場PHS企業D社)
[7]長期的視野に立った消費者及び最適パートナー等地域社会との強固なネットワーク構築
(化粧品会社A社、ビール会社B社)
等である。各社は、中国での市場開拓をより優位にかつ効果的に進めるため、こうした要素に裏打ちされた差別化戦略を実現することによって、競争及び変化の激しい中国市場の中においてもその潜在的需要を切り開くことに成功したものと思われる。
中国は高い経済成長とともに消費市場としても魅力を増してきている。
第2節でも見るように、国際協力銀行によるアンケート調査
50でも中期的に有望な事業展開先として中国を挙げる企業が最も多く、その中の83%もの企業が「市場の今後の成長性」をその有望理由の1位に挙げている。ただし、これまで見てきたように中国市場には都市・農村の消費動向の相違、都市の中でも所得階層別の消費動向の相違、地域別の相違等平均では測れない要素が数多く存在している。今後の市場としてのポテンシャルを考える上では成長の高さに目を奪われることなく、このような要素に関する緻密な洞察・分析を通じて、ターゲットセグメントの特徴(地域性・所得階層等)に応じた商品開発・販売サービス戦略を構築し、商品・サービスの差別化及びブランド確立等を図っていくことが潜在的な中国市場の果実を獲得する上で重要であると考えられる。
第2-1-94図 多様化する市場の拡大に応じてより幅広い製品ラインアップと地域市場に展開する企業のマーケット戦略(イメージ図)
第1節 東アジア経済の生産と消費の動向と東アジア経済の抱えるリスク |