第2章 「アジア・ダイナミズム」と国際事業ネットワークの形成 

(8)所得格差と中国の「三農問題」

 中国では、投資に比べて消費は伸び悩んでいる。
 中国の経済成長の中で、消費の寄与度が相対的に低く、緩やかなものにとどまっている背景として、〔1〕人口の約6割を占める農村部の消費が低迷し、都市部主導の消費構造となっていること、〔2〕消費が拡大している都市部の中でも所得格差が存在し、上位所得層がリードする消費の拡大であること、が挙げられる。

(都市の上位所得層が主導する中国における消費の拡大)
 中国の都市部では消費を拡大させており、消費財小売総額37の約7割は都市部の消費となっている。既に中国の都市部の世帯では、カラーテレビ、洗濯機、冷蔵庫等の基本的な耐久消費財は100%に近い普及率となっており、パソコンやビデオといった娯楽に用いる耐久消費財の消費にシフトしつつある(第2-3-27表)。

37 家計の消費、社会集団の使用する公共財の消費の合計額。

 
第2-3-27表 中国都市部(平均)における耐久消費財の保有度
第2-3-27表 中国都市部(平均)における耐久消費財の保有度
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 このように都市部における消費構造が先進国に近づきつつある一方で、農村部の消費は低迷している。農村部における耐久消費財の普及状況を見ると、都市部と大きく異なり、基本的な耐久消費財すら十分に普及していない(第2-3-28図)。こうした都市部と農村部の耐久消費財の普及率の差は、〔1〕家計における可処分所得に都市部と農村部で3倍以上の格差が生じていること(第2-3-29図)、〔2〕一方で、家計における消費支出構成で見ると、医療・保険等生活する上で必要な経費のウエイトが都市部と農村部で大きく変わらないこと(第2-3-30図)、に起因していると考えられる。
 
第2-3-28図 中国都市部と農村部の耐久消費財保有台数の格差
第2-3-28図 中国都市部と農村部の耐久消費財保有台数の格差
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第2-3-29図 中国における都市部と農村部の所得格差
第2-3-29図 中国における都市部と農村部の所得格差
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第2-3-30図 中国都市部及び農村部の消費支出構成(2005年)
第2-3-30図 中国都市部及び農村部の消費支出構成(2005年)
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 他方、都市部における消費の拡大も、一部の上位所得層が主導するものとなっている。
 都市部における一人当たりの可処分所得と消費支出の実質伸び率を比較すると、所得階層が上位になるにしたがって伸び率は高く、下位になるにしたがって伸び率は低くなる傾向にある(第2-3-31図)。こうした可処分所得と消費支出の伸びの差は、都市部家計消費における所得階層別のシェアに現れており、上位所得層(上位20%の所得階層)が占める割合は大きく38、消費支出額の増加への寄与で見ても2000年から2004年の上位所得層の寄与が4割を超えている39

38 家計調査の対象戸数×一戸当たり平均人数×一人当たり消費支出額で算出したシェアでは、上位20%の所得階層の家計消費全体に占めるシェアは3割を超える。
39 脚注38と同様の方法により算出した所得階層別シェアについて、2004年と2000年の差を寄与度としている。

 
第2-3-31図 中国都市部における所得階層別一人当たり可処分所得と消費支出の平均伸び率の推移
第2-3-31図 中国都市部における所得階層別一人当たり可処分所得と消費支出の平均伸び率の推移
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 このように、都市部の消費の拡大を上位所得層が主導している背景として、課税最低限度額(給与所得に係る基礎控除)が1980年から固定されていたこと40等下位所得層に厳しい個人所得税制の存在がある。そのため、中国では、課税最低限度額(給与所得に係る基礎控除)の引上げ(800元から1,600元)等を行う個人所得税の改正法案を可決した(2006年1月1日から実施)。

40 1980年から月収800元で固定されていた。


(中国における農村部の所得低迷の背景としての「三農問題」)
 農村部の所得・消費低迷の背景として、農業、農民、農村の3つの問題からなる「三農問題」がある。この「三農問題」は中国経済、社会の大きな不安定要因ともなっている。以下では、「三農問題」について概観することとしよう。
 第一に、農業の問題とは、低生産性と「豊作貧乏」、生産不安の繰り返し(農業生産の不安定)である。
 中国の農業の労働生産性は、他のアジア各国と比べて低くなっている(第2-3-32表)。このように中国の農業の労働生産性が低い背景の一つとして、戸籍制度の存在が指摘される。中国の戸籍制度によって、〔1〕自由な移動が制限され、過大な労働力が第一次産業に就労せざるを得ないこと、〔2〕出稼ぎ労働者であっても、都市戸籍が取得できない以上一家を挙げた離村にまでは至らず、農村世帯が増加(一戸当たりの耕地面積が縮小)傾向にあり、大規模経営が見込めないこと、等から農業の生産性が上昇しないのである。
 
第2-3-32表 国際比較による中国農業の特徴(2002年)
第2-3-32表 国際比較による中国農業の特徴(2002年)
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 また、不安定な食糧生産も農業の抱える問題である。中国では、急速な人口の増加に対応して食糧生産をいかに増やしていくかという点に農業政策の重点が置かれ、1990年代後半には、絶対的な食糧供給不足から、食糧供給過剰へと転じた。他方、供給過剰に伴い食糧買取価格も大幅に下落し、生産量は過去最高に近い水準となりながら、農村部家計の収入が伸びない「豊作貧乏」の状態となった。
 こうした状況を踏まえ、中国は農業政策の方針を変更し、〔1〕農業から非農業への転換、〔2〕食糧から商品作物への転作、等が推奨されたが、食糧生産量は2003年に大幅に減少して、食糧供給不足が生じるに至り、食糧価格の上昇が見られた(第2-3-33図)。このように中国の農業は、「増産→過剰供給→「豊作貧乏」→減産→供給不足による食糧価格の上昇→増産・・・」という過去にも見られたサイクルからの脱却が不十分となっており、農業生産・農業収入が不安定な状態となっている。
 
第2-3-33図 中国における食糧生産量と生産者価格、農村家計実質所得の推移
第2-3-33図 中国における食糧生産量と生産者価格、農村集計実質所得の推移
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 第二に農民の問題は、農民の貧困であり、農村の荒廃と密接に関連している。
 農民の、都市部に戸籍を持つ市民との間の相対的な貧困は、〔1〕十分に農村部に対する財政資金の投入が行われておらず公的サービスが整備されてこなかったこと、〔2〕戸籍制度の存在、〔3〕税負担に加えて、農業に必要な経費(生産資材)負担や農業税等負担が大きいこと、等に起因している。
 第三は、農村の荒廃である。農村部のハード・インフラの整備状況を見ると、〔1〕全国の道路のうち13%は農村部に通じておらず、〔2〕農村部人口の半数近い3.6億人は飲料水が不足し、〔3〕全国の農村部の半数以上は電話が通じていない、と推計されている41。また、ソフト・インフラ面でも、農村部は、地方政府の支出財源不足により、医療・教育等公共サービスが都市部と比べて十分に提供されていない。そのため、第2-3-30図のように支出における都市部と農村部における必要的経費のウエイトに差が生じず、先に見たような農業生産の不安定性から農村部家計の所得が伸び悩む中で、消費が抑えられているのである。

41 こうした農村におけるインフラ投資の不足は社会主義新農村建設の妨げになると指摘している((2006)「“十一五”局之年更加重村投不足」(中国国家統計局Webサイト))。


 さらに、農村内部でも、所得格差が生じている。例えば、〔1〕農業税は最低課税限度額が存在せず、穀類作物の平年生産量を基準に課税されていたことから、貧困層にとって、より厳しい税制となっていたこと42、〔2〕農業税には地方政府が自前で行うインフラ整備のための財源として、付加税を自由にかけることができたこと43、〔3〕農業経営に係る費用負担は各家計の負担となっていること、等の必要経費が、都市部家計及び農村部の高所得家計に比べて農村部の低所得家計にとって大きな負担となり、農村部の貧困に拍車をかけた(第2-3-34図)。

42 農業税は2006年1月1日をもって廃止された。
43 一人当たりGDPと農業税負担額をプロットすると、両者に全く相関が見られず、省ごとに恣意的な課税が行われた可能性が示唆されている(三浦(2005)「中国の所得格差−所得階層の固定化がもたらす社会不安の高まり−」(『環太平洋ビジネス情報RIM』2005 Vol.5 No.19 日本総合研究所環太平洋戦略研究センター)。

 
第2-3-34図 中国における都市部と農村部家計の所得階層別の必要経費負担(2004年)
第2-3-34図 中国における都市部と農村部家計の所得階層別の必要経費負担(2004年)
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 中国政府の定める貧困基準に沿った貧困人口は順調に減少しているように見えるが(第2-3-35図)、この基準の設定は、国際的な考え方と十分に適合していない可能性がある。例えば、2003年の中国の貧困基準は、一人当たり年間収入を637元としているが、米国と中国の購買力平価を勘案してドル換算を行うと351.2ドルにすぎない。すなわち、国連のミレニアム開発目標として掲げる貧困層削減としての目標(1990年から2005年までの間に1日1ドル未満で生活する者を半減)と照らして考えると、「1日1ドル(1年365ドル)」の基準に達していなかった可能性がある44

44 米国と中国の購買力平価の差(世界銀行「WDI」を使用)を踏まえ、人民元はドルに対して4.5倍過小評価されているとして、均衡為替レートを算出(1ドル=1.81元)し、絶対的貧困基準の収入を割り戻して試算している。ただし、2004年の基準値を、「WDI」直近のデータである2003年の購買力平価の差を踏まえてドル換算した場合には、379.3ドルとなり、基準を上回ることとなる。

 
第2-3-35図 中国の農村部における貧困人口
第2-3-35図 中国の農村部における貧困人口
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(中国における「三農問題」の解決に向けた取組45

45 本稿における「三農問題」の取組として、「2006年度経済・社会発展計画」、「2006年度中央・地方予算」、「第11次5ヵ年規画」における取組を記述している。


 中国政府において、「三農問題」は重点的に取り組んでいく課題とされており、2004年以降3年連続で農業・農村に関する文書が、「中央1号文件」46として位置付けられている。中国では、「三農問題」の解決に向けて、「社会主義新農村の建設」47というスローガンの下、以下のような取組を進めることとしている。

46 当該年における最重要課題として注目される政策文書のこと。2006年は2月21日に公表されている。
47 2005年10月に行われた中国共産党第16期中央委員会第5回総会(16期5中全会)で打ち出された、農業、農村について「生産の発展、生活のゆとり、文化的な気風、農村の環境整備、民主的な管理」を目指す「三農問題」解決に向けた指針。


 まず、「三農問題」の農業の課題解決に向けた取組を見ると、〔1〕地域の特色をいかした農業生産を推進、〔2〕「土地請負経営権」48の流動化による農業経営規模の拡大、〔3〕農業用機械、優良種使用の農家に対する政策的補助の強化49、〔4〕食糧主産省に対する補助金の規模の拡充、等により、農業生産性の向上・生産の安定化を図ることとしている。

48 土地の所有組織に対して、当該組織の成員が、所有組織に対して土地の分配を請求できる権利と、農家が実際に分配された土地を使用する権利。
49 2006年度予算において、農業用機械に対する補助は、補助対象範囲の拡充とともに、2005年度の2倍(6億元)とし、優良品種に対する補助は2005年度よりも2億元増加(41億元)としている。


 次に、農民・農村の課題の解決に向け、〔1〕農業税の前倒しでの廃止50、〔2〕生産資材価格の安定、農産品価格水準の維持、〔3〕「飲料水安全プロジェクト」、「農村電力網プロジェクト」等の財政支援拡充による遅れた農村部のハード・インフラ整備の推進、〔4〕段階的な農村部における義務教育生徒の学費、雑費の全額免除の推進、「新農村合作医療制度」51のモデル地区の拡充や中央・地方財政補助の引上げ等によるソフト・インフラの整備、等を進めることとしている。

50 当初2009年までに全廃することとしていたが、2006年1月から前倒しで全廃された。
51 従来の農村合作医療は集団の資金だけで運営されていたが、農業の低迷に伴い資金調達が困難となり衰退していたため、2003年から新農村合作医療が導入された。この制度は、政府の指導の下、農民一人が年間10元を納めるとともに、各級政府が一人当たり10元を補助し、資金調達を行うこととなっている。


(中国の戸籍制度がもたらす構造的な所得格差)
 中国における都市部と農村部の所得格差を構造的なものとする要因として戸籍制度の存在がある。中国の戸籍制度では、単なる戸籍の登記・管理のみならず、計画経済体制下での労働配分、食糧配分、教育・医療サービスの提供等を実施する観点から、自己の都合で職業や住居を変えること(非計画的移動)が認められていなかったのである。本来、人の移動が自由であれば、所得の低い地域の住民は、所得の高い地域へ移動する傾向があるため、所得格差が平準化される。しかしながら、中国では戸籍制度が存在していたがために、工業化が進展し、経済が発展する都市部の恩恵を、農村部が十分に得ることができなかったのである。
 実態的には、1980年代ごろから、一部の農村部からの出稼ぎ労働者が現れ始め、1990年代には就労を目的とした全国的な人口移動が拡大している(第2-3-36図)。そのため、実態的な人口移動の増加に併せて、1984年以降、段階的に就労目的での戸籍転出入規制の緩和52が進められている。

52 1984年に郷鎮(農村地域における町や村)への移住の許可、2001年に県城(地方都市)への移住の許可が行われるようになっている。

 
第2-3-36図 中国における出稼ぎ労働者の推移
第2-3-36図 中国における出稼ぎ労働者の推移
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 他方、農村部から都市部への出稼ぎ労働者の拡大は、〔1〕出稼ぎ労働者の多くは都市戸籍を有していないことから、都市部での教育・医療等生活面で、都市戸籍者と比べて厳しい待遇を受けやすいこと、〔2〕既に見たような国有企業改革に伴う失業率の増加に拍車をかけたこと、から都市部における社会不安を増加させることとなっている53

53 社会的不安解消のため、2003年には、国務院通達として「出稼ぎ農民の就業、生活支援に関する通達」が出されている。


 また、後述のように、戸籍制度の下で農村部出身の労働者が技術を取得しても、都市戸籍が取得できない場合には帰村を余儀なくされてしまうことから、都市部の製造業が成長している中で、一部熟練工の不足につながっている可能性もある。

(中国における地域間の所得格差54

54 2005年12月に発表された経済センサスの結果、サービス業の統計捕捉率が高まり、中国のGDPが押し上げられていることを踏まえれば、サービス業が発展している沿海部と、相対的に遅れている内陸部とでは、所得格差が大きくなっている可能性がある。


 都市部、農村部家計における所得格差は、マクロ的な地域間の所得格差となって現れている(第2-3-37図)。例えば、都市部家計一人当たりの可処分所得、消費支出を比較すると、沿海部と内陸部55の都市部家計の実質可処分所得には格差があり、内陸部での消費の伸びは緩やかなものにとどまっている(第2-3-38図)。

55 内陸部は内蒙古自治区、広西自治区、重慶市、四川省、貴州省、雲南省、チベット自治区、西省、甘粛省、青海省、寧夏自治区、新疆ウイグル自治区、沿海部は北京市、天津市、河北省、遼寧省、上海市、江蘇省、福建省、浙江省、山東省、広東省、海南省としている。

 
第2-3-37図 中国の地域間経済格差(2005年)
第2-3-37図 中国の地域間経済格差(2005年)
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第2-3-38図 中国における地域別一人当たり実質可処分所得と実質消費支出の推移
第2-3-38図 中国における地域別一人当たりの実質可処分所得と実質消費支出の推移
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 沿海部と内陸部の所得格差は、沿海部中心の発展政策、いわゆる「先富論」56とも関係している。沿海部では、外資の積極的な導入を通じて急速な工業化を進め、経済を発展させてきた。その結果、内陸部では国有企業が、沿海部と比べて多く残ることとなり、国有企業の生産性は低いことから、経済成長率が低く抑えられている(第2-3-39図)。

56 一部の地域、人々が先に豊かになること。中国では、改革・開放前は、工業立地バランス、地域格差の縮小等の観点から、内陸地域への投資を重視する政策を採用しており、沿海、内陸ともに低い成長にとどまっていた。改革・開放の柱であった外資への開放は、深等4つの沿海部の特別区からスタートした。

 
第2-3-39図 中国における地域別の国有企業割合と実質GDP成長率
第2-3-39図 中国における地域別の国有企業割合と実質GDP成長率
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(中国における投資主導の内陸部の成長と資本効率の低下)
 以上のように内陸部では、沿海部と比べ所得・消費ともに低くなっているが、内陸部のすべての省・自治区・直轄市ともに、2004年には、10%を超える高い経済成長率を達成している。
 こうした高い成長率は、主に投資の拡大によって達成されており、1994年にはGDP比で4割程度であった固定資産投資は、2004年には5割を超える水準まで拡大している57

57 沿海部、内陸部の省・自治区・直轄市の名目GDPの合計額における固定資産投資の合計額の比率。


 しかしながら、投資の絶対額で見れば、内陸部の投資額は沿海部の3分の1程度にすぎず、一人当たりの固定資産投資額も沿海部の9,383億元に対して、3,981億元にとどまっている。したがって、投資の拡大は、各省の経済規模に応じたものにとどまり、中央政府からの、発展の遅れがちな地方への財政移転は十分に行われていないことが示唆される。
 他方、こうした投資主導での内陸部の経済成長は、資本効率の低下にもつながっている(第2-3-40表)。実際には、省・自治区・直轄市それぞれにおいてGDP自体が高く見積もられていたことから、限界資本効率は更に低下している可能性もある。国家統計局の調査でも、2004年下期に実施した同年上期の10省GDPの精査によって、一部に過大評価が認められたとしている58

58 2005年以降、省・自治区・直轄市ごとに発表していたGDPを、一括して国家統計局が審査・発表することとしている。この結果、2005年の多くの省・自治区・直轄市で実質GDP成長率に減速傾向が見られる。また、GDP算出の基礎としての産業統計について、日中統計部局における国際交流も進められている。

 
第2-3-40表 中国における地域別の限界資本係数(2000年〜2004年)
第2-3-40表 中国における地域別の限界資本係数(2000年〜2004年)
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(ASEAN4の地域間の所得格差)
 地域間の所得格差は、ASEAN4においても見られる(第2-3-41図)。
 
第2-3-41図 フィリピンとインドネシアにおける地域間経済格差
第2-3-41図 フィリピンとインドネシアにおける地域間経済格差
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 例えば、フィリピンでは、全就労者の約4割が農業に従事しているが、〔1〕インフラ整備の立ち後れ、〔2〕植民地時代のプランテーション農業の名残で、大地主と土地を持たない零細農民との二極化が解消しきれていないこと、〔3〕農業政策が不安定、等から農業の生産性は低くなっている。そのため、製造業やサービス業が相対的に発展しているマニラとそれ以外の地域との所得格差が生じている。
 また、インドネシアでは2億人を超える人口の約6割が天然資源に恵まれないジャワ島に集中、西ジャワ州、中部ジャワ州、東ジャワ州に全貧困人口の約6割が集中している。他方、2001年から進められている行政権の地方委譲もあり、天然資源が多く、人口の少ない東カリマンタン州等は、原材料価格の上昇もあり、より裕福となっている。

(所得格差と社会不安59

59 本稿では、藤村(2005)「所得格差拡大、汚職・不正と社会不安」(社団法人日本経済研究センター「中国のビジネスリスクとチャンス(2005年)」における配布資料)、人民網Webサイト(http://www.people.ne.jp/)等を参考としている。


 所得格差を表す指標であるジニ係数60を見ると、中国におけるジニ係数は、1970年代以降急激に上昇を続けているが、絶対値で見ればASEAN4と大きな差は存在しない(第2-3-42表)。

60 所得分布の不平等度を表し、完全に平等であるときは0、完全に不平等であるときは1(若しくは100)となる。

 
第2-3-42表 中国とASEAN4のジニ係数の推移
第2-3-42表 中国とASEAN4のジニ係数の推移
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 中国の抱える所得格差問題の重視すべき点は、一時期の絶対値ではなく、〔1〕中長期的に見て急激な上昇傾向にあり、〔2〕こうした所得格差が、「三農問題」等構造的問題に起因することから今後も拡大を続ける可能性があること、である。
 こうした所得格差の拡大は社会不安の一因ともなっている。
 例えば、中国の都市部では、一時帰休者や失業者、農村部からの出稼ぎ労働者を中心に労働争議件数、労働争議当事者(参加者)数ともに増加傾向にある(第2-3-43図)。また、農村部でも、大規模な地方のインフラ開発等に際し、違法な土地収用等に抗議する事件が発生することもある61。中国におけるこうした「群体性(集団性)事件」62は増加傾向にあり、中国公安部長の2005年7月の談話によれば、2004年には全国で約7万4千件、376万人が参加したとされており、1994年が約1万件、73万人であったことに比べれば、10年間で件数は7倍、参加人数で5倍と急増している。

61 例えば、新規発電所の建設に係るトラブルがあり、2004年8月に国土資源部は、「行政当局による違法な土地収用を禁じる緊急通知」を発出した。
62 中国では、群衆による事件であり、暴動、騒乱とは異なるとしている。

 
第2-3-43図 中国の労働争議件数と当事者数の推移
第2-3-43図 中国の労働争議件数と当事者数の推移
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 他方、既に見たとおり、ASEAN4でも資源賦存の差や農業問題等を背景とした所得格差が存在することから、失業問題等とあいまった社会不安が存在している63

63 例えば、インドネシアでは、2000年には1999年の倍の270件以上の労働争議が発生したと推定されており、日系企業にも大きな損失を与えている(世界経済情報サービス(ワイス)(2005)『ARCレポート インドネシア』)。


 第3節 国際事業ネットワーク形成における進出先としての中国とASEAN4の経済環境と投資・事業環境

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