第3節 「持続する成長力」の源泉  少子高齢化による「可処分所得」の縮小懸念を克服し、逆に少子高齢化の中にあっても「可処分所得」を拡大していく(=GDP成長と所得収支の拡大を実現していく)「持続する成長力」を備えることが必要である。  そのような「持続する成長力」の源泉としては、GDP成長のための、〔1〕生産性12の向上、〔2〕内外からの十分な資本投入の確保、〔3〕労働参加の推進、に加えて、〔4〕所得収支の拡大、が考えられるが、特に生産性の向上と所得収支の拡大が重要なカギである。 12 全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)を指す。労働や資本を含むすべての生産要素の投入量と産出量の関係を示す指標。具体的には、経済成長の要因のうち生産要素(資本及び労働)によっては計れない技術体系、生産組織(経営の在り方等)等を指す。本白書では、原則として「生産性」という用語は全要素生産性を指す。 1.生産性の向上 (成長のカギとなる生産性)  GDP成長は、成長会計の考え方によれば、生産性の上昇、資本投入量の増大、労働投入量の増大、の3つの要素によってもたらされる13。 13 詳細は付注2を参照。  少子高齢化は、労働投入量の減少をもたらす可能性が高く、また後に見るように資本投入は生産性向上を通じた期待収益率の向上によって増加するので、少子高齢化に直面する我が国が、今後ともGDP成長を図る上では、生産性の向上が重要なカギである。  現実にも、我が国の近年の経済成長を見ると、労働の寄与がマイナスとなる一方で、生産性の寄与が相対的に大きくなっており、その重要性が確認できる(第7図)。 第7図 日本の経済成長の源泉 (資本に体化される技術・ノウハウ等)  なお、世界各地域の経済成長を見ると、特に先進国においては、生産性の寄与よりも、資本の寄与の方が大きいように見える(第8図)。その要因の一つの可能性としては、先進国においては、技術やノウハウといった知的資産がITの進展等によって資本に体化されていることも考えられる。 第8図 世界各地域の経済成長の源泉  しかし、途上国に比べて、既に先進国の生産性が相対的に高いために、更なる向上が容易ではないという可能性もある。重要なカギとなる生産性の向上をいかにして達成するかは、特にキャッチアップすべきモデルを持たない先進国にとっては大きな課題である。 (生産性向上の手だてとしてのグローバル化活用)  それでは、生産性を向上させるためには、どのような手だてがあるだろうか。  生産性は、様々な要因によって規定されるが、私たちが直面している構造変化をチャンスとしていかすという立場から端的にいえば「グローバル化をいかす」という視点が重要である。  具体的には、〔1〕アジアにおける国際事業ネットワーク形成を進めることで生産性を向上させる、〔2〕対内直接投資を拡大して、新たな技術・ノウハウ等を導入する、〔3〕「人材競争」をバネとして人材の「質」を高める、といった取組が重要である14。 14 第3章で詳しく論じる。 2.十分な資本投入の確保 (資本獲得のための「投資先としての魅力」=生産性向上)  資本投入の増大はGDP成長に直結するから、十分な資本投入を確保することは、重要な課題である。  かつては、高い貯蓄率が我が国の旺盛な投資を支えてきたと指摘されるが、経済のグローバル化が進み国際資本移動が活発化する中、かつてはよく見られた「一国の国内投資量は国内貯蓄量によって制約される」(ホーム・バイアス)という関係は弱まりつつある15。 15 詳細は第1章第2節を参照。  これは、金融技術の高度化やITの進展・普及、規制緩和などによって、資本が高収益を求めて国境を越えて活発に移動するようになったためである。このような中で、我が国として国内外から十分な資本を確保するためには、「投資先としての魅力」16を備えることが必要である。 16 ここでは、投資の期待収益率が高いことを意味する。  それでは、「投資先としての魅力」とは、何であろうか。この問題を考えるために、資本ストックの成長がどのような要因によってもたらされるかについて考えてみよう。均斉成長17の考え方によると、資本ストックの成長率は、以下のとおり、労働投入量増加率、生産性上昇率、労働分配率、の3つの要素で規定される。   (資本ストック成長率)   =(労働投入量増加率)+(生産性上昇率)/(労働分配率) 17 一人当たりGDP成長率と資本ストック成長率が等しく成長する経済成長のこと。詳細は付注3を参照。  この考え方によれば、「投資先としての魅力」の向上とは、〔1〕労働投入量が増加しているか、〔2〕生産性が上昇しているか、〔3〕労働分配率が低下しているか、という3つに集約されることになる18。 18 均斉成長下では、資本ストック成長率が高いほど、一人当たりGDP成長率が高くなることから、期待収益率も高くなり、「投資先としての魅力」も増すこととなる。  少子高齢化に直面する我が国においては、特に生産性の上昇こそが「投資先としての魅力」を増大させる上で重要となる。  生産性の向上は、それ自体によって経済成長を促進させるだけでなく、期待される資本収益率を上昇させて国内の資本ストック成長を加速させることを通じてもGDP成長を促進するのである。  実際に、OECD諸国における生産性上昇率と国内投資増加率の関係を見ると、正の相関関係が見られ、生産性の上昇が資本を惹きつけていることがうかがわれる(第9図)。 第9図 OECD諸国の生産性と固定資本投資の関係  特に、世界的に規制緩和が進展し、国際資本移動が活発化した1990年代後半以降においては、両者の相関が強まるとともに傾きが上昇していることから、生産性上昇率が高い国が、国内外から資本を更に惹きつけるようになったことが分かる。今後ともグローバル化が進む中で、国内の資本投入量の確保のためには生産性向上がより一層重要となっている。 (少子高齢化と資本蓄積)  我が国においては、少子高齢化によって貯蓄率の低下が懸念されている。そのため、国内投資が阻害されるという議論もある。  しかしながら、先に述べたように経済のグローバル化によって国際資本移動が活発化して「一国の国内投資量は国内貯蓄量によって制約される」(ホーム・バイアス)という関係が弱まっている現在においては、少子高齢化による国内貯蓄率の低下が国内の資本蓄積を直ちに阻害するとは言えない。  むしろ、前述したように、生産性の向上を図り「投資先としての魅力」を備えることで、国内・国外から資本を呼び込み、高齢化する中においても、資本を蓄積させることが可能となる。 (対内直接投資を通じた生産性向上と資本確保の好循環の形成)  特に、国外からの直接投資については、海外からの技術・ノウハウ、新たなビジネスモデルなどの流入を通じて、我が国の生産性向上に貢献することも期待できる。このような対内直接投資による生産性向上は、期待される資本収益率を向上させて、更に海外からの資本を呼び込んでいくという好循環を形成する。このような観点から、我が国への対内直接投資については、その拡大を図ることが重要である。 3.労働参加の推進 (相対的に高水準にある日本の労働投入量)  労働投入量の拡大もGDP成長に直結する重要な要素であり、女性や高齢者等の労働参加の更なる推進を図ることは重要な課題である。  しかし、国際的に見ると、日本の労働投入量は既に高い水準にある。第10図は、OECD諸国の国民一人当たりGDPを米国と比較して、米国との格差を、〔1〕一人当たり労働投入量と、〔2〕労働時間当たりのGDP(労働生産性)19とに要因分解したものである。 19 なお、生産性(全要素生産性)は、中間投入・労働・資本の全てを考慮した生産性を意味していることから、労働生産性は、全要素生産性の中に含まれる概念である。 第10図 米国と比較した一人当たりGDP格差の要因  これを見ると、日本の一人当たりGDPは米国比76%の水準にとどまっているが、その内訳を見ると、一人当たり労働投入時間は米国よりも3%程度多いのに、労働時間当たりGDPが米国よりも27%も低いために、一人当たりGDPが相対的に低くなっていることが分かる。  他のOECD諸国と比較しても、我が国の一人当たり労働投入時間は、韓国、アイスランド、スイスに次いで高い水準となっている一方、労働時間当たりのGDPはOECD 28カ国中(ルクセンブルクは除く)19位と低い水準にある。  ここから分かるように、日本の投入労働量は既に高い水準にあり、今後「可処分所得」を拡大していくためには、国際的に見て低い水準にある労働生産性をいかに向上させるかが重要な課題である。 (ヒトについては「質」の向上を求めるべき)  このような観点から、少子高齢化による労働投入量の減少懸念に対しては、労働の「量」そのものをどう増やすかもさることながら、いかに「質」を向上させるかが重要な課題である。そのためには、人材育成を図ると同時に、「質」の高い女性・高齢者の就労や「質」の高い外国人労働者の受入れを促進していくことも重要である20。 20 詳細は第3章第3節を参照。  そもそも、例えば、女性の就労について先進的な北欧諸国を見ると、いわゆる「M字型の就労」形態は見られないが、その半面で少子化対策として子育て期間中の労働時間の短縮が行われる等のために、労働投入量の拡大という観点からは限界があるとの指摘もある。また、我が国の労働人口減少を単に量的に外国人労働者の受入れで補おうと考えると限界があり、適切ではない21。 21 国連(2000)「Replacement Migration」によれば、我が国の生産年齢人口(15〜64歳)のピーク(1995年時)を維持するために必要な外国人労働者数は1995年から2050年までに延べ3,350万人である。これは毎年平均すると、60万9,000人の移民を受け入れることを意味する。  先ほど述べた国際的に見て低い労働生産性を改善していくという課題に直面している我が国としては、ヒトの問題は、生産性の向上に役立つ人的資本の育成・活用という「質」の問題を重視していくべきである。 4.所得収支の拡大 〜「投資立国」〜 (拡大する所得収支)  「持続する成長力」の実現のためには、以上見てきたGDP成長の「源泉」に加えて、対外資産から得られる投資収益(所得収支)の拡大が重要な課題である。  我が国の所得収支は、年々増加して名目GDP比で2.26%(2005年)となっており、国際的にも高い水準となりつつある(第11図)。また、OECD諸国の中で見ても、我が国の所得収支額は857億ドル(2004年)と第2位の英国480億ドル(2004年)を大きく引き離して最大となっている(第12図)。 第11図 日米英の所得収支(対名目GDP比)の比較 第12図 OECD諸国及びアジア諸国・地域の所得収支額(2004年) (我が国の「単線的」な所得収支拡大のメカニズム)  しかしながら、我が国の所得収支拡大のメカニズムを見ると、「経常黒字→対外純資産増加→所得収支拡大」という「単線的」な構造に支えられている。  この「単線的」な構造のままでは、将来的な所得収支の拡大の成否は経常収支の動向に左右されることとなる22。 22 第3章第4節で詳しく論じる。  そこで、今後の我が国の経常収支の推移を考えると、高齢化によって家計部門の貯蓄率が低下する一方、企業部門は中長期的には投資が活発化し資金需要部門となると予想される。また、政府部門は、財政再建により赤字が縮小していくと想定される。したがって、「メイン・シナリオ」としては、経常収支はGDP比で緩やかに低下するものの、2030年時点でも引き続き日本は経常黒字国と予想される23。 23 他方、例えばIMF(2004)「How will Demographic Change Affect The Global Economy?(World Economic Outlook September 2004)」によれば、2000年に比較して、2030年にGNP比6.5%減少するとも予測されており、将来的に少子高齢化の中で経常収支が赤字化することも否定できない。  こうした経常収支の予想の下では、現在の「経常黒字→対外純資産増加→所得収支拡大」という「単線的」な構造が変わらなければ、所得収支の「原資」である対外純資産残高の増加が鈍化し、所得収支の拡大自体も鈍化していくものと考えられる。 (所得収支拡大に向けた課題 〜「投資立国」〜)  今後、所得収支が「持続する成長力」の一要素として「可処分所得」の拡大に貢献していくためには、2つの課題がある。  第一に、「単線的」な所得収支拡大の構造を脱し、海外からの対内投資と、我が国からの対外投資の双方の規模を拡大しながら、所得収支を拡大していくという「複線的」な構造の実現を目指すことが重要である。  第二に、こうした「複線的」構造を支えるためにも、海外資産の収益率を改善し、相対的に高い水準とすることが重要である。そのためには、相対的に収益率が高いアジアへの直接投資の拡大等が有益であり、それはまた、生産性を向上させる効果を持つと考えられる。  このような構造的・質的転換によって、生産性向上によるGDP成長に加えて、「投資立国」を実現して所得収支の拡大を図ることが重要である。