第3章
「地球的課題」に対応する「持続的発展のための市場」の創造
第5節
 世界の発展と貧困問題


1 地域間での発展格差
(1)貧困層の世界分布
 国際社会において経済開発は依然として主要な議題の一つであり、2001年に取りまとめられた国連ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals(MDGs))5の第1の目標は、1日の所得が1ドル以下の絶対的貧困層の人口を1990年から2015年の間に半減させることである6

5 国連ミレニアム開発目標は、2000年に行われた国連ミレニアムサミットにおいて採択された国連ミレニアム宣言と、1990年代に設定された主要な開発目標を統合した、2015年までに達成すべき以下の8つの目標である。
  〔1〕極端な貧困と飢餓を解消する、〔2〕初等教育を完全に普及させる、〔3〕男女平等と女性のエンパワーメントを図る、〔4〕幼児死亡率を低下させる、〔5〕妊産婦の健康状態を改善する、〔6〕HIV/エイズ、マラリアなどの病気と闘う、〔7〕環境の持続可能性を確保する、〔8〕開発のためのグローバル・パートナーシップを構築する。
  絶対貧困人口の半減は〔1〕を達成するための具体的目標である。
6 1990年における絶対的貧困層の人口は12億2,000万人である。

 絶対的貧困層の人口の推移と地域分布を見ると、アジアが最も多く6億人に達しているものの、その経済成長に伴い、絶対数が減少傾向にある。一方、中南米、アフリカ両地域におけるその人口は増加傾向にあり、特にアフリカの総人口に占める絶対的貧困層の人口の割合は2004年に33.0%と極めて高い。また、1981年と比較してもその比率がほとんど変化していない(第3-5-1表)。
 
第3-5-1表 貧困人口とその総人口に占める割合
第3-5-1表 貧困人口とその総人口に占める割合

 アフリカの人口は増加を続けると見込まれており、2005年時点で約9.2億人の人口が、2015年に約11.5億人、2050年に約20億人に達すると予測されている7。もし仮に、絶対的貧困層の人口の割合が今後も30%で推移するとすれば、2050年には、絶対的貧困層の人口が、約6億人と現在のアジアの絶対的貧困層の人口に達することになる。

7 国連統計による。


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(2)各地域で見られる経済成長の格差
 次に、アジア、アフリカ、中南米について、各地域の経済成長の格差を見てみる8

8 この経済成長の格差については、例えば、マレーシアとガーナは共に1957年に英国から独立し、1958年時点の1人当たりGNPはマレーシアが200ドル、ガーナが170ドルであったが、2000年時点ではマレーシアは3,884ドル、ガーナは285ドルと、20世紀後半で10倍以上の格差がついたことが指摘されている(Benjamin Asare and Alan Wong(2004)「WEST AFRICA REVIEW」, Africa Resource Center, Inc.)。なお、IMF統計で2007年の足下の1人当たりGDPを見ると、マレーシアが6,948ドル、ガーナが676ドルとなっている。

 各地域の成長の状況を実質GDP(1990年ベース)で見ると、1970年における実質GDPはそれほど大きな差がなかった。しかし、中南米、アフリカの経済成長率は低い水準に止まっている一方で、アジアは、1980年代以降急速に成長し、現在の実質GDPは、アフリカの8倍、中南米の3倍以上と、他の二地域との間で大きな差がついている(第3-5-2図)。
 
第3-5-2図 地域別実質GDP成長率の推移
第3-5-2図 地域別実質GDP成長率の推移
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 次に、各地域の産業構造の変化を見ると、中南米、アフリカは産業構造に大きな変化はみられない一方で、アジアでは1970年から2006年の間に実質GDPに占める農林水産業のシェアが減少、鉱工業の割合が増加し、産業構造の高度化が実現したことが分かる(第3-5-3図)。
 
第3-5-3図 地域別産業構造の変化
第3-5-3図 地域別産業構造の変化
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 高成長を達成したアジアの経済発展については多くの研究がなされている。「経済成長による貧困削減」という観点からは、労働集約型産業の製品輸出を伸ばすことで雇用機会を創出し、農村部貧困層に代替的な雇用機会を増やし、産業構造転換を果たしていくことで実現したとの議論が一般的である9。アジアの実質GDPにおけるシェアの変化は、こうしたアジアの発展戦略が反映されたものと考えられる。

9 栗原充代・山形辰史(2003)「開発戦略としてのPro-Poor Growth」。後発開発途上国においてpro-poor growthを達成する開発戦略を、産業政策との関連から研究、1970-90年代の典型的なアジア高成長経済であるタイと台湾において、貧困層に最も大きな雇用機会を与えたのが農業部門であったのに対して、貧困層の雇用機会増に最も貢献したのが製造業部門であったということを確認している。

 そこで、各地域で経済成長の格差が見られた背景として、以下では、アジアの経済発展に特に貢献したと考えられている「輸出」、「対内直接投資」、「農業開発」及び「教育の充実」に焦点を当て、各地域の比較を行う。

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(3)各地域の経済発展の格差の背景
(輸出)
 地域別貿易動向の推移を見ると、アジアは1970年代以降輸出・輸入ともに急速に拡大している(第3-5-4図)。
 
第3-5-4図 地域別輸出入の推移
第3-5-4図 地域別輸出入の推移
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 この頃から、アジアでは、国によって手法は異なるものの、おおむね政府によって米国市場を主な輸出先とした輸出志向型工業を積極的に展開する輸出促進政策がとられていた。
 一方、中南米は、国内市場向けの中間財や資本財の輸入代替を進め、また、国内物価への配慮から為替レートを割高に設定する傾向があったため、輸出はあまり増加せず、むしろ輸入が増加して経常収支赤字が拡大していった10

10 池上政弘(1993)「発展途上国の1980年代における輸出動向と経済成長」。

 アフリカでは、1950年代後半から始まった独立時11から1970年代は国内産業保護政策12が、1970年代及び1980年代前半を通じて輸入代替産業育成政策がとられた13。その結果、国内産業の弱体化が進み貿易量も低水準で横ばいとなっている。

11 特に1960年は「アフリカの年」と呼ばれ、数多くの国々が独立した。
12 西浦昭雄・福西隆弘(2008)「アフリカにおける産業政策の新課題」。
13 深作喜一郎・松本佳子(2007)「アフリカの民間セクター開発支援」。


(対内直接投資)
 こうした、アジア、特に中国、ASEANの輸出の原動力となったと考えられるのが、我が国を中心とする海外からの対内直接投資の流入である。アジア地域はODAの受取額も増加しているが、1980年代後半から、ODAをはるかに上回る額の対内直接投資を受け入れていた(第3-5-5図)。対内直接投資増加の背景には、アジア諸国が貿易・投資の自由化の推進等によって投資・事業環境を整備したことに伴い、コスト意識の高い、多国籍企業が積極的に直接投資を行い、その結果、輸出の拡大と更なる投資の流入という好循環がおきたことが指摘されている14。これがアジア大でのグローバル・バリュー・チェーンの基礎となっている15

14 浦田秀次郎(2005)「東アジアにおける重層的発展プロセス」。東アジアにおける貿易と直接投資の急速な拡大をもたらした要因について、国内要因と国外要因に分けて整理している。国内要因のうち最も重要なものを貿易および直接投資政策の自由化(例として関税、非関税障壁引き下げ、輸出加工区の設置、投資にかかる規制緩和、免税の導入等)とし、低賃金かつ勤勉な労働力等を通じてビジネス友好的な環境を提供することで直接投資受け入れに成功、その成功がさらなる投資を呼び込んだとする。
15 第2章第1節参照。
 
第3-5-5図 地域別ODA、対内直接投資の受入額の推移
第3-5-5図 地域別ODA、対内直接投資の受入額の推移
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 対内直接投資の受入国に対する経済効果は、雇用創出、技術移転による生産性向上等、多岐にわたる。中国・ASEANでは、外国からの投資が製造業の発展と産業構造の高度化をもたらし、高い経済成長につながったと考えられる。
 一方、中南米地域は、1980年代前半はアジア以上に積極的に海外から直接投資を受け入れ、輸入代替産業の育成やインフラの整備を行った。しかし、産業の担い手であった国営企業の経営の非効率性に加え、インフレーションの進行等から、1980年代を通じて、その経済は低迷した16。1990年代以降は、対内直接投資がアジアを追いかける形で増加傾向にある。

16 経済産業省『昭和61年版通商白書』。

 アフリカでは、1990年代までは貿易と同様に、対内直接投資の流入も長期間低調に推移してきた。
 このように海外からの民間投資に差が出た要因としては、どのようなODAが行われてきたのかも影響していると考えられる。アジアに対する我が国からの経済協力は、ODAの相手国において、いかに付加価値をつけるか、いかに周辺産業をのばすかという、相手国が新たな価値を生み出すような支援スキームであり、経済セクター・サービス向けが多く、インフラ建設等を通じ、直接投資を呼び込むビジネス環境整備に貢献したと考えられる。一方、中南米、アフリカで目立つ欧米の援助は主に教育、ヘルスケアなど人的開発関連である社会インフラ・サービス向けが多い(第3-5-6表)。
 
第3-5-6表 1974-2006年援助額合計(援助供与国、セクター、対象地域別)
第3-5-6表 1974-2006年援助額合計(援助供与国、セクター、対象地域別)

 実際、木村・戸堂(2007)17によれば、他国の援助には無い特徴として、我が国の援助は、我が国からの民間投資の流入を促進する「先兵効果」があるということが実証されている。我が国の援助が、アジア地域の直接投資流入につながり、成長に好影響を与えてきたと言える。

17 木村秀美・戸堂康之(2007)「開発援助は直接投資の先兵か?」


(農業開発)
 アジアでは、経済成長に伴って農村部から他産業への雇用の移動が見られたことが一つの特徴である。これには、農業の生産性向上が実現したことが影響していると考えられる。
 実際、米、小麦、トウモロコシの単位当たり収量を見ると、アジアは一貫して上昇している(第3-5-7図〜第3-5-9図)。
 
第3-5-7図 米の単位当たり収量地域別推移
第3-5-7図 米の単位当たり収量地域別推移
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第3-5-8図 小麦の単位当たり収量地域別推移
第3-5-8図 小麦の単位当たり収量地域別推移
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第3-5-9図 トウモロコシの単位当たり収量地域別推移
第3-5-9図 トウモロコシの単位当たり収量地域別推移
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 アジアにおける農業の生産性向上に大きく寄与したのは、高収量品種の作物の導入や化学肥料の大量投入等により穀物の生産性が向上した「緑の革命18」と考えられている。

18 「緑の革命」という言葉の定義は必ずしも定まったものではないが、穀物の多収品種の栽培を灌漑、肥料、農薬、農業機械などの技術革新と並行してすすめ、伝統的農法から脱却して食糧増産をはかり、発展途上地域を中心とした人口増加に対処しようとするもので、育種から社会経済にいたるまでの広い内容をもつとされる(家永泰光『世界大百科事典』(平凡社))。

 アジアでは、緑の革命以後、農業生産性の飛躍的な向上が、農村から都市への労働移動を生み、工業化への産業転換の足掛かりを作ったとされている19。中南米でも1960年代以降に緑の革命による収量の大幅な増加を経験している20

19 山下道子・水野敏朗(2005)「開発途上国のインフラと投資環境」。輸送道路や水運の整備によって農産物の販路を広げるサプライ・チェーンの拡充も「緑の革命」の大きな要素であるとしている。
20 外務省(2006)「政府開発援助(ODA)白書2006年版」。1960年代以降、アジアや中南米地域で、国際稲研究所や国際トウモロコシ・小麦改良センター(いずれも国際農業研究協議グループの研究機関)で開発された稲や小麦の改良品種の普及により、米や小麦の生産が飛躍的に拡大したとしている。

 しかしアフリカでは、「緑の革命」は実現していない。元々アフリカは降水量が少なく干ばつが発生しやすい気候であるが、これに加えて灌漑施設などのインフラ不足、土地所有制度の不備、地域紛争などが緑の革命の実現を妨げているとされる21

21 櫻井武司(2005)「アフリカにおける「緑の革命」の可能性」。コートジボワールのブケア市の籾米の単収がフィリピンの灌漑水田に匹敵するレベルであり、アフリカで緑の革命を実現することは技術的には可能である。しかし、単収の上昇に重要な水管理技術の採用については土地利用権の安定が重要であり、また、品種や肥料購入に資金制約があることから「緑の革命」の実現は都市部に限定されること、貧しいインフラに起因する輸送コストが農村部の集約的稲作を経済的に成り立たないものにしていることなどを指摘している。


(教育の充実)
 元来、農業以外の主要産業を持たない途上国が経済成長を実現するには、農業所得の増大、農村内非農業所得の増大、都市部の非農業産業への就業による所得増大という経路が考えられる。教育は、特に非農業産業に就業する労働者を育成する上で不可欠であり、途上国の長期的な経済成長を左右する要素である22

22 Sen(2001)でも、明治維新当時の日本の初等教育に言及しており、兵役に徴募された者で読み書きのできない者は1906年頃の段階でほとんどいなくなっていたという事実、1906年から1911年にかけて日本全国の市町村予算の43%が教育費にあてられていた事実に注目している。

 高橋・大塚(2007)23が示したフィリピンの農村における事例では、土地保有や灌漑水田の導入によって農業所得が増大し、農業所得の増大が子弟の教育水準向上に大きく貢献した。その結果、教育を受けた子弟が農業より有利な他の職業に就職して、非農業分野の成長に貢献したと指摘されている。

23 高橋和志・大塚啓二郎(2007)「教育投資、職業選択と非農業賃金の決定因」。

 実際にデータを用いて、識字率と1人当たり実質GDPの関係をみると、識字率が低い国24の中に、高い1人当たり実質GDPを実現している国は存在しない。アフリカ諸国では識字率が低い国が数多く残っており25、経済成長を実現するためには、識字率の向上等、教育水準の向上も課題であると言える(第3-5-10図)。

24 例えば識字率5割を切る国で1人当たりGDPが650ドル以上の国は存在しない。
25 アフリカにおいて、識字率が低い要因としては、旧宗主国がほとんど教育をしてこなかったことも一因として考えられる。
 
第3-5-10図 識字率と1人当たり実質GDP
第3-5-10図 識字率と1人当たり実質GDP
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(アフリカの特殊要因)
 各地域の発展の格差の背景は以上のとおりである。最も低迷してきたアフリカ地域については、より成長に貢献すると考えられる項目に乏しいことが分かる。
 特に、農業の現状がアフリカ地域に与えている影響は深刻である。農業の生産性が上昇しなければ、農村部で余剰雇用は生まれず、他産業への雇用移動は困難になる。さらに、平野(2005)では、都市部に供給される農作物が少ないため、都市部における農作物の価格が高騰、このため都市部における製造業の賃金も高くなり、アフリカの製造業の競争力の低迷にもつながるとの議論が提示されている26。実際、同論文においては、1995年時点のアジア(中国を除く)の平均賃金は5,331ドル、同じくアフリカ(南アフリカを除く)は2,474ドルと算出されており、アフリカの平均賃金が高いことを立証している。さらに、平野(2007)では、アフリカの生産性の低い農業とそれが必然的にもたらしている生産性の低い製造業が、20年間に渡ってアフリカの経済を萎縮させてきた要因であり、この構図が変わらないため貧困削減は進まず、失業は改善されないと指摘している27

26 平野克己(2005)「農工間貧困の連関」。アフリカ製造業の賃金がアジアと比較して高い理由を、資本装備率と労働分配率の高さから分析し、後者において効率賃金仮説にたち、食糧価格の高さが影響しているとした。その理由として高い肥料価格からの肥料投入の低さ、食糧穀物の土地生産性に向上がみられないことからの自給率の低さを挙げ、投資を誘引するためには食糧生産農業の強化が必要であるとしている。
27 平野克己(2007)「アフリカ経済-成長と低開発」。アフリカでは高い食糧価格と資本装備率によって賃金が高いため製造業の労働コストが高く、労働に比較優位がなく、低所得国であるにもかかわらず労働集約型産業をひきつけることができず、労働集約型産業による旺盛な雇用創造とそれによる完全雇用が現出せず、それがアジア諸国にもたらしたような成長成果の幅広い均霑がおこらないとする。

 また、穀物生産の低迷を背景に、最近の穀物価格の高騰によるアフリカ各国への影響が懸念されている。例えば、国連世界食糧計画のプレスリリースによると、食糧援助拡大の試算、貧困農村部での摂取カロリーの減少が既に報告されており、今後深刻な影響が出ると見られる国のうち、アフリカ域内諸国が多数(ジンバブエ、エリトリア、ジブチ、ガンビア、トーゴ、ベナン、カメルーン、セネガル)例示されている28。食料価格は物価に大きく影響することから、他の地域の新興国・途上国同様、アフリカにおいてもインフレが懸念され、今後の経済成長の制約条件となる可能性がある。

28 News Release WFP Japan Office 22 MARCH 2008「穀物価格、WFPの支援活動にも大きな支障」。

 なお、こうしたアジアの発展要素については、本節の冒頭で議論したとおり、市場経済に委ねるだけではなく、政府が補完的な役割を担うことが求められているものであると考えられる。しかし、アフリカについては、政府が、天然資源輸出で得た富を、こうした経済発展基盤の整備に回す等の政策展開が、十分には行われていないと考えられる29

29 Paul Collier(2007), The Bottom Billionは、豊富な天然資源の保有は開発において大きなチャンスでありながら、しばしばそれは呪いになる、という逆説を指摘している。アフリカの平均的な国では、短期的な成長の後、長期的には景気は後退するとして、国家のガバナンスのレベルの低さを指摘している。


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