第1章
 転換期にあるグローバル経済の現状と今後
第2節
 主要国・地域の現状と今後


5 中東・アフリカ・中南米・ロシア経済
(1)中東・アフリカ経済
 中東・アフリカ地域は、ユーラシア大陸の一部と広大なアフリカ大陸に位置し、人口12億4,453万人90、名目GDPは2兆8,630億ドル91に上る広大な経済圏を形成している。域内の所得水準をみると、国によりその水準は異なり、幅広い分布となっている(第1-2-5-1図)。域内の人口増加率は高く、各国ともおおむね年率2〜3%程度で増加し続けている。

90 2009年。国連による見通し。国連「World Population Prospects:The 2008 Revision」。
91 2009年。IMF「World Economic Outlook Database, April 2010」。
 
第1-2-5-1表 中東アフリカ諸国の主な経済指標
第1-2-5-1表 中東アフリカ諸国の主な経済指標


〔1〕マクロ経済概況
 中東・アフリカ経済92は、世界経済危機の影響を受けて2009年に大幅に減速したものの、プラス成長を維持した。中東・北アフリカ諸国の実質GDP成長率は、2003〜2008年までの間に前年比5%超の水準を維持してきたが、石油価格の下落や直接投資の急減を背景に、2009年は前年比2.4%と減速した。こうした傾向はサブサハラ・アフリカ諸国も同様であり、2009年の実質GDP成長率は同2.1%の伸びにとどまった。しかしながら、これは、世界経済が大幅に減速するなかにあって底堅い動きであった。中東アフリカ諸国の一部は、近年の資源価格の高騰を背景に財政収支を改善させ、大規模な景気対策を講じることができたことなどがその背景となっている。2010年には、両地域とも前年比4%台の成長にまで回復する見込みである(第1-2-5-2図)。

92 IMFのデータでは、中東・北アフリカ諸国はアルジェリア、バーレーン、ジブチ、エジプト、イラン、イラク、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モーリタニア、モロッコ、オマーン、カタール、サウジアラビア、スーダン、シリア、チュニジア、アラブ首長国連邦、イエメンの20カ国で構成されている。また、サブサハラ・アフリカ諸国は計47カ国となっている。本稿では、特に断りのない限り、IMFの統計データにおいてはこの定義に従っている。
 
第1-2-5-2図 中東諸国及びアフリカ諸国の実質GDP成長率の推移
第1-2-5-2図 中東諸国及びアフリカ諸国の実質GDP成長率の推移
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(a)中東諸国のマクロ経済動向
 中東諸国のうち、GCC諸国のGDP成長率を国別にみると、液化天然ガス(LNG)の生産が倍増したカタールを除き大幅な低下がみられており、クウェートとUAEでは、2009年はマイナス成長となった(第1-2-5-3図)。これら石油輸出国の経済成長の減速は、OPECの価格安定化努力による石油減産の影響を受けている。また、UAEでは、世界的な貿易・金融市場の縮小、不動産価格の下落により多大な影響を受けた。
 
第1-2-5-3図 GCC諸国の実質GDP成長率の推移
第1-2-5-3図 GCC諸国の実質GDP成長率の推移
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 こうしたなかで、中東諸国は様々な経済危機対策が講じられた。例えば、金融セクターに対しては、中央銀行により金融機関に対する資本注入や貸付金による資金供給枠の設定などの流動性供給に向けた支援策が講じられ、クウェートやサウジアラビア、UAEでは、商業銀行の預金に対する保証の付与も行われた。また、中東諸国では、経済・金融の安定化にSWFが重要な役割を果たした(第1-2-5-4図)。例えば、クウェート投資庁(KIA)は、海外資産の一部を処分して資金を国内銀行に預金することで流動性の供給に貢献したほか、クウェートとオマーンではSWFの資金が株式市場に投資を行うファンドの設立に向けられた。さらに、カタール投資庁とKIAは、金融機関の株式の購入を通して市場の信頼回復に努めた93

93 IMF「Regional Economic Outlook: Middle East and Central Asia, May2009」
 
第1-2-5-4図 SWFの運用資産額の地域別シェア(2009年、単位:%)
第1-2-5-4図 SWFの運用資産額の地域別シェア(2009年、単位:%)

 さらに、サウジアラビアやUAEは財政出動による景気下支えも行い、特にサウジアラビアは、G20諸国のなかで最大規模の景気対策を実施し、5年間で総額4,000億ドルの投資計画を公表した。原油価格の高騰を背景に財政収支が大幅な黒字になっていたことが背景としてあげられる94。石油輸出国の多くは、景気減速下で歳入が落ち込みつつも、経済危機対策としての財政出動が可能な状況にあり、経済危機に直面した後も、石油化学関連、住宅建設、電気、上下水道、交通、医療などの分野で大規模な開発プロジェクトが進められている。後述の通り、2010年3月末時点で官民合わせて総額2兆ドルを超える投資プロジェクトが計画・進行しており、こうした政府による財政支出が景気を強く支えたと考えられる95

94 IMF「World Economic Outlook, Oct 2009」 p.88。
95 開発プロジェクトにおける官民比率は国によって大きく異なるものの、GCC諸国平均でみれば約4割とされている(糠谷英輝「世界金融危機後の中東湾岸諸国〜経済多角化に向けた取り組みと投資の変化」(国際通貨研究所『Newsletter』2009.9.25)。

 直近では、最近の世界的な資金調達環境の改善や一次産品価格の上昇が経済活動の回復に寄与している。ただし、財政支出拡大や景気悪化の影響により、2009年は財政収支が石油輸出国を中心に黒字幅が縮小する見込みである(第1-2-5-5図)。財政出動の余地が急速に縮小するなかで、原油価格の変動の影響を受けやすい構図になっているといえる。
 
第1-2-5-5図 中東諸国(石油輸出国・輸入国別)の財政収支の推移(対GDP比)
第1-2-5-5図 中東諸国(石油輸出国・輸入国別)の財政収支の推移(対GDP比)
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(b)アフリカ諸国のマクロ経済動向
 アフリカ諸国経済は、世界経済危機による貿易の国際的な規模縮小、金融市場の混乱の影響を受け、大きく減速した。当初は、世界金融市場との一体化が進んだ南アフリカへの影響が強く、その後、世界的需要の収縮がアンゴラ、ナイジェリアなどの石油輸出国、更にはモロッコ、チュニジアなどの工業製品輸出国、ボツワナ等の一次産品輸出国に悪影響を及ぼした。南アフリカは、2009年の実質GDP成長率がマイナス1.8%と大きく落ち込み、特に、アンゴラは成長率を大きく低下させた(第1-2-5-6図)。
 
第1-2-5-6図 アフリカ主要国の実質GDP成長率の推移
第1-2-5-6図 アフリカ主要国の実質GDP成長率の推移
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 しかしながら、近年の原油価格の高騰や対内直接投資の拡大等を背景に高成長を遂げてきた過程で、石油輸出国の多くは財政収支を改善させてきた。このため、社会保障制度等を通して景気悪化時に自動的に総需要を刺激する「財政の自動安定化機能」を働かせることができたほか、一部諸国では景気刺激策を実施する余地もあった96。高成長の過程で、サブサハラ・アフリカ全体をみた国内貯蓄の対GDP比も2003年の19.3%から2008年には22.7%にまで上昇し、また一人当たり実質GDPの拡大もみられるなど、過去に比べて景気の悪化に対する抵抗力は高まってきていた。また、その後の一次産品価格の回復は、経済回復の支えとなっており、2010年は景気の回復傾向を強める見込みである。

96 IMF「Regional Economic Outlook: Sub-Sahara Africa, Oct2009」


〔2〕中東・アフリカの成長を支える海外からの直接投資
(a)海外からの対内直接投資の拡大
 中東・アフリカ97ともに、2003〜2004年以降、対内直接投資が急速に拡大した98(第1-2-5-7図、第1-2-5-8図)。両地域では、海外からの直接投資が総固定資本形成の2〜3割程度を占め、経済成長の原資となっている。

97 UNCTAD「World Investment Report」では、バーレーン、イラク、ヨルダン、クウェート、レバノン、オマーン、パレスチナ、カタール、サウジアラビア、シリア、トルコ、UAE、イエメンを「西アジア」としているが、ここでは便宜上「中東諸国」とした。また、アフリカ諸国は、北アフリカ地域(6カ国)、西アフリカ地域(17カ国)、中央アフリカ地域(10カ国)、東アフリカ地域(12カ国)、南アフリカ地域(10カ国)の計55カ国が対象となっている。
98 ただし、UNCTADの速報値によれば、2009年は金融危機の影響でクロスボーダーM&Aの中止・延期も発生し、対内直接投資の伸びはマイナスとなった(UNCTAD, “Global Investment Trends Monitor”, No. 2, Geneva: 19 January 2010)
 
第1-2-5-7図 中東諸国への直接投資額の推移
第1-2-5-7図 中東諸国への直接投資額の推移
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第1-2-5-8図 アフリカへの直接投資額の推移
第1-2-5-8図 アフリカへの直接投資額の推移
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 対内直接投資が拡大した一因として、近年、両地域で事業環境の改善が進みつつあることが考えられる。IFC99は各国の事業環境の整備状況をとりまとめた「Doing Business」報告書を公表している。2010年版の同報告書によれば、世界の主要地域のなかで、中東・北アフリカ地域19か国中17か国が、会社設立における最低資本金の引下げや規定の撤廃、建築許可取得手続きの簡略化、起業諸手続の窓口の一本化等、事業制度等の改革を進めた。また、ルワンダ、リベリア、UAE、エジプトは、2009年に「世界で事業環境の改善を最も進めた10か国」に選出されている。

99 Internatioal Finance Corporation - 国際金融公社


(b)中東の投資動向
(i)GCC主要国投資概況
 GCC諸国では、2008年まで6年連続で対内直接投資が拡大してきた。2008年の対内投資の拡大は、主にサウジアラビアへの投資の拡大によるものである。同国への対内直接投資は、2008年は前年比57.2%増の382.2億ドルに達し、GCC諸国合計の60.3%を占めた(第1-2-5-9図)。投資分野としては、石油化学及び石油精製が合計約120億ドルと大きな割合を占め、また、不動産分野への投資も79億ドルに上った100

100 UNCTAD「World Investment Report」
 
第1-2-5-9図 GCC諸国への対内直接投資(国別)
第1-2-5-9図 GCC諸国への対内直接投資(国別)
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第1-2-5-10表 中東諸国企業を対象とした国境を越えたM&A金額の推移(分野別)
第1-2-5-10表 中東諸国企業を対象とした国境を越えたM&A金額の推移(分野別)

 他方、同地域への直接投資の第2の受入国であるUAEは、2008年は137億ドルと、2007年の141.8億ドルから3.4%減となった。世界経済危機の影響により、ドバイの観光、不動産、金融部門が悪影響を受けた。
 UAEに次いで直接投資の受入額が大きいカタールへの投資は、液化天然ガス(LNG)、電力、水道、通信といった資源・インフラ分野を中心として、全体で前年比42.6%増の約67億ドルとなった。

(ii)プロジェクト投資状況
 中東諸国への直接投資は、原油価格の上昇とそれに伴う力強い経済成長を背景として、2008年9月までは力強い拡大を続けた。GCC諸国は、原油価格の上昇で得た豊富な資金をもとに、石油精製、石油化学、電力、水道、通信、不動産、観光・レジャーといった様々な分野で大規模な投資プロジェクトを立ち上げた。
 しかしながら、2008年第3四半期以降、原油価格の下落と世界経済の急激な冷え込みにより、それまでの好循環が一変した。石油・ガス、インフラ等の大規模プロジェクトは延期を余儀なくされることとなった。中東の調査会社MEEDによれば、2010年3月30日時点において、GCC諸国全体では、総額2兆2,728億ドルに上るプロジェクトが計画並びに進行中であるが、GCC6カ国全ての国でプロジェクト金額は1年前から減少しており、GCC全体では前年比で14.6%の規模縮小となっている。また、休止になっているプロジェクトの合計額も6,216億ドルに上っている。
 なお、イラクにおいては、GCC諸国が世界経済危機の影響を受ける中、戦後復興への期待感もあり、大幅な拡大となっている(第1-2-5-11表)。
 
第1-2-5-11表 GCC・湾岸諸国のプロジェクト金額
第1-2-5-11表 GCC・湾岸諸国のプロジェクト金額

 
第1-2-5-12表 GCC諸国で延期になったプロジェクト例
第1-2-5-12表 GCC諸国で延期になったプロジェクト例


(c)アフリカへの直接投資動向 〜多様化をみせるアフリカへの投資〜
 アフリカ諸国への直接投資は、事業環境の改善が進んだこともあり、2008年に876.5億ドルと、世界経済危機の発生にもかかわらず前年比26.7%の拡大をみせた。このうち、北アフリカ諸国向けが全体の27.4%、サブサハラ・アフリカ47か国向けが72.6%を占めた。国別にみると、2008年はナイジェリアが202.8億ドルと、アフリカ諸国向け直接投資全体の23.1%を占め、最大の直接投資受入国となった。次いで、アンゴラが155.5億ドル(アフリカ全体の17.7%)であり、石油輸出国が上位1、2位を占めた。これに、エジプトが95.0億ドル(同10.8%)、南アフリカが90.1億ドル(同10.3%)と続いている。
 アフリカ諸国企業も含め、多くの多国籍企業が商品市場への投資による収益をアフリカ域内での事業展開の拡大に投入し、新規事業所の開設や新規投資を進めた。また、アフリカへの直接投資の近年の特徴としては、投資分野の多様化がみられることである。従来、商品・天然資源価格の高騰を背景として同分野への投資が中心であったが、国境を越えたM&Aの動向をみると、2008年には製造業やサービス業への直接投資も活発化している(第1-2-5-13表)。
 
第1-2-5-13表 アフリカ諸国企業を対象とした国境を越えたM&A金額の推移(分野別)
第1-2-5-13表 アフリカ諸国企業を対象とした国境を越えたM&A金額の推移(分野別)

 製造業のなかでは、非鉄金属が多いが、アルジェリアやナイジェリア、南アフリカでは、規模は小さいものの化学、化学製品、繊維、衣類・革製品、自動車・その他輸送機器などの分野で新規投資が行われた101。また、サービス業では、2008年に中国商工銀行(ICBC)が56億ドルの投資により南アフリカのスタンダード銀行の株式の20%を取得し、金融分野での直接投資が大幅に拡大したほか、英ボーダフォングループが9億ドルでガーナテレコムの株式を70%取得するなどの動きもみられた(第1-2-5-14表)。

101 UNCTAD,「World Investment Report 2009」
 
第1-2-5-14表 アフリカへの直接投資案件(2008年、上位10件)
第1-2-5-14表 アフリカへの直接投資案件(2008年、上位10件)

 アフリカ諸国の対外直接投資は、2008年では93.1億ドルと規模は小さいが、アフリカ企業による域内投資も行われている。例えば、ナイジェリアの大手企業ダンゴート・グループ(Dangote Group)は、南アフリカのセファクセメント(Sephaku Cement)に対し3.8億ドルの投資を行い、同社の一部株式を取得した。ダンゴート・グループはセメントや精糖、製塩、製粉、港湾・物流、不動産など多岐にわたる分野で事業を展開するコングロマリットである。また、南アフリカのアルテック・ストリーム(Altech Stream Holdings)は、8,500万ドルでウガンダのインターネットサービスプロバイダーであるインフォコム(Infocom)の株式51%を取得した。

〔3〕中東アフリカの投資環境(事業活動を進める上での問題点)
(a)貿易コストの高さ
 貿易面についてみると、一般的に貿易障壁としては高い関税などが考えられるが、貿易手続きの煩雑さなども貿易コストとなる。この点について、UNCTADは、貿易手続きに要する書類数や日数等の水準を世界の主要国地域別に取りまとめており、サブサハラ・アフリカ地域でのコストの高さが浮き彫りになっている。
 例えば、サブサハラ・アフリカからの輸出の面では、輸出手続きに必要とされる書類数は、OECD加盟国平均が4.5種類であるのに対し、サブサハラ・アフリカには7.8種類と、先進国に比して多くの書類の準備・提出が必要である。輸出に要する日数も、先進国では平均10.7日であるのに対し、サブサハラ・アフリカでは同34.7日も要するという結果が示された。1コンテナ当たりの輸出コストも、サブサハラ・アフリカでは先進国の約1.8倍の1,878.8ドルとなっている。
 一方、中東・北アフリカ地域については、東アジアや東欧・中央アジアなどの他地域との比較においては遜色ない水準であり、1コンテナ当たりの輸出コストではOECD加盟国平均を下回る水準となっている(第1-2-5-15表)。
 
第1-2-5-15表 輸出入に要する手続き、時間、コスト(2009年)
第1-2-5-15表 輸出入に要する手続き、時間、コスト(2009年)


(b)現地での事業遂行における制約要因
 事業の制約要因としては、多くの機関が政治的安定性、汚職・腐敗、インフラ、融資へのアクセス、事業開始手続き、従業員雇用や教育水準といった様々な分野を指標化し、それらの総合ポイントで世界の国々のランキングを公表している102

102 例えば、World Bank, “Governance Matters”、Transparency International, “Corruption Perception Index”、IFC, “Doing Business” などがある。

 そうしたなかで、例えばインフラ面に注目すると、アフリカ諸国では、事業の制約要因として電力不足がしばしば指摘されている。1ヵ月当りで、多くの国で10回程度の停電が発生しており、一部の国では20〜30回程度も停電が生じている(第1-2-5-16図)。これに伴い、国により程度の差はあるが、停電による損失が売上の4〜5%程度に上っている。
 
第1-2-5-16図 アフリカ諸国における停電の頻度と売上への影響
第1-2-5-16図 アフリカ諸国における停電の頻度と売上への影響
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(c)政治腐敗度
 政治腐敗度について、国際的に汚職・腐敗防止のために活動するNGOトランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International)が毎年公表している腐敗認識指数(Corruption Perception Index)をみると、「中東」、「アフリカ」といっても国により状況は様々である。
 2009年は、調査対象世界180国中、腐敗度の低い上位50位以内に位置づけられた中東アフリカ諸国はわずか9か国であり、逆に40か国が100位以降にランクされた。
 一方、腐敗度の低さで中東・北アフリカ地域でトップとなったカタールは、総合順位でも22位であり、米国や日本に比肩している。また、サブサハラ・アフリカ諸国でも、新興国として注目を集める中国やインド、ブラジルを上回る順位の国も多い(第1-2-5-17表)。
 
第1-2-5-17表 政治腐敗度に関する認知度ランキング
第1-2-5-17表 政治腐敗度に関する認知度ランキング


〔4〕市場としての中東・アフリカのポテンシャル
(a)市場としての中東・アフリカの潜在性(中東アフリカの経済規模・所得水準)
 アフリカ大陸は広大である。アフリカ大陸の面積は世界の面積の約2割を占めており、中国、米国、インド、欧州、アルゼンチン、ニュージーランドの面積の合計よりも大きい(第1-2-5-18図)。
 
第1-2-5-18図 アフリカ大陸とほかの諸国との面積比較
第1-2-5-18図 アフリカ大陸とほかの諸国との面積比較

 人口の面では、国連によれば、アフリカ人口は2010年で約10億人であり、2050年には東アジアを抜いて世界人口の2割強に達すると予測されている(第1-2-5-19図)。また、アフリカは、人口規模が大きいだけでなく、年齢階層別でも若年層が多く、2010年時点で19歳以下の人口が全体の50.7%を占めている(第1-2-5-20図)。中国(第1-2-5-21図)やインド(第1-2-5-22図)、東南アジア(第1-2-5-23図)、中南米(第1-2-5-24図)と比較しても、若年層になるほど人口がより多くなる人口構成となっている。経済水準をみても、アフリカ諸国の国民所得は世界でも大きなシェアを占めており、将来的に、現在の若年層がアフリカでの消費の中核を担うようになれば、消費拡大のポテンシャルは益々高まっていくと考えられる。
 
第1-2-5-19図 世界の地域別人口の推移
第1-2-5-19図 世界の地域別人口の推移
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第1-2-5-20図 アフリカ人口の年齢構成(2010年)
第1-2-5-20図 アフリカ人口の年齢構成(2010年)
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第1-2-5-21図 中国人口の年齢構成(2010年)
第1-2-5-21図 中国人口の年齢構成(2010年)
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第1-2-5-22図 インド人口の年齢構成(2010年)
第1-2-5-22図 インド人口の年齢構成(2010年)
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第1-2-5-23図 東南アジア人口の年齢構成(2010年)
第1-2-5-23図 東南アジア人口の年齢構成(2010年)
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第1-2-5-24図 中南米カリブ海諸国人口の年齢構成(2010年)
第1-2-5-24図 中南米カリブ海諸国人口の年齢構成(2010年)
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 中東アフリカ諸国の所得水準をみると、IMFによれば、購買力平価(PPP)ベースの一人当たりGDPは、中東・北アフリカでは1990年に4,112ドル、2000年に5,747ドルと拡大してきており、2015年には1万ドルを超えると見込まれている。また、サブサハラアフリカにおいても、1990年の1,185ドルから2015年には約2.4倍の2,842ドルにまで水準が高まる見通しである(第1-2-5-25図)。アフリカ諸国の一人当たり国民総所得の水準は、赤道ギニア、リビア、セイシェルでは1万ドルを超えており、これらの国はブラジル、ロシア、インド、中国(BRICs)よりも国民一人当たりの所得水準が高い。また、中国よりも一人当たり国民総所得が高い水準にあるアフリカ諸国は11か国存在し、インドと比較した場合、その数は21か国に上る(第1-2-5-26表)。アフリカには最貧国も存在するが、このように中国やインドと比較して所得水準の高い国も多く存在する。
 
第1-2-5-25図 中東・北アフリカ及びサブサハラ・アフリカの一人当たりGDPの推移
第1-2-5-25図 中東・北アフリカ及びサブサハラ・アフリカの一人当たりGDPの推移
 
第1-2-5-26表 アフリカ諸国の一人当たり国民総所得(2008年、ドル)
第1-2-5-26表 アフリカ諸国の一人当たり国民総所得(2008年、ドル)

 また、中東アフリカ諸国では、他国・地域に比べれば絶対数は少ないものの、富裕層も存在する。コンサルティング会社のキャップジェミニとメリルリンチの調査によれば、保有資産100万ドル以上の富裕層人口は、2008年では中東で約40万人、アフリカでも約10万人に達している。これは、米国(同46.0万人)や我が国(同136.6万人)、ドイツ(同81.0万人)には及ばないものの、中東は中国(同36.4万人)を上回っており、アフリカはブラジル(同13.1万人)、オーストラリア(同12.9万人)、スペイン(同12.7万人)に比肩する規模である103

103 Capgemini and Merrill Lynch, “World Wealth Report 2009”

 アフリカ経済については、近年、消費市場としての発展も著しい。例えば、携帯電話の加入件数の推移をみると、2007年には約2億7千万件と米国を上回る水準となり、2008年には約3億6千万件にまで拡大した。これは、ASEAN10か国の合計やインドと比肩する水準である(第1-2-5-27図)。また、アフリカには人口百万人超の都市・都市圏が51も存在する(第1-2-5-28表)。今後の人口増加と更なる都市化の進展により、消費の拡大や多様化が予想される。
 
第1-2-5-27図 世界の携帯電話加入件数の推移
第1-2-5-27図 世界の携帯電話加入件数の推移
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第1-2-5-28表 アフリカの人口百万人以上の都市圏(2010年1月1日時点)
第1-2-5-28表 アフリカの人口百万人以上の都市圏(2010年1月1日時点)

 さらに、アフリカ諸国は近年、複数の経済統合を進めている。これが実現すれば、巨大市場としてのアフリカの魅力は益々高まることになる(第1-2-5-29図、第1-2-5-30図)。
 
第1-2-5-29図 アフリカの地域経済共同体別経済規模
第1-2-5-29図 アフリカの地域経済共同体別経済規模
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第1-2-5-30図 アフリカの主な地域経済共同体
第1-2-5-30図 アフリカの主な地域経済共同体


(b)中東諸国におけるビジネスチャンス
 中東諸国において、従来の資源エネルギー関連ビジネスだけでなく、新たなビジネスチャンスが生じている(第1-2-5-31表)。
 
第1-2-5-31表 中東諸国における新事業・産業
第1-2-5-31表 中東諸国における新事業・産業

 例えば、運輸分野では、UAEが連邦政府100%所有の「イティハード鉄道社」の設立を決めた。UAE全土を連結する近代的鉄道網の建設を目指すもので、鉄道網の整備による全体的な輸送コストの低下に期待が寄せられている。また、ドバイでは空港と街の中心部、ジャバル・アリー・フリーゾーンをつなぐ無人運転の「ドバイ・メトロ」が2009年9月に開通したほか、サウジアラビアでもリヤド・メトロ建設計画が明らかにされた。湾岸諸国は鉄道建設ラッシュに沸いている104

104 辻上奈美江、「ドバイ・メトロ開通の社会的インパクトと湾岸諸国における鉄道建設ラッシュ」(財団法人中東協力センター、『中東協力センターニュース:中東情勢分析』2010年2/3月号)

 また、GCC諸国では、健康・温泉(SPA)産業が成長を続けており、エポック・メッセ・フランクフルト社が「健康と温泉の中東(Wellness and Spas Middle East)」を主催している(第1-2-5-31表)。同社によれば、SPA事業における2008年の総売上は23億ディルハム(約6億2630万ドル)に達し、なかでもUAEが突出している105

105 畑中美樹、「意外に豊富な中東・湾岸諸国における新たなビジネス・チャンス」(財団法人中東協力センター、『中東協力センターニュース:中東情勢分析』2009年8/9月号)

 このほか、中東諸国では、糖尿病や肥満の増加を背景に、保健医療産業が新たな成長部門として注目されている。サウジアラビアでは、国民の25〜27%が糖尿病を患っているとされ、また、UAEでは成人の70%が体重オーバーである。こうしたなかで、GCC諸国は「健康リスクと食生活」を見直す啓発プログラムを立ち上げている。データベース会社プロリーズ(Proleads)によれば、GCC諸国の民間・公的機関が進めている病院・保険関連施設の事業は総額541億ディルハム(約148億ドル)に上るという106

106 畑中美樹、「新たな成長部門として急浮上する保健・医療産業」(中東協力センター、『中東協力センターニュース:中東情勢分析』2009年6/7月号)


(c)活発化するアフリカビジネス
(i)BOP市場としてのアフリカ
 一人当たり年間所得が3,000ドル以下のいわゆる「BOP(Base of the Economic Pyramid)」層は、IFCの報告書によれば、アフリカには4億8,600万人存在し、アフリカのBOP市場は4,290億ドルと推計されている(第1-2-5-32表)。これに対し、アジアのBOP市場規模は3兆4,700億ドル、中南米は5,090億ドル、東欧は4,580億ドルとなっており、アフリカは中南米や東欧と比べて遜色ない規模である(第1-2-5-33図)。
 
第1-2-5-32表 アフリカのBOP人口と所得
第1-2-5-32表 アフリカのBOP人口と所得
 
第1-2-5-33図 BOP市場の地域別シェア
第1-2-5-33図 BOP市場の地域別シェア

 市場分野としては、保険医療、情報通信技術、水道、運輸、住宅、エネルギー、食品といった分野が推計されている。IFCによれば、アフリカのBOP市場では、食品市場が2,150億ドルと最も規模が大きく、次いで住宅(429億ドル)、エネルギー(266億ドル)、運輸(245億ドル)、保健医療(180億ドル)となっている(第1-2-5-34図)。
 
第1-2-5-34図 アフリカのBOP市場規模(分野別)
第1-2-5-34図 アフリカのBOP市場規模(分野別)
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(ii)アフリカにビジネスチャンスを見出し積極的に事業を展開する企業
 アフリカでは様々な分野でビジネスが活発化しており、大規模な事業を展開する企業も多い(第1-2-5-35表)。
 
第1-2-5-35表 サブサハラ・アフリカ諸国で事業を展開する企業
第1-2-5-35表 サブサハラ・アフリカ諸国で事業を展開する企業

 例えば、ネットケア社が医療サービス事業の拡大を図っている。同社は、南アフリカで私立病院の運営をはじめ、緊急医療、緊急移送サービスなど幅広い医療サービスを提供し、近年の中間層拡大による需要増を背景に急成長している。1996年に上場した当初は6つの病院を経営していたが、その後、病院の買収を進め、現在では南アフリカ国内に52の私立病院を経営するに至っている。
 また、南アフリカの大手小売のショップライト社は、南アフリカを含む17カ国でスーパーマーケットや家具専門店、日用品量販店など、1,240店舗を展開している。同社の中核事業であるスーパーマーケット「ショップライト」は低所得者向けであるが、南アフリカ国内では高所得者向けのスーパーマーケットも展開している。
 外国資本傘下の企業では、スウェーデンに本社を持つオリフレーム化粧品の子会社であるオリフレーム東アフリカが、モロッコやエジプト、ケニアで事業を展開している。同社は、世界61カ国で事業を展開し、商品数1,500アイテムを扱うが、2008年に進出したケニアでは400品目を販売している。サブサハラ・アフリカでは、ケニアが初の進出先である。ケニアを進出先として選定したのは、市場規模は小さいが競争がなく、今後のアフリカ展開を考える上で市場から教訓を得るのにちょうど良い市場との考えからであり107、戦略的にアフリカ市場を捉えている姿勢が伺える。

107 JETRO「サブサハラ・アフリカ主要国の消費市場」(2010年3月)。

 インフラ面では、デンマークに本拠を持つGrundfos A/S社の傘下企業であるグルンドフォス・ライフリンク社が、太陽光パネルと携帯電話を利用した送金システムを組み合わせることで、コミュニティでの水供給に、環境負荷が小さく、透明性が高く、維持管理コストを最小化したシステムを導入している。

(d)我が国企業による貿易・投資と事業展開
(i)中東諸国との貿易・投資状況
 中東アフリカ諸国に対する我が国の貿易・投資動向をみると、まず、中東諸国向け輸出は、2009年は232.6億ドルと、過去10年で倍増している。輸出品目は、輸送機械、機械機器、電機品が3大品目であり、これら3品目で中東向け輸出総額の7割強を占めている(第1-2-5-36表)。他方、中東からの輸入は、鉱物性燃料、原油等が全体の9割以上を占めている(第1-2-5-37表)。
 
第1-2-5-36表 我が国の中東への輸出品上位10品目の推移
第1-2-5-36表 我が国の中東への輸出品上位10品目の推移
 
第1-2-5-37表 我が国の中東からの輸入品上位10品目の推移
第1-2-5-37表 我が国の中東からの輸入品上位10品目の推移

 また、中東向けの対外直接投資額は、2007年、2008年と2年連続で1,000億円台の規模となったが、2009年は570億円と規模が縮小した108(第1-2-5-38図)。2008年は、サウジアラビア(化学・医薬、金融・保険など)やUAE(建設、卸・小売など)といったプロジェクト金額の大きい国への投資が目立った。

108 財務省対外直接投資統計(国際収支ベース、ネット、フロー)。
 
第1-2-5-38図 我が国の中東への直接投資
第1-2-5-38図 我が国の中東への直接投資
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(ii)アフリカ諸国との貿易・投資状況
 次に、サブサハラ・アフリカ諸国については、2009年の輸出は94.9億ドルとなり、品目では自動車、一般機械類、船舶が上位となった(第1-2-5-39表)。輸入については、従来から宝石・貴金属及び鉱物性燃料・原油等が上位を占めている(第1-2-5-40表)。
 
第1-2-5-39表 我が国のアフリカへの輸出品上位10品目の推移
第1-2-5-39表 我が国のアフリカへの輸出品上位10品目の推移
 
第1-2-5-40表 我が国のアフリカからの輸入品上位10品目の推移
第1-2-5-40表 我が国のアフリカからの輸入品上位10品目の推移

 また、直接投資については、2006年から2008年にかけて3年連続で1,000億円の大台に乗ったが、2009年は258億円の投資引き上げとなった。

(iii)我が国企業の事業展開状況
 我が国企業の事業展開についてみると、三菱重工業が、南アフリカ共和国のPBMR社と、将来的なプラントの建設、市場開拓などでの協力も視野に入れつつ、ペブルベッドモジュール型高温ガス炉(PBMR:Pebble Bed Modular Reactor、球状燃料要素炉)を共同で開発することを検討していくことで合意し、2010年2月3日、そのための覚書(MOU)を締結した109。また、モロッコでは、タンジール・フリーゾーンの各種優遇税制などを背景に、自動車部品を中心に日系企業の進出が相次いでいる。具体的には、2008年に住友電装がラバト近郊、また、マキタがタンジールに進出したほか、2009年にはフジクラがタンジールに、双日がカサブランカに、2010年3月にはデンソーがタンジールに進出している110

109 三菱重工ニュース「小型高温ガス炉PBMRの開発でMOUを締結:将来的にはプラント建設や市場開拓でも協力を検討」(2010年2月4日発行、第4902号)。
110 ジェトロ「通商弘報」(2010年4月19日)。

 現地情勢に合わせて事業を積極的に展開している企業もある。例えば、味の素は、うまみ調味料「AJI-NO-MOTO」をナイジェリアのウェストアフリカシーズニング株式会社で袋詰めし、コートジボワールをはじめ、近隣のブルキナファソ、マリ、ギニア、リベリアなどへの輸出を行っている111。味の素は、貧困層でも買える低価格・小分け販売戦略で、順調に売上を伸ばしている。消費者にはその生活スタイルと収入所得によって「買いやすい」価格があるところ、ナイジェリアでは、うまみ調味料を含めた食品一般を多くの消費者が最大流通紙幣である5ナイラで購入していることに着目した。そこで定価5ナイラ(15g)の個袋を2000年に市場に投入し、以後、2008年までにナイジェリアでの売上を2000年対比で10倍程度に伸ばしたのである112

111 ジェトロ「サブサハラアフリカの消費市場(本編)2010年3月」。(http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000211/honbun.pdf
112 味の素「開発途上国におけるうま味調味料「味の素」のビジネス」(2009年3月10日)

 また、三洋電機は、太陽光で充電して使えるLEDランタン(第1-2-5-41図)の販売をウガンダで開始した。ウガンダでは電化率が都市部で20%、地方ではわずか4%にとどまる113。先に見たとおり、アフリカでは停電も多く、将来大きな家電市場になる可能性を踏まえ、ブランド作りに乗り出している。

113 2009年11月20日付朝日新聞。
 
第1-2-5-41図 三洋電機製LEDランタン(同社提供写真)
第1-2-5-41図 三洋電機製LEDランタン(同社提供写真)

 また、我が国の商社が、ガーナやガボン、リビア、エジプトの油田開発、アンゴラでのセメント工場建設、マダガスカルのニッケル生産、モザンビークでのアルミ精錬、木材チップ加工など、豊富な鉱物資源を狙い、進出を活発化させている。背景には、進出を加速する中国の存在がある。資源開発や社会基盤整備を進める中国系企業は、大量の資金と労働者を現地に送り込んでおり、アフリカの中国系移住者は100万人を超えたとされ、日本の約7,700人(08年)を圧倒している114

114 2010年1月11日付読売新聞。

 このほか、サウジアラビアでは、クボタが2009年3月に石油化学プラントで使用される耐熱鋳鋼チューブの製造販売会社の設立を発表した。また、同年4月にはジェイ・パワーシステムズと丸紅メタルがサウジアラビア沖合油田・ガス田の開発・生産用の海底電力ケーブル製造販売会社の設立を発表した。

(e)躍進が目立つ中韓企業
 中東アフリカ諸国においては、近年、中国や韓国企業の躍進が目立っている。
 例えば、南アフリカの家電市場では、幅広い価格帯の商品が取り扱われており、所得格差が大きいことから売れ筋商品も二極化しているなか、白物家電では洗濯機、冷蔵庫、掃除機などを中心にLG、サムスン(Samsung)などの韓国メーカーが市場を席巻している。家電メーカー関係者は、「韓国は南ア市場にまだ誰も目を向けていなかった10年以上前にいち早く参入し、長い期間をかけてブランドを構築させてきた」と指摘する115。また、ケニアにおいても、家電では韓国メーカーの強さが目立つほか、二輪車では中国メーカーが躍進している。中国メーカーの二輪車1台あたりの価格は5〜8万ケニア・シリングであるのに対し、日本メーカーは9〜12万ケニア・シリングであり、低価格を武器に消費者を惹きつけている。

115 JETRO、「サブサハラ・アフリカ主要国の消費市場」(2010年3月)

 また、サウジアラビアへの韓国・中国企業の進出がここ数年加速している。韓国企業は、1970年代に中東で建設ブームが生じた際に大手建設企業が進出の先陣を切り、近年は建設のみならず、製造、通信の分野でも進出がみられている。また、中国も資源、建設分野で国営企業が進出を果たしている(第1-2-5-42表、第1-2-5-43表)。
 
第1-2-5-42表 サウジアラビアに進出している韓国企業
第1-2-5-42表 サウジアラビアに進出している韓国企業
 
第1-2-5-43表 サウジアラビアに進出している中国企業
第1-2-5-43表 サウジアラビアに進出している中国企業


コラム11

中国による対アフリカ投資の活発化

 近年、中国企業によるアフリカへの投資が急速に活発化している。中国の対アフリカ直接投資額の推移みると、2006年には5億ドル程度であったのが、2年後の2008年にはその10倍以上の約55億ドルに上った(コラム第11-1図)。
 
コラム第11-1図 中国の対アフリカ直接投資動向
コラム第11-1図 中国の対アフリカ直接投資動向
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 2008年には、中国商工銀行(ICBC)が56億ドルの投資116により南アフリカのスタンダード銀行の株式の20%を取得した。これは、近年の対南アフリカ投資のなかでは最大規模の案件である。スタンダード銀行はアフリカ最大の銀行で、アフリカのビジネス情報の厚みと、低所得層、BOP市場のビジネスに長けているといわれる。アフリカの有力銀行は独自の通信網を構築して地方にもATMを設置し、小口口座を広く集めて送金手数料などの収入を得ている。スタンダード銀行の買収は、そうしたノウハウの取得も含めてのものだ117

116 前掲第1-2-5-14表。
117 平野克己(2009)「南アフリカの衝撃」。

 このほか、中国海洋石油総公司(CNOOC)は、2006年に23億ドルを投資したナイジェリアのオフショア油田に追加的に45%の出資を行った118。こうした大型投資案件もあり、中国の対外直接投資において、アフリカはアジアに次いで第2位の投資先となっている(コラム第11-2表)。

118 UNCTAD, 「World Investment Report 2009」。
 
コラム第11-2表 中国の対外直接投資動向(地域別)
コラム第11-2表 中国の対外直接投資動向(地域別)

 中国政府自身もアフリカ諸国との関係強化を図っている。石油・鉄・銅・アルミ・ニッケルといった社会資本整備に欠かせない重要資源が国内で賄えないため、中国政府は首脳による鉱物資源外交を2005 年から積極的に進めている。胡錦濤国家主席は2009年2月10日から17日にかけて、サウジアラビア、マリ、セネガル、タンザニア、モーリシャスの5か国を公式訪問した。また、2009年11月8日、エジプトのシャルムエルシェイクにて、第4回中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC)閣僚級会議が開催され、中国側からは温家宝総理ほかが、アフリカ側からは49か国の首脳・閣僚が出席した。FOCACは、2000年10月に第1回会合が開催され、以後、債務削減、人材育成、医療分野、貿易投資などの分野で中国がアフリカ諸国に協力内容を提案し、アフリカ側の意見を集約しつつ、政治、経済、文化を包括したアフリカ協力の体制構築を中国は進めている。第4回会議は、「中国とアフリカの新しいタイプの戦略パートナーシップを深め、持続可能な発展を図る」というテーマのもとで行われ、「シャルムエルシェイク宣言」と「シャルムエルシェイク行動計画(2010-12年)」が採択され、政治・経済面において協力関係を強化することで双方が合意した。このほか、2010年1月には楊外相をはじめとする閣僚級の3人がアフリカ諸国を歴訪した。中国外相によるアフリカ歴訪は20年連続である。
 我が国も、1993年以降、日本政府が主導し、国連、国連開発計画(UNDP)及び世界銀行等と共同でアフリカ開発会議(TICAD)を開催している。TICADは、Tokyo International Conference on African Developmentの略であり、アフリカの開発をテーマとする国際会議である。5年に1回の首脳級会合に加えて、閣僚級会合等を開催しており、2008年5月には、横浜において4回目となるTICAD IV(第四回アフリカ開発会議)を開催した。最終成果物として、今後のアフリカ開発の取組・方向性に関する政治的意思を示す「横浜宣言」、同宣言に基づき今後のTICADプロセスの具体的取組を示すロードマップである「横浜行動計画」、TICADプロセスの実施状況の検証を行うための「TICADフォローアップ・メカニズム」の三つの文書が発出された。

コラム12

ドバイの行方

 2003年のイラク戦争終結によりもたらされる和平によりイラク市場を中心とした中東が再度、花開くことになるであろうとの期待感をベースに、ドバイが中東の進出拠点として注目を浴びることとなった。更に、新興国の石油需要の拡大等を背景とした原油価格の高騰(2008年7月に1バレル当たり147ドルを記録)も中東市場への期待感をあおり、一層、ドバイへの注目を集めた。
 その理由として、ドバイは、アラビア湾の奥に位置するイラク国境から700kmも離れているためイラク戦争の影響は受けないであろうとの予測と、湾岸産油国にあってはいわゆる西洋式生活が出来ると言う点で最も住み心地が良く、かつ地域のハブとなりえる空港、港湾等、事務所進出のための経済インフラが整っている点であった。
 実際、在ドバイ日本企業の事務所数を見てみると、2000年から2003年にかけては約100社であったところ、2005年には約140社、2009年には約280社に急増している(コラム第12-1図)。
 
コラム第12-1図 ドバイの日系企業事業所数
コラム第12-1図 ドバイの日系企業事業所数

 
コラム第12-2図 ドバイ鳥かん写真
コラム第12-2図 ドバイ鳥かん写真

 こうした流れの中で、2008年9月のリーマンショックを契機にいわゆる「ドバイ・バブル」が崩壊した。「ドバイ・バブル」とは、ドバイの不動産バブルであり、当時の中古不動産市場(セカンドハンド市場)に出されている物件の6割が完成前のものであったとも言われている119

119 HSBCレポート情報

 バブルに拍車をかけたのは、UAE通貨の対ドル切り上げ期待に基づきUAE通貨を購入していたドル資金の流出が、2007年末から2008年初めに生じていた120ことである(コラム第12-3図)。すなわち、UAE通貨の対ドル切り上げに期待をかけたGCC域外通貨が大量にUAE通貨を買い込んだ結果、UAE国内の銀行における金融資産が膨れ上がっていた。その金融資産をUAEの各銀行は非常に積極的に貸し出してしまい、その後に外国資産の流出が生じ、結果としてリーマンショック以前に既に銀行内の流動性が枯渇していた。そこにリーマンショックが来たことから、ドバイのみならずUAE全体の金融業界の流動性枯渇は極端に厳しい状況となったのである。

120 The GCC Banking Sector:Topography and Analysis「IMF Working Paper, Apr 2010」
 
コラム第12-3図 GCCの対外債務比率推移
コラム第12-3図 GCCの対外債務比率推移
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 実体経済面で今回のドバイショック及びドバイ政府系企業のリストラが必要になった最大の要因は、ドバイの海上開発とそれに必要となった資金繰りである。海上開発部分の半分以上が人工島の土台だけを作って上モノが立っていないという状況の中で、その開発費用は短期的借り入れで行ってきた。完成しない事業によって利益は生み出しえず、その返済に窮してしまうのは当然のことであった。
 こういう中で、11月25日にいわゆる「ドバイショック」と言われた世界にショックを与えてしまった声明がドバイ政府及び政府系企業から出された。声明は、海上開発を一手に手掛けているナキール社及びナキール社を傘下に抱える親会社ドバイ・ワールド社に関するもので、内容は、2010年5月末までの間、両社が有する当座の支払い期限を延長させること、およびリストラ計画を策定するというものであった。
 そのリストラ計画が明るみにされたのが2010年3月25日であった。計画の主な部分は両社が抱える債務等をどうするかという点に絞られる。具体的には、〔1〕予定通りの返済、〔2〕リファイナンス(債務の繰り延べ)、〔3〕債務の株式転換、〔4〕要引き渡し物件のスワップ(代替物件による引き渡し)、に分けられる。課題としては、これら具体的方針に関し、債権者との間で合意が成立するか、リストラ計画を遂行するのに必要となる資金のうち、今後ドバイ政府が肩代わりして拠出しなければならない部分が本当に工面できるのか、などである。
 リストラ計画が出されるまでドバイ政府の対応に懐疑的であった債権者らは、とりあえず方向性が示されたことに対しておおむね評価していると言えそうだが、一方、上記の課題に対する対応の可否が未確定であることから、業況を厳しく見る必要のある格付け会社や、今後の厳しい交渉が予想される銀行団などはリストラ計画に対しては未だに懐疑的なところがあるようだ。
 他方で、リーマンショック以降人口減少が見られたドバイではあったが、2009年秋頃以降、ドバイの実体経済は着実に発展してきている。
 特に、航空、物流のハブ機能は着実に成長しており、ドバイ国際空港の利用旅客数は世界の国際空港の中でも第6位に位置し(コラム第12-4表)、かつコンテナ取扱量も3位に上昇している(コラム第12-5表)。他の空港が前年比に対して大きくマイナス傾向を示しているところ、ドバイ国際空港だけが突出して良い状況にあることが数値から見て取れる。
 
コラム第12-4表 世界の空港 国際線旅客数ランキング(2008年-2009年、単位:人)
コラム第12-4表 世界の空港 国際線旅客数ランキング(2008年-2009年、単位:人)
 
コラム第12-5表 世界の空港 国際航空貨物取扱量ランキング(2008年-2009年、単位:トン)
コラム第12-5表 世界の空港 国際航空貨物取扱量ランキング(2008年-2009年、単位:トン)

 また、報道ベース121ではあるが、ドバイの居住人口は2009年で160万人(昼間人口は240万人)だったところ、2010年に入って180万人に増えているとのことである。ドバイよりも比較的生活コストの低い、隣のシャルジャ首長国(UAE)からの流入が主な要因と考えられる。

 ドバイ政府観光・商務局の国別ホテル滞在客統計資料によると、2009年にドバイのホテルに滞在した日本人客は2008年比マイナス40%と大幅に減少しているが、ショッピングモールは大賑わいを見せている。ヨーロッパPGAツアー、テニスのドバイオープン、競馬のドバイG1レース、エルトン・ジョンやスティングの登場等、華やかな催し物はひっきりなしである。こうした取り組みを絶やさない逞しさもドバイ経済の特長と言えるのではなかろうか。
 ドバイは、中東及びアフリカの物流・航空ハブ機能として着実に発展してきている。いわゆる地域のハブ機能は、その地域の経済情勢に大きく左右されるのは当然である。例えばエミレーツ航空などは自助努力により路線拡張122することによって未だに拡大を続けてきているが、今後は一層、世界の経済情勢にも大きく左右されるであろう。世界経済が復活すれば、ドバイ経済の上昇スピードもまた飛躍的に高まると期待される。

122 世界100都市以上へ就航している。2010年3月28日、成田空港の年間発着枠増加に伴い、エミレーツ航空が週5便、就航決定した。中東からは、ほかにもアブダビのエティハド航空が週5便、カタール航空が週7便、就航決定した。

 
コラム第12-6表 世界の港 国際コンテナ貨物 取扱量ランキング(2008年、単位:20フィートコンテナ単位(TEU))
コラム第12-6表 世界の港 国際コンテナ貨物 取扱量ランキング(2008年、単位:20フィートコンテナ単位(TEU))


コラム13

イスラム18億人市場獲得に向けて〜ハラル認証の獲得・イスラムへの入り口マレーシア〜

 世界のイスラム教徒は、マレーシア政府によると、約18億人に上るといわれている123。イスラム圏は、人口増加、経済発展が見込まれ、新たなマーケットとして大きく注目を集めているが、こうした新興市場へのビジネス展開には、異なる文化、習慣への深い理解が重要なポイントとなる。ここでは、イスラムマーケットへのアプローチとして、イスラムの教えに従った食品等の規格「ハラル認証制度」を活用し、世界のハラル産業ハブを目指すマレーシアの取組を紹介したい。

123 JETRO「ジェトロセンサー」(2009年11月)。


1.ハラル認証制度
 ハラルとはイスラムの教えで、合法と認められたものや行為を示す。イスラムの教えにおいては、豚肉・アルコールのみならず、犬肉、牙を持つ動物、肉食性鳥類、ワニ、遺伝子組み換え食品なども禁止される食材とされる。また、禁止されない食材についても、イスラム教徒の検査員が加工内容をチェックすることなどが要される。保管・加工・流通手法などについても、非ハラル食品と接触してはならないなどが必要となる。ハラル認証は、こうしたイスラム教の教えに従った安全な食品等の規格を定め、原材料、製造工程、製品品質を審査し、適合製品を認証し、表示を行うものである。ハラル認証の対象となるのは、食品のみならず、食品添加物、サプリメント、食品を提供する場所(レストランなど)にも及ぶ124

124 財団法人食品産業センター「マレーシアHalal制度の概要」(2008年3月)及び、財団法人自治体国際化協会Webサイト(http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/sp_jimu/226_2/index.html)。

 ハラル規格は任意規格ではあるものの、ハラルマーク表示は、イスラム教徒の消費者にとって、その商品選択に大きな影響を与えている。イスラム圏市場に進出する外資系企業にとって、ハラル規格への理解はビジネスチャンス獲得における重要な要素とされる。

2.マレーシアにおけるハラル認証制度
 ハラル規格は、現時点国際的に統一された規格は存在せず、各国においてそれぞれ独自に規定が設けられているところ、ある国でハラル規格認証を受けた食品等が他の国で非ハラルとされた事例も少なくない。また、多くの国のハラル規格・審査方法は体系化されていないことから、非イスラム企業にとっては理解が困難であるとの指摘もある。
 こうした中、世界のハラル産業ハブを目指すマレーシアでは、ハラル規格を法令に基づく国家規格として体系化するとともに、マレーシアにおいてハラル認証を受けた商品がどの国においても認められるよう、その内容を厳格なものとして定めている。具体的には、首相府傘下のイスラム開発局(JAKIM)がハラル規格の審査を、マレーシア国際貿易産業省(Ministry of International Trade & Industry(MITI))傘下の組織であるハラル産業開発公社(HDC)(2006年設立)がハラル規格の審査・ハラル産業の振興(海外への情報発信や、裾野育成、教育など)を担当し(他のイスラム諸国では宗教団体がハラル認証制度を管理・運用することが多い)、規格自体も法令に基づいて規定されている125

125 JETRO通商弘報(2008年6月27日)。

 イスラム教を国教とし多くの教徒を抱えるマレーシアは、先進的なイスラム国としての位置付けを活かして、同国をハラル・ハブ化することを方針(第3次工業化マスタープラン(2006−2020))として掲げている。世界に約18億人の教徒を抱えるイスラム圏の経済発展は著しく、マレーシア政府によるとハラル市場は年間2.1兆ドル規模にも上るとされており、同政府は、マレーシアのハラル認証を世界のイスラム市場に認められる規格として推進すべく様々な施策展開を行っている126(コラム第13-1表)。

126 前掲財団法人食品産業センター「マレーシアHalal制度の概要」(2008年3月)及び、財団法人自治体国際化協会Webサイト(http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/sp_jimu/226_2/index.html)。
 
コラム第13-1表 マレーシアのハラル産業振興策
コラム第13-1表 マレーシアのハラル産業振興策

 こうしたことから、マクドナルド、ネスレなど多くの世界的食品企業がマレーシアのハラル規格を取得している。味の素、ヤクルト、大正製薬ほか、日系企業もマレーシア国内市場のみならず、将来的には世界のイスラム市場を視野にいれ、マレーシアハラル規格を取得しているがその数は多くない(2010年2月現在12社)127

127 JETRO通商弘報(2008年6月27日)及び、ハラル産業開発公社(HDC)Webサイト(http://www.hdcglobal.com/portal/)。

 新興市場で成功するためには、異なる文化、生活習慣を乗り越え現地に根付かせるための努力が不可欠である。マレーシアを拠点としてハラルについての理解を深めることで、世界18億人イスラム市場へのアクセスを目指す企業に注目が集まる。

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(2)中南米経済
〔1〕マクロ経済動向
(a)中南米経済の概観
 中南米諸国は、主要国の人口約4億9,280万人、名目GDP3兆7,348億ドルの広大な経済圏を形成している128。各国の経済規模では、ブラジルが最も規模が大きく、次いでメキシコ、ベネズエラ、アルゼンチンの順となっている。一人当たり名目GDPの水準をみると、1万ドルを超えるベネズエラから、2,000ドルに満たないボリビアまで、その分布は幅広い(第1-2-5-44表)。

128 ここでは、中南米諸国はメルコスール加盟5か国(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラ)、準加盟国5か国(チリ、ボリビア、ペルー、エクアドル、コロンビア)及びメキシコの11か国を対象とした。(ただし、ベネズエラのメルコスール正式加盟は、パラグアイ議会の批准待ちの状態にあり、ベネズエラは現在、投票権なしで会議に参加中。)
 
第1-2-5-44表 中南米各国の規模(人口、名目/実質GDP、一人当たり名目GDP)
第1-2-5-44表 中南米各国の規模(人口、名目/実質GDP、一人当たり名目GDP)


(b)概況
(i)減速する中南米経済
 中南米経済は、世界経済危機の余波を受け、2009年にその成長を大きく減速させた。実質GDP成長率の推移を見ると、中南米カリブ海諸国全体では、2000年代後半以降前年比5%前後の成長を遂げてきたが、2009年には同4.0%の伸びとなった(第1-2-5-45図)。国別では、成長率を大幅に低下させつつもプラスの成長を維持したのはウルグアイ、ボリビア、ペルーの3か国に止まり、その他諸国は軒並みマイナス成長に陥った(第1-2-5-46図)。なかでも、メキシコは前年比マイナス6.5%と急速な景気後退がみられた。
 
第1-2-5-45図 メルコスール加盟国及びメキシコの実質GDP成長率の推移(対前年比)
第1-2-5-45図 メルコスール加盟国及びメキシコの実質GDP成長率の推移(対前年比)
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第1-2-5-46図 メルコスール準加盟国の実質GDP成長率の推移(対前年比)
第1-2-5-46図 メルコスール準加盟国の実質GDP成長率の推移(対前年比)
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 IMFによれば、こうした経済成長率の低下は、世界経済危機の発生による海外からの資金流入の減少等の対外資金調達環境の悪化や海外需要の後退、及び、中南米から米国等の海外に出向いている労働者・移民による本国宛の送金(郷里送金)が減少し、消費、投資、輸出が落ち込んだことによる。
 実際、貿易動向をみると、中南米カリブ海諸国全体では、2009年は財・サービスの輸出が前年比マイナス8.3%の伸びとなった(第1-2-5-47図)。また、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)の見通しによれば、2009年は特に原油輸出国の貿易の伸びが大幅に落ち込んだ(第1-2-5-48図)。
 
第1-2-5-47図 中南米地域経済の財、サービス輸出の推移129
第1-2-5-47図 中南米地域経済の財、サービス輸出の推移
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129 中南米:アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ、ベネズエラ、コスタリカ、エル・サルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマ、メキシコと15のカリブ海諸国を含む。
 
第1-2-5-48図 中南米地域経済の輸出の伸び(2009年、対前年比)130
第1-2-5-48図 中南米地域経済の輸出の伸び(2009年、対前年比)

130 南米:アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ、ベネズエラ、中米:コスタリカ、エル・サルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマを含む。

 出稼ぎ労働者・移民からの郷里送金については、ECLACの見通しによれば、2009年は前年比伸び率(第1-2-5-49図)が大幅なマイナスとなっている。中南米諸国では、郷里送金は直接投資やODAと並ぶ先進国からの資金フローとして、近年注目を集めてきた。その背景には、資金フローの規模が大きいということが指摘されている。国によっては、海外からの直接投資やODAを凌ぐ規模となっている131

131 松井謙一郎(2009年3月1日)「中南米地域の郷里送金とオランダ病」(『国際金融』1198号)。
 
第1-2-5-49図 中南米諸国への郷里送金額の対前年比伸び率(2008年、2009年)
第1-2-5-49図 中南米諸国への郷里送金額の対前年比伸び率(2008年、2009年)

 実際、中南米諸国の郷里送金の規模をみると、グアテマラ、ニカラグアなどではその規模はGDP比10%を超え、ハイチやホンジュラスでは実にGDPの20%に相当する規模となっている。また、メキシコは、郷里送金のGDP比は2.5%であるが、GDPの規模が大きいため、中南米地域への郷里送金の総額の約4割を占めるに至っている(第1-2-5-50図)。
 
第1-2-5-50図 中南米諸国への郷里送金の規模
第1-2-5-50図 中南米諸国への郷里送金の規模
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 各国経済において重要性をもつ郷里送金が縮小したのは、世界経済危機により、出稼ぎ労働者の渡航先の経済が低迷したことによると考えられる。OECDによれば、中南米諸国の海外への出稼ぎ労働者・移民の数は2,000万人を超え、人口の4〜5%に相当する132。そして、出稼ぎ労働者全体の7割強が米国に向かっている(第1-2-5-51図)。今般の世界経済危機で米国経済が大きく減速したことで、中南米諸国への郷里送金が大幅に縮小したと考えられる。

132 2000年。資料:OECD, Latin American Economic Outlook 2010。
 
第1-2-5-51図 中南米諸国からの海外出稼ぎ労働者・移民の渡航先シェア(2000年)
第1-2-5-51図 中南米諸国からの海外出稼ぎ労働者・移民の渡航先シェア(2000年)


(ii)回復に向かう中南米経済
 世界経済危機の影響を受けて減速した中南米経済であるが、2009年第1〜2四半期を底として、回復へと転じた(第1-2-5-52図)。中南米経済が回復に向かっている背景には、各国政府による政策対応や世界経済の緩やかな回復による影響だけでなく、後述の通り、中南米経済のファンダメンタルズが過去と比べて健全性を高めていたことなどがある。
 
第1-2-5-52図 中南米主要国の実質GDP成長率の推移(対前年同期比)
第1-2-5-52図 中南米主要国の実質GDP成長率の推移(対前年同期比)
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(国際機関と各国政府の迅速な対応が奏功)
 まず、世界経済危機への対応として、IMFや世界銀行による融資枠(流動性供給枠)拡大の動きがみられた。また、中南米域内においても、地域機関が金融混乱への対応策を迅速に講じた。具体的には、2008年10月13日、IDB(米州開発銀行)、CAF(アンデス開発公社)、FLAR(ラテンアメリカ準備基金)の3機関が、域内諸国への流動性供給枠の確保として、総額93億ドルの融資枠を設定する旨を発表した。その内訳は、IDBが60億ドル、CAFが15億ドル、FLARが18億ドルである。地域機関がリーマンショックの発生後にこうした融資枠設定を迅速に行ったことは、域内諸国の結束を高めたとして評価されている133

133 松井謙一郎「グローバル金融危機の中南米経済への影響〜世界同時不況の中で経済パフォーマンスの格差が広がるか?〜」(国際通貨研究所『Newsletter』2009年1月16日)。

 各国政府も対策を講じた(第1-2-5-53表)。例えば、ブラジル政府は、世界経済危機発生直後の2008年10月、中小金融機関向けの支援策を発表した。銀行が世界経済危機の影響で資金不足に陥った際、当該銀行が株式を発行し、それを政府系金融機関が取得するというものである。家計向けとしては、2008年10〜12月にかけて、オートバイ購入ローンに掛かる金融取引税率の引下げや個人所得税減税、農務省が農業部門に対して50億レアルの信用保証を設定する旨を発表した。企業向けでは、自動車産業における工業製品税率の引下げを実施した。
 
第1-2-5-53表 中南米諸国の経済危機への対策
第1-2-5-53表 中南米諸国の経済危機への対策

 また、メキシコ政府も、2008年10月に「成長・雇用促進プログラム」を発表した。財政支出651億ペソ、融資・保証1,743億ペソに及ぶもので、企業向けでは、中小企業・農業向けの融資・保証枠の拡大、インフラ関連融資枠の拡大などが実施された。家計に対する支援としては、ガソリン価格の凍結、液化石油ガスの10%値下げ、省エネ商品・省エネ住宅への買い換え支援、住宅金融の拡充などが盛り込まれた。

(食料・資源価格の高騰による影響)
 中南米諸国は、農産品と天然資源が重要な産業となっている。例えばブラジルでは、農業は就労人口の約2割、輸出総額の4割を占めている。主な農産品の輸出国上位10か国をみると、とうもろこしでは米国に次ぐ第2位の輸出国となっており、また砂糖については世界の輸出量の5割弱を占めトップとなっている。このほか、アルゼンチンやパラグアイ、ウルグアイなども輸出国の上位に位置づけられている(第1-2-5-54表)。
 
第1-2-5-54表 主要農産品の輸出国上位10か国
第1-2-5-54表 主要農産品の輸出国上位10か国

 鉱物資源については、鉄鉱石やボーキサイト、ニッケル等でブラジルが生産国の上位10か国に位置づけられているほか、銅ではチリが世界の生産量のシェア36.1%と第1位になっている(第1-2-5-55表)。このほか、原油については、中南米諸国は世界の原油の埋蔵量の10.7%を保有している。中南米域内では、世界有数の埋蔵量をもつとされるオノリコ油田134を有するベネズエラの産出量が最も多く、メキシコが域内第2位の産油国である135。また、ブラジルでは深海油田の開発による生産量の大幅な増加が期待されている。

134 オノリコ油田の可採埋蔵量は、2,350億バレルとされている(石油天然ガス・金属鉱物資源機構「ベネズエラ:PDVSA、オノリコベルト超重質油プロジェクトを始め全ての石油プロジェクトの河畔を取得へ」(2007年6月15日))。
135 2008年のシェア。世界の埋蔵量に占める割合は、ベネズエラが7.9%、メキシコは0.9%である(British Petroleumウェブサイト「Statistical Review of World Energy June 2009」)。
 
第1-2-5-55表 主要資源の生産国上位10か国
第1-2-5-55表 主要資源の生産国上位10か国

 このような特徴を持つ中南米諸国は、近年の資源・食料品価格の高騰による利得を享受してきた。世界経済危機直後には食料・資源価格の下落がみられ、同国地域経済に悪影響を及ぼしたものの、その後の食料・資源価格の回復は、中南米諸国の経済成長にプラスの影響を与えるとみられる(第1-2-5-56図)。
 
第1-2-5-56図 商品価格指数、原油価格指数の推移
第1-2-5-56図 商品価格指数、原油価格指数の推移
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(過去と比較した経済のファンダメンタルズの改善)
 中南米経済は、近年の経済ファンダメンタルズの改善を背景として、過去と比較して対外的な脆弱性は低下している。
 中南米経済は、かつて、対外債務危機や通貨危機などに頻繁に見舞われてきた。1994年にはメキシコで通貨危機が発生し、これがアルゼンチンに飛び火し、通貨切下げ懸念からアルゼンチンでは多額の預金流出が発生した。また、1999年にはブラジルでも通貨危機が発生した。経常収支の恒常的な赤字を対外借入により賄う構造のなかで、外貨繰りに窮すると市場の警戒感が高まり、資本流入が激減する問題がしばしば生じた。
 また、2000年代前半には、ブラジルで大統領選挙が実施され、労働者党のルーラ政権が誕生した。同政権の誕生に伴う政策転換の可能性を嫌気して、通貨下落、カントリーリスクプレミアムの上昇、株式下落等の事態が生じた136。こうした様々な混乱が生じる中で、中南米地域全体のセンチメントは低迷し、成長率が落ち込んだ。

136 財団法人国際金融情報センター「基礎レポート:ブラジル」。

 しかしながら、ブラジルでは、そうした混乱を回避するため、ルーラ大統領は就任後に方針転換し、前政権以来の財政均衡や経済開放などの基本路線を踏襲し、国際社会からの信頼も回復した。2000年代半ば以降は、多くの中南米諸国が堅調な経済成長を遂げ、地域全体で年率5%前後の成長を維持してきた。
 こうしたなかで、中南米各国の経常収支も改善がみられた。1990年代から2000年代初頭までは慢性的に赤字であったが、世界経済の好景気や資源価格の高騰もあり、その後は、赤字幅の縮小もしくは黒字基調となっていた(第1-2-5-57図)。
 
第1-2-5-57図 中南米カリブ海諸国の経常収支の対GDP比の推移
第1-2-5-57図 中南米カリブ海諸国の経常収支の対GDP比の推移
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 また、中南米諸国の多くは過去に年率100%のインフレを経験しており、アルゼンチンやブラジル、ペルーに至っては年率1,000%を超えるハイパーインフレを経験してきた。しかしながら、現在は機動的な金融政策の運営により物価はコントロールされてきており、そうしたハイパーインフレは過去のものとなっている(第1-2-5-58図、第1-2-5-59図)。
 
第1-2-5-58図 中南米諸国のインフレ率の推移(アルゼンチン、ブラジル、ペルー)
第1-2-5-58図 中南米諸国のインフレ率の推移(アルゼンチン、ブラジル、ペルー)
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第1-2-5-59図 中南米諸国のインフレ率の推移(メキシコ、チリ、コロンビア、エクアドル、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラ)
第1-2-5-59図 中南米諸国のインフレ率の推移(メキシコ、チリ、コロンビア、エクアドル、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラ)
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 さらに、ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、ペルーなどの諸国は、資源高で得た富を国内の貧困政策に投入し、貧困家庭への直接手当支給や最低賃金の引上げ措置を積極的に講じた。例えば、ブラジルでは2003年に「ボルサ・ファミリア」計画を実施した。同計画は、低所得層への補助金給付プログラムで、15歳までの子供がいる貧困家庭に対して、学齢期の子供は学校に通わせ、乳幼児は定期健診や予防接種を受けさせることを条件に、生活費として現金を給付するというものである。2006年には、1,110万世帯(4,400万人)が対象となり、さらに、2008年には対象年齢及び給付最高額の引き上げが行われた。貧困家庭の生活を政府が現金を支給することで直接的に支える一方、援助の対象となる家庭では、親が子供の教育と健康に責任を持つことが求められ、単なる金銭支援を超えて中長期的に国内の所得格差を改善していくことが目指された。
 こうした取り組みの成果もあり、中南米では近年、貧困率が着実に低下してきている(第1-2-5-60図)。OECDによれば、1992年に47.0%まで上昇した貧困率は、2008年には33.2%に低下した。
 
第1-2-5-60図 中南米における貧困率の推移
第1-2-5-60図 中南米における貧困率の推移
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(c)各国地域別動向
 以上にみたように、中南米経済はファンダメンタルズの改善等を背景に経済の外的ショックに対する耐性を強め、世界経済危機の発生後も総じて大きな経済的混乱は回避してきている。
 以下では、中南米の主要国について、その経済的な特徴を踏まえつつ、今後のリスク要因を整理する。

(i)米国との関係が強いメキシコ経済
 今回の世界経済危機により、中南米諸国のなかでも特にメキシコは実質GDP成長率の下落幅が大きく、深刻な打撃を受けた。実質GDP成長率の推移を需要項目別にみると、個人消費、設備投資が成長率を大きく押し下げた(第1-2-5-61図)。
 
第1-2-5-61図 メキシコの実質GDP成長率需要項目別寄与度(対前年同期比)
第1-2-5-61図 メキシコの実質GDP成長率需要項目別寄与度(対前年同期比)
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 こうした景気の急速な悪化は、他の中南米諸国に比べて、メキシコはNAFTA発効以降、米国経済との一体化が進んでいるためと考えられる。
 まず、メキシコの鉱工業生産指数(第1-2-5-62図)は、米国の指数と同様の動きを示すようになっている。メキシコの対米輸出額は、輸出額全体の8割を占め(第1-2-5-63表)、GDPの約4分の1に相当する。また、メキシコへの対内直接投資についても、1999〜2009年のストックベースでみると、米国が全体の54.1%を占め、最大の投資国となっている。メキシコは、地理的な優位性から、米国向け輸出・生産拠点として、米国からの直接投資を高水準で引きつけてきた(第1-2-5-64図)。
 
第1-2-5-62図 メキシコと米国の鉱工業生産指数の推移
第1-2-5-62図 メキシコと米国の鉱工業生産指数の推移
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第1-2-5-63表 メキシコの主要国・地域別輸出入構成比の推移
第1-2-5-63表 メキシコの主要国・地域別輸出入構成比の推移
 
第1-2-5-64図 メキシコの対内直接投資額の推移(国別)
第1-2-5-64図 メキシコの対内直接投資額の推移(国別)
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 米国経済の減速により需要が大幅に縮小したことで、メキシコの輸出は急速に悪化し、生産も低迷した。対内直接投資をみても製造業が低下してる(第1-2-5-65図)。先述の通り、出稼ぎ労働者の郷里送金も急減したことから、個人消費も大きく落ち込んだ137。しかしその後は、政府による景気対策の実施や米国経済の緩やかな回復により、メキシコ経済は底離れが進んだ。

137 このほか、景気後退をもたらした要因として、新型インフルエンザの流行によって経済活動が一部で制限されたこと、近年の農産物の輸入が拡大しているなかの穀物価格の上昇や通貨ペソの下落により輸入物価が押しあがり、インフレ率が高止まりしたことがある。
 
第1-2-5-65図 メキシコの対内直接投資額の推移(産業別)
第1-2-5-65図 メキシコの対内直接投資額の推移(産業別)
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 一体化の進んだ米国経済は、メキシコ経済に大きな影響を与える存在であり、今後の米国経済の動向がメキシコ経済の回復度合いを大きく左右すると考えられる。

(ii)商品輸出と内需がカギとなるブラジル・アルゼンチン
(ブラジル経済の動向:経済概況)
 他方、近年のブラジルは、輸出と内需が同国経済を牽引してきた。2004年以降、利下げなどの影響もあり民間消費や固定資本形成が堅調に拡大したほか(第1-2-5-66図)、米国や中国を中心とする海外需要の拡大や一次産品価格の上昇により、輸出が大幅に拡大した。その後、ブラジルの資源や成長性に注目が集まり、海外からの直接投資や証券投資が拡大した。海外からの資金流入によりレアル高が進み、輸出企業の生産縮小などがみられたものの、輸出や直接投資の拡大による好景気を背景に、失業率の低下や実質賃金の上昇などが進んだ(第1-2-5-67図)。これにより、個人消費が拡大し、国内市場向けに生産を高める目的から企業による設備投資も拡大するなど、経済の好循環がみられた。
 
第1-2-5-66図 ブラジルの実質GDP成長率の需要項目別寄与度(対前年同期比)
第1-2-5-66図 ブラジルの実質GDP成長率の需要項目別寄与度(対前年同期比)
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第1-2-5-67図 ブラジルの失業率と実質賃金上昇率の推移
第1-2-5-67図 ブラジルの失業率と実質賃金上昇率の推移
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 2014年のサッカーワールドカップ及び、2016年のリオデジャネイロオリンピック開催を控え、社会資本整備として高速鉄道建設計画が進められている。リオデジャネイロ、サンパウロ、カンピーナスを結ぶ全長約500kmの鉄道計画の初期投資費用は約1兆7000億円138とも言われている。また、高速鉄道が完成すれば、主要3都市が最高時速約300km、2時間半以内で結ばれ、利便性が高まる。海外からの投資がますます活発化する可能性もある。

138 2009年8月26日読売新聞オンライン。

 世界経済危機の影響により、企業の設備投資は大きく落ち込んだが、個人消費は伸び率が低下しつつもGDP成長率を押し上げた。その後、政府による自動車(第1-2-5-68図)等耐久消費財に関する減税の効果や、2009年1月以降に政策金利を累計500bp引き下げてきたことにより、個人消費が回復し、景気の牽引役を果たしている。また、欧州向けや中国向けを中心に、輸出も順調に回復している。消費と輸出の回復で国内生産も急速に拡大し、再び内外需の好循環による成長へと戻りつつある。
 
第1-2-5-68図 ブラジルの自動車販売台数の推移
第1-2-5-68図 ブラジルの自動車販売台数の推移
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 もっとも、景気拡大への期待が高く、また、大規模な利下げを行ってもその水準は世界的に高いことから、ブラジルへの海外資金の流入が拡大している。マネーサプライが押し上げられ、流動性資金の一部が株式や不動産に向かい、株式市場では世界経済危機前の最高値に近い水準にまで株価が上昇している(第1-2-5-69図)。また、通貨レアルについても、対ドルにおいて高い水準で推移している。こうした状況を受けて、2010年2月24日に金融当局は預金準備率の引き上げを決定しており、金融緩和の見直しを進めている(第1-2-5-70図)。
 
第1-2-5-69図 ブラジルの資本収支と株価指数の推移
第1-2-5-69図 ブラジルの資本収支と株価指数の推移
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第1-2-5-70図 主要通貨の対ドル為替レート変化率
第1-2-5-70図 主要通貨の対ドル為替レート変化率
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(ブラジル経済の動向:貿易動向)
 ブラジルの輸出をみると、ブラジルは大豆、コーヒー、オレンジジュース、カカオ、鉄鉱石などの一次産品の輸出に強く、近年、輸出全体に占める一次産品の占める割合が高まっている。2009年では、一次産品が輸出全体の40.5%を占め、半製品は13.4%、工業製品44.0%となっている(第1-2-5-71表)。先進国や中南米諸国の半製品・工業製品に対する需要が低迷する一方で、中国等の一部の国で資源需要の回復が進んだことから、一次産品のシェアが拡大した。
 
第1-2-5-71表 ブラジルの輸出構造(一次産品、半製品、工業製品)
第1-2-5-71表 ブラジルの輸出構造(一次産品、半製品、工業製品)

 また、ブラジルの輸出を貿易相手国別にみると、2009年は中国が全体の13.2%を占め、米国が10.3%、EUが22.2%、中南米が23.3%、その他の地域が3割強となっている。2003年から2009年にかけて、米国のシェアが大きく低下する一方で、中国や中南米のシェアが大幅に上昇している。中国は2009年、米国に代わり、最大の輸出相手国となった(第1-2-5-72表)。
 
第1-2-5-72表 ブラジルの輸出構造(輸出相手先)
第1-2-5-72表 ブラジルの輸出構造(輸出相手先)

 メキシコと異なり貿易相手国のウェイトが分散している状況のなかで、品目では一産品価格の動向、輸出先では先進国はもとより中国や中南米諸国の需要の動向が、今後のブラジル経済の動向に影響を与えると考えられる。

(iii)アルゼンチン経済の動向
 アルゼンチンにおいても、輸出と内需が経済を牽引している状況がみられる。アルゼンチン経済は、2002年の通貨危機の際に変動相場制に移行し、為替相場が切り下げられたことで、輸出競争力が回復し生産活動が拡大した。国内での生産の拡大は雇用環境の改善をもたらし(第1-2-5-73図)、これが個人消費の拡大に結びついてきた。個人消費はアルゼンチンのGDPの65%程度を占め、経済成長を強く押し上げてきた。また、輸出全体の4分の1を占める大豆関連を中心とした農産物輸出も(第1-2-5-74図)、中国での需要増加等を背景に拡大した139

139 堀江正人「アルゼンチン経済の現状と今後の展望」(『国際金融』1198号(2009年3月1日))。
 
第1-2-5-73図 アルゼンチンの失業率の推移
第1-2-5-73図 アルゼンチンの失業率の推移
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第1-2-5-74図 アルゼンチンの品目別輸出額の推移
第1-2-5-74図 アルゼンチンの品目別輸出額の推移
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 世界経済危機の影響により、アルゼンチン経済はマイナス成長を余儀なくされたものの、その後は徐々に回復がみられている(第1-2-5-75図)。貿易面では、輸出は2008年11月から2009年10月まで12か月連続で前年比マイナスの伸びとなったが、その後は緩やかな回復の兆しが見えてきている。
 
第1-2-5-75図 アルゼンチンの実質GDP成長率需要項目別寄与度(対前年同期比)
第1-2-5-75図 アルゼンチンの実質GDP成長率需要項目別寄与度(対前年同期比)
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 経常収支については、アルゼンチンは近年黒字を維持してきた(第1-2-5-76図)。今後は、世界経済の回復に伴い輸出が拡大する一方、内需拡大のペースが高くないことから輸入が抑制され、経常黒字が維持される可能性がある。
 
第1-2-5-76図 アルゼンチンの経常収支の推移
第1-2-5-76図 アルゼンチンの経常収支の推移
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(iv)石油資源に依存するベネズエラ
 ベネズエラ経済は、石油部門への依存度が高い構造になっている。2000年代に入り、石油部門の投資不足や政情不安などを背景に生産量が減少したため、GDPに占める比率は低下してきている。しかしながら、それでも同国のGDPの10%強を占め、輸出においては80〜90%を占めている。
 石油部門への依存が高いことから、2008年夏以降の原油価格および世界経済の減速が、ベネズエラの石油輸出額を低迷させ、ベネズエラ経済を減速させる要因となった(第1-2-5-77図)。世界経済が危機後に回復過程にあるなかで、ベネズエラ経済は2009年第4四半期も実質GDP成長率が前年同期比マイナス5.8%と、3四半期連続のマイナス成長となっている(第1-2-5-78図)。
 
第1-2-5-77図 ベネズエラの原油輸出額と経常収支の推移
第1-2-5-77図 ベネズエラの原油輸出額と経常収支の推移
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第1-2-5-78図 ベネズエラの実質GDP成長率需要項目別寄与度(対前年同期比)
第1-2-5-78図 ベネズエラの実質GDP成長率需要項目別寄与度(対前年同期比)
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 2008年前半までの石油価格の高騰は、ベネズエラ経済の高成長をもたらしたが、輸出産品の多様化には必ずしも結びついていない(第1-2-5-79表)。産業構造の転換が進まず、資源依存型の成長は、資源価格の動向に大きな影響を受けるという脆弱性があり、今後の安定的な発展に向けては、石油収入を他産業の育成に向けていくなどの中長期的な取り組みが必要であると考えられる。
 
第1-2-5-79表 ベネズエラの実質GDP成長率の推移(部門別)
第1-2-5-79表 ベネズエラの実質GDP成長率の推移(部門別)


〔2〕中南米域内における経済交流の深まりと我が国企業
(a)域内経済交流の深まり
 中南米では、1991年にアスンシオン条約が署名され、1995年1月1日、対外共通関税を設けた関税同盟として南米南部共通市場(メルコスール)が発足した。原則として域内関税が撤廃され、域内貿易の自由化が進められた(第1-2-5-80表)。
 
第1-2-5-80表 メルコスールの目的・原則
第1-2-5-80表 メルコスールの目的・原則

 メルコスールの発足を通して、域内貿易の活発化が進んでいる。例えば、アルゼンチンは、1990年にはメルコスール加盟国向けの輸出は全体の14.7%を占めていたが、2000年には31.9%にまで拡大した。2001年以降、中国をはじめとする新興国向け輸出のシェアが高まったことから、2000年代半ばはメルコスール向け輸出のシェアは19〜20%前後に低下したが、その後はブラジルの景気拡大等の影響もあり、再びシェアが拡大している(第1-2-5-81表)。
 
第1-2-5-81表 アルゼンチンの貿易相手国、地域の構成比の推移
第1-2-5-81表 アルゼンチンの貿易相手国、地域の構成比の推移

 また、メルコスール加盟国間の輸出入動向を2003年と2008年で比較してみると、パラグアイやウルグアイでは輸出入に占める加盟国のシェアが大幅に拡大している。域内貿易比率が高いEUには及ばないものの、関税同盟の発足を背景に、貿易面では域内比率が高まりつつある(第1-2-5-82表)。
 
第1-2-5-82表 メルコスール加盟国間の輸出入額とシェア(2008年と2003年)
第1-2-5-82表 メルコスール加盟国間の輸出入額とシェア(2008年と2003年)

 また、域内企業による事業協力・投資も活発化している。
 例えば、ブラジルの国営石油公社ペトロブラスとベネズエラの石油公社PDVSAは、2009年10月30日、重質油向けの製油所、アブレウ・イ・リマを両社が共同出資して建設することについて、最終合意に達したと発表した。ペトロブラスは、2012年中に稼働を開始するとしている140。また、2008年には、中南米企業同士の大型M&Aも行われている。ペルーの産金企業のCia de Minas Buenaventure SAAが、ブラジルの金属鉱石開発企業Mineracao Taboca SAを4億4,700万ドルで買収した。また、アルゼンチンの穀物加工企業Grupo Los Grobo SAがブラジルの大豆生産企業Sementes Selectaを4億5,500万ドルで買収している。

140 独立行政法人日本貿易振興機構(2009年)通商弘報「PDVSAとの共同製油所建設に正式合意(ブラジル)」(2009年11月6日)。


(b)我が国企業の進出動向
 我が国企業による中南米諸国への投資動向をみると、その水準は決して高いものではない。しかしながら、中南米諸国の持つ資源や市場性に着目し、積極的に進出を果たしている企業がある。
 日本企業による直接投資の動向をみると、例えば、アルゼンチンへの直接投資の2003〜2008年末時点の投資残高は4億9,400万ドルと、アルゼンチンへの直接投資全体の僅か0.6%を占めるに過ぎない水準である。この間、中国は投資残高が9億7,900万ドルと依然として規模は小さいが、日本のほぼ倍の規模に達している。また、メキシコへの直接投資も同様であり、メキシコの対内直接投資は、1999年から2009年9月末までの累計が2,266億ドルの流入超であったが、このうち日本からの投資額は19.9億ドルと、全体の0.9%を占めるに止まっている。
 独立行政法人日本貿易振興機構の調べによれば、中南米に進出している我が国企業が直面している経営上の課題として、為替変動や労働コストの上昇、税制問題、通関・物流などが指摘されており141、こうした問題が我が国からの直接投資が低い水準に止まっている一因と考えられる。また、我が国企業は、例えば「中国プラス1」または「ASEANプラス1」など、アジアへの投資では周辺諸国への投資をパッケージにしている場合が多いが、例えばブラジルでは、一部例外として自動車と自動車部品メーカーがメルコスールやメキシコ市場を前提とした投資を展開しているが、基本的には国内での生産・販売を目的とする投資が多く、アジアと同じような投資パターンを実現している例はあまりみられない142。生産ネットワークの深化が進むアジアと比べ、中南米経済の一体化の度合いが低いとの認識が、中南米への投資の低迷の背景になっているとも考えられる。

141 独立行政法人日本貿易振興機構(2010)「第10回在中南米日系進出企業の経営実態調査」(2010年1月)。
142 独立行政法人日本貿易振興機構(2010)通商弘報「日本企業の対ブラジル投資パターンが多様化」(2010年3月26日)。

 しかしながら、我が国企業はこれまで、中南米諸国に着実に進出している。例えば、メキシコでは、自動車分野で日産自動車株式会社、本田技研工業株式会社、トヨタ自動車株式会社は完成車の現地生産を行っている。自動車販売では、三菱自動車工業株式会社はクライスラーのディーラー通じて2003年に、マツダ株式会社は2005年に開始している。スズキ株式会社、いすゞ自動車株式会社等は、日墨EPA発効後に現地法人を設立している。また、アルゼンチンには、三洋電機株式会社、日本電気株式会社、YKK株式会社等が進出しているほか、豊田通商株式会社がリチウムの供給源としてアルゼンチンのオラロス塩湖に着目し、2010年1月にはオーストラリアのオロコブレ社とリチウム資源開発のための事業化調査を約する覚書を締結した。リチウムはハイブリッド車や電気自動車の普及に不可欠であり、同社は今後、事業化調査の結果をもとに共同出資会社を設立し、2012年より生産を開始する予定である143

143 2010年1月20日付豊田通商株式会社プレスリリース。

 このほか、ブラジルにおいては、2009年12月に武田薬品工業株式会社が100%出資の販売子会社を設立することを決定したほか144、日立アプライアンス株式会社が日本の家電メーカーで初めて家庭用エアコンの生産に乗り出し、都市部の富裕層を対象として2010年秋までに省エネ性能に優れた20機種を投入する方針を示している145

144 2009年12月2日付武田薬品工業株式会社プレスリリース。
145 2009年10月29日付日本経済新聞。

 今後の成長と域内経済交流の深まりが期待されるなか、我が国企業による事業活動の積極的な展開が望まれる。

コラム14

中南米で活発化するマイクロファイナンス

 中南米ではここ数年、マイクロファイナンスへの注目が急速に高まっている。「マイクロファイナンス」とは、貧困層・低所得者向けの小口融資等の金融サービスである。1970年代に開始された当初は、NPOが貧困層の女性に対して小額の融資を行っていたが、その後、サービスの多様化と専門化が進められてきた146。現在では、小口融資としての「マイクロクレジット」から、貯蓄や保険、年金、送金サービスなども含めた「マイクロファイナンス」に発展してきており、貧困層・低所得層に属する個人・起業家や小規模企業がビジネスを行う上で、また、サービスを提供する金融機関にとって、新たな融資のあり方として重要性を高めている。

146 Inter-American Development Bank(IDB)プレスリリース「IDB urges microfinance industry to reach out to millions of underserved people in Latin America and the Caribbean」(2009年10月1日)。

 実際、中南米におけるマイクロファイナンス産業の成長は著しい。米州開発銀行(Inter-American Development Bank:IDB)の多国間投資基金(The Multilateral Investment Fund:MIF)によれば、中南米には、マイクロファイナンスを提供する金融機関(Microfinance Institutions:MFIs)は2008年末時点で636機関に上っている。融資総額は2001年の12億ドルから2008年には109億ドルに拡大し、同期間における借手数も180万人(社)から950万人(社)へと拡大している(コラム第14-1図)。
 
コラム第14-1図 中南米におけるマイクロファイナンスの融資額、借手数の推移
コラム第14-1図 中南米におけるマイクロファイナンスの融資額、借手数の推移

 中南米におけるマイクロファイナンス産業の発展は、需要があることに加え、各国政府による政策的な後押しの影響も大きいようである。EIU147による調査によれば148、中南米は世界の他地域に比べ、マイクロファイナンスのビジネス環境の整備が進んでいる。同調査は、「マイクロファイナンスに関する法的枠組み」、「投資環境」、「マイクロファイナンス産業の発展度合い」の3分野について、合計13の指標を用いて評価を行っているが149、中南米は総合スコアで最も高い評価を得ている(コラム第14-2表)。国別にみても、ペルーやボリビア、エクアドルなど、上位10以内に中南米諸国が6か国も入っている(コラム第14-3表)。EIUによれば、上位にランクインする国の共通点の一つとして、法律や規制の整備を通してマイクロファイナンス産業の育成・発展を図っていることが指摘されている。

147 Economist Intelligence Unit。1946年設立の世界の国、産業、経営等を分析する企業。
148 IDB、アンデス開発公社(CFA)、国際金融公社(IFC)の委託を受けて、EIUが中南米諸国も含めた55カ国を対象に実施した調査(EIU「Global microscope on the microfinance business environment, 2009」)。
149 具体的には、「マイクロファイナンスに関する法的枠組み」の指標として、〔1〕規制、〔2〕規制・監督下にあるMFIsの設立・業務、〔3〕規制・監督下にないMFIsの設立・業務、〔4〕規制・監督当局の能力、「投資環境」の指標として、〔5〕政治的安定性、〔6〕資本市場の安定性、〔7〕司法手続き、〔8〕会計基準、〔9〕ガバナンス基準、〔10〕マイクロファイナンス機関の透明性、「産業の発展度合い」の指標として、〔11〕マイクロファイナンスのサービスの多様性、〔12〕個人信用情報機関、〔13〕競争の度合い、となっている。
 
コラム第14-2表 マイクロファイナンスのビジネス環境総合評価ランキング(地域別、2009年)
コラム第14-2表 マイクロファイナンスのビジネス環境総合評価ランキング(地域別、2009年)
 
コラム第14-3表 マイクロファイナンスのビジネス環境総合評価ランキング(上位10か国、2009年)
コラム第14-3表 マイクロファイナンスのビジネス環境総合評価ランキング(上位10か国、2009年)

 近年の世界経済危機の影響を受け、マイクロファイナンスも発展の減速を余儀なくされている。マイクロファイナンスに関する格付け会社であるMicroRateがマイクロファイナンス機関42社に対して行った調査によれば、42社のマイクロファイナンス融資総額の伸び率は、2002〜2007年の間は前年比40%前後であったが、2008年は同20%、2009年は同10%にまで低下するとされた。これは、金融市場のタイト化を受けて、マイクロファイナンス機関が与信基準を厳格化したり、1件当りの与信枠の規模を縮小していることによる。近年、マイクロファイナンスが急速に発展し市場競争が激しくなってきたなかで、マイクロファイナンス機関の一部は、融資基準を引き下げることで顧客を獲得し、市場シェアの拡大を図っていたことも背景に挙げられる150

150 MicroRate(March 2009)「Cautious Resilience: The Impact of the Global Financial Crisis on Latin American & Caribbean Microfinance Institutions」。

 しかしながら、マイクロファイナンスの特徴として、経済環境が悪化しているときこそ、その強みが発揮されるという点も、しばしば指摘されることである。景気の悪化で失業者が増えたり、事業環境が悪化すれば、職を失った人や零細企業の多くは一般の商業銀行からの融資が受けられなくなり、マイクロファイナンスに対する需要が拡大するからだ。
 IDBのモレノ総裁は、2009年9月30日、小規模事業に関する米州地域フォーラム(the Inter-American Forum on Microenterprise:Foromic)の開会に際し、マイクロファイナンス市場では「今なお数百万人規模の潜在的な需要が存在し、我々のこれまでの努力にもかかわらず、マイクロファイナンスは需要の15%しか充たしていない」と発言した。また、IDBのMFIは、基本的な金融サービスを受けることが出来ていない人々は6,000万人に及んでいると試算している151

151 IDBプレスリリース(2009年10月1日)。

 先述の通り、世界経済危機の発生以降、中南米では一部のマイクロファイナンス機関により融資基準の見直しなどが進められてきた。今後、マイクロファイナンス機関がより健全な融資を強化していくことで、貧困層・低所得層がビジネスの糸口をつかみ、中南米経済の底上げが進んでいくことが期待される。

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(3)ロシア経済
〔1〕回復が遅れるロシア経済
 2008年の資源価格の下落とそれに引き続き起こった世界経済危機で、ロシア経済は大きく後退し、2009年の実質GDP成長率は前年比−7.9%と1998年以来のマイナス成長となった。中国やインドなど他の新興国と比べ、ロシアにおける景気後退の規模は大きく、その後の回復も遅れている(第1-2-5-83図)。
 
第1-2-5-83図 BRICsの実質GDP成長率
第1-2-5-83図 BRICsの実質GDP成長率
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 財政基盤の悪化も著しく、資源価格の下落による原油・天然ガス輸出税の大幅減少や減税により歳入が減少する一方、景気浮揚策の実施により歳出が拡大したため、2000年以来黒字を維持してきた財政収支は2009年には対GDP比−6.0%の赤字に転落した(第1-2-5-84図)。
 
第1-2-5-84図 ロシアの対GDP比財政収支
第1-2-5-84図 ロシアの対GDP比財政収支
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 引き続き雇用情勢は厳しいものの、足元では資源価格及び資源需要の回復や政府による消費刺激の効果が出始めたこともあり国内の生産は底離れが進んでいる。個人消費にも回復の動きが見られており、2010年1月の小売売上高は12か月ぶりにプラスに転じた(第1-2-5-85図)。
 
第1-2-5-85図 ロシアの小売売上高の推移
第1-2-5-85図 ロシアの小売売上高の推移
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 ロシアでは2010年に入っても政策金利引き下げによる金融緩和を実施している他、3月には、新車販売促進政策の一環として、政府による自動車買い替え奨励措置である自動車スクラップ・インセンティブ制度が発効するなど対策が講じられており、今後、どの程度の効果が現れるか注視していく必要がある。

〔2〕ぜい弱な経済構造と経済対策の問題
(a)資源と海外資本に大きく依存した経済
 ロシア経済は2000年から2008年まで年平均6.5%の高成長を遂げてきたが、景気拡大は原油価格の高騰と海外からの資本流入という外的要因に下支えされて実現したものであった。しかし、世界経済危機ではこれまでロシアの経済成長を支えてきた原油価格が下落したことと海外資本の急激な流出が、ロシア経済の景気悪化を後押しした。
 ロシアは原油や天然ガスなどの天然資源に恵まれており、ロシア経済は1998年のロシア金融危機の収束以降、原油価格の上昇とともに2008年夏頃まで目覚ましい成長を遂げてきた(第1-2-5-86図)。また原油価格の上昇と併せてロシア経済は資源依存度を高めてきており、2008年の輸出総額の65.8%、ロシア連邦予算の歳入の47.3%152が石油ガス関連で占められるに至っている(第1-2-5-87図)。

152 ロシア連邦国家統計庁。2008年のロシア連邦予算の歳入総額は9.3兆ルーブル、うち石油ガス関連収入は4.4兆ルーブル。2009年は歳入総額7.3兆ルーブル、うち石油ガス関連収入3.0兆ルーブルであり、石油ガス関連比率は40.7%まで低下。
 
第1-2-5-86図 原油価格とロシアの名目GDP
第1-2-5-86図 原油価格とロシアの名目GDP
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第1-2-5-87図 ロシアの財輸出に占める石油・天然ガス関連比率の推移
第1-2-5-87図 ロシアの財輸出に占める石油・天然ガス関連比率の推移

 一方、ロシア民間部門における海外資本の流れを見てみると、2006年頃から急速に海外資本が流入し始めているが、これは2006年7月に外貨管理法の大幅な改正が行われ、資本取引に関する諸規制が撤廃されたことが起因していると考えられる。これ以後、ロシアでは外国からの資金の流出入がしやすい環境となり、2008年第4四半期には約1,300億ドルという巨額の資本が流出してしまった(第1-2-5-88図)。
 
第1-2-5-88図 ロシア民間部門の資本流出入
第1-2-5-88図 ロシア民間部門の資本流出入
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(b)経済対策とその効果
 こうした状況を受けて、ロシアにおいても各種対策153が実施されたが、ロシア政府及び金融当局は、世界経済危機の発生当初、ロシア経済への影響は軽微との見方を示しており、その結果、対策の実施が遅れてしまった、あるいは実施されたものの効果が限定的であったため、景気悪化が深刻化したものと考えられる。

153 ロシア中央銀行は、金融緩和、銀行向け無担保融資、中銀、劣後ローン、企業・銀行による対外債務返済支援融資、預金保護額引き上げなどの対策を実施。また、ロシア政府も、減税措置、財政支援等を実施。

 例えば、銀行融資に対する政府保証スキームは、銀行にとって信用リスクが高い(企業による債務返済義務の不履行があっても、政府保証が執行されるまでに要する期間が長い、全額保証ではない)ため、ロシアの銀行は政府保証の利用に消極的であった。また、政府による自動車産業支援策は、対象車種が純国産モデル中心であったこと、対象となるローンの条件が厳しかったことから、その利用率は低かった。
 実際、2000年代半ばから急拡大していたロシア乗用車販売台数は、2009年に前年比55%減の約140万台にまで落ち込み、特に輸入車の販売台数が著しく低下した(第1-2-5-89図)。
 
第1-2-5-89図 ロシア乗用車販売台数の推移
第1-2-5-89図 ロシア乗用車販売台数の推移
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〔3〕我が国との関係
(a)貿易関係
 近年、拡大を続けてきた日ロ貿易は、2009年に輸出入ともに大きく落ち込んでいる。
 輸入について見てみると、原油輸入数量の増加や、2009年春以降の液化天然ガス輸入開始にもかかわらず、2008年と比べた資源価格の低迷により、2009年の鉱物性燃料の輸入額は前年比3割減となった。また、アルミニウムや、関税が引き上げられた木材などの原材料別製品の輸入も大きく落ち込み、2009年の輸入額は前年比4割減となった(第1-2-5-90図)。
 
第1-2-5-90図 ロシアからの輸入品目の推移
第1-2-5-90図 ロシアからの輸入品目の推移
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 他方、我が国からロシアへの輸出の約8割を占める輸送用機器は、世界経済危機の影響を受けたロシア国内需要の急激な冷え込み、2009年1月のロシア政府による大幅な関税引き上げや国産車優遇の経済対策の実施などにより激減し、2009年の我が国からロシアへの輸出額は全体で前年比8割減となった(第1-2-5-91図)。
 
第1-2-5-91図 ロシアへの輸出品目の推移
第1-2-5-91図 ロシアへの輸出品目の推移
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(b)投資関係
 近年の我が国からの投資は、輸送機械、食料品、ゴム、卸売・小売業など非製造業を含む幅広い業種で行われてきている(第1-2-5-92図)。
 
第1-2-5-92図 ロシアへの業種別直接投資残高(2008年)
第1-2-5-92図 ロシアへの業種別直接投資残高(2008年)
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 2009年6月には、日産自動車がサンクトペテルブルクに新たな車両組み立て工場を稼働させた他、2010年4月にユニクロがモスクワに1号店をオープンさせるなど、新興国ロシアの今後の成長に期待した投資が行われている。

コラム15

ロシアの化粧品市場

 世界経済危機後、他の新興国と比べてロシア経済の低迷ぶりが目立っているが、化粧品の輸入ではBRICsの中でロシアが突出した伸びを見せている。
 2009年には若干の落込みが見られるものの、ロシアにおける化粧品154の輸入額は2000年から2008年の間におよそ10倍にまで拡大した。中国、ブラジル、インドとは桁違いの伸びである。

154 ここでは HSコード3303〜3307を指す。

 ソ連時代からロシア人女性の美容への関心は高く、2000年代の経済成長に併せて化粧品市場も急速に拡大してきた。
 ロシア化粧品市場の約60〜70%を輸入化粧品が占めていると言われている155。その中でも欧州ブランドが圧倒的な強さを見せており、2009年のロシアの化粧品輸入先を見ると、フランス、ドイツ、ポーランドなど欧州諸国が上位を占めている。我が国からの輸入は1%にも満たないが、 将来的には欧州ブランドだけでなく、我が国や米国のブランドも伸びてくるだろうとの予測もある156

155 ロシアNIS貿易会(2008)「ロシアの化粧・香水文化」(ロシアNIS調査月報2008年8月号)。
156 Euromonitor「Emerging Consumer Market」。

 2007年にはポーラが現地法人を設立し、モスクワ高級百貨店にカウンセリングブースを設置した他、資生堂が現地子会社を設立した。我が国の化粧品も徐々にロシア市場に浸透していくことが期待される。
 
コラム第15-1図 BRICsの化粧品輸入額の推移
コラム第15-1図 BRICsの化粧品輸入額の推移
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コラム第15-2図 ロシアの化粧品の輸入相手国(2009年)
コラム第15-2図 ロシアの化粧品の輸入相手国(2009年)


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