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第2節 世界的な潜在成長率の低下

 先進国経済、とりわけ我が国を巡る環境変化のうち最初に指摘しなければならない変化は、急速に進む少子・高齢化であろう。我が国は、今後中長期にわたり続くと予想される急速な少子・高齢化の環境下で、いかに持続的な経済成長を実現していくかという難しい課題に直面している。

 一般に、一国の経済成長は実質GDPの伸び率で捉えられる。そして、景気変動等の短期的な要因による影響を除けば、実質GDPの伸びは、「成長会計107」の手法を用いることで、労働投入の寄与、資本投入の寄与及び全要素生産性(TFP=Total Factor Productivity)の寄与の3つに分解できる。労働投入は就業者数に就業時間を乗じたもので表され、資本投入は企業や政府が保有する設備(資本ストック)の量で表される。全要素生産性は、労働や資本がGDPを生み出す生産効率を意味し、一般には技術革新(以下「イノベーション」という。)を表すものとされる。

 そして、短期的な変動要因以外の労働投入、資本投入及び全要素生産性の3つの生産要素の平均的な投入水準から得られる実質GDPの伸びを「潜在成長率」という。

 潜在成長率は、現在の経済構造を前提にした一国経済の供給力として捉えられ、いわば中期的に持続可能な経済の成長軌道と言える。したがって、経済成長は、この潜在成長率を高めることに他ならない。

 以下では、この潜在成長率について、我が国、米国及びドイツを比較し、急速な少子・高齢化が見込まれる我が国が、今後持続的な成長軌道を維持するためには、全要素生産性の向上、すなわち不断のイノベーションによって経済全体の効率性を向上させることが不可欠であることを示す。

107 成長会計については、2013年版通商白書付注1を参照。

1.人口減少下の経済成長

 第Ⅰ-2-2-1図は、我が国、米国及びドイツの生産年齢人口と資本ストックの推移を見たものである。生産年齢人口は2030年までの将来推計も併せて示してある。

第Ⅰ-2-2-1図 各国の生産年齢人口と資本ストックの推移

 これを見ると、急速な少子化の進展を受けて、我が国の生産年齢人口(15~64歳)は、90年代半ば頃を境に減少に転じ、その後も減少を続けていることが分かる。そして将来推計では、生産年齢人口は今後も長期間にわたって減少し続け、2030年には現在よりも10%以上減少すると見込まれている。

 次に、資本ストック残高の推移を見てみると、我が国の資本ストック残高は、リーマンショックのあった2008年をピークに、企業による設備投資の抑制を背景に減少を続け現在に至っていることが分かる。

 米国の生産年齢人口は、移民の流入等を反映して、増加を続けている。将来推計を見ると、今後は生産年齢人口の増加ペースは緩やかに低下していくと見込まれるものの、2030年時点でも引き続き増加傾向を維持する見込みとなっている。

 他方、1990年代以降急速な増加を続けていた資本ストックは、リーマンショックのあった2008年以降増加ペースがやや低下したものの、現在でも引き続き増加傾向は維持されている。

 ドイツの生産年齢人口も、我が国と同様、近年は減少を続けている。足下では減少ペースが一段落しているが、2015年頃を境に再び減少ペースが強まり、2030年には、我が国と同様、現在よりも10%以上減少すると見込まれている。

 最後に、各国の全要素生産性(以下「TFP」という。)の動きを見てみよう。第Ⅰ-2-2-2図は全産業ベースで見た我が国、米国及びドイツの全要素生産性の水準(1991年=100)の推移を見たものである。これを見ると、我が国のTFPは90年代後半に大きく低下した後、2000年代に入ると逆に上昇に転じている。米国は、2000年代前半に高い伸びを示したものの、2000年代後半は伸びが低下している。逆に、ドイツのTFPは、2000年代前半には伸びがやや低下したが、2000年代後半には米国及び我が国を上回る高い伸びを示している。

第Ⅰ-2-2-2図 各国のTFPの推移

 以上、労働、資本、TFPの3つの生産要素について、我が国、米国及びドイツにおける動きを比較してきた。

2.潜在成長率への影響

 では、こうした生産要素の長期的な変化は、各国の潜在成長率にどのような影響を与えているのであろうか。第Ⅰ-2-2-3図は、各国の潜在成長率をこれら3つの生産要素によって寄与度分解したものである108

第Ⅰ-2-2-3図 潜在成長率の要因分解

 これを見ると、我が国の潜在成長率は、90年代以降急速に低下しているが、その要因は資本投入と労働投入の縮小であることが分かる。特に、労働投入は、生産年齢人口の減少を反映して、90年代後半以降はマイナス寄与となっている。また、資本投入も2000年代後半にはマイナス寄与に転じている。一方、TFPの寄与はこれらとは対照的に2000年代以降少しずつ高まってきている。人口減少下で労働投入量が減り続けるとともに、企業の設備投資の抑制によって資本投入量もマイナス寄与となる中、技術革新のみによって経済成長が支えられている姿が見て取れる。

 他方、米国を見ると、まず、全期間を通じてTFPのプラス寄与が3つの生産要素中最大であることが分かる。90年代後半まではこのTFPをはじめ、労働、資本の3つの生産要素全てがプラスに寄与することで、高い潜在成長率を実現してきたことが分かる。2000年代に入ると労働と資本の2つの生産要素のプラス寄与は徐々に縮小してゆくが、TFPが引き続き高い伸びを示しており、足下の2000年代後半の潜在成長率は3か国で最も高い水準を実現している。

 ドイツの動きを見ると、我が国と同様に少子化が進展していることを背景に、労働投入のプラス寄与は1990年代後半以降大きく縮小している。しかしながら、ドイツの場合は、資本投入の寄与が2000年代後半に入ってもプラス寄与を維持していること、労働投入が引き続きプラス寄与となっていることを背景に、足下2000年代後半の潜在成長率は我が国を大きく上回っている。

 このように、人口減少下の国では、労働投入の経済成長への寄与は低下せざるを得なくなる。その結果、経済成長を維持するためには、残された資本投入とTFPに頼らざるを得ない。既に見たように、我が国はドイツと同様、今後2030年に向けて生産年齢人口は低下し続けることが予想されている。こうした状況の下で、我が国は、潜在成長率を一定水準に維持するために、他の2つの生産要素をどの程度投入する必要があるのだろうか。

 第Ⅰ-2-2-4図は、これらのうちTFPについて、資本ストックの伸びをゼロとしたときに、所与の潜在成長率を達成するために今後どの程度の伸びが必要となるかを示したものである。これを見ると、生産年齢人口の減少ペースが最も早い我が国が3か国中で最も高いTFP成長を必要とすることが分かる。潜在成長率が1%の場合は1.2%、潜在成長率が2%の場合は2.2%のTFPの伸びが必要となる109

第Ⅰ-2-2-4図 潜在成長率の達成に必要なTFPの伸び

 他方、生産年齢人口が2030年まで増加することが見込まれている米国は、潜在成長率の達成に必要なTFPの伸びが3か国中で最も低くなっている。ドイツは、生産年齢人口の減少ペースが緩やかな2020年までは、達成に必要なTFPの伸びは我が国よりもかなり低くなっているが、生産年齢人口の減少ペースが高まる2021年以降は、我が国とほぼ同等のTFPの伸びが必要となる。

108 本推計では、国際比較が容易になるように定義や前提となるデータを定めた。潜在成長率の推計にはいくつかの仮定を置いているため、推計結果は相当の幅を持って見る必要がある。

109 無論、今後、資本ストックが伸びれば、その分、必要なTFPの伸びは小さくなる。逆に資本ストックが減少すれば、より高いTFPの伸びが必要になる。したがって、ここに示した結果は、あくまで、将来人口予測等をベースにして、資本ストックが今後2030年まで横ばいで推移すると仮定した場合のものである。

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