経済産業省
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第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第3節 製造業の新たな展開と将来像

センサー技術やコンピューティング能力の発達に伴い、ものづくりの世界でもIoT(Internet of Things、モノのインターネット)やビッグデータ解析を通じた大きな変革が起きつつある。

我が国製造業においては、ITの利活用自体が他国と比較して進んでいないことに加え、省人化や省エネ化といった生産効率改善のための利用が中心的である。むしろ生産工程において効率化が進んでいるがために、さらなるデジタル化に対して消極的であるとすら思われる。しかしながら、ドイツのインダストリー4.0や米国のインダストリアル・インターネットが目指している方向、すなわち、マスカスタマイゼーションの時代への対応、ものづくりのビジネスモデルそのものの変革といった動きも見据え、IoT活用によるメリットを享受する積極的な姿勢が重要と考えられる。

このような中、「すりあわせ」といった我が国の得意とする技術力の向上も重要であるが、それのみに固執して新たなビジネスモデルの変革への対応に出遅れると、かえって競争力喪失を招きかねない。我が国製造業には、技術力という自らの強みを活かしつつも、IoT社会における製造業の稼ぐ力を磨き、思い切った方向転換を行っていくこと、また政府には、そうしたビジネスモデル創出に向けた企業の意識改革のリードや環境醸成を行っていくことが求められている。

1.データ社会において変わりつつある製造業

(1)序論

近年、IoT(Internet of Things)やビッグデータといった言葉が注目を集めることに代表されるように、情報技術の発達は私達の生活を大きく変えつつある。身近な事例としては、例えばスマートフォンと同期させたウェアラブル端末で健康管理を行うなど枚挙にいとまがないが、同様に製造業も、情報技術の発達に伴って大きく変容しつつある。例えば2014年版ものづくり白書で述べられているような、3Dプリンタを活用したデジタルものづくりの出現によって「ユーザーとメイカーが同一化する時代の到来」はその1つといえる。また、センサー技術やコンピューティング能力の発達により、あらゆるものにセンサーを張り巡らせて膨大な量のデータを取得し、それをリアルタイムで解析することが可能となりつつある。データを収集し、解析・処理するサイクルによって付加価値が次々に生み出され、あらゆる分野で競争領域が変化している。同時に産業の垣根を越えた新サービスが次々と広がるといったように、製造業はデジタル化の波の到来とともに大きな転機を迎えているのである(図131-1)。本節では、このような製造業のデジタル化によるものづくりのあり方やビジネスモデルがどのように変化しているのかを明らかにしつつ、我が国製造業の現状と今後の方向性について述べる。

図131-1 IoTやビッグデータによる新たなビジネスサイクルの出現

資料:経済産業省作成

(2)製造業におけるIT利活用の現状

我が国製造業におけるIT・データの利活用は、諸外国に比べて決して進んでいるとは言えない。例えば、ビジネスにおけるビッグデータの活用状況を日米で比較したアンケート調査によれば、米国企業は90%以上がビッグデータを「利用している」と回答した一方、日本企業は70%以上が「聞いたことがない、よく知らない」「検討したが、利用していない」と回答している(図131-2)。また、イノベーションにデータを活用している企業の割合は、我が国では20%程度に止まるが、これは世界の主要国の水準と比べて非常に低い(図131-3)。

図131-2 ビックデータの活用状況に関するアンケート調査

図131-3 イノベーションにデータを活用していると回答した企業の割合

また、IT予算を増額する企業における増額予算の用途を日米で比較すると、我が国では業務効率化やコスト削減といった「守りのIT投資」が多数を占めるのに対し、米国では製品やサービスの開発強化といった「攻めのIT投資」が多いという調査も存在する(図131-4)。また、そもそも我が国のIT技術者は100万人程度であり、これは米国の3分の1、中国と比べても2分の1の水準に止まる上(図131-5)、我が国ではその多くがIT企業に在籍し、多くがITのユーザー側企業に在籍する米国とは対照的である(図131-6)こともその要因と考えられる。

図131-4 IT予算を増額する企業における増額予算の用途

図131-5 各国のIT技術者数

図131-6 日米のIT技術者の分布状況

IT・データの利活用がビジネスにおいて特に重視される理由は、それらが企業収益にもたらすインパクトである。企業収益のうち、データ活用による収益効果のみを切り出して定量的に示すことは困難であるが、一方で競合他社と比較してデータ活用を積極的に行う企業に好業績の企業が少なくないことも確かである(図131-7、図131-8、図131-9)。

図131-7 ビッグデータ活用先進企業と競合他社の利益率比較(建設機械)

図131-8 ビッグデータ活用先進企業と競合他社の利益率比較(電子部品)

図131-9 将来戦略の策定や日常業務におけるデータ解析の活用率

ビジネスアナリティクスの専門家である米バブソン大学のトーマス・ダベンポート教授は、企業のデータ活用の状況について、そのレベルに応じて以下のような5段階のモデルを提唱している(図131-10)。

ステージ1:分析力に劣る企業

データ分析をほぼしていない。データ整理や正確なデータ収集が課題。

ステージ2:分析力の活用が限定的な企業

部分的もしくは場当たり的にデータ分析を行っている。分析力を高めつつ、分析対象のデータを増やすことで業績への貢献を明らかにすることが課題。

ステージ3:分析力の組織的な強化に取り組む企業

データ分析に組織的に取り組み、集中的なデータ収集や分析を行っている。データ分析により強みのある事業を強化することが課題。

ステージ4:分析力はあるが決定打に至らない企業

全社的にデータ分析を行い、活用している。データ分析により新事業の創出やライバルとの差異化を行うことが課題。

ステージ5:分析力を武器とする企業

全社でデータ分析が徹底され、成果や競争力の強化に結びついている。将来の予測によって、業界の先頭を走り続けることが課題。

図131-10 分析力の発展過程

出所:トーマス・H・ダベンポート、ジェーン・G・ハリス「分析力を武器とする企業」日経BP社

ビジネスへのデータ分析の活用に関心を持つ日本企業を対象にしたアンケート調査によれば、2014年において、ステージ3以上の企業は全体の約35%となっている(図131-11)。2013年に実施した同様の調査においてステージ3以上の企業が約20%であったこと(図131-12)と比較すれば、我が国企業のデータ活用は全体としては進んでいると見ることができる。また、データ分析を企業の競争力の強化に結び付けているステージ5の企業の割合は全体の約5%となり、2013年調査と比べて増加している。

図131-11 企業のデータ活用度合い(2014年9月調査、623社)

図131-12 企業のデータ活用度合い(2013年2月調査、168社)

ステージ3以上の企業の業種別分類について見てみると、最も進んでいるのはIT業であった(図131-13)。IT業はデータ活用による業務改善や経営改革等を顧客企業に提案する立場であり、率先して自社の業務やビジネスにデータ活用を進めていることがうかがえる。製造業はIT業に次いでデータ活用を行っている業種であるが、これは大企業を中心に伝統的に生産工程の自動化や効率化等に取り組んできた結果であると考えられる。

しかしながら、製造業において積極的にデータ活用を行うステージ3以上の企業は全体の約3割である(図131-14)。そもそも本アンケート調査の対象はビジネスへのデータ分析の活用に関心を持つ企業であることも考慮すれば、製造業は他の業種と比較してビジネスへのデータ活用が進んでいる業種であるとはいえ、全体として見ればまだまだ改善の余地が大きく、このようなデータ活用の動きをより一層進めていくことで、国内製造業のさらなる競争力強化に繋げていくことが必要である。

図131-13 データ活用度合いが高い企業の業種(2014年9月調査、224社)

図131-14 製造業のデータ活用度合い(2014年9月調査、138社)

次に、全業種を対象としてデータ活用の状況を企業規模別に分類すると、従業員1万人以上の大規模企業が最も大きな割合を占める一方、300人以下の中小企業も大きな割合を占めていることが分かる(図131-15)。その要因としては、大企業に比べて中小企業では企業横断的な投資の決断が行いやすい場合があることや、データ活用に積極的なITベンチャー企業の存在等が考えられる。しかしながら、製造業に限定して企業規模別に分類をすると、データ活用の度合は企業規模におおよそ比例しており、従業員300人以下の中小企業におけるデータ活用の割合は非常に低い(図131-16)。製造業においては特に、このような企業でのデータ活用を進め、全体の底上げを図ることが重要であるといえる。

図131-15 ステージ3以上の企業(規模別・全業種224社の分布)

図131-16 ステージ3以上の企業(規模別・製造業32社の分布)

データ活用を進める上での課題としては、「自部署の保持データがあるが、活用仮説の導出が難しい」「外部と自社のデータを組み合わせた仮説導出が難しい」といった回答が多くを占め、データ自体は保有しているものの、有効な活用方法が見いだせていない企業が少なくないことがうかがえる(図131-17)。一方、データ活用が本格化する初期段階にあるステージ3の企業では、「仮説を導くため他部門からデータを入手することが難しい」「自社のデータを外部に提供したいが、ルールや風土として難しい」といった回答の順位が相対的に高く、自社・自部門の保有するデータの活用に加えて、他社・他部門が保有するデータの利活用によってさらなる高度化を模索する傾向があることが見てとれる。また、「データ活用について経営層や組織の理解がない」といった回答も多く見られることにも注目すべきである(図131-18)。

図131-17 ステージ2企業の課題(2014年9月調査)

図131-18 ステージ3企業の課題(2014年9月調査)

部門別に見ると、製造業では「開発設計」「生産工程」におけるデータ活用の割合が、「営業・マーケティング」や「販売後のメンテナンスやアフターサービス」と比較して高い(図131-19)。特に工場内を中心にデータの収集・活用が進み、効率化が図られてきたことが明白に見てとれる。この傾向を業種別に見ると、一般機械では他の業種と比較して「販売後のメンテナンスやアフターサービス」においてデータ活用を進める割合が高く、後述する事例にも見られるように、販売後の製品データのモニタリングにより、ユーザーによる機械のオペレーションの高度化を支援したり、効率的なメンテナンスを行ったりする取組が広がっている(図131-20)。この動向は、ハードウェアの売り切り型からサービスでも稼ぐビジネスモデルへの転換を示しており、前述のようなトレンドとも整合する先進的な動きである。また企業規模別に見れば、効率化やカイゼンを目的とする「生産工程」でのデータ活用は中小企業において比較的多く見られる一方、「販売後のメンテナンスやアフターサービス」のように生産現場の外でのデータ活用は大企業と比べて圧倒的に遅れていることも特徴的である(図131-21)。

図131-19 部門別データ活用度合い

図131-20 企業規模別データ活用度合い

図131-21 部門別・業種別データ活用度合い

経営者へのアンケート結果によれば、企業におけるデータ活用をさらに促進するための課題として、「データ活用とプライバシー保護を両立するルールづくり」が最も大きくなっている(図131-22)。また、同調査においては、データ分析の専門スキルを持つ担当者が足りていると答えた経営者はわずか6.8%であり、人材の不足も大きな課題の1つであることが示唆される(図131-23)。

図131-22 データ活用を進める上での課題

図131-23 データ分析の専門スキルを持つ担当者は足りているか?

 

(3)製造業における新たなIT活用

近年開発されるシステムの多くが、高機能、大規模となり、また複数のシステムがつながることにより複雑化している。このようなシステムの大規模化、複雑化は、開発段階において、システムの全体像を把握することが困難となりシステム全体での不整合が生じる、テスト工程に入って大きな問題が明らかになり意図しない手戻りが発生するといった課題を生じさせている。しかしながら、従来のハードウェアを起点とした局所最適型のものづくりの手法では、このような課題への対応が困難との声もある。このような中、システムの全体最適を実現するためトップダウンで開発を進める設計開発手法であるモデルベース開発(Model-Based Design, MBD)の活用が進展している。また、特に複数のシステムがつながった複雑なシステム全体のモデル化による設計開発手法をモデルベースシステムズエンジニアリング(Model-Based Systems Engineering, MBSE)と呼ぶ。モデルベースシステムズエンジニアリングでは、最初にシステム全体の構想を設計した後、システムを構成する部品等(サブシステム)に機能を割り当て、他のサブシステムとのインターフェースを明確にしながら分解し、その後各サブシステム単位で開発作業を進める。その際、製品の設計における要求、振る舞い、構造等を図式(モデル)で表現し、実機によるテスト工程を待たずにモデルを用いて検証、妥当性確認を行うことで、開発の効率化、リードタイムの大幅な短縮、高度化する性能・品質の向上を極めて高いレベルで実現することを可能とする(図131-24)。

図131–24 モデルベース開発のイメージ図

資料:経済産業省作成

例えば、自動車分野においては、自動車という商品の高機能化(電子制御、安全運転支援システム、快適性のさらなる追求、ネットワーク化等)、パワートレイン方式の多様化(従来車(ガソリン、ディーゼル)、ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車等)等により設計開発業務が複雑化する一方、顧客の多様なニーズに応えるため、製品の開発サイクルは短縮化する傾向にある。このような状況に対応するため、モデルベースシステムズエンジニアリングがパワートレインの開発を中心に進展しつつある。モデルベースシステムズエンジニアリングの活用は、実機が完成する前の設計プロセスにおいてバーチャル上でモデルを用いた検証作業をシミュレーションすることで手戻りを大幅に防ぎ、設計の生産性を大幅に向上させるとともに、燃料噴射のタイミングや量といった様々なパラメーターの最適値を求めることを可能にする。

このような設計開発手法の変化は、従来から日本の自動車産業が強みとする開発段階のいわゆる「すりあわせ」のプロセスにも、今後、大きな変化をもたらす可能性が高い。例えば、モデルベースシステムズエンジニアリングの進展により、自動車部品をシステム単位で、モデルを伴って納入することができるシステムサプライヤーの存在感が増大している傾向も見られるが、開発初期段階でモデルを使った「すりあわせ」を行うことは抜本的に開発を効率化し、またモデルを活用した開発領域と生産領域の連携によって、高度化する自動車の性能・品質の向上を高いレベルで実現することが可能である。したがって、開発基盤・生産技術力の維持・強化の観点からは、自動車メーカーと中小規模を含めた部品メーカーが、共存共栄の考え方に基づく連携の下で、従来の「すりあわせ」の強みを活かしつつ、効率的にモデルベースシステムズエンジニアリングを活用していくことを強力に進めていく必要がある。しかしながら、現在、多くの自動車部品メーカーにおいて、モデル化に対応可能な人材、設備(ソフトウェア)面で課題があるとともに、モデルの標記等に関する統一されたルールが無いため、自動車部品メーカーは自動車メーカーごとに異なる複数のモデルに対応を余儀なくされる、自動車メーカーは部品メーカーから納入されたモデルが自社モデルとルールが異なって使用できないなど、モデルの流通可能性にも課題があり、その潜在力が十分に発揮されていない状況にある。このため、モデルベースシステムズエンジニアリングに対応できる設備の導入や人材の育成とともに、部品メーカーの競争力の源泉となる差別化領域を適切に確保しつつ、モデル流通のあり方、シミュレーションの高度化、標記ルールの統一などを進めていくことが重要である。

自動車分野のみならず、モデルベースシステムズエンジニアリングは既に様々な分野で活用されている。例えば航空機分野も、自動車と同様に高い安全性が要求される上、部品点数も多く開発の複雑性が高いため、モデルベースシステムズエンジニアリングが進む領域である。我が国の重工各社も、欧米の航空機エンジンメーカーに対しモデルベースシステムズエンジニアリングを踏まえたエンジン部品開発を提案することで、納入契約を獲得する構図を確保してきている現状がある。

コラム:モデルベース開発の導入事例 トヨタ自動車(株)

自動車用エンジン開発を取り巻く環境は年々激化しており、トヨタ自動車ではより質の高い開発を進めるための開発プロセスの改革に取組み、モデルベース開発を導入した機能設計工程(「もっと考える設計」)の導入を開始した。新たなプロセスでは、商品からの要求を機能分解し物理的な特性で定式化することで、目標とする物理状態量を定義し、すべての要求を高いレベルで両立する最適な部品形状を設計する。

また、ITの支援により、機能設計工程における開発者の知見を蓄積・共有するしくみを構築し、過去の開発での検討案や過程を資産として活用していく。

図1 エンジン開発の新たな取組

図2 MBDを導入した開発プロセス改革の概要

図3 ITによる開発知見の資産化

資料:トヨタ自動車

さらには、スマートコミュニティやヘルスケアといった分野でも同様の考え方が活用され始めている。例えばスマートコミュニティであれば各種発電装置や家庭内に巡らされた受配電設備や電力利用自体をモデル化し、シミュレーションを行うことにより最適な電力供給方法を導く実証事例も存在する。ヘルスケアであれば臓器の機能や血流等をモデル化し、シミュレーションを行うことによって最適な投薬方法を発見する事例も存在するという。このように、モデルベースシステムズエンジニアリングの考え方は、製造業のみならず社会の幅広い分野で今後活用が進んでいくと思われる。

コラム:モデルベース開発の新たな展開 横浜スマートコミュニティ

横浜スマートコミュニティは「本当に豊かで充実した社会生活のためには、自然に学ぶことが重要である」との理念に共鳴、賛同した企業・団体が集まり、自然エネルギーを実生活に取り入れ、真に有効活用できる技術を確立したいとの思いで発足した。現在会員数は98社を超え、セミナーやスマートセルプロジェクトなどの実証プロジェクトを行っている。現在毎週2日間、一般公開を行っている。(Webで日程を公開)

スマートセルプロジェクトは、「創る」「蓄える」「賢く使う」を1つのエネルギー単位として営む植物細胞からヒントを得て、断熱性能など家の構造から考えたパッシブ技術、エネルギー制御などのアクティブ技術を組み合わせたコンセプトを持っている。

このプロジェクトは、横浜スマートコミュニティがメンバー企業の出資により、植物細胞(セル)をモデルにした住宅をtvkハウジングプラザ横浜内に建設し、実証試験を行うものである。自然エネルギー(太陽電池)、蓄電池、系統電力の3種類の電力源を混合して使用するハイブリッド型のエネルギーシステムを設置し、系統アシストを目的とした家全体のエネルギー管理を行っている。

図 植物細胞をヒントにしたエネルギーシステム

資料:横浜スマートコミュニティ

エネルギー制御に関しては、エネルギーシステム(変換部)と太陽光発電機、蓄電池、スマート分電盤から構成される。系統からの電力はスマート分電盤を介して家庭内の電化製品に供給され、またエネルギーシステムとやりとりされる。エネルギーシステムは、双方向DC-DCコンバータや双方向DC-ACインバータを組み合わせ、これらを制御する頭脳を持たせた高機能な電源(エネルギー変換装置)であり、発電機・蓄電池・系統電力(電線)を巧みに連系させ、電力を「創る」「蓄える」「賢く使う」家を実現する。

このエネルギーシステム開発は、(株)スマートエナジー研究所のエネルギー制御技術と、自動車や航空機で用いられるシミュレーション技術(モデルベース開発)を提供するdSPACE Japan(株)、これらの技術を用いて装置開発を行う(株)村田製作所によって行われた。

例えば、系統電力が不足する夏の日中には、太陽光からの発電や家庭用蓄電池からの電力を用いて系統電力をアシストする、太陽光で発電した電力を家電製品に供給しつつ蓄電池に充電する、一度に電化製品を使いすぎた場合でもブレーカーが落ちないよう蓄電池から電気を供給する、系統電力と蓄電池からの電力を組み合わせて電気自動車への充電を行えるようにする、などの使い方を想定している。そのため、応答性の高いデジタル電源制御を行いつつ、総合的に機器をマネジメントする機能を持たせている。

図 次世代型スマートハウス向けエネルギーシステムを持つ家(イメージ)

図 スマートセル内の電気配線図(イメージ)

資料:横浜スマートコミュニティ

2016年の電力自由化以降は、分散型エネルギーシステムの普及が予想されており多種多様なエネルギーサービスを実現するオープンエンド型のエネルギーシステムやクラウドと連携するアプリケーションが必要とされる。これらのシステム開発においては、クラウド側、エネルギーシステム、家電負荷などのシミュレーション環境が必要となる。スマートエナジー研究所では、強力なシミュレーション環境により、エネルギーシステムやクラウド・アプリケーションの開発を支援する環境としてESCORT(エスコート)を開発し提供を開始している。

(4)IoTがものづくりを変える

製造業におけるIT利活用の状況と新たな展開についてこれまでみてきたが、そもそも、今注目されているIoTによって製造業がどう変わろうとしているのだろうか。

ドイツでは、2011年、「インダストリー4.0」という名称を掲げ、製造業のデジタル化により製造業のパラダイムシフトを起こすという目標のもとに、国を挙げて「スマート工場」の推進をはじめている。また、米国でもGEを中心として、モノとデータが融合する「インダストリアル・インターネット(産業のインターネット)」といったアプローチがすすめられている。このような動きは、センサー技術やバッテリー技術の高度化によってあらゆるものにセンサーを張り巡らすことが可能となり大量のデータが集められるようになったこと、そして大量のデータを処理するプロセッサの小型化、高速化がおこり、また、センサーから得られるデータの送受信が大容量通信やwifi等無線通信技術の普及によりネットワーク化され、それらを蓄積し集計するクラウドが普及したという技術的な進展を背景として進んできた。

IoTとは、すべてのものがインターネットでつながるという概念であり、製造業においては製造物も製造ライン上の製造機械など、ハードウェア一つ一つの現在の状況がほぼリアルタイムで把握できるようになる。また、個別の工場内での生産工程の状況、さらには受注や在庫、物流といったサプライチェーンの状況全体が一度に把握できるようになる。これらの情報を分析することにより、サプライチェーンや生産工程内のどこに無駄があり、どこを改善すればよいのかといった現状分析と課題解決方法の発見、さらには将来のトレンド予測さえできるようになる。その結果、これまで現場での「カイゼン」を通じて生産効率を上げ、競争力を磨いてきた我が国の製造モデルとは異なり、市場調査、製品設計、製造販売、アフターサービスといったバリューチェーンの中で、製品データや製造プロセスデータの解析を通じて付加価値を獲得する新たな製造モデルが生み出されつつある。その中で、生産工程を含めた企業活動全体をすべて再考し刷新する必要性が生じてきていると言っても過言ではない。

従来の製造業では、IT化が進んでいるといっても、現場のデータは現場の改善に使われるほか、必要と考えられる一部の情報が経営層へ届くというやり取りに過ぎなかった。それが、IoTの進展により、工場の生産、品質、安全に関わるすべてのデータをネットワークで有機的に結合し、どこで何が起きているかを可視化し、そのデータを使った最適な経営の実現が可能となってきたのである。

さらに、このような動きが、製造業のグローバル展開の中で進んでいるため、顧客ニーズの多様化、バリューチェーンの中での価値創造の複雑化、変化の早いグローバル競争における自社事業の強みの見極めといった様々な課題と相まって、製造業は競争上の新たな機会と脅威にさらされているのである。

そうした中で、従来のような工場内の省人化や省エネ化といった生産効率の改善を越え、ものづくりのビジネスモデルそのものの変革が起きつつある。ここでは、すでに具体化されてきているいくつかの事例をみながら、製造業におけるものづくりのあり方の変化を見ていくこととする。

① 工場稼働率の向上や省エネルギー化

我が国でも既にいくつかの事例が見られるように、工場内の機械にセンサーを貼り、全体の工程を見える化する取組は生産工程内の非効率の発見やその改善に役立てられている。見える化によるプロセス改善や省エネルギー化、ひいては生産のコストダウンへとつながるため、生産現場でも積極的に取り組みやすい。

コラム:生産ラインの「見える化」による生産性向上 オムロン(株)

オムロン(株)は、生産ラインの各装置の稼働データや処理データを集め、生産ラインを制御する同社製のコントローラー「Sysmac」を通じてデータベースに集約、それらを解析してリアルタイムでグラフ化することによって生産ラインのムダを見える化する取組を行っている。

オムロンは、まず自社の草津工場でプリント基板の表面実装工程にこの仕組みを導入。従来、生産工程のムダの排除・効率化は熟練者の暗黙知による作業であったが、システムの導入により生産ライン全体の効率性を一目瞭然に見渡すことができるようになったため、改善ポイントの検討にかけていた時間を従来の6分の1以下に抑えることに成功。また実際に生産ラインの稼働率やエネルギー効率の向上等により、生産性を30%向上させたという。さらには、検査工程から画像データを同時に収集することにより、不良品等のトレーサビリティ確保も実現できるという。

図 生産ラインの見える化のイメージ

資料:オムロン

②アフターサービスの高度化

例えば出荷後の機械等の使用状況をセンサーから取得し監視する仕組みによって、故障の際の部品交換や補修に迅速に対応し、機械のダウンタイムを小さくするためのサポートを行うことが可能となる。このようなアフターサービスの高度化は、顧客満足度の向上や継続受注の確保につながるほか、メンテナンスコストの抑制にもつながる。

コラム:中小企業にも広がる設備稼働状況の遠隔監視・メンテナンス効率化の動き (株)オー・ド・ヴィ

(株)オー・ド・ヴィは、飲料水自動販売機・浄活水器の製造・販売・保守、清涼飲料水の製造を手掛ける従業員数12人の中小企業である。

スーパーマーケット等に設置される飲料水の自動販売機を製造・販売しているが、自動販売機にFOMAモジュールを導入し、稼働状況を自動的に収集する仕組みを構築。週に1回、水の販売量や濾過状態などの機器状況を自動販売機が自動的にメールで送信する。

従来は、スーパーマーケット等の設置先が自動販売機のコンソールを確認、FAXで送信し、担当者がパソコンに手入力していた。現在はデータをパソコンに転記する必要がない上、故障時には即時に警告メールが送信されるため、保守担当者の対応が迅速になった。この取組により、自動販売機の稼働率の上昇や、顧客満足度の向上を達成した。また省力化によって業務規模拡大が可能になり、北海道から沖縄までのスーパーマーケットに設置できるようになったという。

図 飲料水自動販売機

図 自動販売機に組み込んだ通信装置

資料:オー・ド・ヴィ

③熟練技能の継承

生産工程のデータと各種制御機器のログデータを突き合わせることで、問題が起こった場合の熟練者の対応方法等、暗黙知の形式知化が可能となってきた。このような熟練技能の「見える化」の取組は、後継者不足による熟練技能の継承の問題を解消するほか、経験値を見える化することでより一層の効率化提案につながる。

さらに、このような見える化により、工程作業のうち自動化や一般技能者でも対応が可能な部分を特定し、技能者をさらに高度な作業に従事させて付加価値を高めることや、労働者の能力に応じた作業指示を行うことが可能となる。

コラム:ベテラン設計士のノウハウをシステム化 (株)LIXIL

住設機器大手の(株)LIXILは、(株)インクス(現SOLIZE(株))と連携し、水栓金具開発のベテラン設計士等に蓄積された各種プロセスやノウハウ(設計、試作、評価における手順、考え方等)の暗黙知について、ITにより一元管理・運用する設計支援システム「開発設計NAVI」を用いて見える化・標準化を図った。これを活用することにより、過去の類似製品の設計方法やノウハウ等を効率的・効果的に参照することが可能となり、設計期間の短縮が可能となった。また、若年層の育成を通じて生産性の向上も図られつつあるという。

現在、同社には生産・販売部門等にも他のシステムが複数あり、これらのシステムとの連携を検討している。

図 開発設計NAVIのイメージ

資料:LIXIL

④受発注情報や顧客情報の解析による業務効率化

生産ラインや製造物から得られるデータのみならず、受発注情報や在庫・仕掛品の情報、顧客・ユーザーの声も収集・解析することで重要なデータとなり得る。これらのデータは、販売後のメンテナンスやアフターサービスに活用するのみならず、営業や新製品の開発設計にもフィードバックすることでさらなる付加価値を生むケースがあるほか、顧客の発注パターンの分析によって在庫を削減する等の効果が得られる。

コラム:顧客の声を開発にも活用 富士ゼロックス(株)

富士ゼロックス(株)は、製品やサービスに対する年間15万件にもおよぶ顧客の声(ボイス・オブ・カスタマー、VOC)を全社で共有し活用する仕組みを構築し、新製品の開発に活かしている。事業部門の最前線でデータを直接分析する仕組みが、競争力のある製品の早期投入につながっている。

富士ゼロックスが現在のVOCのシステムを導入したのは2012年であった。電話や電子メール、ファクシミリ、Webサイト、顧客満足度調査、担当者が顧客を訪問した際や顧客が来社した際のコメントなど、あらゆるデータを集約する。

データは他部門と共有すると一層効果を発揮する。VOCの情報は営業やサポート部門が活用するのが一般的だが、同社では開発部門が積極的に活用している。例えば、開発者がVOCを参照することで、稼働時の騒音を抑える機能を製品に付加する、人感センサー(スリープモードに入っていても、人が近づいてきたことを察知していち早く復帰する機能を持つセンサー)を製品に装備するといったことの必要性に気付き、早い段階から企画に盛り込むといった取組が行われている。

VOCは顧客の苦情の声を集めて改善活動に使うのが一般的であるが、同社のシステムでは顧客の「お褒めの言葉」も登録している。約15万件のVOCのうちおよそ1割がお褒めの言葉だという。VOCを開発者が見ているので、実際に企画した製品が受け入れられているのかどうかを確認できる。いわば仮説と検証を可能にするための仕組みである。

VOCのデータ分析機能は、社員であれば登録するだけで使えるが、データを有効に活用してもらうために様々な工夫を凝らしている。例えば、VOCは「省エネ」と「節電」のように同じ意味合いの項目を別の言葉で表現していることが多くある。このため常に類義語辞書を見直したり、機械学習によって不要なキーワードを除外したりするなどの最適化を図っている。

図 VOC検索システムの画面

資料:富士ゼロックス

コラム:顧客からの発注の予測による発送作業の効率化 サンコ-インダストリー(株)

メーカーからねじを仕入れ、二次卸などに販売する専門問屋のサンコーインダストリー(株)では、ここ5年で扱うねじの種類が26万種増え、合計71万種に達した。そのため、顧客の注文に対応して梱包、発送する作業の負荷が高まり従業員の残業時間が大きく増加していた。

この状況を脱するため取り組んだのが、顧客の発注パターンの分析である。同社の顧客は必要に応じて1日に何度も発注してくることが多いという。商品を注文翌日に顧客の手元に届けるために、以前は午後5時で注文を締め切り、箱詰めと発送の作業にとりかかっていた。しかし、個別の発注データを見てみると、早い段階で1日の発注を済ませている顧客がいたことに加え、顧客ごとに同じようなパターンで発注が行われていることが少なくないことに気がついた。

そこで同社は顧客ごとの発注の“癖”の分析を行った。月別・曜日別に最終の発注時間帯の分布を作成し、顧客ごとに最終の発注のタイミングを判定できるようにしたのである。このモデルを約4500社ある同社の顧客に適用したところ、以前よりも2時間早い午後3時に発送を始められるようになった。その結果、午後5時以降に扱う荷物の量が減り、社員の合計残業時間は半減。大幅な残業代の削減に繋がっている。

また、同社は他にも各種のKPI(重要業績評価指標)を定め、業務の効率化に取り組んでいる。例えば、一緒に注文される傾向の強い商品どうしを配送センター内の近くの場所にストックすることにより、倉庫内でのピッキング時間の短縮を図っている。2014年9月に運用を始めたところ、作業効率が約14%向上した一方、時間帯によってはストックヤードの近接が逆に作業者や台車の渋滞を引き起こすという課題も出ており、このような課題の解決に随時取り組んでいるという。

今後どのねじ種がどの程度売れるのかという需要予測も2015年2月に始めた。71万種のうち上位1000種について、月1回の予測を行っている。需要量だけでなく、どの程度の振れ幅がありそうかを含めて予測する。はじき出した需要予測は市場の変化を知るだけでなく、販売キャンペーンの効果測定などにも利用している。

図 データ活用による効果

資料:サンコーインダストリー

コラム:マーケティングの自動化による優良顧客の獲得 (株)ツルガ

サンコーインダストリーからねじを仕入れている(株)ツルガは、2008年に開始した通販サイト「ネジクル」を利用する顧客のデータを自動的に収集・解析するマーケティングシステムを2012年に導入した。中堅企業である同社は、今後労働人口の減少に伴って大企業と同様の優秀な社員を定着させることは難しいと考え、マーケティングの自動化にいち早く取り組んだのである。

新たに導入した自動マーケティングシステムでは、例えば顧客を「初回利用の顧客」「使い始めの顧客」、「少しずつだが着実に使う顧客」「高感度の顧客(クーポンなどへの反応が高い)」「優良顧客」という独自のランクに分類し、カテゴリーごとに異なるアプローチで、顧客に対するマーケティングを行うことにした。

システムには、例えば「Aランクの顧客」に「Bというアクション」をすれば、「Cという結果につながる」という“ノウハウ”を組み込んだ。ランクごとに2~3個のルールを設定しており、アクションの実行後に顧客がどの程度反応するのかも把握している。最終的には「優良顧客」のランクに移行させることで、売り上げの安定化を目指す。

このような一連の仕組みの構築とサイトの刷新も含めたIT投資によって、2014年には成約に至るコンバージョン率が従来比で2倍になったという。

図 自動マーケティングシステムによる顧客の分類

資料:ツルガの資料を基に日経BP作成

コラム:在庫管理にサイエンスを導入  実用ARIMA

自己相関を持つデータ系列の統計モデルとして一般的に用いられるARIMAモデルを実際のビジネスに適用することにより、在庫の大幅な縮小や利益率の向上を実現する事例が広がっている。ARIMAモデルは、季節変動等の規則を持つ部分(Auto Regression、自己回帰)と不規則に変動する部分(Moving Average、移動平均)の合成として変動量をモデル化するもので、統計分析において時系列データのモデル化の手法として一般的に利用されているものである。このようなモデリングをビジネスに活用する実用ARIMAの考え方は、一定の販売実績データをもとに販売量をモデル化し、将来の販売量を予測することによって在庫を最小化することを目指す。我が国の企業は諸外国の企業と比較して「在庫切れ」を極端に嫌うあまり、過度に多い在庫を抱えていることが収益性を押し下げていると考えられるが、科学的な手法を用いて在庫を適切に管理し、コストを最小化する取組である。

例えば、広島県を中心に展開するスーパーマーケットチェーンの(株)万惣は、2014年から日々の在庫管理に実用ARIMAを導入した。売上高上位100アイテムでは、導入前と比較して品切れ率が37%、在庫日数が20%減少したという。これによって、売れ残りのために廃棄される生鮮食品等のロス率が減少し、その結果粗利益高が18%程度改善した。

(株)LIXILにおいても同様の取組により、平均在庫を約40%削減するとのシミュレーション結果が得られた。同社における分析では、在庫のほとんどは販売量が特に多い上位数十の品目で構成されていることが判明。品目を絞った簡易な解析で、大きな効果を得ることができるという。

図 (株)万惣における導入効果

図 (株)LIXILにおける実績

資料:ビュー・コミュニケーションズ

⑤変種変量生産への対応

RFIDタグの活用により、個々のワーク(製造物)がどのような作業をされるのかを自ら認識し、同時に生産ライン上の機械がライン上を流れる各ワークに施すべき作業を識別し、場合によっては生産ラインを組み替える、あるいは工場をまたいで最適な生産ラインを選択する等により、機動的な変種変量生産を実現することが可能となる。

コラム:FA用部品、金型部品のミクロン単位の寸法指定による受注製作品を1個からでも、確実短納期で供給 (株)ミスミグループ本社

FA(ファクトリーオートメーション)用部品、金型用部品の製造・販売を行う(株)ミスミグループ本社は、顧客のニーズに応じた受注製作品をたとえ部品一個からでも確実短納期で供給。また、受注製作品以外に同社が取り扱う工場消耗品等の一般流通品についても同様に確実短納期での出荷を実現している。

顧客からどのような商品をいつ、どれだけの数量で受注するのか解らない状況でも確実短納期による安定供給を目指し、ものづくりのコンセプト・方法論・人材育成・マネジメントシステムの検討を重ねることでミスミプロダクションシステム(MPS)を確立。MPSの改善効果により、受注製作品の標準納期を従来の3日から2日へと1日短縮。25年ぶりのモデル革新を実現した。

受注製作品のバリエーションは800垓(1兆の800億倍)を誇る。一般流通品も含めて、取扱い点数は1000万点以上、取扱いブランド数は2000社。在庫品は早いものでは当日中に顧客のもとへ発送することができる。同社の製造会社である(株)駿河生産プラットフォームを中心に、日本、中国、ベトナムの3極体制により、グローバル短納期供給体制を構築している。

ユーザーのニーズが多様化する時代において、顧客のニーズをきめ細かく把握し、かつ低価格・タイムリーに商品を提供することはそれ自体が新たな付加価値である。ドイツのインダストリー4.0はこのようなマスカスタマイゼーションの能力を製造業の付加価値として大きくアピールするものであり、同社の取組はそれに先駆けるものと位置づけられる。

コラム:世界で一着のパーソナルオーダーに対応するデジタルプロダクションシステム セーレン(株)

総合繊維業のセーレン(株)は、パソコンで作ったデザインデータを「ビスコデザインCAD」に取り込み、タイムラグなしに「ビスコテックスCAM」で布地に染めて最終製品にするという、企画・製造・販売まで一貫した独自のデジタルプロダクションシステム「ビスコテックス」を開発した。同社が創業から125年の歴史の中で培ってきた「染め」の技法と先進のITテクノロジーにより、パーソナルオーダーから大量生産まで、あらゆるニーズに対応する柔軟な生産システムを構築している。

このシステムを活用すれば、顧客は、店頭で様々な選択肢の中から自分好みの生地やデザインの組み合わせを選ぶことができる。顧客データは即座に工場に送られ、自動的に生産を開始。顧客の好みに合わせた世界で1着のパーソナルオーダーを短納期で生産することができることに加え、在庫減少・省資源・省エネルギーにも寄与する。消費者の嗜好の多様化というアパレル産業のトレンドにも合致しており、今後ニーズが拡大する可能性がある。

また、同社はこのシステムをアパレル分野のみならず、カーシート等の車輌資材や住宅の外壁材等の生活資材、さらには広告資材等様々な分野に展開している。

図 ビスコテックスシステム

資料:セーレン

コラム:オーダーメイド・システムキッチン パナソニック(株)

パナソニック(株)は、ウェブ上で簡単にオーダーメイド・システムキッチンのオーダーが可能な「WEBハウズ」サービスを、10万社を超える工務店に対して提供。標準品のキャビネットだけで約6万、部材は約90万もの品番があり、これらの組み合わせプランを自由に選択できる仕組み。すべての部材が3次元設計されており、これらを組み上げていくことでシステムキッチンの商品コスト、消費電力等の使用時のランニングコスト、メンテナンスコストなど様々な情報を設計段階で明確に知ることができるようになっており、見積りも表示される。このような手法はBIM(Building Information Modeling)と呼ばれ、建築の3次元化とともに世界で大きく注目され、活用されている手法である。

さらにこの設計システムをオープン化することによって、工務店の担当者がタブレットやパソコンで、色・形状・サイズなどの商品情報を入力し、3Dイメージで顧客に提案することが可能になった。また、その情報を生産データに活用して、材料展開から生産まで行うことで、最短で1週間後にはオリジナルのシステムキッチンが届く。顧客の多様なニーズ対応と短納期でのデリバリーが必要なリフォーム需要に対して効果を発揮している。

図 オーダーメイド・システムキッチンのイメージ

資料:パナソニック

コラム:ITで複数工場間の生産最適化を実現(株)ダイセル

「ダイセル式生産革新」で知られる化学メーカーの(株)ダイセルは、複数の工場のエネルギー関連データを一元管理して、電力コストが最小になるように生産を移管する取組を2016年から本格化させる。自家発電設備を持つ複数の工場をあたかも1つの仮想工場のように制御することで実現する。商用電力の購入を最小限に抑え、年間数億円以上のコスト削減効果を見込む。

網干工場(兵庫県姫路市)と大竹工場(広島県大竹市)の2工場で、主力の生産品目である液晶フィルムなどに使う酢酸セルロース、タバコのフィルターについて生産量を調整できるようにする。ダイセル式では設備の設計や運用を標準化しており、2008年までに両品目をどちらの拠点でも生産できるようにした。2015年にはタバコフィルター向けの酢酸セルロースについても相互移管を可能にする計画である。

発電設備では電気だけでなく工程で利用する蒸気も発生させているが、蒸気は蓄積したり外部に販売したりできない。蒸気が相対的に多い工場側に生産品目を移管することで、商用電力の購入を最適化する。電気は「託送」と呼ぶ制度を使うことで、他の拠点に送ることも可能であり、今後活用を検討する。

両工場の発電設備の燃料は、網干はガスと石炭、大竹は主として石炭で予備に重油を使っている。その調達コストなどの要因で蒸気量が変わってくる。在庫が多少増えても、安価なエネルギーで生産した方がいいという考え方である。

現在は手計算で調整しているが、2015年にはプロトタイプシステムでの運用を始める。当初は月単位で生産を調整するが、週次などそれより短い単位での調整にメリットがあるかどうかを見極めていく。

ダイセルは2000年以降、プロセス管理の標準化に取り組んできており、実に800万もの意思決定ポイントを顕在化させて、紙のファイルに落とし込んでいる。移管時に必要となる生産品目の切り替え自体も、通常は2~3日かかるものが1日で済むなど、大幅な効率化を実現している。今回の仮想工場化も一連の取組の成果の1つといえる。

図 複数工場間での生産最適化のイメージ

資料:ダイセルの資料をもとに日経BP作成

⑥設計のリードタイム削減

3次元CADが導入されても、従来は設計現場と生産現場との間でデジタルデータのやり取りが進まず、実機試作による検証を繰り返してきた。昨今、製品の高機能化や多様化に伴って設計段階におけるデータ量が肥大化する中、実機試作の繰り返しによる開発リードタイム増大を防ぐため、デジタル上で試作・性能試験までを行うことで、試作段階での手戻りを最小化することが可能となってきている。これは、市場の求める多種多様な製品を迅速に市場に提供する上で不可欠な機能となる。

コラム:デジタルデータを活用した設計リードタイムの短縮や工場間の連携による生産性向上を実現 アルプス電気(株)

アルプス電気(株)は、3次元CADをベースとしたバーチャル開発環境の導入により、設計開発のリードタイムを50%短縮した。

例えば、一般に生産設備の設計はメカ(機械)、制御、エレクトロニクス(電気)といった複数の部門に分かれており、それぞれの担当者が個別のシステムを使った上で、紙などでの確認により仕様のすりあわせを行ってきた。これに対して、開発環境をバーチャル上に構築すれば、共通の3次元データを参照することで同時並行的に複数の開発担当者が作業を行い、設計期間を短縮できるほか、担当者ごとの認識のズレ等による不具合の発生も事前に防ぐことが可能になった。

技術の複雑化・多様化、さらにはIT技術の進展による新たな需要の高まりを背景に、電子部品業界は著しい市場環境の変化に直面している。新たな開発環境の導入は、製品開発のリードタイム短縮や生産設備の早期立ち上げを実現することで、こうした環境変化への柔軟な対応を可能としている。

また、同社は日本と世界各地の工場をネットワークで繋ぎ、製造データをリアルタイムで収集し、装置のパラメーターを遠隔で設定する取組を進めている。日本、中国、メキシコの3工場で実現しており、国内の他の工場、さらには全世界の工場への展開も検討している。工場を超えてデータを共有・活用することは、さらなる品質の改善や効率性の向上に貢献している。

⑦サプライチェーンの最適管理(生産のさらなる効率化)

市場やサプライチェーンの情報を常に把握すれば、部品・部材の発注・調達のジャストインタイム化を高度化することが可能となる。これは、生産のリードタイムや在庫の削減を通じて、生産工程のさらなる効率化に資する。

コラム:カスタムバイクの生産リードタイムを大幅に圧縮 ハーレー・ダビッドソン(米)

ハーレー・ダビッドソンでは、ユーザーが車輪やシート、マフラー等のあらゆるパーツを自ら選んで組み合わせるカスタムバイクのオーダーシステムを構築している。そうしたカスタムバイクの生産プロセスを合理化するため、同社は生産システムを刷新。顧客からの発注が即座に生産計画に反映され、必要となる部品の発注やその在庫管理、さらには生産ラインの稼働管理までを一連のシステム上で最適化する。さらに必要な部品をジャストインタイムで調達し、生産ライン上の必要な工程に配送する。生産ライン上の機器はセンサーによって繋がっており、稼働状態がモニターできるようになっている。ワーカーには目の前のワークに対する作業指示が適切に送られ、熟練技術者でなくても効率よく作業できる環境を実現。こうして、生産のリードタイムをそれまでの21日から6時間へと大幅に短縮した。

⑧予知保全

機械等の稼働状況監視によるアフターサービスの高度化は、故障の際のダウンタイムの短縮を超えて保守保全の最適化、すなわちダウンタイムゼロを可能にする。つまり、故障の予兆を事前に感知することで、常に機械が壊れる前に必要なタイミングで修理点検を実施することが可能となる。

コラム:センサーデータの活用による故障予知 ダイキン工業(株)

ダイキン工業(株)は、業務用空調機の状態監視を行うことによって機器の故障予知等を行う「エアネットサービス」を提供している。

世界中で稼働する同社の空調機に取り付けられたセンサーが、室内機では熱交換器やエアフィルターの汚れ、室外機では送風機や圧縮機の異常、冷媒漏れなどの様々なデータを1分ごとにオンラインで取得。取得したデータは同社のエアネットコントロールセンターに集約され、独自の診断ロジックを活用し故障予知を行う。こうしたシステムを活用すれば、空調機の故障のうち約70%は予知が可能であるという。また、累積稼働時間の把握によって部品の交換時期を予測することも行っている。これらの取組によって機器の異常停止を事前に防ぐとともに、最適なタイミングで補修・保全を行うことでランニングコストを低減することができる。

機器の汚れなどを事前に発見すれば、機器にかかる過大な負荷を抑制し、ムダな電力消費を抑えることも可能になる。このように、エアネットサービスは、機器の故障予知によるランニングコスト低減とともに、電力使用量も含めて機器の稼働状況を見える化することによる省エネ運転の提案をパッケージ化したサービスとなっている。

エアネットは中核となる故障予知システムが顧客に受け入れられ、2012年度の契約数は約4200件、売上高は約40億円となった。2013年度には契約数が約4600件、売上高が42億円と堅調に推移している。

図 エアネットサービスのイメージ

資料:ダイキン工業

⑨製品の売り手から、ソリューションサービスの提供者へ

製造した製品の出荷後のユーザーによる使用状況について、稼働データを解析することにより、メーカーがユーザーに対して最適な運用方法をアドバイスすることも可能となる。こうして、従来の製品の単体売りから、当該製品データ取得とその解析によるソリューション提供へと製造業のビジネスモデルの変化が促進される。

コラム:ビッグデータで農家を支援 (株)クボタ

(株)クボタはコンバインやトラクター、田植機に新型センサーと通信機能を搭載し、肥料の投下量やコメの収量などの作業記録を管理することで、農業経営を支援するサービス「KSAS」の運用を2014年6月に開始した。農家の高齢化が進む中、データとしてノウハウを蓄積して次世代に伝承していく狙いもある。

コメの作付けにおいて、一般に土壌に含まれる窒素成分が多いほどコメの収量は増えると言われるが、一方で収穫したコメのタンパク質含有量が増えすぎてしまうと固く粘りのない、食味の劣るコメになってしまう恐れがある。KSASでは、まず作付け時に田植機やトラクターで投下した肥料の量をデータとして取得。収穫時にはコメのタンパク質含有量や水分含有量を計測する新型センサーを搭載したコンバインを用い、作付け時と収穫時の両者のデータを用いて傾向を分析することで、次の作付けにおいて施肥量を最適に改善するPDCAサイクルを回せるようにした。

ある農家において2011年から13年まで3年間のフィージビリティスタディを行ったところ、すべての圃場でタンパク質含有量を目標値以内におさめることができた。同時に収量についても改善が見られ、単位面積あたりの収量は約15%増えたという。

図 「KSAS」のイメージ

資料:クボタ

コラム:みかん栽培にITを活用。高品質の果実栽培、ジュース・ゼリーなどの開発に取り組む (株)早和果樹園

和歌山県有田市の(株)早和果樹園は、約6万平方メートルの広大な園地を有し、みかんの生産・共同撰果・農産加工・出荷販売などを行っている従業員約50名の企業である。同社では、富士通(株)・(株)富士通研究所と共同して、ITを活用したみかん栽培の実証実験を2011年7月より実施し、甘くて美味しい高品質のみかんの栽培を進めている。

実証実験の中では、センサーで収集した気温・降水量・土壌温度などのデータや、従業員の日々の作業記録、従業員が園地で撮影した写真などをクラウド・スマートフォン・パソコン等で管理し、共有・分析して、適切な時期に適切な作業を実施するための指導をフィードバックできるシステムの構築を目指している。また、同社では、ベテラン従業員のノウハウ継承、農業経験のない新入社員の人材教育などの課題を抱えているところ、ITを活用することで、作業標準化や各作業にかかるコスト数値化を図るなど、その解決にも期待している。

また、みかんの生産・加工の段階において、新しい生産方式・製法技術を積極的に取り入れ、高付加価値みかんジュース「味一しぼり」等を開発し、全国の高級百貨店等で販売することで、みかん産地の活性化に貢献していることが評価され、2014年度6次産業化優良事例表彰「農林水産大臣賞」を受賞した。

図 ARIDA MIKAN 有田みかん

⑩製品の売り手から、当該製品の運用受託者へ

さらには、そもそも製品の運用自体を受託して、製品を使って生み出した効果に応じて課金するというビジネスへの転換まで見られるようになってきた。これによって、例えば製品を買うほどではない小口ユーザーの新たな掘り起こし等へとつながっている。

コラム:空気圧縮機販売から圧縮空気販売へのビジネスモデル転換 ケーザー・コンプレッサー(独)

ケーザー・コンプレッサーは、安価で使いやすい動力源としてあらゆる製造現場で利用される圧縮空気を作るコンプレッサーのメーカーである。コンプレッサーは汎用品であるため競争が激しく、各社は圧縮空気の品質やコンプレッサーの省エネ性能、稼働率を競っていた。ケーザー社は従来からリモートセンシングを利用して稼働状況をモニタリングし、予知保全を実施することによって稼働率の工場やサービスコストの削減を実施していた。

そのような中、同社は、コンプレッサーの運用を顧客に代わって実施し、供給した空気の容量に応じて課金する新たなビジネスを開始した。つまり、コンプレッサーのサプライヤーから圧縮空気のサプライヤーへと自らのビジネスモデルを変化させたのである。これにより、圧縮空気は固定費から変動費になり、初期費用が不要となったため、これまでコンプレッサーを購入していた大口の圧縮空気ユーザーだけでなく、小口のユーザーの開拓に成功した。ユーザーにとっては、効率の良い新製品が出た場合に装置の入れ替えをしやすく、さらなるコストダウンが図れる点等でメリットがあった。

図 ケーザー・コンプレッサーのコンプレッサー

資料:ケーザー・コンプレッサーHPより

このように、IoT時代における製造業の変革は、我が国の得意分野であった生産効率化のみならず、製造業のビジネスモデルや付加価値のあり方を変える動きとなっている。また、このような動きは、ものづくりの現場の技術力が決め手となっているのではなく、むしろ、製造物からのデータ取得と蓄積、当該データの解析といった、もっぱらIT人材の手にゆだねられた分野が主導権を握っている。

このような動きを背景として、インダストリー4.0のメインプレーヤーとされるシーメンスがいち早くソフトウェア企業を買収する動きや、GEがIT系企業からソフトウェア人材を集める動きなど、製造業におけるソフト重視の姿勢が顕在化してきている。このように考えると、IoT時代の製造業の競争力は、我が国の強みである技術力やすり合わせよりも、IT人材の能力が大きく影響してくることが想定される。このため、IT産業が強い米国でさえも、IT人材の大量育成の必要性が認識され、IoT時代に向けた教育システムなどが提唱されはじめている。また、ドイツのインダストリー4.0でも、高度にデジタル化した社会に必要な人材の育成と、高齢化し不足が予想される熟練労働者を補完する技術が重要とされ、労働者の研修や専門家の育成を重要課題としてあげている。

このような点において、我が国の製造業は遅れが目立っていることが実情であろう。我が国製造業は、従来型の効率化のためのIT利活用すら進みにくい上、上記のような製造業の変革に対して、ソフト重視の姿勢を示すような企業行動が見られるようになってはきていない。特に、我が国の製造業は、従来、性能や機能といった製品の技術力という観点から競争力を向上させ、それを担う匠の技やすり合わせを重視してきた。製造業の付加価値が、データから生み出されるバリューチェーンの全体最適化を通して決められるようになるというパラダイムシフトがおこっている中で、我が国製造業はこのような状況に対応できていないのである。

我が国において製造業のデジタル化・IoTの進展のもたらすインパクトは、我が国の得意分野であった製造業のルールが欧米のルールに書き換えられようとするものとして、あるいはITサービスがものづくりの付加価値を奪うものとしてネガティブに捉えられる傾向がある。しかしながら、IoTのもたらすメリットは大きな広がりをもっており、我が国製造業も積極的にこれを享受し、さらなる発展を遂げる可能性につなげていくことが必要である。

コラム:欧米における製造業のサービス業化の動き

欧米では、伝統的なものづくり企業の収益構造もソフトウェア中心へと移り変わりつつある。「製造業のサービス業化」が指摘されて久しいが、我が国においては、例えば保守やメンテナンスといったアフターサービスは無料と捉えられてきたことも影響してか、企業は、世界屈指の高い技術力を背景に質の高いものづくりを実践してきた一方で、そうした技術力をハードウェア売り以上の収益に変える仕組み作りが不得手であり、「技術で勝ってビジネスで負ける」状態に陥っているケースが少なくない。IT・データ活用の遅れはその大きな要因の1つであり、今後、我が国企業も積極的にIT投資を行い、高い技術力をより大きな収益に変える仕組みを構築することが求められる。

ゼネラル・エレクトリック(GE)の事業構成は大きくインダストリアル(製造)部門とキャピタル(金融)部門から成る。同社は売上高の40%以上を占めてきた金融部門を縮小し、2016年には25%とする戦略を掲げてきたが、2015年4月、金融部門の資産の大半の売却により、その比率をさらに縮小させることを発表。具体的には、2018年までに収益の90%以上は製造部門に由来するものとすることとした。

絶え間ない事業再編の中で、同社は競争優位性の高い製造部門に経営資源を集中することを進めているが、このような製造業への回帰は必ずしも「ものづくり」への偏重を意味しない。同社のアニュアルレポートによれば、GEのサービス受注高は2014年に対前年比10%増の約500億ドル、2014年末の受注残高は約1890億ドルと同社の受注残高全体の7割を超える結果となった。同社の売上高は2014年に約1485億ドルであったことを考慮しても、同社の売上げに占めるサービスの割合が非常に大きくなっていることが分かる。また、好調なサービス分野は収益率も高く、18.8%という非常に高い製造部門の売上高営業利益率を支えている。

また、ドイツのシーメンスにおいては、同社の4つの戦略部門の1つであるインダストリー部門の中で、特にデジタル・ファクトリーへの取組を重視しており、PLMツールのトップサプライヤーの1つであったUGS(米)をはじめ、必要な技術やツールを有する企業の買収を戦略的に進めてきた。その結果、シーメンスはもはやソフトウェア企業であると称する声も存在するほど、重電・インフラや情報通信機器等の分野で競争力を有するハードウェア企業というこれまでの一般的な企業イメージから大きく姿を変えている。

図 シーメンスによるソフトウェア企業買収

資料:シーメンスホームページ

欧米企業は製造業のデジタル化を念頭において、IoTを活用した積極的な活動を始めている。これについて以下で詳述する。

2.欧米における動向

(1)ドイツ

①インダストリー4.0

IoTの活用による生産プロセスの革新の代表的な事例が、ドイツの国家イニシアティブである「インダストリー4.0」である。ドイツは我が国同様、少子高齢化による労働人口の減少や原発の停止等に起因する国内立地環境の悪化に伴い、GDPの約25%、輸出額の約60%を占める製造業の存在感が低下しつつあること、さらにはアジア地域への製造拠点流出の懸念が高まったことなどを背景として、2010年に公表した”High-Tech Strategy 2020 Action Plan(ハイテク戦略2020)”における11プロジェクトの1つを具体化させ、2011年11月にドイツ製造業の競争力強化・空洞化防止のための構想であるインダストリー4.0を提示した(図132-1)。これは「第四次産業革命」とも称されるが(図132-2)、その特徴は「サイバーフィジカルシステム」(後述)をベースとした製造業の高度化であり、ものづくりの拠点としてのドイツの未来を確実なものにするために、産業界と学界が一緒になってその構想を練ったところに始まる。そして、産官学共同で共通の重要領域を定め、アクションプランを提示したのである。

図132–1 インダストリー4.0策定までのドイツ政府の取組

資料:科学技術振興機構作成

図132–2 第四次産業革命のイメージ

資料:Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE 4.0をもとに科学技術振興機構作成

また、インダストリー4.0構想の推進のため、ドイツ国内において、機械工業連盟(VDMA)、情報技術・通信・ニューメディア産業連合会(BITCOM)、電気電子工業連盟(ZVEI)の3団体が事務局となり、さらにはドイツ工学アカデミー(ACATECH)とも一体となって産学連携プラットフォームを構築した。プラットフォームにはいくつかのワーキンググループが設けられており、その1つである研究・イノベーション作業部会が「研究開発白書」の策定・改訂を行っているほか、ドイツ国内の標準化機関が標準化ロードマップを策定するなど、様々な関連団体が一体となって構想を推進していることが分かる。

そして、2015年のハノーバーメッセでは、構想の具体化に向けた新たなプラットフォームが発表された。これは、従来のプラットフォームを発展解消し、政府や労組を含む裾野の広い組織へと転換したものであり、ドイツ政府のリーダーシップによって強力に構想の具現化を推し進めていこうとする意思もうかがえる(図132-3、132-4)。

図132–3 インダストリー4.0のこれまでの推進体制

資料:Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE 4.0よりベッコフオートメーション作成

図132–4 インダストリー4.0の新たな推進体制

資料:インダストリー4.0プラットフォームのホームページをもとに経済産業省作成(http://www.plattform-i40.de/plattform/)

“Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE 4.0(2013)”によれば、インダストリー4.0構想の推進によってドイツが目指すのは、IoTの活用によって生産の効率性を追求し製造現場をスマート工場とすること、さらにそのスマート工場どうしをネットワークでつなぎ、国全体をあたかも1つのスマート工場にすることである。製造プロセスの効率化・オートメーション化は我が国製造業の得意分野であり、一見すれば我が国でもこれまで熱心に進められてきた取組と同様のもののようにも見えるが、その実は将来のものづくりのあり方をIoTによって根本的に変え、そのプラットフォームをドイツ勢が押さえることで、そのユーザーたるドイツ国内の中小企業にも広く国際競争力強化をもたらそうとする壮大な構想といえる。では、この構想を実現するために何が求められるのか、その詳細について説明する。

(ア)サイバーフィジカルシステムの推進

インダストリー4.0の中核をなすのは、サイバーフィジカルシステムという概念である。サイバーフィジカルシステムとは、物理的な現実の世界のデータを収集、コンピュータ上の仮想空間に大量に蓄積・解析し、その結果を、今度は物理的な現実の世界にフィードバックするというサイクルをリアルタイムで回すことで、システム全体の最適化を図る仕組みである。製造現場におけるサイバーフィジカルシステムは、スマートな生産設備等から構成され、それぞれが自律的に情報を交換し合い、作業指図を行いながら制御できる機能を有する。このようなスマート工場において製造されるスマート製品は、それぞれが個々に識別可能で、いつどこにいても、自身の作られてきた履歴、現在の状況、完成までのルート、出荷されるタイミングや出荷先を知っている。また、このようなプロセス全体を管理する製造システムは、市場や受注の動向も踏まえ、今何を作っているか、今後何を作るべきかについて、本社と工場を繋ぐネットワークを通じ、本社や他の工場の状況とも連絡し合いつつリアルタイムに分析し、常に最適な状態を維持する。

このように、サイバーフィジカルシステムのもとで製品や製造工程にかかるあらゆる情報をデジタル上に再現するとともに、実際の製品や製造工程がどういった状況にあるかリアルタイムで把握し、それらの情報を統合したうえで、最適な生産を実行する。このようなサイバーフィジカルシステムを構築することによってドイツが目指すのは、市場の求める多種多様な商品をロットサイズ1から柔軟・迅速に生産・出荷する「マスカスタマイゼーション」への対応である。では、具体的にこのようなサイバーフィジカルシステムを構築するために、どのような取組が必要となるのか、次に見てみることとする。

(イ)製品の設計から生産、保守までのプロダクト・エンジニアリング(ライフサイクル・マネジメント)のデジタル化

デジタル上に再現される最も重要な情報の1つは、工場で作られる製品に関する設計から生産・販売とその保守、つまりライフサイクル情報である。ライフサイクル情報のデジタル上での管理のためのツールをPLM(Product Lifecycle Management)と呼ぶが、これは実際には、CAD(Computer Aided Design)、CAM(Computer Aided Manufacturing)、CAE(Computer Aided Engineering)、PDM(Product Data Management)、デジタル・ファクトリー、ビューワ/DMU(Digital Mock-Up)等のシステムツールを統合管理するためのソフトウェアである(図132-5)。ものづくりの現場でPLMツールの活用が進めば、デジタル上で製品のライフサイクルが再現できる。デジタル上のデータが実際に製造された製品にかかるデータと同期されることで、例えば設計から試作の工程を大幅に削減できる。CADツールで設計した製品データとデジタル上の生産ラインのデータを用いてシミュレーションを徹底、不具合をデジタル上で修正すれば、これまで実機試作を行う場合に生じていた手戻りを防ぐことが可能となるのである。また、不良品が出た場合の原因究明や対策の迅速化、販売後の製品のトレーサビリティ確保によるアフターサービス向上、さらにはそれらの情報を製品開発の上流との共有することによる製品の高度化などの効果が想定される。

我が国においては、コンピュータを活用した製品設計・生産設計ツールの利用はある程度進んでいるものの、デジタル設計データを生産現場にそのまま活用するといった事例はまだ少なく、むしろ設計開発担当が3D図面で製作したデータを、工場で2D図面に引き直すといった事例も存在しており、設計開発の現場と生産の現場がデータを介して連携する体制が整っていないケースが多く見られる。生産現場と販売・アフターサービスについても同様である。つまり、設計、生産、販売・アフターサービスといった製品のライフサイクルのステージごとに個別に最適化が図られているが、それらを統合し全体最適を目指す動きは乏しい状況である。

図132–5 PLMのイメージ

資料:経済産業省作成

(ウ)受発注からプロダクション・エンジニアリングのデジタル化

製品のライフサイクルに関する情報とあわせて、素材や部品の受発注や生産計画遂行のための生産ラインの選択・機器制御といったプロダクション・エンジニアリング、さらには製造後のロジスティクスの情報も重要なファクターの1つである。

これらをデジタル上で管理するため、受発注の管理等を行うERP(Enterprise Resource Planning)ツール、工場での生産実行管理を行うMES(Manufacturing Execution System)ツール、さらには生産現場のフィールド機器の制御を司るPLC(Programmable Logic Controller)に至るまで、経営レベルの情報から現場の制御レベルの情報までを垂直的に統合する(図132-6)。これによって、市場の多種多様なニーズに応じて生産計画を見直し、機器を適切に制御して柔軟な生産・出荷を行うことが可能となるのである。特にインダストリー4.0は、多様な顧客ニーズを反映した製品を、ロットサイズ1から市場に迅速に提供する「マスカスタマイゼーション」を目指すイニシアティブであるため、市場と製造現場を結び付け同期させることは非常に重要なのである。

図132-6 受発注からプロダクション・エンジニアリングのイメージ

インダストリー4.0においては、ロットサイズ1からの商品の柔軟な生産を実行するため、生産現場に「プラグ・アンド・プレイ」という方式が検討されている。これは、それぞれの生産機械を機能別にモジュール化するとともに、モジュールどうしの接続インターフェースを共通化することによって異なるモジュールどうしの接続を容易にした上で、そのモジュールを柔軟に、自動的に組み替えることで生産ラインの段替えを自動化するというものである(具体例は図132-7参照)。我が国においては、異なるメーカーの機械は通信規格が異なるのが通常であるため、それらの機械を接続(インテグレート)することに多大なコストがかかる。したがって、頻繁に段替えを要するような多品種少量生産に対応するラインは通常の大量生産ラインとは別々に構成するケースが多く、「多品種少量生産はコストが高い」ことが常識となっている。一方ドイツはそのインテグレーションコストを極小化し、生産ラインの段取り替えまでも自動化することで「1品モノ」の製品を大量生産と同様の納期・価格で提供することを目指しているのである。このように、あらかじめ決められた生産計画にしたがってできる限り効率よく質の高いものを作る、あるいは生産現場の絶え間ない改善によって競争力を強化するという我が国が得意としているボトムアップの発想を追求するのではなく、マーケットニーズを出発点として、デジタル上のシミュレーションによって最適と判断された生産ラインに実際の生産ラインを常に同期させるというトップダウン的発想に基づく「インダストリー4.0」の生産方式は、我が国が追及してきた従来の生産方式を根底から変えようとするものなのである。

図132–7 プラグ・アンド・プレイ方式のイメージ(2014年ハノーバーメッセ)

資料:科学技術振興機構提供

備考:オーダーメイドの名刺入れホルダーを作る工程のデモ。6つのドイツ企業の生産モジュールを組み合わせたもの。奥からPILZ(台車で名刺入れホルダーの台座となる部材を運搬)、FESTO(台座部材に彫り込み加工を実施)、Rexroth(別の台座部材との貼合せ)、HARTING(蓋部材との結合と彩色)、PHOENIX CONTACT(蓋にレーザー刻印で名入れ)、LAPPKABEL(品質検査)の生産モジュール。

(エ)工場内の制御ネットワークとIT系ネットワークの接続

経営レベルの情報から現場の制御レベルの情報までを垂直的に統合するにあたっては、工場内の機器制御を行うための制御系ネットワークを、企業単位の業務システムを構築するための基幹系ネットワークとつなぐ必要がある。従来、制御系ネットワークは工場内の各種生産設備の制御をリアルタイムで最適に行うことを目的としているため、基幹系ネットワークとつながることを前提として構築されていない上、工場内でさえ工程ごと・機器ごとに局所最適が図られ、別々の通信規格が混在しているのが現状である。

ドイツでは、ものづくりの現場がマーケットと直接つながることを念頭において、制御系ネットワークと基幹系ネットワークの接続に「OPC-UA」という国際規格が推奨されている(2015年のハノーバーメッセにおいて、OPC-UAを推奨通信規格とするインダストリー4.0コンポーネントが定められた)。もっとも、ドイツにおいても工場内の制御系ネットワークについては、シーメンスの「PROFINET」やベッコフオートメーションの「EtherCAT」などが並立して存在している状況が続いている。

我が国でも同様に、「CC-Link」、「MECHATROLINK」等の制御系ネットワークが並立して存在しているが、これらの制御系ネットワークと基幹系ネットワークの接続が課題として十分に認識されていないため、上記OPC-UAのような通信規格の統一が進んでいない点がドイツとの大きな相違点である。同時に、メーカーが異なれば機械の通信規格もばらばらであるという先述の課題は、それらの機械を制御系ネットワークにつなぐコストが高いことを示す。

通信規格の標準化への取組や、異なるメーカーの機器同士も相互につながるための規格のオープン化という課題は、ドイツでもインダストリー4.0の実施にあたって最も重要な課題として認識されているが(図132-8)、我が国ではさらにその状況は深刻である。

図132-8 インダストリー4.0の実現に向けた課題

出所:Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE 4.0から経済産業省作成

備考:ドイツ企業の278社(主に機械、プラント)に対する調査、複数回答可

(オ)サプライチェーンマネジメント全体のデジタル化

こうして実現されることとなる水平方向のプロダクトライフサイクル及び垂直方向のプロダクション・エンジニアリングを統合・相互連携させ、生産にかかるサプライチェーンマネジメント全体をデジタル化することが、インダストリー4.0が目指すスマート工場の究極的な目的である。これによって、市場の求めるどんな独創的な製品も短いリードタイムかつ安価に提供することを可能としようとしている(図132-9)。

図132–9 インダストリー4.0の生産システムのイメージ

資料:経済産業省作成

加えて、インダストリー4.0はこのようなスマート工場どうしをつなぎ、ドイツの製造業全体が1つの大きなスマート工場として機能する姿を描く(図132-10)。この点においては、異なる企業どうしが必要に応じて手を取り合い、連携することで社会としての全体最適を生み出すことが求められる。

このような取組が進められた結果として、「マスカスタマイゼーション」への対応が可能となっていくのである。

図132–10 インダストリー4.0におけるスマート工場どうしの連携

資料: Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE 4.0

図132–11 マスカスタマイゼーションのイメージ

資料:経済産業省作成

(カ)プラットフォーマーとしての大企業の戦略

このような生産システムの土台となるツールを提供するのが、シーメンスやSAPといったドイツを代表する大企業である。SAPは世界市場におけるERPツールのトップベンダーの1つであり、インダストリー4.0構想において異なる工場間又は企業間の受発注等の情報のやりとりをベースとして、生産計画を指示するMESツールにもビジネスを拡大している。一方でシーメンスは、もともと工場内の制御機器やそれを動かすためのPROFINETという制御系ネットワークを有するが、上位系のPLMツールやMESツール等へと進出し、当該ツールも含めた生産ラインのサプライヤーとして、1つ1つの工場内の情報を統合・デジタル化する部分に強みを有している。このように、上位系から生産現場に関心を示してきたSAPと、生産現場から上位系へと拡大してきたシーメンスとがプラットフォーマーとしても競争することによって、ドイツ全体のインダストリー4.0に向けた取組がより活性化しているとみることもできる。

なお、ドイツにおいては、特にフラウンホーファー研究所が中心となり、サイバーフィジカルシステムを実現するための技術開発(例えば、生産ラインの柔軟な変更を可能にするプラグ・アンド・プレイ方式の実証や、中小企業にも使いやすいPLMツールの開発等)を精力的に実施しており、インダストリー4.0の実現に向けて国を挙げて着実に前進していることがうかがえる。

コラム:SAPのビジネスモデル

ドイツ・ヴァルドルフに本拠を置くソフトウェア企業であるSAPは、ERP(Enterprise Resource Planning)等ビジネスアプリケーションのベンダーとして世界最大手の1つであるが、同社はIoTを活用した製造業への新たなビジネスモデルの提案と導入をリードしている。コラムでも紹介してきた、サプライチェーンマネジメントによってカスタムバイクの生産リードタイムを大幅に短縮したハーレー・ダビッドソン、コンプレッサー販売に加えて圧縮空気の販売によって新たなユーザーの開拓に成功したケーザー・コンプレッサーの事例は、SAPの生産システムやビジネスモデル提案によって単なるコスト競争から脱却し、顧客への新たな付加価値の提供によって差別化を実現したものであり、我が国製造業にとって参考となる事例は少なくない。

このような革新をリードするSAPの強みは、案件を超えて、業種を超えて、国境を越えて広く適用可能なアーキテクチャモデルに基づいたシステムを構築している点である。システムに共通のアーキテクチャーを持つことは、各種案件で得たノウハウやプラクティスのフィードバックによりアーキテクチャー自身を絶え間なく改善することを可能にするとともに、幅広い業種への適用によって思いもかけないイノベーションを生みだす可能性も有している。各社ごとのカスタマイズでシステム構築を行う傾向の強い我が国IT産業にとっても示唆を与えうる。

(キ)インダストリー4.0のインパクト

インダストリー4.0型の生産システムが仮に確立された場合、市場ニーズに応じたマスカスタマイゼーションへの対応という点において、現状の日本型生産システムの延長で考えている限り、我が国製造業は大きな遅れを取ることが懸念される。

また、それだけでなく、仮にマスカスタマイゼーションの必要性が到来しないとしても、当面、以下のような脅威が顕在化してくることが予想される。

第1に、ものづくりの競争力低下が挙げられる。ドイツの目指す生産システムが実現した場合、例えば自動車OEMをはじめとする各種メーカーの工場内が圧倒的に効率化されるのみならず、サプライチェーンまで含めた全体最適が図られることにより、ドイツメーカーの価格競争力が相対的に向上することが想定される。そもそも、カタログからの選択に縛られないオーダーメイド品を低価格・短納期で納入することが可能となれば、ドイツメーカーの市場訴求力が向上することも想定され、我が国OEMメーカーに対して競争上優位に立つおそれがある。

第二に、工場内で使用される生産機械のサプライヤーの競争力低下が考えられる。異なる工場や企業がデジタル上で互いに繋がり合うインダストリー4.0仕様の工場内においては、機械と機械も互いに繋がり合い、相互に情報を伝え合うことが必須となる。現在我が国では生産機械メーカーごとに機械の通信プロトコルは異なっており、したがって機械どうしを連結させ自動化ラインを構成する際には、機械のユーザー側がインテグレーションコストを支払う構図となっている。一方ドイツにおいては、接続インターフェースの共通化・標準化によって機械同士が違いに繋がり合うことを目指している。ドイツの目指す生産システムが実現し、かつその導入が世界中に広がった場合、ドイツ仕様の工場につながる通信プロトコルを持たない機械は市場に参入することすらままならず、我が国メーカーは競争力を低下させるおそれがある。

第三に、各種データを活用した新たな付加価値提供によるビジネスモデルが展開されていく中で、データの集積先として特定のデータプラットフォーマーが優位性を増すと、当該システムが国際的なデファクト標準として機能しはじめ、各製造業は市場への参入のために否応なく当該システムに組み込まれざるをえないといった事態も生じうることが懸念される。

(ク)ものづくりの付加価値の消失へ

コスト競争力の低下以上に、製造業のビジネスモデルが変容することで、デジタル化された生産プロセスデータも含めて、生産にかかるノウハウがすべてソフトウェアに移行することへの懸念もある。工場の生産プロセスデータは、製造業にとっては重要なノウハウの固まりである。それゆえに、我が国では、製造にかかるデータのITシステムとの連携が進んでこなかったところでもあるが、上記で見てきたように、生産方式を全体最適の観点から見直すとすれば、従来のようにプロセスデータの保護に固執し続けることは、かえって競争力を失うことになりかねない。この点において、どのデータを自社内でブラックボックス化し、どのデータを上位系のソフトウェア開発につなげるかといった峻別を行うことは企業にとって重要な課題となりうる。

ソフトウェアベンダー側との間で提供するデータの所有権等は契約による条件付けも重要となってくる。各ユーザーからデータの集まるソフトウェアがデータプラットフォーム化すれば、当該データを分析し、個別各社にはできないデータの分析結果を活用することで、製造業側にとっても強みを見いだすことができる。また、そもそも、そうしたソフトウェアに競争の源泉がうつるとすれば、そうしたソフトウェア開発に乗り出す新ベンチャーを創出するプラットフォームをしっかり握るといった戦略もあり得る。このような観点も踏まえると、製造業のビジネスモデルが変わろうとしているなかで、データを自社内で囲いこみつづけること、あるいは、できる限り機器やネットワークを囲いこみ、つながる工場を推進しないといった状況のままでは、製造業の持つ付加価値を失う方向に進むことになりかねない。

製造物の価格決定権は製造業ではなくソフトウェア提供側に移ることも想定される中、我が国製造業の競争力を高めていくためには、ソフトウェアでも付加価値を生み出していくこと、それのできる人材を育成していくことが不可欠である。それを怠れば、我が国が得意とし、また今後も強みとしていくことが期待されるものづくりから、付加価値が奪われていくことにつながりかねないのである。

(ケ)総括

これまで述べてきたように、ドイツにおけるインダストリー4.0の取組は大きな可能性を秘めた壮大な取組であるが、一方でその実現に向けてまだ第一歩を踏み出したばかりである。また実現に向けたハードルが非常に高いことも確かである。我が国製造業はこれを過度に恐れる必要はないが、一方で製造業大国のドイツがIoTの進展やデジタル社会の到来といった世界のメガトレンドを捉え、そのような世界の中で今後のものづくりのあり方を模索していこうとしている点は大いに注目に値する。我が国においては、得意としてきた「すりあわせ」の技術や、サプライチェーン間の「阿吽の呼吸」のように熟練労働者のノウハウや信頼関係に基づいたサプライチェーンの最適化によって、生産の効率化、ものづくりの高度化が図られてきたが、ドイツの目指すインダストリー4.0はそのような日本的なものづくりの思想の延長線上にあるものではないことをしっかりと認識したい。

なお、現実の生産プロセスが変わっていくことに先立って、デジタル社会における未来の工場のあり方に関する国際的なルール形成の議論はすでに始まっている。このような議論に乗り遅れることなくしっかりと対処していくためにも、我が国としての今後の製造業のあり方を十分に国内で議論していくことは、非常に重要なことである。

コラム:進むルール形成~スマートファクトリーの国際標準化

IEC(International Electrotechnical Commission, 国際電気標準会議)では、インダストリー4.0を念頭に置いた国際標準化の動きが既に始まっている。具体的には、新たな技術トレンドを踏まえ、標準化活動が必要となり得る今後の大きな市場の方向性を議論するMSB(Market Strategy Board)において「ファクトリー・オブ・フューチャー」をテーマとする白書の検討が進み、2015年10月をめどに発行される見込みである。また、このような動きも踏まえつつ、今後標準化を行っていくべき具体的な分野とその手順について整理を行うSMB(Standardization Management Board)において「スマートマニュファクチュアリング」をテーマに検討が進んでおり、2016年中をめどに結論を得る見込みである(図)。

近年、国際標準化活動においては「システムアプローチ」と呼ばれる手法が一般的になりつつある。つまり、細分化された個別具体的な技術をベースに1つ1つの規格を独立に作っていく従来の手法とは異なり、ある技術や考え方の体系をシステムとして捉え、その体系に沿って必要な一群の規格を策定していく手法である。このようなアプローチにおいては、検討の上流段階から規格作りの議論に参加し、我が国が有利となるような設計を初期段階から作り込こんでいくことが重要である。ドイツは、初期段階からフラウンホーファー研究所、シーメンス、SAP等の中核企業等が国際標準化の検討に参加することで、インダストリー4.0のデジュール化を有利に進める狙いがある。我が国もその議論に乗り遅れることなく、未来の工場のあり方をめぐる国際標準の規格の中に、我が国に優位性のある技術やノウハウが反映されるよう、検討の初期段階から議論に積極的に参加することが必要となっている。

図 IECの組織体制とインダストリー4.0をめぐる国際標準化活動

資料:経済産業省作成

コラム:インダストリー4.0に関する独中連携

ドイツのメルケル首相は、2014年7月に中国を訪問。共同声明としてとりまとめた独中協力のアクションプラン”Shaping innovation together”において、インダストリー4.0に関する協力が盛り込まれた。

具体的には、産業のデジタル化はドイツと中国双方の経済にとって新たな成長の源泉となるものであることを認め、両国の企業がその促進を推し進めていくことに合意した。また、両国政府がインダストリー4.0に関する情報共有の場を持ち、国際標準化においても協力を行っていくとされている。国際標準化の推進にあたっては、国際会議の場での仲間作りが非常に重要であることも踏まえれば、独中連携の動きにも今後注目していく必要があるといえる。

コラム:国際標準化におけるシステムアプローチの事例 スマートグリッド

スマートマニュファクチュアリングに先立って、システムアプローチによる国際標準化の動きが始まっているのがスマートグリッドの分野である。スマートグリッドでは、SMB(Standardization Management Board)における検討が2009年に始まっている。このような複雑なシステムの標準化を進めるためには、関係する多くの企業や事業者が利用する様々な技術の相互運用性が必要となるため、そうしたシステム全体を俯瞰し、抽象化・視覚化した「SGAM(スマートグリッド・アーキテクチャモデル)」を策定。先行して実現している事例(ユースケース)で運用された技術要素とその相互運用性の有無をモデル上にマッピングしていくことで、新たに規格化することが必要な部分を明らかにするという手法を採った。

このようなアプローチにおいては、策定されるモデルが我が国で用いられている技術やルールに不整合とならないよう、適切に議論を動かしていく必要がある。実際、スマートグリッドでは必要な対応を検討するため、NEDOを事務局とし、327の民間企業群からなる「スマートコミュニティーアライアンス」を2010年に組織した。企業経営者層も巻き込み、それぞれの企業戦略や産業全体としての戦略に標準化対応を位置づけ、検討を実施。抽出された20の重要項目に関して国際標準化の取組をフォローアップすることとし、現在、工業標準調査会に設置された戦略分科会において、個別の項目をつなぐシステムの標準のあり方の検討も含めた対応を行っている。

今後始まるスマートマニュファクチュアリングの議論においても、このような体制の構築を進め、関連産業が一丸となって、企業戦略・産業戦略の一環として対応策を検討・実施していくことが非常に重要である。

図 スマートグリッドのアーキテクチャー

資料:“CEN-CENELEC-ETSI Smart Grid Coordination Group Smart Grid Reference Architecture, Nov.2012”をもとに経済産業省作成

コラム:ハノーバーメッセ

ドイツ北東部のハノーバーにて年に1回開催されるハノーバー国際見本市(以下「ハノーバーメッセ」)は、世界最大の国際産業技術見本市である。2015年のメインテーマは”Integrated Industry – Join the Network!”であり、ドイツ国内を中心に世界の様々な企業や研究開発機関が、インダストリー4.0に関連する様々な技術やアプリケーションを展示した。2011年にインダストリー4.0の考え方が示されて以降、ハノーバーメッセはこのような各企業・研究開発機関の取組を披露し競争する場としての様相を強めてきており、IT活用が製造現場に裨益する具体的なイメージを示し、インダストリー4.0によって製造業が変わっていく姿とその目標をドイツ企業が認識することに大きな役割を果たしている。

実際に、ハノーバーメッセの時期を利用してインダストリー4.0に関する様々な新しい発表がされている。例えば今年新しく発表された「Umsetzungsstrategie Industrie4.0(実践戦略)」の中で、インダストリー4.0プラットフォームの新しい姿(図132-4)やインダストリー4.0のためのリファレンスアーキテクチャーモデル(RAMI4.0、図)が発表された。2011年に示されたインダストリー4.0の考え方を具体的な実装モデルとして公開した点において、一歩進んできたことが見て取れる。RAMI4.0では使える標準規格はそのまま活用することをベースとしており、基幹系ネットワークと制御系ネットワークの間の通信においては、OPC-UA(IEC62541)が推奨されているほか、情報層においては、IECの共通データデクショナリー(IEC 61360シリーズ)などが参照規格としてあげられている。また、インダストリー4.0のコンポーネントを新たに定義して、工場内の構成要素をすべて、対等につなげる方向が示唆されている。

メッセにはメルケル首相も訪れ、産業界のネットワーク化、標準化への取組への決意など、首相自らがインダストリー4.0を推進する姿を明確化している。

近年のインダストリー4.0の国際的な関心度を反映して、今年のハノーバーメッセ(4月13日から17日まで開催)には、22万人の入場者のうち、約7万人が国外からの参加者であったという(主催者発表)。

図 インダストリー4.0リファレンスアーキテクチャーモデル(RAMI4.0)

資料:「Referenzarchitekturmodell Industrie4.0 (RAMI4.0)」(ZVEI, SG2)をもとに経済産業省作成

コラム:インダストリー4.0実現に向けた産学官連携

ハノーバーメッセのコラムで示したように、ドイツではメルケル首相の強力なリーダーシップの下、民間企業がインダストリー4.0という共通のゴールの実現を目指して技術開発やアプリケーション開発を行っている。加えて、大学や各種研究機関においても同様の研究開発が進んでいる。

例えば、前述のプラグ・アンド・プレイ方式の生産ライン開発は、民間の非営利研究法人である人工知能研究センター(DFKI)を中心に行われている。また、複数の工場にまたがった生産調整を行うための実証実験をミュンヘン工科大学が中心となって行っている。具体的には、市場ニーズの変化に対応し、生産する商品(ヨーグルト)のロットや種類の最適化をリアルタイムに行うという実証を、複数工場間のデータ共有とそれに基づく生産ライン制御によって行うものであるという。

第2節で述べたようなドイツの産学官連携による研究開発エコシステムはこのような場面でも活きており、官がリードし、産学が連携・役割分担をすることにより着実に、効率的にインダストリー4.0を実現していこうという体制が構築されている。インダストリー4.0に関しては、その技術的側面よりもむしろ、このようなプロセス的側面に学ぶところが多い。

図 「マイヨーグルト」製造実証のイメージ

資料:ミュンヘン工科大学ホームページ

コラム:我が国の得意分野とは:人とロボットの協調 三菱電機可児工場

未来の工場の姿を検討するに当たり、我が国が優位性を持つ技術やノウハウとは何かということについて考える必要がある。後述するように、ロボットは我が国が優位性を有する技術であり、世界に先駆けてその生産・活用を行ってきた。

ドイツのインダストリー4.0においては、生産ラインが自律的に組み変わったり、生産機械がM2Mで情報をやり取りして自律的に必要な作業を判断したりといったように、労働者を極力介在させない姿を目指す向きがある。しかしながら、これまで我が国企業はロボットを活用した徹底的な生産性向上を目指す中で、人間を排除しすべてを自動化するよりもむしろ、人とロボットがそれぞれの得意な作業を分担し、互いに協調して生産活動を行うことが最善の姿であることを学んできた。

例えば、三菱電機(株)可児工場では、モーターの始動停止の制御等に利用される電磁開閉器の生産を行っているが、変種変量生産に対応するため、従来活用していた無人の全自動ラインに加え、ロボットセル生産システムを導入した。ロボットセル生産システムにおいては、大物部品の供給や段取り変更が必要な(製品ごとに種類が異なる)部品の供給等を多能工の労働者が担い、知能化ロボットによる高度な生産ラインと協調して作業を行うことにより、従来の全自動無人化ラインと比較して圧倒的な効率性の向上を達成した。

また、同社は生産現場のデータ収集・分析・制御を実現するためのFA(Factory Automation)統合ソリューションである「e-F@ctory」を推進している。データの一元管理のための共通ネットワークやFA機器等を提供するとともに、国内外のIT関連技術(通信、センシング、制御、機械、生産)を有する企業とのアライアンスを構成し、ユーザーの拡大を図っている。同社はe-F@ctoryを活用した新たなコンセプトとして「challenge2020」の中で、「みえる化3(キューブ)(見える=可視化、観える=分析、診える=改善)+使える化」を打ち出し、e-F@ctoryを活用した生産現場の課題解決のトータルソリューション提供を目指す。

図 可児工場のロボットセル生産システム

図 e-F@ctory

資料:三菱電機

コラム:IMSプログラム

1989年、通商産業省(当時)の報告書において提唱されたIMS構想に基づき、1990年以降、IMSプログラムと呼ばれる国際共同研究プログラムが実施された。IMSとは、知的生産システム(Intelligent Manufacturing System)の略であり、知能化された機械と人間との融合を図りながら、受注から設計、販売までの企業活動全体をフレキシブルに統合・運用し、生産性の向上を図るシステムと定義された。具体的には、企業活動のグローバル化に伴って各国に点在するようになった企業の生産拠点間、あるいは異なる企業の間でも共通の方式で情報やデータを交換すること、複数の製造装置が繋がり合って有機的に連携すること、知的な製造プロセスの実現によって不足する熟練技能者のノウハウを補うこと、ニーズの多様化や商品のライフサイクル短縮化、生産のリードタイム短縮化等の需要構造の変化への対応等を目指し、次世代製造プロセスモデルの先行的な開発を行うプログラムであった。

我が国からも数多くの新規プロジェクト提案がなされ、数多くの企業、大学、研究機関等が参加したが、2010年をもってIMSプログラムは当初の目的を十分に達成したとされ、我が国としての参加は終了した。

このような取組は、IoTを活用して製造プロセスを高度化しようとするインダストリー4.0に大いに通じるところがある。我が国の得意分野を活かした製造プロセスの検討にあたっては、このような過去の経験や知見にそのコンセプトや成果を学ぶことも一案と考えられる。

(2)米国

①インダストリアル・インターネット

米国におけるIoT活用の動きとしては、インダストリアル・インターネットが挙げられる。GEが提唱するこの概念は、航空機エンジンや鉄道、医療機器や発電機器などの産業機器の稼働や部品の状態などをセンサーから取得し、ビッグデータ解析を行うことによって運用のコスト削減、効率化、最適化などにつなげようとするものである(図132-12)。例えば航空機エンジン分野では、エンジンに組み込まれたセンサーが稼働時のデータを収集・分析し、交換が必要になりそうな部品とその時期を保守要員に知らせる「予知保全」を可能とする。これによって、航空会社のオペレーターは、サイクル数に基づく現在の保守スケジュールから、実際のニーズに基づく保守スケジュールに切り替えることが可能となるだけでなく、部品の在庫を減らして航空機の使用率を上げ、コストを削減することができる。また、GEは飛行データの解析によって、効率的な航空機のフライト方法を導き出し、航空会社に提案することも可能となる。アリタリア航空(イタリア)では、年間1,500万ドルの燃料コスト削減を実現したという。

また、GEなど米国企業5社(AT&T、GE、IBM、インテル、シスコシステムズ)が発起人となり、インダストリアル・インターネットを推進するため、インダストリアル・インターネット・コンソーシアムを設立した。米国を中心に日本、ドイツを含む100以上の企業・団体が参画し、IoT関連技術の標準化に向けたアーキテクチャー作りやユースケースの作成を行っている。

図132–12 GEの取組事例

資料:「日経ビジネス」2014年12月22日号より経済産業省作成

コラム:航空機エンジンに活用されるIoT

自動車とは異なり、航空機業界ではエンジンメーカー(GE、プラット&ホイットニー、ロールスロイス等)が完成機メーカー(ボーイング、エアバス等)とは独立して存在しており、エアラインや航空機リース会社は購入する機体を決定した後、別途選択可能なエンジンから購入するエンジンを選定することが一般的である。このような状況の中、エンジンメーカーは競合他社との差別化や技術の向上にIoTを役立てている。

GEのインダストリアル・インターネットにおいて、航空機エンジンの状態監視による予知保全は代表的なアプリケーションの1つである。航空機エンジンは、ジェット燃料を高温・高圧の厳しい環境下で燃焼させることによってタービンを回転させ、推進力を得る仕組みで動作する。その結果、長い製品寿命の中で、かなりの頻度で多くの部品を交換することが必要となっているという航空機エンジンの特性が、このようなサービスの背景となっている。同様の取組は、ロールスロイスも実施している。

IoTを活用したエンジンの状態監視によって、エンジンメーカーは、MRO(Maintenance, Repair and Overhaul)の競争力を強化すると同時に、将来に向けて技術をさらに進化させ、市場での競争力を高めているといえる。

GEは、インダストリアル・インターネットを推進するに当たり、2011年に米国シリコンバレーに開発・推進拠点として「GEソフトウェアセンター」を設置し、3年間で10億ドルの投資、1000人規模のソフトウェア技術者の雇用計画を発表するなど、ソフトウェア開発のための体制を大幅に拡充した。さらにはインダストリアル・インターネットで扱うビッグデータのマネジメントのため、クラウドやセキュリティ等企業向け情報管理サービスを販売するEMC(米)等との共同出資によりピボタルソフトウェアを設立。また遠隔地にもサービス提供を行うため、複数のセキュリティベンダーを買収している。

2014年秋、GEはインダストリアル・インターネットの中核をなすデータ分析ソフトウェアである「Predix」を他社にも提供していくことを発表した(図132-13)。Predixは石油・ガス、電力、水、輸送、航空、ヘルスケア等、GEが強みを持つ分野におけるアプリケーション群であるが、GEがこれらを他社にも提供し、GE以外の産業機器メーカーがGE製ソフトウェアへの対応を行うことによって、産業機器におけるデータ収集・解析・処理の分野においてGEがデファクトスタンダードを握り、世界中の産業機器のデータがGEに集まる可能性も存在する。GEの産業機器ビジネスがより一層、効率的な運用や保守、インフラのオペレーションといったサービスで稼ぐモデルへと変貌する可能性も秘めている。ビッグデータ解析による付加価値創出の効率性は一般に収穫逓増的に増大すると考えられることから、GEのこのような動きは関連する業界にとって大きな脅威となりうる。

図132–13 Predix

資料:GEホームページ

②インテリジェント・メンテナンス・システム

米国には、もう1つ注目すべき動きがある。オハイオ州シンシナティ大学に設置されているIMS(Intelligent Maintenance System)センターの取組である。第2節でも触れたように、米国は国内製造業の競争力強化を図るための施策を継続的に実施してきているが、同国は2011年のAMP(Advanced Manufacturing Partnership; 先進製造パートナーシップ)において既に、サイバーフィジカルシステムの概念を打ち出している。これはドイツのインダストリー4.0にも共通する概念であるが、IMSセンターは、NSF(National Science Foundation)を通じて政府からの支援を受けつつ、このような概念の製造業への導入をドイツに先駆けて提唱し、先行的な取組を行ってきた。

その代表的なアプリケーションが予知保全であるが、IMSセンターは、予知保全を行うための基盤となるアルゴリズムとして”Watchdog Agent”を開発し、世界で80社以上にも及ぶパートナー企業に提供している。前述のインダストリアル・インターネットもここにルーツがあると言うことができる。

コラム:世界中で乱立するスマートマニュファクチュアリングイニシアティブ

ドイツのインダストリー4.0や米国のインダストリアル・インターネットのみならず、今や世界各国でスマートマニュファクチュアリングを推進するナショナル・イニシアティブが打ち出されている。

例えば中国では、第2節でも触れたように、2015年3月の全人代における政府活動報告の場で、各種の産業振興策を通じて経済の成長エンジンを創出していく考えを提示。製造業に関しては、「中国製造(メード・イン・チャイナ)2025」として、情報ネットワーク、半導体、新エネルギー、バイオ、航空機エンジン、ガスタービン等を含む重点分野を指定し、これらの分野において「情報化と工業化の深いレベルの融合」を促進しつつ技術水準や製品品質を引き上げていくことを掲げた。さらに、「インターネット+(プラス)」と呼ばれるIT振興策とも連携しつつ、「量より質」への転換を目指していく。

イギリスは、「カタパルト」と呼ばれる国家イノベーションプログラムの1分野として、「ハイ・バリュー・マニュファクチュアリング」と呼ばれる製造業強化策を打ち出している。これは、イギリスが競争力を有する複合材料、プラスチック電子材料、バイオテクノロジー等の要素技術を実用化するためのいわゆる「死の谷」を埋めるための産学の研究開発や製造技術開発支援策である。イギリスのGDPに占める製造業の比率は10%程度であるが、同国の輸出の半分以上を占め、250万人以上の雇用を産む製造業は重要であるとして、その振興を目指している。

また、フランスは国内での製造業振興のための34の分野を特定し、その発展を政府・公的機関を挙げて支援していくことで、新たな雇用や付加価値を生み出す方針を打ち出している。34の分野としては、例えば「未来の工場」「コネクテッド・デバイス」「サイバーセキュリティ」「仮想現実」等のようにIoTの進展を念頭に置いたものや、「次世代航空機」「未来の高速鉄道」「自動運転車」のように、フランス企業が強みを有する分野のさらなる強化を目指すものなどが挙げられている。

(3)IT企業のものづくりへの進出

近年、米国を中心に、IT企業のものづくりへの進出が見られている。例えばグーグルが携帯電話や自動車を開発する動きや、アマゾンがドローンを活用して物流に参入する動きはその典型であるが、このような動きはこれまで述べてきたような、製造業がIoTを活用してものづくりの高度化を図っていることと関係が深い。つまり、IT企業はIoTを活用して世の中に存在するあらゆる「モノ」の情報を取得し、それらを互いに繋ぎ、解析することで「システムの最適制御」というサービスの提供に乗り出そうとしている。そのようなIT企業のビジネスモデルにおいては、ハードウェアはシステムの要求どおりに動く単なる手足に過ぎないともいえるため、ハードウェア自身の価値は限りなく小さくなる可能性が高い。その結果、ハードウェアサプライヤーは新興国を中心とする製造業との際限のないコスト競争を強いられることとなる。一方、先進国の製造業は引き続き自らのビジネスに付加価値を残すため、様々な取組を始めている。例えばドイツのインダストリー4.0は、工場の制御をIT側に支配されることを防ぐため、工場内の機器を繋いで柔軟な生産を可能にし、マスカスタマイゼーションという新たな付加価値を製造業が提供する構図を作ろうとするものであり(図132-14)、インダストリアル・インターネットは、製造者が製造物の稼働データをいち早く取得し、自らサービスの提供に乗り出すことで付加価値の移行を防ぐ動きであるとも捉えられる。

図132–14 付加価値獲得競争の構図イメージ

資料:経済産業省作成

3.IoT社会における我が国製造業の方向性

(1)ロボット革命イニシアティブ協議会の設置

IoTによって製造業が大きく変化し、競争のルールが変わるという状況認識の下、政府では、2015年1月29日に決定した「成長戦略進化のための今後の検討方針」の中に「ビッグデータ・人工知能・IoT等による産業構造の変革」を位置づけた。また、同1月23日には、第6回ロボット革命実現会議において「ロボット新戦略(5ヶ年計画)」を取りまとめた。この中で、世界一のロボット大国である我が国が、IoT時代のロボット(ITと融合し、ビッグデータ、ネットワーク、人工知能を使いこなせるロボット)で世界をリードすることを1つの柱として盛り込み、世界に先駆けてロボット革命を実現していくことを打ち出した。5月15日には、ロボット革命実現会議の成果を踏まえ、現場における革命実現のための推進母体として「ロボット革命イニシアティブ協議会」を創設した。日本機械工業連合会(会長:岡村正 東芝相談役)を中心とし、産学官を分厚く巻き込みつつ、産業競争力会議や総合科学技術・イノベーション会議等におけるAIやIoTの議論とも連携し、ロボットに関するニーズとシーズのマッチング、ベストプラクティスの共有や普及、国際標準対応、データセキュリティ等様々な切り口でIoT時代におけるロボット革命を推進する。このような場を通じて、IoT社会における日本の製造業の方向性について、産業界と一体となって検討を行っていく。

なお、ロボット革命にあたっては、ロボットの概念も変えていくとしている。従来、ロボットとは、センサー、知能・制御系、駆動系の3要素を備えた機械であると捉えられてきたが、デジタル化の進展やクラウド等のネットワーク基盤の充実、そしてAIの進歩を背景に、固有の駆動系を持たなくても、独立した知能・制御系が現実世界の様々なモノやヒトにアクセスし駆動させるという構造が生まれてきている。今後さらにIoTの世界が進化し、アクチュエーター等駆動系デバイスの標準化が進めば、知能・制御系のみによって、社会の様々な場面で多様なロボット機能が提供できるようになる可能性もある。そうなれば、3要素のすべてを兼ね備えた機械のみをロボットと定義することでは実態を捉えきれなくなる可能性もあり、次世代のロボットを構想する上では、そのような広がりのある将来像も念頭に置く必要がある。

コラム:日独首脳会談(2015年3月9日)

3月9日に開催された日独首脳会談においては、IoT時代の製造業に関する議論が行われ、共通の社会課題を抱えるカウンターパートナーとして日独が連携して製造業の底上げを図ることとし、上述のロボット革命イニシアティブ協議会を窓口とする新たな協力のチャネルを立ち上げた。

図 日独首脳会談(平成27年3月9日)

資料:首相官邸ホームページ

コラム:ロボット革命実現会議と「ロボット新戦略」

我が国は産業用ロボットの年間出荷額、国内稼働台数共に世界一のロボット大国であるとともに、少子高齢化やインフラの老朽化等の課題先進国でもある。一方、中国などの新興国ではロボット投資が加速しており、年間導入台数では既に日中の順位が逆転。また欧米はデジタル化やネットワーク化を用いた新たな生産システムの構築を成長の鍵として巻き返しを図っていることを背景とし、我が国は強みを有するロボットの徹底活用により、引き続き世界をリードしていくことを目的とし、「ロボット革命」を提唱。2014年5月、OECD閣僚理事会にて安倍総理が「ロボットによる新たな産業革命を起こす」と表明したことを皮切りに、有識者からなるロボット革命実現会議を2014年9月以降6回にわたって開催した。2015年1月に「ロボット新戦略」を取りまとめ、同戦略は同年2月には全閣僚を構成員とする日本経済再生本部でも政府方針として決定された。

ロボット革命とは①ロボットが劇的に変化(自律化、情報端末化、ネットワーク化)することによって自動車、家電、携帯電話や住居までもがロボット化すること、②製造現場から日常生活まで、様々な場面でロボットを活用すること、③社会課題の解決や国際競争力の強化を通じて、ロボットが新たな付加価値を生み出す社会を実現すること等を指し、これらを実現するため、①我が国を世界のロボットイノベーション拠点とすること、②我が国を世界一のロボット利活用社会とすること(具体的には、大企業製造業のみならず、中小企業や農業、介護・医療、インフラ・防災等の分野に拡大していくこと)、③IoT時代のロボット(具体的には、ITと融合し、ビッグデータ、ネットワーク、人工知能を使いこなせるロボット)で世界をリードすること、を目指していく。

図 ロボット新戦略

資料:経済産業省作成

(2)IoT社会における我が国製造業の方向性

では、IoT社会における我が国製造業は具体的にどのような方向に進むのだろうか。また、そうした方向性を目指していく場合、重要と考えられる検討課題・論点とは何かについて検証する。

①工場内・工場間・企業間をつなぐメリットの実現

(ア)PLMツールの活用促進による工程間の最適化

ドイツのインダストリー4.0では、製品のライフサイクルに関する一連のデータを一元管理するためのソフトウェアツール(PLMツール)の活用により、バーチャル上で書いた設計図面に基づいて生産のシミュレーションを行い、さらにはそのデータを直接製造現場に送ることで変種変量生産の実現・新製品開発のリードタイム短縮を目指している。このように、ものづくりにおける設計から生産の工程間をつなぐことによる生産の効率化・リードタイム削減等をはかるPLMツールは、IoT社会におけるものづくりに必須の要素であり、その活用の促進がポイントとなる。我が国でもその重要性が長らく指摘されてきたが、大企業において設計部門と生産部門の断絶がデータプロトコル上も人事上も生じていることから、多くの企業においてその実現には至っていない。一部の大企業においては、システムインテグレーターや生産技術部門の技能者が既成のツールを組み合わせたり、場合によっては不足するソフトウェアを内製したりすることで対応してきたが、そうした人材やノウハウに乏しい中堅・中小企業に対してもこのようなツールの導入環境を整えていくことが、我が国製造業の生産性をさらに向上させていくことにつながる。

先行的な事例の共有によってPLMツール利活用のメリットを見える化し、導入を促進していくことが必要である。また、世界のPLM市場における我が国発のツールの存在感は小さいが、既存のツールが我が国製造業の業務実態や商慣習に合っていないことが導入促進の障壁になっている場合には、必要に応じて我が国の産業界における共通技術をベースとしたツールの開発を行うことも考えられる。もっとも、我が国のツール開発が、海外のツール開発に比較してカスタマイズされた特注品を求める傾向が強いことは従来から指摘されているとおりである。既に市場で受け入れられている海外のツールをベースとして横展開して行く方が、特注品開発に比べて開発コストも安く、また、各社バラバラの業務設計を共通化して行く上でも理想的であるとも考えられる。

図133–1 生産プロセス(設計から生産)の統合

資料:経済産業省作成

図133–2 PLM世界市場規模推移と予測

図133–3 PLM日本市場規模推移と予測

出所:矢野経済研究所「PLM市場に関する調査結果 2015」

備考:見込値、予測値は2015年3月現在

コラム:次世代ものづくり環境の構築支援 富士通(株)

富士通(株)は2015年3月、ITを活用した次世代ものづくりの環境構築のためのソリューション提供によって、製造業がグローバル競争に勝ち抜くための支援を行っていくことを公表した。

同社は、バーチャルリアリティ、3D技術、IoTなどを活用し、実際の工場を各種のシミュレーションツールでバーチャルファクトリーに写像することで、遠隔地間でのコミュニケーション促進を図るツールなど、情報を活用した次世代ものづくりのための開発・生産の統合プラットフォームを提供していく方針を示した。

また、設計環境で直面する様々な試行錯誤の場面を学習して設計予測に活用、機械学習による設計・検証の自動化を目指す。

加えて、これまで大手企業への導入が中心だったロボットを中堅・中小企業が導入するための支援もあわせて行う。特にロボットはメーカーごとに制御プログラム言語が個別仕様・非互換となっている上、それらを業務基幹システムに繋ぐためにはシステムインテグレーターの存在が不可欠である。従来、ロボットメーカーから独立したインテグレーターの不足により、中堅・中小企業が自社の生産ラインに最適なロボットを選び、実装することが難しい状況にあったが、同社がロボットメーカーと連携しシステムインテグレーションのハブになることを目指す。

図 実現のアプローチ

図 スマートなものづくりでできること

資料:富士通

(イ)工場(制御システム)と本社(基幹系システム)をつなぐことによる企業内の最適化

ドイツのインダストリー4.0が目指すように、マーケットと生産現場を直接つなぎ、工場内の生産計画や機器制御を柔軟に変え、生産工程を包括的に全体最適化させるには、製造現場(制御システム)が、経営層(基幹系システム)とつながっていることが必要となる。これを実現するためには、大きく2つの方法がある。1つは、既に広く工場内で利用されている制御用ネットワークを利用する方法、もう1つは制御用ネットワークに依存しない方法である。

まず、現状のベースとなっている制御用ネットワークを利用する方法について詳述する。

工場内の各種生産装置とそれらを制御するコントローラー等の制御機器は、工場内に整備された、高速通信が可能な制御用ネットワークによって互いに結ばれている。従来まで制御機器メーカー各社は独自仕様の通信規格及び専用ケーブルを発展させ、当該規格に対応する生産装置の動作性の向上に重きを置いてきたが、最近では通信規格を公開し、接続可能な機器のラインアップを増やすことで通信規格と制御機器を普及させるビジネスモデルも発展してきている。代表的なものは、日本におけるCC-Link協会(三菱電機)のCC-Link IE、MECHATROLINK協会(安川電機)のMECHATROLINK-Ⅲ、欧州におけるPROFIBUS協会(シーメンス)のPROFINETやEtherCAT協会(ベッコフオートメーション)のEtherCAT、米国におけるODVA(ロックウェル)のEtherNet/IPなどである(いずれも、括弧内は各協会を主導する企業)。一方、制御機器メーカーの中には、独自開発の通信規格に依存せず、オープンな産業用Ethernetでの接続が可能となる戦略をとっているオムロンのようなメーカーもある。

しかしながら、これらの標準規格は統一されているわけではないため、すべての生産装置があらゆる工場につながる状況にはなっておらず、特に複数メーカーの生産機器が工場内に持ち込まれている場合には、工場内は簡単にはつながらないという問題が顕在化する。

図133–4 工場をつなぐための通信速度要件と課題

資料:ベッコフオートメーション

このような状況の中でも、制御ネットワークを通じて生産装置どうしをつなげるためには、装置ごとに異なる通信規格をそれぞれ変換して通信を可能とすることが必要である。そうすることで初めて、複数の装置から取得したデータを一元的に管理し、全体最適な制御を可能とするべく、各種アプリケーションソフトにおける分析を行うことができるようになる。しかしながら、このようなシステムインテグレーションの技術を自社内に持つのは大手製造業に限られており、中小企業では対応できない場合が多い。

ドイツでもインダストリー4.0を進めるに当たって標準化が最も重要な課題とされているのは、工場内の生産装置の通信規格がバラバラでは、効率的な生産工程を実現するためのデータの活用が難しいからである。もし今後、各種装置の接続インターフェースが標準化され、ネットワークの標準規格が統一されれば、どのメーカーのどの装置を生産ライン上に設置しても装置どうしをつなぐことが容易になるが、既存の制御系ネットワークを刷新するコストは非常に大きいこと、また各種生産装置の耐用年数も長いことを考えれば、標準化された通信規格が普及するには時間が掛かることが想定される。

そうした移行期の対応方策として期待できるのが、制御ネットワークに依存しないもう1つの方法、つまり、通信規格の異なる装置どうしを仲介し通訳機能を果たす役割を持つツールを活用する方法である。このようなツールとして代表的なものに、ORiN協議会(登録商法は日本ロボット工業会)のORiNや、今回ドイツが推奨しているOPC協議会のOPC-UAがあるが、どちらも、国内では現時点ではそれほど普及していない。

ORiN(Open Resource Interface for the Network)は、日本ロボット工業会が2001年に提唱し、現在はORiN協議会が管理する通信インターフェースである。これは、生産装置メーカーや制御機器の通信規格に依存せずに、上位のアプリケーションと工場内の生産装置を接続するための標準的なインターフェースを持たせるものである。装置のメーカーやモデルごとに存在する通信規格の差異をORiNが抽象化して吸収するため、既存の設備を活かして柔軟に上位系アプリケーションを開発・選択することが可能となる。また、後に更新サイクルが来た設備を刷新しても、既に開発・導入したアプリケーションをそれに合わせて改修する必要がないため、既存の設備やソフトウェアの有効な活用手段としても期待されている。当該規格はすでにその一部が国際標準規格として採用されているものの、各装置メーカーがORiNへの接続インターフェースを実装しているわけではない点は今後の課題である。

図133–5 ORiN の機能

資料:(一財)機械振興協会、ORiN協議会

但し、そもそも我が国では、通常工場内の制御ネットワークは基幹系ネットワークとはつながっておらず、独立している例が大多数である。そもそも両者を連携させる目的意識がないことがその最大の要因と考えられるが、加えて、両者をつなぐインテグレーターが不足しているという課題も存在している。我が国のシステムインテグレーターはそのほとんどが中小企業であり、そのノウハウも、基幹系(IT部門)のインテグレーターと制御系(FA部門)のインテグレーターに分かれている。その一方、基幹系と制御系の連携を進めるには、双方のインテグレーターを横断的に統括し、コーディネートできる統合インテグレーター(欧米ではラインビルダーと呼ばれる)の重要性が増す。このようなプレーヤーの不足は、我が国製造業にとって大きな問題となっている(図133-6)。

特に、大企業では生産技術部門が機械とIT双方の知識を有しており、ラインビルダーの役割を担うことができるため、必要な部分インテグレーターを外部から適切に調達することで双方のシステム間の連携を実現しているが、中小企業にはそういった人材やノウハウが存在しないケースが多く、したがって現場の制御系ネットワークを基幹系ネットワークにつなぐ仕組みをコーディネートすることができないのである。

このような状況の打開のために人材の不足を補っていくことはもちろんであるが、加えて、高度なインテグレーションスキルに頼らずともシステムインテグレーションが可能となるような環境整備も有効な手段である。例えば通信的な標準規格策定が1つの方策として考え得るが、メーカーごとに独自に発達した標準通信規格の統一は必ずしも容易ではない。むしろ、規格の違いを超えて標準インターフェースを提供するORiNのようなミドルウェアの活用が現実的であると考えられる。

図133–6 SIerの不足(一部再掲)

資料:経済産業省作成

コラム:ロボット活用のフロンティア (株)武蔵野SQUSE

コンビニに商品供給する中食大手である(株)武蔵野は、弁当の製造工程等にロボットを導入した。食品工場では、人手不足に伴う自動化ニーズに加え、安定した衛生管理に向けてロボット活用が期待される中、柔らかく不定型な食品を扱う工程には高度な技術が求められることもあり、ロボット導入が進んでこなかった。同社は、スキューズ(株)と合弁会社である(株)武蔵野SQUSEを設立し、ユーザーとシステムインテグレーターの両者の視点を合わせて、1つ1つのプロセスの最適化について徹底した検討を行うことで、これまで人手で行ってきた運搬やおにぎり、弁当の移載といった労働集約的作業の自動化を実現した。ここでは、単純にロボットを導入するのではなく、前後のシステムも合わせて見直すことで、ロボットの導入前と比較して、1割程度の生産性向上を実現したという。

また、基幹系の生産システムと工場の生産設備を連携させることで、発生の状況に応じた現場への生産指示を適切に行い、生産ラインの段取り替え等で対応することが可能になった。

今後、弁当の盛り付け、仕分工程等、さらなる自動化を進めるとともに、本プロジェクトで得た食品工場の自動化ノウハウを同業他社に展開していくとともに、海外への展開も視野に入れている。

図 ロボットによる自動化前(おにぎりの移載工程)

図 ロボットによる自動化後(おにぎりの移載工程)

図 ロボットによる自動化のイメージ(弁当盛り付け工程)

資料:武蔵野

工場(制御系)と本社(基幹系)をネットワークでつなぐ際には、サイバーセキュリティの確保は最も重要な論点の1つである。これまで、多くの生産現場では機械がスタンドアローンで機能しているか、そうでない場合も工場内に閉じたネットワークで接続され、工場外につながないことでセキュリティを確保してきた。しかしながら、今後は「つながる工場」でさらなる付加価値を模索する流れの中、工場の外とつながりつつもセキュリティが確保されることをしっかりと担保することが必要である。

コラム:制御システムのセキュリティ確保に向けて 技術研究組合制御システムセキュリティセンターの取組

2010年に発生したイラン核燃料設備へのサイバー攻撃(STUXNET)発生を機に、我が国においても制御システムセキュリティへの対策を本格化。重要インフラをサイバー攻撃から守る技術開発や震災復興への貢献等を目的に、2012年に技術研究組合制御システムセキュリティセンター(CSSC)を設立。制御システム製造企業・ユーザー企業・セキュリティベンダーが中心となり、宮城県多賀城市及び東京都に活動拠点を設置した。関連技術の開発を行うほか、東北多賀城本部のテストベッドでは電力・ガス等9種類の模擬プラントを活用した高セキュア化技術の実証を行うことができる。

また、CSSCでは制御システムのセキュリティの評価認証手法の開発にも取り組んでいる。汎用制御システム・機器のセキュリティに関する国際標準IEC62443のフレームワークを使った制御機器の認証に関する国際相互承認スキームを確立したことにより、世界共通の認証取得が可能となった。つまり、CSSCによる認証を日本国内で、日本語で受けることで、国際標準に則ったシステムとして評価を受けることが可能となったのである。2014年には、国内ベンダーの3製品が認証を取得。インフラ輸出の拡大等にもつながることが期待される。

図 CSSCのイメージ図

資料:CSSCホームページ

(ウ)企業間データ共有による社会最適化

こうして完成するスマート工場どうしを繋ぐことで、企業ごとの個別最適を越え、国としての全体最適や国内の製造業立地競争力強化を目指すことが考えられる。そのためには、企業間のデータ共有に向けたコンセンサスやルール形成を進めていくことが重要といえる。企業間の競争による絶え間ない技術・ビジネスモデルの進歩を担保しつつ、一方で企業間・業種間の協調領域を明らかにし、全体最適化をはかっていくことは容易ではないが、要素技術や消費者のニーズの多様化が進む中、現在のように各社がそれぞれ独自に研究開発や最適化投資を行うモデルは、企業間を越えた共通システムの導入やデータ連携によってより効率的に製造業を発展させていこうとする他国企業との競争の中でその優位性を失っていく可能性がある。

この分野においては、まずは先行的な事例の共有を行いながら各企業が競争領域と協調領域の切り分けを行うことで事例を増やしていくこと、そしてその中で明らかとなった課題に1つ1つ対処していくことが重要と考えられる。ここにおいても、サイバーセキュリティの確保は重要な課題の1つである。

コラム:みんなで製造業の競争力強化を目指す「ものづくり共創プログラム」 日本電気(株)

自らも製造業である日本電気(株)(以下NEC)は、そのものづくりのノウハウを活かし、「NECものづくり共創プログラム」を2012年10月からスタートした。着々と活動の幅を広げ、今では500社1,300名以上の会員を数えるまでに至っている。

量産品の携帯電話やパソコン、サーバーから、個別受注生産品の宇宙衛星関連製品まで様々な製品を生産してきたNECは、1990年代にグローバル化が進む中、顧客基点のものづくりを目指して生産革新に着手した。その後も生産革新、サプライヤー改革、ロジスティクス改革等を脈々と続けSCM改革に至る改革に取り組んできた。このように実践してきたものづくり改革に実際に携わってきた経験者がコンサルタントとして、同じ課題を持つ製造業のものづくり改革をお手伝いする「匠」は「ものづくり共創プログラム」で提供する支援の一つである(イメージは図表)。また、それらのものづくりを支えるITの仕組みも構築してきており、そのノウハウとIT企業としてのソリューション提供力をものづくり改革からつなげて活かして支援するのが「繋」。NECグループのものづくりやSCMのアセットを活用し効率化を支援する「活」、NEC工場見学や会員同士の交流等を通してお互いの気付きを得る場を創る「共」、を合わせた4領域でものづくりの革新・強化を支援し、会員企業とともにみんなで日本の製造業を強くすることを目指して活動している。

「ものづくり共創プログラム」の交流会等の活動の中で会員から寄せられた意見も、ITソリューション提供に活かされている。最近では、グローバルサプライチェーンの一貫した品質の維持やリアルタイムデータ取得とビッグデータ分析による現場改善支援等、グローバルなものづくりICTへの期待が寄せられている。先述の「繋」もマシンとIT、マシンと人を繋ぐことへの期待に広がり、仕組みの構築も増えてきている。

図 ものづくり共創プログラムのイメージ

資料:日本電気

NECのものづくりICTを活用した事例として、M2M/IoTを活用した予防保守サービスによる新たなビジネスを拡大した東芝機械(株)のケースを以下に紹介する。

東芝機械は、自動車やエレクトロニクスをはじめとした製品を製造する射出成形機や工作機械、産業用ロボットなど、様々な産業機械を提供する総合機械メーカーである。産業機械は安定稼働することによって顧客に価値をもたらすが、故障などがあった場合、従来はユーザー企業から障害の連絡を受けてから対応に動いていた。しかし、これではユーザー企業の業務がストップしてから訪問・修理、再稼働するまで長い時間が必要になり、その間ユーザー企業は業務を行うことができなくなってしまう可能性があった。

また、他社との差異化の観点からM2MやIoTを活用した新しいビジネスモデルが実現できないかを検討していた。東芝機械は、これら課題の解決のために、NECをパートナーに、ビジネス構想企画、ビジネスモデル構築から商用化までを検討し、目指すべき姿である「予防保守」型ビジネスモデルを構築した。

まずプラスチック製品を作る射出成形機を対象にM2Mサービスを構築し、障害情報の監視などを実施した。具体的にはユーザー企業に設置された機械のコントローラーから障害などの様々な情報を収集し、NECのクラウド上に蓄積し、東芝機械・ユーザー企業が照会する予防保全システムを構築した。これにより、従来なら丸1日掛かっていたような、障害発生から障害箇所の特定、修理内容の決定、修理までの作業を1時間程度で終えることができた。このサービスでは直接現場に赴かなくても原因の追究や対応が可能となり、今後、出張費用の15%削減を見込んでいる。さらに、定期的な交換が必要な消耗品も、適切なタイミングでメンテナンスや部品交換をユーザー企業に提案することができ、純正品の部品や消耗品の売り上げ向上にもつながり、東芝機械製品を利用するユーザー企業は、トラブルを未然に防ぐことで安定稼働を実現できる。

今後は、さらなるサービスや品質の向上に向け、収集したデータをNECのビックデータ技術で分析することも視野に入れている。

図 東芝機械の予防保全システム構成

資料:日本電気

コラム:日本版「つながる工場」の事例 Industrial Value chain Initiative

2015年3月、IVI(Industrial Value chain Initiative)コンソーシアムの設立が発表された。法政大学の西岡靖之教授が中心となり、民間企業22社の賛同者等が発起人となったもので、ITの活用により製造業のバリューチェーン革新を目指す。

産学主導のこのような取組は、我が国の製造業の課題を解消する切り札の1つであり、このような動きが広がっていくことを期待したい。

(Industrial Value chain Initiative 設立趣意書から抜粋)

これまでの10年間で、インターネット社会が人びとの暮らしや仕事のやりかたを大きく変え、そして同時に、社会の成り立ちや産業構造も、大きく変わろうとしています。

ものづくりでは、決して負けていないと自負している製造業の技術とその情熱は、新たに形成される競争環境の中で、引き続き輝き続けていられるでしょうか?ITとものづくりが融合すると、これまでにない効率とスピードで意思決定がなされ、その流れに乗れない工場、変われない工場は、置き去りにされてしまうでしょう。

ITとものづくりが融合したグローバルなエコシステムができあがったとき、ものづくりの要素技術の優劣に関係なく、その世界を作り上げたプレーヤーが中心となってその世界をコントロールすることになります。たとえ、現時点で世界最高峰のものづくりを自負していても、それがオープンでつながるしくみとなっていなければ、こうした次の時代のスタンダードにはなれないのです。

インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブは、それぞれの企業が抱えている課題の中で、企業が単独で解決することが難しかった課題を、複数の企業がつながるしくみを構築することで解決するための道筋を見つけます。製造業の各社が、これまでは、自前主義で、すべてをゼロから作り上げていたものづくりのしくみを、共通部分は外部から調達し、自社の得意な部分にのみ資源を集中するやりかたに切り替えるために、何が共通で、何が固有であるかの見極めから始める必要があります。

インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブは、「つながる工場」のためのリファレンスモデルを、企業単独ではなく複数企業が共同で構築することをサポートします。

図 つながるものづくり

資料:IVIコンソーシアム

コラム:中堅・中小企業による企業間連携の事例① (株)シナノ電子技研

(株)シナノ電子技研は、電子機器受託製造サービス(EMS)を手掛ける従業員30人の企業である。IoTやM2Mのデータ活用を高度化するためのゲートウエイ装置やワイヤレス機器を開発している。機器が持つ無線通信機能を用いてセンサーが発するデータを収集し、自動的にサーバーに転送する機能を持つ。収集データを活用して、設備や機器の稼働状況や性能などを遠隔から監視できる。

IoTのビジネスを加速するため、地図情報会社と協力してビル内や室内での場所をより精緻に導き出す仕組みを開発している。また2014年にはデータ分析ベンダーと業務提携。エネルギー最適化、農業や医療の高度化、防犯や設備保全などでの活用を見据えて、センサーから収集したビッグデータの分析を検討している。

図 屋内の機器に付ける無線機の試作品(小型化を予定)

資料:シナノ電子技研

コラム:中堅・中小企業による企業間連携の事例② (株)光電製作所

(株)光電製作所は、船舶用電子機器・産業用電子機器・情報システム機器等の開発・製造・販売の従業員168人の企業である。魚群探知機やソナーなどの船舶用電子機器、大型船の接岸を支援するレーザーシステムや地中探査レーダー、風力発電機などの産業用電子機器を製造・販売している。電波や音波、光波を用いたセンシング技術に強みがある。

ビッグデータ解析技術を強みにするインフォコム(株)や子会社のコーデンテクノインフォ(株)と共同出資で、新会社EverySenseを米カリフォルニア州に設立。新会社ではIoT及びM2M分野における新サービスや製品の開発及び提供を視野に入れた共同研究を進める。コーデンテクノインフォが持つ高速認証技術のほか、IoTやM2Mの関連技術を有する企業や研究機関とも連携する方針。

図 EverySenseが開発中のモジュール型環境センサー

資料:EverySense

②データ解析による付加価値創造

(ア)企業内でのデータ活用

米国のインダストリアル・インターネットのように製造物や製造プロセスから得たデータの活用は、我が国においても一部で進みつつある。しかしながら、先に述べたように、データ活用に対する意識は米国企業と比較しても非常に低い。一口にデータ活用と言ってもそのパターンは様々であり、例えば、生産ラインの機器等から得られたデータの解析を通じてプロセスの改善や省エネ化等を行っていく取組や、市場動向や製造物等から得られたデータの解析を通じて新商品の開発やアフターサービスの高度化等さらなる付加価値を生み出す取組などがある。また、データ活用のために必要な投資の規模も、データ取得対象を絞り込んでエクセル等簡素なツールで解析するケースから、膨大な数のセンサーや装置から取得したビッグデータを専門性の高いツールで解析するケースまで様々に変わり得る。まずはデータ活用によって達成したい目標をしっかりと設定し、目標に応じてデータ取得対象や解析ツールを適切に選択することが肝要である。

このような事例を増やしノウハウを蓄積することが重要であるが、その際、生産機械から取得したデータの所有権の取扱い等、ガイドラインの作成等による整理が必要なケースも存在すると考えられる。

コラム:データの収穫逓増性

我が国におけるデータの収集・解析の取組は自社内で閉じた限定的なものに止まっている場合が多い。しかしながら、データには収穫逓増性があり、対象のデータが増えるほど解析の精度が高まり、その活用によってより精緻なデータが集まるという好循環が生まれる。同様に、その解析ツールやサービスを外部に提供すれば、ソリューションサービスの質を継続的に向上させ、さらに多くのデータが集まるという循環が生まれる。GEがデータ解析ツールを他社にも開放する意味はここにある。後述するように、オープン化する領域とクローズ化で守る領域の切り分けによって、付加価値の源泉たるデータが集まる仕組みを構築する事例ともいえるが、このような動きは我が国にはほとんど見られないのが実情である。

例えばプラント保守・管理の分野においては、ビッグデータの取得・解析によりさらなる保守管理の高度化が可能となる。具体的には、データの継続的な取得・分析による予知保全が可能となる場合、定期検査のための設備停止や検査員にかかるコストを削減できると考えられ、関連する規制改革についても検討を行っていく。

コラム:ビッグデータ解析による産業保安規制のスマート化

ビッグデータ解析等新技術の活用によって保安水準を向上させるため、経済産業省では「産業保安規制のスマート化」の検討を始めている。我が国における産業保安関連での死亡事故は大半の分野で減少している一方、一部の分野では近年多数の死傷者を伴う事故が連続して発生している状況にある。このような中、例えば、ビッグデータ解析等による自主保安の高度化の可能性を前提とした規制体系を整えることにより、事業者がそうしたレベルの高い自主保安を導入するインセンティブを与えることが可能である。

従前は、予め計画されたタイミングで設備の定期更新や定期検査、メンテナンスを実施し、事故等への対応については緊急事態が起きてからの対応となっており、また規制の体系もこのような状況を前提としたものであった。しかしながら、ビッグデータやITの活用により、センサーデータを用いてプラントの状況に応じた適時適切なタイミングでの予防保全を行い、未然に事故や故障を予測して対応する予知対応が可能となる。例えば、このような最新の保安技術を導入しているような、高度な取組を実施している事業者に対しては、検査の時期や周期等に関する規制の緩和を認める等の工夫が考えられ、そうした具体的な方針について、2015年度中に産業構造審議会保安分科会で議論し、取りまとめを予定している。その後必要に応じて、産業保安5法(高圧ガス保安法、液化石油ガス保安法、火薬類取締法、電気事業法、ガス事業法)の改正を行っていく予定。

図 産業保安規制のスマート化の例

資料:経済産業省作成

コラム:ビッグデータを活用したプラント監視システム

中国電力(株)は、島根原子力発電所2号機に日本電気(株)(以下NEC)の「故障予兆監視システム」を導入している。このシステムは、大量のセンサー情報をもとに、専門知識や複雑な設定なしで「いつもと違う」挙動を自動で発見し、故障に至る前に設備の異常の把握を可能にするもので、NECの独自技術である「インバリアント分析」を活用している。センサーで取得したあらゆるデータ間の関係性を機械的・自動的に見える化し、専門家でも気付きにくい予兆を早期に検知する技術は、「熟練者による現場対応」と「制御システムによる閾値監視」に加わる第三の手段として利用されることで、管理レベルのさらなる底上げが期待される。

実プラントへの導入に先立って行われた実証実験では、プラント1基あたり3500個のセンサーから定期的にデータを収集し、全センサー間の関係性(1×3499のセンサーの相関関係を3500組)を分析。従来に比べ7時間以上早く障害を検知するケースも確認された。

図 故障予兆監視システムの概念図

資料:中国電力/日本電気

(イ)企業間でのデータ共有

協調領域と競争領域の切り分けによって可能な部分を共通知として企業間でシェアすることにより、例えば基礎研究のデータ等を蓄積する公共的なインフラを設けること、あるいはデータの売買が可能となるような仕組みの構築により、データの流動性を高め、その活用による企業・業種を超えたイノベーションを促進していくなどの方向性も考えられる。そのための第一歩として、やはり各社における協調領域と競争領域の切り分けや先行事例の創出が肝心である。

コラム:データ売買の先進事例 ブルーカイ(米)

企業のマーケティング活動を支援するデータと、その分析を提供するサービスを提供するブルーカイは、顧客のウェブ上の行動履歴や位置情報などのデータを取得し、パーソナライズし絞り込んだ広告をリアルタイムに配信する「オーディエンスターゲティング」と呼ぶマーケティングを行うためのサービスプラットフォームを保有している。加えて、ブルーカイは、自らがプラットフォームから得た情報や外部から提供を受けたデータを合わせて分析し、どのような顧客がどのような条件下でどのような行動をするといったセグメント情報を構築・販売している。具体的には、「近日中に特定の自動車を購入する顧客は、自動車メーカーのA やB といったページを閲覧する」といった情報や、特定の行動を取る人物がどういった職業であるのかを類推するサービスの提供などである。なお2014年2月には、オラクル(米)がブルーカイを約4億ドルで買収している。

このようなパーソナルデータの取得・販売は個人情報保護等の観点から我が国では進んでいないのが現実であるが、個人情報の匿名化によりデータ提供サービスを実現した事例として注目に値する。

図 ブルーカイが提供するセグメント情報の例

資料:ブルーカイホームページ(2014年5月時点)を基に日経BP 作成

これまで述べてきた①②いずれにも、企業間連携という論点が存在した。繰り返し述べるように、企業間連携を行うためには、各社が競争領域と協調領域をしっかり区分し、可能な部分は他社と手を取り合っていくことが必要である。協調領域の括りだしと企業間の連携はこれまで我が国企業においてあまり進んでこなかったが、このような全体最適を目指す方向性が結果として個社のものづくりの効率性を向上させることにもつながる。

競争領域と協調領域の区分という点において、上記の論点は「オープン・クローズ戦略」と類似性がある。1990年代後半以降、IT化の進展によって、エレクトロニクス産業を中心に製品のアーキテクチャーがモジュールの組み合わせ型に変化した。このことが技術やノウハウの伝播を早め、新興国によるキャッチアップのスピードを早めた(図133-7)結果、ものづくりの水平分業化がもたらされた。これは垂直統合型のビジネスモデルにこだわった我が国のエレクトロニクス産業の凋落の原因として語られることが多いが、このような問題は我が国だけに固有の問題ではなく、欧米のものづくり大企業も、1980年代後半から1990年代にかけて同様の要因によって業績低迷を余儀なくされた。しかしながら、欧米企業は「オープン・クローズ戦略」と呼ばれる知財マネジメントによってこの状況を打破した。「オープン・クローズ戦略」とは、ビジネスにおいて自社が担うコア領域と市場(調達元や顧客)が担う領域を明確に設計し、知財をコア領域及び境界領域に集中させることで、自社の付加価値を守りながら製品を世界に広く普及させていく仕組みである。例えばアップルは、スマートフォンビジネスにおいてコア領域としてのデザインやOS、ユーザーインターフェースを知財で集中的に守るクローズ戦略と、汎用部品の製造・組立を市場から調達するオープン戦略の併用によって、ビジネスの付加価値を仕掛け作りに集中させた。市場が求める革新的な製品の開発はもとより、オープン・クローズの知財マネジメントを行うことが、製品の市場価格を長期にわたり高く維持し、かつ付加価値を自社に集めることを可能にしている。

かつてエレクトロニクス産業が経験したことが、今後幅広い領域に広がっていく可能性があり、我が国は過去の経験を教訓とし、この大きな構造変化に対応していくことが求められている。

図133–7 技術伝搬の速度と我が国企業の市場シェアの低下

出所:小川紘一(2014)『オープン&クローズ戦略』 翔泳社

コラム:協調領域と競争領域の切り分け 鉄鋼インフォマティクス

2014年春、日本鉄鋼協会の支援により鉄鋼大手や学術研究機関などから約50人が参集して「鉄鋼インフォマティクス研究会」が立ち上がった。

これは、韓国などアジアの鉄鋼メーカーに開発スピードで対抗していくための開発インフラの1つとして、2016年度までの3年間で鋼材の基礎データベースを整備するものである。従来、新たな鋼材を開発する際には社内に十分な情報がなく、各社がそれぞれ記事や論文で基本的な情報を調べ、各社が別々に研究開発費用を投じて開発を行うケースが少なくなかった。このような新たなインフラの整備により、鋼材開発の基礎的な研究を各社共通の協調領域とし、開発のコストやリードタイムを削減する効果が生まれる。

同研究会のメンバーは現段階で、新日鉄住金、JFEスチール、神戸製鋼、新日鉄住金ステンレス、日新製鋼、ホンダ、理化学研究所、鹿児島大学、名古屋工業大学、東京農工大学などの日本勢に絞っている。中心となったのは鹿児島大学の足立吉隆教授である。

研究会メンバー専用サイトの「材料ゲノムアーカイブ」でデータを検索したり、ダウンロードしたりできる。低炭素鋼などの基本鋼を中心に現在500種類のデータが登録されており、今後はアルミニウムなど鉄系以外にも広げていく。各企業の競争力につながる先端素材のデータは各社がノウハウとして独自に持つべき部分と位置付け、共通で利用するデータベースでは扱わない。

米国では既に2011年にオバマ大統領が「マテリアルズゲノムイニシアティブ」というプロジェクトを立ち上げて国家として材料開発を支援している。我が国では、2014年度からSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の「革新的構造材料」プログラムの中で、既存の理論や実験、計算機科学、情報学を融合し、材料使用時のパフォーマンス特性を予測可能な「マテリアルズ・インテグレーション」システムの構築を進めている。

このように、企業の競争領域と協調領域の切り分けによって業務を効率化し、競争力を向上させていく取組が業種・企業を超えてさらに広がることを期待したい。

図 鉄鋼インフォマティクス

鹿児島大学足立教授の資料を基に日経BP作成

コラム:知財マネジメントによる市場拡大と収益確保

我が国においても、オープン化を志向する知財マネジメントの事例が現れ始めている。例えば、トヨタ自動車(株)は、2015年1月、燃料電池車の普及に向けた取組の一環として、同社が単独で保有している世界で約5680件の燃料電池関連の特許(継続審査中を含む)の実施権を無償で提供することを発表した。また、パナソニック(株)は、拡大するスマート家電市場等をにらみ、2015年3月、同社が保有するIoT分野の特許約50件を公開した。

このような事例は、他社の新規参入を容易にして市場を拡大する一方、競争力や収益の源泉となるようなコア領域は自社内部で引き続き守ることで、拡大した市場における競争力を維持しようとする知財戦略である。

海外では例えばテスラ・モーターズが同様に電気自動車に関連する特許の公開を行うなど、アップルやインテル等の伝統的な事例に止まらず、知財のオープン化によって市場を獲得する動きが活発化しているといえる。2014年の我が国の国際特許出願数は約4万2千件程度と米国についで世界第2位であるが、これを「宝の持ち腐れ」にすることなく有効に活用し、収益を確保していく知財戦略・ビジネスモデルが求められる。

コラム:健康管理等に役立つ機能性アイウェアの開発とアプリケーション開発環境のオープン化による利用方法の拡大 (株)JIN

メガネの企画・販売等を手がける(株)JINは、メガネを単なる視力矯正の道具でなく、人生を豊かにする「機能性アイウェア」として捉え、新たな市場を創出している。

同社は、メガネにつけたセンサーから得たデータの活用によって利用者に新たな付加価値を提供する「JINS MEME(ミーム)」を開発。人間の眼の動きによって生じるわずかな電位差(眼電位)を性格に読み取ることで、利用者の疲労や体の動きを知ることができる。従来活用されてきた腕や手首等に着用するウェアラブル端末に比べ、メガネ(アイウェア)は体の中心に装着することがより正確な体の状態の把握に寄与しているという。例えば、まばたきの回数の変化を測定することで自動車のドライバーが眠気を感じる前にアラートを発出して休憩を薦めたり、体幹のずれやゆがみの変化を測定することで日々の健康管理をサポートしたりするアプリケーションを提供している。

また、同社は「JINS MEME」を活用したアプリケーションの開発環境をオープンにし、優れたアイデアを競わせることで革新的なサービスを次々と生み出すオープンイノベーションを採用し、市場の拡大とアプリケーションの充実化を目指している。

図 JINS MEME

資料:JIN

③まとめ

ここまで、考えられる論点についていくつか紹介してきたが、必ずしも我が国製造業が、ドイツや米国が進む方向性を追随すべきであるとは言えない。これまで、高い技術力で世界の第一線を走ってきた日本のものづくりにとって最も有効なIT・IoTの活用方策は、ドイツや米国のそれとは異なるはずであり、重要なことは、我が国製造業がそのメリットをしっかりと理解し、我が国に最も適した方策について個々の企業がしっかりと検討し、必要に応じて思い切った方向転換を行っていくことで十分にメリットを享受すること、また政府は、そうした新たな決断やビジネスモデルの創出が進むような意識改革をリードするとともに、必要な制度整備や施策支援を通じて環境整備につとめていくことである。

図133–8 IoT社会における製造業のあり方

資料:経済産業省作成

(3)CPSによるデータ駆動型社会の到来を見据えた変革

このような、IoTやAI等の技術革新によって、これまでは実現できなかったデジタルデータの収集、蓄積、解析、解析結果の実世界へのフィードバックが社会規模で可能となり、このような実社会とサイバー空間との相互連関(サイバーフィジカルシステム(CPS))が広がりつつあるといった動きは、製造業のみならずあらゆる産業分野で起こるものと考えられる。また、データを核とした新たなビジネスモデルの創出は、産業の垣根を越えて展開され、他産業が製造業に大きな影響を与えるなど、産業構造の大きな変革も見込まれる。

このように、データがますます重要な価値を持つデータ駆動型社会において、政府や企業に求められる取組の方向性について、経済産業省では、産業構造審議会 商務流通情報分科会 情報経済小委員会で2014年12月から検討を行った。2015年4月に中間とりまとめを行い、CPSに対応していない制度の見直しや、製造業をはじめとした新たな産業モデルの創出促進、分野横断的なルール策定や企業間連携等の中核となる「CPS推進協議会(仮称)」の創設、セキュリティ、技術、人材の基盤整備等により、世界に先駆けてデータ駆動型社会を実現することを打ち出した。

製造業の今後を検討するにあたっても、製造業の内部のみで閉じることなく、このような業種横断的な場も活用し、業種間連携も模索しながら進めていくことが重要である。

図133-9 横断的取組(情報経済小委員会中間取りまとめ概要)

資料:経済産業省作成

図133-10 分野別取組(情報経済小委員会中間取りまとめ概要)

資料:経済産業省作成

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