1. ホーム
  2. 政策について
  3. 政策一覧
  4. 経済産業
  5. 標準化・認証
  6. 普及啓発
  7. 表彰制度
  8. 令和2年度 産業標準化事業表彰受賞者インタビュー Vol.16

令和2年度 産業標準化事業表彰受賞者インタビュー Vol.16

経済産業大臣表彰/中村 栄子(なかむら えいこ)氏
横浜国立大学 名誉教授

自身の研究成果を「工場排水試験法」のJIS改正に反映、分析現場に多大な貢献

川や湖や海の水質の多くは国や地方自治体によって基準が定められている。例えば工場などから出る排水で汚染されないように排水基準があり、私たちの健康や生活環境を守るため環境基準が設けられている。

これらの基準が守られているかを判断するため、多くの場合、JIS(日本産業規格)の試験方法が用いられる。JIS K 0102は「工場排水試験方法」について定めており、水質の環境基準や排水基準、土壌や廃棄物関連の規制といった強制法規に多く引用されている重要な規格だ。

「日本の高度経済成長期に水俣病やイタイイタイ病など多くの公害病が問題視され、工場排水を規制する必要があった。そうした時代の1964年にJIS K 0102は制定され、これまでに10回の改正が行われている。」と語るのは、横浜国立大学の中村栄子氏。水質分析化学の研究者として改正に係る委員長や分科会長を歴任し、自らの研究成果をJIS K 0102に反映しながら改正に携わってきた功労者だ。

中村氏がJISに関わるようになったのは、研究室の助手時代に遡る。当時、JIS K 0102 の委員(後に委員長)であった並木博氏の指導の下、水質分析の研究に従事するようになった。2011年に退職後も研究や実験を続け、現在もJIS K 0102の改正において中心的な役割を担っている。

「並木先生と重視してきたことの1つは、試験方法の中でなるべく有害な試薬を使わないこと。分析後の試薬は廃液となり、その後の処理が大変になってはいけない。もう1つは、新しい分析方法を取り入れる際、必ず検証実験をすること。多くの論文で発表された結果をそのまま採用せず、必ず従来の方法と同等の結果が出るかどうかを確認すること。」だという。

こうした考えで、これまでに水銀などの有害な金属や四塩化炭素などの有機溶剤を使用した試験方法が廃止され、原子吸光法注1)やICP発光分光分析・質量分析法注2)など新技術や新しい測定機器などが取り入れられてきた。JISを見直し改正することで、試験を実施する排水業者や分析業者などの健康や省力化に配慮し、環境への負荷低減にも貢献することができる。
注1) 試料を高温中で原子化して光を照射し、吸収される光の波長から元素と濃度を求める方法。
注2) 誘導結合プラズマ(ICP)を使用して、試料に含まれる元素と濃度を求める方法。

中村氏の大きな功績の一つとして、2013年の改正で「流れ分析法」を取り入れたことが挙げられる。「流れ分析」とは、試薬の流れの中に試料(サンプル)を注入して分析する方法で、CFA(連続流れ分析)やFIA(フローインジェクション分析)などの方法があり、一連の作業をほぼ自動で、少ない試料や試薬で迅速かつ簡便に分析することができる。ユーザーからもJIS化してほしいという要望が大きく、2011年に中村氏らが中心となってJIS K 0170(流れ分析法による水質試験方法)として制定された。

「それ以前から自身で研究に取り組んでいたことが強みだったと思う。工場排水試験方法として汎用的に用いられているJIS K 0102 にも取り入れられるかどうか、海水や河川水、排水を用意して検証実験を繰り返した。」と中村氏。手分析とほぼ同じ値を確認できたことから、JIS K 0102に「流れ分析法」を追加。これまでの手分析と比較して、ほぼ機器により、自動的に分析できることから、多くの分析技術者たちの利便性を向上させた。地道なJISの制定、改正作業であるが、全国の工場排水の試験を行う、工場の技術者、自治体の環境担当職員等が行う試験に影響を及ぼすものであり、その試験の効率化への影響は計り知れない。

また、2016年には光学式センサ法注3)や蓋付き試験管を用いた吸光光度法注4)、2019年の追補改正では小型蒸留装置などを導入。これらの改正により、試料や試薬の少量化、処理の必要な廃液の減量化、分析時間の短縮化がなされ、分析現場に多くのメリットを与えている。
注3) 発光信号から水中に溶け込んでいる溶存酸素の濃度を求める方法。
注4) 光の吸収の程度から物質の濃度を求める方法。

 

大型蒸留フラスコを用いる装置例、ダウンサイズ化の蒸留例及び小型蒸留装置例
(出典:横浜国立大学)

研究者として、実際の現場で利用されることが大きな喜び

研究室助手時代から現在まで、約半世紀にもわたって水質分析化学に携わってきた中村氏。ISO/TC147(水質)/SC2(物理・化学・生物化学的測定法)の国内対応委員会の委員やエキスパートとしても活躍し、無機イオンや環境指標に関する国際規格に精通する数少ない国内の専門家として、大きな貢献を果たしてきた。例えば、2019年だけでもISOの投票に関わった案件は懸濁物質、溶存酸素、BOD、アンモニア体窒素、亜硝酸体窒素、全窒素、フッ化物イオン、硫化物イオンの定量法など10件にも及ぶ。

そんな中村氏だが、「排水とは何か、という問題に苦労する。例えば食品や化学など産業分野によっては含まれる成分がまったく違う。新しい分析法を取り入れる際、すべての排水に適用できるかどうか、いつも頭を悩ませる。」という。しかしそれも「現場の声を寄せていただいて、データが蓄積すれば解決に近づくのではないか。」と研究への熱意は衰えない。

「私の研究は化学反応を使った試験方法の開発で、第一線ではなく地味なもの。しかし、論文に発表したことなどがJISに採用され、今も実際の現場で使われていることは大きな喜びになっている。あと1、2年は頑張って続けたい。」と力強く語る。

若者に向けて何か一言、とお願いしたところ、「小さなテーマでもいいので、新しい分析法を開発して現場で活用される喜びを感じてほしい。現代は機器が発達しているが、機器を過信してはいけない。正しい知識がなければ異常値を判断できない。分析化学の基礎をしっかり身に付け、研究の面白みを見つけてほしい。」と温かいメッセージをいただいた。

【標準化活動に関する略歴】
1968年 横浜国立大学教育学部中学校教員養成課程化学専攻 卒業
1988年 工学博士取得(日本大学)
1994年 横浜国立大学教育学部 助教授
1997年 横浜国立大学教育人間科学部 教授
2004年~2012年 計量行政審議会 審議委員
2009年~2010年 工場排水試験方法等に関するJISの体系的な見直しと改正 環境指標分科会 分科会長
2009年~2020年 ISO/TC147国内対応委員会 ISO/TC147/SC2/WG66(シアン)、WG70(TOC、DOC、TNb、DNb)
         /2018年よりWG80(COD)
2010年~2012年 工場排水試験方法等に関するJISの体系的な見直しと改正 環境指標・無機イオン合同分科会 分科会長
2011年 横浜国立大学 名誉教授
2012年~2015年 JIS K 0125(用水・排水中の揮発性有機化合物試験方法)改正検討委員会 委員長
2014年~2015年 ボイラ水―試験方法改正原案作成委員会 委員長
2015年~2018年 JIS K 0102改正―無機イオン・環境指標委員会 委員長
2015年~2020年 ISO/TC147/SC2/WG66、WG70 エキスパート
2018年~2020年 ISO/TC147/SC2/WG80 エキスパート
2018年~2020年 工場排水試験方法 体系整備検討委員会 委員
2018年~2020年 工場排水試験方法 ほう素及び全窒素試験方法検討委員会 委員長

最終更新日:2021年3月8日