第1章
困難に直面する世界経済と「50億人」市場による新たな発展の展望
第2節
 地域別に見た世界経済の動向


1 米国経済の現状と課題
 サブプライム住宅ローン問題を背景に減速を始めている米国経済には、国際金融・資本市場に波及した米国金融システムの混乱、原油及び一次産品価格の高騰によるインフレ懸念の高まりによって、更なる下振れリスクが存在している。以下では、このような米国経済の現状と課題を実体経済と金融・資本市場の両面から明らかにする。

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(1)米国経済の概況
(減速する米国経済)
 2007年の米国実質GDP成長率の需要項目別動向を見ると、住宅投資が大きく減少に寄与したものの、家計消費や純輸出が増加に寄与し、2.2%の成長を達成した。これまで米国は、名目GDPの約7割を占める家計消費の拡大を背景に成長を続けていたが、2007年はサブプライム住宅ローン問題等により住宅投資の悪化が顕在化し、2008年第1四半期には、家計消費へもその影響が及ぶなど、景気減速の懸念が強まってきている(第1-2-1図)。
 
第1-2-1図 実質GDP成長率の推移
第1-2-1図 実質GDP成長率の推移
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○住宅販売、着工、価格指数
 1992年から増加を続けていた住宅販売は、2005年7月をピークに減少に転じており、住宅着工件数は、2006年2月をピークに減少傾向が続いている。また、住宅価格指数の伸びは2006年12月から減少し続けており、既に足下でGDP成長を押し下げている住宅投資の更なる悪化が懸念される。
 
第1-2-2図 住宅販売、着工、価格指数の推移
第1-2-2図 住宅販売、着工、価格指数の推移
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○個人消費
 住宅関連の悪化は家計消費にも及んでいる。個人消費の動向を見ると、2007年中、米国の個人消費は、サブプライム住宅ローン問題を背景とした住宅・株式市場低迷の影響等を受け、自動車等耐久消費財を中心に弱含みの動きが続き、2008年第1四半期は1.0%の伸びにとどまった(第1-2-3図)。また、消費者の消費マインドを示す消費者信頼感指数は、エネルギー価格の上昇、金融・資本市場の混乱による景気・雇用の現状・先行きに対する悲観的な見方を背景に大きく悪化しており、6か月先の将来に対する消費マインドを示す期待指数は1973年以来の低い水準となっている(第1-2-4図)。
 
第1-2-3図 個人消費品目別寄与度
第1-2-3図 個人消費品目別寄与度
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第1-2-4図 全米消費者信頼感指数の推移
第1-2-4図 全米消費者信頼感指数の推移
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○雇用
 更に、住宅関連の影響は、建設業を中心に雇用にも及んでいる。企業の雇用者数は、2007年中は弱含みしつつも増加傾向にあったが、2008年1月以降急速に減少に転じている。建設業の減少が最も大きく、小売業、専門・技術・派遣業の雇用者数も減少に転じるなど、幅広い業種で減少がみられる(第1-2-5図)。失業率も、雇用者数の減少に伴い増加傾向で推移している(第1-2-6図)。
 
第1-2-5図 非農業雇用者数(業種別)増減の推移
第1-2-5図 非農業雇用者数(業種別)増減の推移
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第1-2-6図 失業率の推移
第1-2-6図 失業率の推移
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○企業活動
 2007年に入り、消費の伸び悩みに加え、エネルギーコストの上昇や金融機関の融資基準の厳格化等により、ISM景気指数1は、総合的な生産活動の拡大・縮小の分岐点とされる50を2008年2月から下回って推移しており、景況感は依然縮小方向を示している。また、企業活動の低下により名目GDPの約2割を占める設備投資も2008年2月から減少に転じている(第1-2-7図)。

1 ISM景気指数は、企業の新規受注、生産、雇用、入荷、在庫状況を総合的に反映した景気変動の先行指標とされる。

 
第1-2-7図 ISM景気指数と設備投資の推移
第1-2-7図 ISM景気指数と設備投資の推移
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○貿易
 貿易収支を見ると、ドル安の影響等による輸出の拡大と、家計消費の弱含み等の影響による輸入の伸びが低下したことにより、2007年は、1991年以来16年ぶりに貿易赤字が減少した。しかしながら、貿易収支の相手国・地域別内訳を見ると、中国、産油国が大部分を占めており、米国全体の貿易赤字が減少した2007年においても中国、産油国との貿易赤字は増加している(第1-2-8図)。
 
第1-2-8図 相手国・地域別貿易収支の推移
第1-2-8図 相手国・地域別貿易収支の推移
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○物価・金利
 最後に物価と金利の動向を見る。2006年9月からエネルギー価格の低下を契機に消費者物価指数はこれまで安定的に推移してきたが、2007年9月以降、エネルギー価格や食料品価格の高騰に伴い、上昇傾向に転じている(第1-2-9図)。
 
第1-2-9図 消費者物価指数(前年比)の品目別寄与度
第1-2-9図 消費者物価指数(前年比)の品目別寄与度
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 連邦準備制度理事会(以下「FRB」という。)は、景気拡大の中で段階的に金利の引上げを行ってきたが、2007年9月よりサブプライム住宅ローン問題を背景とする景気減速懸念から、段階的に政策金利(FF金利誘導目標)を引き下げている(第1-2-10図)。
 
第1-2-10図 政策金利の推移
第1-2-10図 政策金利の推移
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(2)サブプライム住宅ローン問題に端を発した米国経済の混乱
(サブプライム住宅ローン問題とは)
 サブプライム住宅ローンとは、「サブプライム層」と言われる低所得者など信用力の低い個人を対象とした住宅ローンを指す2。基本的に、住宅価格の上昇を見込んで、将来プライムローン等の優良ローンに借り換えることでその後の返済負担急増を回避することを想定したローンである。

2 サブプライム住宅ローンは、2004年頃から普及し、住宅需要過熱の原因となっているとされる。現在は、米国で住宅ローンを借りる人の約15%が利用している。融資残高は約1兆4千億ドル(2006年末)と住宅ローン全体の1割程度を占めていたとされている。
 サブプライム住宅ローンの約8割は当初数年間の返済負担が軽減されている変動金利型の商品である。

 サブプライム住宅ローン問題の特徴は、その市場規模が住宅ローン全体の1割程度と小規模であるにもかかわらず、本問題の顕在化が、米国金融市場を動揺させ、証券化市場を通じて短期間のうちに世界各国に波及したことである。
 以下では、サブプライム住宅ローンが米国において普及・増加した背景、サブプライム住宅ローン問題が金融市場に与えた影響及び各国の対応を整理する。

(サブプライム住宅ローン残高急増の背景)
 サブプライム住宅ローン残高が急速に増加していった背景としては、以下のような諸点が指摘されている。

〔1〕証券化がもたらした融資審査の質の低下(貸し手側の要因)
 まず、貸し手側の要因として、証券化がもたらした融資審査の質の低下があげられる。住宅ローン担保証券(以下「RMBS3」という。)による住宅ローン債権の証券化が、住宅ローン融資の適否を判断する主体(住宅ローン会社)と住宅ローン融資の信用リスクを負担する主体(投資家)との分離をもたらすことによって、住宅ローン会社のモラルハザードを生み、融資審査の質を低下させることを通じて、融資契約の増加をもたらした。

3 住宅ローン担保証券(RMBS)とは、多数の住宅ローン債権を担保として束ね、発行する証券。RMBSはResidential Mortgage-Backed Securityの略。

〔2〕値上がり期待(借り手側の要因)
 住宅ローンの借り手が住宅価格のさらなる値上がりを期待して安易に変動金利住宅ローンを借りたり、担保として提供している住宅の価格上昇を利用したりして、住宅ローンを多めに借換えて消費を行っていたケースが数多くあった。
〔3〕低金利政策と海外資金流入
 こうした需給面とは別に、2001年から2006年頃にかけて続いた低金利が住宅ローン市場に及ぼした影響も指摘されている4。2001年のITバブル崩壊と同時多発テロ後の深刻な景気後退に直面したFRBは、政策金利を1%まで引き下げ(2003年6月)、その後1年間継続した。この長期間の低金利政策に加えて、海外からの膨大な資金流入が市場の利子率低下に拍車をかけた。それが住宅ローン市場を拡大し、住宅市場の過熱を引き起こしたとされている5。住宅市場の過熱に危機感を抱いたFRBは、長期金利を高めて住宅ローンの抑制を図るため、2004年6月に政策金利を引き上げ、最終的には5.25%まで引き上げた。通常なら政策金利の上昇は、長期金利を上昇させ、30年という長期の住宅ローン金利も引き上げて、ローン市場を縮小させるはずであった。しかしながら、海外からの巨額の資金流入が継続したこと、海外からの潤沢な資金を背景に投資が抑制されなかったことから、長期金利は上昇せず、住宅市場の過熱は解消しなかった(第1-2-11図)。

4 この点について、ジョン・テーラー元米国財務省次官は「2003年から2006年にかけてのFF金利は物価や成長率から見て適切な水準をはるかに下回っていた。適切な水準にあれば、住宅ブームの大半は起きなかっただろうし、住宅バブル崩壊もさほど激しくなかっただろう。デフレのリスクに対応するために低金利政策を維持させた面があった。」と述べている(2007年9月7日付「日本経済新聞」)。
5 例えば、Greg, IP. And Hilsenrath, J.E.(2007),“How Credit Got So Easy and Why It’s Tightening”, The Wall Street Journal, August 7 2007。また、海外資金の米国住宅市場への流入については、『通商白書2006』第1章も参照。
 
第1-2-11図 米国政策金利、長期金利(米国債10年物利回り)及び海外資金の動向
第1-2-11図 米国政策金利、長期金利(米国債10年物利回り)及び海外資金の動向
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(住宅価格の減速と延滞率の増加)
 2006年に入り、需要の減少を背景に米国住宅価格の上昇が減速に転じると、多くのサブプライム住宅ローン利用者は当初の期待どおり借換えを行うことができなくなり、ローンの返済遅延や差押えを受ける住宅が急増した(第1-2-12図、第1-2-13図)。
 
第1-2-12図 サブプライム住宅ローン問題の構図
第1-2-12図 サブプライム住宅ローン問題の構図
 
第1-2-13図 住宅価格、サブプライム住宅ローン延滞率・差押え率の推移
第1-2-13図 住宅価格、サブプライム住宅ローン延滞率・差押え率の推移
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(サブプライム住宅ローン問題が金融・資本市場に与えた影響)
 サブプライム住宅ローンは、RMBSや担保付き債務支払証書(以下「CDO」という。)6等に証券化・再証券化され、投資ファンドや金融機関など世界中の様々な投資家によって購入された(第1-2-12図)。その結果、サブプライム住宅ローンのリスクは国際金融・資本市場に広く薄く分散される一方、真のリスクの所在・実態が不透明になるという問題が生じた。

6 担保付債務支払証書(CDO)とは、RMBSや社債など複数の債権を担保として組合せ発行される証券。組合せによって、高格付けのシニア債から中位のメザニン債、ハイリスク・ハイリターンのエクイティ債まで買い手のニーズに応じた商品設定が特徴。CDOはCollateralized Debt Obligationの略。


〔1〕投資ファンドの損失拡大と信用市場、短期金融市場のひっ迫
 一部サブプライム住宅ローンの焦げ付き懸念の増大によって、RMBSやCDOの価格は大きく下落し、これら証券を保有する投資ファンドに巨額の損失が発生した。
 銀行傘下のSIV7等投資ファンドは、自己資金の10〜20倍の資金を借り入れて、RMBSを組み込んだハイリスク・ハイリターンのCDOなどに投資していたが、その資金調達はCDO等を担保にしたCP(ABCP8)の発行によって行われていた。RMBSやCDOの価格下落によって担保価値が減少し、これら投資ファンドの多くがABCP発行による資金調達が困難となった。

7 SIV(Structured Investment Vehicle、投資ビークル)とは、投資目的に設立された特別目的会社の一種で、銀行やアセットマネジャーが様々な種類の資産担保証券(ABS)の運用をファイナンスするために設立された連結対象外の運用会社。大手銀行や投資ファンドがスポンサーとなって資金を提供し、オフバランスで投資を行う仕組みになっている。現在世界に約30程度あり、総額3,000億ドル超の資産を有しているとされる。
8 資産担保コマーシャルペーパー(Asset-Backed Commercial Paper)のこと。

 その結果、サブプライム住宅ローン債権を組み込んだ証券化・再証券化商品の大量・大幅格下げによる同商品価格の下落が始まり、信用市場や短期金融市場では資金の出し手が不在となり、流動性が一気に縮小した9

9 CP金利は急騰し、FF金利もFRBの誘導目標を大幅に上回って推移するなどの混乱が見られたが、その後のFRBによる利下げと積極的な流動性の供給によって、最近では沈静化の兆しが見えてきている。しかしながら、銀行間市場の金利プレミアムを示すTEDスプレッドは依然としてサブプライム住宅ローン問題発生前の水準を大きく上回って推移している。


〔2〕金融機関の損失拡大と信用収縮の懸念
 同時に、これら投資ファンドへの融資に積極的であった金融機関は経営が悪化した。
 投資ファンドが資金調達に使っているABCPの満期は1〜3か月であるので、銀行傘下にある投資ファンドは金融機関との間でABCPを借り換え発行できない場合は、代わりに流動性資金を供給してもらう契約(コミットメント)を結んでいたが、特に、証券化ビジネスでは後発組である欧州の銀行は、体力以上に大きなコミットメントを傘下ファンドに対して提供していたことが損失を大きくした10

10 ドイツの中堅銀行「IKB産業銀行」、フランスの大手銀行「BNPパリバ・グループ」、スイスの「UBS」等欧州の金融機関で巨額の損失が表面化した背景として、米国などと比べて銀行再編が遅れた欧州では、ドイツの州立銀行など地域単位の銀行が数多く残り、グローバル化に伴う競争激化の中で高利回りを求めるあまり、相場逆転に備えるリスク管理のノウハウを持たないまま、ハイリスク・ハイリターンで複雑な仕組みのサブプライム住宅ローン関連商品の運用に傾斜していったという事情が指摘されている(滝川好夫(2007))。

 保有する証券の価格下落によって評価損が発生した銀行は、資本増強を行う一方、保有するリスク資産の圧縮によって自己資本比率を改善させようとする。これが個別銀行の問題にとどまっている限り実体経済への影響は小さいが、銀行部門全体で自己資本不足が生じると、金融機関による貸し出し基準の厳格化や貸し渋り・貸付債権の回収が頻発するようになり、いわゆる信用収縮(クレジット・クランチ)の懸念が高まる11

11 このような状況では、返済に問題のない企業や家計も資本コスト(借入金利)の上昇や信用割当に直面し、支出を抑制せざるを得なくなる。その結果、成長分野に資金が流れなくなるため、総需要が抑制されるだけでなく、供給サイドにも悪影響が及び潜在成長率は低下する。

 実際、リスク資産を圧縮するため、欧米の各金融機関は、企業向け融資の融資態度を引き締め始めた。米国では、中小企業向け融資では2007年に入ってから、大企業向け融資では2007年後半からそれぞれ融資基準を厳しくしている(第1-2-14図)。
 
第1-2-14図 金融機関の融資態度変化(企業向け貸し出し)
第1-2-14図 金融機関の融資態度変化(企業向け貸し出し)
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〔3〕市場の安全資産への選好の高まり(質への逃避)
 後述するサブプライム住宅ローン問題の全容が分からないことによる不安もあり、本来サブプライム住宅ローンとは直接関係のない株式・社債・通貨を含め、いわゆるリスク資産に対する投資家の評価が慎重化し、株価の下落、信用スプレッドの拡大、更に円高12といった現象が観察された。その一方で、日米欧の国債等より安全な資産に投資が集中し、国債金利は低下傾向にある。さらに、近年需給がタイト化する傾向にあり、かつ、需要の価格弾力性が低い原油、金、穀物等の商品を扱う先物市場にも多額の資金が流入したものと見られる(本章第1節参照)。

12 サブプライム住宅ローン問題発生以前は、経済が順調に拡大し、為替相場も安定的に推移するとの前提の下、信用供与を受けつつ、円など低金利通貨を売り、ユーロなど高金利通貨を買うことによって金利差収入を狙う、いわゆる「円キャリートレード」が活発に行われていた。サブプライム住宅ローン問題発生に伴う信用収縮により、こうした取引を行っていた市場参加者が反対売買(低金利通貨を買い高金利通貨を売る)を迫られ、円高が進行したと言われている。


(サブプライム住宅ローン問題に対する対応)
○各国の対応
 こうした国際金融・資本市場の動揺に対し、各国政府は次のような対応をとっている(第1-2-15表)。
 
第1-2-15表 サブプライム住宅ローン問題に対する各国の対応(2008年5月現在)
第1-2-15表 サブプライム住宅ローン問題に対する各国の対応(2008年5月現在)


○金融機関による資本増強
 一部銀行では、更なる資産圧縮を回避するため資本増強に乗り出し、2007年末以降、アジアや中東などのソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)等からの資本増強が相次いで発表された(第1-2-16表)。しかし、金融機関の損失が今後も拡大する懸念がある中で、予断を許さない。
 
第1-2-16表 主要金融機関の損失見込み額と増資(2008年4月末時点)
第1-2-16表 主要金融機関の損失見込み額と増資(2008年4月末時点)

 サブプライム住宅ローン関連の損失見込み額は、これまで公的機関、民間機関等により多数公表されている(第1-2-17図)。問題は、損失見込み額が時間の経過とともに拡大する傾向にあることである13。その理由としては、〔1〕米国住宅市場が未だ低迷していること(住宅価格の下落、ローン延滞率の悪化)、〔2〕証券化市場の複雑化により、損失の特定が困難になっていること(再証券化商品やそれらの関連デリバティブの発達)等が考えられる。

13 サブプライム住宅ローン関連の損失見込み額の範囲は、推計者(発表者)によって異なることに注意が必要である。金融庁「金融市場戦略チーム第一次報告書(平成19年11月30日)」においても、〔1〕そもそもサブプライム住宅ローン関連商品の規模や損失見込みを計る正確な統計が存在しないこと、〔2〕評価手法等により、サブプライム住宅ローン関連商品の損失額はかなり増減し得ること、〔3〕サブプライム住宅ローンの担保となる住宅を競売にかけるなど実際の清算の際に生じる損失は今後の米国住宅市場の価格動向等によって強い影響を受けることが予想されること、等から、サブプライム住宅ローン関連の損失について、現時点で、最終的な損失規模を見通すことは困難としている。
 
第1-2-17図 拡大する損失見込み額
第1-2-17図 拡大する損失見込み額


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(3)サブプライム住宅ローン問題の実体経済への影響
 前節1.で見たように、米国を始め、市場型金融が隆盛し、組成・転売型ビジネスモデルが主流の国・地域では、不動産等資産価格の変動や景気循環が個人消費や企業活動に与える影響が大きいことを指摘した。以下では、実際に、今回のサブプライム住宅ローン問題が米国家計、企業にどのような影響を与えているかを検証する。

(サブプライム住宅ローン問題と米国個人消費)
 米国の個人消費支出は世界の個人消費支出の約3分の1、世界GDPの4分の1を占める規模となっている14。サブプライム住宅ローン問題の発生した2007年後半以降、この米国経済をけん引してきた個人消費の減速傾向が強まってきている。

14 これは、日本の個人消費支出の3倍以上に相当する。Business Week誌(2008年2月4日号)”How Real was the Prosperity?”では、1960年代の米国個人消費(インフレ調整後)は、基本的に経済全体の成長と歩調を合わせて推移し、両者の成長率が長期にわたって乖離することはなかったが、1990年代に入るとこの関係に変化が現れ、2007年第3四半期までの10年間の個人消費支出が3.6%成長したのに対し、実質GDPは2.9%にとどまったとしている。そして、仮に、個人消費支出が経済成長率並のペースで伸びた場合、個人消費支出は現在よりも年間約6 , 000億ドル減少したであろうとしている。

 この背景として、資産価格の下落に伴う「逆資産効果」が指摘されている15。そこで、以下において、〔1〕資産効果の状況、〔2〕金融・住宅資産の消費に与える影響、〔3〕その剥落に伴う消費への影響を見る。

15 例えば、峯岸誠・石崎寛憲(2002)「米国家計支出はなぜ堅調か-資産価格依存型支出行動の光と陰-」(『日本銀行調査月報』2002年8月号)。


〔1〕家計の資産構成と資産効果
 米国では、株価や住宅価格等資産価格と個人消費の間には、明確な正の相関関係が見られる(第1-2-18図、第1-2-19図)。
 
第1-2-18図 実質株価上昇率と実質個人消費伸び率
第1-2-18図 実質株価上昇率と実質個人消費伸び率
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第1-2-19図 実質住宅価格上昇率と実質個人消費伸び率
第1-2-19図 実質住宅価格上昇率と実質個人消費伸び率
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 そこで、以下では、住宅資産及び株価の変動が個人消費に影響を及ぼすメカニズムについて、米国家計のバランスシート構造と、その資金繰りへの影響に着目して検証してみる。
 2001年3月のIT・株価バブル崩壊直後の景気後退局面において、米国家計の消費支出が堅調を維持した背景として、FRBによる急速かつ大幅な金融緩和が大きく影響していると見ることができる15。すなわち、金融緩和の中で、〔1〕株式、住宅等その価格が金利水準によって大きく変動する資産が家計のバランスシートに占めるウェイトが上昇し16、金利低下による資産効果(金利低下が保有資産の時価上昇を通じて家計の消費支出を押し上げる効果)が強まる中、〔2〕家計資産に占める預金等の比重低下と借入金の増加が同時に進み、利付資産・負債がネットで負債超の状態となり金利の低下が家計の利息収支を改善させる構造が強まっていったと考えられる(第1-2-20図)。

16 FRBによれば、1998年末時点では、米国家計が保有する不動産は10.6兆ドル、株式(株式投信や年金基金を通じた間接保有を含む)は13.8兆ドルであったが、2007年末時点では、それぞれ22.5兆ドル及び16.8兆ドルに増加している。
 
第1-2-20図 家計のバランスシートに占める利付資産・負債の割合
第1-2-20図 家計のバランスシートに占める利付資産・負債の割合
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〔2〕金融資産と住宅の資産効果の違い
 今回のサブプライム住宅ローン問題が米国家計に与える影響については、前述のとおり、米国家計が株式等金融資産を相当額保有していることから、仮に、今後、株価が大きく上昇することになれば、住宅価格の下落による逆資産効果を、株価上昇による資産効果が相殺することも考えられる。
 そこで、可処分所得に加えて、住宅資産(住宅価格)と金融資産(株価)が個人消費に与える影響を見てみると17、住宅価格が1%増加すると消費は0.2%増加するのに対して、株価は0.05%の増加と住宅価格の4分の1の効果にとどまっていることが分かる(第1-2-21図)。

17 推計に当たっては、近年上昇が著しいガソリン価格も家計への影響が大きいと考え、説明変数に加えた。
 
第1-2-21図 住宅資産価格の上昇が米国個人消費に及ぼした影響の試算
第1-2-21図 住宅資産価格の上昇が米国個人消費に及ぼした影響の試算
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 住宅による資産効果が株式の資産効果を上回る要因の一つとして、住宅の方が保有者層の偏りが小さいことが考えられる。実際に、最新(2004年時点)の米国の家計調査結果を用いて、所得階層別の保有状況を見てみると、住宅については全体で7割弱の家計が保有しており、最も所得の低い階層でも4割を超える家計が保有している。その一方で、株式については、保有家計の比率が全体の5割弱と低いことに加えて高所得者層に大きく偏っている。一般的に高所得者層は消費性向が低いことも踏まえると、仮に株価の一定の上昇があったとしても、マクロ的には住宅価格下落の影響がより強く現れるものと考えられる。

〔3〕資産効果の剥落で減速する個人消費
 今回の米国サブプライム住宅ローン問題は、金融環境に大きく依存する米国家計消費の潜在的リスクが露呈した形となっている。すなわち、資産効果、特に住宅資産を通じた金融環境への依存度の高さは、その環境が悪化した場合には、住宅資産効果の剥落を通じてより大きな影響を家計支出に与えかねないという懸念が現実のものとなっていることが指摘できる。
 住宅価格の下落は、家計による新たな資金の借入れを難しくするだけでなく、担保価値の下落を通じて住宅ローンの借換えも困難にしている。その結果、固定金利期間の終了とともに返済負担が上昇したサブプライム層を中心に延滞率が急速に高まっている。延滞率の上昇は、延滞物件の差押さえ件数の増加を通じて、住宅価格の下落を一層加速させ、すでに引き締められている金融機関の融資審査基準を一層厳格化させるという悪循環を生じさせている。金融機関による住宅ローン融資基準厳格化の動きは、サブプライム層からプライム層にまで拡大してきており(第1-2-22図)、米国住宅市場の低迷は、今後、長期化・深刻化する恐れが高まっている。
 
第1-2-22図 住宅ローン融資基準の厳格化
第1-2-22図 住宅ローン融資基準の厳格化
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 さらに、これまで、多くの家計が、住宅を担保として低利で借り入れた資金をクレジットカード、オートローン等の消費者ローンの返済原資に充てていたが、住宅価格の下落で資金調達が困難となったことで、これら消費者ローンにおいても延滞率が次第に上昇してきている。同時に、これら消費者ローンにおいても融資基準が厳格化されてきており(第1-2-23図)、今後、自動車等耐久消費財販売への影響などを通じて個人消費を一層押し下げることが懸念される。
 
第1-2-23図 消費者ローン融資基準の厳格化
第1-2-23図 消費者ローン融資基準の厳格化
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(米国家計の過大な債務負担)
 これまで住宅等資産価格の上昇を背景に安易な資金借入を続けてきた結果、近年の米国家計の債務残高は急速に悪化しており、収入の範囲内では事実上返済できない状態に陥っている。このような状況の中で、サブプライム住宅ローンがそもそも「事業」として大きな債務不履行のリスクを抱えていたことも指摘されなければならない。
 米国家計部門のフリーキャッシュフロー18を見ると、それまでほぼ±ゼロ近傍で推移していたものが、1980年代以降マイナス幅が急拡大しており、その後も改善していない(第1-2-24図)。米国家計がこの間、ホームエクイティローンなどによって資産価値を現金化することによってフリーキャッシュフローのマイナスを補ってきたことが窺える。

18 フリーキャッシュフロー≒キャッシュフロー-住宅等耐久消費財支出、キャッシュフロー≒給与-経費及び消費財支出-税金
 
第1-2-24図 米国家計のフリーキャッシュフローの推移
第1-2-24図 米国家計のフリーキャッシュフローの推移
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 その結果、米国家計の債務償還年数は2005年以降急激に悪化しており、理論上は一生かかっても返済できないという結果になっている(第1-2-25図)。今後、米国家計債務のリストラクチャリングが進むことは不可避であると考えられる。
 
第1-2-25図 米国家計の債務残高と債務返済年限
第1-2-25図 米国家計の債務残高と債務返済年限
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(サブプライム住宅ローン問題と企業活動)
 米国金融機関の企業向け融資基準は、すでに見たとおり(第1-2-14図)、サブプライム住宅ローン問題が顕在化した昨年後半以降引き締め基調へ大きくシフトしており、米国企業による設備投資資金等の資金調達に支障が生ずることが懸念される。その一方で、米国企業のファイナンス・ギャップ19を見ると、昨年来企業債務は増加傾向にある(第1-2-26図)。このような状況下で金融機関による融資の引き上げや貸し渋りが拡大すれば、米国企業の資金繰り悪化や設備投資の減退等、企業活動の低下、ひいては雇用環境の悪化などを引き起こし、米国景気の減速を一層深刻なものとすることが予想される。また、建設業については、住宅着工件数の減少と住宅在庫率の上昇を背景に雇用が急減するなど業況の悪化が急速に進行している(第1-2-2図第1-2-5図参照)20

19 ここでは、ファイナンス・ギャップを「設備投資+在庫投資-内部留保」と定義する。ファイナンス・ギャップがプラスの場合は、企業の債務が増大していることを示す。
20 前述のBusiness Week誌(2008)では、過去10年間の平均で、企業収益のGDPに占めるシェアは、1990年代初期の最低値6.5%から2007年第3四半期には8%に上昇していることを紹介しつつ、一方で、金融部門以外の企業収益のGDP比は約5.3%と1980年代半ば以降ほぼ同水準にあるとして、金融部門が近年の好調な企業収益を支えているとしていることを指摘している。
 
第1-2-26図 拡大する米国企業のファイナンス・ギャップ
第1-2-26図 拡大する米国企業のファイナンス・ギャップ
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(4)インフレリスクの高まり
 一方、金融システム不安を背景とする景気減速の中で、資源・食料価格の高騰によるインフレリスクも懸念されている。

(資源・食料価格高騰の影響)
 近年の資源・食料の国際取引価格の高騰を受けて、米国内においても消費者物価指数が徐々に上昇しており、サブプライム住宅ローン問題による消費の減速をさらに加速させる懸念が高まっている21。資源・食料の国際取引価格の高騰は、エネルギーや食料品価格の高騰を通じて消費者による選択的支出の抑制を促し、個人消費全体を減速させる可能性がある22

21 2008年5月2日に米CNNが公表した世論調査結果によると、「最大の経済問題は何か」という問いに対し、47%が「インフレ」と回答している。対照的に「住宅価格の下落」はわずか19%、「失業」は13%であった。「インフレで最も困っているものは何か」という問に対しては、68%が「ガソリン」と回答し、「食料」(23%)を大きく上回った。
22 米国農業連合会(AFBF)が公表したデータによると、2008年第1四半期に最も上昇したのは小麦粉で前期比41%、次いで卵同34%、リンゴ同10%、食パン同10%となっている。
 また、2008年第1四半期のレギュラーガソリンの全米平均価格は前期比5.3%上昇の1ガロン当たり3.1ドルであった。これは、ガソリン価格が低位で安定していた1990年代(平均価格1.1ドル)と比較すると3倍近い価格である。

 一方で、インフレ期待について見ると、1980年前後では、原油価格の上昇に伴いインフレ期待も上昇し、消費者物価(除く食料・エネルギー)まで上昇したが、近年は原油価格が上昇してもインフレ期待は上昇せず、消費者物価(除く食料・エネルギー)は1980年前後と比較すると安定的に推移している(第1-2-27図)。
 
第1-2-27図 インフレ期待と物価
第1-2-27図 インフレ期待と物価
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 その要因の一つは、厳しい競争環境等を背景に、企業が原材料費や人件費の上昇分を製品・サービス価格に十分転嫁できていないことにある。その結果、企業は利益率を圧縮することによって産出価格の上昇を抑制している(第1-2-28図)。
 
第1-2-28図 産出価格の変動要因分解
第1-2-28図 産出価格の変動要因分解
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(インフレリスクと米国経済)
 むしろ、エネルギー・原材料価格の高騰は、企業活動に大きな影響を与えており、今後、企業における設備投資や雇用の低下等への影響も懸念される。
 さらに、景気後退(失業増加)とインフレーションが同時に進行するスタグフレーションを懸念する向きもある23。実際、原油等資源価格は極めて高い水準で推移しており、企業のコスト上昇要因となっている。

23 例えば、P.ボルカー元連邦準備制度理事会議長は、2008年5月14日の下院での証言で、「現在の米国の置かれた金融情勢は、米国がスタグフレーションに陥っていた1970年代と非常に良く似ており、米国経済が再び1970年代のようなスタグフレーションに陥る危険性がある。」と警告し、「FRBはインフレ対策を強力に推し進めるべきである。」と発言した。

 しかしながら、企業の産出価格の伸び率は、利潤の削減と単位労働コスト24上昇率の抑制25によって、2006年以降鈍化傾向にあること(1-2-28図)、また、前述のとおり、これまでのところインフレ期待も上昇する兆しが見えないことから、米国経済においては、今のところスタグフレーションとなる可能性は高くないと言える。

24 単位労働コストは、産出1単位当たりの労働コストと定義され、雇用者報酬を実質付加価値額で除して算出する。
 また、賃金を労働生産性で除して求めることもできる。すなわち、賃金が生産性の伸びを上回って上昇した場合に、単位労働コストは上昇する。
25 Business Week誌(2008年5月15日号)“The Return of Two Recessions Fighters”においても、企業活動において生産性の向上が引き続き見られること、及び、企業が単位労働コストを抑制していることがインフレを抑制していると指摘している。

 今後、仮に米国経済がスタグフレーションに陥った場合には、FRBは、雇用の確保と物価の安定という二つの目的をどのように達成するか難しい舵取りを迫られることになる。
 以上のように、米国経済は、金融面でのリスクとインフレリスクに直面し、調整局面を迎えている。

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