第3章
 我が国のグローバル経済戦略と対外経済政策
第1節
 対外経済政策の方向性


1 グローバル経済の中の日本の姿
(1)下がり続ける日本経済の世界シェア〜世界第3位の経済大国へ
 第2章で見たように、今時金融危機前までは輸出主導による戦後最長の景気回復をしていたにもかかわらず、日本経済の世界におけるシェア(比率)は低下している。我が国GDPの世界に占めるシェアは、一時は米国に次いで約18%を占めていたが、1995年以降年々低下して2008年には8%にまで落ち込んでおり、今後もさらに低下を続けることが見込まれる2。IMFは、2010年には中国が名目GDPで日本を抜くと予測するなど、日本の「世界第2位の経済大国」としての地位も残りわずかとなっている3。また、国民の豊かさを示す指標の一つである1人あたり名目GDPも、OECD加盟国中で3位(2000年)から19位(2007年)と急落している。IMD(国際経営開発研究所)の国際競争力ランキングにおいても、日本の総合順位は調査が開始された1989年から5年連続で1位だったものの、その後徐々に順位を落とし、1998年に20位になって以降2008年は22位と、20位前後を推移している4。日本経済を取りまく環境は今後さらに厳しさを増すことが予想され、経済活動の量的拡大から質的向上への転換が求められる中、今ここで現状を打破するための改革に着手しなければ、国力はさらに低下していく恐れがある。世界的な金融危機・経済危機に直面する我が国は、今回の危機をむしろ「我が国産業・社会構造の問題」の本質を改めて考える好機として捉え、単なる「短期の景気回復」に止まらない中長期的な戦略プログラムに着手すべきである。

2 IMF Data Baseより。21世紀の世界経済の成長率は平均約4%。世界経済成長率以上の成長率を日本が達成しないかぎり、世界経済におけるシェアの低下は止まらない。
3 2009年中に日中逆転が起こる可能性もある。中国が年率8%の経済成長を遂げ、日本の経済成長率が前年比−3.5%以下となった場合など。
4 2009年の順位(2009年5月20日発表)では、日本の順位は17位に上昇した。
 
第3−1−1−1図 各国の名目GDPの世界経済に占める比率
第3−1−1−1図 各国の名目GDPの世界経済に占める比率
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第3−1−1−2図 主要国の1人あたり名目GDPのOECD諸国内順位
第3−1−1−2図 主要国の1人あたり名目GDPのOECD諸国内順位
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(2)グローバリゼーションの波〜一体化する世界
 第2章で見たように、今回の景気後退の主因の一つは、日本経済が米国を中心とした輸出依存構造になっていたこと、かつ輸出以外に需要を支える柱を持たなかったことによるものであった。
 景気後退それ自体は、世界経済の失速に対する迅速な生産調整の結果でもあり、社会的なセーフティネットが十分であるならば、日本経済の柔軟性を示すものであるとの見方もある。世界経済が回復すれば、国際的に高い競争力を持つ産業は、再び輸出を回復することができるだろう。循環型の問題は時間とともに快方に向かう。世界的同時不況は確かに問題ではあるが、深刻なのはむしろ構造的な問題である。
 すなわち、日本経済にとっての本質的な問題は、過去10年以上にわたり日本に押し寄せてきたグローバリゼーションの巨大な波、その波に今後いかに立ち向かうかにある。
 2009年4月の日本の人口は約1億2600万人。1年で13万6,000人減少(1日あたり400人近く減少)しているが、2009年4月の世界の人口は約67億7,000万人。1年で8,000万人(1日あたり約20万人)ずつ増えている。この世界の約68億人のうち、冷戦が崩壊する前までは、そのごく一部、いわゆる西側先進国(当時で約9億人)のみが世界の主要な消費市場(製品の販売先)とされていた。しかし、冷戦崩壊後、旧ソビエト連邦諸国や中国、インド等がこの世界市場に加わり、アジア、アフリカ、中南米を含めた全世界の経済が、米国を中心とする一つの市場に統合されていった。経済的に鎖国をしている国を除き、いまや世界のほとんどが一つの市場を形成しているといってよいだろう。
 グローバリゼーション(Globalization:グローバル化)とは、世界の国々が一つの世界市場に統合されていくことであり、経済や社会などのさまざまな側面で進行している「地球規模での相互作用・相互交流の深まり」である。世界の多様な文明・文化が、人や物や金の移動を通じて日常的に接触するという、現代社会が迎えた文化的・歴史的に新たな段階としてとらえることもできる。

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(3)経済のグローバル化〜市場メカニズムの地球的拡大
 経済のグローバル化とは、「さまざまな経済主体(企業など)による経済性の追求が地球規模で可能になること」を意味するが、市場経済メカニズムが地球規模で機能することにより、資源はより効率的に生産できる企業で使われるようになり、世界全体の生産性は上昇して、世界経済は持続的に発展するとされている。すなわち、世界各国に新しい国際的な分業構造が形成されて、競争の促進と産業の発展をもたらす。中国は世界市場への統合に最も成功した例であり、本格的に対外開放した1979年以降、30年で一人あたりGDPは約10倍に上昇し、貧困人口は5億人以上減少している。また、アフリカ諸国も、近年世界平均を上回る年率5%の成長を遂げている。いわば、世界の国々で同じように「努力が報われる」社会に近づいているともいえる。
 一方で、市場経済メカニズムのもつ負の側面も、世界的に拡散する。すなわち、世界経済の一体化は、世界経済の同調性を高め世界同時不況のリスクを高める。先進諸国では、IT(情報技術)により産業の高度化が進行するものの、同時に産業の空洞化による失業率の増加やデフレーションが発生するおそれがあり、一方、新興国では、アジア通貨危機等にみられるような国際資本の逃避による経済危機の発生、国内産業構造の急激な変化による貧富の格差の増大などの問題も発生するおそれがある。また、市場経済メカニズムにより、資源配分は効率的になるが、公平になるとは限らない。食料価格が暴騰して貧困国に餓死者が出ても、市場メカニズムはこれを防ぐ倫理規範を内在しない。

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(4)経済のグローバル化が国内経済に及ぼす3つの影響
 グローバル化により経済的な「国境の壁」が崩れ、国内経済が世界経済と一体となると、具体的に何が起こるのか。具体的には以下の3つが指摘されよう。

〔1〕「ヒト」「モノ」「カネ」の移動〜すべてがつながり移動する
 ヒト:2007年の旅行等による国外移動者数は全世界で11億人。(世界人口の6人に1人の割合であり、OECD加盟国では2人に1人となる。) また、米国には毎年100万人以上が移民として流入している。
 モノ・サービス:身の回りの日用品の多くは中国、東南アジア等から。サービスもハンバーガー、コーヒーのような外食産業から生命保険まで外国企業によるものがあふれている。船便は2〜3週間で日米間をコンテナ船で結び、航空便なら東京からニューヨークに翌日配送もできる。
 カネ:世界の貿易量は年間17兆ドル(2007年)、世界のGDP総額は年間約55兆ドル(2007年)だが、外国為替取引量は年間1460兆ドル(2007年)。貿易量の約86倍、GDPの約27倍である。日本の上場企業の外国人株主比率は約3割(27.6%:2007年)であり、外国人株主比率が50%を超える企業も多い。

〔2〕資本の論理の貫徹〜モノに対するカネの優位
 今回の世界金融危機を挙げるまでもなく、モノの生産の増加率を上回るスピードでカネが増加し、カネの流れは資本移動となって会社経営権等にも影響を与える。いわば、私的所有権の根幹である財産権、その体現であるカネが世界的に激しく移動し、株価の変動、通貨の変動等を通じて各国の経済のみならず政治・社会にも影響を及ぼしている。

〔3〕均一化し平ら(Flat)になる世界〜一物一価の法則
 「Winner takes all(勝てば総取り)」により、世界市場では勝者となった多国籍企業が世界中で同じ製品・サービスを提供する。世界のどの国にも同じようにコーラやハンバーガー5、コーヒーが売られる。ちょうど地方都市が戦後の経済成長の過程で個性を失い「ミニ東京化」したの同様に、世界の都市は同じような姿に近づき、都市住民の生活も均一化してくる。

5 マクドナルドは1社で毎日118カ国の5800万人の顧客にハンバーガーを販売している。(同社ホームページより)

 また、「要素価格均等化定理6」が働き、さまざまなモノやサービス(要素)の値段が国際的に等しくなっていく(世界的な一物一価の法則)。ガソリン価格は同じ町内でもガソリンスタンドによって異なるが、ネット通販では日本のどこから注文しても配送料以外は同じ価格になり、世界的なネットオークションサイトである「eBay」7では、世界中で取引がなされる。実体経済でも、中国で作った同じ製品が、日本の100円ショップと米国の1ドルショップ、韓国の1000ウォン(約77円)ショップに配送され、米国のIT技術者の賃金はインドのIT技術者の賃金に次第に近づいていき、日本人の労働者の賃金も同じ作業をする中国の労働者の賃金に次第に近づいていく8。例えば、労働賃金の低い中国で作れるモノは、中国製品の価格に世界中の製品の価格が近づいていく9

6 ヘクシャー・オリーンの定理ともいう。
7 世界最大のオンライン売買のコミュニティーであり、利用者は約8800万人、2008年に取引された売買は約600億ドル(約6兆円)に達するとされている。
8 東京からパソコンメーカーに電話すると、中国の大連にあるコールセンターのオペレーター(中国人)が日本語で回答してくれるなど。
9 ただし、英国の経済誌Economistが作成する「ビッグマック指数」によれば、マクドナルドのビッグマックは、安い国(マレーシア)では5.5リンギット(約1.5USドル)で売られているのに対し、高い国(スイス)では6.5スイス・フラン(約5.6USドル)で売られるなど、4倍近い開きが未だ存在する。


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(5)日本の経験する初めてのキャッチアップ〜「追いつかれ追い越される」時代
 日本がこうしたグローバリゼーションの大波を受けるのは、今回が初めてではない。鎖国から開国に転じた150年前もそうであったし、60年前の終戦後の占領時代もそうであった。だが、今回のグローバリゼーションは、日本が初めて体験する「他国からのキャッチアップ」である。これまで「追いつき追い越せ」でやってきた日本が、初めて「追いつかれ追い越される」立場に立たされている。中国企業、韓国企業との国際競争に、日本は一部で追いつかれており、既に追い越されている分野もある。
 これは、ちょうど1970年代から80年代に欧米が経験した「追いつかれ追い越される」を、今度は日本が経験する番になっているのだともいえる。当時の欧米は、伝統的な製鉄業や自動車産業が不況に陥り、時計やカメラ等の精密機械はほぼ全滅するなど日本製品の輸出により多くの産業が衰退し、米国では怒った市民が日本車をハンマーで打ち壊すという映像がテレビで何度も放映された。だが、こうした経験を通して、欧米諸国は新しい「国のかたち」を必死に模索し、ベンチャー企業の創出や、情報通信技術(IT・ICT)・金融工学等によるイノベーションにより再び成長を遂げてきた。
 いま日本は、こうした欧米諸国がかつて一度受けたのと似た試練を経験しつつある。「追いつき追い越せ」の時代には明確であった目標とすべき国家の将来像=「この国のかたち」は、価値観の多様化に伴い輪郭を失いつつある。

コラム 22

歴史的「円安」の影響

 今回輸出が大幅に伸びたのは、歴史的水準の円安によって日本の産業界が「ゲタ」をはいていたことも大きい。日本銀行の作成した「実質実効為替レート」を見ると、2000年以降大幅な円安が進み、2007年には1985年のプラザ合意以前の円安水準まで円が弱くなっていたことが見て取れる。これが世界的な好景気による需要の拡大と相まって、日本の輸出を過去最大(2007年で84兆円)に押し上げ、輸出依存度も過去最高(2007年で16.3%)を更新した。
 
コラム第22−1図 実質実効為替レートの推移
コラム第22−1図 実質実効為替レートの推移
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注:実質実効為替レートとは
 「実質実効為替レート」とは、特定の2通貨間の為替レートだけでは分からない対外競争力を、単一の指標で総合的に捉えようとするものである。
 一口に「円高」と言っても、円が米ドルに対してのみ上昇している場合と、多くの他通貨に対して上昇している場合(「円の独歩高」の場合)とでは、日本の価格競争力、貿易収支等に与える影響が異なる。このため、円と主要な他通貨間の為替レートを、日本と当該相手国・地域間の貿易ウエイトで加重幾何平均し、基準時点を決めて指数化する形で「名目実効為替レート」を算出する。さらに、対外競争力は、為替レートだけでなく、物価の変動によっても影響を受ける。例えば、日本の名目実効為替レートが不変でも、貿易相手国・地域の物価上昇率が日本の物価上昇率を上回っている場合には、日本の相対的な競争力は好転する。こうした点を考慮に入れた物価調整後の実効為替レートを「実質実効為替レート」という。

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(6)均一的な社会から多様性のある社会へ〜イノベーションは差別化から
 以前は優れた各国の先進事例を学び、その優れた海外の商品やビジネスモデルを取り入れれば、得意のカイゼンで日々のコストは下がり性能は向上することから、十分に世界の市場で競争することができた。だが、「追いつかれ追い越される」時代にあっては、労働力の安い国でできるのと同じ商品を作ったのでは価格競争で勝負にならない。いかに労働力の安い他国に作れない商品やサービスを生み出せるか(=差別化)が勝負であり、日本の将来は他国には真似のできない世界最高品質の商品やサービス(ナンバーワン)、独創的で個性的な商品やサービス(オンリーワン)を常に生み出せるかどうかにかかっている。
 今後は、価格競争で量(市場占有率=シェア)を競争するのではなく、どのように質(利益)を生み出せるかで勝負をすべきといえよう。業界ナンバーワンを売上高ではなく利益額で認知するのが当然な社会となることが望まれる。日本の品質が世界一になったのは、トップ経営者から現場の労働者1人1人までが品質に対する高いモラルを持ち、QCサークル等を通じて科学的に品質改善を日々コツコツと積み上げた努力の賜物である。品質で世界一になれた日本であれば、利益で世界一になることも決して夢ではない。「経営の神様」と呼ばれた故・松下幸之助氏は以下のような言葉を遺している10

10 松下翁は、以下のような言葉も遺している。
 「薄利多売は全く資本主義経済の欠陥の現れであって、社会性のない、独りよがりの方策である。薄利多売は、言い換えれば低賃金ということであり、低賃金で生産し薄利で多く売れば、その企業は一時的には儲かるかも知れないが、大勢の人々を貧困にし、業界を混乱させ、国を貧しくさせることは必定である。我々は断固として、この基本的な誤りを是正する働きをしたい。厚利多売と高賃金が当然となったとき、我が国にも、アメリカの繁栄と肩を並べら得る社会が実現すると思う。薄利多売は一人を富ませて他のものすべてをたおすものである。我々の方策である厚利多売から生まれるものは、豊かな消費であり、豊かな生産であり、富める社会の実現である。」


 「利益というものの尊さ」

 「利益というものは尊いものである。
 どっちの字を取ってみても悪い意味は少しも含まれていない。
 それは自分をうるおすだけでなく、人をうるおし世の中を潤す。
 またそれには大きな可能性が含まれている。

 世の中は利益を求めて動いていると言っていい。
 その中には精神的な利益というようなものも、もちろん含まれている。

 商業や事業をやっていて利益を上げないのは罪悪である。
 そういう事業なり商売は結局長い間にはダメになる。
 それは自分をダメにするだけでなく、社会に迷惑をかけずには置かない。
 正しい意味の利益とは必ず社会に還元される性質を持っている。
 そこに立脚していれば、利益を主張することは、少しもやましいことではない。」

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(7)多様性のある日本〜みんなちがってみんないい11

11 金子みすゞ「私と小鳥と鈴と」より 金子みすゞ著作保存会

 ではいかに「社会に還元される利益」を得るのか。グローバル化であらゆるものが均一化する国際社会だからこそ、「均一でない」ことに価値が生まれる。四季の自然の豊かさや世界各国の食材があふれるといった物質的な多様性だけでなく、働き方にも生き方にも多様な機会が認められ、尊重される。そうした多様性のある日本であってこそ、世界における日本独特の魅力・価値が生み出され、未来を拓く力となるといえよう。

コラム 23

顧客のニーズにあった差別化

 日本には約300兆円の消費市場と約1500兆円の個人金融資産があり、消費者の需要をうまく取り込むことが重要である。経済危機下でも、さまざまな差別化の工夫により収益を確保できている企業も多い。
 例えば、静岡県富士市の吉原商店街にある小さな果物店「杉山フルーツ」は、ほぼ毎日東京の市場に店長が自ら仕入れに行き、箱で買ったらすべて中の果物を外に出して痛んだものを除いてまた箱に詰めるなど、「価格は高いが間違いない」商品を提供することで顧客の信頼を得て成長を続けている。また、富山県の日本最古のラムネ飲料メーカー「トンボ飲料」は、動物園限定販売のフローズンゼリー飲料の開発や、クリスマス用のシャンメリー(ノンアルコール発泡性飲料:国内シェア第1位)など、大手が手がけないニッチ(隙間)のマーケットで成功している。
 中村ブレイスは、島根県の山の中にある義肢装具のメーカーで、中村俊郎社長が「10年後には、日本の人々にとってなくてはならない会社になろう。そして20年たったら世界の人にとってなくてはならない会社になろう。」と1974年に創業した会社である。耳や鼻、指や義手、義足など、弱者にやさしい、人間の尊厳を高め守ることに役立つ製品を作り続けている12

12 「日本で一番大切にしたい会社」(2008)坂本光司 あさ出版より

 
コラム第23−1図 不況下でも元気な企業の例
コラム第23−1図 不況下でも元気な企業の例


コラム 24

付加価値(利益)を生むビジネスモデル

 日本の産業の生産性が低いのは、飽和した国内市場において売上高獲得競争が行われ、輸入物価の下落と相まって価格引下げ競争が起こっている(デフレスパイラル)ためだとの指摘もある。ITの導入などにより生産性を上げ、安く製品やサービスを供給できるようになることは日本全体の付加価値を高めるが、単なる価格引下げは、供給企業から家計へ利益を移転するものの日本全体の付加価値は高まらない。逆に、生産性を高める原資(元手)となる企業収益を損なうことから、中長期的には経済全体にマイナスとなるおそれがある。
 高品質の商品であっても、過剰供給のもとでは値崩れを起こし、いわゆる「豊作貧乏」になってしまう。競争それ自体は、新商品開発やサービスの改善を生み、望ましいものであるが、同一商品の価格引下げ競争は、理論的には企業の利益がゼロになるまで止まらない。日本の産業全体が「豊作貧乏」とならないよう、商品・サービスの差別化を進めるとともに、高収益を上げるための仕組みづくり(ビジネスモデルの構築)の研究が必要である。
 具体的には、例えば、以下のようなビジネスモデルが考えられる。
 1)コア技術を押さえて高収益を得る
 2)システムインテグレーション部分を押さえて高収益を得る
 3)国際サプライチェーンを拡大して調達の効率化を行った上で、高収益を得る
 4)歴史に裏付けされた文化や成熟した消費文化を元に、トレンド発信と一体化した世界進出を行い高収益を得る(ブランド利益モデル)
 5)コピーやエレベーターなど最初に納入する価格を安くし、消耗品やアフターサービスで高収益を得る(インストール・ベース・利益モデル)
 6)富裕層向けハイエンド市場を前提とした「高スペック・高価格」に加えて、「ミドルスペック・低価格」の製品・サービスを展開(「ボリュームゾーン」を獲得)し、販路の拡大やロジスティックスの効率化を行った上で高いロットを確保し高収益を得る(製品ピラミッド利益モデル13

13 エイドリアン・J・スライウォツキーによれば、利益を生むビジネスモデルは21種あり、製品ピラミッド利益モデルはその1つとされる。製品のピラミッド(ラインアップ)のうち、低価格が揃っていないと、競争相手はピラミッドの底辺に参入し、そこで力を得て頂上を目指し始める。スライウォツキーは、60年代の後半、もしフォードやGMが「利益が出せるようにデザインされた」低価格ブランドを構築していたら、米国市場での日本車の躍進は10年は遅れたに違いない、と指摘している。(「プロフィット・ゾーン経営戦略」(1999)エイドリアン・スライウォツキー&デイビッド・モリソン:ダイヤモンド社)


コラム 25

テレワークでオンリーワンの地域づくり〜「自律する個人」が元気の源

 ICTを活用した地域振興策が期待されて久しい。地域情報化施策はICT基盤の整備や基盤利活用の推進、地域におけるICT人材の育成など多岐にわたって取り組まれてきた。一方で、遠隔医療や保健指導の実証的研究も進められており、高度ICT利活用国家として着実に進歩しているといえるだろう。
 こうした動きの一方で、個人ベースでのICT利活用のスタイルも様変わりしている。これまで個人は主として商品・サービスを消費する立場で認識されることが多かったが、個人の資格で在宅ワーカーとして業務を請け負ったり、商品・サービスの開発から販売促進に至るマーケティング・プロセスに積極的に関わる生活者がクローズアップされている。在宅ワーク、eコマースやアフィリエイトも、ICTを活用して時間や場所にとらわれずに働くいわゆるテレワーク14であろう。

14 テレワークとは情報通信技術(ICT)を活用した場所や時間にとらわれない柔軟な働き方をいう。

 福島県いわき市を拠点とするいわきテレワークセンターの「ふるさとマルシェ」は、「テレワーカーの行動力が地域を元気にする」という発想で、人・情報が集まる地域情報プラットフォームづくりをめざしている。(http://www.furusatomarche.com/index.php?main_page=index
 同サイトの特徴は3つある。
 1つめは、「お客さまセンター」である。「あなたが欲しい情報や商品を探します。何でも相談してください」と個別の要求に対応する。生産者はよりよいモノづくりに注力し、受注・発注業務から商品発送手配・入金管理までのワンストップサービスはお客さまセンターが代行する、という役割分担が、地域力を下支えしている。
 2つめは、「ふるさとマルシェ」をとりまく関係者間のダイナミックなコラボレーションである。生産者・販売事業者(商品・素材提供、生産者紹介)、テレワーカー(情報作成・更新等、対面販売・紹介販売等)、地元企業(開発・DB管理)、Uターン、Iターン組(情報取材・ブログ)、リタイヤ組の個人(情報探索・地域人脈開拓・交渉、対面販売、紹介販売等)などさまざまな個人が協働・参加できる仕組みを作っている。
 3つめは、商品力である。すべての商品は「安心・安全で健康によい、しかもほっぺたが落ちるほど美味しい」を基準に、「ここでしか購入できない商品、地域季節商品、共同で開発した商品」など、オリジナル性の高い商品群、地域(福島県や東北)にゆかりのある人脈でつながっている。

〜世界とつながる地域のテレワーカー〜
 ふるさとマルシェは、ギリシアのクレタ島産のオリーブオイルや、タイ産の100%ロイヤルゼリーなど海外の優れた商品の提供へと拡大を続けている。たとえば、オリーブオイルの販売代理店のオーナーは、元ワイン会社の社長で、「ギリシアには、日本に知られていない世界一の産品がある」とアピールし、サイトで扱うようになった。本人は、千葉県四街道市に住み、東京にもオフィスを構え、自らテレワークでビジネスを行っている。
 在宅ワーカーが活躍できる社会が実現するためには、官庁や企業から業務を受注し、在宅ワーカーに業務を分配するエージェントの存在が欠かせない。先の「ふるさとマルシェ」を運営するいわきテレワークセンターは、在宅ワーカーを指導育成し、業務の発注まで行う1994年発足したテレワーク・エージェントの草分け的存在でもある。このほか、沖縄では、インターネットを活用した“バーチャルオフィス”を構築し、全国の在宅スタッフをネットワークする企業として、安里香織氏が代表を務める「オフィスかりさら」(http://www.karisara.com/)があり、北海道には、田澤由利氏が代表を務める「ワイズスタッフ」(http://www.ysstaff.co.jp/)がある。さまざまなインターネットサービスを手がけるとともに、オホーツクエリアの集客及び観光客誘致活動にも関わり、契約者スタッフは国内だけでなく海外にも広がっている。
 こうしたテレワーク・エージェントや、バーチャルなWeb上に新たな市場を作り出そうという試みは全国で行われている。企業規模、年齢性別、過去の実績など、これまで制約要因だと思われていた条件が、新たな経済活動のフィールドでは、容易に突破できる可能性がある。
 かつて近江商人は、天秤棒を肩に自分の足で市場を開拓した。そこから天秤棒一本あれば行商をして千両を稼ぎ財をなす「近江の千両天秤」という言葉が生まれた。近江商人の末裔が、近代日本を支えた総合商社の源流であることは、つとに知られるところである。現代にも、ネットワークに接続された一台のパソコンから新たな市場創造に挑む老若男女のテレワーカーたちが商社の役割を担いながら活動を広げている。「個」の魅力が増幅され、文化の均一化から多様性へと、テレワークによるオンリーワンの地域づくり、知識基盤型経済の胎動が始まっている。

コラム 26

寛容な社会、効率的な社会、幸福な社会

 敗戦後の日本が焦土から「奇跡の復興」を遂げたことは、多くの途上国の人々に希望を与えた。1988年から2000年までは、1人あたりのGDPでも米国を凌駕した(1998年の景気後退期を除く)。安物の代名詞だったMade in Japanは、今では高品質の象徴になっている。
 戦後の経済成長の過程で、日本社会はどんどん効率的になった。工場には次々と機械が導入され、電車は秒単位で正確に運行され、ムリ・ムダ・ムラは削られていった。経済成長、社会の効率化と言い換えても良いだろう。
 一方、近代化によって、社会の多様性と寛容性は失われていった。「Winner takes all.(勝てば総取り)」で、最も効率的なシステム・サービスが日本全国で採用されるため、日本中で同じような商品やサービスが提供されるようになり、地域の伝統文化や街並みも姿を消していった。同時に、地域のコミュニティーも失われ、昭和30年代の東京を描いた映画「ALWAYS 三丁目の夕日」15(中国・台湾では「幸福的三丁目」)にあるような牧歌的で寛容な社会も失われていった。

15 配給:東宝株式会社

 グローバリゼーションにより、新興国がいま日本と同じ道を歩もうとしている。人々は豊かさを求め、効率性を求めて、忙しい毎日を送るようになった。グローバリゼーションは、ちょうど水の上で大きな丸太を転がしているようなもので、誰かがその転がすスピードを上げると、自分も同じスピードで転がさないかぎり丸太から振り落とされてしまう。
 今回の金融危機を引き起こしたいわゆるウォールストリートの「マネー資本主義」は、まさに効率性の象徴であった。世界的な投資資金は、より効率的な運用を求めた結果、リスクが低く利回りがよいと評価された米国住宅投資証券に殺到したのである。金融立国である英国が、1人あたりGDPで2004年に日本を抜きかえしたのは、「ものづくり」より「マネーゲーム」の資本効率が良かったことを象徴している。
 日本は、「効率的であり、かつ多様な社会」を目指すことができる。すでに生産工程は少品種多量生産から他品種少量生産に変化しており、サービスも多様化して一人一人にあった旅行プランなどもネットで予約できるようになった。日本社会の世界最高レベルの効率性と社会の多様さ・寛容さが両立し、一人一人の個性が尊重される「幸福な社会」を創ることは決して不可能なことではない。これは、公害やエネルギー問題を克服した日本の新たな挑戦であり、グローバル化・近代化により社会のアイデンティティーを失いつつある世界の国々への貢献でもある。
 
コラム第26−1図 効率的で多様・寛容な社会へ
コラム第26−1図 効率的で多様・寛容な社会へ


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