第3章
 我が国のグローバル経済戦略と対外経済政策
第1節
 対外経済政策の方向性


2 対外経済政策の方向性
(1)「未来開拓戦略」と「アジア経済倍増へ向けた成長構想」
 麻生総理は、4月9日に「世界的な大きな調整が避けられない中で、ひとり日本だけが、旧来型品目の輸出に依存した、そういう成長軌道に復帰することは、もはや現実的ではない」として、新たな成長戦略=未来開拓戦略を発表した。そして、「低炭素革命で世界をリードできる国」「安心・元気な健康長寿社会」「日本の魅力発揮」の3本の柱を「日本の強みや特徴を生かせる分野」として、官民による集中的な投資と、それを促す大胆な制度改革を実行することを宣言している。具体的には、2020年には、実質GDPを120兆円押し上げ、400万人の雇用機会を創出するとしている。(特に当面3年間で、累計約40兆円〜60兆円の需要と140万人〜200万人の雇用の創出を実現16。)

16 「未来開拓戦略」(2009年4月17日策定)別紙1(経済産業省試算)参照。これらの諸係数は、種々の不確実性を伴うため、相当な幅をもって理解される必要がある。

 同時に、麻生総理は、同日のスピーチの中で、〔1〕広域インフラの整備、産業開発、制度改善等を一体的かつ計画的に進めることで、周辺地域や幅広い産業の飛躍的な発展を進める「アジアの成長力強化」、〔2〕構想を具体化するための、鉄道や陸路などの基幹インフラ、発電所、工業団地などの関連インフラ、産業開発計画、資金調達の仕組み、通関制度などの改善等につき東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)において「アジア総合開発計画」を策定(ASEAN、インドを中心に、アジアには5年間で約70兆円のインフラ需要があると予測されている)、〔3〕セーフティネットの整備や教育の充実によりアジアの中間層の消費を拡大、等によりアジアの経済規模を2020年に倍増するという「アジア経済倍増へ向けた成長構想」を発表した。
 未来開拓戦略が、今後の「この国のかたち」のありようを示すものだとすれば、「アジア経済倍増へ向けた成長構想」は、今後日本が世界、とりわけアジアの中でどのように進むべきかを示す我が国のグローバル経済戦略あるいは対外経済政策の基本的視点を示すものである。
 
第3−1−2−1表 新たな成長戦略〜未来開拓戦略〜
第3−1−2−1表 新たな成長戦略〜未来開拓戦略〜

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(2)対外経済政策の「3つの視点」
 近年の経済社会環境の変化を踏まえれば、我が国のグローバル経済戦略あるいは対外経済政策の基本的な3つの視点として重要なのは、「国内外の新たな市場の開拓」「変化に対応する強靱な経済構造の構築」「世界の課題国家を目指す」の3点であると考えられる。すなわち、まず現下の厳しい状況を克服するためには、財政措置により内需の減少を補いつつ、景気の着実な回復と経済全体の底上げを図る=新たな市場を開拓し「パイを増やす」取組が必要である。また、世界経済全体の不確実性が高まっているなかで、様々な危機に日本経済が迅速かつ柔軟に対応できるようにする=「パイを守る」ための取組も必要である。さらに、国際社会の抱える問題に対し我が国が積極的に貢献し、かつその貢献を日本の力とできるような経済構造の構築、世界と日本のwin-win(ウィン・ウィン:どちらも得をする)の「課題解決型国家」を目指す必要がある。

〔1〕国内外の新たな市場の開拓〜1人当たりGNI=パイを増やす
 国富(GNI:国民総所得)の確保は、私たちの健康で文化的な生活のための基盤である。2006年に経済産業省が策定した「新経済成長戦略」では、今後10年間で1人当たり実質国民総所得が年率2.5%程度で増加すると想定しており、その場合2004年度と比較して2015年度の1人当たり所得は約3割増加すると試算している17

17 「新経済成長戦略」2008年改訂版でも同様。ただし、経済環境が変化しうることを想定し、試算は「ある程度幅をもって考えるべきもの」として提示されている。

 GNIは、内需+外需(純輸出)+所得収支+交易利得の合計であることから、それぞれをいかに増やすかを考える必要がある。

コラム 27

GNIとは? 〜国民総生産(GNP)から国民総所得(GNI)への変更

 国の経済活動を測るためのモノサシは、国際的には「国民経済計算」または「SNA:System of National Accounts」と呼ばれている。SNAは、一国の経済の状況について、生産、消費・投資といったフロー面や、資産、負債といったストック面を体系的に記録することをねらいとする国際的な基準、モノサシであり、企業が財務諸表を作成する際の規則「企業会計原則」に相当する会計原則である。
 日本では、国連の勧告に沿って、国内総生産(GDP)について、経済の分析可能性を高める観点から、いくつかの変更をしている。93SNAでは、これまでの68SNAで利用されていたGNP(国民総生産)の概念がなくなり、同様の概念として、GNI(国民総所得)が新たに導入された。これまで広く使用されてきたGNPは、国内で生み出された付加価値(GDP)から海外へ支払う所得を除き、代りに海外から受取る所得を加えるため、GDP+海外からの純所得=GNPとなる。しかしながら、この式から分かるとおり、GNPは生産測度というよりも、もともと所得測度として捉えられるべき性格のものである。
 そこで、93SNAでは、68SNAにおけるGNPが所得測度である点を明確にするために、GNI(国民総所得)と定義し直し、GNIは各経済主体が(海外からも含めた)受け取った所得の総計とした。なお、名目GNP(68SNAベース)は名目GNI(93SNAベース)と同一となるが、実質化にあたり、従来の実質GNPには輸出入の実質的な数量差による純輸出は含まれるものの、輸出入価格(デフレーター)の差によって生じる所得の実質額(=交易利得)はカウントされていなかったため、93SNAでは、所得を実質化する際に、「交易利得」を加えることで新たな調整を行い、国民が受取った実質的な所得をより的確に表すこととなった。
 定義式
  (名目)名目GNP(68SNA)=名目GDP+海外からの所得の純受取=名目GNI(93SNA)
  (実質)実質GNP(68SNA)=実質GDP+海外からの所得の純受取(実質)
 実質GNI(93SNA)=実質GDP+交易利得+海外からの所得の純受取(実質)

(a)内需の開拓
 内需を考える際には、フロー(1年間の国内総生産)とストック(国民資産・負債残高)の双方から考える必要がある。欧米では、第1章第2節で見たように、住宅価格の下落により個人消費が大幅に縮小したが、日本においても同様に資産の増減は消費に大きな影響を与えることが考えられるためである。
 まず、ストックを見ると、最新の数字である2007年末の国民資産残高は8,427.7兆円(前年末比121.6兆円(1.4%)減)と、5年振りに減少となった。これを非金融資産と金融資産に分けると、非金融資産は2,544.3兆円(前年末比29.0兆円(1.2%)増)、金融資産は5,883.5兆円(同150.5兆円(2.5%)減)となった。なお、家計の金融資産は1,503.6兆円(同62.0兆円(4.0%)減)となっている。
 
第3−1−2−2図 国民資産残高の推移
第3−1−2−2図 国民資産残高の推移
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第3−1−2−3表 GDPの構成要素
第3−1−2−3表 GDPの構成要素

 一方、2007暦年末の負債残高は5,633.3兆円(前年末比185.6兆円(3.2%)減)となった。国富(資産から負債を差し引いた正味資産に相当)は、2007年末には2,794.5兆円(前年末比64.1兆円(2.3%)増)と、2年連続の増加となった。
 次に、フローを見ると、2007年度の名目GDP(支出側)の前年度比は+1.0%となり、5年連続のプラスとなった。実質GDP(支出側)の前年度比は+1.9%となり、6年連続のプラスとなった。
 ここで注目すべきは、実質純固定資産において、住宅資産が減少していることである。これは、2007年度については改正建築基準法の影響等によるものだが、第2章で分析したように、今回の景気回復過程では民間住宅投資が進んでいないことが見て取れる。
 1986年の「前川リポート」18でも住宅対策が内需拡大の最大の柱とされているように、また「新生活空間倍増プラン」(1999)で「住空間は豊かな国民生活のみならず、消費、労働等国民のあらゆる経済活動を通じた活力ある我が国経済を支える最も基本的な要素」とされているように、住環境の整備は時代を超えた我が国の重要な課題である。しかしながら、民間住宅投資の名目GDP構成比は、1970年代平均の7.0%、80年代の5.3%から、2007年度では3.2%と大幅に減少している。人々の暮らしを豊かにし、内需を拡大するためにも、引き続き生活空間を倍増させるための取組が必要である。

18 前川リポート(1986)より
 (1)住宅対策及び都市再開発事業の推進
 住宅政策の抜本的改革を図り、住宅対策を充実・強化する。特に、大都市圏を中心に、既成市街地の再開発による職住近接の居住スペースの創出や新住宅都市の建設を促進する。併せて都市機能の充実を図る。

 また、内需を増加させるためには、GDPの57%を占める民間最終消費支出が伸びる必要があるが、年金不安・雇用不安等が消費を抑制しているともいわれており、こうした社会的セーフティネットの充実を官民一体となって進めることが内需回復には不可欠である。また、民間最終消費支出を伸ばすためには、イノベーションによる新たな商品・サービスの供給やサービス業の生産性拡大も必要であり、海外企業との連携による優れた資源の取り込み(バイオ、金融、デザイン等)や、海外高度人財の活用(アジア人財資金構想、経済連携協定(EPA)、の締結、テレワークの推進等)も進める必要がある。
 内需の拡大には、日本人の消費だけでなく、海外からの旅行者の増加や外国からの対内直接投資の増加も有効である。こうした海外のパワーを呼び込むためには、〔1〕国内の魅力発信、〔2〕ビジネス環境の整備、特にアジアの「ハブ」としての機能強化(物流、金融、人財、情報、文化等)が求められる。

(i)外国企業の受入れ
 2008年12月、日本を外国企業にとって魅力ある進出先・投資先とするため、政府として「対日直接投資加速プログラム」を改定した。具体的には以下を進めることとしている。

〔1〕地域の活性化
・複数の自治体による広域連携での外資誘致活動の支援
・既存進出外資企業の地域への再投資・2次投資の促進
〔2〕投資環境の整備
・ファンドの効果的活用(対話の促進、ファンド協議会の活性化等)
・M&Aを通じた中小企業を含めた国内企業の事業継続・再生、海外事業展開などに資するような外資誘致
・海外人材の受入拡大(「アジア人財資金構想」の実施等)
・医療機器の審査迅速化アクションプログラムの実行
・航空自由化、羽田空港の更なる国際化及び大都市圏国際空港の24時間化の促進
・法人実効税率の在り方の検討
・外資規制の在り方についての包括的検討
・買収防衛策の在り方についての報告書の周知徹底
〔3〕積極的な広報
・首長等によるトップセールス、対日投資セミナーの開催

(ii)外国人観光客の誘致
 2010年に外国人旅行者数を1000万人とするとの目標に向け、日本の観光魅力を海外に発信するとともに、日本への魅力的な旅行商品の造成を支援する「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を官民一体となって推進している。具体的には、

〔1〕訪日旅行者数の多い12の国・地域19を対象にキャンペーンを実施。

19 米国、台湾、中国、韓国、香港、豪州、カナダ、英国、ドイツ、フランス、シンガポール、タイの12カ国

〔2〕認知度向上(海外のTVCM等で我が国の観光魅力を発信するなど)
〔3〕誘客(海外旅行会社の日本への招請、訪日旅行商品の共同広告など)
 また、このほか、〔1〕外国人旅行者の受入れ体制の整備(公共交通機関における外国語表示を進めるなど)、〔2〕国際会議の開催・誘致なども行っている。

(iii)SWF等の呼込み
 経済産業省は、中東の資金を日本に呼び込むべく、ミッションを3月に派遣した。欧米のみならずアジアにも資金を向けたいと考えている中東諸国がある一方、技術はあるがリスクマネーが不足している日本のベンチャー企業やファンドがある。経済産業省と日本貿易振興機構(JETRO)は、この両者のビジネスマッチングを図るため、官民合同ミッションをUAEとサウジアラビアに派遣し、対日投資誘致フォーラムを行った。こうしたFace to faceのビジネスメイクの機会が重要であり、日本にとっては資源確保、中東諸国にとっては産業の多角化というwin-win関係の構築にも資するものである。
 
アブダビ投資フォーラム20(2009 年6月1 日:都内にて開催)
アブダビ投資フォーラム(2009 年6月1 日:都内にて開催)

20 アブダビからの対日投資誘致等を目的として財団法人中東協力センター(JCCME)が主催(写真提供)。

(iv)1500兆円の個人資産活用
 我が国企業が成長する上で必要な資金(リスクマネー)が必ずしも十分に供給されていないことから、海外からのマネーを広く取り込むとともに、国内の供給主体として有望な個人金融資産もリスクマネーとして産業活動へ供給することが有効である。我が国の個人金融資産は約1,500兆円で、その半分が現預金であり、米国等と比較すると日本は株式・有価証券の保有割合が少ない。
 
第3−1−2−4図 個人金融資産の構成比(2006年)
第3−1−2−4図 個人金融資産の構成比(2006年)
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 少子高齢化が進展する中で、我が国経済が今後も持続的に成長するためには、我が国金融・資本市場において、家計部門の金融資産に適切な投資機会を提供するとともに、内外の企業等に成長資金の供給を適切に行っていくことが求められている。
 国際的な市場間競争が一層激化する中、我が国金融・資本市場が内外の利用者のニーズに応え、その役割を十分に果たしていくためには、我が国市場の競争力を強化し、その魅力を向上させていくことが喫緊の課題となっている。また、魅力ある市場の実現により、我が国の金融サービス業が、高い付加価値を生み出し、経済の持続的成長に貢献していくことも期待される。
 我が国金融・資本市場の競争力を強化するためには、〔1〕信頼と活力のある市場の構築、〔2〕金融サービス業の活力と競争を促すビジネス環境の整備、〔3〕より良い規制環境の実現、〔4〕市場をめぐる周辺環境の整備が求められており、これらについて総合的な取組みを進めていく必要がある。

(v)農商工連携
 我が国は、小麦や飼料穀物の輸入に伴い、カロリーベースの食料自給率こそ40%にとどまっているが、我が国農林水産物・食品の品質は海外で高く評価されており、高級食材としての需要が拡大している。世界的な「日本食ブーム」もこの傾向を後押ししている。これまで、農林水産物・食品の分野は、製造業等の我が国の他産業と比べ、生産性が低いとされてきたが、「成長産業」化に向けた飛躍の環境が用意されつつある。
 そもそも、我が国において、農林水産業は、食品関連産業や関連機器設備の製造業・施工業などへの波及効果が大きい地域の基幹産業とされてきた。しかし、販路開拓や消費者ニーズへの対応などで、その強みを必ずしも発揮できていない面がある。そこで、農林水産業者と商工業者がそれぞれの有する経営資源を互いに持ち寄り、新商品・新サービスの開発等に取り組むこと(農商工連携)により、生産性を向上させ、農林水産業者、商工業者の経営向上を図ることが重要である。また、これらの取組によって、疲弊が指摘される地域経済が活性化されることは非常に重要な意義を有する。
 上記の問題意識に基づき、経済産業省と農林水産省は、2007年11月末に両省共同で「農商工連携促進等による地域経済活性化のための取組について」を公表し、これに基づき、農商工連携に関する各種支援施策を展開してきた。
 まず、両省は、農商工連携の身近な成功事例を広報・普及することで、事業者が農商工連携に取り組む気付きを与えるため、2008年4月に、農商工連携の先進事例を分かりやすく取りまとめた「農商工連携88選」の選定・表彰を行った。
 続いて、同年5月には、農商工連携を法律面から支援するため、農商工連携関連2法(農商工等連携促進法・企業立地促進法改正法)が成立した。農商工等連携促進法では、中小企業者と農林漁業者が、共同で行う新たな商品やサービスの開発等の計画の認定を受けた場合に、事業資金の貸付や債務保証、設備・機械の取得に対する税制等の支援、事業に係る経費への補助等を受けられることとしている。農商工等連携促進法に基づく事業認定については、2008年9月の第1回事業計画認定を皮切りに、2009年3月末までに全国で190件の計画が認定されている。
 また、予算面の農商工連携支援策として、2009年度、経済産業省・農林水産省合わせて約330億円の農商工連携関連予算を計上し、農林水産品を活用して行う新商品開発・市場化の支援、アンテナショップや直売施設等が広域的に連携する取組を支援することとしている。
 こうした国内での取組に加え、我が国の農林水産物・食品の需要を拡大するため、これらの魅力を積極的に海外に発信することが重要である。このため、輸出支援事業として世界各地に海外コーディネーターを配置し、海外市場の情報収集・提供やマッチング支援などの強化を図っている。また、JAPANブランドの確立を目指し、海外販路開拓を戦略的に支援するため全国事務局を設置し、輸出戦略プロデューサーを中心に情報発信・広報等の戦略的プロモーション、海外見本市等への出展やバイヤーとのマッチング等を行っている。
 こうした農商工連携の取組は、農林水産業に製造業や流通業等の商工業の知恵を取り入れることにより、海外に向けた我が国農林水産業の魅力発信に貢献するとともに、我が国の地域経済の活性化の鍵ともなるものである。

コラム 28

官民一体でタイへの地場産品販路開拓

 西条市は、愛媛県東部ある製造品出荷額四国最大規模(約8,800億円21)を誇る工業都市である。沿岸部の臨海工業団地には、アサヒビール、クラレ、今治造船、日新製鋼などの大手企業が立ち並ぶが、西条市内の二次産業従事者の大半は、鉄鋼、機械など、大手機械メーカーの下請け中小企業に従事している。

21 2007年速報値

 戦後から当地域の産業構造を下支えしてきたモノづくり中小企業の経営状況は、1990年代の世界経済グローバル化の波に乗り順調に上昇傾向を示す製造品出荷額とは反比例する形で、悪化の一途を辿ってきた。そうした中で、西条市では新たな地域雇用を創出するため、豊富な一次産品の存在に着目し、一次産業と二次産業、三次産業を繋ぎ合わせ、地域に新たな付加価値をもたらす六次産業化構想「食品加工流通コンビナート構想」を打ち出した。
 この食品加工流通コンビナート構想の一環として取り組んでいるのが、タイへの地場産品輸出販路開拓事業である。これは、コスト面などで地方が不利となる大都市経由の間接輸出ではなく、四国からの直接輸出ルートを開拓することを目的としている。そのために主眼となるのが、商社機能を有する地元企業の育成である。通常、農業生産者や食品メーカーが単独で取り組むことが多い海外への販路開拓であるが、西条市は第3セクター産業支援機関である(株)西条産業情報支援センターや地元企業の商社機能を活用した「食品輸出産業クラスター」を形成することで、新たなビジネスチャンスを創り出している。
 西条市では、これまで3カ年に渡りタイでの販路開拓に取り組んできており、2008年1月には伊藤宏太郎西条市長自らがタイへ渡航し率先して販促活動を行ってきた。そのPRの切り口は「SHIKOKU JAPAN」。スケールメリットを強調するため、地方自治体が自らの名称を使用せずに販促事業を行うことも特徴的といえる。
 事業開始から丁度3年を迎える2009年4月、愛媛県松山市の愛媛国際物流ターミナルにて、タイへの定期輸出の開始を告げる第一陣コンテナへの商品積み込みが行われた。地方自治体の行政枠に捕らわれず、官民が一体となることで誕生した新たな地域活性化策の動向に注目したい。
 
四国フェアオープニングに出席する伊藤市長(左から3 人目)
四国フェアオープニングに出席する伊藤市長(左から3 人目)

(vi)植物工場
 近年、農商工連携の代表例のひとつとして、「植物工場」と呼ばれる新たな農業生産システムが注目を集めている。植物工場は、施設内で植物の生育環境(光、温湿度、二酸化炭素濃度、養液等)を人工的に制御することにより、季節にかかわらず、品質の高い野菜などを安定的・計画的に生産できる。安全・安心な国産食材に対する消費者ニーズに合致するのみならず、若年層や高齢層にとっての新たな雇用の受け皿としても期待が大きい。
 経済産業省では、農林水産省と共同で「農商工連携研究会植物工場ワーキンググループ」を設置し、2009年4月、植物工場の普及・拡大に向けた課題や支援策等を報告書として取りまとめた。同報告書では、植物工場産の食材の販路拡大、基盤技術の研究開発、法規制の柔軟な運用等の事業環境整備などを進め、3年間で全国の植物工場設置数を3倍に増やし、植物工場における野菜の生産コストを3割削減することを目標として設定した。
 中長期的な視野に立てば、全世界的に食料需給は逼迫傾向にあり、水資源等の農業生産に不可欠な資源が不足してきているとの指摘がなされているところである。特に完全人工光型の植物工場は、水資源の利用効率に優れた生産方式であり、従来、農業に向かないとされてきた地域でも農業生産を行うことができることから、近年、生活水準の向上に伴い、生鮮野菜の需要が高まっている中東や東南アジア地域などで需要が見込まれる。これを踏まえ、同報告書においても、植物工場のプラントとしての海外輸出の可能性について提言を行っている。
 
22

22 提供:エンジェルファーム北山

(b)外需の開拓
 外需については、第2章第1節で見たような輸送機械、一般機械、電気機械の主要3業種による米国市場への過度な依存から脱却して、「新興国市場の開拓」「国内産業の海外市場開拓」「新産業創造による新たな市場開拓」の3つのフロンティアを求める必要がある。具体的には、
 a)新興国市場開拓:欧米先進国だけでなく、新興国の市場を開拓する。特に東アジア等の新興国は、生産・消費・イノベーションの拠点として有望であり、日本としては、これらの成長市場の活力を日本経済に取り込み、日本経済の成長の原動力とする。
 b)国内産業の海外市場開拓:これまで必ずしも輸出に積極的でなかったサービス業、コンテンツ産業、中小企業等の優れた資源を、積極的に海外市場に展開する。例えば、アジアをはじめ、成長する海外市場への進出や販路拡大などに取り組む中小企業に対して、JETROによる海外見本市出展支援等を始めとした、情報・人材・資金調達面での支援の充実及び進出後の円滑なビジネス遂行のための事業環境整備を関係支援機関と連携して取り組んでいく。
 c)新産業創造による新たな市場開拓:植物工場や介護ロボットなど、新たな国内産業を創造し、国内市場と同時に海外市場を開拓する。
 を進める必要がある。

(c)交易利得の改善
 先般の資源価格の高騰は、所得流出という形で日本経済回復の大きな重しとなった。日本では2000年からの交易条件の変化に基づく2007年度の交易損失は約21兆円(GDPの4%)と試算されている。交易損失は、輸入価格の上昇と輸出価格の低下によりもたらされることから、従来からの輸出産品・サービスの高付加価値化(ブランド化、高品質化)に加え、資源生産性を高め、資源輸入を抑制することが有効である。

〔2〕変化に適応する強靱な経済構造の構築
 グローバリゼーションにより各国経済が世界市場と一体化したことにより、金融危機をはじめ今までは「対岸の火事」であったような各国の事件が、我々の生活を直撃するようになった。そしてその影響も経済の相互依存が高まるにつれ年々大きくなっている。また、日本企業の海外展開により、国内では想定していなかったようなさまざまなリスクに直面している。

近年日本企業・社会が被った大きな損害例
○世界的な景気後退
○円高差損
○株価暴落
○エネルギー・食料価格の高騰
○値下げ合戦(デフレ経済)
○新型インフルエンザ
○食品安全(輸入冷凍餃子問題等)
○著作物の海賊版被害
○ソマリア沖の海賊問題
○阪神淡路大震災、新潟県中越地震 等

 「ヤング・レポート(1985)23 24」や「パルミサーノ・レポート(2004)25」で有名な米国競争力評議会(COC:Council on Competitiveness)は、2007年6月に「レジリエンス(弾力性)・サミット」を開催し、いかにダメージに強い経済を作るかについて議論を行っている。このサミットでの議論を踏まえ、COCは同年7月に「Transform.The Resilient Economy:Integrating Competitiveness and Security」を発表し、「9.11テロの経験を踏まえて分かったことは、重要なのは安全性ではなく弾力性だということである」との結論を下した。すなわち、「国家が目標とすべきは、国土の安全だけではなく、経済的な弾力性、すなわち経済の混乱を沈静化させ、すばやく回復する能力である。」という表現に代表されるように、いかに危機に立ち向かうか、その能力こそが重要であると提言している。(いわゆる社会の「免疫力」を高めることの重要性を指摘していると思われる。)

23 米国レーガン政権が設立した「産業競争力委員会」(President’s Commission on Industrial Competitiveness)が1985年にまとめたレポート「Global Competition - The New Reality」の別称。米Hewlett-Packard Co.の社長だったJ. A.Young氏が委員長を務めていたことから,その名を取ってヤング・レポートと呼ばれる。本報告書は米国の産業競争力の向上を狙って作成されたもので、研究開発税制の優遇措置の拡大、共同研究に関する独占禁止法の障壁撤廃、知的財産の保護強化、赤字の解消、政府・産業界・労働組合との間の実効性ある対話等の提案が行われるなど、その後の米国の科学技術・イノベーション政策に大きな影響を与えた。
24 COCはヤング・レポート作成の流れを受けて設立されたが、設立は1986年。ヤング・レポートを作成したのは正確にはCOCではなく上記産業競争力委員会。
25 パルミサーノ・レポートとは、2004年12月にCOCが開催した「国家イノベーション・イニシアティブ(National Innovation Initiative = NII)サミット」で発表された報告書『Innovate America:Thriving in a World of Challenges and Change』のこと。産業界・学界・政府・労働界を代表する400名以上のリーダーが15ヶ月かけて作成したもので、多くの諸国が市場経済を採用し、コストや質という面で米国と競争可能になっている21世紀の世界において、コンペティティブ・エッジ(競争の優位性)を授けてくれるのはイノベーション以外にはないと結論づけている。

 ここでいう“Resilience(レジリエンス)26”とは、激変する経済環境に自ら適応し、進化を遂げる能力であり、リスクインテリジェンス、柔軟性(flexibility)、迅速性(agility)からなる。優れたレジリエンスを持つ企業の事例としては、ウォルマートのサプライチェーンが挙げられており、カトリーナ台風の影響があった地域において66%の店舗が24時間以内に復旧し、93%が7日以内に復旧したとされる。また、ウォルマートでは、カトリーナ台風がまだ大西洋上で熱帯低気圧だった時から、商品供給ルートの代替案の検討を始めている27

26 Resilience is the capability for complex systems to survive, adapt, evolve and grow in the face of turbulent change.
27 「Transform.」による。なお、ウォルマートの情報力は、1987年にロジスティクスのために独自に人工衛星を打ち上げたことでも有名。ウォルマートの世界に広がる先進的なサプライチェーンマネジメントについては、NHKスペシャル「同時3点ドキュメント」(2006年10月29日放送)でも紹介されている。

 COCは、上記「Transform.」に続き、リーマン・ショック直後の2008年10月に「Prepare.」を発表し、『我々はグローバル化によってより密接につながり相互依存するようになった結果、一つの地域の出来事は他の地域に大きな影響を与えるようになった、そして、未来を正確に予測することは不可能かもしれないが、一つだけ明らかなことがあるとすれば、通常のリスクマネジメントだけでは企業や国の競争力や安全を守ることはできない、新しい経営革命が起こるとすればこの「リスクマネジメントと弾力性」の分野であろう』と結論づけている。こうした概念は、食料安全保障やエネルギー安全保障など、我が国経済の様々な分野にも応用可能と考えられる。
 リスクマネジメントの取組は米国だけでなく世界各地で行われており、WEF(世界経済フォーラム)では、本年1月に「Global Risks 2009」を発表した28。本報告では、世界経済が直面するリスクがその予想被害額と発生可能性からマッピングされており、特に危険なのが「6.資産価格の暴落」、「7.世界経済(先進国)の収縮」、「2.石油・ガス価格の急騰」や、「31.慢性病」、「4.中国経済の景気後退(GDP成長率が年率6%へ)」、また「5.財政危機」や「29.パンデミック(鳥インフルエンザ等)」等も挙げられている29

28 Global Risks Reportは2006年から発表されており、今年で4年目。
29 日本語版作成:マーシュジャパン株式会社/マーシュブローカージャパン株式会社及びスイス再保険会社日本支店
 
第3−1−2−5図 2009年グローバルリスクの展望
第3−1−2−5図 2009年グローバルリスクの展望

 日本においても、2007年7月、新潟県中越沖地震で自動車部品メーカーであるリケンが被災して操業停止したときに、日本中の完成車メーカーをはじめ関係企業が続々と復旧に駆けつけ、わずか1週間後にほぼ生産が再開できたように、日本企業・社会には極めて強靱な部分もある30

30 作家の山根一眞氏は、このリケンの「奇跡の復旧劇」が物語る日本の力を「日本力」と呼んでいる。

 企業においてはBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)が着々と整備されるなど31、リスクへの対応が進められている。政府においても自らのBCPの策定をはじめ、日本経済全体のBCP、様々なリスクへの対応計画の策定とリスク発生時の機動的対応が求められる。

31 リケンが早期に復旧できた理由には、中越沖地震の3年前にあった地震のあとにBCPを作成し、作業データを毎日埼玉県のデータセンターにバックアップしていたこと、社屋の耐震工事を進めていたこと、もある。

 社会全体のリスク対応能力を高めるためには、BCPのような「事前の備え」も有効であるが、保険制度も同様に極めて有効である。自動車事故を起こしても個人が破産しないのは、車の所有者に自賠責保険への加入が義務づけられているためであり、医療保険や介護保険、失業保険、労災保険等も、個人や会社が抱えきれないリスクを社会全体でカバーすることを可能にする。今後は、こうした公的保険制度に加え、個人の抱える様々なリスクをカバーできる保険商品の開発が望まれる。
 
第3−1−2−6図 リスクマネジメントのプロセス32
第3−1−2−6図 リスクマネジメントのプロセス

32 東京海上日動リスクコンサルティング資料より作成


コラム 29

新型インフルエンザの経済への影響

 今回の新型インフルエンザの経済的影響については、現時点では正確な数字は計算できないが、世銀は、鳥インフルエンザを想定したインフルエンザの世界的流行の経済的インパクトを、発生初年度で以下のとおりと想定している33

33 “Evaluating the Economic Consequences of Avian Influenza”Andrew Burns, Dominique van der Mensbrugghe, Hans Timmer(2008)

影響度軽微シナリオ   GDP成長率を   −0.7%引下げ(死者 140万人)
〃 中程度シナリオ     −2.0%引下げ(〃 1420万人)
〃  深刻シナリオ     −4.8%引下げ(〃 7110万人)
 要因は、死亡12%、病気及び欠勤28%、感染予防行動60%となっており、感染予防行動による経済活動収縮の影響が最大である。感染予防行動の影響は、〔1〕(密閉された)航空機による旅行の減少、〔2〕感染地域への旅行の減少、〔3〕不要不急の買い物や外食、旅行等の減少などによるものとされている。また、経済的被害額は、中シナリオ(GDP成長率を3.1%引下げと想定)で2兆ドル、深刻シナリオ(同−4.8%引下げと想定)で3.13兆ドルに達すると予想している。
 
コラム第29−1表 鳥インフルエンザ大流行時の経済的影響(初年度のGDPへ変化)
コラム第29−1表 鳥インフルエンザ大流行時の経済的影響(初年度のGDPへ変化)

 今回の新型インフルエンザは、弱毒性のため死亡等の被害は比較的軽微と想定されるが、仮に国内に大発生すると、感染予防活動は同じレベルで行われることが想定される。
 
コラム第29−2図 鳥インフルエンザ大流行の経済的影響
コラム第29−2図 鳥インフルエンザ大流行の経済的影響

〔3〕「世界の課題解決国家」を目指して
 日本は、ヒト、モノ、カネ、ワザ、チエの提供を通じて、世界の様々な課題を解決できる力を有している。それらを、持続可能な、かつ日本にとっても相手国においても利益となるような仕組みを構築し、世界の課題を解決しつつ、かつ日本の利益にもなる、「課題解決ビジネスモデル=Win-Winモデル」を構築するべきである。
 具体的には、
a)技術の海外展開:太陽光発電やエコカー、省エネ機器、水処理技術など先進的な技術を海外に普及し、世界の課題を解決する。
b)資金の投入:途上国のインフラ整備や資源開発等に、政府開発援助(ODA)や、その他政府資金(OOF)を投入し、途上国の資金的ボトルネックを解消する。
c)世界のモデル国家となる:ゼロエミッション、安全・元気な健康長寿社会等世界のモデル国家となることにより、様々な社会の課題解決のノウハウを国内に蓄積し、諸外国における同様な課題の解決に貢献する。
等が考えられる。
 
第3−1−2−7図 GDP当たりのCO2排出量(2005年)
第3−1−2−7図 GDP当たりのCO2排出量(2005年)
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《政策事例》次世代エネルギーパーク
 我が国が世界に誇る太陽光発電などの新エネルギーや、燃料電池、我が国の近海の海底にあるメタンハイドレートといった次世代のエネルギーについて、その特徴や技術を国内外に分かりやすく情報発信するための施設である。太陽光発電、風力発電等の新エネルギー設備や体験設備が整備されており、地元で産出する木質バイオマスなど地域の特性を活かした資源・エネルギーに関する設備や展示も行われている。
 産油国は、将来の石油等の枯渇というシナリオも想定し、化石資源の高度利用技術や新エネルギー技術の開発やその導入に大変熱心である。また、アジアの新興国等は、拡大するエネルギー需要に伴う環境への負荷を軽減するため、我が国のエネルギー技術に高い関心をもっている。こうした国々に対し、我が国の次世代エネルギー技術を紹介するため、経済産業省、関係省庁、地元自治体、エネルギー関連企業等が連携して、外国語の次世代エネルギーパークのパンフレットの作成・配布や、外国からの要人や日本に滞在している大使等を次世代エネルギーパークに招待するなどの取組を進めている。
 次世代エネルギーパークは、2007年度と2008年度の2年で13ヶ所が認定され、今後3年間で全国に40〜50箇所程度設置される予定である。各地域においては、地域資源や特性を活かし、各地域住民にとって誇れる、また、世界への次世代エネルギーの情報発信基地となるよう整備を進める必要がある。
 
次世代エネルギーパーク
次世代エネルギーパーク

《政策事例》アジアにおける資源循環の構築
 アジア各国は、経済の発展に伴い、大気・水・土壌汚染に加え、工場から排出される産業廃棄物や大都市の生活ゴミなどに関する課題にも直面している。アジアの中には、我が国の廃棄物処理やリサイクルに関する制度・技術や経験等を積極的に吸収し、環境問題の解決につなげていきたいとする国々がある。
 我が国としては、アジア域内での資源循環システムを構築していく上でも、アジア各国の取組に対して積極的に協力・貢献していくべきである。その際、環境問題の解決に当たっては、単なる技術の提供のみならず、制度・仕組みもパッケージで展開していくことが不可欠という視点が重要である。
 このため、我が国としては、引き続き、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)や政策対話の場を通じて、各国のリサイクル制度構築に向けた取組を後押しするとともに、循環型都市協力等を通じて、我が国の技術や経験等の展開を図っていく。また、こうした協力を通じて、我が国のリサイクル関連企業のアジア進出を支援するとともに、アジア各国において適正な資源循環のシステムを構築することにより、現地の我が国製造業の事業環境整備に貢献していく。

《政策事例》世界の人々を癒すロボット「パロ」
 「パロ」は、独立行政法人産業技術総合研究所が開発したアザラシ型のメンタルコミットロボット34である。パロは、「最も癒し効果の高いロボット」として2002年ギネスブックに登録され、2006年には海外で映画化されるなど、各方面で注目を集めてきた。現在も、国内の様々な施設だけでなく、スウェーデン、イタリア、フランス、アメリカの高齢者向け施設や病院などで、パロによるロボット・セラピーの研究が行われ、アルツハイマーをはじめ数々の症状への良好な効果が示されている。2008年には、デンマークの高齢者向け施設に1000体が導入されることが決定されるなど、日本のハイテク技術及び職人技は世界の人々を癒し続けている。

34 メンタルコミットロボットとは、人と共存するロボットで、かわいいや心地良いなど人からの主観的な評価を重視し、人との相互作用によって、人に楽しみや安らぎなどの精神的な働きかけを行うことを目的にしたロボットをいう。
 
パロ
パロ

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(3)オールジャパンとしての取組の必要性
 以上の3つの視点に立って対外経済政策を実施するのは基本的には政府の役割だが、経済を動かすには当然ながら政府だけではなく様々な経済主体が関わる。また、政府自体もどのような存在であるべきかについて議論がなされている。

〔1〕効率的な政府
 高度化・複雑化する現代社会において、我々が直面する課題もまた高度化・複雑化している。ちょうど成人病は手術だけでは治せないように、さまざまな要因が絡み合った社会の課題解決のためには、関係者が共通の認識に立ち、課題解決のために総力を結集することが不可欠である。そこで必要とされるのは、大きな政府でも小さな政府でもなく35、問題を解決できる効率的な政府である36。社会は多様化し、成熟すべきであるが、行政は一層効率的となる必要がある。

35 『「官から民へ」といったスローガンや、「大きな政府か小さな政府か」といった発想だけでは、あるべき姿は見えないということです。政府が大きくなり過ぎると、社会に活力がなくなりました。そこで多くの先進諸国は、小さな政府を目指し、個人や企業が自由に活動することで活力を生み出しました。しかし、市場にゆだねればすべてが良くなる、というものではありません。サブプライムローン問題と世界不況が、その例です。今、政府に求められる役割の一つは、公平で透明なルールを創ること、そして経済発展を誘導することです。もう一つの政府の役割は、皆が参加できる社会を創ること、そして安心な社会を実現することです。』(麻生総理4月9日スピーチ)
36 問題解決や成果を重視する考え方は、NPM(New Public management)として米国、英国等で広く導入されている。民間の経営手法を公的部門に応用した公的部門の新たなマネジメント手法で、プロセス管理から成果管理へ、顧客重視、分権化、競争と市場アプローチによる効率化、予防の重視等を特色とする。D.オズボーン、T.ゲーブラー『行政革命』等。

 今回の世界経済危機に対応するため、世界各国で大規模な財政出動が行われているが、これは現在の深刻な「世界的需給ギャップの解消」という病気のための非常手段=カンフル剤である。今回の病気に効くからといって、常にこのクスリを使い続けるべきではなく、中長期的には基礎的財政収支(プライマリーバランス)を均衡させ、財政の持続可能性(sustainability)を確保しなくてはならない。政府の対策は、その対策の規模(量)によってではなく、現在の社会問題を効果的に解決することができるかどうか(質)に基づき判断される必要がある。
 こうした政策の質を担保するためには、「世界で(費用対効果で)トップレベルの行政サービスを提供する」ことを目標としつつ、各国の優れた政策を研究してベンチマーク(比較基準)とする必要がある。また、先進事例を学ぶだけでなく、国際的な相対的レベルを把握するため、何らかの国際指標が作成されるべきであろう。具体的には、世銀が外国企業の現地での事業のしやすさを相対評価した「Doing Business」、IMD(スイスにある国際経営開発研究所)の国際競争力指標等を参考にしつつ、施策の目標に合った総合指標を作成することが望ましい。社団法人日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)は、日本とアジアの経済関係を強化するための総合指標を「JAPIC版国際競争力指標(JADEX)」として作成するとともに、指標改善のための研究を行っている。

〔2〕社会の問題解決における各主体の役割
 問題を解決するためには、〔1〕問題の発見、〔2〕問題の定義(目標設定)、〔3〕対策の立案と実施、〔4〕効果の測定と再発防止、の手順が必要となるが、これらすべてを政府ができるわけではなく、またすべきでもない。社会の問題(public problem)の解決には、企業は事業活動やCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)を通じて重要な役割を果たすし、市民もその購買行動や資金提供、ボランティア等の活動を通じて大きな影響を与えうる。また、大学等研究機関の行う技術開発は多くの問題を解決しうるし、マスコミは問題の発見や解決のための資源の動員に極めて重要である。コミュニケーションは社会問題解決のための万能薬であり、マスコミはそのコミュニケーション手段を提供できる。政府(government)の語源は、ギリシア語の「舵取り(κυβερνáω導く)」にあるといわれているが、政府の本来の仕事は舵を取ることで漕ぐことではない。社会の様々な主体が自ら社会の問題解決に取り組むことで、政府は「舵取り」に専念し効率的に業務を行うことができる37

37 NHKのテレビ番組『難問解決!ご近所の底力』では、住民自らが地域の問題解決に取り組む事例が紹介されている。

 例えば、第2章で触れた「イノベーションの推進」も、政府自身がイノベーションをするわけではなく、イノベーションを行うのは企業であり市民である。政府が行うのはイノベーションが起こる環境整備であり、世界で最もイノベーションが結実しやすい社会の仕組みの構築にすぎない。政府の取組はイノベーション推進の「必要条件」(最低限必要なこと)であって「十分条件」(それをすれば目的が達成されること)ではない。
 

○イノベーションとは、技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことである。このためには、従来の発想、仕組みの延長線上での取組では不十分であるとともに、基盤となる人の能力が最大限に発揮できる環境づくりが最も大切であるといっても過言ではない。そして、政府の取組のみならず、民間部門の取組、さらには国民一人ひとりの価値観の大転換も必要となる。したがって、イノベーションの創出・促進に関する政策は、従来の政府主導による「個別産業育成型」、「政府牽引型」から、国民一人ひとりの自由な発想と意欲的・挑戦的な取組を支援する「環境整備型」へと考え方を大きく転換していかねばならない。

○世界のイノベーション競争は、イノベーションの種(その多くは科学技術の成果であるが)を如何に早く効率的に育て社会に適用していくか、あるいは如何にそうした種が結実し易い社会の仕組みを構築していくか、という競争であると言っても過言ではない。
(2007年6月1日閣議決定『イノベーション25』より抜粋)

 政府が対策を講じるだけでなく、社会の各主体がそれぞれの役割を担い、自らの力を発揮することで、イノベーションの不足という社会問題ははじめて解決される。まさに「政府は目指すべき日本の未来像を国民と共有し、一丸となって取り組むことが必要(イノベーション25)」なのである。
 さまざまな社会の問題=「病気」を直すためには、高度なマネジメント手法=「医学」が求められる。社会は複雑な体系であり、見よう見まねの治療法では、目の前の問題を解決できても、別の問題を発生させる、病状をかえって悪化させる可能性もある。社会の問題解決の成功例・失敗例を丁寧に分析し、社会の問題解決のマネジメント手法、いわば社会の病気を治療する医学=「社会医学」を早急に確立し、体系化して、目の前の症例への対策に苦しむ現場へ届けられるクスリを早急に創り出す必要がある。
 “One for all, all for one.”−社会問題の解決は政府の力だけでは困難であり、産民学報官の一体となったオールジャパンの取組をいかに進めるかについて、日本人1人1人が社会の一員として考える必要がある。

コラム 30

合成の誤謬(ごびゅう)と政府の役割

 個人としては美徳であっても、みんながすると悪徳になることがある。例えば、不況の際に、一人一人が生活防衛のために消費を切り詰めると、結果的に個人消費が下がり景気は一層悪化する。保護主義も同様で、一国が自分の経済を守ろうと海外からの輸入を制限すると、各国が同様の報復措置を行い、結果的に世界の貿易量が激減して不況は一層悪化し、当初の目的である「自分の国だけでも守ろう」とした意図とは反対の結果になってしまう。
 資源の効率的な配分を実現する市場原理も決して完璧でなく、政府は市場原理の不完全性を補う必要がある。こうした「合成の誤謬」の回避は、市場原理に任せていただけでは不可能であり、政府の役割が求められる。例えば、ブラジルのルーラ大統領は、「景気が悪化した今こそこれまで貯めていたお金を使うべきだ、我々はそのためにこれまで汗をかいて働いてきたのではないか」と国民に消費の拡大を訴え、個人消費の回復につなげている。

コラム 31

「人本主義」の復権へ向けて

 今回の世界金融危機では、金融工学を駆使し徹底的に資本効率を高めた「金融資本主義」の限界が露呈した。しかし、世界が効率性を追求し、かつ資産超過が存在し続けるかぎり、「金融資本主義」は再び力を取り戻し、成長の源泉となる可能性がある。
 今世界で求められているのは、幸福の追求の「手段」であったはずのマネーが「自己目的」化してしまった「金融万能主義」に対抗する新たな軸である。それは、「人間中心の経済システム」=「人本主義」でなくてはならない。日本は「人本主義」による企業経営と社会運営の経験と実績を持つ世界でも希有な国であり、今こそ日本から「人本主義(人間中心資本主義:Human centered capitalism)を世界に改めて発信しなければならない。
 かつての経営家族主義による日本型雇用慣行、すなわち「長期雇用慣行」「年功賃金」「企業内組合」は、キャッチアップ型・途上国型の経済システムであり、経済成長率の低下に伴い人件費の高騰等さまざまな問題に直面した。1990年代後半からの日本経済の失速により、こうした日本的経営は世界的に注目されなくなったが、その中心にある「人こそが経営資源であり、企業は株主だけのものではなく、地域社会を含めすべての利害関係者を幸せにするために存在すべき」という経営哲学・モラルは、依然として日本のみならず世界で通用するものである。これは、短期的な資本効率を過度に重視するのではなく、長期的な企業の発展と持続性を重視する「株主」「経営者」「従業員」「消費者」「政府」の組み合わせでもある。
 少子高齢化が進む日本にとって、一人一人が貴重な資源である。だからこそ、日本は「世界一、人を大切にする社会」「一人一人が持てる能力をすべて発揮でき、イノベーションを進める社会」「一人一人が生きていて良かったと思える社会」に挑戦する必要がある。

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