第1章 世界経済の動向

第1節 不安を抱え、回復への足取りの重い世界経済

世界経済は、2007年の夏に表面化した米国サブプライムローン問題、2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻を経て、世界的な景気後退に陥ったが、2009年春には底打ちし、全体として緩やかな回復傾向をたどった。しかし2011年に入り、欧州債務問題の深刻化、米国の景気回復の陰り等により、世界経済は再び減速した。2012年に入ると急激な景気後退の懸念はいったん緩和したものの、依然として各国の政策措置に支えられた、不安定さを抱えた状態にある。一方、新興国は減速傾向ながらも引き続き堅調に推移しており、世界経済の成長を支える役割が期待される。

第1章第1節では、こうした世界経済の現状について概観する。

1.全体概況

(1)2010年末までの世界経済

国際金融・資本市場に動揺を与えた、2007年夏の米国サブプライム住宅ローン問題(住宅ローンの延滞)の表面化、さらに、2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻(いわゆるリーマン・ショック)を契機に「100年に一度」と言われたほどの景気後退に陥った世界経済は、アジア新興国を中心に下げ止まりの動きが広がり始め、2009年春頃には世界全体の景気は底打ちした。その後、各国の財政刺激策の効果、急速な在庫積上げの動きによる生産活動の活発化等を背景に、回復ペースが強まった。

しかし、2009年10月、従来のギリシャの財政赤字の公表値が過小だったことが判明、ギリシャの国債に対する信用不安が高まり、ユーロ圏を中心に金融市場は大きく動揺した。2010年4月23日、ギリシャ政府がIMF及びEU等に対して金融支援を正式に要請し、5月にはIMFとユーロ圏による支援の枠組みができたものの、アイルランド、ポルトガル等の財政状況にも懸念が拡大し、欧米を中心に市場のマインドを下押しした。

このように、2010年半ば以降、世界経済は回復基調を維持しながらも、それまでの勢いをやや失った。こうした中、中国をはじめとする新興国は、比較的高い成長率を維持し、経済規模等の面において、その存在感が一層高まった1

1 通商白書、2011年

(2)2011年に入って以降の世界経済

2011年に入り、世界経済の回復に陰りが見え始めた。特に後半は、先進国、新興国の双方の成長速度が鈍化すると共に、財政、金融の安定性への懸念が増した。2011年6月以降、ユーロ圏では、当事国の意見対立によりギリシャのデフォルト懸念が収束せず、市場の懸念はイタリアやスペインにまで拡大した。また、米国では、連邦政府の債務上限引上げを巡る政治的対立により、一時的なデフォルトの可能性が生じた。実際には妥協の成立により回避したものの、8月5日には、大手格付会社の1つが米国債の格付を史上初めてトリプルAからダブルA+へと引き下げた。このような米国の財政懸念とユーロ圏債務危機の深刻化を反映し、2011年夏から秋には世界同時株安、国債価格の下落、為替市場の変動など、世界的な金融市場の混乱が生じた。2011年8月以降、国際機関やアナリストによる世界経済の見通しは下方修正が相次いだ。

さらに、新興国においても、2011年前半までの物価上昇に対する金融引締めに加えて、欧州債務危機の影響による金融市場の混乱並びに欧州向け輸出の減少等が背景となり、減速傾向が目立ってきた。その一方で、2011年第2四半期の時点において、新興国のGDP成長率(前期比年率、6.3%)は、先進国(同0.8%)を大幅に上回り、今後も堅調な経済成長を維持することが見込まれる(第1-1-1-1図)。新興国では物価の落ち着きが戻りつつあり、2012年に入って金融緩和による経済成長の下支えへと軸足を移す流れが強まっている。引き続き、世界経済の牽引役としての役割が期待されている。

第1-1-1-1 図 世界実質GDP 成長率の推移
第1-1-1-1 図 世界実質GDP 成長率の推移

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なお、IMFは2012年4月2、米国経済の改善、欧州債務危機のある程度の安定化を主な理由に「世界経済の見通しは再び次第に力強さを増している」と指摘、2012年の世界経済見通しを同年1月時点のものから0.2%引き上げ、3.5%とした。また、先進国、新興国についても0.2%引き上げ、各々1.4%、5.7%とした。大部分の国・地域で見通しが上方修正され、プラス成長が見込まれる中、スペインとインドは下方修正され、ユーロ圏全体とイタリア、スペインはマイナス成長の見通しとなっている(第1-1-1-2表)。IMFは、「主要な先進国・地域は緩慢ながら再び回復、新興国も比較的堅調な成長が続く」ものの、「改善の足取りは極めて脆弱」とし、欧州債務危機の一層の悪化、原油価格の急騰等の下ぶれリスクは引き続き高い、と指摘している。

2 IMF(2012a)


第1-1-1-2 表 世界経済の見通し(実質)
第1-1-1-2 表 世界経済の見通し(実質)

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(3)主要国の経済概況

1. 欧州

2010年5月に、IMF及びEU等がギリシャに対する金融支援に合意した後も、金融市場では、南欧等諸国3の財政に対する懸念が高まり、2010年末にはアイルランド、2011年4月にはポルトガルへと金融支援の対象は拡大した。2011年6月半ば以降、ギリシャ問題が再燃するが、ユーロ圏当事国の調整が難航し4、欧州問題の深刻化に対する懸念は世界の金融市場に広がった。2011年8月の世界同時株安、同年秋口の新興国からの資金流出など、当初は、ユーロ圏の一部の国の財政に対するものだった市場の不安は、世界の金融システムの安定性に対する懸念へと拡大していった。

こうした事態が金融機関の融資縮小や新興国からの大量の資金流出を招きかねないとの不安が広がると共に、ユーロ圏各国の輸入減少によって、輸出国側の実体経済にもマイナスの影響を及ぼした。

欧州中央銀行(ECB)は、2011年12月と2012年2月に無制限の資金供給を実施、また、2012年3月にはギリシャ追加支援の実施に合意し、同国国債のデフォルトが回避された。こうした取組により、2012年に入ってから欧州経済に対する市場の不安はいったん後退したが、当面の景気は依然として厳しく、財政懸念は払拭されていない。例えば、南欧等諸国向けの与信残高は、2011年9月末時点で、フランス、ドイツの金融機関を中心として高い水準にある(第1-1-1-3図)。今後、欧州債務危機が再燃した場合には、金融市場の動揺を通じて世界経済を下振れさせる可能性がある。

3 ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン

4 2011年8月、フィンランドがギリシャへの新たな緊急融資に対して担保を要請。他の国も一部追随。融資手続きが遅れ、市場ではギリシャのデフォルト危機が再燃(欧州問題の深刻化)。


第1-1-1-3図 主要国の南欧重債務国向けエクスポージャー
第1-1-1-3図 主要国の南欧重債務国向けエクスポージャー

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なお、同図が示すように、日本の金融機関の南欧等諸国向け与信残高は830億ドル程度と、フランス(6,200億ドル)、ドイツ(4,600億ドル)等に比してはるかに小規模であり、直接的な影響は限定的と考えられる。ただし、実体経済における外需低迷、更には世界的な信用収縮が広がった場合、我が国経済への大きな打撃が生じかねない。

欧州債務問題は2012年も引き続き、世界経済の大きな懸案事項である(第1章第2節参照)。

2. 米国

2011年、米国の景気回復に向けた足取りは緩やかなものとなった。2010年夏以降の原油価格の急騰が企業並びに消費者のマインドを萎縮させ、需要低迷が続いた。一方、2011年5月、米国では連邦債務が14兆3,000億ドルの法定上限に達し、デフォルト(債務不履行)の危機に直面、その回避に必要な債務上限の引上げを巡り、合意期限の同年8月2日直前まで政治的対立が続いた。その間、市場では、万が一、米国が実際にデフォルトに陥り、再びリセッション(景気後退)入りした場合、各国の経済や市場に大きな影響を及ぼすとの懸念が高まった。結果的に、妥協の成立によってデフォルトは回避されたものの、その間の政治的混乱は米国の財政の先行きに対する不透明感を深めた。同年8月5日には、米大手格付会社の1つが、「オバマ政権と米議会が合意した財政健全化策は、米財政の中期的な安定に必要とされる内容としては不十分」とし、米国債の長期信用格付を最高水準の「トリプルA」から「ダブルA+」に1段階引き下げ、米国の財政の持続性に対する懸念を投げかけた。一方、7月末に公表された米国GDPの改定値において、2011年第1四半期のGDPが大幅に引き下げられ(前期比年率1.9%→0.4%へ)、第2四半期は市場予測を下回る1.3%にとどまった結果(第1-1-1-4図)、2011年上期、既に米国経済が、2008年金融危機前のGDPを下回って失速状態にあったことが明らかになった。

第1-1-1-4図 米国GDP(前期比年率)
第1-1-1-4図 米国GDP(前期比年率)

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こうした一連の状況は、労働市場の回復の遅れ、住宅市場の長期低迷等による米景気の先行き不安を更に高めることとなった。

その後、2011年第4四半期から米国経済は持ち直しの兆しが見え始めた。背景として、我が国の震災に伴う供給制約が解消される中、自動車を中心に生産が持ち直したこと、雇用回復に向けた兆しが見受けられること、個人消費が底堅く推移したこと、また、米国の輸出が回復傾向を取り戻したこと等が寄与した。2012年に入ってからも輸出は増加し、製造業・非製造業共に企業マインドが改善傾向にあるなど、米国経済は緩やかな回復基調を維持している。一方、雇用情勢については、2012年4月の雇用者数の増加が予想を下回るなどいまだ不安定であり、IMFは、2012-13年を通じて、雇用者数の増加見通しはごく緩やかにとどまると指摘している。住宅価格も低迷状態から脱していない。また、2011年秋以降、世界的な景気回復期待の高まりやイラン情勢の緊迫化を背景に原油価格が上昇、ガソリン価格も上昇傾向にあり、購買力の低下と消費者マインドの悪化が個人消費を下押しする懸念がある。さらに、2011年8月2日に合意に至った米連邦債務の上限引上げについて、条件とされた財政赤字削減策について、最終期限の2011年11月23日までに合意に至らなかった。今後は、国防費を中心に強制的に歳出削減が実施されることとなる。併せて、ブッシュ政権時代の減税措置の失効(2012年末)、社会保障税減税及び失業保険給付期間拡大の失効(2012年末)等の財政問題も控えており、この先、米国経済の回復傾向が腰折れしかねないとして懸念視されている。

このように、米国経済は緩やかな回復基調を維持しつつも、下ぶれリスクが依然として残る(第1章第3節参照)。


3. 中国はじめ新興国〜減速傾向を示すものの、堅調な成長が見込まれる〜

新興国では、2009年後半以降の力強い回復に加え、先進国の金融緩和に伴う大量の資金流入を受けて景気が過熱に向かった。また、資源・食料価格の世界的な高騰もあり、インフレの進行に対する懸念が拡大した。このため、2010年中盤以降、新興国では政策金利や預金準備率の引上げ等が強化された(第1-1-1-5表)。こうした「金融引締め」への政策転換が奏功し、2011年後半には新興国のインフレ懸念は沈静化に向かった。

他方、継続的な金融引締め策の実施等により、2011年後半は、ブラジル、インド、ロシア、南アフリカ、トルコ等、一部の新興国において、経済成長の減速傾向が表れ始めた。さらに、欧州債務危機の影響は新興国にも及んだ。金融面では、欧州の民間金融機関によるアジア新興国からの資金引揚げ5が発生、長期化すれば新興国の高成長を支えてきた外国からの資金流入が縮小し、企業活動や個人消費を抑制しかねない、と懸念された。また、貿易面では、新興国の主要輸出先であるEUの輸入減少により、新興国の輸出は伸び悩んだ(「3.リーマン・ショックから続く世界貿易の低迷と回復」参照)。このように、世界経済の回復を牽引してきた新興国においても、2011年は、金融引締めや欧州債務危機の影響によって経済成長に陰りが生じた。

一方、2011年後半からのインフレ沈静化を受けて、2012年に入ると、新興国の間では、政策の軸足を金融引締めによる物価抑制から、金融緩和による景気下支えへと移行させる動きが続いている。また、IMF、OECD等の国際機関は、新興国は引き続き堅調な経済成長を維持する、との見通しを示している。仮に、更なる危機が発生した場合も、新興国は先進国に比較して金融・財政の両面から政策余地は大きいとの見方が多い。IMFによれば、新興国経済の世界経済に占める割合は、2010年が34.3%、2011年が35.3%となり、2015年には38.8%に拡大することが見込まれており、引き続き、世界経済の成長を支える役割が期待されている(第1-1-1-6図)。

5 主な背景として、@欧州銀行が、債務問題の深刻化による信用収縮に備えて手元のドル資金を厚くするため、アジア新興国の企業への融資の引揚げや株・債券の売却を行なったこと、A投資家のリスク回避姿勢が強まったこと等が指摘されている。


第1-1-1-5表 主要新興国の政策金利の推移
第1-1-1-5表 主要新興国の政策金利の推移

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第1-1-1-6図 世界の名目GDPの推移
第1-1-1-6図 世界の名目GDPの推移

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