第1章 世界経済の動向

第2節 債務危機により混迷を深めた欧州経済

欧州経済は2008年の世界経済危機による落ち込みから緩やかに回復してきていたが、欧州債務危機の顕在化による景況感の急落、財政健全化に向けた各国政府の財政引締め等から需要が減退し、景気の失速傾向が鮮明になっている。一方で、ドイツでは一部の経済指標に既に持ち直しの兆しが出てきているなど他の主要国と比して景気が底堅く推移している。本節では、足もとで二極化が進む欧州経済の現状を概観し、その背景を考察するとともに、混迷度を深めた欧州債務危機の動向と欧州経済が抱える今後の課題について整理する。

1.概況(景気が失速する欧州経済)

まず、以下では欧州債務危機に揺れるユーロ圏主要国を中心に、足もとの経済動向を確認する。

(1)GDP

2011年第4四半期のユーロ圏の実質GDP成長率は季節調整済み前期比−0.3%と2009年第2四半期以来10四半期ぶりに前期比でマイナスに転じた。需要項目別の内訳を見ると、内需は個人消費(同−0.4%)、政府消費(同−0.2%)、設備投資(同−0.7%)のいずれも前期比減となり、ユーロ圏の内需の減退が深刻であることがわかる(第1-2-1-1図)。唯一成長を下支えした格好となった純輸出も、輸入が同−1.2%と大きく減少した一方で輸出の減少幅が同−0.4%と軽微にとどまった結果としてプラスに寄与したにすぎず、ユーロ圏の成長を牽引する要因が不在であることが鮮明になっている。2011年通年の実質GDP成長率も、第一四半期までの回復に支えられマイナス成長は回避できたものの、前年比+1.5%と2010年の同+1.9%から減速した。

第1-2-1-1図 ユーロ圏の実質GDP成長率の推移
第1-2-1-1図 ユーロ圏の実質GDP成長率の推移

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主要国別では、ベルギー、イタリア、オランダが「景気後退局面」とされる2四半期連続の前期比マイナスとなったほか、ポルトガルが2010年第4四半期以来5四半期連続の前期比マイナスとなるなど多くの国で停滞している24。一方で個人消費を中心に内需が比較的堅調なフランスは主要国中唯一プラス成長を維持(同+0.2%)した。主要国の2008年第1四半期の実質GDPを100として指数化した数値の推移をみると、フランスはドイツと並んでユーロ圏全体の水準を上回っている(第1-2-1-2図)。2009年第1四半期以来11四半期ぶりに前期比マイナスとなったドイツ(同−0.2%)も、同図ではフランスを上回り主要国で唯一100を超える高水準で推移しており、他の主要国との差が鮮明になりつつある。なお、ドイツは2011年通年の実質GDP成長率も3.0%とユーロ圏の1.5%を大きく上回っている。

24 なお、ギリシャの四半期毎の実質GDP成長率については、2011年第2四半期以降の季節調整後の数値が公表されていない。


第1-2-1-2図 ユーロ圏主要国と英国の実質GDPの推移
第1-2-1-2図 ユーロ圏主要国と英国の実質GDPの推移

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(2)生産

ユーロ圏の鉱工業生産は、2009年前半を底として緩やかな回復を続けてきていたが、2011年に入りギリシャの債務再編が市場で取りざたされるなど欧州債務危機が深刻化し、企業の景況感の悪化や設備投資意欲の低下を招いたことから回復のペースが停滞し、2011年の前年比伸び率は+3.5%と2010年の同+7.4%から大幅に鈍化した。2011年末から欧州中央銀行が実施した銀行への3年物資金供給オペやEU・ユーロ圏レベルで財政規律強化及び危機対応枠組みの整備・強化などの政策措置が執られたこと(本節3.参照)により市場の緊張がやや緩和したため、足もとの生産活動は再び緩やかな回復に転じているものの、水準としては依然として世界経済危機以前のピーク時をおよそ11%下回っている。

国別に見ると、中国など新興国向けの輸出が好調なドイツは、世界景気の減速感の高まりを受けて足もとでは伸びが停滞しているものの、世界経済危機以前のピーク時に近い水準まで回復している。大手外資系企業が複数立地し、医薬品や有機化学品などの輸出が好調25なアイルランドも堅調である。

一方で、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリア等南欧諸国は世界経済危機以降の落ち込みからの回復ペースが鈍く、特にスペインは金融危機直後の底の値とほぼ同水準で低迷しているほか、ギリシャは金融危機以降生産活動の低下が続いている(第1-2-1-3図)。

25 アイルランドの2011年の輸出は総輸出の5割超を占める医薬品と有機化学品がそれぞれ前年比+15.8%、+10.8%と好調であったことから、同+8.9%と堅調な伸びを示している。


第1-2-1-3図 ユーロ圏主要国と英国の鉱工業生産指数の推移
第1-2-1-3図 ユーロ圏主要国と英国の鉱工業生産指数の推移

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(3)貿易

ユーロ圏の輸出(対域外)は、中国等の新興国の需要が堅調であること、また2011年に入りユーロ安の進行により輸出競争力が高まったこと等から伸びが加速し、世界経済危機以前のピーク時を大きく上回る水準で推移している。一方で景気の低迷や重債務国を中心に主要国で緊縮策が実施されていること等による内需の減退を受け、輸入の伸びは輸出の伸びと比して緩やかであることから、足もとの貿易収支は黒字で推移している(第1-2-1-4図)。

第1-2-1-4図 ユーロ圏の対域外貿易収支の推移
第1-2-1-4図 ユーロ圏の対域外貿易収支の推移

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貿易の推移を国別に見ると(第1-2-1-5図)、ドイツは自動車等の輸送機器や資本財の輸出に支えられ、高水準を維持しているが、ドイツに比して輸出競争力の低下が指摘されるフランスやイタリア(本節2.参照)の回復は遅れている。なお、ギリシャでは2010年後半からの輸出が著しく伸びている。世界的な資源需要の高まりを背景として同国の総輸出のおよそ30%を占める石油製品や同15%を占めるアルミニウム、鉄鋼、銅製品の輸出が足もとで急増している26ことが寄与しているが、これらの産業の国内生産誘発効果は限定的であり、国内需要の急速な減退から縮小が続く国内の生産活動を好転させる材料にはなりにくい。

26 2011年1-11月のギリシャの石油製品(HSコード27類)の輸出は前年同期比337%と急増している。


第1-2-1-5図 ユーロ圏主要国と英国の輸出の推移
第1-2-1-5図 ユーロ圏主要国と英国の輸出の推移

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世界経済危機以前の水準に概ね回復している輸出と比較し、輸入(第1-2-1-6図)の回復のペースは遅く、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルなどの南欧諸国では減少傾向が継続している。一方でドイツは国内需要が比較的堅調であることに加え、輸送機器など輸出が好調な分野で中東欧等の近隣諸国と生産ネットワークを構築していることから、輸出の増加に連動して輸入も高水準で推移している。

第1-2-1-6図 ユーロ圏主要国と英国の輸入の推移
第1-2-1-6図 ユーロ圏主要国と英国の輸入の推移

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(4)設備投資

堅調な生産活動を反映し、ドイツの設備投資は世界経済危機以前のピーク時に迫る水準にまで回復している。フランスも、ドイツに比して緩やかではあるが回復基調にある。一方でアイルランド、ギリシャ、ポルトガル、スペインでは金融危機以降も、低下が続いている(第1-2-1-7図)。アイルランドやスペインでは2000年代の住宅・不動産バブルを通じて企業の債務残高が膨張し(本節3.参照)、2010年時点でもGDP比27でそれぞれ190%、140%程度と高止まりしていることから(第1-2-1-8図)、強いバランスシート調整圧力が企業の投資意欲を損なっているものとみられる。

ユーロ圏全体でみると設備投資は世界経済危機を受けて大きく落ち込んで以降、およそ3年もの間、ほぼ同水準での足踏み状態が続いている。

27 本節で「GDP比」は名目GDP比を指すものとする。


第1-2-1-7図 ユーロ圏主要国と英国の設備投資の推移
第1-2-1-7 図ユーロ圏主要国と英国の設備投資の推移

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第1-2-1-8図 ユーロ圏主要国の企業負債残高の推移
第1-2-1-8図 ユーロ圏主要国の企業負債残高の推移

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(5)景況感

ユーロ圏の景況感指数は、欧州債務危機の深刻化に伴って2011年後半に急落した。2012年に入り続落は食い止められているものの、足もとで足踏み状態が続いている。

国別の動きをみると、2009年10月にギリシャの財政統計の粉飾が表面化し、欧州債務危機が顕在化したことを機に、それまで連動性が高かった主要国の景況感も、国ごとのばらつきが目立ってきている(第1-2-1-9図)。特にEUとIMFの支援プログラムの下で厳しい財政再建を求められている(本節3.参照)ギリシャとポルトガルの落ち込みは顕著である。モンティ政権のもとで財政再建や労働市場改革が進められている(本節3.参照)イタリアの低下も目立っている。一方、ドイツは欧州債務危機が深刻化した2011年後半に大きく落ち込み、足もとで伸び悩んでいるものの、ユーロ圏主要国の中では唯一、長期平均を上回る水準で推移している。

第1-2-1-9図 ユーロ圏主要国と英国の景況感の推移
第1-2-1-9図 ユーロ圏主要国と英国の景況感の推移

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(6)雇用

ユーロ圏の失業率は2012年2月時点で10.8%とユーロ導入以来最悪の水準を更新した(第1-2-1-10図)。とりわけスペインとギリシャの失業率は2011年に入り急速に上昇しており、2012年に入っても雇用情勢の悪化に歯止めがかからない状況が続いている。両国では若年層の失業も深刻であり、25歳未満の若年失業率はスペインが同月時点で50.5%、ギリシャが2011年12月時点で50.4%と若者の2人に1人以上が失業している計算となる(第1-2-1-11図)。スペインの失業率が群を抜く高い水準となっている要因としては、硬直的な労働慣行から雇用コストが高止まったことから企業が非正規雇用(有期雇用)の比率を高め28、その結果、景気の悪化に伴い非正規雇用者の失業が増加していること、また2000年代の好況を牽引した建設産業が住宅バブル崩壊と緊縮財政に伴う公共工事の減少で大幅に縮小している29ことが挙げられる。欧州債務危機が深刻化する中、スペイン政府はさらなる財政引締めを余儀なくされており、公共事業による雇用吸収には期待できない。(2)のとおり生産活動も停滞しており、当面、雇用環境が改善する見通しは立っていない。ポルトガルやイタリアなどでも失業率は上昇傾向にあり、いずれも財政再建に向けた厳しい財政引締めがさらなる雇用環境の悪化につながっているものとみられる。

28 欧州統計局によると、スペインの15〜64歳の総雇用者数に占める有期雇用者のシェアは2011年第2四半期時点で21.4%と、ユーロ圏全体の13.4%と比して高い水準となっている。

29 欧州統計局によると、2011年第3四半期時点のスペインの建設業雇用者数は137万人と、世界経済危機以前の2008年第一四半期(266万人)からほぼ半減している。


第1-2-1-10図 ユーロ圏主要国と英国の失業率の推移
第1-2-1-10図 ユーロ圏主要国と英国の失業率の推移

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第1-2-1-11図 ユーロ圏主要国と英国の若年失業率(25歳未満)の推移
第1-2-1-11図 ユーロ圏主要国と英国の若年失業率(25歳未満)の推移

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一方、製造業を中心に生産活動が好調なドイツの雇用環境は、2011年に入り他の主要国の失業率が上昇基調に転じる中でも唯一改善が続いており、1990年の東西ドイツ統一以来の最低水準で推移している。

(7)個人消費

ユーロ圏の小売数量指数は2009年末の欧州債務危機の顕在化をきっかけとして回復のペースが停滞し、債務問題が深刻化した2011年以降は低下が続いた。特にギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリア等では低下基調が鮮明となっている。一方、フランス、英国では2008年の世界経済危機発生以前の水準を上回って堅調な伸びを示しているほか、ドイツも2009年の前半を底として緩やかな回復基調が継続している(第1-2-1-12図)。

第1-2-1-12図 ユーロ圏主要国と英国の小売数量指数の推移
第1-2-1-12図 ユーロ圏主要国と英国の小売数量指数の推移

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各国の自動車販売動向を確認すると、ドイツは2011年の新車登録台数が前年比8.8%増の317万台と主要国の中ではアイルランド(同1.6%増の9万台)とともに唯一の前年比プラスを記録した。フランス、英国も前年からほぼ横ばいとなったが、他方でギリシャ、スペインの落ち込みは激しく、両国はそれぞれ世界経済危機発生以前の2007年から65%、50%減少している(第1-2-1-13図)。

第1-2-1-13図 ユーロ圏主要国と英国の新車登録台数の推移
第1-2-1-13図 ユーロ圏主要国と英国の新車登録台数の推移

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個人消費動向に国ごとのばらつきが見られる背景としては、家計の債務残高に国ごとに大きな開きがある点が挙げられる。消費が比較的堅調な国では家計の債務残高が実質可処分所得比で90%以下にとどまっている一方で、アイルランドでは同200%超、ポルトガル、スペインでは同130%程度と、同様に住宅バブルの崩壊により多額の負債を抱える米国の家計30をもしのぐ水準で高止まりしており、強いバランスシート調整圧力にさらされていることが分かる(第1-2-1-14図)。

30 米国連邦準備制度理事会(FRB)がとりまとめた2011年末時点の米国の家計負債残高は、GDP比で118.7%となっている。


第1-2-1-14図 ユーロ圏主要国の家計負債残高の推移
第1-2-1-14図 ユーロ圏主要国の家計負債残高の推移

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(8)物価

消費者物価(第1-2-1-15図)は2009年を底として上昇基調にあり、ユーロ圏の消費者物価上昇率は2011年の秋以降、一時前年比3%と欧州中央銀行の目標水準である2%を大きく上回った。その後、2011年前半のコモディティ価格上昇の反動や、欧州債務危機の深刻化に伴う需要減などから、2011年末以降、インフレ圧力は抑制されている。国別でも、インフレ圧力は総じて抑制されているが、英国、イタリア、ポルトガルは消費者物価上昇率が3.5%前後と他の主要国に比して高めの水準となっている。

第1-2-1-15図 ユーロ圏主要国と英国の消費者物価上昇率の推移
第1-2-1-15図 ユーロ圏主要国と英国の消費者物価上昇率の推移

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(9)各種機関の経済見通し

欧州委員会が2012年2月に発表した中間経済見通し31によると、ユーロ圏経済は2011年第4四半期から2012年第1四半期にかけて景気後退局面入りした後、2012年後半からは外需の伸びに支えられて回復に転じる見込みである。外需の伸びに加え、コモディティ価格の低下による実質所得の増加やECBの金融緩和による金利の低下などが内需を下支えすることも期待されている。一方で、欧州債務危機の深刻化に伴う銀行融資の停滞や各国の財政引締め、さらには民間部門のバランスシート調整が依然継続していることなどが成長抑制要因となり、回復のペースはごく緩やかなものになるとみられる。通年でみると、欧州委員会とIMFはユーロ圏の2012年の実質GDP成長率について前年比−0.3%とマイナス成長を予測している。2013年はIMFとOECDによるとそれぞれ0.9%、1.4%に回復する見通しである(第1-2-1-16表)。

31 欧州委員会では1年に1回、毎年春と秋に詳細な経済見通しを公表しているほか、当該見通しが公表されるまでのそれぞれの間に「中間経済見通し(Interim Forecast)」として簡略化された見通しを公表している。


第1-2-1-16表 各種機関のユーロ圏主要国と英国の経済見通し
第1-2-1-16表 各種機関のユーロ圏主要国と英国の経済見通し

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ただしこれらの回復シナリオは欧州債務危機が現状以上に悪化しないことを前提にしており、仮に市場の懸念がイタリアやスペインに波及するなど問題がさらに深刻化した場合には景気回復のペースがさらに鈍化するおそれがある。また国別にみると、2012年もプラス成長が見込まれるなど堅調なフランス、ドイツ、英国と、IMFの見通しで2012年、2013年と2年連続でのマイナス成長が予測されるイタリアなど重債務国との間に、景気回復のペースに大きな開きがある点にも留意する必要がある。

以上のとおり主要国の経済動向を概観すると、生産、輸出、雇用、消費など多くの面でドイツの底堅さが際だっており、指標により一部例外はあるものの総じて停滞基調にある他の主要国との間で格差が目立ちつつある。このようにユーロ圏域内で足もとの景気に二極化の兆しがでてきている背景には何があるのだろうか。以下では主にユーロ圏を構成する4大国32であるフランス、ドイツ、イタリア、スペインの年次データを用いて中・長期的な観点から検証する。

32 欧州統計局によると、2010年のユーロ圏の名目GDPに占めるフランス、ドイツ、イタリア、スペインのシェアは77%、2008年のユーロ圏の総人口に占める同4か国のシェアは76%と、経済規模でも人口の規模でも同4か国はユーロ圏の太宗を占めている。





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