第1章 世界経済の動向

第2節 債務危機により混迷を深めた欧州経済

2.ユーロ圏域内で広がる経済格差の背景

(1)産業構造の概観

まずフランス、ドイツ、イタリア、スペイン(以下「4か国」)の国際競争力を検証する前提として、現在の産業構造の姿を概観する。第1-2-2-1図は欧州統計局がとりまとめているEU加盟国の国民経済計算に係る数値を基に、4か国の主要産業別にX軸に雇用者数の全体に占めるシェア、Y軸に雇用者一人あたり付加価値を置いて図表化したものである。

第1-2-2-1図 ユーロ圏主要4か国の主要産業別一人当たり付加価値と雇用者数
第1-2-2-1図 ユーロ圏主要4か国の主要産業別一人当たり付加価値と雇用者数

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ドイツでは製造業の面積が総じて他の3か国より大きく、経済全体の付加価値に占める製造業の割合の大きさが見て取れる。

フランス、スペインはドイツと比較してサービス業の面積が大きい。特にフランスでは、不動産業の雇用者の割合が大きく、一人あたり付加価値も突出して高いことが特徴である。フランスのサービス業33はドイツと比較し、総じて一人あたり付加価値が高いが、製造業の付加価値額もドイツに匹敵する高さであり、総合的に産業の生産性が高いことがわかる。スペインは建設業及びホテル・レストラン業のインパクトが大きいこと、金融業の一人あたり付加価値が他の3か国と比して著しく高いことが特徴である。

イタリアは製造業の雇用者の割合はドイツと同程度に大きい一方、一人あたり付加価値はスペインと同様にドイツ、フランスより低い。サービス業の一人あたり付加価値もドイツより総じて高いがフランスと比較すると見劣りしているなど、経済を牽引する突出した産業は見い出しにくい。

33 第1-2-2-1図において、「サービス業」は、「卸売・小売業」から右方向へ「その他サービス業」までを指し、「製造業」は「食品製造業」から右方向へ「その他製造業」までを指す。


(2)主要な競争力指標

次に4か国の国際競争力の経年変化を各種競争力指標に基づいて確認する。

4か国のコスト競争力を比較するため、GDPを1単位生産するに当たりどれだけ人件費がかかるのかを示す指標である単位当たり労働コストの推移をみると(第1-2-2-2図34)、2000年以降各国で2〜4割上昇しているのに対し、ドイツでは上昇が抑制されていることがわかる。この労働コストの上昇抑制は、国際的に見てもドイツの歴史に照らしても特筆に値する35。ドイツでは1990年の東西統一以来慢性的な景気低迷と10%を超える高い失業率に悩まされてきた。失業問題の背景には、厳しい解雇規制や賃金の硬直性、手厚い雇用保険や失業給付が企業にとっては高負担となり、失業者の就業インセンティブを低下させている点があった36。1998年に発足したシュレーダー政権は、2002年の再選後に労働市場改革を加速させ、失業手当の給付期間の短縮(従来の32ヶ月を55歳以下は12ヶ月、55歳超は18ヶ月に短縮)、期限付雇用の部分的導入、民間の職業紹介事業の認可など労働市場の弾力化に向けた改革を相次いで実施した37。また産業界もグローバリゼーションの進展や1999年からのユーロ導入38による国際競争の激化を念頭に置き、経済状況に応じて一定の幅で労働時間の延長・短縮を認める「労働時間回廊(コリドール)モデル」や労働協約上の所定労働時間を可変的に配分することができる「労働時間口座制度」の導入などにより雇用の柔軟化を進めてきた39。その後、ドイツでは特に製造業を中心として労働コストは抑制され(前掲第1-2-2-2図)、輸出競争力が高まっていった40。消費者物価の上昇率でも、2000年から世界経済危機の発生に伴う景気後退により主要国間の物価上昇率格差が縮小する直前の2007年までの平均を4か国で比較すると、ドイツは1.6%と最も上昇が抑制されている。

34 本図及び第1-2-2-5図、第1-2-2-17図、第1-2-2-19図は本節3.で後述する欧州債務危機でも用いるため、ユーロ圏主要4か国に債務危機が深刻化したギリシャ、アイルランド、ポルトガルを加えた7か国の数値を図表化している。

35 OECD(2012)

36 伊藤(2003)。

37 田中他(2011)。

38 統一通貨ユーロは1999年1月から当初加盟12か国(ドイツ、フランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、オーストリア、フィンランド、アイルランド、イタリア、スペイン、ポルトガル)間の決済用通貨として非現金分野で導入され、2002年1月から現金通貨としての流通が開始された。

39 「労働時間回廊(コリドール)モデル」や「労働時間口座制度」については、独立行政法人労働政策研究・研修機構のウェブサイト(http://www.jil.go.jp/)上に詳細な情報が掲載されている。

40 2008年から2009年の世界経済危機の際に失業率の上昇が僅かにとどまったのも、労働市場改革の成果の一つとされる(OECD(2011)、OECD(2012))。


第1-2-2-2図 ユーロ圏主要国の単位当たり労働コストの推移
第1-2-2-2図 ユーロ圏主要国の単位当たり労働コストの推移

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一方でフランス、イタリア、スペインでは従前からの雇用保護制度が温存されているほか、高い最低賃金水準も維持された。単位当たり労働コストの変化率を産業別に見ると(第1-2-2-3図)、フランスでは製造業のコスト上昇は比較的抑制されているものの、建設業とサービス業のコスト上昇が全体を押し上げている。またイタリアとスペインではすべての業種で労働コストが大幅に上昇している。ドイツと同様に物価上昇率を比較すると、フランスは1.9%、イタリアは2.4%、スペインは3.2%である。

第1-2-2-3図 ユーロ圏主要4か国の産業別単位当たり労働コストの変化率
第1-2-2-3図 ユーロ圏主要4か国の産業別単位当たり労働コストの変化率

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「単位当たり労働コスト」は賃金を生産性で割って算出する指標であり、賃金が上昇しても生産性の上昇が賃金上昇を上回れば単位当たり労働コストは低下するが、フランス、イタリア、スペインの生産性の上昇率は賃金上昇率を大きく下回っている(第1-2-2-4図)ため、生産性の上昇が賃金上昇を上回っているドイツとの格差は広がる一方となった。なお、労働生産性を絶対水準で比較した場合、欧州統計局の調査によると2010年の時間当たり労働生産性はフランスが最も高く46.3ユーロ、次いでドイツの41.5ユーロ、イタリアの32.4ユーロ、スペインの30.2ユーロとなり、イタリアとスペインがフランス、ドイツに大きく後れを取っている姿が明らかとなる(第1-2-2-5図)。

第1-2-2-4図 ユーロ圏主要4か国の賃金と生産性の変化率
第1-2-2-4図 ユーロ圏主要4か国の賃金と生産性の変化率

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第1-2-2-5図 ユーロ圏主要国の時間当たり労働生産性(2010年)
第1-2-2-5図 ユーロ圏主要国の時間当たり労働生産性(2010年)

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なお、「最適通貨圏」の理論41では、共通通貨参加国の労働市場に柔軟性があれば、国境を越えた労働力の移動により自動的に域内格差が是正されることを「最適通貨圏」の要件として重視している。労働力の域内移動が米国の州間移動や究極的には日本の県間移動と同様に円滑に行われれば、賃金の上昇した国へ労働力が移動することで賃金格差拡大は抑制できるはずであった。しかし第1-2-2-6図でみられるように、ユーロ圏17か国の失業率は経済規模が小さく地理的に離れた国を中心としてばらつきが大きく、2000年代を通じてこの傾向には大きな変化は見られない42。各県の失業率の差が4%の範囲に収まっている日本の場合と対照的である。EU域内での労働者の自由移動は法的には予定されているものの43、言語の壁や国ごとに異なる社会保障制度、労働規制などから実際には域内労働移動は進まず44、各国間の労働コスト格差の拡大を抑制することはできなかったものとみられる。

41 最適通貨圏の理論とは、「経済関係の深い諸国は、為替の変動による影響を避けるために共通通貨を持つことが望ましい」とする命題を前提に、複数国が共通通貨や厳格な固定相場の下で結びつき、その構成国が為替調整機能を手放したときに、他にどのような手段でその機能を補うことができるか、またどの地理的規模が最適かを探るものである。「最適通貨圏」の主な条件としては、経済の開放性(財市場の統合度)、生産要素の移動性、経済構造の同質性などが論じられる(経済産業省(2011))。

42 ただし本図表は単年の地域分散を見たものであり、当該年の経済情勢や雇用調整助成金のような政策対応による変動要因が含まれている点には留意する必要がある。

43 EU運営条約(リスボン条約)第45条で「労働者の自由移動の確保」を規定している。

44 European Commission(2012b)。EUの調査によると、労働年齢(15-64歳)の人口のうち本国以外のEU加盟国に居住する割合は2010年時点で2.8%にとどまる。


第1-2-2-6図 ユーロ圏17か国の失業率と名目GDP構成比
第1-2-2-6図 ユーロ圏17か国の失業率と名目GDP構成比

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さらにドイツのコスト競争力向上には、EUの東方拡大(本節4(.1)参照)を念頭に低コストでの生産が可能な45中・東欧地域で自動車産業や電気・電子機器分野を中心とした生産ネットワークを構築した46点も奏功している。4か国の中東欧主要7か国との中間財貿易額(輸出と輸入の総額)の推移をみると(第1-2-2-7図)、ドイツの貿易額が2000年代初頭から急速に拡大している一方で、フランス、イタリアはドイツ同様に拡大傾向にはあるものの、総額ではドイツに大きく水をあけられている。

45 欧州統計局の2007年のデータによると、ドイツの時間当たり労働コストは27.8ユーロであるのに対し、中東欧主要7か国(ブルガリア、チェコ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニア)の平均は6.5ユーロである。

46 ユーロ圏では、汎欧州生産ネットワークとして、ドイツを中心とした西欧諸国の企業が東欧諸国に進出し、低コストの生産ネットワークを形成するようになり、大欧州経済圏として発達している(田中(2007b))。


第1-2-2-7図 ユーロ圏主要4か国の中東欧主要7か国との中間財貿易の推移
第1-2-2-7図 ユーロ圏主要4か国の中東欧主要7か国との中間財貿易の推移

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このように2000年代を通じて4か国間で生じた輸出競争力の格差は世界の輸出総額に占める4か国のシェアにも反映されている。中国などの新興国の存在感の高まりによりフランスとイタリアのシェアはそれぞれ2000年の5.1%、3.7%から2010年には3.4%、2.9%に低下しているが、ドイツのシェアはほぼ同水準を維持している(第1-2-2-8図)。

第1-2-2-8図 ユーロ圏主要4か国の財輸出が世界の財輸出に占めるシェア
第1-2-2-8図 ユーロ圏主要4か国の財輸出が世界の財輸出に占めるシェア

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(3)貿易収支・経常収支の不均衡の拡大

4か国の輸出競争力格差は、貿易収支の変化にも色濃く表れている。従前から恒常的に黒字を計上していたドイツは2008年の世界経済危機により世界の需要が急減する前の2007年まで黒字幅を急速に拡大させた一方、1990年代にはドイツと同様に恒常的に黒字を計上していたフランスが2004年から赤字に転落し、赤字幅も2007年まで拡大を続けた。イタリアの貿易黒字も2000年代に入り縮小し、近年では赤字が定着しつつある。スペインは従前から恒常的に赤字を計上していたが、2000年代に入り急速に赤字幅を拡大させている(第1-2-2-9図)。貿易収支の変化は経常収支にも反映されており、1990年代には赤字を計上していたドイツが2000年代に黒字に転じ、2007年まで黒字幅も拡大の一途をたどった一方で、フランス、イタリアは赤字に転落し、スペインの赤字は2007年まで急拡大を続けた。近年ではドイツの経常黒字とその他3か国の経常赤字が概ね均衡して推移している(第1-2-2-10図)。

第1-2-2-9図 ユーロ圏主要4か国の財貿易収支の推移
第1-2-2-9図 ユーロ圏主要4か国の財貿易収支の推移

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第1-2-2-10図 ユーロ圏主要4か国の経常収支の推移
第1-2-2-10図 ユーロ圏主要4か国の経常収支の推移

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一般的に変動相場制の下では、経常赤字が拡大すると、通貨が切り下がることで輸出競争力を改善し、経常収支の均衡を回復していくが、ユーロ参加国では為替政策及び金融政策を欧州中央銀行にゆだねており、各国が独自に為替調整を行うことができない。ユーロ導入当初は、単一通貨ユーロの導入により域内の為替変動リスクが消滅し、経常黒字国が経常赤字国の赤字をファイナンスしている間に、経常赤字国が国際競争力の強化に向けた改革を進めることでユーロ参加国間の経常収支不均衡は改善されるものと期待されていた。財政規律等の共通ルール47の導入も参加国間の経済ファンダメンタルズの収れんを後押しするものと期待されていたが、実際には経常赤字国はユーロ導入により不足資金を外国からの資金調達で容易にファイナンスできるようになった48ため、逆に構造改革へのインセンティブが薄れる結果となった。主要国間の経常収支不均衡が拡大するにつれ、ユーロ導入が期待に反して各国間の格差を助長する一因ともなっている点が鮮明になっている。ユーロ圏の経常赤字国では、通貨安による輸出競争力の改善が期待できないため、さらなる経済構造改革の推進や産業競争力の強化を通じて輸出を拡大し、赤字幅を縮小していくことが求められる。

なお、ドイツの経常黒字の急速な拡大は、上記以外にも、元々の家計の貯蓄率が高い49ことに加えて、労働市場改革の進展により賃金上昇が抑制されたこと、また企業が中東欧などでの投資を加速化させる一方で国内投資を控えたことなどから投資・消費が伸び悩み、国全体で貯蓄超過が拡大したことが挙げられる。4か国の固定資本形成の名目GDP比を2000年、2005年、2010年の3時点で比較してみると(第1-2-2-11図)、ドイツは2000年時点ではフランス、イタリアを上回りユーロ圏平均とほぼ同水準の21.4%であったが、2010年では4か国中最低の17.5%に低下している50。ドイツの投資・消費の伸び悩みによる貿易収支・経常収支黒字の増加はユーロ圏域内の貿易収支・経常収支不均衡拡大の要因の一つともされており、2010年3月に開催されたユーロ圏財務相会合では、直接国名には言及しないものの、ユーロ圏の経常黒字国は内需強化に向けた構造改革を進めるべきとのレポート51をとりまとめている。

47 単一通貨ユーロの導入にあたっては、マーストリヒト条約に基づき、@物価の安定(当該国のインフレ率が、加盟国で最も低い3か国の平均値から1.5%ポイント以上乖離しないこと、A適切な金利水準(当該国の長期国債利回りが、加盟国で最もインフレ率の低い3か国の平均値から2%ポイント以内の範囲にあること、B為替相場の安定(当該国が欧州通貨制度(EMS)の中で直近2年間、正常な変動幅を保ち、かつ平価の切り下げを行っていないこと、C健全財政(年間財政赤字額のGDP比が3%を超えず、かつ政府債務残高のGDP比が60%以内であること)、の4つの基準を満たすことが条件とされた(経済産業省(2011))。

48 ユーロ導入により為替リスクなしでの投資が可能となったことなどから、主にドイツ等の中核国の金融機関がギリシャ等の周辺国(いずれも経常赤字国)への与信を拡大させた。詳細は本節3(.1)参照。

49 欧州委員会の調査によると、ドイツの家計貯蓄率は2000年から2010年の平均で16.3%とユーロ圏の平均14.1%を大きく上回っている。なおフランス、イタリアは同15.1%、スペインは同12.1%となっている。

50 ただし、固定資本形成(名目値)の総額の前年比伸び率には2000年代後半から改善がみられ、2010年は同+5.9%と2005年の同0.7%から大きく上昇している。

51 European Commission(2010)。


第1-2-2-11図 ユーロ圏主要4か国の固定資本形成のGDP比
第1-2-2-11図 ユーロ圏主要4か国の固定資本形成のGDP比

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(4)貿易収支の国別、品目別分解

次に主要4か国の国際競争力の変容について、貿易構造の面から検証してみたい。検証の前提として、2011年時点での4か国の輸出品目と輸出相手国を確認する。主要な輸出品目をみると(第1-2-2-12表)、ドイツは機械類、自動車、電気機器の3品目で輸出の半分近い44.4%を占めているほか、医薬品や有機化学品などの化学品、光学機器などのシェアが高い。なお、すべての財輸出を生産工程別に5段階に分けた場合、最も技術集約度が高いと考えられる資本財のシェアが2010年時点でドイツは19.2と4か国中最も高い(フランス16.4%、イタリア16.6%、スペイン9.2%)52。フランスは機械類、自動車、電気機器の3品目のシェアが28.7%と最も低く、化学品や航空機などの工業製品から加工食品や穀類、酪農品まで多様な輸出品目構造となっている。イタリアは機械類、自動車、電気機器の3品目のシェアが33.6%とドイツに次いで高く、特に機械類のシェアが20.1%と高い一方で家具や皮革製品、履物などの輸出も盛んである。スペインは自動車のシェアが4か国中最も高いほか、加工食品や果物、野菜などの輸出も盛んである。

52 Rieti-Tid 2011データベースに基づき算出。


第1-2-2-12表 ユーロ圏主要4か国の主な輸出品目(2011年)
第1-2-2-12表 ユーロ圏主要4か国の主な輸出品目(2011年)

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主要な輸出相手国・地域では(第1-2-2-13表)、スペインのEUへの輸出依存度が69.6%と最も高い。スペインは1986年に欧州共同体(EC)に加盟した後発国であり、ECからの補助金の供与53によりインフラ整備が進んだことやドイツやフランス等他のEU主要国と比較して割安な生産コストなどから、1980年代以降他のEU主要国の企業が積極的に進出して生産ネットワークを構築したことが要因とみられる。新興国向けの輸出はモロッコやアルジェリア等近隣地域への輸出が多いほか、旧宗主国という歴史的な関係の深さから中南米地域への輸出も盛んである。イタリアはEUへの輸出依存度が4か国中最も低く、スペインと比較してアジア、中南米、中東・アフリカなど新興国への輸出を積極的に展開している。ただし最大の新興国市場である中国向けのシェアはドイツ、フランスと比較して低い。ドイツは米国と中国のシェアが4か国中最も高いほか、比較的先進国向けの輸出が多く、新興国向けの輸出はBRICsや南アフリカなど人口規模の大きい市場に特化している模様である。フランスはドイツ同様、比較的先進国向けの輸出が多いほか、新興国ではアルジェリア、モロッコ、UAEなど中東・アフリカ地域への輸出が盛んである。

53 共通農業政策にともなう農業指導保証基金(1986年加盟後受領)を手始めに、80年代のスペイン、ポルトガル加盟を受けて1987年に整備された構造基金(欧州地域開発基金や欧州社会基金)、そして東欧への拡大を視野に入れたマーストリヒト条約に沿って1994年に創設された格差是正基金。これらの基金の純受取額は1996年〜2003年の平均でGDPの1.1%に達する(楠(2011))。


第1-2-2-13表 ユーロ圏主要4か国の主な輸出相手国・地域(2011年)
第1-2-2-13表 ユーロ圏主要4か国の主な輸出相手国・地域(2011年)

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このように2011年の輸出の数値のみで比較しても、4か国の間には高度な技術・資本集約型の輸出に対する特化の度合いや、EUへの依存度、新興国市場への進出形態など大きな相違があるが、貿易収支を主要地域別・品目別に分解した経年変化を見ると、国際競争力の観点からみた4か国の特徴や変遷がより明らかとなる。

品目別に分解した貿易収支の推移を確認すると(第1-2-2-14図)、ドイツでは2000年以降、機械類・輸送機器、化学品、その他工業製品の貿易黒字が急速に増加している。2000年と2010年を比較した伸び率は、機械類・輸送機器が62%増、化学品が83%増、その他工業製品が2346%増である。その他工業製品には医療用機器、光学機器、計測機器、家具、繊維製品、履物などが含まれており、ドイツの輸出品目構成を鑑(かんが)みると医療用機器、光学機器、計測機器などの黒字が増加しているものと考えられる。

第1-2-2-14図 ユーロ圏主要4か国の品目別貿易収支の推移
第1-2-2-14図 ユーロ圏主要4か国の品目別貿易収支の推移

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これに対しフランスでは2000年代前半までは恒常的に黒字を計上していた機械類・輸送機器の黒字幅が2002年をピークとして減少に転じ、2007年からは貿易赤字に転落していることが特徴的である。化学品と食品では一定の黒字を計上し続けているものの黒字幅の増加には至らず、一方で鉱物性燃料とその他工業製品の赤字幅が2003年ごろから大幅に増加したため、全体の赤字幅も2008年まで急速に拡大している。その他工業製品にはフランスが従来得意としてきた医療用機器等の高付加価値製品や「メード・イン・フランス」としての高いブランドイメージを有する服飾品などが含まれており、当該分野での赤字幅の増加は機械類・輸送機器分野での赤字転落と併せてフランス製品の国際競争力低下の表れとみることができる。

イタリアはドイツと同様に機械類・輸送機器とその他工業製品で黒字を計上しているが、2000年と2010年を比較した機械類・輸送機器の黒字幅の伸びは44%とドイツより低く、その他工業製品の黒字幅も縮小基調にある。

スペインの状況は4国中最も深刻であり、食品等でごくわずかの黒字を計上している以外はすべての品目で赤字を計上している。さらに、品目ごとの赤字幅も2003年ごろから住宅バブルが崩壊した2008年まで総じて急拡大している54

第1-2-2-15図では、主な相手国・地域別に分解した貿易収支を示している55。ドイツは2000年代にEU域内での黒字を急速に拡大させている。一方、フランスとスペインは2000年代に対EU向けの赤字が急増し、両国の2007年のEU域内貿易赤字額は2000年と比較してそれぞれ5.8倍、3.8倍に膨れあがっている。イタリアは対ドイツでは赤字を計上しているものの、ドイツ以外のEUに対しては黒字を計上している。このように、ドイツが2000年代にEU向けの黒字を拡大させる一方で、他の3か国はドイツへの赤字を拡大させており、ドイツとドイツ以外の3か国との間の貿易不均衡が鮮明になっている。

54 品目ごとの国際競争力の指標として、当該品目の貿易収支を当該品目の輸出入合計額で割った「貿易特化係数」(競争力係数)を用いることがある。多くの品目で貿易赤字が拡大しているスペインは、同指標によれば多くの品目で国際競争力が低下しているとも捉えることができる。

55 なお、第1-2-2-14図(ユーロ圏主要4か国の品目別貿易収支の推移)では、欧州統計局がとりまとめている貿易収支のデータを用いているが、第1-2-2-15図(ユーロ圏主要4か国の相手国・地域別貿易収支)ではIMFがとりまとめている輸出のデータ(fobベース)と輸入のデータ(cifベース)の差し引きを便宜上貿易収支として用いており、当該2図の全体の収支には若干の誤差が見られる。


第1-2-2-15図 ユーロ圏主要4か国の相手国・地域別貿易収支の推移
第1-2-2-15図 ユーロ圏主要4か国の相手国・地域別貿易収支の推移

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対EU以外の収支においても、ドイツはアジア新興国を除くすべての地域で黒字を計上し、黒字幅も2008年まで拡大基調にあったが、スペインはドイツと対照的にすべての地域で赤字を計上し、赤字幅も2008年まで急速な拡大を続けている。フランスはEU以外の先進国や中南米、その他新興国で黒字を計上しているものの、EU向け及びアジア新興国向けの赤字の増加を相殺するほどの規模ではなく、全体の赤字は2008年まで増加の一途をたどっている。イタリアはドイツ以外のEU向けの黒字が2000年代に増加したものの、アジア新興国とロシア・CIS向けの赤字の増加を補うには至らず、全体の収支は赤字基調にある56

4か国間で対中貿易赤字の動向に差が見られることが示すように、ドイツの輸出競争力が総体的に高まっている一方でその他3か国の輸出競争力が低下している背景には、本節(1)で述べた労働市場改革等の実施によるコスト抑制の効果に加え、中国等新興国との競合状況の相違も一定の影響を及ぼしているものと考えられる。

Giovannetti(2011)は、顕示比較優位指数(RCA:RevealedComparativeAdvantage)57に基づき4か国の主要産業ごとの国際競争力及びその経年変化を中国との競合の観点から比較した。1999年と2009年の数値の変化をみると、イタリア、スペインは中国の指数が上昇している産業において総じて指数が低下又は横ばいの傾向があることを示している。ドイツは産業の技術レベルの高度化と、より競争力の高い分野へのシフトを進めたことが奏功して中国の輸出増加による影響が軽微であるのに対し、イタリアは技術レベルの高度化が立ち後れたため中国との競合が進み、4か国中で中国の輸出増加の影響を最も大きく受けていると指摘している。

輸出競争力の格差は、リーマン・ショック直後の輸出の回復状況からも確認することができる。世界的な景気後退により最も貿易が落ち込んだ2008年第4四半期を100とした輸出額の変化を主要品目別にみると(第1-2-2-16図)、品目ごと、また国ごとに回復状況に差がみられる。

56 なお、アジア新興国向けの赤字のうち中国向けは、2011年でフランスが88%、ドイツが82%、イタリアが81%、スペインが67%とその大半が中国向けである。

57 RCA=(((当該国の当該財の輸出/当該国の総輸出)/(世界の当該財の輸出/世界の総輸出))−1)×100)。RCA>0であれば、その財の輸出シェアは世界の平均シェアより大きいので、この輸出に関して比較優位があると考えられる。


第1-2-2-16図 ユーロ圏主要4か国の主要品目別輸出回復状況(2011年第4四半期)
第1-2-2-16図 ユーロ圏主要4か国の主要品目別輸出回復状況(2011年第4四半期)

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またドイツの輸出はすべての主要品目で改善が見られるが、フランス、イタリア、スペインでは2008年第4四半期とほぼ同水準若しくは当該水準を下回っている品目が散見される。特にイタリアでは家具や電気機械の改善がほとんど見られないことに加えて、繊維・衣類や機械類でも回復が遅れている。フランスも家具や繊維・衣類で改善が見られないほか、化学品や機械類、電気機械、光学機器などの回復でドイツに後れを取っている。

以上のとおり貿易構造からも、2000年代を通じ4か国の間ではドイツを軸とした貿易不均衡(ドイツの他の3か国向けの貿易黒字が増加する一方で他の3か国の対独貿易赤字が増加)が拡大しているのみならず、ユーロ圏域外でも中国等新興国との強い価格競争圧力にさらされて輸出市場での存在感を低下させている他の3か国に対し、ドイツは輸出品目を技術集約度の高い高付加価値な工業製品に特化することで優位を保っているなど、ドイツと他の3か国の間の競争力の格差が生じていることがわかる。ユーロ圏経済の内需が大きく落ち込み2011年第4四半期にマイナス成長に陥る(本節1(.1)参照)中、景気を下支えする要因としての外需への期待度は高まっており、外需獲得に必要な輸出競争力の格差は、そのまま景気回復に向けた足取りの違いにもつながっている。

(5)財政

2000年代を通じて生じた主要国間の産業・貿易面での国際競争力格差は、主要国間の財政状況のばらつきが生じた遠因ともなっている。ドイツでは2000年代前半には東西統一に伴う旧東独地域の復興特需による景気浮揚効果の剥落や労働市場改革等の構造改革の影響による需要の減退などから景気が低迷し、税収も落ち込んだ。さらに旧東独地域への巨額の財政移転58も財政を圧迫したため、2001年から2005年までの5年間はユーロ参加条件である「名目GDP比3%」を上回る財政赤字を計上したが、2000年代後半には構造改革が実を結んだ結果、景気が回復に向かい、財政状況も急速に改善した(第1-2-2-17図)。2005年9月に発足したメルケル政権は2007年には付加価値税率を16%から19%に、所得税の最高税率を42%から45%に引き上げる財政健全化措置を講じた59ほか、2009年には憲法を改正して2016年以降の構造的財政赤字60をGDP比0.35%以内に抑制することを義務づけている。2008年の世界経済危機の発生により、ドイツの同年の実質GDP成長率も前年比−3.5%と大きく落ち込んだが、上述の労働時間口座制度などが奏功し失業者の急増を抑制できたこと、また高い国際競争力を背景に新興国向けの輸出などを梃子(てこ)にしていち早く景気回復を遂げたことなどから極端な財政状況の悪化を免れている。

58 旧東独地域への財政移転は、インフラ建設、失業給付など様々な形態を取っているため総額の算出は困難であるが、例えば2002年のドイツ連邦政府から旧東独地域への補助金は128億ユーロ、旧西独地域から東独地域への州間の補助金は58億ユーロ、合計で186億ユーロに達している(荒井(2003))。

59 一方、ドイツの企業立地上の国際競争力を強化するため、法人税率は2008年に25%から15%に引き下げられた。

60 景気変動による影響を除去した財政赤字。


第1-2-2-17図 ユーロ圏主要国の財政収支の推移
第1-2-2-17図 ユーロ圏主要国の財政収支の推移

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ドイツとは対照的に、世界経済危機が発生した2008年を境に財政状況が急激に悪化しているのがスペインである。同国はユーロ導入以来、住宅・不動産産業の空前の活況により2000年から2007年の平均成長率は3.6%を記録し、同期間の名目GDPは167%増加した。経済成長に伴い税収も増加し、2005年から2007年には財政黒字を計上している。しかし、同国の好況は住宅・不動産産業に過度に依存したものであり、2008年の世界経済危機発生と軌を一にして住宅バブルが崩壊したことで、スペインは一転して深刻な不況に陥った。失業手当等の社会保障給付支出の増加や、大規模な公共工事を柱とするGDP比2.3%規模の景気対策を講じたことなどから、同国の財政赤字は急拡大した。2009年の財政赤字はGDP比で11.2%に達した。

フランスとイタリアも、スペインほど急激ではないものの、世界経済危機以降の景気後退による税収減と景気浮揚のための財政出動の実施61などから財政赤字が大幅に増加した。これら3か国はいずれも輸出競争力の低下から、世界経済危機を受けて落ち込んだ内需を埋め合わせるだけの外需の伸びが見込めず、生産活動の回復もドイツと比較して遅れている(本節1(.2)参照)など、財政を好転させる主たる要因を欠いている。さらにこれら3か国では欧州債務危機が顕在化した2010年以降は財政健全化に向けた市場の圧力の高まりから緊縮策の実施を余儀なくされており(第1-2-2-18表)、既にイタリアでは実質GDP成長率が2011年第3四半期からマイナス成長、スペインでも同年第4四半期にマイナス成長に陥るなど(本節1(.1)参照)、歳出抑制が足もとの景気をさらに押し下げるリスクが高まっている。このように財政状況の相違は、ドイツと他の3か国の足もとの経済情勢の相違にも影響を及ぼしているものと考えられる。

61 フランスでは2008年12月に総額265億ユーロの包括的景気刺激策の実施を決定。また2008年10月には金融機関の包括的救済策として銀行間の信用保証に3200億ユーロ、経営危機に陥った金融機関への資本注入に400億ユーロを投入することを決定した。イタリアでは2008年11月に総額800億ユーロの景気対策の実施を決定するとともに、2009年2月には銀行への120億ユーロの資金注入を決定している(ジェトロ(2009))。


第1-2-2-18表 ユーロ圏主要4か国の緊縮策
第1-2-2-18表 ユーロ圏主要4か国の緊縮策

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ただし4か国の財政赤字は残高ベースでみるといずれも2009年以降急増しており(第1-2-2-19図)、ドイツの政府債務残高もGDP比で81.2%とユーロ参加条件である「GDP比60%」を大きく上回り、フランス(同85.8%)と同水準である。ドイツ政府は2010年7月に2010年から2014年の財政計画を発表し、同期間に総額800億ユーロの歳出削減を行うとしており、他の3か国と同様に財政再建へのたゆまぬ努力を進めていく必要がある。

第1-2-2-19図 ユーロ圏主要国の政府債務残高の推移
第1-2-2-19図 ユーロ圏主要国の政府債務残高の推移

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