第3章 我が国企業の海外事業活動の展開

第1節 我が国企業の海外事業活動の現状と課題

3.海外事業活動と国内経済

ここからは、海外事業活動が国内経済に与える影響について分析する。特に、海外展開企業と非展開企業で、国内雇用、国内設備投資、国内平均給与、生産性等について比較することで、海外事業活動の影響を示す。また、これまでの考察を踏まえたインプリケーションと次節以降の考察内容をまとめることとする。

(1)国内事業と海外事業との相互関係

海外事業活動によって国内にどのような影響が生じるかについては国内事業と海外事業が相互に補完的か代替的かによって異なり、いずれの傾向が強いかは実証的な問題である(コラム10参照)。「我が国企業の海外事業戦略に関するアンケート調査」(2012)によって海外と国内の業績(売上高)の関係をみると、海外での売上高が増加している企業のうち、約5割が国内の売上高も増加しており、海外での売上高が減少している企業のうち、約6割が国内の売上高も減少している。即ち、海外売上高と国内売上高はトレードオフの関係というより、同じ方向に動く傾向が高いことが分かる(第3-1-3-1図)。この結果は、国内事業と海外事業は代替関係というよりは補完関係という見方と整合的である。

第3-1-3-1図 海外・国内の業績(売上高)推移の関係
第3-1-3-1図 海外・国内の業績(売上高)推移の関係

また、日本政策投資銀行「年度設備投資計画調査」でも、中期的な海外での供給能力の増強は国内能力の縮小をもたらすものではないとの結果が示されており、以上の結果と整合的である27

27 日本政策投資銀行「2010・2011・2012年度設備投資計画調査」(2011/7)の結果概要


(2)輸出・対外直接投資の開始後の国内雇用

「企業活動基本調査」のデータに基づき、2001年に輸出を開始した企業と非開始企業(全産業)との国内雇用の経年変化を比較したところ、2004〜05年は輸出開始企業の方が雇用の増加率が高くなっているが、2008年には輸出開始企業の方が大きく減少している。対外直接投資開始企業についても同様に見ると、トレンドとしては大きな違いが見られない。

以上からは、輸出開始企業、対外直接投資開始企業の方が国内雇用を増やしているとは必ずしも言えないが、逆に雇用を減らしているとも言えない。なお、特に輸出開始企業については、2008年前後の世界金融危機によって特に大きな影響を受けていた可能性があり、本来はその後の回復期も含めて評価する必要がある点に留意が必要である28(第3-1-3-2図)。

28 業種別の動向については第3節参照。


第3-1-3-2図 国内雇用伸び率(前年比)の推移(全産業)
第3-1-3-2図 国内雇用伸び率(前年比)の推移(全産業)

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(3)輸出・対外直接投資の開始後の国内生産性

同様に2001年に輸出を開始した企業と非開始企業との生産性を比較すると、開始企業の生産性の伸びが高く、また、直接投資の開始企業についてみても同様のことが言える(第3-1-3-3図)。

第3-1-3-3図 生産性の推移(全産業)
第3-1-3-3図 生産性の推移(全産業)

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(4)海外生産比率と国内雇用、国内設備投資及び国内平均給与の関係

次に海外生産比率によって、国内従業者数、国内設備投資及び国内平均給与の3年後の増減見通しに変化があるかを確認する。「我が国企業の海外事業戦略に関するアンケート調査」(2012)によれば、海外生産がゼロの企業よりも海外生産がある企業の方が、国内の従業者、平均給与及び設備投資が今後3年間増加傾向とする割合が高く、また、海外生産比率が低い方がその割合が高い一方で、海外生産が高まるほどこれらが今後3年間減少傾向とする企業も高くなる傾向も見られる29。また、従業者数と平均給与水準を比べると、海外生産を行う企業の方が、国内生産のみの企業よりも、国内雇用が増加すると答える割合も国内雇用が減少すると答える割合も高くなっているのに対し、平均給与の場合は海外生産を行う企業の方が国内生産のみの企業より増加を見込む割合が大きく高まるのに対して、減少を見込む企業の割合は両者でそれほど変わらないことから、海外事業展開によって国内の雇用の質や構成が変化する可能性が示唆される(前掲第3-1-2-16図、第3-1-2-17図参照。)

29 ここから、国内事業のみを手がけていた企業が新たに海外事業を始める場合と、既に海外事業を手がけている企業が更にこれを進める場合とで、海外事業展開による国内へのインプリケーションが異なる可能性が示唆されるが、正確には時系列データに基づく分析を要する。


第3-1-3-4図 海外生産比率別の国内従業者数、国内設備投資及び国内平均給与の見通し(製造業)
第3-1-3-4図 海外生産比率別の国内従業者数、国内設備投資及び国内平均給与の見通し(製造業)

(5)海外生産形態と生産性との関係

次に、海外進出形態別に生産性の状況を比較したところ、「国内事業のみ」の企業(35.2%)よりも「直接投資のみ」の企業(44.9%)の方が生産性が増加傾向である割合が高く、また、「直接投資+輸出」の企業(48.7%)、更に「直接投資+輸出+業務提携」(61.7%)の企業ほど、生産性が「増加傾向」になる割合が高まるという結果になった。様々な海外展開機能を付加していった方が生産性が「増加傾向」になることを示唆している(第3-1-3-5図)。

第3-1-3-5図 海外進出形態別の生産性の推移
第3-1-3-5図 海外進出形態別の生産性の推移

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コラム11 海外事業活動とイノベーション

海外事業活動が国内に及ぼす影響として、長期的な経済成長の観点から重要なのはイノベーションや生産性への影響である。この点について、近年企業レベルのデータに基づく実証研究が盛んに行われている。

まず、対外直接投資の国内の生産性への影響については、雇用の場合と同じく、タイプによって効果が異なる可能性がある。Matsuuraetal(2008)は、電気機械製造業について、工程間分業のための投資は国内に残った中間財部門の生産性を改善するとの結果を導いている。他方、工程間分業を伴わない生産活動の移転の場合は、こうした効果は見られないとしている。

輸出が国内の生産性向上やイノベーションを促す可能性については、海外市場からの新たな情報の獲得や事業拡大による規模の経済性等、直観的に肯定しやすい。しかし、輸出企業の方が非輸出企業よりも生産性が高いことは一般的に認められているものの、輸出によって生産性が向上するのか、生産性の高い企業が輸出を行うのかという因果関係の方向性については明らかでなかった。アルゼンチンの貿易自由化や米国・カナダ自由貿易協定の効果についての最近の研究成果によると、輸出がイノベーションの誘因となり、この2つの要素があいまって生産性向上につながったという結果が示されている(Bustos(2011),Lileeva and Trefler(2010))。

輸出や対外直接投資のみならず、輸入や対内直接投資についても、技術波及効果をもたらす経路になりうるという点で、国内の生産性向上にとって重要な意味を持ちうる。これまでの実証研究では、輸入中間財の活用による生産性向上や、輸入中間財に対する関税削減による生産性の向上や新製品の導入(イノベーション)の増加といった効果が示されている。対内直接投資についても、国内に立地する外資系企業に供給する国内企業の生産性向上、反対に国内に立地する外資系企業の国内供給先企業の生産性向上、国内に立地する外資系企業のノウハウが同一産業内の国内企業に波及することによる生産性向上やイノベーション等、やはり対内直接投資のタイプや位置づけによって異なる経路を通じた効果が示されている。これらに加えて、輸入や対内直接投資がもたらす競争の激化も、国内の生産性向上の強力なインセンティブとなりうる。

このように、海外事業活動のみならず、輸入や対内投資を含めた貿易投資活動が、多様な経路を通じて国内の生産性やイノベーションを促す効果をもたらしうることが、実証分析の蓄積によって理解されつつある。



コラム12 貿易収支と経常収支との関係

我が国は2011暦年で通関ベースでは31年ぶりの貿易赤字となった(なお、暦年の過去最大の貿易赤字は1980年)。また、2011年度では3年ぶりであるが過去最大の貿易赤字となった。仮に今後輸出の伸び悩みや輸入の拡大の継続等により貿易赤字が拡大傾向で推移した場合には、近い将来、経常収支についても赤字に転落するのではないかとの予測も民間シンクタンク等から出ている。そこで、仮に貿易収支が継続的に赤字になったとしても、所得収支黒字等によって経常収支黒字を維持させた国がかつて存在しなかったか、以下でみていきたい。

先進国を中心とする主要国16か国について、1985〜2010年の期間における貿易収支GDP比と経常収支GDP比の関係をみてみる。全プロットのうち、「貿易収支赤字かつ経常収支赤字」(米国、英国等)が全体の39%、「貿易収支黒字かつ経常収支黒字」(日本、ドイツ、中国等)が同37%、と主流派である。

一方、「貿易収支赤字かつ経常収支黒字」(ルクセンブルク、オーストリア等)は同16%に過ぎず、「貿易収支黒字かつ経常収支赤字」(カナダ等)は同8%しかなかった(コラム第12-1図)。

コラム第12-1図 貿易収支対GDP比と経常収支対GDP比の推移
コラム第12-1図 貿易収支対GDP比と経常収支対GDP比の推移

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次に、1985年以降で「貿易収支赤字かつ経常収支黒字」であった国は、スイス、ルクセンブルク、オーストリア、フランス、英国、スペイン、シンガポール等が存在する。しかしながら、そのうち、その後も経常収支黒字を2010年においても維持している国は、ルクセンブルク、オーストリア、スイス、シンガポールのみである。ルクセンブルクやオーストリアは金融サービスの黒字によって貿易赤字を補っている(なお、国ではないが、香港も同様のケースに該当する)。また、スイスはこの間に貿易赤字から貿易黒字に完全に転換し、所得収支やサービス収支も黒字を維持したため、経常収支黒字GDP比は拡大基調で推移しているし、シンガポールもかつて貿易サービスの赤字国であったが、その後貿易サービス収支黒字に転換し、所得収支赤字を埋め合わせている(コラム第12-2図)。

コラム第12-2図 「貿易収支赤字かつ経常収支黒字」のケース
第12-2図 「貿易収支赤字かつ経常収支黒字」のケース

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一方、フランス、英国は貿易赤字になった年から、フランスでは5年で、英国では3年でそれぞれ経常収支赤字に転落している(なお、かつて米国も80年代前半に貿易黒字から貿易赤字に転じているが、その後わずか1年で経常収支についても赤字に転じている)。所得収支やサービス収支は黒字で推移していても、貿易赤字がそれ以上のペースで拡大したことが要因である。

以上から、貿易赤字を他の収支黒字で補い続けた前例は非常に少なく、貿易赤字になった後1〜5年程度で経常収支赤字に転落する前例が見受けられる。我が国が、今後所得収支拡大により、貿易収支赤字を補い続けることができるかどうかは現状では不明であるが、経常収支黒字を維持させるためには、所得収支黒字を維持拡大させるとともに、スイスの事例のように貿易収支についても再度黒字に転換させていくことを選択肢として考えるべきである。そのためには、資源高等により今後も輸入の拡大が予想される中、輸出についてもその拡大に積極的に取り組むことが重要である。


(6)これまでの考察を踏まえたインプリケーションと次節以降の考察内容

ここまで我が国企業の海外事業活動の現状をみてきた。我が国の海外生産比率は円高等を背景に上昇傾向で推移しており、対外直接投資は近年拡大している。

一方で国内投資や国内就業者数、国内生産額は伸び悩んでいる。企業の多くは特に取引先や国内一般に対し空洞化懸念を認識しており、海外展開が今後進展すれば、国内では汎用品の製造機能や製造系の従業者数などが縮小に向かうと予測している。

しかしながら、一方でここまで見てきたようにアンケート結果や先行研究を踏まえれば、海外生産を行っていない企業より海外生産を行っている企業の方が雇用や国内投資が減少しているとは一概には言えない側面がある。

むしろ、海外生産を行っている企業の方が、売上げや利益の拡大に繋げるとともに、国内新規事業や輸出の拡大の機会を捉え、国内でも雇用や国内投資を増やしているとするケースもみうけられる。海外生産比率の上昇は、国内の雇用や投資を減少させる一要因になりうるとしても、国内の雇用や投資はそれのみでは決まらず、国内事業の成長期待や輸出動向によっても左右されうる。むしろ、ドイツや韓国について見たように、経済全体として対内・対外双方の拡大は両立しうる。

また、第2節でみるように、我が国企業の海外進出は、確かに足下は急速に拡大しているものの、ボリュームから言って、主要国に比べても、未だ必ずしも高い水準にあるとは言えない状況にある。また、海外進出の状況も、生産を目的としたものから、市場獲得を目的としたものにシフトしつつあり、海外展開を加速させたからといって、必ずしも同時に国内事業を縮小させているとは限らない。企業や業種、規模、取引先、国内事業の将来見通し等によって、これはケースバイケースとなる可能性がありうる。

つまり、我が国の現状を「海外事業活動の加速→国内経済の停滞」という因果関係によってのみ見ることは必ずしも正しくない。海外事業活動と国内経済活性化は必ずしもトレードオフではなく、それぞれに経済的な意義と効果がありうるとみるべきである。また、国内経済の停滞は、海外への企業シフト等によるというよりは、国内の構造要因(人口減、高事業コスト、事業環境改善の不徹底、産業構造の転換の遅れ等)から生じてくる可能性について十分に考慮すべきである。

ただし、リーマン・ショックや大震災を経た現状では売上げがピーク時に比べ大幅に減少しその後の回復が遅れている企業も珍しくなく、しかも急激な円高進行や電気料金負担拡大、輸出環境の悪化等により現状国内事業環境は著しく悪化しているとみられる。その結果、国内の機能を高度化させながら、国内と海外を共に成長させていく「成長戦略のための海外事業活動」から、国内の機能を縮小させ海外に拠点を大きくシフトさせていく「生き残りのための海外事業活動」に大きくその様相が変化している恐れがありうる。こうした状況下における海外事業活動の進展は、国内に甚大な負の影響を及ぼす可能性がありうることに十分な配慮が必要である。

そこで、次節(第2節)では、まず我が国の海外事業活動の状況・課題や国内経済に与える影響等をみることとする。また、第3節では、そのポテンシャルと国内市場の制約状況から今後とりわけ活性化が必要であると考えられるサービス業の海外事業活動の可能性を論じる。更に、これらを踏まえ、最終節(第4節)では、国内経済活性化のために必要な論点について独韓の政府・企業等の取組事例も踏まえながら、その課題と対処策を整理したい。




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