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- 第1部 第2章 第2節 海外市場進出が生産性向上に果たす役割
第2節 海外市場進出が生産性向上に果たす役割
ここでは輸出や対外直接投資による企業の海外市場進出20と生産性との間にどのような関係があるのかを明らかにし、海外市場進出が我が国経済の生産性を向上させるためにどのような役割を果たすのかについて確認する。
20 「海外市場進出」とは、海外に生産拠点などを設けるといった対外直接投資のみならず、海外の取引先への製品などの輸出を含む概念として取り扱う。
1.企業の海外市場進出と生産性
前節の回帰分析の結果によると、輸出集約度や海外出資比率が高い企業ほど生産性水準及び上昇率が高い傾向があるという正の相関関係が見いだされた。つまり、企業規模、研究開発集約度や産業ごとの差異など、生産性に影響を及ぼす諸属性をコントロールした上で、より海外市場への進出が進展している企業ほど、高い生産性を示しており、またその生産性の上昇率も高い傾向にあることが分かる。
本結果については、「企業活動基本調査」の個票データを用いて我が国企業(製造業)の属性と生産性(労働生産性(ALP)及び全要素生産性(TFP))の関係を表したグラフ(第Ⅰ-2-2-1図)でも裏付けられる。このグラフは、輸出も対外直接投資(FDI)も行っていない「非海外市場進出企業」、輸出のみ行い、FDIを行っていない「輸出企業」、FDIのみ行い、輸出を行っていない「FDI企業」、輸出とFDIの両方を行っている「輸出・FDI企業」にどのような生産性の差異があるのかを当てはまりのよい密度関数で推定して、連続性を持たせた分布で示したものである。これによると、「非海外市場進出企業」、「輸出企業」、「FDI企業」、「輸出・FDI企業」の順に生産性が低い左側に分布しており、海外市場進出の程度が低い企業群の分布は生産性が低い左側に偏り、海外市場進出の程度が高い企業の分布は、生産性が高い右側に偏っていることが確認される。
第Ⅰ-2-2-1図 我が国企業(製造業)の属性別生産性の分布(2008年)(左:労働生産性(ALP)、右:全要素生産性(TFP))
本結果は、貿易の契機を比較優位や要素賦存の差異に求める従来の伝統的貿易理論に対して、近年論じられている個別企業の生産性の違いに着目した新しい貿易理論21からも説明できる。この理論モデルでは、市場に製品を供給するためには、市場への進出形態ごとに固定費用が異なり、それは国内への供給<輸出による供給<対外直接投資による供給の順で高くなるとしている。このため各形態で市場に参入するためには、その固定費用を上回る利潤をあげるための生産性が必要であり、結果として輸出や対外直接投資に従事する海外市場進出企業の生産性が非海外市場進出企業より高くなるとするものである(詳細はコラム1参照)。
21 田中(2010-2013)の解説によると、リカードやヘクシャー=オーリンによる伝統的貿易理論に対して、貿易利益の源泉を規模の経済性と消費者の多様性選好により説明したクルーグマンの新貿易理論に、メリッツは企業の異質性や不均一性の概念を導入した。同じ産業内でも海外市場進出企業と非海外市場進出企業が混在する状況を各企業の生産性の差異の観点から説明し、生産性の高い企業のみが、輸出に要する大きな固定費用をまかなう利潤を得ることができるとした。さらに、ヘルプマンはモデルを拡張し、輸出企業、海外現地生産(水平的対外直接投資)企業の順に生産性が高くなることを説明した。
22 更に輸出には輸送コストがかかるため、限界費用は国内市場における限界費用よりも高くなり、生産性向上に伴う利潤の増加は輸出の方が小さくなる。そのためモデルにおけるグラフの傾きは緩やかになる。
また、企業の意識からも海外市場進出企業の方が自社の生産性の上昇傾向が高いと感じている様子がうかがえる。「通商政策検討のための我が国企業の海外事業戦略に関するアンケート」(2013)において、事業展開の形態別に自社の生産性の現状について評価を尋ねたところ「増加傾向」と回答した割合は「直接投資のみ」(35.7%)、「輸出のみ」(41.3%)に対して、「国内事業のみ」(28.6%)となり、海外市場進出している方が生産性の伸びが高いと評価している傾向が見られた。また同じく海外市場進出企業でも、一つの形態で展開している企業より、様々な形態(直接投資、輸出、業務提携)を同時に展開している企業の方が、生産性が「増加傾向」にあるとした割合が高い(45.2%)(第Ⅰ-2-2-2図)。本結果からは、海外市場進出することだけが生産性の高さの要因とみることはできないが、海外市場進出企業の方が非海外市場進出企業よりも生産性の高い様子は分かる。
第Ⅰ-2-2-2図 自社の生産性についての評価(事業展開の形態別)
(海外市場進出による生産性向上の効果)
以上のように海外市場進出企業の生産性が非海外市場進出企業に比べて高い傾向にあることは、個票データを使った回帰分析の結果やグラフにて確認した。他方、海外市場進出することによって、生産性が向上する効果についても、これまで様々な実証研究が進められている24。
輸出については、国内に加えて海外市場の追加的な需要を取り入れ、更なる利潤を上げることだけでなく、企業に海外の新しい知識や技術に接触する機会を提供することで、海外市場の要求に対応して技術・品質水準の向上努力を行うことや、また情報を吸収しイノベーションにつなげることを通じて、事後的に生産性を向上させる、いわゆる「輸出の学習効果」25の存在も指摘されている。
この「輸出の学習効果」に関しては、北米又は欧州のような先進地域向けの高度な市場に輸出を開始した企業は、同様な企業属性を持つが輸出を開始しなかった企業よりも生産性(TFP)を始め売上高や雇用者数などにおいて上昇率が向上し、また研究開発費も大幅に増加したことが確認されている。特に、TFP上昇率は輸出開始後4年にわたり、輸出を開始しなかった企業の同期間の上昇率よりも高くなる傾向にある(第Ⅰ-2-2-3図)。また、こうした結果から輸出による学習効果を享受するには、海外市場で得た知識や技術を活用する能力の高さが求められるとも考えられている26。
第Ⅰ-2-2-3図 北米・欧州への輸出開始による生産性(TFP)上昇率への効果
24 Kimura and Kiyota(2006)によると、企業ごとの初期のTFP水準をコントロールすると、輸出企業の全要素生産性(TFP)の伸びは輸出を行っていない企業に比べて平均2.4%高く、対外直接投資企業は対外直接投資を行っていない企業に比べてTFPの伸びが平均1.8%高いことを示した。また権、金、深尾(2008)は、輸出集約度(輸出額/売上高)が高いほど、さらに製造業では海外子会社に出資している企業は、していない企業に比べてTFP上昇率に正の効果を与えると結論づけている。若杉他(2008)では、輸出や海外直接投資を開始した企業は非開始企業に比べて労働生産性(労働者一人当たりの付加価値額)の伸びが大きく、その差が拡大していく様子が報告されている。
25 松浦、早川(2010)によると、先行研究を整理したParkは「輸出の学習効果」の理由として、①買い手による技術指導②国際市場への参加を通した高度な製品技術知識へのアクセス③国際市場の高いニーズによる技術進歩④新製品需要、顧客ニーズの習得⑤稼働率の上昇、国内需給変動からの独立性確保の5点をあげている。
26 伊藤(2011)による。
今後、欧米企業の本格的な参入や新興国の富裕層増加による消費の高度化などにより、新興国市場が先進地域同様に高度化してくれば、新興国市場への輸出による学習効果が現れることも期待できる。
続いて、実際に現地に設立した販売子会社を通して輸出を行い、他国企業との競争の中で、現地ニーズを踏まえた研究開発の進展、また製品の技術・質の向上や高付加価値製品の開発により、自社の生産性向上を実現した企業の事例を紹介したい。
事例:株式会社オプトエレクトロニクス
株式会社オプトエレクトロニクスはバーコード読み取り機器を中心とした自動認識装置の製造及び販売などを主力事業とする、従業員184名の企業である。企業形態は、設計部門が中心となっており、北海道に小規模の自社工場はあるものの基本的にはファブレス企業であり、ほとんど外注で生産を行っている。大手メーカーの休眠工場を生産ラインとして活用しているケースも多くある。
ⅰ)海外市場への積極的な進出
1976年に創業されたオプトエレクトロニクスは、バーコード技術が世界の様々な領域で活用される技術であると考え、バーコード読み取りのためのモジュールエンジン27事業を創業当初から開始した。そのため、創業当初から世界を見据えており、海外市場進出には積極的で、創業から8年後の1984年にはバーコード技術の本場である米国に現地子会社を設立し本格的な海外市場進出を開始した。バーコードが世界的に普及すると、1989年に欧州進出しオランダに現地子会社を設置した。現在子会社は他に豪州、ドイツ、フランス、英国、イタリア、スウェーデン、台湾、中国に、支店・駐在所を台湾、ブラジルに設立しており、海外売上比率は6割強にのぼる。これら海外拠点は販売拠点として構えており、オランダ法人のブランチという形で展開している。オランダ法人の社長は日本人であるが、それ以外の海外子会社の運営は原則現地人に任せ、現地の人材を活用するという方針で行っている。
生産の外注先は2009年に海外(中国・台湾)にシフトしたが、1年ほど前から徐々にメイド・イン・ジャパン回帰に取り組んでいる。
販売方法は基本的に国内では大手メーカーへの直販と代理店への販売を両方行っており、海外では各販売拠点をいかした直販が基本である。
第Ⅰ-2-2-4図 オプトエレクトロニクスの海外市場進出状況
27 読み取り端末に必ず入っている心臓部に当たるもの。例えばレーザーモジュールの場合、バーコードにレーザーを照射し、その光の反射を受け、瞬時に解析し、データとして読み取るためのキーデバイスである。
ⅱ)海外市場での競争を通じた学習効果により、生産性の向上に成功
光学、小型化、ソフトウェア技術などを駆使した自動認識技術がオプトエレクトロニクスのコア技術である。
バーコードの技術変遷から判断して、将来レーザーが主流になることを、1980年代初頭の早くから予測し、当時主流であったCCDによる読み取りを飛ばして早くからバーコード技術の本場である米国に進出し、レーザーによる読み取りに特化して取り組んだ。米国では、圧倒的シェアを誇るシンボルテクノロジー社(現モトローラ社)と競争する中で、顧客のニーズをくみ取り、研究開発を進め、レーザーモジュールエンジン(バーコードスキャナの心臓部に当たる部分)の技術・質の向上により付加価値を高め、生産性の向上に成功した。その後、シンボルテクノロジー社が大きなシェアを獲得できていなかった欧州市場に進出した際には、現地ニーズを踏まえ、新たな形状の製品など、更なる高付加価値製品の開発、生産性の向上に成功し、欧州市場でシンボルテクノロジー社と対等に戦えるレベルに成長した。このような海外市場進出を経て、同社は低価格・高品質なレーザーモジュールエンジン開発を実現し、現在同製品で世界シェア2位、国内シェア1位(90%以上)を誇っている。バーコードの市場が最も大きいのは北米で、次いで欧州、日本となっている。インフラがそろわなければバーコードの普及は進まないため、新興国の市場サイズはまだ小さいままである。現在二次元のQRコードが開発され、一部バーコードからQRコードへの移行が進むに従い、CMOSセンサーの技術が必要となっている。CMOSは米国企業(ハニウェルとモトローラ)が強いが、オプトエレクトロニクスはCMOSモジュールや二次元のデータコレクタなど一定の分野で高いポジションを誇っている。さらに、モジュールエンジンだけでなく、それを搭載したハンディスキャナも製造・開発している。
第Ⅰ-2-2-5図 オプトエレクトロニクスの製品
ⅲ)顧客ニーズを取り入れ、更なる高付加価値化を実現
上記販売体制をいかして、顧客との関係に関して、ユーザー満足度100点を目標にしており、新製品開発においてもアフターサービスにおいても顧客第一の姿勢である。そのため、顧客目線を重視し、顧客の業務効率改善に貢献する製品を開発することを目指している。またフラットな組織を構築し、顧客のクレーム・要望にすぐに対応する体制を整備して高付加価値化を進めている。
他方、生産要素の効率的な配分に基づいた最適な国際分業体制に資する対外直接投資は、国内に残った高付加価値な生産性の高い部門の生産性を維持しながら、その活動を伸ばしていくことで、経済全体として生産性を向上することが可能である。
対外直接投資と国内の生産性の関係について、電気機械産業における東アジアへの国際分業パターンに基づいた分析によると、生産要素の効率的な配分を目的に自国の生産活動の一部を海外に移転させる(国内の事業部門と産出-投入の関係にある部門を海外に移転させる)垂直的対外直接投資は、国内に残された事業部門のTFPの水準及び上昇率を上昇させる効果を持つと確認されている28。
海外市場進出が進展することで、旺盛な海外需要を我が国経済の成長に結びつけることに加え、既に高度である、又は高度化しつつある市場からの学習効果や最適な国際分業体制の構築などが、我が国の生産性の上昇を促すことも期待される。
28 松浦他(2008)による。他にもObashi et al.(2009)は、途上国への垂直的対外直接投資は企業の製造部門に生産性上昇をもたらすと結論づけた。近年、分析手法の工夫により、対外直接投資の対象、目的、内容などの違いを考慮し、より精緻に生産性との関係を分析した結果が出てきている。
(我が国の海外市場進出の程度)
続いて、我が国の海外市場進出の程度を輸出依存度(輸出額の対名目GDP比)や対外直接投資残高の対名目GDP比から各国比較してみると、いずれも経済規模に比して低水準にあることが分かる(第Ⅰ-2-2-6図、第Ⅰ-2-2-7図)。
第Ⅰ-2-2-6図 輸出依存度(輸出の対名目GDP比)の各国比較
第Ⅰ-2-2-7図 対外直接投資残高の対名目GDP比の各国比較
海外市場進出により海外需要を取り入れ、生産性の高い企業の経済全体におけるシェアを拡大し、我が国全体の生産性向上をはかることが可能であること、また当該企業の生産性の上昇が期待できることからみても、海外市場進出は今後ますます重要になってくると思われる。経済規模からみると、我が国にはその余地が大きく残されているといえよう。このように、我が国の生産性向上に海外市場進出をうまく活用していくことが期待されるが、具体的には、海外市場に進出できる潜在力を持ちながら行っていない企業の海外進出を促す方法と、既に海外市場進出している高い生産性を持つ企業の海外事業活動を更に伸ばしていく方法との二通りが考えられる。以下、この二点について述べる。
2.海外市場進出の潜在力を有する企業群
前項においては、企業の海外市場進出が生産性に与え得る効果について、最近の学術研究の成果を交えて概説した。本項においては、我が国企業の海外市場進出のポテンシャルと現状について整理する。
我が国企業の海外市場進出と生産性の状況を、企業活動基本調査に基づき確認すると、製造業に属する企業のうち、海外市場進出をしていない(直接輸出額がない、又は、海外子会社・関連会社がない)企業(非海外市場進出企業)の生産性の平均は、海外市場進出をしている企業(海外市場進出企業)の生産性の平均を下回っている。しかし、非海外市場進出企業の約28%が、海外市場進出企業の生産性の平均を上回る生産性を有しており、こうした生産性の高い企業は、海外市場進出するポテンシャルを有していると見ることができる(第Ⅰ-2-2-8図)。
第Ⅰ-2-2-8図 非海外市場進出企業(製造業)の労働生産性
このように非海外市場進出企業の中にも、生産性が高く海外市場進出するポテンシャルを有する企業が相応に存在することは、業種や企業規模に関わらず、指摘することが可能である(第Ⅰ-2-2-9図、第Ⅰ-2-2-10図)。
第Ⅰ-2-2-9図 非海外市場進出企業(非製造業)の労働生産性
第Ⅰ-2-2-10図 非海外市場進出企業(中堅・中小企業)の労働生産性
他方、実際の海外市場進出の状況を見ると、中堅・中小企業、非製造業では、相対的に海外市場進出が遅れており、今後、海外市場進出を進展させていく余地があると言える。企業規模別に見ると、中堅・中小企業では、売上高に占める輸出額の割合が10%台にとどまっていることや、企業1社当たり海外拠点数が低位にとどまっていることなど、輸出及び対外直接投資とも相対的に取組が遅れている(第Ⅰ-2-2-11図、第Ⅰ-2-2-12図)。また、業種別に見ると、非製造業の企業1社当たり海外拠点数は製造業の約3割にとどまっており、非製造業の海外市場進出は相対的に遅れている(第Ⅰ-2-2-13図)。なお、非製造業の海外市場進出の遅れについては、第Ⅱ部第3章第2節の分析も参照されたい。
第Ⅰ-2-2-11図 売上高に占める輸出額の割合
第Ⅰ-2-2-12図 1社当たり海外拠点数(資本金規模別(左)、従業員規模別(右))
第Ⅰ-2-2-13図 業種別海外拠点数
(企業の意識)
海外市場進出を行っていない中堅・中小企業や非製造業の意識面からも、海外市場で通用するとの自信や、海外市場進出への意欲を有する企業が多く存在することが確認できる。
前出の調査(2013)によると、非海外市場進出企業のうち、自社の製品・サービスが海外市場で通用すると「思う」「まあ思う」と考えている中堅・中小企業は50.2%、また非製造業が44.8%と、いずれも約半数が自社製品・サービスへ自信を持っていることが分かる(第Ⅰ-2-2-14図)。
第Ⅰ-2-2-14図 海外市場において自社の既存品・サービスが通用すると思うか(非海外市場進出企業)
また同じく非海外市場進出企業で、5年先の全売上高(連結ベース)に占める海外売上高の割合の見通しについて「不満である」「やや不満である」と評価した、海外市場進出に対して積極的な意欲を持っている中堅・中小企業は39.3%、非製造業は38.0%と、いずれも約4割存在している(第Ⅰ-2-2-15図)。さらにこれら約4割の意欲ある企業に対して、不満解消のために必要な課題を尋ねたところ、中堅・中小企業、非製造業ともに「海外展開するための人材確保」と回答した割合が最も高く、「海外展開するためのノウハウ獲得」、「海外市場に関する情報収集」と続く結果となった(第Ⅰ-2-2-16図)。
第Ⅰ-2-2-15図 全体の売上高(連結ベース)に占める5年先の海外売上高率の見通しに対する評価(非海外市場進出企業)
第Ⅰ-2-2-16図 5年先の海外売上高率の見通しに対する不満解消に必要な課題(非海外市場進出企業)
以上、我が国企業には生産性が高いにもかかわらずいまだ海外市場進出を行っていない企業が相応に存在していることが分かった。特に中堅・中小企業や非製造業は相対的に海外市場進出が遅れている一方で、自社製品・サービスに自信を持っている企業や、海外市場進出へ積極的な意欲を持っている企業が多く存在していること、また、このように意欲を持っている企業が海外市場進出を行うに当たり、人材確保、ノウハウ獲得や情報収集を課題と考えている場合が多く、その解消が海外市場進出に有効であることも確認された。
これら潜在力のある中堅・中小企業や非製造業の海外市場進出が進展すれば、生産性が高い企業の経済活動が拡大することなどを通じて我が国全体の生産性が上昇すること、また輸出を通じた学習効果により当該企業の生産性が上昇し得ることが期待できる。
(競争力のポテンシャルがあり国内外での需要増が見込める分野)
また、世界的に需要増が見込め、我が国の技術・サービスの強みをいかせる潜在力を有した分野が存在する。こうした分野には既に生産性の高い企業はもちろんのこと、現在は生産性が低くとも将来的に生産性の向上が見込めるような企業も存在し、積極的に海外市場進出を志向することが望まれる。
例えば、世界の医療市場は毎年高い伸びを記録しており、特にアジアをはじめとする新興国での経済発展や、世界全体での高齢化の進行に伴い、高度な医療・介護・健康関連産業へのニーズが急速に拡大している。
一方、我が国の保健医療サービス体制は国際的にも高い評価を得ているにもかかわらず、医療機器市場全体では欧米企業に圧倒的なシェアを占められ、我が国企業のシェアは低迷している。
このような我が国に強みのある技術・ノウハウを最大限にいかし、グローバルな需要増が見込まれている分野の海外市場進出を進展させることが、我が国経済全体の生産性向上にもつながることが期待される。(第Ⅱ部第3章第2節参照)。
3.海外市場進出を既に行っている企業
前項では、潜在力がありながら海外市場進出していない企業の進出が進展することの意義についてみてきたが、ここでは、既に海外市場進出している企業について論じる。第1項で確認したように、既に海外市場進出している企業は、高い生産性を有しているので、これら企業の経済活動を更に伸ばすことは、全体の生産性を向上させることにつながる。
既海外市場進出企業の経済活動を更に伸ばすには、更なる新規市場の獲得が重要であり、特に成長著しい新興国市場において他国の競合企業に遅れることなく、その旺盛な需要を国内の活力に結びつけていくことが不可欠である。しかしながら、第Ⅱ部第2章で詳細に述べるように、現在、我が国の新興国市場における海外市場進出の状況は、輸出面では、各地域で海外競合国に劣後する状況にあり、また対外直接投資の面でも、アジアへの偏重が際立っているなど、新興国全体におけるプレゼンスが決して高いとはいえない状況である。今後、我が国企業の海外市場進出を更に進めていくに当たり、各地域の状況に即した戦略的な取組が不可欠である(第Ⅱ部第2章参照)。
ただし対外直接投資などによる海外拠点設立の際、我が国企業の強みの源泉となるような高付加価値で生産性の高い事業機能、いわゆる「マザー機能」29の国内における維持・強化を行うことで、国内の生産性と集積のメリットの維持・向上を図り、適切な役割分担による最適な国際分業体制を構築する必要がある。
29 ここでいう「マザー機能」とは、高付加価値で生産性が高く、そこが移転してしまうことで国内の生産性維持、向上が困難になるような機能を念頭においている。例えば研究開発・設計、経営戦略、企画・マーケティング、高度な技術・ノウハウ管理のような機能であるが、同じ研究開発でも製品を現地仕様にするための応用的なものではなく、先端コア技術の研究開発など、我が国企業の強みの源泉となるようなものである。
この点につき、既に海外拠点を設立している企業がどのような機能を海外に保有しているか、また企業が海外における事業機能を将来的にどのように考えているかについて、前述の調査(2013)結果をみてみる。
現在海外に保有する機能としては、割合が高い方から「販売」19.9%、「調達・購買」16.9%、「生産(最終財)」13.7%、「生産(中間財)」12.5%と、生産、販売機能をあげる回答が多かった。他方、現在は海外に保有していないが保有を検討していると回答した機能は、割合が高い方から「販売」9.7%、「企画・マーケティング」8.8%、「研究(基礎)」8.6%となっており、企業が生産、販売に加え、企画や研究機能の海外保有も積極的に検討している様子がみられる(第Ⅰ-2-2-17図)。
第Ⅰ-2-2-17図 現在、海外拠点に保有している機能と設立を検討している機能
さらに、現在海外に保有している当該機能を将来的に「拡大する」と回答した割合は、高い方から「販売」70.3%、続いて「調達・購買」60.7%と続くが、一方で「研究(基礎)」35.0%、「研究(応用)」37.4%、「開発」45.2%、「企画・マーケティング」56.6%、「地域統括」35.2%も決して少なくないことが分かる。(第Ⅰ-2-2-18図)。我が国企業が、従来の生産、販売に加えて、研究、開発、企画、統括などの機能についても海外で拡充を進めようとしている実態がみてとれる。
第Ⅰ-2-2-18図 現在、海外拠点に保有している機能の将来の見通し
2013年版ものづくり白書でも、自動車と電気機械におけるバリューチェーン機能別の今後の海外市場進出の見通しにつき、海外生産の技術レベルも国内と同水準に達しつつあり、今後はより高付加価値な製品の生産、競争力の源泉となる製品企画や研究開発などの機能にも海外市場進出の動きがみられるとの分析がなされている(第Ⅰ-2-2-19図)。
第Ⅰ-2-2-19図 バリューチェーンの機能別の海外市場進出見通し
以上の結果から、我が国企業が研究開発や企画・マーケティングといった機能の海外での保有及び拡充を図っている様子が確認できた。海外における研究開発や企画・マーケティングの中でも現地ニーズや慣習を吸い上げ、現地仕様にカスタマイズした商品・サービスを展開するための企画や研究開発のようなものは更なる海外市場の獲得のために必要な対応であるといえる一方、先端コア技術の研究開発や企業が蓄積した高度な技術・ノウハウの移転などの場合は、国内における生産性の低下につながる要因となり得る。我が国から海外へ生産拠点を移転する際、将来にわたり、国内における生産性と集積のメリットの維持・向上を図るためにも、高付加価値機能や我が国企業の強みの源泉となる機能などを国内に残し、強化していくことが大切である。
4.まとめ
以上、海外市場進出を通した生産性の向上の効果についてみてきた。我が国には、生産性が高いにもかかわらず輸出や対外直接投資を通じて海外市場に進出していない企業が相応に存在している。特に中堅・中小企業、非製造業は相対的に海外市場への進出が遅れている一方、進出への自信と積極的な意欲を持っている企業が多く、高い潜在力を有していること、またこれら企業が海外市場進出を行うに当たり、人材確保、ノウハウ獲得や情報収集が課題となっていることが多く、その解消が海外市場進出に有効であることを確認した。
さらに将来的に国内外で需要増が見込まれ、我が国の技術・サービスの強みをいかせる、医療分野のような潜在力ある分野も存在している。
海外市場での競争がもたらす学習効果が企業の生産性を向上させる場合があることも踏まえると、このような企業の海外市場獲得を後押しすることは経済全体の生産性の向上に効果があるといえよう。
他方、既に生産性が高く海外市場に進出している企業が、更に海外新市場を獲得することも、経済全体の生産性の向上に効果がある。ただし、この際、国内における生産性と集積のメリットの維持・向上を図るためにも、高付加価値部門や我が国企業の強みの源泉となる、マザー機能は国内に残していくことが大切である。