第3節 新興国それぞれの事情に応じた地域戦略
第1節、第2節では、国・地域によって、経済発展の度合い、我が国企業の進出の程度、他国企業との競争環境等、それぞれ状況が異なることを示してきた。新興国の成長を最大限に取り込んでいくためには、それぞれの新興国の状況を理解した上で、新興国一括りではない戦略的取組を進めていく必要がある。
そこで本節では、各地域の事情を踏まえて、新興国を次の3グループ、①「中国・ASEAN」、②「南西アジア、中東、ロシア・CIS、中南米」、③「アフリカ」に分類する。こうした地域の分類・考え方の下、海外展開を支援していく上で特に重点となる「日本企業の海外展開支援」、「インフラシステム輸出」、「相手国からの資源供給確保」の3分野についてそれぞれの地域毎に整理する。
1.新興国市場の3類型
以下では、新興国市場の3つグループについて、現状と課題を整理するとともに、各地域における取組の基本的方針を示す(第Ⅱ-2-3-1表)。
第Ⅱ-2-3-1表 新興国市場に対する戦略的取組(全体像)
(1)中国・ASEAN:Full進出
①現状と課題
第1グループは、「中国・ASEAN」である。前節でみてきたように、同地域には約3万社の我が国企業が製造業を中心に進出しており、既に現地で相当程度の産業集積、サプライチェーンを形成している。
また、同地域は、特にASEANにおける中間層・富裕層の増加に伴い、生産拠点としてだけでなく、消費市場としての魅力が増加している。高所得層の人口が増加することで、質の高い財・サービスに対するニーズが増大することが見込まれており、一般的に高品質な財・サービスを得意とする我が国企業にとって、ビジネスチャンスは更に拡大するものと考えられる。
ただし、同地域において自動車、家電等の日本製品は一定程度のシェアを獲得しているが、近年、海外の競合企業の追い上げは著しく、競争は激化している。
②基本的方針
今後は、我が国企業のサプライチェーンの高度化等を通じて「更に深く」、かつ消費市場が拡大してきている中で製造業だけでなく「更に幅広い」産業の進出を促して需要を取り込んでいくことを目指す、いわば『FULL進出』が求められる。
(2)南西アジア、中東、ロシア・CIS、中南米:CRITICAL MASSの到達
①現状と課題
第2グループは、「南西アジア、中東、ロシア・CIS、中南米」である。同地域は、富裕層・中間層も育ち、市場規模も大きく、成長率も高いが、欧米企業や韓国企業等との比較で、我が国企業の進出は相対的に遅れている。
また、これらの地域には、資源国も多く、資源確保の観点からも幅広い経済関係構築・強化が必要である。
②基本的方針
同地域は、大成長市場であるものの、文化的要因・地理的要因から我が国企業の進出が相対的に遅れており、いわば逆転を目指さねばならない市場といえる。市場規模、競合状況等の様々な要素を考慮した上で、戦略的に『CRITICAL MASSの到達』を目指す有望分野に絞って、集中的に取り組んでいく必要がある。
(3)アフリカ:成功事例の創出
①現状と課題
第3グループは、「アフリカ」である。同地域は、2030年頃にかけて、大幅な人口増が起こり、かつ市場も大規模に拡大するであろうとの期待も高いが、我が国企業の進出が進んでおらず、いわば不戦敗状態にある。
また、第2グループ同様、資源国も多く、資源開発及び関連インフラ整備の進展が期待されている。
②基本的方針
今後は、1つでも多くの『成功事例』を創出し、我が国企業の事業展開のフィールドとして1日も早く位置づけられるような状況まで土壌作りを行っていくことが必要である。そのためには、我が国企業が安心して投資できる環境を整備していく必要がある。
また、資源・インフラ関連の個別プロジェクトの実現が重要である。
2.重点分野と各地域における進め方
今後、海外展開を支援していく上で特に重点分野となるのは、「日本企業の海外展開支援」、「インフラシステム輸出」、「相手国からの資源供給確保」の3分野である。これらの重点分野について、既に分類した地域毎に戦略的に取り組んでいくことが必要である。すなわち、重点分野のそれぞれについて、新興国の3グループの特性・違いに基づき、我が国としての対応を変えていくことが肝要である。
以上の考えに基づき、地域毎に各重点ビジネス分野の取組の方向性を整理していく。
(1)日本企業の海外展開支援
日本企業の海外展開支援にあたっては、第Ⅱ-2-3-2表の基本方針の下、中堅・中小企業/サービス業の海外展開支援、クール・ジャパンを活用した支援、有望分野への支援をそれぞれ組み合わせて実施していくことが効果的だと考えられる(第Ⅱ-2-3-3表)。
第Ⅱ-2-3-2表 日本企業の海外展開支援(基本方針)
第Ⅱ-2-3-3表 日本企業の海外展開支援(具体的産業における市場獲得)
第Ⅰ部で分析した通り、潜在力がありながら大企業に比べて海外展開が進んでこなかった中堅・中小企業、製造業に比べて海外展開が遅れてきたサービス業に対して集中的に支援していくことが効果的だと考えられる。
また、日本の魅力を今後の成長産業として海外に事業展開していく「クール・ジャパン」の取組みについては、第1グループにおいては消費財の売り込みを更に加速させる手段として、第2グループ、第3グループにおいては、日本ブランドの認知度向上の手段として効果を発揮することが期待される。
更に、課題解決型産業分野として、海外展開の可能性も含めて着目されている医療機器/サービスについても、有望市場を見定めて新興国市場開拓を進めていくべきである。
(2)インフラシステム輸出
インフラシステム輸出については、新興国の地域3分類のそれぞれにおいて、以下の3つのプロジェクトについて官民一体で取り組み、政府全体として支援していくことが重要である(第Ⅱ-2-3-4表)。
第Ⅱ-2-3-4表 インフラシステム輸出
①「面」的開発の取組として、都市や地域開発の上流段階から相手国と連携し、我が国企業の進出拠点整備と現地市場獲得という形で、明確なコミットメントの上で長期間かかることもやりきり、大きく成果を出すことを狙うプロジェクト
②相手国政府との政策対話等を通じて後続案件の地域展開の布石となる先導的な事例を創出するようなプロジェクト
③原発や高速鉄道等、熾烈な競争を勝ち抜くべき個別案件
(3)相手国からの資源供給確保
資源の安定的かつ安価な供給確保は、我が国経済・産業にとっての生命線である。現在、原油・LPガスともに8割以上を情勢の不安定な中東に依存し、レアアース、タングステン、アンチモンなどのレアメタルは8割以上を中国に依存しているなど地域偏在性がある。その地域偏在性を踏まえ、どの資源が、どこから調達可能かという点を踏まえた資源戦略が必要となる。
資源国の現状や地域特性、資源国のニーズ等を踏まえた技術協力や人材育成、ODAの活用等の政府一体となった資源外交の積極的な展開、LNG産消会議等の国際会議の開催を通じた資源国・消費国の関係強化、(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)によるリスクマネー供給等を通じた我が国企業の権益獲得・供給源の多角化の支援など、あらゆる政策ツールを導入して資源の「安定的」かつ「安価」な供給確保を行うことが重要である(第Ⅱ-2-3-5表)。
第Ⅱ-2-3-5表 資源・エネルギーの供給確保