経済産業大臣表彰/秋山 進(あきやま すすむ)氏
株式会社デンソー 技師/技術開発推進部 国際標準推進室 担当部長
「100年に一度の大変革」―。自動車産業がかつてないほど大きな変化に直面している。CASE(Connected、Autonomous、Shared/Service、Electricの頭文字)に代表される新潮流は、産業のみならず人々の日常生活も大きく変え得る。こうした中、これまでに増して重要性を高めているのが、国際標準化だ。あらゆるクルマがネットワークを介してつながるようになり、またエレクトロニクスやソフトウェアをはじめ多種多様な技術との連携が求められるため、“つなぎ役”となる標準の整備は必須とされる。
その自動車分野の国際標準化で世界をリードするエキスパート(専門家)の一人が、2019年度産業標準化事業表彰経済産業大臣表彰を受賞した株式会社デンソーの秋山進氏だ。ISO(国際標準化機構)のTC22(自動車専門委員会)/SC32(電気・電子部品分科委員会)で議長を2014年から長年務め、欧州の影響力が圧倒的な自動車分野での国際標準化の議論において、日本の存在感向上に寄与している。
クルマの標準化は戦国時代。「ようやく巡ってきた」好機を生かし、幹事国ポストを獲得
「自動車技術はどんどん複雑になり、下手をすると収拾がつかなくなるくらい。だからこそ、規格周りで主導権を握る必要がある。」と、秋山氏は国際標準化活動の意義を説く。EV(電気自動車)や自動運転などの技術開発は日進月歩で進むが、いくら革新的なテクノロジーを生んでも、グローバル化しきった自動車産業においては、世界とつながらなければ意味がない。
ISOやIEC(国際電気標準会議)において自動車技術の議論が活発化しているのは、このためだ。「どの国も主導権を取ろうとしていて、“戦国時代”みたいな状況。」と秋山氏は苦笑いする。
そうした状況下で、SC32の幹事国を日本が務める意義は大きい。SC32は2014年のTC22再編を機に設けられたが、秋山氏らは「日本の存在感向上の好機」と捉え、幹事国に立候補。結果、四輪車分野では日本初となる幹事国ポストを獲得した。「ようやく日本にチャンスが巡ってきたので、逃す手はなかった。」と秋山氏は振り返る。
ただ、幹事国就任はチャレンジの始まりに過ぎなかった。「それまで欧米中心で回っていた世界で、日本が“ポッと”出た感じ。いきなり主導権を握れるはずもない。」と秋山氏は明かす。当時、SC32の傘下に置く計8つのWG(作業部会)のうち、ドイツが5、アメリカが2、フランスが1件のコンビーナ(取りまとめ役)ポジションを従来どおり占有。このため具体的な技術の議論は、引き続き欧米が主導する形でスタートした。
特にドイツの影響力が圧倒的な中、秋山氏らは、「自動車分野における各国の経済力を、コンビーナのポジション数に反映させる。」という意志の下、奔走。中国、韓国、インドなど自動車分野で力をつけつつあるアジア各国を歴訪し、根気よく協力を呼び掛けた。
こうした努力も含め各界関係者の日本発国際標準化に向けた精力的活動が実を結び、ISOでの規格提案に対する投票などにおける日本の影響力は、高まりつつある。例えば、現在開発中の自動車用光通信の規格を議論するWG10。日本の提案に基づき発足し、日本人コンビーナの下、車載ネットワーク技術の一つであるイーサネット光部品などについて標準化の検討が進む。このほか、他のWGでも日本がコンビーナポジションを新規獲得し、現在は計3件のWGで日本がイニシアティブをとっている。
自動車技術の規格は複雑化・高難易度化が必至。求められる自動車業界を越えた議論
だが、課題は日本の影響力だけではない。前述のように自動車技術は複雑化が加速しているため、多種多様な分野の規格との密な連携が欠かせなくなっているからだ。「例えばサイバーセキュリティについても議論をしているが、このテーマは本来、ITの世界の話。自動車業界だけで勝手に話を進めるわけにはいかない。」と秋山氏は問題点を挙げる。
さらに、この自動車セキュリティ分野の標準化では、当時、米国の輸送機器関連標準化団体であるSAEインターナショナル*にて議論が先行しており、ISOとしても無視はできなかった。このためISOとSAEは、議長、幹事、メンバーを同数出しあうJoint WG(共同作業部会)方式の採用で合意。2020年中の国際規格発行を目指し、共に検討を進めている。
こうした複雑な事情もあり、高難易度化している次世代自動車の標準化。だが秋山氏は、「やりがいは計り知れない。」と言い切る。今や巨大産業となった自動車分野のサイバーセキュリティは、日常生活の安心・安全をも大きく左右する社会的なテーマ。「引き続き、日本がイニシアティブをとっていければ。」と力を込める。
5年超にわたりSC32を率いてきた秋山氏だが、2020年度をもって議長職から退き、標準化人材の育成に力を注ぐ構え。「後進を育てるのが、私に残された仕事。」という。
その上で、「国際標準化の必要性が、日本の若者にあまり知られていない。」と秋山氏は警鐘を鳴らす。意義深い仕事なだけに、「知ってもらえさえすれば、興味を持ってもらえるはずなのに…。」と悔しさを隠さない。認知度向上に向け、標準化“強者”の欧米に比して足りないものと指摘するのが、国際規格を利用してグローバル市場を獲得したというサクセスストーリー。「自動車分野はまさに変革期なので、成功事例を作るチャンスはいくらでもある。」と後進の活躍に期待する。
* SAE(Society of Automotive Engineers)インターナショナルは、自動車をはじめとする陸上輸送機器や航空宇宙機器の分野の標準化を推進する米国の非営利団体である。加入メンバーは全世界に及び、SAEインターナショナルの開発するSAE規格は業界内で非常に強い力を有している。特にアメリカでは国家規格に多数のSAE規格が採用されている。
【標準化活動に関する略歴】
1974年 東京大学工学部計数工学科卒業
1974年 日本電装株式会社(現、株式会社デンソー)入社
車両電子制御装置の開発に従事
1983年 同社 車両電子システムの開発に従事
1988年~1998年 社団法人(当時)自動車技術会シリアルデータ通信分科会 幹事
1999年 株式会社デンソー ボデー機器技術3部長
2010年~現在 同社 技師
2008年~2014年 社団法人(当時)自動車技術会電子電装部会 部会長
2014年~現在 ISO/TC22(自動車専門委員会)/SC32(電気・電子部品分科委員会) 国際議長
現在 株式会社デンソー 技術開発推進部国際標準推進室 担当部長
最終更新日:2023年3月30日