経済産業大臣表彰/石山 祐二(いしやま ゆうじ)氏
北海道大学 名誉教授
日本の耐震技術をもっと海外で普及させるために
地震大国・日本は、防災分野でもっと国際貢献ができるはずだ。北海道大学の石山祐二名誉教授は「日本の耐震技術は世界的に言っても非常にレベルが高い。ただ、その割には海外で扱われていない。」と悔しがる。2011年の東日本大震災をはじめ、毎年のように大地震を経験している日本の技術やノウハウは、間違いなく世界トップ級だろう。だが、他国では必ずしも日本のような耐震ニーズが多くあるとは言い切れない。「日本みたいに地震が非常に多い国と、まるっきりない国、時々ある国とで、耐震に対するバックグラウンドが全く違う。」と耐震技術の国際標準化は一般的な工業製品よりも難しい。
石山氏は、ISO(国際標準化機構)/TC98(構造物の設計の基本専門委員会)の国内対策委員会の委員長として20年間、日本の耐震技術の国際的な普及に尽力してきた。また、ISO/TC98の構造物への地震作用などの作業部会では、コンビーナ(取りまとめ役)を約10年務め、東日本大震災の経験などを踏まえた最新の耐震設計の考え方を反映した日本提案を、国際規格の改定で盛り込むなどの功績をあげてきた。
日本の耐震技術を国際規格に盛り込み、海外でも活用しやすい形にしたものが、石山氏が中心となって日本から提案したISO3010(構造物の設計の基本-構造物に対する地震作用)という地震対応の規格である。「この規格は、地震に対して各国が国内規格を作るために考慮すべき基本事項を決めている。世界的な考えをまとめたもので、直接、建物を設計するものではない。」と石山氏は説明する。実際の建築設計基準は国・地域ごとの法規制が強く、日本の場合は建築基準法で、米国や欧州にも同様のルールで、規制が整備されている。だからISO3010は、各国・地域がそれぞれ基準をつくる際の「基本となる考え方」を定めている。
現在、ISO3010のJIS(日本産業規格)化を準備している。日本の建築分野で参照すべき基準に、JISとISOが併存するのは初めてのことだという。石山氏は「ISOをJIS化することで、日本の耐震基準を習得した技術者たちに海外でもっと活躍してもらい、海外から来る技術者にも日本の基準を使って設計できるようになってほしい。」と技術者往来の夢を見る。また、ISOのJIS化に伴って、ISOの耐震規定を日本の建築基準法に組み込む必要がある。「自分は北大で定年を迎えてから15年も経つ。そろそろ後進に道を譲りたいので、次の若い人たちにも是非取り組んでもらいたい。」と若手の積極的な参加を呼びかける。
地域社会全体でインフラ含む防災意識を高めたい
石山氏のもう一つの功績は、2017年に発行されたISO3010 第3版で、構造物の耐震設計に地震の後に生じる津波に対する考え方を規格に含めたことだ。「ISO3010の附属書に『津波作用』を入れた。東日本大震災を教訓として大きな地震の後に生じる津波や火災のことも考えないといけない。津波によって構造物に作用する力を紹介し、免震装置のことも説明している。」と日本にしかできない国際貢献を主導し、2017年に規格を発行させた。
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津波によって基礎杭が引き抜かれ
転倒した鉄筋コンクリート造の建物。
(2011東日本大震災)
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津波によって建築物に作用する力は、
水深(浸水深)の力に加えて、津波の勢いの力
(運動エネルギー)が押し寄せるため、
水深ahに相当する力が作用する。 -
官民学で開発した建物の免震装置模型(転がり支承)
地震が起きると、矢印のように前後左右の揺れに
対応してスライドするので、その上に載せた建物や
機器・美術品などを地震から守る。
地震大国の住民にとって地震はとても身近な存在だが、耐震設計への理解を広げるのは一筋縄ではいかないらしい。石山氏は「地震の際に、建物は部分的には壊れるけど、潰れないで人が死なないようにするのが、耐震設計の基本中の基本だ。」と話す。しかし、専門知識のない一般人はまず建物が壊れないことを望みがちだ。「壊れないようにつくることは不可能ではないが、巨額のお金がかかる。200年、500年、1000年に1度の大地震に備えて、すべての建物を壊れないように設計するのは、経済的に無理だ。」と現実主義を強調する。
では、今後の耐震設計はどうあるべきか。「自分の家が壊れたら、各自にとって非常につらい。だから、もう少し耐震レベルの底上げが必要かもしれない。加えて、オーナーとしてどんな性能を持ちたいかを選ぶ‘性能設計’の考え方も出てきており、経済性優先などの選択肢のなかで設計して家をつくる方向に進んでいく。」と石山氏は先を見通す。2018年の北海道胆振東部地震で起きた大規模停電などを考えると、地域社会の視点も重要になる。「水道や電気などインフラを含めて、1軒1軒の耐震性以外の地域社会のことも考えなくてはいけない。」と注意を喚起する。
ISO3010は1988年に発行し、その後2001年と2017年に改訂が行われた。建築構造分野の国際標準化で生き字引の石山氏は2001年改訂時の苦労を思い出す。「全部資料は郵送だった。今みたいに、インターネットを介して電子メールの添付ファイルで送るなんて、そんな便利なものはなかった。」と笑う。「すべて印刷して各委員に郵送して、返事を受け取って直して、どこを直したかを記録していた。」と振り返る。「電子メールをやりとりするようになり、国際的に参加してくれる人も増えた。」とITの進化に感謝する。
【標準化活動に関する略歴】
1965年 北海道大学工学部建築工学科卒業
1967年 北海道大学大学院工学研究科修士課程修了
1967年~1971年 建設省営繕局建築課
1971年~1991年 建設省建築研究所
1991年~1997年 北海道大学工学部 教授
ISO/TC98(構造物の設計の基本) 国内対策委員会 委員
1994年~2001年 ISO/TC98/SC3(荷重、外力とその他の作用)/WG6(構造物への氷結荷重) エキスパート
1995年~2001年 ISO/TC98/WG1(地震荷重) コンビーナ
1997年~2005年 北海道大学大学院工学研究科教授
1997年~2017年 ISO/TC98国内対策委員会 委員長
2013年~2017年 ISO/TC98/SC3/WG9(地震荷重) コンビーナ
最終更新日:2023年3月30日