経済産業大臣表彰/牧野 睦子(まきの ちかこ)氏
公益財団法人日本適合性認定協会 事業企画部 次長
地球温暖化防止に向けた日本の取り組みを国際規格化、パリ協定に貢献
地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」は、「世界の平均気温上昇を産業革命前に比べ2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する。」ことを掲げている。前身の京都議定書は先進国だけにGHG(温室効果ガス)削減を義務付けていたのに対し、パリ協定では、途上国を含む全ての締約国が、温暖化に対する目標値や対策案を「約束草案(NDC)」としてまとめ、国連に提出する必要がある。
リソースやノウハウが不足する途上国で、どのような行動を起こせばよいのか。国際規格ISO14080(温室効果ガスマネジメントと関連活動:気候変動対策の方法論のフレームワークと原則)は、途上国でも気候変動の緩和及び適応の取り組みができるよう、ガイダンスの役目を果たすともいえる国際規格だ。
この規格は、日本とインドネシアとの共同でISOに規格化を提案した。その際、取りまとめ役(共同コンビ―ナ)として主導したのが、日本適合性認定協会の牧野睦子氏だ。当時インドネシアは、日本を含むさまざまな先進国からCO2削減に向けた森林保全援助を受けていた。しかし、各援助国によって方法論が違うため、インドネシア側から「ルールを統一し、自分たちでPDCA管理ができるような国際規格にしたい。」と相談があったことをきっかけに、ISOへの共同提案に向けたプロジェクトがスタートした。
GHG削減対策について我が国には、経団連が2009年に策定した「低炭素社会実行計画」で多くの企業を巻き込んで対策を積み重ねてきた実績がある。それぞれの産業セクターごとに目標を掲げ、ISO14001(環境マネジメントシステム)に沿って環境活動を推進・実行し、PDCAサイクルで取り組みを推進していく。それを政府に報告するという仕組みが出来上がっていた。「このPDCAサイクルの仕組みを国際規格化することで、途上国でも活用でき、パリ協定の目的にも資する枠組みがつくれると思った。」と牧野氏。
国際規格原案の作成にあたっては、インドネシアやタイ、ベトナムなどの途上国で実際に使えることを意識した。牧野氏は「日本の知見を国際規格に取り込むことで、そのまま日本からの途上国のキャパシティビルディング(能力構築)の支援にも使える。」と考えていた。さらに、海外進出した日系企業がこれまでの環境活動をそのまま現地に持ち込むことができ、優遇措置を受けやすくなるなど、我が国の国際競争力向上にもつながることになる。
途上国でも、小さなNGOでも、誰もが活動できるように
こうして出来上がったISO14080は、パリ協定に貢献する国際規格として国際的な評価を獲得。低炭素社会実行計画の国際展開、国際協調ができる契機ともなった。牧野氏が現在熱心に取り組んでいるのが、実際に途上国で同規格の効果を感じてもらうワークショップだ。
GHG削減に対し、どんなプロジェクトをどのように進めるのか、人材や資源をどう確保するのか、活動に関してどのような情報を開示するのか……「インドネシアからの要望で、それらを記載できるようなテンプレートをISO14080付属書Eの中に用意した。実際に書いてもらうことで、自分たちの活動が約束草案にどのように貢献できるかを見直す内容にもなっている。」と牧野氏。
また、このテンプレートでは、GHG削減の取り組みを通して「地元での雇用が増えた」「人権問題に配慮している」「生産管理が適切か」といった、SDGs(持続可能な開発目標)の観点からも活動を考えられるようになっている。実はこの規格は、ISO規格の中でも最初にSDGsという単語を取り入れた規格だ。
2020年1月にインドネシアで開かれたAPEC SCSC(基準・適合性小委員会) ISO14080ワークショップには、中国、タイ、ベトナム、マレーシア、ロシア、チリ、インドネシア等9カ国が参加。気候変動アクションの結果の評価、認定や検証の在り方、電気自動車の導入推進や違法伐採問題へのアプローチなど、熱心な議論が起きた。ワークショップでは「今はできないが将来やりたい活動」も書いてもらう。「方法論として書いておけば、5年後、10年後、次世代でその活動が実現できるかもしれない。途上国のイノベーションが促進するきっかけにもなればうれしい。」と牧野氏は目を輝かせる。
日本国内でも、さまざまなNGO(民間の国際協力団体)が環境活動に取り組んでいる。ISO14080は、途上国のみならずそうした組織活動にも使ってほしいという。「この規格で自分たちの活動を改めて見直し、さらに深化させて欲しい。」と牧野氏。1人でも多くの人が参加し行動することで、パリ協定のめざす目標に限りなく近づいていくはずだ。
そのためには、同規格の存在や内容をもっと多くの人に知ってもらう必要がある。牧野氏は日本語訳の発行を検討するとともに、「アニメやマンガにしたい。来年は、アニメ製作会社等にも具体的な提案をもっていきたい。」と今後の構想はふくらむ一方だ。
積極的な牧野氏だが、それは「経営層や上司の理解があることが大きい」という。標準化活動をサポートする環境がなければ、国際規格はつくれない。これからの若手人材には、「ぜひ自分たちの企業価値が上がるような規格提案を積極的に行ってほしい。そのためには、経営層と上司の理解やサポートを得ることが何より大切だ」とのメッセージをいただいた。
【標準化活動に関する略歴】
2007年~現在
ISO TC207/SC1(環境管理) IAF(国際認定フォーラム) リエゾン/エキスパート
ISO TC207/SC4(環境パフォーマンス評価) エキスパート
ISO TC207/SC7(温室効果ガスマネジメント及び関連活動) IAF リエゾン/エキスパート
ISO TC/301(エネルギー)IAF リエゾン/エキスパート
2013年~現在 ISO/TMBG(技術管理評議会グループ)/TF7(気候変動コーディネーションタスクフォース) タスクフォースメンバー
2015年~2018年 ISO/TC207/SC7/前WG7(ISO14080原案作成) 共同コンビ―ナ
2008年~現在 IAF GHG/Energy(エナジー)WG 共同コンビ―ナ
2013年~2019年 PAC(太平洋認定協力機構(現:APAC))技術委員会 副議長
2006年 公益財団法人日本適合性認定協会(JAB)認定センター 入職
2008年 JAB認定センター 課長
2013年 JAB環境・エネルギー・GHGプログラムマネジャー
2018年~現在 JAB事業企画部 次長、技術部 製品・要員・GHGプログラムマネジャー
*当初公開時、ワークショップの開催年月と参加国数に誤りがあったため、訂正し2020年7月16日に再度公開しました。
最終更新日:2023年3月30日