経済産業大臣表彰/諸野 普(もろの ひろし)氏
寺崎電気産業株式会社 システム事業 マーケティング部 シニアアドバイザー
海上の多種多様なデータ活用ができる標準プラットフォーム構築を牽引
海事分野のIoT、ビッグデータ活用と言われて何を思い浮かべるだろう。実は現在、この分野は我が国がリードしている。その功労者の1人が寺崎電気産業・シニアアドバイザーの諸野普氏だ。
諸野氏は現在に至るまで20年間、国際標準化活動に従事。国際標準化機構(ISO)の船舶及び海洋技術専門委員会(TC8)/航海及び操船分科委員会(SC6)の国内対策委員会等の委員として、日本提案の国際規格23件の制定に貢献してきた人物である。
海上や船舶に関するデータは多種多様にある。船の軌跡やスピード、受ける風力などの航海系データ、エンジンの回転数や燃費、発電容量をはじめとする船内機器の各種データ、積荷情報データや日々異なる気象データ、監視や管理を行う陸上とのやり取りなどを含めると膨大なものとなる。
このようなデータは、後述する2つの規格(ISO19847、ISO19848)を2013年にISOへ提案する前には一元的に管理する仕組みがなかった。それどころか「一隻の船内データでさえ一元管理できていなかった。」と諸野氏。多様な船内機器は各種メーカーの機器が1つ1つ単独で稼働し、相互に連携していなかったのだ。
国際標準化に向けて最初に動き出したのは、船内LANについてだ。日本舶用工業会が中心となり、日本案を提案。諸野氏はコンビーナ(取りまとめ役)兼プロジェクトリーダーを担い、2013年にIS016425(船内LAN整備指針)として制定された。
その後、諸野氏は、その船内LANをベースとした船内機器データの利活用を目的とする研究会を立ち上げ、研究会を通じて得られた日本産業界のニーズを汲んだ2つの国際規格制定も主導する。
1つ目は「実海域データ共有化のための船内データサーバー要件(ISO19847)。」これは、すべてのデータを集約するためのデータサーバーづくりだ。
2つ目は「船上機械及び機器用データ標準(ISO19848)。」こちらは、各種船内機器のデータに記述する船舶固有のIDやデータ分類などについて統一的な仕様を定めたもの。それまで、データ形式は業界各社でバラバラであったが、それを包含できる仕様であることがこの規格の大きな特徴だ。この特徴により新規格への移行もスムーズなものとなる。
これらの国際提案活動において苦労したのは、「イギリス、ドイツ、ノルウェー、デンマークなど、海事分野で影響力のある各国への事前根回しは大変だった。」と諸野氏。「これまで各々が使用しているデータ形式は、規格制定後も使えるようにする。だから我々に協力してほしいと訴えたことが功を奏した。」と回想する。
諸野氏が牽引したこれら3つの国際規格により、異なる機器間、船舶間の各種データが、陸上を含めて活用できるようになり、共有化されビッグデータとなった。これらのデータ活用が進むことで、海事分野では今後さまざまな改善や新たなサービス創出が見込まれている。
例えば、船を運航する船社は、より安全で省エネな運航が可能となる。効率的な操船は温室効果ガス(GHG)排出削減にもつながるだろう。船員の労務軽減や保守コストの削減なども想定される。今後の自動運航にも有効活用されそうだ。また、舶用メーカーや造船所、車の車検の船版にあたる船級などでも、より効率的な業務や今までにないサービスを提供できるようになるかもしれない。ビッグデータの活用が今後も新たな可能性を切り開いていくだろう。
加えて、我が国の事業者がこの分野で先行者メリットを受けるなど、国際競争力強化につながることが期待できる。これらの功績が諸野氏の今回の受賞にもつながった。先行者メリットの一例で、厳しい舶用搭載要件を満たした自社の船舶用PCシリーズを紹介する諸野氏。「製品投入は一番乗りでした。」と笑みを浮かべる。
自社のため、所属する産業界のため、国益のためをベースに
一企業に勤務しながら国際標準化活動を行ってきたことについて伺うと「何より経営トップの理解と後押しが大きかった。」ことを挙げる諸野氏。「もちろん活動のメリットの説明や報告はきちんと行っていた。」と付け加える。
また「自社のため、自社が属する産業界のため、国益のためが基本。汗をかいて、結局誰のため?という規格になってはいけない。」と話す。こちらは標準化活動を志す次世代へのメッセージだ。
今後は「制定された規格の強化に取り組んでいる。」と諸野氏。サイバーセキュリティー対策や製品試験についてなど5つの規格づくりをめざすなど、まだまだアクセルを緩める様子がない。
諸野氏が礎づくりに関わり、海上の多種多様なデータが活用できる標準プラットフォーム。その誕生は、IT業界をはじめ異業種の参入を容易にし、新たなビジネスチャンスが広がることを意味する。その先にある“海まるごと”、“地球まるごと”のIoT化、ビッグデータ活用となると、そのインパクトは計り知れない。
最後に「精力的ですね。」と感想を伝えると、「乗りかかった船ですから。」と笑顔の返答。“お約束の返し”なのかどうかはさておき、精力的であることは間違いない。
【標準化活動に関する略歴】
1976年 寺崎電気産業株式会社 入社
1999年 同社 技術開発部次長 兼 電子情報開発センター長(船舶用電子製品開発)
1999年~2018年 一般財団法人日本船舶技術研究協会/標準部会/航海分科会等 委員
(航海機器関係JIS原案作成委員会 兼 ISO/TC 8/SC 6 国内対策委員会等)
2002年 同社 技術本部長(全社技術部門の開発統括)
2005年 同社 システム事業 マーケティング部長
2010年~2013年 ISO/TC 8/SC 6のISO 16425:2013 プロジェクトリーダー
2010年~現在 ISO/TC 8/SC 6/WG 16(船内機器用情報系ネットワークシステム作業委員会) コンビーナ
2011年~現在 同社 シニアアドバイザー(船舶用業界における共同開発に従事)
2012年~現在 一般社団法人日本舶用工業会 スマートナビゲーションシステム研究会 幹事長
2015年~2018年 ISO/TC 8/SC 6のISO 19847:2018及びISO 19848:2018 プロジェクトリーダー
最終更新日:2023年3月30日