経済産業大臣表彰/磯野 秀樹(いその ひでき)氏
富士通オプティカルコンポーネンツ株式会社 シニアプロエンジニア
「PIC技術」の標準化を推進し、光トランシーバの集積化・小型化に貢献
パソコンやスマートフォンなど携帯端末の普及や情報のクラウド化技術の発展に伴い、データ通信量は日に日に増大している。2017年から2022年までの間、全世界のICTトラフィック(通信回線やネットワーク上で送受信されるデータ量)は年率26%のペースで伸張し続けると予測されていることから※1、データセンタ内及びデータセンタ間の伝送速度の高速化と大容量化が必要となる。こうしたことから、これらの領域に使われる光トランシーバ(電気信号と光信号相互に変換するためのデバイス)の集積化・小型化とともに、PIC(光集積回路)の技術も進展し、製品化が進められている。これこそが富士通オプティカルコンポーネンツの磯野秀樹氏が国際標準化を推進した技術だ。
※1:CISCO VISUAL NETWORKING INDEX(2018)より引用
磯野氏は、1996年からIEC(国際電気標準会議)/ TC86(ファイバオプティクスの専門委員会)の委員として通信用光部品の標準化活動全般に携わり、2014年から現在に至るまでSC86C(光ファイバシステム及びアクティブデバイスの分科委員会)のWG4(アクティブデバイスの作業グループ)のコンビーナとして、日本提案のとりまとめだけでなく、各国との意見調整も担務している。WG4では、光トランシーバの集積化、小型化、超高速化を可能とするPIC技術にテーマを絞り込み、標準化を推進した。
その結果、経済産業省が主導で実用化を進めたI/Oコア※2型のPIC技術を基本仕様とする国際規格が、2019年にIEC62148-19(光ファイバアクティブデバイス-パッケージ及びインタフェース標準-第19部: 光チップスケールパッケージ)として発行された。この規格が、今後も需要が高まり続けるPIC技術の国際標準化の先駆となったことは、自国の光トランシーバの開発が加速することにつながり、我が国業界への波及効果は大きい。データをより高速、高品質で送れるようになるなど、身近なところでもさまざまな場所でそのメリットを享受することができる。
※2:アイオーコア株式会社が事業化を進めている世界最小、低消費電力、高速通信の光トランシーバ
「光トランシーバ技術の改良は今後も続いていく。」と磯野氏は強調する。現在、データセンタ市場にて主流で使用されているのは最大で毎秒100ギガビットの通信を可能とする光トランシーバだが、「今後は400ギガビット又はそれ以上の光トランシーバの需要が高まっていく。800ギガビットの光トランシーバが必要となる日も近い。」と見通しを語ってくれた。
磯野氏は、IEC以外でも活動の幅を広げている。設立から約60年目の歴史あるIEEE802.3(米国電気電子学会イーサ規格策定委員会)やOIF(光インターネット開発推進フォーラム)などの国際フォーラム標準化に10年以上参画し、我が国のリーダーとして、超高速光トランシーバ、通信用光部品の標準化をグローバルな舞台で推進してきた。
フォーラム標準とは、関心のある複数の企業などが「フォーラム」と呼ばれる組織を結成し、業界の標準を作ることだが、「国際標準よりも会議開催の頻度が多く、市場動向の変化に柔軟である。」と磯野氏。「PIC技術は、技術革新のスピードが速く、競争の激しい分野であることから、フォーラム標準にも力を入れていきたい。」と続けた。
一方、「国際的な場で審議を行うため、言語の壁はとても大きい。」と苦労を語る。日本人であるというハンディキャップは通用しない。ビジネス英語が飛び交い、やはり最初はハードルが高いという。
400G QSFP56-DD ZR/ZR+ トランシーバ
400G OSFP ZR/ZR+ トランシーバ
標準化で打ち勝つためには、長く関わって“ファミリー”になることが重要
どのように標準化を制すればいいのかと質問をすると、磯野氏から「“ファミリー”になること。」と答えが返ってきた。海外では10年以上委員を務める人が多いため、会議や個別の規格交渉、レセプションへの参加やロビー活動などを通して彼らに存在を覚えてもらい、人脈を作ることが肝となる。「日本の企業では、キャリアパスの一部として標準化に携わる人が多く、2〜3年で交代してしまうことがよくある。“ファミリー”にならないと、思うように進められない場合が多々あるため、その前に辞めてしまうのはもったいない。」と磯野氏は話す。
現在、磯野氏は次世代の育成にも積極的に取り組んでおり、大学の理工学部の学生に標準化活動の重要性や実態を伝える「出前講義」を継続的に実施しているという。「若いうちから標準化という活動を知り、興味を持ってもらいたい。そして、ぜひ“ファミリー”の一員になって、グローバルな舞台で活躍してほしい。」と熱く語る。
標準化活動の魅力を聞くと、「時代の最先端技術をリードできること、さまざまな国で異文化に触れる機会があること。」を磯野氏は挙げた。
「これからさらにグローバルな開かれた世界になっていく。私たちの技術も、同じようにオープン化するべきだ。」
「通信は人と人をつなぐもの。」磯野氏は、この言葉で取材を締めくくった。最新技術は独占せずに共有することで、ビジネスの機会を増やし、日本経済の成長に貢献することができる。今後もデータ通信技術の発展が見込まれる現在、磯野氏の言葉は一層力強く響いた。
【標準化活動に関する略歴】
1981年4月 富士通株式会社 入社
1991年1月 富士通北海道ディジタルテクノロジ株式会社出向
1995年6月 富士通株式会社へ復職
1996年4月~現在 同社 光通信部品部門標準化代表
1996年4月~2000年9月 IEC TC86(ファイバオプティクス)
SC86B(光ファイバ接続部品・能動部品)/ SC86C(光サブシステム・能動部品) 日本代表
2006年4月~現在 IEC SC86B/SC86C日本代表
2006年10月~現在 光産業技術振興協会 標準化委員
2009年1月~現在 電子情報通信学会 規格調査会委員
2009年4月 富士通オプティカルコンポーネンツ株式会社出向
2011年3月~現在 JISC(日本工業標準調査会)臨時委員/電子技術専門委員会
2014年11月~現在 IEC SC86C/WG4(アクティブデバイス)コンビーナ
最終更新日:2023年3月30日