経済産業大臣表彰/谷津 行穗(たにつ ゆきお)氏
谷津ITコンサルティング 代表
ソフトウェアの高品質化を支える国際規格発行に貢献
情報通信技術、そしてIoT(モノのインターネット)化が進んだことによりソフトウェアの果たす社会的役割は日に日に増大している。情報検索サービス、自動運転など、また医療場面では内視鏡などの医療機器を機能させるソフトウェア、さらにリモート診療や電子カルテの利用環境の実現、などあらゆる場面で私たちの生活はソフトウェアに支えられている。
社会的役割が増えれば、品質へのニーズも同様に増える。利用者の「ちゃんと動いてくれるものがほしい。」「安心して使いやすいものがいい。」といったニーズから、ビジネスへの高度な貢献や、運用のしやすさなど、開発者・販売者・使用者などのさまざまな目線から多岐にわたる要求が存在する。
そして、ニーズと同時に増えるのはソフトウェアの品質不良によるリスクだ。万が一、個人情報の漏洩やサイバーテロなどが起きた場合の損害は計り知れない。多様なニーズとリスク回避にこたえるソフトウェアの高品質化は、現代社会の最重要課題の1つといえ、それこそが谷津ITコンサルティングの谷津行穗氏が国際標準化を推進してきた分野だ。
谷津氏は1994年からISO(国際標準化機構)/IEC(国際電気標準会議) JTC 1(情報技術)/SC 7(ソフトウェア及びシステム技術)の委員として活動を始め、2010年から同SCの国内対策委員長を務めている。
谷津氏の代表的な功績の1つに、1994年からISO/IEC25000シリーズ(システム及びソフトウェア製品の品質要求及び評価、Systems and software Quality Requirements and Evaluation、通称「SQuaRE」)の発行に貢献したことが挙げられる。
ISO/IEC JTC 1/SC 7総会でのWG会合
-KJ法を用いた協議(2008年5月ドイツ・ベルリン)
議論が紛糾したので谷津氏の提案により各国の委員が品質特性「互換性」についてどのように評価しているのかをカードに記載し、「機能性」と「移植性」との重なり状況を系統ごとに取りまとめているところ。
(画像提供:谷津ITコンサルティング)
2011年、谷津氏は、シリーズの根幹となるISO/IEC25010(システム及びソフトウェア製品の品質要求及び評価(SQuaRE)―システム及びソフトウェア品質モデル)では、100件を超えるコメント処理に国際会議や電話会議で対応し、制定を主導した。本規格では「ソフトウェア製品の品質をさまざまな視点から考慮して、品質特性として階層的に展開している。」と谷津氏。製品開発時に適用する品質モデルを定め、品質要求を決定する際に使用される規格だという。
「国によって文化が違うため、品質特性を分類するのは非常に難しかった。」と当時を語る。「例えば、『互換性』や『移植性』などは国により大きく異なり、とりまとめに苦労した。また、利用時の品質特性である『満足度』や、そこに付随する『喜び』や『安らぎ』などの精神的な特性の分類は引き続きの課題であり、現在、改正案を検討中である。」という。谷津氏は議論の場でKJ法注1)を用いて「あなたの国では『互換性』はどのように評価するのか、と具体的なユースケース注2)を聞いたり、日本の具体例を示したりして、論理的に話し合いを進めるよう工夫した。」という。
注1) 文化人類学者の川喜田二郎氏(東京工業大学名誉教授)が考案した情報整理と発想のための手法。ブレインストーミングなどで得られた情報をカードに書いて可視化し、系統ごとに整理、分析し、図解などを用いてまとめることで課題や問題点を抽出する。
注2)利用者があるシステムを用いて特定の目的を達するまでの、双方のやりとりを明確に定義したもの。利用者は機器を操作する人間以外にも外部の他のシステムなどを想定する場合もある。
「この規格シリーズがさらに国際的に広まっていけば、同じ指標でソフトウェア製品を評価することができる。PDCAサイクルの改善のためのヒントやベストプラクティスなども共有でき、国際規格へのフィードバックにもつながる。ソフトウェア製品の高品質化に向け、より質の高い議論ができるようになる。」と本規格シリーズの重要性を語る。
標準化活動は世界の人と同じテーマで異なる意見を議論できる場所
国内では、谷津氏は2010年から7年間、JIS原案作成委員を務めSQuaREシリーズのJIS化に尽力した。「シリーズのための翻訳の辞書を整えることに苦労した。使用される言葉や関わる人は常に変わるため、勝手な翻訳はできない。」と谷津氏。分かりやすく誤解のない語彙を選択し、原文の意図を忠実に反映することを重要視したという。
今後の取り組みについて、「ソフトウェアの開発や運用の形態は変化している。以前は作業工程を分割し段階的に開発を進めていく『ウォーターフォールモデル注3)』という開発プロセスが主流だったが、現在はスピード重視で実装とテストを繰り返す『アジャイルモデル注4)』へ移行している。AI技術などの発達もあり、ソフトウェア製品の利用場面も変わってきている。新しい時代に適応した考慮すべき品質指標や品質項目について引き続き議論していきたい。」と意気込む。
注3)ソフトウェアの開発として古くからある最もポピュラーな開発手法で、主として次のような開発工程で行う手法であり、大規模プロジェクトに向いている。1.要件定義(要求仕様)、2.外部設計(概要設計)、3.内部設計(詳細設計)、4.開発(プログラミング)、5.テスト、6.運用
注4) ウォーターフォールモデルは、各工程を順番に行うことを前提としているのに対し、ソフトウェアの開発を迅速かつ状況に応じて柔軟に対応できるように開発する手法の総称であり、小規模のプロジェクトに向いている。例えば、開発チーム内あるいは顧客と開発チームとが密接に議論を交わし、変更する箇所や追加する機能を決め、もう一度各工程を反復する。このサイクルを短い周期で何度も繰り返すことにより徐々にソフトウェアの完成度を高めていく。
「標準化活動は世界の人と同じテーマで異なる意見を議論できる場所。ぶつかり合うからこそ、自分の意見の通し方、相手の意見の受け入れ方が分かるなどたくさんの学びがある。」と谷津氏。「ぜひ、若い方にも積極的に国際会議の場に参加してほしい。」と次世代へのエールを送る。
【標準化活動に関する略歴】
1973年 芝浦工業大学工業経営学科卒業
1973年~1977年 丸紅エレクトロニクス株式会社入社
1977年 日本アイ・ビー・エム株式会社入社
1991年~1992年 ISO/ TC 176(品質管理及び品質保証)/ SC 2(品質システム)/
WG 5(ソフトウェア品質保証 - 国内ではWG 15)委員
1994年~現在 ISO/ IEC JTC 1(情報技術)/SC 7/ WG 6(ソフトウェア製品及びシステム品質)委員及びエキスパート(2012年~2015年)
2008年~2010年 日本アイ・ビー・エム株式会社 大和事業所長 研究・開発・標準担当
2010年~2018年 一般社団法人情報処理学会 情報規格調査会 SQuaREに関するJIS原案作成委員会委員(2014年4月~2015年3月除く)
2010年~現在 ISO/ IEC JTC 1/ SC 7 国内対策委員会 委員長
2011年~2013年 JISC(日本工業標準調査会)臨時委員/情報技術専門委員会
2011年~現在 ISO/IEC JTC 1/SC 7 日本代表及びSC7内のBPG(方針策定グループ)日本代表
最終更新日:2024年5月21日