経済産業大臣表彰/片岡 修身(かたおか おさみ)氏
ダイキン工業株式会社 空調生産本部企画部 役員待遇・国際標準化担当部長
日本で生まれた環境にやさしい「新冷媒」の世界的な普及に貢献
今やエアコンは、私たちが生活を送る上で欠かせないものだ。エアコンには冷媒として、従来からフルオロカーボン、いわゆるフロン系のガスが利用されてきた。しかし、1989年のモントリオール議定書により、オゾン層を破壊するおそれのある特定フロンが規制されることになり、空調業界では代替フロンHFC(ハイドロフルオロカーボン)への転換が図られてきた。
ところが、HFCには二酸化炭素の2000倍程度の温室効果があることが分かり、1997年の京都議定書では地球温暖化への影響が問題視され、HFCも規制の対象とされた。こうした背景から、オゾン層を破壊せず、かつ、地球温暖化係数(GWP)の低い「新冷媒」が求められるようになった。
ダイキン株式会社の片岡修身氏は、ISO(国際標準化機構)/TC86(冷凍空調機器)の国内分科会の委員長として、また、冷媒関連のISO及びIEC(国際電気標準会議)の6つのWGのエキスパートとして、冷媒関連の国際規格の改正を主導してきた。氏の大きな功績は、ISO817(冷媒称号及び安全等級)に新たに「A2L(微燃性)」という等級を設け、環境・温暖化対策として新冷媒の実用化に貢献したことにある。
「1999年当時、IECでは可燃冷媒に関する規格改正が欧州主導で行われていたが、日本のメーカー視点では可燃性の観点からの安全性の検討が非常に楽観的で、このままでは実用化は難しいと思っていた。また、ほぼ同時期にISO817でも規格改正が始まり、従来の冷媒の安全性や等級を見直そうと提案したのが発端だ。」と片岡氏。
当時は燃焼性区分で「不燃性(Class1)」「燃焼性(Class2)」「強燃性(Class3)」の3等級があり、安全性区分で「低毒性A」「高毒性B」に区分されていた。不燃性の冷媒は安全だがGWPが高い。一方、GWPがほぼゼロの冷媒は強燃性のため、エアコンで使用するには問題がある。「燃えるか、燃えないかの議論で、温暖化対策がなかなか進まない。そこで、わずかに可燃性があるが、家庭用で使うには十分安全で、かつGWPの低い冷媒なら、実用化できると考え、弱燃クラスの判断条件を厳格化して、安全に使える冷媒だけを弱燃とすることを提案した。しかし、この判断条件では、当時、カーエアコンの代替冷媒として候補に上がっていたR152aという冷媒が強燃になってしまうため、米国環境保護庁(EPA)から要請があり、弱燃の下にA2L(微燃性)という等級を作ることで落ち着いた。」と片岡氏は語る。これは、国際標準化は技術的な議論ではあるが、必ずしも技術的に正しいことを押し通すのではなく、また、相手の立場に立った、落としどころを探ることも重要であるとの証左である。
微燃性(A2L等級)冷媒HFC-32(R32)を
使用した量産家庭用エアコン室外機の一例
(画像提供:ダイキン工業株式会社)
審議の過程では、「燃えにくい可燃性ガス」という物性がなかなか理解されず、特に米国を説得するのに苦労したという。PL法(製造物責任法)で保守的な米国は、絶対に可燃冷媒は使わないスタンスだった。「世界的に燃焼性の等級は米国のASHRAE(アシュレイ/米国暖房冷凍空調学会)規格が通用していた。はじめはASHRAE規格の改正を目指して提案を持ち込んだが、米国では可燃性冷媒は使われることはないので規格を改正する意味が無いとして、まったく相手にされない。そこでISOに提案し、何とか規格化の合意を取り付けた。」と片岡氏。2005年には、ISO817にA2L(微燃性)の等級を盛り込む改正を行うことを作業部会で決定したが、それを反映したISO817は2014年にようやく発行された。
ISO817でのA2Lという冷媒の安全等級の規格化と並行し、実際にエアコンに使用するにあたって可能性の高いA2L等級の冷媒であるR32の実用化に向けて、充填量の制限を緩和する規格改正にも動いた。充填量を増やせば、冷却能力が高まり、より大きなエアコンに適用できるが、漏洩した際に可燃濃度に達する空間が大きくなるので着火リスクが大きくなり、また、もし着火すれば被害も大きくなる。IEC60335-2-40(家庭用空調機器等の安全)では可燃性冷媒の充填量が規定されようとしており、A2L等級の冷媒を市場に導入するには、家庭での使用に危険性がないことを明らかにする必要があった。「許容充填量の計算式を考えて、それが正しいことを検証するために、当時の工業技術院(現国立研究開発法人産業技術総合研究所)のスーパーコンピューターを貸していただいてCFD(計算流体解析)解析を行った」。今ではかなり普及しているが、20年以上前の当時、CFDを行うことは高価で珍しいことだった。
片岡氏の粘り強い努力により、2005年にA2L等級を含む可燃冷媒の安全要求事項を規定するIEC60335-2-40の制定に漕ぎつけた。これにより、2012年には我が国発の技術として、開発者などの多大な尽力もあって微燃性のA2L等級の冷媒に属するHFC-32(R32)を充填した量産家庭用エアコンが世界で初めて市場に登場した。この冷媒は従来の冷媒より性能が良く、オゾン層を破壊せず、GWPも低く、回収・再生がしやすい。加えて比較的安価なことから急速に世界への普及が進み、現在では、日本の家庭用エアコンにはほぼこの冷媒が使用され、欧州やアジアの多くの国でも小型エアコンの主力冷媒となっている。
国際標準化は「世界を変える」インパクトがある
2014年には、A2L等級の冷媒の考え方を大型空調設備や冷凍冷蔵設備に適用するためにISO5149(空調機及びヒートポンプの安全・空調)の発行にも漕ぎつけた。A2L等級の冷媒は、現在は家庭用エアコンだけでなく業務用エアコンにも普及が進み、ビルの各フロアを冷やす程度のビル用マルチ空調機にも本格的適用が検討されている。
「今後の温暖化対策上は、充填量の上限をどこまで上げられるかが大きな課題だ。充填量が増えると着火リスクが高くなり、また予測される危害度も大きくなるため、安全対策と環境問題のバランスを取りながら、慎重に進めていきたい。」とのことだ。
国際標準化活動を通して、片岡氏は改めて「日本人は控えめだ。」という。「日本で検討した良い技術を世界中の多くの人に使ってもらうためには、国際的な場で発言することが必要だ。」と提言する。
国際標準化はビジネスへの影響が直接的にはわかりづらく地味な活動に思える。しかし、世界にも影響を与える大きな結果を出すことができる。実際、片岡氏の活動は、ISOの標準化活動の実績により、かつては全く相手にされなかった米国のASHRAEにも結果的に影響を与え、ISO817のドラフトをコピーする形で2010年に改正され、最近は米国でもカリフォルニア州はエアコンなどで本格的なA2Lクラスの冷媒採用を前提としたGWP規制に合意したし、連邦政府も同様な法案を検討しているという。
片岡氏の許容充填量の理論に関する論文はEPAの法案にも引用された。「自分の名前を見つけたときはうれしいと同時に、ようやく理解されたか、と感じた(笑)。標準化活動は世界を変えるという意味で、技術者としてもやりがいある活動だ。ぜひ多くの人に挑戦してほしい。」とメッセージをいただいた。
【標準化活動に関する略歴】
1979年 九州大学工学部造船学科卒業
1979年 ダイキン工業株式会社入社
1993年 同社 新冷媒対応プロジェクト
1997年~現在 ISO/TC86、SC1(冷凍装置の安全・環境要求)及びSC8(空調機及びヒートポンプの試験と評価)日本代表。
TC86国内分科会委員
1998年~2001年 ISO/TC86/SC1及びIEC(国際電気標準会議)/SC61D(家庭用空調機の安全要求)のJWG(IEC60335-2-40 改正)
エキスパート
1999年~現在 ISO/TC86/SC8/WG5(ISO817改正)エキスパート
2000年~2004年 ダイキン工業株式会社 地球環境室技術部長
2000年~現在 ISO/TC86 国内分科会委員長
2001年~2005年 公益社団法人日本冷凍空調学会 理事
2004年~2007年 ダイキン工業株式会社 地球環境室 室長
2007年~2014年 日本冷凍空調工業会出向 同工業会欧州事務所長
2011年~現在 IEC/SC61D/WG9(IEC60335-2-40での微燃性冷媒(A2L冷媒)の安全要求事項検討)、
WG16(IEC60335-2-40での可燃性冷媒(A2、A3冷媒)の安全要求事項検討)及び
WG21(IEC60335-2-40でのA2L、A2、A3冷媒の安全要求事項検討)エキスパート
2014年~現在 ダイキン工業株式会社 役員待遇・空調生産本部 企画部
最終更新日:2024年5月21日