内閣総理大臣表彰/大岡 紀一(おおおか のりかず) 氏
一般社団法人日本非破壊検査協会 顧問
目には見えない安全を支える―非破壊検査のISO/JIS化を主導
「非破壊検査」という言葉を聞いたことがあるだろうか。その名のとおり、検査対象物を「壊さずに」内部のきずや欠陥、劣化状況などを検査する技術のことで、原子力発電所やプラント、鉄橋やビルなどの構造物の安全確認から、製品や部品の品質管理にも幅広く活用されている。
- 歯車の内部きずの状況や
配管内部の腐食状況などの
透過画像(レントゲン写真) - 球形ガスタンクの内部きずの
超音波による検査 - 大型車軸の内部きずの
超音波による検査
- 鉄骨構造物溶接部の内部きずの
超音波による検査 - 電気ブレーカーの異常状態を
赤外線サーモグラフィ試験の
熱画像による検査 - 道路の埋設配管のレーダーによる
地中探査
一般財団法人 高度映像情報センター 制作)
「病院ではレントゲンやエコーを使って人の体を検査するが、非破壊検査もそれと同じこと。きずの有無、種類や寸法によって、その構造物や製品の寿命がどのくらいで交換の時期はいつか。今はそこまで判断できるようになっている。」と語るのは、内閣総理大臣表彰を受賞した日本非破壊検査協会 顧問の大岡紀一氏。
大岡氏は1965年に日本原子力研究所に入所。放射線検査や超音波検査などの試験研究に従事しながら、「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故の調査や新潟中越地震後の原子力機器の健全性評価などにも関わった。こうした経験から専門性の高い技術者として、ISO(国際標準化機構)/TC 135(非破壊検査の専門委員会)の日本代表や国内対策委員長を歴任し、2016年からは同TCの国際議長を務めている。
ISO/TC 135総会での集合写真(左)と会議風景(右)
(出典:一般社団法人日本非破壊検査協会 機関誌
『非破壊検査 第66巻8号(2017)』P.382 図3)
もし間違った試験結果を出せば大きな経済的損失を招くおそれがあるばかりでなく、多くの人命を危険にさらすことになる。そのため、技術者の資格・認証の拠り所として、世界的にISO 9712(非破壊試験技術者の資格及び認証)が、国内ではこれを基にしたJIS Z 2305(非破壊試験技術者の資格及び認証)が定められている。常に技量レベルの一定した技術者を増やすべく、大岡氏は国際議長及びJIS原案作成委員長としてこれらの改正・制定に尽力してきた。
放射線透過試験や超音波探傷試験といった6分野に分かれた試験の国内合格率は決して高くはない。しかし、認証資格数は2001年の約6万件から2021年には約8万件を超えるまでに伸長しており、日本は世界最大の非破壊試験技術者認証資格数を誇る。地震や水害などの多い我が国の社会インフラの安全・安心はもちろん、あらゆる産業の製品や部品などに信頼性を付与する、国際競争力の強化にも貢献する規格だといえるだろう。
人材育成は「千里の道も一歩から」
「人材育成は地道な積み重ねが大事。」というのが経験から培われた大岡氏の持論だ。それは1970年代に遡る。地域協力協定で結ばれたアジアの国々に非破壊検査技術者の育成に向けた教育訓練を行おうという試みがあり、大岡氏は国際原子力機関(IAEA)から15年間講師として派遣された。
シンガポール、タイ、マレーシア、インド、パキスタン、韓国や中国の他、さまざまな国から講習生が参加した。純粋に「日本の技術を学びたい。」という生徒の熱心さに大岡氏も誠意をもってこたえた。知識も経験も豊富で親しみやすい氏の人柄からか、休日には「先生、一緒にバーベキューに行きましょう。」と誘われることもあったという。
そうした活動が後の下地となる。2013年、大岡氏らはまだまだ技術レベルが異なるアジアの国々にISOのメンバー国となってもらうことなどを目標に、情報交換と協力関係の強化に向けてアジア・太平洋非破壊試験連盟(APFNDT)を立ち上げ、氏が初代会長に就任した。
「かつて教育訓練で教えた生徒たちが、今は各国の非破壊検査の中心的な人材となっている。ある国の団体がAPFNDTに加盟したいというので、蓋を開けたらその会長が当時の教え子だった。千里の道も一歩から、だね。」と顔をほころばせる。
(引用:ISO/TC 135ホームページ)
こうした積み重ねもあり、アジアからのTC 135参加国が増えてきている。しかし、長年の標準化活動の中で困難はなかったか尋ねると、「アメリカがTC 135から突然抜けたときかな。」と答えが返ってきた。
ISOでは、加盟国の数で勝る欧州の意見が優位となることが多く、TC 135も同様だ。その中で米国が関係する案件は多く、例えば、前述のISO 9712の審議においても米国が抜けてしまう痛手は大きかった。
「アメリカもAPFNDTに加盟していて、その点も気にしていた。日本はTC 135の幹事国でもあり、誠意をもって対応する必要がある。先方の対応委員会に出向いてTCやSC(分科委員会)の状況を説明して、何とかISOの場へ戻ってくれるように働きかけた」。
苦労は実り、氏の国際議長就任の半年前に米国はISOに復帰。ISO 9712の分科委員会での討議にも参加してもらえ、米国でもISO 9712が無事に導入される運びとなった。
2021年の12月で大岡氏はTC 135国際議長の任期満了を迎える。これからの標準化人材を育成するのは「やはり今日明日でできることではない。」と語る。
「災害の多い日本では非破壊検査の重要性が増している。今後種々の検査を組み合わせたハイブリッドな技術の確立が望まれるが、そのためには大学の安全工学や環境工学、情報工学などの分野でも非破壊検査を取り上げていただけるとうれしい。私は若いうちから研究者として下地を作る中で、周囲の皆に助けられながら成長できてラッキーだった。今後も私と同様に、若い人達に標準化に関わり成長していく機会を提供し、後人の育成に努めたい。」と語った。
【略歴】
1965年~2003年 日本原子力研究所
1988年~2011年 一般社団法人軽金属溶接協会 非破壊検査委員会 委員長
1989年~2014年 ISO/TC 135(非破壊試験) 日本代表
1991年~2012年 日本工業標準調査会 鉄鋼部会委員
1993年~2021年 一般社団法人日本非破壊検査協会 ISO委員会(ISO/TC 135国内対策委員会)委員長
1995年~1996年 ISO/TC 135/SC7(技量認定)/WG3(工業分野)コンビ―ナ
1998年~2000年 一般社団法人日本非破壊検査協会 会長
2003年~2018年 学校法人ものつくり大学技能工芸学部 非常勤講師・特別客員教授
2003年~2015年 ISO/TC 135/SC6(漏れ試験) 国際議長
2013年~現在 一般社団法人アジア・太平洋非破壊試験連盟 会長
2016年~現在 ISO/TC 135 国際議長
2017年~現在 一般社団法人日本非破壊検査協会 顧問
最終更新日:2024年5月21日