経済産業大臣表彰/工藤 拓毅(くどう ひろき) 氏
一般財団法人日本エネルギー経済研究所 電力・新エネルギーユニット担任、理事
グリーン電力との出会いから国際標準化の世界へ、環境規格の開発に貢献
2021年8月、国際連合の気候変動に関する政府間パネルは「温暖化の原因は人間の活動によるもの。」と初めて断定した。温室効果ガス(GHG)による地球温暖化問題は1980年代ごろから大きく取り上げられ、世界規模での取り組みが行われている。一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事の工藤拓毅氏は、国際標準化の分野からこの問題の解決に寄与する人物の1人だ。
1980年代、大学で環境について学んだ工藤氏は、メーカーで製品の原材料や素材の検査、商品開発に携わる。その後、改めて環境経済や温暖化問題に取り組みたいと大学院に進学し、修了後に日本エネルギー経済研究所に入所した。
転機は客員研究員として米国のシンクタンクに在籍したときに訪れた。現地で本格化しつつあった「グリーン電力プログラム」に出会ったのだ。それは電力の需要家(消費者)が通常の電気料金に加えてプレミアム料金を支払うことで、電力会社などが、太陽光、風力など再生可能エネルギー設備の整備を行うというものだった。
工藤氏はこのプログラムに興味を持ち、国内でも研究発表を行った。そんな中、日本版グリーン電力プログラムを立ち上げる動きがあり、研究所内でグリーン電力認証機構の設立に携わることに。その流れで関わるようになったのが、ISO(国際標準化機構)/TC207(環境管理)のISO 14064-1(組織における温室効果ガスの排出量及び吸収量の定量化及び報告のための仕様並びに手引)だった。
ちょうどその頃、世界規模での温暖化対策の枠組みを目指した京都議定書(1997年締結、2005年発効)による国家間のCO2排出量取引が注目を集めていた。「この制度がきちんと行われるため、企業や工場の温室効果ガス排出量算定・報告・検証のガイドラインとなるISO規格の開発が求められていた。」と工藤氏。
このISO 14064-1は2006年に発行。工藤氏は、グリーン電力等で培った経験を活かしながらISO規格開発にエキスパートとして参加した。以来、現在まで20年にわたり、さまざまな形で標準化活動に携わることになる。
コンビ―ナとして「徹底的に相手の話を聞く」中立的な姿勢を貫く
2009年、一般社団法人日本鉄鋼連盟から依頼を受け、工藤氏はISO/TC17(鉄鋼)に参加。ISO 14404(鉄鋼CO2排出量・原単位計算方法)シリーズにおいて初めてコンビーナを経験する。本規格は、鉄鋼の製造過程において排出されるCO2量及び原単位を技術的に正しく算出する計算方法を規定したもので、特定の産業分野で初となる国際規格だった。
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ISO14404を用いた製鉄所でのエネルギー/CO2原単位の計算方法のイメージ。
(画像提供:一般社団法人日本鉄鋼連盟)
この規格策定の段階で、最も印象深いエピソードがある。ドラフト(原案)に対して、欧州の複数国から示し合わせたように異を唱える全く同じ内容のコメントが送られてきたのだ。「やられた、と思った(笑)」。この状況で会議をどう運営するか、工藤氏は考えた。
欧州にはEU ETS(欧州連合域内排出量取引制度)というEU域内で通用する排出量取引の独自ルールがある。その時、アメリカの鉄鋼業界と組んで動いていた日本とは、算定方法についての考え方が違っていたのだ。
しかし、同じコメントだから欧州を代表する1か国の話だけを聞けばいいかというと、そうはいかない。工藤氏は、全ての国にじっくりと話をさせることにした。「意見を遮ると彼らは多分満足しない。同じ意見の繰り返しでも、とにかく思う存分、自らの意見を発言してもらった。」。
工藤氏の誠実な姿勢が伝わったのか、発言者の態度に軟化が見られた。最終的に日本が提案していた内容の方向で意見は集約されて、無事に発行することができたという。温暖化対策の国際規格化はこれまで欧州がリードしてきたが、ここで日本提案による鉄鋼のCO2排出量を規定する規格が誕生したのだ。
これにより、世界共通の計算手法が確立され、重工業などのCO2削減対策が世界的に求められる中、的確な温暖化対策に至る道筋をつけ、日本鉄鋼業の優れた省エネルギー技術を正当に評価する基盤ができたといえる。
また、工藤氏は2015年から2019年にもTC17でISO 20915(鉄鋼製品のライフサイクル環境負荷計算方法)のコンビーナを務めている。鉄鋼製品はほぼ全量リサイクルされるという特徴から、製造過程だけでなく、製品寿命後のリサイクルによる環境負荷削減効果も含めた算定方法が求められていた。
これまで未確立であった算定方法が本規格を通じて世界で初めて規定されたことで、リサイクルまで含めた素材選択が考慮されることになり、循環型社会の推進にも貢献する画期的な規格だといえる。
「ISOの会議運営に王道はない。異なる意見でも納得がいくまで自由に話をすることが最も必要なのではないか。」と工藤氏。
国益を背景に意見が対立することもある国際標準化の世界。今現在も10近くの案件を抱える工藤氏は、「日本の産業界はもちろん、社会にとって国際規格は重要なもの。その影響力を認識しているからこそ、責任感と緊張感を維持しながら関わり続けているのだと思う。」という。最後に、後進へのメッセージをお願いすると、「若い人には『どのような社会を実現したいか』を考える視点で国際標準をとらえ、自ら参加する様にリテラシーを高めてもらえるとうれしい。」と語った。
1991年~現在 | 一般財団法人日本エネルギー経済研究所 |
2003年~2006年 | ISO/TC207(環境管理)/SC7(GHG)/WG5(ISO 14064-1:組織における温室効果ガスの排出量及び吸収量の定量化及び報告のための仕様並びに手引き)エキスパート |
2003年~現在 | ISO/TC207/SC7国内委員会 委員、2008年より委員長 |
2009年~2013年 | ISO/TC207/SC7/WG3(TR 14069:温室効果ガス―組織のGHG排出量の定量化及び報告―ISO 14064-1に対する技術手引き)エキスパート |
2009年~2014年 | ISO/TC17(鋼)/WG21(ISO 14404-1,2:鉄鋼CO2排出量・原単位計算方法)コンビーナ |
2014年~2019年 | ISO/TC207/SC7/WG5(改訂ISO 14064-2(2019):プロジェクトにおける温室効果ガスの排出量の削減又は吸収量の増加の定量化、モニタリング及び報告のための仕様並びに手引き)コンビーナ |
2015年~2019年 | ISO/TC17/WG24(ISO 20915:鉄鋼製品のライフサイクル環境負荷計算方法)コンビーナ |
2016年~現在 | ISO/TC301(エネルギーマネジメント及びエネルギー削減量)国内審議委員会 委員 |
2016年~現在 | ISO/TC207 戦略諮問委員会(現 戦略的リーダーシップグループ) 委員 |
2019年~2020年 | ISO/TC322(サスティナブルファイナンス)/AHG Terminology (ISO/TR 32220 (2021) Sustainable finance — Basic concepts and key initiatives)エキスパート |
2019年~2021年 | ISO/TC17/WG26(ISO 14404-4シリーズの活用ガイダンス)コンビーナ |
最終更新日:2024年5月21日