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令和3年度 産業標準化事業表彰受賞者インタビュー Vol.6

経済産業大臣表彰/柴田 潤(しばた じゅん) 氏
一般財団法人日本デジタル道路地図協会 研究開発部 特別研究員

次世代の地理空間情報インフラ「ダイナミックマップ」の国際標準化を推進

 交通事故の低減や渋滞の緩和、高齢者の移動手段の確保など、交通・移動を変える新たなテクノロジーとして注目される自動運転。国内では2021年3月、一定条件下で自動運転が可能な「レベル3」の市販車が世界に先駆けて発売された。

自動運転時代の到来に向け、最大の課題は安全性の確保にある。そのためにはセンサーやAIの高度化に加え、自車の位置を正確に認識し、交通状況に応じた予測運転を行うための地図が必要だ。

そこで開発が進められているのが「ダイナミックマップ」と呼ばれるデジタル地図である。自動運転に必要な高精度3次元地図(道路・車線・建造物等とその位置情報)に、刻々と変化する事故や渋滞、交通規制等さまざまな交通環境情報を付加したデータベースであり、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム―自動運転」(SIP-adus)が提案する概念である。

ISO(国際標準化機構)/TC 204(ITS:高度道路交通システム)/WG 3(ITS地理データ)のコンビ―ナを務める、一般財団法人日本デジタル道路地図協会(DRM)の柴田潤氏は、SIP-adus発足当初よりプロジェクトに参画。日本発となるダイナミックマップの国際標準化に向けて取り組んできた。

WG 3はカーナビゲーションや自動運転のための地理データの標準化を取り扱うWGだ。1992年に設立されたTC 204が活動開始した1993年以来、カーナビゲーションの開発を先行していた日本がコンビ―ナを担当し、DRMがその引き受け団体かつ事務局としてサポートをしている。

「WG 3は発足以来、その標準化の対象領域(スコープ)を静的な地理情報に限定してきたが、ダイナミックマップは静的・準静的・準動的・動的の4層の情報が統合されている。WG 3のスコープの拡大となり、欧州の準動的・動的情報を扱う標準化団体の反発や、他のWGから既存標準とのスコープの衝突の懸念が相次いだ。」と柴田氏。

各国の協力を得るためにスコープを含む標準化内容の事前説明と既存標準のスコープと衝突しないことを検証するフィジビリティスタディで約3年もの年月を費やし、「多数の投票権を有する欧州に配慮し、年4回の会議のうち3回を先方で開催するなど協調関係の下で開発に取り組んでいる。」とのこと。

その甲斐もあり、NP(新規作業項目提案)として日本から提案、そのNP 22726(協調/自動運転システムのアプリケーションのための動的情報および地図DB仕様)はパート1(アーキテクチャおよび静的地図データ標準化のための論理データモデル)とパート2(動的データの論理データモデル)との二つから成り、柴田氏ら日本チームの尽力でようやく規格化への道筋が見えてきた。

ダイナミックマップは自動運転の未来を大きく左右するばかりでなく、次世代の産業基盤として、パーソナルナビゲーションや都市開発等の分野でも活用が期待されている。「しばらくは欧州と日本の駆け引きが続くと思うが、あと2、3年の内に完成を目指したい。」という柴田氏らの活躍が待たれるばかりだ。

自動運転のための「GDF5.1」で国際競争力の高い産業基盤を構築

 柴田氏はTC 204/WG 3が活動を開始した1993年から約28年にわたり、当初はエキスパート、2007年以降はコンビ―ナとして国際標準化活動を推進してきた。時代の要請に合わせ、WG 3が標準化の対象とするものはカーナビから協調システム※1、そして自動運転、さらにはMaaS※2へと拡大してきている。
※1 道路と車、車と車との通信システムを活用し、安全・円滑な運転を支援するサービスを提供するシステム。
※2 個々人の移動ニーズに効率的に対応することを目的とし、AI等により様々な交通手段の最適な組み合わせを選択できる新たな交通サービス。Mobility as a Serviceの略称。

この期間で特筆すべきは「地理データファイルGDF5.1」(ISO 20524-1/-2)の拡張だ。GDFは地図事業者間で地図情報の交換時に使用されるデータの交換フォーマット(形式)であり、協調システムや自動運転に対応させて標準化を行う必要があった。

「これまでの地図は道路と幅だけを考えれば良かったが、自動運転の場合は緊急時の避難スペースを考えなければいけない。緊急避難用スペースはあるか、侵入できる歩道や中央分離帯などの道路以外の部分はあるか。それが判断できるマージンを含む道路形状を表現する新しい概念に基づく道路形状の地図が必要だった。」と柴田氏。

この新しい概念はベルトコンセプトと呼ばれ、これを“連続的に変化するような道幅”に例えて説明したところ、欧米にとって全く想定していなかったことで理解を得るまで数年を要したが、現在は非常に高い評価を得て受け入れられている。議論に議論を重ね、2013年からようやく7年がかりで「GDF5.1」はパート1(アプリケーションに依存しない共通部分)とパート2(自動運転、協調ITS等への拡張部分)が完成。約1700ページと膨大な量に及んだ。

「実作業はエキスパートの労力。今回の表彰は彼らにあげたいくらい。」と笑う柴田氏だが、コンビ―ナとして生み出した成果は非常に大きい。2020年発行の日本提案に基づくGDF5.1はそのスコープにカーナビゲーションに加えて自動運転を含んでいるが、DRMの地図データ交換の地域標準(DRM21)は現時点でカーナビゲーションにとどまり自動運転を含んでいない。すなわち国際標準GDF5.1が地域標準DRM21に先行していると言える。今後作成される官保有の自動運転関係の地図はGDF5.1に準拠することになるので、民間地図事業者はGDF5.1を使用して官保有の自動運転関係の地図を利用することが可能となる。結果として日本の民間地図事業者のコスト低減に寄与するとともに、国際標準化によって、日本の地図事業者が海外のデジタル地図市場へ参入できる下地も作られた。

地図データの開発や管理は非常にコストがかかるため、これは標準化が生み出した大きなメリットといえる。協調システムや自動運転のための高精度3次元地図の開発を、国際競争力の高い産業として創出できる基盤となった。

2020年に策定されたばかりのGDF5.1だが、実はすでに6.0の検討が始まっている。「欧州はEU指令で地理空間情報をTC 211(地理情報)※3のISO 19100(地理情報)シリーズに従って整備することが求められている。このギャップを埋める作業を開始したところだ。」と柴田氏。コンビ―ナの活動は待ったなしだ。
※3 1994年設立のTC 211は地球上に位置する各種物体/現象のデジタル地理情報の概念レベルの標準化を担当しており、地理情報の理解と利用の促進を目指しているアプリケーション独立のTCである。TC211は当初TC 204と緊密に連携していたが、その緊密度が時間とともに徐々に低下し独自路線を進むようになってきており、両TCはそのギャップを埋めるべく2019年よりジョイントWGを設置、連携を再強化し、GDF6.0の開発の準備作業等を開始している。

今後の課題についてたずねたところ、「エキスパートの高齢化。」との答えが返ってきた。「現在6、7割が60代以上。若い人の参加を期待したいが、所属組織が活動を認めて評価してくれなければ長くは続かない。」と周囲の理解の必要性を説く。

「経験と技術力、海外の動きを敏感にキャッチして、人脈を形成し粘り強く折衝できる能力。洞察力と英語力。これらの資質があれば十分活躍できるが、最初からそうした人はいない。ぜひ参加して資質を磨いてほしい。」と温かい言葉をいただいた。

【略歴】
1969年 住友電気工業株式会社 入社
1993年~1995年 同 移動体情報通信(カーナビゲーション)システム研究部長
1993年~2002年 ISO/TC 204(ITS:高度道路交通システム)/WG 3(ITSデータベース技術:現在はITS地理データ)
プロジェクトリーダー
1993年~2007年 同 エキスパート
2003年~2007年 株式会社トヨタマップマスター 常勤顧問
2007年~現在 一般財団法人日本デジタル道路地図協会研究開発部 特別研究員
2007年~現在 ISO/TC 204/WG 3 コンビーナ

最終更新日:2024年5月21日